2009年日本の旅

2010年01月07日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日もドタバタと町を走り回っていたのですが、寒かったなあ。
気温自体はマイナス7度と大したことないのですが、風があったからか、かなり寒く感じました。

それにしても、顔が痛い。
乾燥しているんですよね。
顔にはクリームを塗っているんですが、それでもカサカサ。
ヒリヒリと痛みます。

明日はロシア正教のクリスマスなのですが、お正月に比べれば静かな雰囲気です。

今日は去年の夏、日本へ旅行したときのことを書きたいと思います。

私たちは日本滞在の最終日に「ゴーギャン展」を見に行くことにしました。
これは日本へ行く前からベラルーシで計画していました。
ベラルーシにいるうちから、滞在期間中にどんな催し物があるかを全てインターネットで調べておいたのです。
いやあ、便利だなあ。
だって、ベラルーシでは「ぴあ」とか「東京ウォーカー」とか売っていませんから。

会場は東京国立近代美術館。
夏休み期間中だし、大々的に宣伝しているようなので、これはかなり混むだろうと私はふみました。

なので、南千住のホテルをかなり早めに出て、美術館の開館時間よりも前に到着するようにしました。
10時に開館するところを、私たちが到着したのは9時40分。
でも、そこには長蛇の列!
うーん、考え方が甘かったなあ。
もっと早く来るべきだった。

でも、私たちの後ろからドンドン列が長くなっていく。
全体的に見たら、私たちは列のかなり前のほうに位置していることになりました。

かなり嫌な予感がします。
こういう人が多い展覧会って、商業的な匂いがプンプンして、すごく嫌な思いをしたこと、何度かありますから。
それに、人が多すぎるとゆっくり絵を見るなんて雰囲気にはなりませんから。

入り口のところまで来ると、なにやら妙な機械の貸し出しをしている。
どうやら音声ガイドなんてものがあるらしい。

はじまったよ。
これだから、この手の展覧会は嫌いだ。
素晴らしい絵があるのにさ、その絵以外に何が必要なの?
解説を聞いて、その絵が分かったつもりになって、何が楽しいの?

私は絵を見るときは思いっきり目を開いて、正面から絵と向き合わないといけないと思うんですよ。
その絵から感じるものこそが絵を見ることの素晴らしさだと思うし、そこに感動も生まれるのだと思う。
絵に深く感じる手がかりは、絵の中にしかないのだから。

こんなことを書くと、「絵の背景や画家のことを知ることによって、より深く絵を理解することができる」と反論されそう。
でも、私はそうすることを否定はしていません。
むしろ肯定しています。
でも、それを美術館でする必要があるのかって言いたいんです。

私がまだ日本にいた頃(←つまり10年近く前)、確かBunkamuraミュージアムでの「モンドリアン展」だったと思うんですが、絵の前でその展覧会の図録を見ている人がいたんですよ。
絵の前で、その絵の解説を読んで、「ウンウン」とうなづきながら、一人悦に入っている女性。
そういうことはうちへ帰ってからしたほうがいいと思うんですけどねえ。

「そんなのその人の自由だろ!」なんて言われそうですが、言われても全く気にしない。
それが「はぐれミーシャ 仕事の流儀」(←仕事?)

東京はある意味、チャンスが多すぎるのかもしれません。
しょっちゅう世界中から集められた名画の展覧会がありますから、感覚的に麻痺してしまうのではないかと。
絵との出会いはまさに「一期一会」であり、その絵との対話を楽しむことこそが、その絵に対する「礼儀」であると思うのです。

解説なんかなくても、絵そのものが雄弁に語ってくれますよ。

ちょっと長くなってしまいました。

さあ、中へ入ろう!
ロッカーに荷物を置いて、絵のほうへ歩いていくと、絵の前には人だかり。
前のほうへ行かないと絵が見えない。
こんなとき、日本人的なつつましさは非常に邪魔。
思いっきり前に出て行くのがいいでしょう。

私は絵の前に仁王立ち。
自分が納得いくまで眺め回しました。

正直、ゴーギャンって、そんなに好きな画家じゃなかっただけど、やっぱり本物はすごい!
鮮烈な色に私はノックアウトされました。
色というよりは燃えている、鮮やかな生命の燃焼という印象。
目に優しいのではなく、自分の土台から揺さぶられるような力を感じ、畏敬の念すら抱きます。

タヒチ時代の絵もいいんですが、私が特に気に入ったのは「アリスカンの並木道、アルル」という作品。
秋の風景ですが、ただ美しいというのではなくて。
「ああ、秋だ!」
ここまで来ると、言葉と芸術というのは相容れないもののように感じます。

他の人がいようがいまいが、私は絵の中に没頭できました。
そういう自分がいることにちょっとホッとしました。

でも、一応、他の人の流れに合わせて移動してましたけどね。
かなりゆっくりでしたけど。

しばらく絵を見ていると、隣にいるおじさんと若い女の子のペアが気になってくる。
というのは、おじさんがすっごく薀蓄を語るのを、女の子が「えー、そうなんですか? 知らなかったですぅ」っていう感じで。
あー、腹立つ。
それじゃあ、絵に対して失礼だろうが!

そういう人たちって、絵を見ていないんじゃないかな。
話をしに来たんじゃないの?

どんどん絵を見進めていくと、やがてあの有名な作品「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」の展示スペースへと近づいていく。
すると、その展示スペースの前の部屋に大型スクリーン。
そこには「我々は・・・」のCMみたいな映像が。

ちょっと待った!!!
作品に真正面から向き合わなければ、展覧会に価値なんかないんだよ!
何のために絵があるの?
何のためにあなたたちはここへ来たの?
展覧会で絵以外のものを見ることに何の価値があるの?
そのスペースの人の多さに、私は愕然としました。
まともじゃない・・・

キレかかっている私をなだめるベロニカちゃん。
そんな温厚なベロニカちゃんでも、その光景は「何でこんなことする必要があるの?」

そして、ついにあの名画と対面!
絵の前が黒山の人だかりなのは覚悟の上。
しっかりと心に焼き付けたい。

展示スペースに入ると・・・でかっ!
すごい大きさ!
単純にそのことに圧倒されます。

しかし。
何かがおかしい。
確かに絵を見ている人は大勢いるのだが、絵のまん前には人がいない。

よく見ると、絵に一番近いところが通路になっていて、絵からちょっと離れたところとロープで区切られている。
絵を長く見たい人はロープの向こうのちょっと離れたところ。
近くで見たい人は通路を通る。
でも、長く立ち止まってはいけない。
絵の両側には美術館員が立っていて、絶えず「立ち止まらずに前のほうにお進みください」と言い続けている。

私はベロニカちゃんに「無視無視。せっかくここまで来たんだから、楽しもう」

私たちは絵の前に立ち尽くしました。
言葉を失い、その絵の全てを全身に浴びました。
これほどの芸術を前にしてはひれ伏すのみ。
絵を目で見るのではなく、全身で感じること。
貴重な体験をしました。

しかし。
その瞬間、右側にいた美術館員が近づいてきて、「申し訳ございませんが、前にお進みください」

っていうか・・・
ふざけんな!!!

私はブチ切れて、ロシア語で「○○ったれ! 何言ってやがんだ! こんな状況で絵が見れるわけないだろ!」
美術館員、一瞬固まってました。
(キレているときはどうしてもロシア語になってしまいます)

歩きながら絵を見る展覧会って・・・見れるわけないだろ!
何考えてんだ?

「たくさんの人に絵を見てもらうため」
そんなことを言えば、聞こえはいい。
でも、それって正しいことなの?
私には「たくさんの人に絵を見てもらって、入場者を増やそう」→「利益が上がる」という感じにしか見えませんでした。

「たくさんの人が見られるように」
そんな表面的な平等、私は最高に嫌いです。
好きなように見ればいいじゃない!
確かに絵の前に人だかりができたら、絵が見にくい人が出てくるだろうし、同じ人が絵の前にずっと立っていたら、次の人たちは前の人がいなくなるまで待たないといけない。
でも、それって当たり前のことじゃないの?

自由に絵を見るのが展覧会。
ここまで散々「うんちく親父」や「図録おばさん」などをこき下ろしてきましたが、それでも好きなように絵を見ていいと思うんですよ(←個人的に私が嫌いなだけで)。
でも、今回のように勝手に規制するのは許せない。
見る側の自由を奪う権利は誰にもありません。

よっぽど主催者側に苦情を出そうと思ったのですが、ベロニカちゃんが「そんなことにエネルギーを使うのは時間の無駄」と私を説得してくれたので、何も言いませんでした。
どうせ「クレーマーの戯言」として片付けられるんだろうしね。

とにかく。
絵を邪魔するような余計な要素が多すぎる!
絵を見てもらいたいという心が全く感じられない展覧会。
ある種のテーマパーク、展覧会というよりはお祭りのような雰囲気。
音声ガイドがあったり、解説があったり、文化的な感じがしますが、私が感じ取ったのは商業的な匂いだけ。

もっと絵に集中できる環境を作ってくれたらいいのになあ。
絵以外のものに頼りすぎです。

あと、もう一つ気になったこと。
子供が多かったんですよ。
それはいいことなんですよ。
ただ、その子供たちが何か一生懸命メモを取りながら絵を見ているんです。
子供たちの話を聞いていると、展覧会の感想を書くのが夏休みの宿題なんだそうで。

子供たちを本物の絵画に触れさせるという意味なんでしょうね。
でも、どれほど効果があるのかなあ。
「きれいだった」とか、「色が鮮やかだった」とか。
そんな感想を子供たちが書いたとしたら、それは表面的な感想としか言えないですね。

もし、そんな子供たちの中に本当に心から感動して、絵画に興味を持ったり、絵を描きたくなったりする子供がいればいいですよ。
そういう子供が少しでもいれば、素晴らしいことでしょうね。

展覧会で絵を見ていた女の子が「この絵、よくわからないなあ」と言ったのを耳にしました。
こういう意見のほうがよっぽど素直ですよ。
私はそれでいいんだと思います。

ある絵を見ていた母と娘、「この絵、きれいだね」「うん、私もこういうの好き」
こういう会話、これでいいんですよ。
専門家じゃないんだから。
それを「印象派がどうこう・・・」なんて会話をするから、絵そのものが見えなくなってしまうんですよね。

今の日本人、薀蓄が多すぎやしませんかね?
知識が増えるのはいいことだけど、それで見えなくなってしまうもの、ありませんか?

イライラした状態のまま美術館をあとに。
今考えると、その場で主催者側に何かを伝えるべきだったと思います。
感想を書くノートがあったら、書けばよかったなあ。

でも、ゴーギャンは素晴らしかった!
やはり絵そのものが何よりも雄弁だったということです。

東京のように、日本にいながらにして世界中の絵画を鑑賞できるというのは幸せなことだと思います。
ベラルーシにはそういうのが足りないんです。
芸術的な刺激が。

でも。
東京にいた頃はいろいろな展覧会に行ってました。
それらの展覧会は「たくさんの展覧会の中の一つ」という位置づけになりやすかったんですよね。
でも、たまに日本に帰って見る展覧会は「たった一つの経験」。
一つ一つの経験が輝きます。
5年前に帰国したときに行った「マン・レイ展」。
今でも忘れられない強烈な印象が残っています。

今回の「ゴーギャン展」も一生の思い出になりました。
素晴らしい絵画との出会いは人生の宝物ですね。

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2009年12月24日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日は仕事が二つしかなくて、のんびりモードです。
たまにはこういうのもいいですよね。
音楽を聴いたり、本を読んだり、そういう時間が私は全然なかったですから、今から一月にかけてはそういう時間がたくさん取れそうな気がします。

さて。
今日はまだまだ終わらない、今年の夏の日本旅行のレポートです。
今年中に書いておきたいという気持ちになりました。

前もって謝っておきますが、今日の話は興味のない人には全く面白くない話です。
すみません。

私たちの日本旅行、後半はかなりの過密スケジュールでした。
移動がたくさんあって、タイトなスケジュールでした。
もうちょっとのんびり旅行できるかなと思ったんですけどね。
短い期間にすべて見るためには、どうしてもそんなスケジュールになってしまうのです。

私たちが今回の旅行で絶対にしておきたかったことの一つにプロレス観戦があります。
このブログでも何度も書いていますが、私はプロレスが大好き!
子供のときからです。
うちの兄貴も大好きで、一緒に試合を見に行ったり、テレビで観戦したりしていました。

私が子供のときはちょうど猪木、馬場が全盛期のころ(←いつが全盛期なのかと言われると困りますが・・・)
あの猪木VSホーガンの「失神事件」の時が確か小学校三年生。
絶対猪木が勝つと思っていたのに・・・
あのときのショックは今でも覚えています。

そうそう。
あの頃、新日本プロレスは山形では確か山形テレビがネットしていたのですが、何週間か遅れての放送だったんですよ。
まあ、どうでもいい話ですが。

全日本で言うと、ジャンボ鶴田がニックボックウインクルからAWAのベルトを奪取した頃ですね。
あと、ファンクスも大人気でした。
ザ・グレート・カブキもアメリカから帰ってきたばかりで。
入場テーマ曲のピクチャーレコードも持っていましたよ。

試合にも行きました。
山形の内陸で試合があるときはかなり見に行ったんじゃないかなあ。
尾花沢体育館での新日本の試合。
猪木とか藤波辰巳、あと誰だっけ・・・なぜか覚えているのはトニーセントクレア。

そういえば、あのとき、新日本を去る直前の初代タイガーマスクに握手してもらったんだよなあ(←赤いパンタロン姿だったような・・・)。
トイレを探していたら、たまたまタイガーマスクが現れて、緊張しながら「握手してください・・・」と言ったら、にっこり笑って握手してくれたんですよ。
感動でした!

村山市体育館にも何度か全日本プロレスが来ています。
試合があった日の午後、村山市内の「いしやストアー」前の駐車場で、ジャンボ鶴田の餅つき大会があって、見に行きました。
間近で見るジャンボ鶴田は本当に大きくて、餅をついている姿はダイナミックでした。
他の人がついているのとは明らかに力が違っていました。

山形県体育館にも何度か行っています。
馬場さんが売店のところに座っていたのでサインがほしかったのですが、グッズを買わないとサインしてくれないということで、がっかり。
そのときは世界最強タッグの公式戦があって、スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディのコンビも出ていました。
今考えると超ぜいたくですよね。
ハンセンが本気でブルロープを振り回して入場するのにはちょっと驚きました。
あれ、当たって怪我するファンとかいないんですかね。

その日の試合後、全日本のバスの近くを通ると、うちの父親が「そこに立ってろ。写真撮るから」と言うのです。
夜の真っ暗な道で何で写真を撮るんだろうと思ったら、写真を撮った直後に後ろから馬場さんが!
あとで撮った写真を見てみると、馬場さんがちょっとびっくりした顔で、そのかたわらには私が。
実際は馬場さんは4、5メートル後方にいたのですが、あの身長ですから遠近法なんて関係ないんですね。
まるで隣にいるかのような写真になっていました。

こういう思い出話をするとキリがないなあ。
今回の日本旅行での話に戻します。

観戦したのは、8月7日(金)、全日本プロレス「2009年サマーアクションシリーズ」最終戦。
場所は後楽園ホールでした。

私たちは前日、名古屋に宿泊していたのですが、金曜日の午後、新幹線で東京へ。
東京に着いたのは17時ぐらい。
後楽園ホールに行く前に、ホテルにチェックインしないといけないので、時間的にはかなり厳しいものがありました。
でも、腹が減っては戦ができぬということで、東京駅にあるラーメンストリートでラーメン。
正直、あんまりおいしくなかったなあ。

そこから急いで人形町にあるホテルへ。
その日はメチャメチャ暑くて、汗ダラダラだったので、急いでシャワーを浴びて、いざ出発!

と、出発したのはいいのですが、外に出てすぐ降り始めた雨はすぐにどしゃ降りに。
地下鉄の駅に着いたときにはもうびしょ濡れ。
まいりました。

水道橋の駅に着くと、人でごった返していて。
その日は東京ドームで巨人戦があったんです。
その人ごみを掻き分けて、駅のキヨスクへ。
500円の傘を購入。
駅から後楽園ホールまでは近いから走れば大丈夫かなとも思ったのですが、あまりにも激しい雨だったので。
それにベロニカちゃんも一緒だしね。

後楽園ホールには割と余裕を持って到着。
私、あんまりドタバタと急ぐのは好きじゃないのです。
劇場でも映画館でも開始時間よりもかなり余裕を持って到着できるようにするんです。

P8070804私たちの席は北側の特別リングサイド。
前から二列目!
いやあ、いい席だなあ。
でも、本当は一列目のほうが良かったんですけどね。

と思っていたら、案の定、私の前には異常に座高が高い男二人が。
かなりのプロレスおたくのようで。
そのうちの一人はスーツにネクタイといった服装だったんです。
しばらくすると、席をはずしてなかなか戻ってこない。
「もしかして、席を間違えていたのかな。ラッキー!」と思っていたんですよ。
すると、その男性、「東京愚連隊」のTシャツに着替えて、また着席。
がっかり・・・
本当に見づらかった・・・

さあ、試合が始まると思ったら、何かよくわからないアトラクションが。
F4タイムとか言ってます。

P8070810よくわからないトークが続きました。
「俺たち、F4!」とか言ってましたが、ちょっと・・・
小島聡はヤングライオン時代からテレビで見ていましたが、こういうキャラでしたっけ?

私、別に試合以外のパフォーマンスが嫌いというわけではないんですよ。
むしろ好きなほうで。
でも、これは・・・
その流れを知らない人間にとっては、まったく理解できない内容になっていました。

さあ、試合開始!
カメラマンはベロニカちゃんです。
うちの古いデジカメを使っているので、質はあまり良くないんですが、がんばりました。

P8070814これは第一試合が終わったところ。
ピーティー・ウイリアムス、浜亮太×MAZADA、NOSAWA論外。
もうちょっと東京愚連隊の連係とか見たかったなあ。
どうしても体の大きい人が一人入ると、そっちに持っていかれちゃう感があります。

それにしても、この浜亮太は大きいなあ。
この体はそのまま武器になりますよね。
選手としてもそうですが、セコンドとしても一生懸命働いている姿には好感を持ちました。

第二試合は特に印象なし。

P8070816第三試合、稔×スペル・クレイジー
ジュニアヘビー級のリーグ戦、準決勝です。
写真はコーナーで精神統一している稔選手です。
稔選手は私もベロニカちゃんも何度もテレビで見ているので、すごく応援していました。

P8070823絶対に稔が勝つと思っていたんですが、勝ったのはスペル・クレイジー。
稔選手の顔が悔しそうなんだけど、何かニヒルでいいですねえ。
稔選手もいい選手ですが、スペル・クレイジーがすごく良かったんですよ。
私たち二人ともすぐにファンになってしまいました。
実はクレイジーの試合はテレビでも一度も見たことがなかったんです。
週刊プロレスの紙面でしか見たことがなかったので。
だてにECW、WWEと渡り歩いてきたわけではないですね。
びっくりムーヴでした。

次の試合はジュニアヘビー級リーグ戦、もう一つの準決勝、KAI×近藤修司。
どちらも、私にはなじみのない選手でした。
近藤修司のほうは週プロでよく見ますからわかりますが、KAIという選手については全く予備知識がなくて・・・
結局、決勝に進出したのは近藤選手のほうでした。

ここまで、私たちもなかなか楽しんでいたのですが、いかんせん、前の男二人の座高にやられて、なかなか見えないんです。
しかも、そのうちの一人がいちいち解説を入れるんですよ。
「あー、○○の得意技!」とか。
あんたの解説なんか聞きたくないねん!

ベロニカちゃんもすごく楽しんでいました。
ベロニカちゃんは別にプロレスファンというわけではないのですが、私がいつもベラルーシのうちでプロレスのビデオを見ているので、慣れてしまったんですね。
選手の名前もいろいろ覚えています。
ベロニカちゃんのお気に入りはNOAHのKENTA選手です(←かっこいいから byベロニカ)。

P8070829第5試合は大和ヒロシ、カズハヤシ、小島聡×歳三、ヘイト、TARU。
写真はブードゥー・マーダーズ。
いかにも悪そう。
試合はまあまあ楽しめました。



さあ、そして第6試合は超有名選手が勢ぞろい。
諏訪魔、武藤敬司×高山善廣、鈴木みのる!
すごーい。
ずっとテレビで見ていた人たちが目の前に!

P8070838目の前にあの武藤が!
信じられない・・・
私は闘魂三銃士の頃はテレビでしかプロレスを見なくなっていたので、武藤敬司の試合は初めて生で観戦しました。




P8070836高山、でかい!
すっごい!
これがプロレスラーですよね。
私が間近で見たジャンボ鶴田も大きかったですが、高山選手はそれ以上に圧力を感じさせる体でした。

試合は白熱。
数週間後の武道館大会の布石という位置づけだったようですが、今回しか見るチャンスがない私たちにとっては、それは関係のないこと。

P8070854P8070855P8070856目の前で場外乱闘!
本当に目の前でした。
やはりすごい迫力。
これもプロレスを見る醍醐味ですよね。

やはりこの試合はこれまでの試合とは次元が違いました。
一人一人の存在感がすごくて。
鈴木みのるのトップロープ越しの腕ひしぎとか、ゴッチ式パイルドライバーとか。

それだけアクの強いメンバーの中で、一番印象に残ったのは諏訪魔。
いい選手じゃないですか!
週プロの写真でしか知らなかった選手ですが、すばらしい身体能力ですね。
ジャンボ鶴田と比べられるのも納得。

最後の試合はジュニアヘビー級リーグ戦の決勝戦、近藤修司×スペル・クレイジー。
カメラのバッテリーが切れて、写真なしです。
試合に集中できて、逆によかったかも。
私たちはもちろん、スペル・クレイジーの応援です!

スペル・クレイジーの破天荒な技には度肝を抜かれました。
場外で階段を飛び越えてのムーサルトアタック!
信じられない動きです。
あと、不知火・改のような技。
すばらしい動きでしたが、結局、近藤修司に負けてしまいました。
残念!

全てを見終わっての感想ですが、期待していたほど熱くはなれなかったというのが正直なところ。
ほぼ10年ぶりに生でプロレスを見たので、過剰に期待していたというのもあるのかもしれません。

「プロレスは連続ドラマ」という考え方もあるのかもしれないのですが、私たちのような人間にとっては一回一回が完結するドラマであってほしいとも思うのですよ。
ジュニアのリーグ戦は良かったのですが、それ以外のところが背景がわからなくてついていけないところもありました。
前もって勉強しておけばよかったかな。

今回、なぜ全日本を見に行ったのかというと、それは日程の都合。
ちょうどいいタイミングで試合があったのが全日本だけだったのです。
私が知っている馬場さん時代の全日本とは全く別物でしたね。
まあ、それはわかってはいたのですが。

日本に帰ったら、またプロレスに行きたいなあ。
本当は女子プロレスも好きなので、見に行きたかったのですが、ベロニカちゃんが反対したんです。
女の子の方が感情がむき出しになって、しゃれにならないような攻撃をしていること、ありますよね。
私はそういうの好きなんですけどね。

ちなみに、週刊プロレスの8月26日号の全日本プロレスの記事のところに、私とベロニカちゃんがちょっとだけ写り込んでいます。
虫眼鏡で見ないとわからないほどのサイズですが・・・
でも、いい記念になりました。

おっと、もう時間だ。
これから、語学学校の授業へ行ってきます・・・

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2009年12月16日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日は元気になりました。
昨日の体調がウソのようです。
まあ、昨日は鼻かぜがひどくて、しょっちゅう鼻をかんでいましたが、熱はなかったんですよね。

何が良かったんですかね?
冷凍したカシスを大量に食べたり、マリネしたニンニクを思いっきり食べたり、玉ねぎスライスをごま油と豆板醤で和えて食べたり、いろいろしましたからね。
いずれにせよ、長引かなくて良かった。
お正月までは乗り切れそうです。

さて。
今日は今年の夏、日本へ行ったときの話。
しばらく前までは「はぐれミーシャとベロニカちゃんの日本旅行」と題して12回までは書いていたのですが、そこでストップしていたんです。
実はまだ終わっていなかったんです。
今までは順番どおりに書いていましたが、記憶が曖昧になってきていることもあるので、ランダムに書いていきたいと思います。

今日は山形を離れて、名古屋へ行き、その後、東京に舞い戻ったときの話です。

今回の日本旅行、私とベロニカちゃんはいくつかの目標を立てていました。
そのうちの一つが「築地で寿司を食べること」だったのです。

前もって言っておきますが、この記事に寿司の写真はありません。
写真を撮ったりするよりは寿司を食べることに集中したいし。

私の趣味はインターネットでグルメブログを見ること。
毎日のように、お気に入りのグルメブログを見ています。
特に私が好きなのは築地関係のブログ。
写真がすごく上手な人が多くて。
その写真、見るとヤバイんですよ。
本当においしそうで。
ベロニカちゃんと二人で苦しんでいました。

中でも写真がおいしそうだったのが、「寿司大」という築地の超有名店。
ベロニカちゃんと「ここ行きたいね」とずっと話していたのですが、しばらくして、その「行きたい」が「行こう!」に変わりました。
一年以上、私たちは寿司大に行くことを心待ちにしていたのです。

しかし。
相手は築地の超人気店。
2、3時間待ちもザラだと言います。

私は綿密な計画を立てました。
私たちは実家のある山形の他に東京や大阪、京都、奈良、名古屋などを回る予定だったので、全ての目的地をクリアする予定を立てるのは至難の業でした。
その他の町へ行く関係で、築地に行くのは土曜日になってしまいました。
本当は土曜日はかなり込むので避けたかったんですよね。
でも、仕方がない。

そして、店に行く時間。
築地らしく朝5時に開店するのですが、その前から並んでいるとのこと。
なので、私たちは朝の4時に行くことに。

そこで問題になるのはアクセス。
そんな朝早くには地下鉄などの公共交通機関は動いていません。
なので、私は出来るだけ築地に近いところにホテルを取ることに。
私たちは東京では南千住の格安ホテルに泊まっていたのですが、築地に行く前日だけは人形町のホテルを予約しました。
ホテルに問い合わせたら、築地までならタクシーでそれほどかからないとのことでした。

さあ、準備万端!
夢にまで見た築地の寿司です!(←本当に夢で見ました)

前日は夕方に名古屋から新幹線で東京入り。
ホテルにチェックインした後、すぐに全日本プロレスの後楽園大会へ(←このときのことは改めて・・・)。
その後はホテルに戻って、コンビニ弁当で晩ごはん。
次の日の朝が早いので、あまりたくさん食べないようにするためです。
プロレスの興奮もあってか、なかなか寝付かれなくて、就寝は0時過ぎ。

起床は3時15分!
4時過ぎには築地に着いていたいので。
朝が超苦手なベロニカちゃんも頑張って起きました。

3時40分ぐらいに表通りに出て行きました。
タクシーは簡単につかまりました。

タクシーの運転手さん、よくしゃべる楽しいおじさん。
私たちが築地へ寿司を食べに行くことを伝えると、「そうなんだ。私も築地のあたりで働いていたから、いろいろ知ってるよ」。
これは心強い!

ところが。
その運転手さんに「寿司大」の名前を言うと、「知らないねえ」。
有名な店のはずなんだけどなあ。

程なくして築地には着いたのだけど、運転手さん、一体どこに「寿司大」があるのかわからない。
インターネットでダウンロードした地図と住所を渡したのだけど、「たぶん、この辺だと思うなあ」と曖昧な返事。
メーターも上がっていくのに、同じところをグルグルと回るだけ。
困ったなあ。

「この辺だよ」と言われて降りたところは全く違うところ。
「場内の寿司屋ですよ」と言ったのですが、運転手さんは「いや、場内には一般の人は入れないはずだから、違うと思いますよ」と言って聞かなかったのです。
朝の4時だというのに、みんなバタバタと動き回っています。
でも、明らかに場内じゃない。

私たちは泣きそうになりながら探しました。
だって、一年間、築地で寿司を食べることをずっと夢見てきたんですよ。
30分近く歩き回って、ようやくお目当ての場内方面へ。

ターレーと呼ばれるフォークリフトのようなものがビュンビュンと走り回っていて怖い怖い。
ボーっとしてると轢かれそうな勢いです。

苦労の末、「寿司大」にたどり着いたのは4時半。
でも、すでにかなりの人数が並んでいる!
運転手さん、恨むぜ・・・

数えてみると、私たちは一番前から12・13番目。
一巡目で入れるかな。
二巡目になると、6時近くまで待つ羽目になるから、すごく心配。

それにしても、こんなに朝早くによく並ぶなあ。
っていうか、自分たちも力入りすぎでしたが。

私たちの前に並んでいた男二人組。
何か私たちのことを話してて。
ちょろっと聞こえたのは「外国人が来るから築地が変になるんだよなあ」。
私は「ちょっとコイツラに一言言ったろか」と思ったのですが、ベロニカちゃんが「気にしないほうがいいよ」。

その男二人、明らかにグルメおたく。
何か「スズキは○○さんのがいいらしいよ」とか、「あの店は最近シェフが変わって味が落ちたなあ」とか、薀蓄垂れ流し。
聞いていてムカつく。
わざと周りに聞こえるような感じで話してるんだもん。

私、そういうの嫌いなんですよ。
何か批評家を気取って、自分の知識をひけらかす奴。
あー、腹立つ!
いろいろ知っているのはいいからさ、黙っててくんないかな。

私にとっては、自分が好きか嫌いかが一番の判断基準。
別に他の人がどう思うかは大事じゃない。
もちろん、評判のいい店には行ってみたいですよ。
評判が良くなるのには必ず理由があるはずだから。
でも、みんながおいしいといったから、おいしいというわけではないし。

そうこうしているうちに、私たちの後ろにもどんどん人が。
行列は長くなっていきました。
私たちの後ろにいたのは明らかに前日から飲み続けているハイテンションのグループ。
その中の女の子が「すぐそこの『大和寿司』もおいしいよ」。

そうそう。
私、「大和寿司」には13年ほど前に一度だけ行ったことがあるんですよ。
うちの母親とその友達と三人で。
あれはおいしかったなあ。

5時になり、「寿司大」の開店です!
一人一人、客が吸い込まれていき、私たちが一番最後。
そうなんです。
一巡目にギリギリセーフ!
感動!
夢にまで見た、あの寿司が食べられるなんて!

注文したのは「旬魚おまかせ寿司セット」3900円!
にぎり10カンに巻物一本、そして最後に好きなにぎりを1カンもらうことができます。

いやあ、おいしかった!
他に表現が出来ないのが残念なところで。
何を食べたのか、メモしておけばよかったなあ。
全部は思い出せないです。

特に私が気に入ったのが秋刀魚とイワシ。
すっごく脂がのってておいしかったです。
マグロもおいしかったなあ。
ウニもすごかったなあ。

ベロニカちゃんが気に入ったのはエビ。
元々、エビが大好きなんですよね。
どんなエビだったかなあ・・・
白エビもあったような・・・

最後に少しだけ追加注文。
ベロニカちゃんはエビ。
私はウニと太刀魚。
太刀魚は蛇足だったなあ。
食べたことがなかったので注文してみたのですが、あまり気に入りませんでした。

とにかく、ネタが新鮮に感じました。
私は山形の内陸の出身なので、あそこまで新鮮な魚というのは食べたことがないんですよ。
もちろん、ベラルーシの寿司とは比べ物になりません(←比べるな!)。

非常においしかったのですが、シャリだけはちょっと。
ちょっと柔らかめだったし、私の好みではありませんでした。
でもなあ、インターネットでは絶賛されている店だから、私の味覚のほうがおかしいのかなあ。
でも、自分の意見は大事にしよう。

こう書いていて、「俺も日本人なんだなあ」と思いますよ。
日本人って、他の人と同じ意見だと妙に安心するところ、あるじゃないですか。
逆に他の人と意見が違うと、何か居心地が悪いというか。

でも、自分の舌で判断しないとダメですよね。
他の人が「いい」と言ったから「いい」のではなくて、自分で「いい」と思ったから「いい」と言うのが大事だと思います。

これは音楽の世界でも同じことで。
みんなが「いい」と言っている演奏家や音楽が必ずしも気に入るとは限らないのですよ。
例えば、有名な演奏家のコンサートになんか行くと、コンサート後はみんな「すごかったね」なんて言ってますけど、私からすると「手抜いてたんじゃないの?」って言いたくなることありました。
自分が好きか嫌いか、ですよね。

最初にも書きましたが、写真はナシです。
ベロニカちゃんともたくさん話して、写真を撮ろうか撮るまいかすごく迷ったのですが、結局「私たちは寿司を食べに来たので、写真を撮りに来たのではないから」という理由で撮らないことに。

もちろん、他の方が写真を撮られることに反対しているわけではないですよ。
私もベラルーシに住んでいて、グルメブロガーの方たちの写真を見て楽しませてもらっているわけですし。
私たちにとって、今回の築地訪問はいつまた出会えるかわからない「一期一会」。
だからこそ、寿司は心に焼き付けようと思ったのです。
それに、他のブロガーの方たちの写真のほうがおいしそうに見えますから、自分で撮らなくても、ね。

P8080860寿司を食べて大満足のベロニカちゃんです。
私たちの夢がかないました。
朝早く起きて苦労した甲斐がありました。

5時50分頃に店を出たのですが、そのときにはすでに大行列。
店の前の行列の他に、店の横のほうにも並んでいて。
一番後ろの人は何時間待つことになるんだろう・・・



P8080862朝の築地を散策。
いつもブログで見ている店がたくさんあって大感激!
お腹に余裕があれば、もう一軒行くんだけどなあ・・・

魚も買いたいけどベラルーシまでは持っていけないし・・・
本当は乾物をたくさん買おうと思っていたのですが、お金の余裕もなかったし眠かったのでホテルに帰ることに。
その日は「私の思い出の町巡り」という大事な企画があったので、少しでも睡眠をとっておくことにしました。

私たちの「築地で寿司を」大作戦は大成功!
次に行けるのはいつなんだろう・・・
あー、寿司食べたい!!!(←私も・・・byベロニカ)

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2009年09月20日

こんにちは。
はぐれミーシャでございます。

今日は私たちが山形で過ごした日々をまとめてみたいと思います。

私とベロニカちゃんは私の故郷、村山市に滞在している間、よく町を歩きました。
自分の原点を探す町歩きです。

うちのばあちゃんと会った日、私とベロニカちゃんはブラブラと故郷の町を散歩しました。
2年前に来たときも散歩しているのですが、今回はもっとくまなく歩いてみようということで。

P7280343この建物、私が通っていた幼稚園です。
今は幼稚園ではなく、他の施設として使われているようです。
本当はもっと大きい建物だったんですよね。
時代の流れというのはあるのでしょうが、やはり寂しいものがあります。
幼稚園自体がなくなったのかなあと心配していたのですが、すぐ近所にものすごく立派になった建物がありました。

P7280339このお寺と幼稚園が一緒だったんです。
確か園長先生がここの住職だったような。
時々、お寺の中で先生のお話を聞くんですよ。
まだ小さかったからあんまり覚えていないです。

P7280349ここは小学校に行くときに通った通学路。
懐かしいなあ。
改めてみると、道が狭いですね。
ランドセルを背負って歩いた日々が懐かしい。
ただの道にいろんな思い出がつまっています。




P8020569P8020576P8020582P8020566村山市はバラで有名です。
東沢公園というところにバラ園があって、これがかなり大きいんです。
夏は見ごろを過ぎた季節なのですが、それでも十分いろんなバラが咲いていました。
そういえば、あんまりバラが咲いている時期に来たことがないなあ。
子どもの頃はこの公園が遊び場だったのですが、アスレチックのあるところでばっかり遊んでいましたから。
そういえば、以前よりもバラ園の面積が広がっているような気が・・・

P7310446バラよりもかわいいベロニカちゃん。
村山市の美容院で髪をカットしてもらったときの写真。
ベロニカちゃんの髪はくせ毛でクルクルしているのですが、このときはヘアーアイロンなどを駆使して真っ直ぐにしてもらいました。
本人も気に入ったらしく、自分でカメラを持って写真を撮りまくり。
建設現場の近くを通ったとき、警備員のおじさんが口を開けたままベロニカちゃんを目で見送った気持ちがわかります。
確かにかわいくできました。
でも、次の日にはいつものクルクルヘアーに戻ってました。

あれ? 山形の紹介じゃなくなってるけど・・・
まあ、いいや!

P8010472いつだったか忘れましたが、私とベロニカちゃんは山寺へ行きました。
あの芭蕉さんが行った山寺です。
うちからは車で20分ぐらいですかね。
結構近いんです。
写真は山寺の入口です。

P8010486岩がすごいです。
写真で見るより実際に行ってみたほうがいいですよ。

とにかくこの日は暑かった!
この暑い日に1015段の階段を上ったのですが、汗だくでした。
でも、意外と短い距離に感じたんですよね。
俺もまだまだ若いな!


P8010498この写真、好きです。
屋根ともみじがいい感じ。
ちなみに、ベラルーシには日本にあるようなもみじはありません。





P8010499もうちょっと上らないと。
オロナミンCを飲んで栄養補給。
ちなみに、ベラルーシにはオロナミンCはありません(←当たり前)




P8010527P8010537展望台のようなところです。
きれいですよね。
昔から、私は山寺が大好きでした。
子どもの頃も何度も上っています。
東京に住むようになってからは、帰省するたびに山寺に上るようになりました。

P8010526赤と緑のコントラストがきれいです。
ベロニカちゃん、写真を撮りまくり、写真の腕をあげたみたいです。




P8010563これ、私の昔からの知り合いのTさんからベロニカちゃんがもらったんです。
Tさんとは昔から楽しくお酒を飲ませてもらっていました。
今回も会うことが出来てよかったです。
せっかくの休みの日だったのに、私たちを山形市の夜景が一望できる高台に連れて行ってくれたんですよ。
本当にありがとうございました!

P8050724P8050726これが山形の母なる川、最上川。
私にとっても思い入れの深い川です。
村山市を貫くように流れる最上川。
子どものときから見つめてきました。
やはりここは私にとって「帰るべき場所」なのです。

今回の山形滞在は3週間ほど。
今までの一時帰国の中では一番の長さです。
でも、全然長くは感じなかったなあ。
あっという間に時が過ぎて・・・
会えなかった人もたくさんいたし。

今回はうちの家族との時間を大切にしようと思っていました。
仕事を手伝ったり家事をしたりとベロニカちゃんは大活躍。
2年前は日本に行くのも私の家族に会うのも初めてとあって、遠慮していたところもあったと思うんですが、今回は本当の家族になったような気がします。

P8050734最上川の橋の上にたたずむはぐれミーシャ。
これで故郷ともしばらくお別れ。
次に帰ってくるのはいつになるのかなあ。
2年後になるのか、3年後になるのか・・・







ああ、はぐれミーシャよ!
流れ流れてベラルーシ
次はどこ行く旅がらす
あっしには関係のあることでござんす・・・


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2009年09月13日

こんにちは。
はぐれミーシャでございます。

皆さんは山形と言えば、何を思い浮かべますか?
「おしん」と言ったそこのあなた!
世代がバレバレですよ。

山形と言えば、もちろんそばと温泉!
まあ、人によっては「さくらんぼ」とか違う意見も出てくるのでしょうが、私にとっては断然そばと温泉なのです。
なぜかというと、私が好きなものだから。

山形は全ての市町村で温泉が出ることで有名(←少なくとも山形人の間では有名)。
私の故郷、村山市にも温泉があります。
有名な碁点温泉とか。
よく子どものころ行ったなあ。

でも、私が好きだったのは東沢温泉。
かなりお湯の匂いが強くて、熱いのですが、私は大好きでした。
確かもうお湯が少なくて、温泉はやっていないと聞いたのですが・・・

P7300397これは今回行った温泉(←村山市の温泉ではないのですが・・・)
誰もいなかったので、ベロニカちゃんが撮ってしまいました。
私も入ったのですが、やっぱり最高でした!
露天風呂は本当に素晴らしかったです。
景色がいいのと、外で気分がいいのと。
こりゃあ、雪が降っているときに来るのがいいなあ。
ここは超おすすめ!

あともう一回、温泉に行ったんですけど、大石田町にある温泉。
そこもよかったなあ。

ベラルーシには温泉がないんですよ。
残念ですね・・・

ベラルーシ人はみんなの前で裸になるという習慣がありません。
なので、ベロニカちゃん、温泉に入るのを嫌がるかと思ったら、全然そんなことなくて。
今回もうちの母親と一緒に喜んで入っていました。

ただ、ベロニカちゃんが温泉に入ると、周りの人がみんな見るんですって。
2年前に日本に来たときは一度だけ温泉に入ったそうなんですが、みんながジロジロ見てきて困ったそうです。
でも、突然お風呂に外国人が入ってきたら見ちゃいますよね。

P8030653村山市と言えば、そば!
村山市には「そば街道」なるものがあって、市内の至るところにそば屋があるんです。
この看板、うちの父親が書いたんです。
村山市のそば屋がテレビで紹介されるときは、いつもこの看板も紹介されるので、私としてもうれしいです。



P8030658P8050716こうやって、板にのってくる「板そば」というのが村山市では主流。
やっぱりね、おいしかったですよ。
太くて黒くて、硬いんですね。
つゆが割りとおとなしめで。
そばの味も香りも強いんです。

よく白っぽい更科そばなんかがありますよね。
嫌いじゃないんですが、時々物足りないことがあって・・・

東京なんかに行くと、山形のタイプのそばを「田舎そば」なんて言ってますけど、なんで?
じゃあ聞きますけどね、あなたたちのそばは「都会そば」なんですか?

よくそば通みたいな人が「つゆにちょこっとつけてすするのが通の食べ方」みたいな言い方をする人がいますが、山形のそばはつゆにどっぷりつけたほうが断然おいしい。
細いそばなら、つゆの絡みがいいだろうし、つゆが塩辛いからあんまりつける必要がないんでしょう。
でも、こっちのそばは太いし、つゆがそんなに塩辛くないから。

P7270292あと、山形には「冷たい肉そば」というものもあります。
これがね、またおいしいんですよ!!!
肉の入った汁そばがそのまま冷たいんです。
これは最高でした!



あー、食べたい食べたい食べたい・・・(×100万回)

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2009年09月09日

こんにちは。
はぐれミーシャでございます。

今日はいろいろと思い出話です。

7月の終わり、私たちはおばあさんのうちへ行きました。
ベロニカちゃんは二年前にも行っているので、うちのばあちゃんに会うのは二回目です。
私たちは約束の時間に30分ほど遅れてしまいました。

ばあちゃんのうちに行くと、そこには私のおばさんも来てくれていました。
早速、おばさんの車に乗って、寿司屋さんへ。

私が日本へ帰るたびに、ばあちゃんは寿司屋へ連れて行ってくれます。
2年前の時もベロニカちゃんと3人で行ったし、4年前もばあちゃんと二人で行きました。
4年前のとき、私が「おいしい!」を連発したからでしょうかね。
「ベラルーシではちゃんとした寿司が食べられないんだよ」って説明したから、日本に帰ってきたときぐらい、おいしいものを食べさせてあげたいと思ってくれているのでしょう。

その寿司屋さんは実は私の小学校の同級生のうち。
最初は同じ小学校で、確か4年生のときに市内の違う小学校に転校していったんですよ。
二年前のときは顔を出してくれたのですが、今回は会えませんでした。

P7280306どーん!
すごいですよね。
長いお皿に寿司が並んでいます。
そういえば、このときが今回の日本滞在で初めての寿司。
刺身は食べてたんですけどね。
ベラルーシの寿司に慣れている私たちにとって、この寿司が何と神々しく映ることか!



P7280308この大トロが最高においしかったんですよ!
よく「大トロは脂が多すぎる」「通は中トロ(←またはヅケ)」なんて言う人がいますが、私は断然大トロ!
節操がないもんで、エヘ。

実は私、子供の頃、生魚は一切食べられなかったんですよ。
小学校4年生のとき、父親と東京に行ったとき、千葉の親戚のうちに泊まったのですが、そこで大トロが出て。
当時、魚屋さんだったおじさんが「だまされたと思って食べてごらん」と言ったので、食べてみたら、これが最高においしかったんです。
こんなにおいしいものを何故食べていなかったんだろうと思いましたよ。
それからは寿司屋に行くたびに「大トロ!」コール。
うちの父親からすれば悪夢でしょう。
それからは次第に他の魚にも慣れていったのですが、高いものから順に慣れていったせいで、うちの家族が寿司屋へ行く回数が減ったように思います。

ばあちゃんと食べた大トロ。
今回の日本旅行ではいろんなところで魚をご馳走になりましたけど、この大トロが一番おいしかった!

P7280312海老とかにです。
ベロニカちゃんは海老が大好きなので、私の分をあげました。

ベラルーシにはこんな海老はありません。
普通はすでに茹でられて、小さくなった海老です。
生の甘エビはミンスク市内の寿司屋で一度だけ食べたことがありますが、あまりの鮮度の悪さに身の危険を感じたほどです。

私が「海老とかに、どちらを食べますか?」と聞かれたら、断然、「大トロ」と答えます(←質問を聞いていない人)。

P7280313数の子と帆立とイクラです。
私は数の子だけは苦手です。
全然食べません。
ちなみに、ベラルーシではニシンはよく食べるのですが、数の子は食べません。

イクラはベラルーシにもあるのですが、やっぱり物が違いますよ。
すっごくおいしかった!

そして、帆立!
これは私の大好物。
魚介類が苦手だった子供時代も「帆立のバター焼き」だけは好物だったんです。
ベラルーシの寿司屋で一度だけ帆立がメニューにあるのを見たことがあるんですが、明らかに缶詰のものだったので注文しませんでした。

この寿司屋、来るたびにおいしくなっているような気がするんですが。
私の故郷、村山市は山形県でも内陸部にあるので、海からは遠いんですよ。
何でだろう?

田舎の寿司屋って、よく「シャリが大きい」って言いますよね。
実際、この寿司屋も東京の寿司屋と比べるとシャリが大きいんですよ。
結構、食べ応えがあります。

いつものことですが、ばあちゃんは「アキラ、これけえ(←「これを食べなさい」という意味)」と言って、自分の分を私にくれるのです。
なので、いつも1.5人前ぐらいは食べるんです。
でも、二年に一回なんだから、これぐらいは食べておいても、ね。

ばあちゃんは私が子供の頃から、いろんなものを食べさせてくれました。
私がまだ小学校低学年だった頃、ばあちゃんと二人でレストランに入ったことがあって、そのときに「アキラ、お前は本当においしそうに食べるから、食べさせたかいがあるなあ」と言ってたのをよく覚えています。
それ、今でもよく言われるんです。
子供の頃と変わっていないっていうことですかね。

寿司屋を出て、私たちはばあちゃんのうちに戻りました。
そして、うちの周りを散歩。

P7280316P7280317ばあちゃんのうちは小さい山の上にあります。
そして、その前には沼があります。
夜になると、カエルの大合唱。
ゲコゲコとかなりの大音響ですが、不思議と寝られるんです、これが。

週末や長い休みのとき、ばあちゃんのうちに泊まるのが大好きでした。
いとこたちも集まって、たくさん遊びました。
夜は電気を消してからも、ずっといとことおしゃべりしたりして。
カエルの合唱はそんな思い出とつながっていきます。

P7280318ばあちゃんのうちの前の道路。
元々はもっと狭くて、車なんかも下手したら沼に落ちちゃうんじゃないかと思うほどでした。
確か舗装もされていなかったような気がします。
確かにアスファルトになって、広くなりましたが、昔の道も懐かしいです。




P7280319この山のメインストリートとでも言いましょうか。
毎年春にあったお祭りが楽しみで。
この道にいくつもの屋台が出るんです。
綿菓子、お好み焼き、金魚すくい、型抜き・・・
井上陽水の「夏祭り」が聴こえてきそうな風景・・・
10年はひとむかし〜

今は山の脇のほうから上ってこられるいい道路があるのですが、以前はこの先にある急な坂道を登ってこなければなりませんでした。
車で来ると、本当に急で車がひっくり返っちゃうんじゃないかと思うほどでした。

P7280320ここは私といとこたちがいつも遊び場にしていた神社。
昔は階段もこんなに緑じゃなかったような気がするんですが。
私たちがよくやった遊びは、じゃんけんをして、勝った人は階段を上っていき、誰が一番最初に往復できるかというもの。
「グー」で勝ったら「グリコ」で3段上がり、「チョキ」なら「チョコレート」で6段、「パー」なら「パイナップル」で6段というルールです。
何度も飽きずに遊んだものです。



P7280325上から見ると、こんな感じ。
子供の頃はもっと高く感じたんですけど、今見るとそれほどでもないかな。
でも、上がってきて、結構汗をかいたけど。

ベロニカちゃんとブラブラ散歩して、戻ってみると、ばあちゃんとおばちゃんは昼寝していました。
私たちは座って、お茶を飲みました。
ばあちゃんが「パインサイダーとどっちがいい?」って聞いてきたんですけど、今考えるとパインサイダーを飲んでおけばよかった。

パインサイダーは私にとっては懐かしの味。
ばあちゃんのうちに行くといつもありました。
子供の頃からよく飲んでいたのです。

調べてみると、パインサイダーは山形県でよく飲まれているらしいですね。
黄色に色付けされていて、結構炭酸が強いんです。
山形の人なら、あの味、わかりますよね?

P7280329ばあちゃんのうちの中も写真を撮ってみました。
この階段、すごく急なんです。
一度、この階段の上から落ちたことがあって。
そのとき下敷きになったいとこと二人でワンワン泣いたのを覚えています。
たぶん、私よりもいとこのほうが痛かったんじゃないかな。
ゴメン。

時間はあっという間に過ぎていき。
ばあちゃんもちょっと疲れたようだったので、帰ることに。
仏壇におまいりをして、じいちゃんに「また来るからね」。

後ろ髪を引かれるとはまさにこのことで。
日本に住んでいるといつでも来られるんだろうけど、ベラルーシのような遠い国に住んでいては・・・
いつも、この瞬間は辛いのです。

ばあちゃん
また来るからね
また会えるから
絶対に会えるから!


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2009年09月04日

こんにちは。
はぐれミーシャでございます。

今日は私が母校である山形県立山形北高等学校に行ったときの話です。

実は今回の帰国では、北高に行く予定は特になかったんです。
というのは、前回の帰国でベロニカちゃんと一緒に行ってるし、夏休みだから誰もいないだろうと思って。

ある日、私の恩師であるY先生から電話が。
Y先生は私が高校一年生のとき、産休の先生のピンチヒッターとして、しばらくの間教えてもらったのです。
その後も個人的にソルフェージュなどを教えてもらっていたんです。
音大受験の時も先生にはいろいろとお世話になりました。

Y先生から「せっかく帰ってきているんだから、一緒に北高に行かない? もし都合が合えば、校長先生に御紹介しますよ」というありがたい御提案をいただいたので、北高に行くことにしました。

私たちは山形駅で待ち合わせ。
Y先生とは二年ぶり。
何年経っても、先生は昔と同じく若々しい。
やっぱり音楽をやっているからかなあ。

北高に行く前に昼ごはんを食べることに。
実は私は「北高に行くなら、『シトロン』に行きたいです」とリクエストを出していたのですが、Y先生「実は昨日、北高の人に電話したら、『シトロンはもう閉店してますよ』って言われたの」。
えええー!!! 超ショック!

シトロンは私の大好きな店。
高校時代はよく通ったものでした。

仕方がないので、Y先生のお勧めで山形駅西口にある霞城セントラルという建物へ。
その一番上、24階にいくつかレストランがあるということで、そちらの日本食のお店へ。

展望レストランなので、窓際の席は外が丸見え。
いやあ、高いなあ。
たぶん、山形市で一番高い建物なんじゃないかな。
山形県庁とどっちが高いんだろう?

P7290350こちらはベロニカちゃんが注文した・・・えーと、名前なんだったかな?
牛肉です。
その場で自分で焼くスタイルです。
ベロニカちゃん、前回日本に来たときに食べた山形牛の味が忘れられないらしく、この2年間ずっと「あのときの肉はおいしかったね」と言っていたのです。
念願がかないました。
ちなみに先生と私は刺身定食。

P7290351いやあ、美しい!
やっぱり日本の牛肉はいいなあ。
ベロニカちゃんに一口もらったのですが、本当に柔らかいです。
でも、ソースがいまいち。
あまりにも単純なソースで肉の味が広がらない。
ベロニカちゃんは大喜びで食べていましたが。



P7290360最後にきれいな景色ときれいなベロニカちゃんを記念撮影。
ベラルーシにはこんなに高いところ、なかなかありませんから。
あ、国立図書館は高いですけどね。

Y先生、ごちそうさまでした!

それから、私たちはタクシーで北高へ。

以前にも書いたかもしれませんが、北高は基本的に女子高。
普通科と音楽科があって、音楽科は男子の入学も認められているという高校なのです。
私が入学したときは同級生に男子は3人。
私も含めて4人だけという超少人数。
全校生徒が900人近くいるのに、男子は10〜12人という少数民族状態なのです。

これを読んでうらやましいと思った人も多いんじゃないでしょうか?
結構ね、大変なんですよ。
女の子って、男がいる前と女の子だけのときって、全然行動が違うんですよ。
私たちはあんまり男扱いされていなかったので、女の子たちも男がいないかのような行動をとっていたんですよね。
逆にこっちが困っちゃうような感じで。
居場所がない、と感じることもしばしば。

そうそう。
音楽科の教室は一階なんですが、一階には男子トイレがなくて、普通科の教室がある二階にしかなかったんですよ。
入学した頃、それが苦痛で。
女子トイレの前に女の子たちがたむろっているのを通り抜けて男子トイレに行かないといけなかったんです。
本当に行き辛かったなあ。

「女の子が多いから、すごくもてたんでしょ?」って、よく聞かれるんですけど、そんなことはないですよ。
まあ、例えば私が普通の共学の高校とか男子校に行ったとしたら、その場合よりはもてたんでしょうけど。
告白されたことなんか、あんまりないし(←ちょっとはあったけど)

高校に着くと、まず校長室に通されました。
校長先生は残念ながらいらっしゃらなかったのですが、教頭先生が迎えてくださって。
Y先生も交えて、いろいろと雑談。

教頭先生の話では、私がお世話になった先生方がまだいらっしゃるとのこと。
内線の電話で先生方を探してくれたのですが、見つからないので、いそうなところに行ってみることに。

学校の中は基本的には変わっていませんでした。
下駄箱も昔のまま。
どんどん先に進み、北高会館という棟へ。

その一室にいました!
S先生とピアノのT先生、そして私の後輩で今は先生になっているO先生が!
特にS先生とは高校卒業して以来だから、17年ぶり!
うわあ、懐かしいなあ!
いろいろと雑談して、記念撮影。

そこからはS先生も加わって、校内見学。
私が勉強した教室の前を通って、音楽棟へ。
その音楽棟は私が卒業してから新しく建てられたもので、私が勉強した音楽棟は部活動の部室として使われているそうです。

レッスン室はきれいだし、ピアノもピカピカだし。
昔のおんぼろなのとは全然違います。
「おんぼろ」とは言いすぎかな。
でも、思い入れは深いですよ。
調律しても音が狂っているアップライトピアノとかね。

音楽部の練習にもお邪魔しました。
ベロニカちゃんが姿を見せると、みんな「きれい!」とびっくりしてました。

ホールではマンドリン部が他の高校のマンドリン部と合同練習。
そういえば、高校三年のとき、マンドリン部の定期演奏会で指揮をさせてもらったんですよね。

それから、新しく作ったという体育館へ。
昔の体育館はなくなっていました。
この体育館は昔の体育館にすごく雰囲気が似ていました。
二階建てになっていて、下の階ではなぎなた部が練習していました。
大きい声を出しながらの練習でベロニカちゃんもびっくりしていました。

私にとっては建物が問題なのではなく、思い出に浸ることが大事で。
新しくなったところもあるけれど、校舎のほとんどは昔のまま。
あの頃は本当に楽しかったなあ。

教頭先生やS先生にお礼を言い、学校を後に。
次に行けるのはいつかなあ。
「次に来た時は生徒の前で講演を」なんて話もでました。
喜んでやりますよ!

学校を出て、私たちとY先生は旧山形県庁舎の「文翔館」というところへ行くことにしました。

校門を出て少し行くと、左側に大好きなレストラン「シトロン」があります。
私にとってはとても思い出深い店です。
そんなにしょっちゅう行っていたわけではありません。
行くとすれば、夏休みなどの休み期間や土日。
というのは、料理が出てくるまで結構時間がかかることが多かったので、時間的に余裕があるときしか行けなかったのです。
時間がないときは、学校の目の前にあるいろは食堂に行ってました。

「シトロン」はランチが安いんです。
当時は500円でした。
他のメニューも割りと安かったです。
私のお気に入りはハヤシライス。
お金があるときは食べてました。
あと、カツハヤシもおいしかったなあ。

一つ忘れられない思い出があります。
「シトロン」は料理を作るご主人と店内を仕切る奥様、お二人のお店。
ご主人はずっと料理をしているので当然ですが、奥様も静かな感じの方で、高校時代、言葉を交わしたことは全然ありませんでした。
非常に美しく、上品な感じの奥様でした。

浪人時代のある冬の日、いつものように「シトロン」でランチを食べていたときのことです。
食事も終わり、「さあ、また学校に戻ってピアノの練習だ」と思ったそのとき、奥様が私のところへコーヒーを持ってきてくれました。
はぐれミーシャ「あれ、僕頼んでないですけど」
奥様「これはサービスです」
ちょっとびっくりしました。
それまで全然話したこともないのに、何でだろう?

会計のときに「コーヒー、ごちそうさまでした」と言うと、ご主人が「これから大学受験ですよね。がんばってください」と言って下さったのです。
どうして私が大学受験なのを知っているのかはわかりません。
時期的に受験だと思ったのでしょう。
私はとてもうれしくて、本当に本当にうれしくて、心が温かくなりました。

私は音大に合格し、東京に引っ越しました。
その後は山形に帰省したときもあまり顔を出していなかったんです。
すごく行きたかったんですが、なかなかチャンスがなくて。

そして、二年前、私はようやく「シトロン」を訪れることができました。
変わらぬ美しさの奥様、私を見て「お久しぶりです」と言ったので、びっくりして「私のこと、覚えていますか?」と聞くと、「はい、よく来てくださいましたから」。
感激でした!
だって、12年ぶりぐらいなんですよ。

P9031204「シトロン」にはA〜Dまで4つのランチメニューがあって、これは確かBだったと思います。
鳥肉なんですが、本当においしいんですよ。
どういう味付けをしているのかわからないんですよ。
説明しにくいですが、ものすごくおいしいんです。

二年前のとき、私はハヤシライスを食べました。
ちょっと大人になって背伸びした感じです。
今回は「絶対、ランチを食べるぞ!」って意気込んでいたのに・・・

あ〜、また食べたかったなあ。
私にとっては青春の味。
店内は薄暗く、静かな音楽が流れていました。
落ち着いた雰囲気で、私にとってはオアシスのような店でした。
ご主人と奥様にお会いすることはできませんが、心から「おいしい料理をありがとうございました」と言いたいです。

私たちは歩いて文翔館まで行きました。
実は昔からあった建物で、私も何度も前を通っているのですが、一度も入ったことがなかったんです。

P7290368庭がとてもきれい。
ゆっくり見たいところだったのですが、閉館時間が迫っていたので、急ぎ足で。

中に入っても、バタバタと動き回りました。
昔の県庁の様子がわかるような展示物がたくさんあり、なかなか楽しめました。

文翔館の中にはホールのようなところがあり、そこでよく山形交響楽団が練習していると聞き、行って見ました。
すると、まさにリハーサルが始まろうとしていたところで、入口の近くからのぞいていると、指揮者の飯森さんが建物に入ってきました。
「こんにちは」と挨拶すると、こちらのことがわかったようでニッコリ挨拶してくださいました。

P7290369外に出ると、山形県のマークをかたどった噴水が。
山が三つ連なった形になっています。

そこでY先生とはお別れ。
いろいろとプレゼントもいただいて、何よりいろんな思い出をいただいて、感激でした!
本当にありがとうございました!

そこから、私たちはブラブラと山形散歩。
特に店に入るわけでもなく、ダラダラと歩きました。

私たちにはもう一つ目的がありました。
それは普通の居酒屋に入って、居酒屋料理を食べること。
うちに帰ったら夕食なので、たくさんは食べられませんが、ちょこちょこっと食べることに。

山形駅近くの「魚民」へ。
まだ開店したばかりで、中にはお客さんが全然いませんでした。

P7290377これはベロニカちゃんが注文したサワーなのですが、名前を忘れました。
イチゴが入ってました。
すんごい色ですよね。
でも、味は結構よかったです。
私は梅酒サワーとラムネサワーを飲みました。
こういうサワー系の飲み物、いいですよね。
ベラルーシにもわけのわからないアルコール飲料はたくさんあるのですが、日本のサワーのほうが100万倍おいしいです。


P7290379たこわさびです。
日本で居酒屋に行くと、必ず注文してます。
おいしいですよね。
ベロニカちゃんも大好き。
こんなのがベラルーシにもあればいいのになあ・・・



P7290380そして、馬刺し!
これはおいしかった!
私もベロニカちゃんも馬刺しが大好き!
ベラルーシでは馬肉をソーセージにしたりして食べることはあるそうですが、普段は食べないものです。
普通の人は食べたことがないと言います。
ましてや生で食べるなんて、ベラルーシ人には考えられないことらしいです。
馬刺しの話をすると大抵のベラルーシ人は顔をしかめます。
こんなにおいしいもの、ないのにね。

いろんな人に会えて楽しい日でしたが、「シトロン」に行けなかったことはさびしかったです。
時が経って、町が変わっていくのは仕方がないことなんでしょうけど。
あの味の記憶は私の心の中にいつまでも残っていくと思います。
私にとって、「シトロン」は間違いなく一番おいしいお店なんです!

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2009年09月02日

こんにちは。
はぐれミーシャでございます。

今日は私たちが私の母校を訪れたときの話です。
2年前に来たときも訪問しているのですが、今回の訪問には理由があるのです・・・

私が学んだ村山市立楯岡中学校。
帰国するたびに訪問しています。
一度、3年生の前でベラルーシ生活のことなどを話したこともありますし、2年前の帰国のときはベロニカちゃんや私の生徒を連れて学校を訪問しました。

今回、訪問することになったのは、全校生徒の前で講演するため。
実は今の校長先生が私の中学時代の担任だったんです。
何というめぐり合わせ!
うちの父親を通して、生徒の前で外国生活のことなどを話して欲しいという依頼が来たのです。

何を話そうかなあと散々考えた末、日本とベラルーシの違い、外国から見た日本の姿、そんなテーマで話そうと決めました。
月並みですか?

中学校に着くと、みんな掃除の時間らしく、生徒がパタパタと動き回っていました。
ちなみに、ベラルーシの学校では生徒が学校内の掃除をするということはまずありません。
生徒がトイレ掃除をするなんて考えられないそうです。

中学校の校舎を見ても、私は特に感じるものはありません。
というのは、今の校舎は新しく建てられたもので、私が学んだ校舎は取り壊されているのです。
門だけが残っています。

昔の校舎は木造で、お世辞にも綺麗だとは言えませんでした。
掃除の時間、雑巾がけをすると、床の木のささくれ立ったのが手に刺さったりして。
でも、私にとっては深い思い入れのある校舎です。
ああ、懐かしいなあ・・・

中学校の中に入ると、すぐに校長室に通されました。
しばらくして、校長先生、そして私が中学3年生の時の担任だったM先生が現れました。
全然変わっていない!
髪型も体型も昔のまんま。
昔って、20年前ですからねえ。
私の変わりようとはエライ違いです(←20キロぐらい太ったかな・・・)。

私の講演は1学期の終業式の終わりにすることになっていました。
それまで、校長室でしばし談笑。
いろんな思い出話をしました。
びっくりしたのは、M先生が私の同級生の名前をちゃんと覚えていることです。
しかもフルネームで。
でも、私もほとんど自分の学生の名前は覚えてますけどね。

地元の山形新聞の記者の方も取材に来てくれました。
数日後の山形新聞に写真付きで載せていただきました。
ありがとうございました!

そして、全校生徒が待つ体育館へ。
M先生からは「7分ぐらいにして欲しい」と言われていました。
それ以上だと生徒のほうの集中力がもたないからということで。

私は壇上に上がり、全校生徒の前に立ったのですが、不思議と緊張はしませんでした。
私はベラルーシという国はどんな国なのか、どこにあるのか、どんな生活をしているのかを話しました。
そして、「外国に出てみると、日本のことがもっと見えるようになります。人生のうちで一度でいいから外国に住んでみてください。それはみなさんにとって、とても素晴らしい人生経験になると思います」と話しました。

私はわざと挑発的なことを話しました。
はぐれミーシャ「私はよく『外国に住んでいて大変ですね』とか言われるんですが、全然大変じゃないですよ」、「私は日本人のほうがよっぽどかわいそうに思えます」。
実際、そう思うときがあります。
まあ、ここでは深入りしませんが、物が溢れていて、情報が溢れていて、見落としてしまっているもの、ありませんか?

講演を見ていたベロニカちゃんの話では、「みんなちゃんと聞いていたよ」。
そうですね。
確かに全員ではありませんが、集中して聞いてくれている子供が多かったように思います。

10分ぐらいの講演になってしまい、M先生に「長くなってすみませんでした」と言うと、「お前が長い話をするのぐらいお見通しだ。だからわざと7分って言ったんだ」
やっぱり私の性格がわかっていたんですね。

講演後も先生と少しお話しました。
帰るときも出口のところまで見送りに来て下さって。
とてもうれしかったです。
感無量でした。

M先生との話で心に残ったことがあります。
私が子供の頃は悪いことをすれば親や先生に叩かれたりするのが普通でした。
それを恨みに思ったりすることは私はありませんでした。
だって、叩かれるようなことを自分がしたのがわかっていましたから。

でも、今の子供や若者はすぐ人権がどうこうとか言い出すでしょ。
平等だとかなんだとか。
「あー、しゃらくせえ!」って思いますよ。

例えば、私が「○○ちゃんは○○で困る」なんて話をすると、日本人が「でも、古○さんだって、○○じゃないですか。言う権利ないですよ」。
あのさあ、権利がどうこうとかって・・・ナマ言ってんじゃねえよ!

ベラルーシに来る若者なんかと話しているとそんな風に感じること、よくあります。
ある意味では優しさなのかもしれない。
でも、それは自分の都合のいいように人権とか平等とかいう概念を利用しているに過ぎません。

そんな話をM先生にしたら、「要するに甘ちゃんなんだよ」。
確かに。
M先生、昔から全然変わっていない!
歯に衣着せぬ物言いは健在でした。

本当にそう思います。
「優しい」のと「甘い」のとは違います。
「人を傷つけないように」生きているだけでは心からの触れ合いは出来ないのではないかと思います。

世の中、理屈っぽくなったなあと思います。
心で生きようよ。
ストレートに心を出そうよ。

あー、何かおっさんの説教みたくなってきた。
この辺でやめようっと。

久しぶりで超懐かしい中学校訪問でした!

akiravich at 00:02コメント(0)トラックバック(0) 

2009年08月30日

こんにちは。
はぐれミーシャでございます。

今日は私とベロニカちゃんが行ったコンサートのお話です。
私はベラルーシにいるときから、「日本へ行ったら、絶対にクラシックのコンサートに行きたい!」とずっと考えていました。
元々は私は音楽が専門だったんです。
今では音楽の世界から100万光年(←ミスター・ポーゴが好きな人ならわかる)遠ざかっていますが、今でも音楽を聴くのは大好き。

東京、または山形で行われるコンサートをインターネットで探したのですが、夏はクラシック音楽は「オフシーズン」。
東京ではほとんどコンサートがありません。
特に8月は壊滅的です。
本当はサントリーホールとか、東京文化会館とか、思い出のコンサートホールに行ってみたかったんですが・・・

そして、見つけたのは地元山形の山形交響楽団の定期演奏会!
これは行くしかない!

2008年8月26日「がんばれ、山響」にも書いていますが、私にとって山形交響楽団はとても思い出深いオーケストラ。
私が生まれて始めて聴いたオーケストラです。

7月24日(金)、山形交響楽団 第198回定期演奏会
「未完な傑作」

指揮:飯森範親
ヴィオラ:清水直子

バルトーク:ヴィオラ協奏曲(遺作)
ブルックナー:交響曲第3番「ワーグナー」ニ短調(第1版)


会場は山形テルサ
私は行ったことがありませんでした。
私が日本に住んでいた頃はまだありませんでしたから。
今、調べてみたら、オープンは2001年。
そりゃあ、知らないはずだわ。

19時開演なのですが、私が買った席が自由席だったので、早めに行っていい席を取ることに。
18時15分開場だったので、18時に行ってみたら、すでに7、8人の小さい行列が。
私たちが並んでしばらくすると、後ろには長い行列が出来ていました。
私が高校生だった頃、よく山響のコンサートには行っていましたが、開場前に行列が出来るなんて、あんまりなかったように思います。

やっと開場したと思って、チケットを係員に渡していると、後ろからグイグイ押してくるおばちゃんが。
並んでいるときも、ちょっと体をずらして前に行こう前に行こうとしていたから、すごく嫌な感じだったんですが、思いっきり割り込んでこようとするので、すごくむかつきました。
で、そのおばちゃんもいい席を取ろうとしている様子だったので、私はベロニカちゃんに「走れ!」。
ベロニカちゃん、ダッシュで自由席になっている列の一番前の列、その真ん中を確保しました!

山形テルサ、中がすごく綺麗なんです。
山形にはあんなコンサートホールはありませんでしたから。
山形県民会館や山形市民会館は音響の面で問題がありましたから、山形の音楽ファンにとってはうれしいことです。

山形交響楽団の演奏会ではコンサートの前に指揮者のプレトークが行われます。
指揮者の飯森さんがステージで曲目の解説をしてくれるのです。
パンフレットにもいろいろ書いてあるのですが、指揮者の方が自ら話してくださるのですから、それは受ける印象が違います。
ブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」にまつわるお話はとても興味深いものでした。

さて。
演奏のほうですが、最初のバルトークはいまいちピンと来ませんでした。
演奏は素晴らしかったんですよ。
ヴィオラの清水直子さんの演奏は熱演。
オーケストラも素晴らしかったし。

でも、作品自体が私の心の中にはスッと入ってきませんでした。
なんでだろう?
何かわけのわからないまま終わってしまった感じです。
もう一度聴いてみたいですね。

次のブルックナー。
これはもう最高でした!!!!!

「あれ、これ本当に山響!?」というのが最初の感想。
私が知っている山響とは違います。
格段にレベルアップしている。
以前は弦のアンサンブルが全くそろわなかったり、金管楽器が吹きまくって浮き上がっていたりしていたものですが。

今の山響サウンドを一言で言うと「渾然一体」。
一つ一つのパートがバラバラに聴こえてくるのではなく、一つのオーケストラとして、一つの音楽が鳴り響く。
聴いているうちに演奏者の姿が目に入らなくなり、音楽だけが耳の奥へと響き渡る。
それこそが現在の山響の姿なのでした。

まず音が綺麗。
弦の響きはかなり美しいものに感じました。
元々、山響は管楽器は強かったのですが、その力量は今でも健在。
角が出っ張っていた山響の響きがよりマイルドになっていました。

「変わった」とは言っても、山響独自のサウンドは健在。
バルトークの演奏が始まったとき、すぐに「ああ、これは山響だなあ」と感じました。

何が山響サウンドなのかと問われると、どう答えていいかわかりません。
私にとっては友達の声を覚えているのと同じことなので。
幼なじみが大人になって、もっと大人っぽい声になったけど、幼なじみだということは聞いたらすぐわかりますよね。
それと同じことです。
私にとって、山響は私の音楽遍歴の初めに付き合った友達、または恋人、または私の音楽への想いを育ててくれた親のような存在です。

ブルックナーは最後まであっという間に行ってしまいました。
私にとっては至福の時でした。
1時間近くの演奏が本当に短く感じました。

山響は非常に小さいオーケストラなので、ブルックナーをやると聴いたときは「???」と思いました。
でも、小さいかどうかなんて関係ないんですね。
ブルックナーというとどうしても大編成をイメージしてしまいますが、山響ほどのクオリティーなら、編成がどうこうなんて気にならないです。

ホールも素晴らしかったです。
山形の音楽ファンは幸せですね。
かなり後ろのほうの席だったのですが、舞台からの距離を全く感じないほどの音響でした!

何と言っても、指揮者の飯森範親さんが素晴らしかった!
山響を変えた一番の功績者と言っても過言ではありません。
あの山響からあれだけのサウンドを引き出すなんて。
演奏からも指揮者とオーケストラの信頼関係が深いことが感じられました。

私はブルックナーの版の問題には全く詳しくないですが、飯森さんのプレトークで今回第一版を使用したことの意図を聞いていたので、それも興味深く感じました。

解釈がどうこうということは言いません。
だって、そんなにブルックナーに詳しくないし。
私には非常に丁寧な音楽作りの中に、指揮者の確固たる信念を感じさせる演奏だったと思います。
ケレン味のない解釈だったと思います。

演奏が終わった瞬間、「ブラボー」の声が。
これ、私は大嫌いなんですよ。
だって、音が消えて、余韻が消えるまで聴きたいのに、ブラボーの声で余韻をかき消されてしまうんですから。

演奏が終わっても、私たちは茫然としていました。
「山響が良くなった」という話は耳にしていましたが、ここまでとは。
ベロニカちゃんには昔の山響の様子などを話していたのですが、ベロニカちゃんは「話と全然違うじゃん」「日本で一番小さいオーケストラがこのレベルなの!?」。

確かにベラルーシのオーケストラとは比べ物になりません。
はっきり言って、ベラルーシのオケは聴いていられないほどひどいときがあるのです。
日本はいいなあ。
山形の人たちがうらやましい!

演奏会の後は飯森さんのポストトーク。
ソリストの清水さんと共にロビーでいろんな話をしてくださいました。

それから、サイン会。
私は休憩時間に飯森さんと山響のルポルタージュ「マエストロ、それは無理ですよ・・・」という本を購入。
コンサート後、持ち合わせのお金がほとんどなかったのですが、有り金全てをはたいてブルックナーの交響曲第5番のCDを買いました。

サイン会は長い長い行列が。
飯森さんの人気の高さがうかがえます。

やっと私たちの番が来たとき、飯森さんはすぐベロニカちゃんに気づき「どちらの方ですか?」
私は私たちがベラルーシから来たこと、私たちがコンサートに感激していることなどを伝えました。
飯森さん「ああ、そうですか。ベラルーシは何語ですか?」
はぐれミーシャ「ロシア語です」
飯森さんはベロニカちゃんと握手し、ロシア語で「スパシーバ(ありがとう)」と言ってくださいました。
やはり世界で活躍する指揮者ですから、それぐらいのロシア語のフレーズは知っているのでしょう。
素晴らしい指揮者の方と話ができて、私もベロニカちゃんも感激!
飯森さんの気さくな人柄も人気の秘密なのでしょうね。


「マエストロ、それは、ムリですよ・・・」 -飯森範親と山形交響楽団の挑戦-「マエストロ、それは、ムリですよ・・・」 -飯森範親と山形交響楽団の挑戦-
販売元:ヤマハミュージックメディア
発売日:2009-06-21
おすすめ度:5.0
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これが私が購入した本です。
飯森さんが現れて以来、山響がどう変わっていくのかが描かれています。
飯森さんの要求に答えていく山響の人たちの頑張りも素晴らしいです。
私自身、飯森さんの考え方を見習わなければならないなあと強く思いました。

ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調(原典版)ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調(原典版)
アーティスト:山形交響楽団
販売元:山形交響楽団
発売日:2009-05-20
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これが私が購入したCDです。
実はまだ聴いていません。
すみません!

そもそも、5番の交響曲って聴いたことがないんですよ。
ブルックナー自体、すごく好きというわけではなかったので。

でも、交響曲第3番「ワーグナー」は何故か好きだったんです。
クナッパーツブッシュのCDを聴いていました。
日本でシモーネ・ヤングという指揮者の「ワーグナー」のCDを買ってきました。
その演奏も第一版を使用しているし、その指揮者のブルックナーを少しだけ視聴したのですが、私には非常に面白く思えたので。

やっぱり音楽はいいなあ。
また日本へ帰ったら、絶対に山響のコンサートに行きます!!!

akiravich at 23:00コメント(0)トラックバック(0) 

2009年08月28日

こんにちは。
はぐれミーシャでございます。

今日は私たちが山形市に行ったときの話です。
たいしたことは起きなかったのですが、まあ、このブログは自分用の日記のようなものなので、お許しください。

20日(月)、21(火)は何をしたかあまり覚えていません。
実家の仕事の手伝いをしていたような気がします。
うちの会社の一番仕事が忙しい時期に当たっちゃったんですよね。
でも、たまには手伝わないと。
私よりもベロニカちゃんのほうが戦力になるんですよ。
お祭り用のコスチュームを畳んだりする仕事は、ベロニカちゃんのほうが向いています。
まあ、服を作る仕事をしていますからね。

22日(水)は山形へ。
私が住んでいるのは山形市ではなく、村山市というところ。
電車で行くと、40〜50分はかかります。

山形市は私にとって思い出の町。
子供のときは両親と行っていたし、高校は山形市にありましたから、ほぼ365日、山形市に通っていました。

私たちが電車で山形に着いたのが10時前。
朝ごはんを食べていなかったので、ミスタードーナツで腹ごしらえ。
ベロニカちゃんはとても気に入ってました。
それにしても「黒みつ葛あずきフレンチ」とか、名前が長すぎます!

今回の狙いは山形美術館。
シャガールとかルノワールとかもあるし、いい美術館なんですよ。
シャガールはベラルーシの出身なんですが、自分の故郷でシャガールを見るというのはちょっと変な感じもします。

ブラブラ歩いていくのですが、例によってなかなか前に進まない。
ベロニカちゃん、写真とビデオを撮りまくり。
まあ、私にとっては普通の風景でもベロニカちゃんにとっては新鮮な風景なんでしょう。

P7220193こんなふくろうのモニュメントと一緒に記念撮影。
日本って、どこに行ってもこんな感じのものがあるじゃないですか。
さりげないのから、さりげあるのまで(←日本語、おかしいですか?)。
ベラルーシにはこんなのないですもん。
ちょっと歩いては写真撮影をするので、美術館へ着くまでにかなり時間がかかってしまいました。

美術館に到着したのは11時半ごろ。
でも、何か様子がおかしい。
カーテンも閉まっているし。
近づいてみると、「臨時休館」。
何でやねん!
そういうところは月曜日休館だと思って、わざとはずしてきたのに。
そりゃあないぜ。

仕方がないので、すぐお隣の霞城公園へ。
昔お城が建っていたところにある公園で、山形市のシンボル的存在。
お堀とか残っているし。
門は再建されたものですが。

この公園、私が若かった頃はデートスポットだったのですが、今でもそうなのでしょうか。
私も何度か彼女と来たことがあります。
でも、一人で歩いたことのほうが多いかな。
お堀の周りを歩きながら、いろんな考え事をするのが好きでした。
お堀沿いに桜が植えてあって、桜の季節は桜吹雪の中を歩くのが最高でした。
そして、梅の時期も私は好きでした。

P7220195最上義光の銅像の前で。
ベロニカちゃんに「この人、誰? 何をした人?」と聞かれたのですが、よくわからなくて。
私、歴史はものすごく弱いんです。
興味もそんなにないし。





この公園の中には様々な文化施設やスポーツ施設があります。
その中の山形博物館に行くことに。
休館日じゃないかと心配したのですが、博物館は開いていました。

中は珍しい鉱物から化石、生活に密着した古道具まで盛りだくさん。
なかなか楽しめました。
古い農機具なんかはベラルーシのと似ているのが多くて、ベロニカちゃんも「人間はどこにいても考えることは同じなのね」と感心しきり。

博物館を出たのが13時過ぎ。
さあ、昼ごはんだ!
このときを待っていたのです!

狙いは「龍上海」一本。
ラーメン好きには有名な店ですよね。
インターネットでは、山交ビルの裏に支店があるということだったのですが、私が高校時代に行った店と微妙に場所が違うような気が・・・
正直、そんなによく行った店ではないのですが、行ったときの感動は今でもよく覚えています。

P7220227辛みそラーメン!
いくら暑くても、これしかないでしょ!
いやあ、最高の味でした!
辛みそをプラスしてもらえばよかったなあ。
何ていうんでしょ。
スープがおいしいんですよ。
昔は最初から青海苔がかかっていたような気がするのですが、今はお好みで自分でかけるスタイルになってました。

外に出たとき、お店の方が立っていて、「お口に合いましたか?」と聞いてきました。
外国人だから、気を使ったのでしょう。
ベロニカちゃんは「とてもおいしかったです!」
お店の方も満面の笑みでした。

その後は十日町から七日町へと買い物行脚。
買い物をするのは私ではなく、もちろんベロニカちゃんです。
100円ショップなどは私にとっての危険地帯。
ベロニカちゃんが「これ、かわいい!」を連発して、出てこられなくなりますから。

山形駅への帰り道。
辻楽器に寄りました。
中学生のとき、吹奏楽少年にとっては憧れの店でした。
村山市にも管楽器のアクセサリーを売っている店はありましたが、品揃えが違いました。

辻楽器では山形交響楽団の定期演奏会のチケットを買いました。
山形交響楽団は日本では最も小さいプロオーケストラ。
高校の頃はよくコンサートに行っていました。
ちょうどいいタイミングで定期演奏会があったので、チケットを買ったのです。
自由席なんですけど、ベラルーシの住民から見るとチケットが高い・・・
でも、こんなチャンス、なかなかないんで思い切って購入!

P7220230こんな天気だったんですけど、結構暑かったです。

大満足の山形散歩でした!

akiravich at 00:45コメント(4)トラックバック(0) 
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