ゴメリ

2013年10月03日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

タイトルを読んでおわかりかと思いますが・・・
今日は私の誕生日!!!
40歳!!!


40歳か〜・・・
40歳は「不惑」の年なんて言われますが、今の私はどちらかというと「曲がり道くねくね」。
「不惑」の境地まではまだまだ遠いです。
でも、若い時と同じようにドタバタと生きるのも悪くないものです。

ちなみに、ベラルーシでは40歳の誕生日は祝わないという習慣があります。
習慣というよりは迷信に近いかもしれませんが。
どうしてかは今度調べてみます。
でも、私は日本人なので、しっかりお祝いしたいと思っています!

今、私は通訳の仕事でゴメリという町のホテルにいます。
ベラルーシのチェルノブイリ汚染地域はゴメリ州というところにあり、そこの州都がゴメリなのです。
ベラルーシに視察にいらっしゃった方には非常になじみ深いところなのではないでしょうか。
まさか40歳の誕生日をゴメリで迎えることになるとは・・・
まあ、これは運命ですかね(^^♪

私にはしたいことがたくさんあります。
ありすぎて困ってしまうぐらい。
例えば・・・
・日本語の授業(←これなくしては「はぐれミーシャ」は成立しない!)
・通訳としてのレベルアップ
・チェルノブイリ関連資料の翻訳(←特に注文があったわけではないのですが、やりたい)
・ベラルーシ紹介サイトの開設
・ベラルーシ語の勉強
・ロシア語の勉強
・料理関係の仕事
・「倍返し」(←詳しくは書けませんが、これは一人の人間として必ずやらなければならないことがあるのです。復讐とか、そういうものではないので、ご心配なく)
これでもまだほんの一部です。

とりあえずは目の前のことを一つずつ、という感じでしょうか。
今日の通訳もがんばります!!!

P.S.
「半沢直樹」、面白すぎ!!!
「倍返しじゃ〜!」(←語尾だけ大仁田厚)

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2012年12月31日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今年最後の投稿は今年の夏、福島を訪れたときの話です。
通訳の仕事でご一緒した方々に再会する旅でした。

2011年の6月を皮切りに、私は様々な代表団の通訳をする機会に恵まれました。
中でも福島の方とご一緒した通訳の仕事は非常に感慨深いものがありました。

8月9日、私は普通電車を乗り継いで福島まで行きました。
新幹線の切符を買うお金がなかったんです。
でも、時間的には普通電車でもそれほど変わらないように思います。

駅には福島大学の小山良太先生が迎えに来てくださっていました。
2011年秋の福島調査団で知り合いました。
農学博士で原発事故後の農業のあり方など、様々な提言をなさっている方です。
今回の飲み会もセッティングしていただきました。

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調査団でご一緒した方々が来てくださいました!
野菜がおいしいお店ということで、料理もお酒も最高でした!!!
この後、浪江焼きそばもご馳走になって、大満足でした!!!

お酒の席でもテーマはやっぱり福島のこれからのこと。
復興の最前線にいる方たちの話を聞くのは非常に貴重なことでした。
ベラルーシでもインターネットで日本のニュースを知ることはできるのですが、やはりメディアを通して入ってくる情報と実際に現場にいる人たちから直接聞く情報にはかなりの隔たりがあるように思います。

そして、もう一つ感じたのは日本国内の温度差。
今回は日本中を旅行したのですが、福島以外の土地だとどうしても他人事のような感覚で見ているような、というよりは福島の事故がもうすでに過去のことであるような感覚があるように思うのです。
原爆の被害にあったからでしょうか、長崎で出会った人たちは福島のことを気にかけていました。

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次の日は福島大学へ。
私が勤務しているベラルーシ国立大学と協定を結んでおり、様々な打ち合わせがあったのです。
そのときには福島市役所の方ともお会いして、11月の市民視察団の訪問についても打ち合わせを行いました。

お昼は福島大学の食堂でご馳走になったのですが、とてもおいしくてびっくり!
学食があんなにおいしいなんて、かなり驚きました。

午後からはうつくしまふくしま未来支援センターや桜の聖母短期大学、福島県生活協同組合連合会などにお邪魔させていただきました。
生協連では具体的な復興の取り組みなど、国に頼らず様々な活動を自分たちで行っていることを知り、感銘を受けました。
桜の聖母短期大学の二瓶由美子先生にはわざわざ車で生協連やホテルまでお送りいただいて、本当にありがたかったです。
ありがとうございました!!!

夜は7月にご一緒した福島県議会の議員の方々との夕食。
大変お忙しい中、6人ほどの方々が来てくださいました。
本当にありがとうございました!!!

8月11日は朝から会津方面へ向かいました。
県議会議員の小桧山善継先生が自らの運転で連れて行ってくださいました。
前日の夕食も小桧山先生が幹事をしてくださいました。
本当にありがとうございました!!!

磐梯吾妻スカイラインを通ったのですが、絶景!!!
本当に気持ちがよかったです。

しかし、あのスカイラインのクネクネ曲がった道を走るうちにどんどん気分が悪くなってしまって・・・
途中で車を止めてもらって、休まないといけませんでした。

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五色沼に行きました!
信じられないほど綺麗な、青とも緑ともつかない色。
こんなに美しい場所が福島にあることを私は知りませんでした。

結構観光客がいるように思ったのですが、小桧山先生曰く「全然少ないですよ」。
風評被害は実際に原発の被害を受けている浜通り、中通りにとどまらず、ほとんど放射性物質が検出されない会津のほうまで広がっているのです。
「福島=危険」というイメージです。
ああ、もったいない!!!
こんな綺麗なところを見ないなんて!!!
本当に何が危険で、何が安全なのかをしっかりと判断することが必要だと思います。

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小桧山先生と記念に一枚。
感謝しても感謝し切れません。
ベラルーシでご一緒したときから、非常にフレンドリーに接してくださり、私も仕事がしやすかったです。
非常に気さくな方で「『先生』って呼ばれるの、あんまり好きじゃないんですよ」と言っておられました。
でも、ここはやっぱり「先生」と書かせていただきます。
あの焼酎、本当においしかったです!!!
最高の思い出をありがとうございました!!!

小桧山先生との旅はまだまだ続きます。

せっかく来たからということで、野口英世記念館に立ち寄りました。
館長さんともお話させていただくことができ、感激!!!
ここも観光客がすごく多いように感じたのですが、「全然少ないですよ!」。

小桧山先生、どこに行っても、いろんな人に挨拶されています。
お土産やさんに入っても、すぐ「先生、こんにちは!」と声をかけられて。
それが非常に自然なんです。
偉そうなところもないし、気さくな人柄で。

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そして、喜多方ラーメン!!!
ラーメンはすごくあっさり。
麺がおいしかったです。
そして、この餃子がおいしかった!!!
私は餃子にはそれほど思い入れがなく、特に食べたいとも思わない料理なのですが、これは本当においしかった!
今まで食べた餃子の中で一番です!!!

喜多方では製麺所にも寄りました。
小桧山先生が「奥様にもお土産を持っていかないと、『自分だけいい思いして!』って怒られちゃうでしょ」ということで、数え切れないほどの生麺をいただきました。
本当に気を使ってくださって、感謝感激です!!!

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会津若松市では小桧山先生と一緒に鶴ヶ城と飯盛山に行きました。
私が汗だくで山に登る中、小桧山先生は汗一つかかずにスイスイと登っていきます。
運動不足と体重増加のおそろしさをまざまざと知りました・・・

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会津若松市の喫茶店で一休み。
ドーンと立っている木が印象的。
この木の温かい雰囲気がすてきです。
ベラルーシにもこういう店があったらなあ・・・

小桧山先生にはホテルまで送っていただき、そこでお別れ。
言葉にならないくらいの感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました!!!

会津若松に来たのは理由があります。
4月に国会の事故調査委員会の方たちがベラルーシにいらっしゃって、そのとき私は通訳をしたのですが、そのときご一緒した方が会津若松にいらっしゃるのです。
なので、ぜひお会いしたいとコンタクトをとったら、快諾していただいて。
ホテルのレストランで待ち合わせだったのですが、諸事情で遅れるとのこと。
なので、会津若松の町をブラブラ。

土曜日の夕方という時間だったためか、店がどんどん閉まっていってしまって。
でも、町はなかなか風情があってよかったです。
次はもうちょっとゆっくりしたいなあ。

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20時過ぎにようやく会いたかった人に会うことができました!!!
私の左側にいるのが蜂須賀礼子さん。
大熊町商工会会長で、国会事故調の委員を務めておられた方です。
とても気さくな方で、ベラルーシでご一緒したときも楽しく仕事をさせていただきました。

蜂須賀さんは今、会津若松で避難生活をおくっておられます。
普段はニコニコしていますが、言葉にならないほどの辛い思いをされているのだと思います。
いろいろな話を聞かせていただき、いろいろと感じるものがありました。

蜂須賀さんとお話していて、国会事故調の方たちとご一緒したときのことを思い出しました。
スケジュールがタイトで、本当に大変な仕事だったんです。
でも、皆さんのチームワークが素晴らしくて。
皆さんの明るさと情熱のおかげで何とか乗り切ることができました。
国会事故調の報告書を読んだとき、こんなに素晴らしい仕事をしている人たちとご一緒できたんだなあと思い、非常に感慨深いものがありました。

そして、この店の料理がすごかったんです!!!
蜂須賀さんと電話で話したとき、「ホテル、そんなに綺麗じゃないけど我慢してくださいね。でも、料理はすごくおいしいですから」。
小桧山先生も「あそこは海鮮料理がすごいんですよ」とおっしゃっていて。
会津で海鮮???と思ったのですが、食べてびっくり。
本当に海の近くいるのかしら?というほどの新鮮さ。
何でも、元々魚の卸しをやっていたので、新鮮な魚を手に入れるルートを持っているのだそうで。

ホテルの名前はシティホテル石橋です。
http://ishibashi-kaijin.co.jp/
確かに古めですが、私にとっては全然問題なく泊まれるホテルです。
そして、そのホテルの中にあるのが「海鮮料理 海神」。
魚もおいしかったのですが、馬刺しがすごくおいしかったです。
よくふぐ刺しを端から端までごそっととって食べるのが夢、みたいな話がありますが、このときは馬刺しをごそっととって口の中へ。
至福のときでした。

次の日は郡山へ。
ブログを通して知り合った美容室の方とお会いしました。
いろいろとお話を聞かせていただいて、私も勉強になりました。
それから、県議会議員の三村博昭先生においしいうどんをご馳走になりました。
自ら車で私を郡山駅まで送ってくださいました。
お二方とももう少し時間があれば、ゆっくりお話したかったです!
本当にありがとうございました!

これで私の福島旅行は終わり!
よく食べて、よく飲みました!
かなり太りました・・・

隣の県に住んでいながら、福島のことは全く知りませんでした。
おいしい食べ物、おいしいお酒、美しい自然、素晴らしい人たち・・・
これ以上、何が必要だと言うのでしょうか!?
根拠のないうわさや恐怖心に惑わされている人たちは相当損をしていますよ!!!
感動の三日間でした。
皆様、本当にありがとうございました!!!



福島の事故以来、私は様々な仕事をしてきました。
それまでも自分がチェルノブイリの事故で被害を受けた国に住んでいるという意識は持っていました。
しかし、それも最初の頃に比べれば、だんだん意識は薄くなっていました。
福島の事故があってから、もう一度自分が住んでいるベラルーシという国、そして、自分が生まれた日本という国への思いを強くしました。
自分が生まれたのが隣県の山形であることも、私の中では強く意識することです。
これからも福島の皆様、そして日本の皆様のために仕事ができればと考えております。

ベラルーシでチェルノブイリの関係機関を訪れると、「チェルノブイリ事故の『回復』の段階はすでに終わっている。これからは『発展』のときだ」ということを言う人が多くいます。
確かに、26年経ち、状況はだいぶ変わっていると思います。
そして、実際に対応済み、解決済みの問題も多くあります。
外国からのお客さんが来たときは、対外的にそういう言い方になるのでしょう。

しかし、ベラルーシに問題がないと言えば、これはうそになります。
今から大きな問題になりそうなのが、アメリシウムの問題。
私は専門家ではないので、詳しい言及は避けますが、このアメリシウム汚染についてはベラルーシの専門家たちも問題視しています。

低線量被爆についての研究もまだまだ不十分です。
もちろん、危険を回避するには低線量であっても避けるに越したことはないのですが、そういう問題ではないと思うのです。
まだわからないことが多い中で、さも全てがわかっているかのように発言する人がいるようですが、私はわからないことは「わからない」と言うべきだと考えています。
現にベラルーシの研究者たちは日本人に低線量被爆について聞かれても「まだはっきりとは言えない」「わからない」と言うことが多いのです。
もちろん、放射性物質が様々な病気を引き起こしている可能性はありますから、それを否定することはできません。
それと同時に何かの病気が放射性物質によって引き起こされていることを100%肯定することもできないはずなのです。
肯定も否定もできないことを単に「危険だ」と煽るのはいかがなものかと私は思っています。

「危険性があるから避ける」というのは当然なことだと思います。
それがただ恐怖心を引き起こすようではいけないと思うのです。
そのためには情報提供のあり方というのが重要になると思います。
今の日本は情報が錯綜して、何を信じていいのかわからないという状況なのかなという印象を受けます。
どう伝えるかということも重要でしょうが、誰が伝えているのかというのも重要かと思います。
信頼できる人や機関から出てくる情報はみんな信じるでしょうし、一度うそをついて信頼を失ってしまったら、そこからの情報は二度と信じられなくなるでしょう。
今、日本政府の情報を信じる人はどれぐらいいるのでしょうか・・・

誰かが誰かを手伝うとか、援助するとかではなく、共に歩むという感覚が日本とベラルーシの間で生まれればいいと私は思っています。
ベラルーシでは資金不足などで研究したくてもできないことが山ほどあります。
その研究が日本でも役に立つようなものであれば、共同で研究を行ったらいいと思うのです。
例えば、ベラルーシの経験豊かな研究者を日本に呼ぶとか、日本の若い研究者がベラルーシに行って研修を受けるだとか。
話を聞くだけではなく、実際に日本人とベラルーシ人が一緒に働くようなことがあればいいと思います。

ゴメリにある放射線学研究所の所長であるアヴェリン氏は福島の方たちに対して「いつでも福島に行く用意がある」とおっしゃっています。
彼は「研究所で何かやるのもいいのだが、私は福島の現場で農場の方たちと直接話して、その現場で仕事をしたい」とおっしゃっています。
ベラルーシにそこまで熱い想いを持っている人がいることを日本の皆様に知っていただきたいと思います。

福島の「これから」とベラルーシの「これまで」。
この二つがうまく結びつけば、お互いにとって実り多い関係が築けるのではないかと思います。

福島や日本の「これから」のことばかり考えるのもよくないと思います。
ベラルーシにも「これから」があります。
「チェルノブイリは終わっている」という言い方をする人が多いのですが、私はそうは思いません。
まだまだ「これから」のことも多いのです。

ベラルーシ人の中にも自分の利益を追求するために日本や福島と関わろうとする人がいます。
残念ながら、それは否定できません。
しかし、中には心から福島や日本の「これから」のことを考えている人たちがいます。
そのような人たちがもっと直接的に福島と関わっていけるようになればいいなあと願っています。

これから、ベラルーシと日本の絆はどんどん強まっていくことと思います。
私も少しでもそのお手伝いをすることができればと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。
皆様、よいお年をお迎えください!

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2012年12月25日

ご無沙汰しております。
はぐれミーシャです。

今日はカトリックのクリスマス。
国の祝日です。
珍しくうちでのんびりしています。

ちなみに、ベラルーシで一番優勢なのはロシア正教会で、住民の80%ぐらい。
カトリックの信者はそんなに多くないのです。
ロシア正教のクリスマスは1月7日です。

久しぶりのブログ更新。
本当はたくさん書きたいことがたまっているのですが。
例えば、日本旅行のまとめ(←自分のため)とか、普段の仕事のこととか。
でも、今日はちょっと我慢できないことがあったので、書いてみたいと思います。

先週の金曜日のこと。
その日はこのブログの訪問者数が急に跳ね上がりました。
例えば、テレビか何かでベラルーシが取り上げられたりすると、そういうことが起こります。
なので、どんな番組で取り上げられたのかなあと思い、「ベラルーシ」というキーワードに他の言葉を組み合わせて検索してみたんです。

すると、ベラルーシに関して、とんでもないことが書かれているのを目にしたのです。
チェルノブイリ事故で汚染されたベラルーシでは、5人に4人の子どもが何らかの病気に罹った状態で生まれてくる。

えっ? 何これ?
何かの冗談でしょ?

あまりにもびっくりしたので、いろいろ探してみました。
すると、出るわ出るわ。

・市民の寿命は、おそらく15年は縮められた。
・ベラルーシでは今、多くの人々が40代でこの世を去っている。


おいおい! 何なの、これ!?
っていうか、この情報源はどこなの?

夜の授業前の空き時間に見ていました。
しばらくすると、学生たちが入ってきたので、学生たちに話してみました。
学生たちの反応は「бред!!!(読み方はbred)」(←全員ほぼ同時に)
この言葉、直訳すると「たわごと」「荒唐無稽なこと」。

いやあ、あまりのひどさに私も学生たちも絶句しました。
だって、5人のうち4人が病気を持って生まれてくるなんて、そんなこと、あります?

うちの龍二くんはとても健康です。
生まれてきた子どもが病気だというのはあるとは思いますが、新生児の80%が病気というのはありえない数字です。
そのとき教室にいた学生の中に小児がんセンターで研究員をしている女の子がいるのですが、彼女も「ばからしい!」の一言。

ここで言うところの「病気」というのが何を指しているのかわからないですよね。
そういうおおざっぱな書き方というのはいかがなものかと。
ベラルーシ人の子どもはみんな病気なのかと思われてしまいますよ。

日本人の皆さんはどう思いますか?
例えば、福島の子どもたちについて同じようなことを書かれていたら、どう感じるのでしょうか?

でも、福島に限定するのもおかしいですね。
特に何も考えていない日本人からすれば「福島=あぶない」というイメージがあると思います。
しかし、去年ぐらいまでは外国人の間では「日本=あぶない」というイメージでしたから。
どこの大学でも留学生がどんどん自分の国へ帰っていったという話はよく聞きます。
今ではそこまでひどくはないかもしれませんが、私の学生の親御さんからは「今、うちの子どもを日本に留学させて大丈夫でしょうか?」と聞かれることはあります。
外国に住んでいる私から言わせれば、福島に対する風評被害だとか、福島の人への差別なんて、本当にバカらしくてしょうがないです。
福島の事故直後にあったのは日本全体に対する風評被害、「日本はあぶない」というイメージ。
同じ日本人が福島だけを切り離しているのは、日本の外側からみれば「бред」としか言いようがありません。

もう一度聞きます。
もし何の根拠もなく、外国のサイトに「日本では5人に4人の子どもが何らかの病気に罹った状態で生まれてくる」なんて、書かれていたらどう思います?
いい気分はしないはずです。

寿命に関しては、どういうデータを基にして15年という数字を割り出したのでしょうか?
WHOの2012年のデータでは男女では70歳、女性76歳、男性64歳となっています。
いろいろデータがあるので、ベラルーシ国内のデータだと違う数字が出てくる可能性はありますが、近い数字はよく聞きます。

時々聞くのは「ベラルーシの男性の平均寿命は60歳以下」という話。
これは根拠がどこにあるのかわかりませんが、実際にそうだとしてもそんなにはびっくりしないかも。
というのは、自分の周りでも50代で亡くなる人、結構多いんですよ。

こんなこと書くと、また誰か「チェルノブイリの影響だ」なんていう人が出てくるんだろうなあ。
何でもチェルノブイリのせいにする人、ベラルーシにはそんなにいませんよ。
一般のベラルーシ人に「どうしてベラルーシ人男性の平均寿命は短いの?」と聞くと、たいていの人は「お酒のせいでしょ」と言います。
私もそう思います。
本当によく飲むし、食べるし。

ベラルーシでは心臓の疾患で亡くなる人が多いです。
これまた「チェルノブイリの影響だ」なんて人が出てきそうだなあ。
確かに、放射性物質が心臓に影響する、という話はあるようですが、それだけではないはずです。
私は医者じゃありませんが、心臓の病気を引き起こす要因はたくさんあるはずです。

こんな話になったのでついでに書くと、ベラルーシは自殺が多いです。
ベラルーシ国内ではそういう話が出てくることは一切ありませんが、インターネットで出てくるデータだと世界トップクラス。

こんなこと書くと、「チェルノブイリの心的外傷が・・・」なんて言う人が出てくるんだろうなあ。
人が自殺する理由って、いろいろあると思うんですが、チェルノブイリの事故から26年経った今、チェルノブイリを理由にして自殺する人がいるのか、非常に疑問があります。

インターネットでこんなのも見ました。
家を失ったこと及び、放射線障害の恐怖から人々は心的外傷を受けた事が報告されている。死ぬ運命にあると信じている彼らの多くが、過度の飲酒と喫煙をしている。
あのー、たぶんこの世に生きている人間全員が死ぬ運命にあると思うんですけど。
心的外傷に関してはそうかもしれませんが、それによって飲酒と喫煙をしているわけではありません。
学生たちに言ったら、みんな爆笑。
「ただ単にベラルーシ人はお酒が好きだから」「チェルノブイリの事故があろうがなかろうが、ベラルーシ人はお酒を飲み続けるだろう」
私も同感です。

あともう一つ
ベラルーシは、子供の生存率が49.7とか9%になってる。
ここで言う「生存率」が何を意味しているのかがよくわからないです。
新生児のこと?
でも、これを真に受けたら、半分の子どもが死んでしまうっていうことですか?
ありえなーい!!!

一言言わせてください。
他のリスクを全く無視して、全てをチェルノブイリ、または放射能に結びつける傾向は非常に危険だと思います。
日本人の中にそういう方がいらっしゃるように思います。
何がチェルノブイリの影響で、何が他のものの影響なのかを見極めることが大事なのではないでしょうか。

実際、わからないことはとても多いんですよ。
前にも書きましたが、私の個人教室の学生で小児がんセンターで研究員をやっている女の子がいます。
彼女は分子生物学が専門で、遺伝子がどうこうとか、DNAがどうこう、という研究をしています。
彼女も血液関係の病気について「放射性物質が影響している可能性はあるけど、まだまだ証明されていないことが多いんです」と言っていました。

ベラルーシ南東部のゴメリという町にある放射線生物学研究所でも「低線量被爆の人体への影響というのはまだわからないことが多い」と言っていました。
それは長期的に調査していかないといけないからで、「正しく研究するには、26年では短すぎる」とのことでした。
その研究所は別にチェルノブイリに特化した機関ではなく、自然界にあるあらゆる有害なものを研究対象としていると言っていました。

汚染地域に住んでいるからと言って、すぐに病気になるとは限りません。
元気に暮らしている方もたくさんいらっしゃいます。
そして、非汚染地域に住んでいる方でも病気で亡くなる方はたくさんいらっしゃいます。

ただ、汚染地域に住んでいることによって、病気のリスクが高まるということはあるのでしょう。
私は医者じゃないですし、研究者でもありませんから正確なことはわかりませんが、リスクが高まる可能性があるということに関しては賛成です。
実際、病気によっては汚染地域における発病率が高いものもありますし。

こういう状況になると、極端なことを言う人が多くなると思うのです。
「解明されていること」と「解明されていないこと」ははっきりと区別するべきだと思います。
そして、全ての情報の中から「信じるに足るもの」と「信じるに値しないもの」を見極めることも重要だと思います。

偉そうなことを書いていますが、私にとってもそれは非常に難しいことです。
というか、ほとんど不可能に近いです。
でも、本当のことを知ろうとする努力は常に続けているつもりです。

ベラルーシに関しては「滅亡しつつある国」のような書き方をしているのもインターネットで見たことがあります。
っていうか、みんな生きてるし!
子どもたち、元気に外で遊んでるし!


私が心配しているのは福島が同じような状況にならないかということです。
根拠のない話、不安をあおるだけの話が広がってしまうような状況にならないかということ。
すでにそういう状況になりつつあるような印象があるのですが・・・

インターネットでベラルーシに関することを読んで、熱くなってしまいました。
あまりにもひどい内容だったので・・・


P.S.
私は1月に日本へ行きます。
非常に短期間の滞在です。
福島にも参ります。
福島の方々の前でお話しする機会を設けてもらえそうで、非常に楽しみです。
実際にベラルーシに住んで感じること、チェルノブイリに関することで私が知っていることをいろいろお話できればと思っています。

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2012年11月30日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日は久しぶりの完全OFFです。
「完全」という言葉を強調したいと思います。
というのは、いつもいろいろな雑用やうちでしなければならない細かい仕事があって、100%の休みというのはほとんどないからです。

先週の水曜日、21日から25日まで、私は通訳として瀬戸孝則福島市長を団長とする福島市民視察団に同行してきました。
今回は通訳としてだけではなく、各関係機関との調整など、様々な面で関わらせていただきました。
今年の夏から関わっていた仕事なので、やり遂げたという達成感はひとしおです。

ここしばらくはだいぶ緊張していました。
去年の夏ぐらいから、様々な代表団の通訳をしているのですが、このような大きい仕事は久しぶりだったのです。
今年の7月に福島県議会の方々の通訳をして以来です。

21日は空港へ迎えに行くだけだったので、実際の仕事は22日から。
朝はロシア・ベラルーシ情報センターへ。
それから、児童保養施設「ジダノヴィチ」へ。
そのときの様子は福島民報さんの記事をご覧ください。
「被ばく防止対策を学ぶ 福島市民のベラルーシ視察団」

23日はベラルーシ南部の町、ゴメリからスタート。
正直、この日の仕事は今までやった通訳の中でも一番ハードでした。
朝の8時半からモズィリという町へ移動したのですが、その車中、ゴメリ州政府チェルノブイリ事故対策局の副局長さんがバスに同乗されて、様々なお話をしてくださったのです。
それはありがたかったのですが、道が悪く、バスはバウンドしながら走るような状態。
メモは取れないし、揺れすぎで気持ち悪くなるし。
目的地のモズィリ地区役場に到着したときはヘロヘロでした。

23日に訪問した施設は実に7ヶ所。
私もいろいろな通訳をしましたが、7ヶ所は最高記録です。
そのときの様子は福島民報さんと福島民友さんの記事をご覧ください。
「ゴメリ州の大学訪問 福島市民ベラルーシ視察団」
旧汚染地域の現状理解 福島市視察団、モズィリ市訪問

福島民報さんの記事の写真に出ている男性はモズィリ地区議会の議長さんなのですが、非常に気さくな方で楽しかったです。
またモズィリに行ったときは連絡しようかな。

これは今回だけでなく、これまでの経験を通して感じることなのですが、ベラルーシでは上の立場の人って女性も多いんです。
多いというか、女性ばっかりの所もあります。
で、女性のほうがビシッとしていて、男性のほうが気さくな感じ、ということが多いのですよ。
何ででしょうね?

最近、大学の授業の中で「女性の社会進出」という言葉が出てきたのですが、ロシア語では表現しにくいんですよ。
表現しても、学生たちは全くピンと来ない様子で。
進出するも何も、男女共に上の立場に立っているのがベラルーシでは普通ですから。

23日はモズィリ市で様々な施設を訪れた後、ゴメリに戻って、放射線学研究所という施設を訪れました。
私は去年の夏以来、何度もこの施設を訪れています。

ここの所長のアヴェリンさんという方、とてもいい人なんですよ。
初めてこの研究所を訪れたとき、専門用語についていけない私に対して「じゃあ、今説明してやるから、日本人たちに『5分待て』と伝えろ」と言って、私が通訳しやすいように専門的なことを説明してくれたのです。
通訳としては非常に恥ずかしいことなのですが、アヴェリンさんの優しさに心を打たれました。
それ以来、私が研究所を訪れるたびに非常に優しくしてくれるのです。
アヴェリンさんに限らず、副所長のおじさんも職員のアリョーナちゃんも何故か優しくしてくれます。

この放射線学研究所の人たちは福島のことを心から真剣に考えてくれます。
アヴェリンさんは私利私欲を求めるのではなく、心から福島の人たちの役に立ちたいと考えてくれている人です。
ベラルーシでも最高レベルの学者でありながら、研究所の所長であり、国会議員でもあるアヴェリンさん。
きっと福島の復興に役立つ人だと私は思っています。

24日は朝からゴメリ州知事を表敬訪問。
そのときの様子は現地の新聞をご覧ください(←ロシア語ですが・・・)。
http://gp.by/section/society/48877.html

それから、ホイニキという町へ。
この町はチェルノブイリ関係の話になると、よく名前が出てきます。
そこの中等学校へ行き、住民の方との交流をしました。
そのときの様子は福島民報さんの記事で。
「今を生きる 教訓教え子のために 放射線教育確立誓う 福島市民ベラルーシ視察団」

昼過ぎにホイニキを出発し、ミンスクへ。
そして、ミンスク市内のレストランで大使を交えて夕食。
そのときの様子は福島民報さんの記事で。
「ベラルーシ臨時代理大使と懇談 福島市民視察団」

そのときに出た話。
「通訳はスポーツマンと同じですよ。アスリートなんです」

それは今回、私が非常にハードなスケジュールで通訳をしたことについての話でした。
その趣旨は通訳はスポーツマンと同じで体力勝負だし、すぐに訳せる反射神経が必要であるということ。
全くそのとおりでして。
今回はそのことを痛感しました。
普段から節制してコンディションを整えておかないとダメですね。

私も「通訳はアスリートである」という持論を持っていました。
しかし、私の意見はコンテキストがちょっと違います。
通訳にとっての基礎体力、それは語彙力であったり、文法力です。
その上で専門分野の知識を広げたり、メモのテクニックを身につけたりしないといけないと思うのです。

中には「通訳は経験をたくさん積むのが大事」ということを言う人がいますが、それは必要な基礎体力を身につけた通訳が言うことで。
学生でも誰でもかまわず通訳を「経験」させようとするのは大きい間違いだと私は思っています。

ちょっと話がずれてしまいました。

今回は私の学生たちもお手伝いをさせていただきました。
ホイニキ地区の村の学校での住民との交流会で通訳をしたのです。
いくつかのグループに分けて交流したので、私一人では対応できないということで、助っ人に呼んだのです。
そのときの様子は福島民報さんと福島民友さんの記事で。
今を生きる 教訓教え子のために 放射線教育確立誓う 福島市民ベラルーシ視察団
「放射線不安はないか」 ベラルーシ汚染地域住民と懇談

学生たちにとってはいい経験になったと思います。
視察団の中には学生さんが3人いたのですが、やっぱりそこは若い者同士ということで。
とてもいい交流が出来たのではないかと思います。
その様子は福島民友さんの記事で。
「ベラルーシ視察」終了 福島市視察団出国、27日帰国

今回の視察団の仕事、私にとっては非常に重要な意味を持つものでした。
それは私が山形生まれの「東北人」であることと関係があります。
やはり、隣人が困っているときに助け合うのが人間ですよね!!!

今回は通訳以外にも、訪問先との交渉など、細かい調整の仕事もさせていただきました。
困難な場面に何度も直面しましたが、非常にやりがいがある仕事でした。

視察団には様々な方がいらっしゃいました。
医師、学校の先生、看護士さん、主婦の方、学生さんなど、様々な方がいらっしゃいました。
そのような方たちの声を聞かせていただき、いろいろと感じるものがありました。

チェルノブイリはすでに26年経っており、解決済み、または解決に向かっている問題もたくさんあります。
しかし、福島はまだ始まったばかり。
これから解決すべき問題が山積みなのだと思います。

だからこそ、今回のように一般市民の方たちがベラルーシを訪れることには非常に深い意味があると思うのです。
インターネットや書物を通してベラルーシに関する知識を得ることは可能です。
しかし、「百聞は一見にしかず」とはよく言ったもので、自分の目で見ることによって得られるものは大きいと思うのです。
非常に抽象的で、理論的に説明することはできないのですが、自分で体験したこと、自分の肌で感じた空気、それに勝るものはないと思うのです。

私は今年の夏、福島を訪れました。
新幹線で通ることはあっても、降りたことはほとんどなく、隣県だというのに、全く馴染みがありませんでした。

福島で過ごした3日間は私にとってかけがえのない思い出になりました。
五色沼の美しさに心奪われ、喜多方のラーメンのおいしさに胃袋奪われ。
そして、昨年の福島調査団の方々と飲んだお酒はおいしかったです。
直接、今の福島の人たちの想いを聞けたのは貴重なことです。

もちろん、新聞やインターネットなどの記事でも福島の人たちの声は聞けるのでしょうが、書かれた文字だけでは伝わらないこともあります。
「温もり」とか「手触り」とか、大切だと思うのです。
私は福島の人たちの温かさを感じ、もっと福島の人たちのためにできることはないだろうかと考えるようになりました。

今回、ベラルーシを訪れた福島市の方々もいろんなことを感じられたのではないかと思います。
そこで出会った人々、直接話しをし、手を握ったベラルーシの人たちのこと、皆さん忘れられないだろうと思うのです。
ベラルーシで得た知識をそのまま福島で生かすことが第一ですが、それ以外にも得るものはきっとあるはずなのです。

今回の視察団のこと、インターネットで調べるといろんな記事が出てきます。
中には批判的なことを書かれている人もいます。
「現地に行かなければならない理由がわからない」「そもそも現地まで行く必要があるのか」などなど。

このような批判は私にとっては、非常に理解に苦しむものです。
そんなことを言うなら、福島の現状を理解するにはインターネットやその他の資料に目を通すだけで十分で、現地に行く必要はない、と言っているのと同じじゃないですか?
もちろん、ベラルーシまで来るのは費用もかかりますし、同じ土俵で比較するのはフェアじゃないと思いますよ。
でも、現地に行って自分の目で見ることを否定するのって、何の意味があるのでしょうか?

日本人がベラルーシに学ぶことは非常に多いような気がします。
もちろん、100%全てが役に立つとは言いません。
しかし、日本の役に立つ情報や経験の蓄積はあると思うのです。
それは私が実際に通訳の現場で見てきたことですから、断言できます。

ベラルーシはチェルノブイリの被害を非常に強く受けている国。
なので、「ベラルーシ人はかわいそう」という言い方をされることは多いんです。

でもね・・・
みんな、生きてますよ!
ちゃんと生きてますよ!
何がかわいそうなもんか!


11月29日の時点で、ミンスクの線量は0.10マイクロシーベルト毎時。
ゴメリは0.12マイクロシーベルト。
ホイニキは0.26マイクロシーベルト
一番線量が高いブラーギンは0.55マイクロシーベルト。

ここに挙げた町、全ての町にベラルーシ人が生きています。
生きています。
そして、生きていきます。


ベラルーシ人が「生きている」姿を見ることは福島の人たちにとって大きい意味があるのではないでしょうか?
今回、瀬戸孝則市長のお話を伺って、「一般市民の方たちに自分の目で見ていただいて、今後に役立ててほしい」という考えに心から賛同します。


福島市視察団の皆様へ

この度は大変お世話になりました。
私としては出来る限りのことをさせていただきましたが、至らない点もあったかと思います。
ご容赦ください。

皆様も感じられたことと思いますが、ベラルーシの人たちは心から福島の復興を願っております。
それは自分たちが26年前に経験し、乗り越えてきた道のりを皆様が歩もうとしている福島の皆様の気持ちが痛いほどわかるからです。
これから、もっとベラルーシと日本の関係がより深まることを願っています。

これからも福島の方々のお役に立てるように努力していきたいと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。


akiravich at 00:15コメント(6)トラックバック(0) 

2012年11月10日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日は日本の皆様へのメッセージを兼ねた記事になります。
以前から思っていたことがあり、それについて書いてみたいと思います。

今日、私は大学の元同僚で、今は通訳仲間とも言うべき男性に会って昼ごはんを食べました。
そのときに出てきた話は非常に興味深いものでした。

それは彼が通訳としてベラルーシ南部の小さい町を訪れたときのこと。
そこの役所の女性にひどくお叱りを受けたというのです。
その女性は私も何度かお会いしたことがあり、テレビのトークショーでもご一緒しましたし、通訳としても彼女のところを訪れました。
その方は立場的には副市長という非常に偉い方です。

それは通訳の彼が何か悪いことをしたということではありません。
副市長はその町を訪れる日本人に対して怒っていたのです。

ここまで聞いて、私はどうしてその女性が怒っているのかがすぐにわかりました。
実は私も通訳をしていたときに、同じような局面に出くわしているのです。
しかも、全く同じ町で、同じ女性に同じことを言われたのです。
私の話と元同僚の話は100%同じものなので、私が直面した状況についてお話したいと思います。

今年の冬、私は日本のテレビ局の人たちとその町を訪れました。
そのときはその町の農家を取材したりするのが目的でした。
しかし、その町を訪れた以上、役所を素通りするわけにはいきません。
私たちは予定に役所訪問を組み入れました。

ミンスクから車でその町に向かいました。
その車を運転していたのは私の元教え子で、今はある役所で働いている男の子。
彼は最初から非常に浮かない様子でした。
彼「その町の偉い人がものすごく怒っているんです・・・僕もその役所に行ったら怒られると思います」
私「何でその女性は怒っているの?」
彼「役所と関係がないところで、勝手に訪問先をセッティングしたからです」
私「でも、それは君の罪じゃないでしょ?」
彼「・・・」

その町での訪問先というのがその町の役所の希望とは合わないところだったようでした。
役所としてはここを見てほしい、あそこも見てほしいというところがあったのでしょう。
自分たちが知らないところで勝手にセッティングされて、「ここに行きますから」という予定表を提出されたのでは気分を害するのも無理はないかなとは思います。

そのセッティングをしたのは隣国の会社(←旅行会社のようなものかと思います)。
そのことに関しては、この記事の後半に書きます。

その役所の女性は私たち日本人には非常に親切に対応してくれました。
しかし、元教え子の彼は彼女の執務室にひとり残され、こってりしぼられていました。
彼「セッティングしたのは僕じゃないのに・・・」

日本人がベラルーシの町を訪れることによって、ベラルーシ人同士が関係を悪くしてしまうようなことが起こってしまうのは恥ずかしいことです。
もちろん、日本人には知る由もないことなのかもしれません。
だからこそ、私はここに書いて、ベラルーシを訪れようとしている皆さんに知ってもらいたいのです。

もう一つ、私の体験談を書きます。
それは今年の春、私が日本からのある代表団に同行したときのことです。

その人たちとゴメリ州保険局を訪れたときのこと(←ゴメリ州というのはベラルーシの南東部にあり、国内ではチェルノブイリの被害をもっとも受けている地域のことです)。
そこには何故か保険局とは直接関係がない役人が二人。
一人はチェルノブイリ関係部局の人、もう一人は州知事の側近。

彼らは何度も保険局の人の話をさえぎって、日本人に向かって自分たちが話したいことを話し始めました。
その内容というのは「どうして日本人たちは私たち州政府に連絡してこないんですか? 連絡してくれればいくらでもお手伝いできるのに」「日本人はどうして自分たちでセッティングするんですか? 何を知りたいのか教えてくれれば、私たちがセッティングしますよ」
簡単に言えば、日本人たちが自分たちの州に来て、自分たちの知らないところで勝手に行動していることに不満を持っていたのです。
私は全て通訳しましたが、代表団の人にはまるで関係がない話。
困惑するしかないような状況でした。

もちろん、ベラルーシ人側の「これを見せたい、あれを見せたい」という姿勢にもどうかと思うところはあります。
しかし、日本人が見たいところに行って、見たいものを見るという行動をとり続けることで、ベラルーシ人の気分を害していたら、日本人のイメージを悪くするだけだと思うのです。
基本的にはベラルーシ人側の好意で見せていただいているのですから。

そして、ベラルーシには日本とは違った国情があります。
メンタリティーも違います。
「郷に入れば郷に従え」じゃありませんが、ベラルーシに来る以上はベラルーシ人側の意向も汲み取り、そこに合わせる事も必要ではないかと思うのです。

私は別に全面的にベラルーシ人側の言うことを聞けと言いたいわけではありません。
日本人としては自分たちが希望するところに行きたいというのは当然のことです。
ベラルーシで得られる知識というのは日本の復興に役立てることができるかもしれないものなのですから、熱心になるのは当たり前のことです。

しかし、日本人がどんなに一生懸命であっても、ベラルーシ人が気分を害したらどうでしょうか。
ベラルーシ人が日本人に対して門戸を閉ざすことだってありえない話ではないと思うのです。

ここで私が書いている「ベラルーシ人」が具体的にどんな人たちを指しているのかは大体察しがつくかと思います。
しかし、そうではない一般の人たちからも不満は出ているのです。

これも最近聞いた話です。
震災後、日本人が田舎の小さい町や村の工場や農場、組合などを訪れることが多くなりました。
彼らが日本人に対する不満を漏らしているのです。

日本人が工場や農場などを訪れた場合、ベラルーシ人の担当者は自分の仕事をしないで、日本人に同行して説明をしたりもてなしたりします。
それは全て彼らの善意に基づいているものです。

しかし、それが短い時間に連続して起きたらどうでしょう。
彼らは自分の仕事時間を使って、違う言い方をすれば、自分たちの本来の仕事をほっぽりだして、日本人の世話をしているのです。
それは彼らにとっては何のメリットもないことです。
月に1回ぐらいならいざ知らず、それがもっと頻繁になると、彼らにとっては仕事が進まないし、歩合制の組織だったら収入に直接影響してしまいます。

ベラルーシ人たちは別に日本人に協力したくないと言っているわけではないのです。
あまりにも彼らの仕事に影響するようでは困るということなのです。

ちょっとイメージしていただきたいのですが、皆さんの職場にしょっちゅう見学者が訪れると考えてみてください。
もしかしたら見学者が訪れるのはうれしいことかもしれませんが、その数が多くて、通常業務に支障をきたすようになってしまったら、どうでしょうか。
まあ、特別に見学ツアーを設けて、見学担当の人たちがいるような大企業であれば別でしょうが。

私は思うのですが、もしベラルーシの会社や工場、農場などを訪れるのであれば、謝礼なり手土産なりを渡すべきではないでしょうか(←これはあくまでも私個人の意見です)。
そうすれば、ベラルーシ人側の気持ちもやわらぐと思うのです。
自分たちが得たい情報を得たからそれで満足というのでは、何の交流にもなりません。
ベラルーシ人にとってもメリットがある形にしなければ、本当の交流とは言えないと思うのです。

もちろん、物を渡すだけではなく、もっと深くそれらの組織とかかわっていくのもいい方法かと思います。
例えば、日本からの技術協力をするとか、お互いにメリットになるような情報交換をしていくとか、いろいろとやり方はあると思うのです。

ここで一言ことわっておきたいのですが、日本からベラルーシに来ている日本人全員の行動に問題があると言っている訳ではありません。
もちろん、中には私が指摘するまでもなく、ベラルーシ人と日本人双方にメリットがあるような交流をしている、またはしようとしてる団体もあることを私は知っています。

ここに書いた内容はある一つのケースについてだけです。
もしかしたら、日本人大歓迎という組織もあるかもしれません。
しかし、不満を持っている人たちがいるというのは事実なのです。

ベラルーシ人は今回の震災、ならびに福島原発の事故に非常に心を痛めています。
自分たちがチェルノブイリで苦しんだことで、ベラルーシ人は遠い日本での出来事をより身近に感じていると思います。
そして、彼らはチェルノブイリの被害にあったとき、日本が真っ先に援助の手を挙げてくれたことを忘れてはいません。
ベラルーシの省庁・役所に行っても、一般の人たちに聞いても、「日本の人たちにはいろいろと助けてもらった。だから、今度は私たちの番だ」ということを言う人が多いです。
その気持ちにうそは全くないと思います。
だからこそ、私はベラルーシ人と日本人がよりよい協力関係を結んでくれることを願ってやまないのです。

もう一つ、気になっていることがあります。
それは日本人がベラルーシを訪れるとき、他国の会社がベラルーシ国内でのアレンジなどを行っているケースが非常に多くなっていることです。
別にそんなのいいじゃないか、と思われる方もいるかもしれませんが・・・

他国の会社が日本人の訪問先をアレンジするときに問題が起こりやすいのです。
ベラルーシにはこの国独自の国情があります。
しかし、他の国の人たちにとってはそれほど関係ないのでしょう。
基本的に日本人が求めるようなところに行けるようにセッティングをするのは正しいと言えます。
しかし、そのことによって誰かが気分を害し、そのことが今後の日本人によるベラルーシ訪問に影響を及ぼすとしたらどうでしょう。

ベラルーシ人に納得してもらった上で、日本人が本当に行きたい所に行ける様にするのがベストなやり方ですよね。
もちろん、双方が満足するような着地点を見出せないこともあるかもしれませんが、国情に配慮した上でアレンジができるのは、やはりベラルーシ国内の業者だと思うのです。

私は単純にベラルーシのことはベラルーシ人がやるべきだという考えを持っています。
ベラルーシ人は割と引っ込み思案なところがあり、隣国の人たちと比べても商売上手とは言えない部分があると思います。
ベラルーシの旅行会社などの業者がもっと日本へアピールすればいいのでしょうが、そういうことをほとんどしていないのも今の状態になっている原因の一つだと思います。
もちろん、ベラルーシの旅行会社もさまざまなアレンジができます。
日本人の方たちに知られていないということが問題なのでしょう。

今回の記事を読まれて、私の意見が非常にベラルーシ人寄りだと思われたかもしれません。
しかし、ベラルーシに配慮することで、日本とベラルーシの関係がもっとよくなっていくのではないかと思うのです。

ベラルーシを訪れる日本人は非常に多くなっています。
これからいろんな面で、両国の交流は深まっていくと思います。
だからこそ、私はこの記事に書いたようなことを日本人の皆様に知っておいていただきたいと思ったのです。

私としては言葉を選んで、どこにも迷惑がかからないように、そして気分を害される方がいらっしゃらないように書いたつもりです。
もし気分を害された方がいらっしゃったら、ご容赦ください。

皆様のご意見などをコメント欄に書いていただければ幸いです。
いろいろと偉そうに書きましたが、私自身もわからないことが非常に多いのです。
自分の心の中も頭の中も整理し切れていない部分があると思います。
日本の皆様の意見も聞くことができれば、私としては非常にありがたいです。

普通にコメントしていただいた場合は、ブログに不適切な表現や個人的なことが書かれていない限り、公開させていただきます。
コメント欄に「私信」と書いていただければ、ブログ上では公開しません。
その場合は私以外の人間が読むことは一切ありません。
もしメールアドレスを書いていただければ、私のほうからメールでお返事を差し上げます(←もちろん、メールアドレスも私以外の人間に伝わることは絶対にありません)。

チェルノブイリ関係に限らず、ベラルーシに関することでご質問などがある場合は、遠慮なくこのブログのコメント欄にお書きください。
少しでもベラルーシと日本の関係発展のお役に立てればうれしいです!!!


*追記 (2012年11月14日)
ここにはベラルーシの旅行会社などの情報は詳しくは載せてはいません。
このブログはベラルーシ人の中にも読んでいる方がいます(←Google翻訳などを使用して)。
私が特定の業者を推薦するような形で書くと角が立つようなところがあるので載せていないのです。

もしベラルーシに行きたいと考えておられる方でサポートが必要な方がおられましたら、このブログのコメント欄に「私信」と書いた上でご連絡ください。
その場合はメールアドレスの記入もお忘れなく。

akiravich at 02:12コメント(17)トラックバック(0) 
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