バレエ

2009年03月14日

おはようございます。
昨日の夜はぐっすり寝てしまって、ブログが書けませんでした。
今、朝の7時20分です。
眠いです。
今日は授業が7コマ。
恐ろしい・・・

昨日は久しぶりにバレエを見に行きました!
劇場に行くこと自体久しぶり。
以前は一週間に2、3回は行っていたのに。

P3132178バレエの会場はミンスクの中心、10月広場にある「共和国宮殿」です。
「宮殿」というだけあって、そのスケールはかなりのもの。
とにかく大きいです。

ミンスクには「オペラ・バレエ劇場」があるのですが、ずっと改装工事をやっていて、その間はこの共和国宮殿で公演を続けていたのです。
最近、改修工事が終わり、改修後のお披露目公演もあったのですが、完全に作業が終わっているわけではなく、一部の公演はまだ共和国宮殿で行われているんです。
そして、しばらくしたら、まだ完成していない部分を完成させるために、もう一度クローズするのだそうです。
だったら、最初から完全に完成させればいいのに。

P3132179写真が暗いですが、中はこんな感じ。
大理石の豪華な作りです。
中には観葉植物がディスプレイされているコーナーがあって、休憩時間などにブラブラするには最適です。

出し物は「眠れる森の美女」でした。
これが思ったより面白かったんですよ。
私、バレエには全く詳しくないんですが、みんな頑張っていたと思います(←なんちゅうコメントやねん)。
主役の姫はいまいちでしたが、妖精たちが良かったです。
私、ベラルーシのバレエは舞台美術が気に食わないことが多かったんですけど、昨日のは非常に素直な装置で良かったと思います。

ちなみに、チケットはベロニカちゃんのお父さんから招待券をもらっていきました。
ベロニカパパは今、オペラ・バレエ劇場で働いているんです。
ボイラーの管理だったと思います。
なので、無料招待券が手に入れられるんですね。
だから、席が一階の一番後ろでも文句は言えません。

しかーし!
他の事で文句は言わせてもらいますよ。

ベラルーシの劇場のマナーの悪さ!
いつもひどいのですが、昨日はあまりにもひどく吐き気がするほどでした。
如何に悪いかを順番にあげてみたいと思います。

1.おしゃべり
これはとにかくひどい。
昨日は前に小学生の男の子4人が座っていて、まあひどかった。
うちのベロニカちゃんも私も二人して「静かにしろ!」と注意しました。
注意して静かになる子もいれば、そのままの子もいたりして。
周りの大人が注意しないのが不思議。
劇場側の人が注意してました。
正直、殺意を抱きましたね。

彼らの近くに保護者がいなかったところを見ると、おそらく学校のクラスみんなで来たものと思われます。
よくあるんですよ。
日本でも学校全体で演劇鑑賞をすること、あるでしょう?
ベラルーシではよくやるんですよね。
劇場側としては、そうやってでもチケットを売りさばかないと生きていけないのでしょうが、観客の私たちにとってはものすごい迷惑。

それは俳優にとっても迷惑なようです。
私の知り合いの女優さんが言っていたのですが、舞台で演技をしているときも、客席の子供が騒いでいるのを見ると、やる気をなくすそうです。
一度、本気で舞台を投げ出そうとしたことがあり、一緒に舞台上にいた俳優に「もうすぐ終わりだから、もうちょっと我慢しようよ」と止められたことがあったそうです。

うるさいのは子供だけではありません。
大人も平気でしゃべります。
だから、子供もしゃべるんでしょうけど。

よくいるのは、「解説者タイプ」。
大体はおばちゃんです。
昨日も「あれが王子様よ」とか、「ほら、お姫様が出てきた」とか、隣のおばちゃんがうるさくてうるさくて。
そんなの見たらわかるっちゅうねん!!!

あと、「予想屋タイプ」もいますね。
劇を見ながら、「たぶんね、あの二人は結婚できないと思うよ」とか、「いや、これは絶対にハッピーエンドね」とか。
そんなの声に出して言うなよ!
うちでメロドラマ見てるんじゃないんだから!


2.携帯電話
ベラルーシでもよく開演前に「携帯電話の電源をお切りください」というアナウンスが入るんですよ。
でも、全然切らない人もかなりいます。
昨日はバレエでオーケストラがジャガジャガなっていたりすると、携帯電話の音もそれほど聞こえてきませんでしたが、演劇とかだと最悪。
一番いい場面で着信音なんかが鳴ったりしますから。

着信音だけならまだ許せる、いや、全く許せないのですが、中には話し始める人もいます。
日本だったら信じられないですよね。
ベラルーシでは結構いるんです。
小声で「今、劇場にいるから、話できないんだけど」とか。
どんなに小声でも結構聞こえてしまうんですよね。

3.劇の最中に帰る人
これは俳優やダンサーに失礼だと思うんですけど。
「眠れる森の美女」は長いからかもしれませんが、昨日も途中で帰っていく人が続出。
曲の合間とかにそそくさと出て行けばいいのに、曲の最中に立ち上がっていく神経は理解できません。

4.写真撮影
これもかなり多いです。
演劇よりもバレエのほうが多いですね。
もちろん、ベラルーシの劇場でも写真撮影は禁止なんですよ。
でも、みんなバシバシ撮りまくっています。
舞台上の人たちも集中できなくなること、あるんじゃないですかね。

5.食べる人、飲む人
これは昨日はいませんでしたが、時々います。
劇の最中とかに、チョコレートの銀紙を開けるガサゴソという音が響き渡るんです。
本当に迷惑です。
日本って、客席内は飲食禁止ですよね?
ベラルーシでは何も言いませんね。

とにかく。
昨日のバレエでは観客のマナーに閉口。
あまりにもひどかったです。
日本が如何にお行儀のいい国なのかがわかります。

これからはバレエも積極的に見ていこう!
今度はちゃんとチケットを買わなくちゃ。
でも、結構高いんですよね。
以前は25000ルーブルで買ったのを憶えています。
25000ルーブルって、今のレートだと900円ぐらい。
あ、そんなに高くないか。
でも、今の安月給の身には応えます・・・

P3142192P3142194今日のおまけ写真。
昨日、バレエの後で、スーパーに買い物に行ったんです。
燻製の魚を買ってみました。
ロシア語で言うとставрида。
辞書を見ると「マアジに近い種」。
アジだと思っていいんですかね。

うちに帰って食べたんですけど、これが最高においしかった!
身が厚くて、食べ応えもあり。
うちのベロニカちゃんは秋刀魚の燻製のほうがお気に入りのようですが。

今日もまた仕事が多いなあ。
昨日みたいに芸術に触れると、エネルギーも湧いてきますよ。
頑張るぞ!

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2009年02月19日

今日は待望のお休み!
ここしばらくは休みらしい休みがなかったから、すごくうれしい。

でも。
用事はいつも出てくるもので。
今日はバレエ学校に行きました。
これはベラルーシの映画監督タチヤーナさん(←これは名前。名字は知らない)からの依頼。
バレエ学校に留学中のMちゃんを主人公にして、映画を作りたいというので、レッスンを見たり、直接話をしたりしたいということで、私も通訳として言ったのです。

映画と言ってもドキュメンタリータッチのものにしたいのだそうです。
ベラルーシに来た日本人の女の子とベラルーシ人の女の子の友情を軸に、二つの異なる文化が出会う形を映画にしたいのだとか。

どうなのかなあ。
ベラルーシではいわゆる「企画倒れ」というのが非常に多いんですよ。
大風呂敷を広げるだけ広げて、実際は何もしない、またはできないというパターン。
今回もちょっと怪しいなあと思いつつ、少しお手伝い。

久しぶりに見たバレエのレッスンは非常に面白いものでした。
去年の9月にMちゃんがバレエ教室の先生と来たときに、3日間通訳したとき以来です(そのときの話は9月11日12日13日の記事で)。
私はバレエはそんなに詳しくないのですが、見ているといろんな動きがあって面白いです。
バレエ用語とかちゃんと勉強しようかな。

一緒に行ったタチヤーナさん、レッスンの最中にうるさいうるさい。
先生に話しかけたり、動き回って写真を撮ったり。
レッスン中に話したりするのって、いけないんじゃないの!?
レッスンは1時間半だったんですが、「今何時? いつになったら終わるの?」などと聞いてきたりして。
それはないんじゃない!?

レッスンが終わった後は写真撮影会。
Mちゃんと他の女の子4人にいろんなポーズをとらせてました。

そこからは食堂に行って、Mちゃんにインタビュー。
タチヤーナさん、ちょっと天然で、面白いです。
Mちゃんと別れて、バレエ学校を出るときも、立ち話20分。
サザエさんじゃないんだから。

タチヤーナさんと別れたのはもう16時近く。
せっかくの休みなのに!
早くうちに帰ってダラダラしようと思ってたんですよね。
でも、そうは問屋が卸さない・・・

さて、ここからが本題です!(←前置きが長すぎです!)
バレエ学校は地下鉄のスポルチーヴナヤ駅の近く。
そこは私が独身時代に付き合っていた彼女と同棲をしていた所のすぐそばなのです。
昨日電話してきたTニャと暮らしていたのです。
そこで、私は約4年ぶりにその辺を歩いてみることにしました。

4年前、そこには地下鉄の駅はありませんでした。
地下鉄の終点、プーシキンスカヤ駅までバスやトロリーバスで行かなければならなかったのです。
今は地下鉄のおかげですっかり便利になりました。

通りの名前はジュドロ通り。
私が住んでいた側は高台になっていて、少し階段を上らないといけません。
疲れているときなんかは結構嫌でしたね。

P2182081ここ最近はずっと雪が降っていたので、かなり積もったのですが、今日は太陽も顔をのぞかせる絶好の散歩日和。
わき道をテクテクと歩いていきます。

P2182083すると見えてくるのが、よく買い物に行っていた店。
小さいスーパーと言ってもいいでしょうか。
ほぼ毎日買い物に行ってました。
うなぎの寝床のように、長い作りの店で、お惣菜が結構おいしかったのを記憶しています。

P2182085P2182087同棲していた建物の前まで来ました。
いろんな思い出があります。
いい思い出じゃないですよ。
ろくなことはありませんでした。

その頃、私は大学の職員寮に住んでいて、彼女と一緒に住むことは出来ませんでした。
寮には当然のごとく門限があり、時々、寮の管理人にお願いして彼女を泊めてあげたりはしたものの、やはりストレスのたまる状況でした。
そして、Tニャも寮暮らし。
勉強に集中できない彼女の為に、私はマンションを借りることを決意したのです。

私は不動産屋に行きました。
その不動産屋は私の学生の彼氏、セルゲイ君が働いている職場と同じ建物にあったものでした(←ややこしい!)。
いろんなバリエーションの中から見つけ出したのが、このジュドロ通りの物件。

その日のうちに行ってみると、そこには30代後半ぐらいの男性が二人いました。
正直、ちょっと怖かったです。
そのうちの一人が大家で、その人に手付金を払いました。

その2日後、私たちは引っ越すことにしました。
大家の携帯に電話を入れて、マンションで会う約束をしました。
マンションに行く前に、私たちはジダノーヴィッチという巨大市場で買い物をしました。
大量の食料とともに、私たちはマンションに向かったのです。
マンションに向かう乗り合いタクシーの中で、私たちはケンカをしました。
それがその日起こる出来事の序章だったのかもしれません・・・

マンションは建物の二階。
ベルを鳴らすと、ドアの向こうからは何の物音もしない。
再度ベルを鳴らすと、鍵を開ける音が。

そこに立っていたのは、全裸の大家。
Tニャは「キャー!」と悲鳴を上げました。
大家の男性は「今、風呂に入ろうと思っていたところだから、ちょっと待ってくれ」。

しばらく待って中に入ると、どうも様子がおかしい。
大家は完全に酔っ払っている。
ただの酔っ払い方じゃなくて、全くろれつが回っていない。
しばらく待ったのに、大家は全裸のまま。
大家を居間に押し込み、私はTニャを台所に通しました。

私とTニャはどうしたらいいものかと相談しました。
お金は払ってあるのだから、鍵を置いて出て行ってもらうしかないのです。
私は一人で大家と交渉を始めました。

私は「鍵を置いて出て行ってくれ」と頼みましたが、大家はまともに歩ける状態ではありません。
部屋の中の様子を見ると、その日一日で飲んだものではなく、数日間誰かと飲み続けた様子が伺えます。
簡単に言えば、アル中状態。
まだ夕方の16時。
でも、明らかに朝から飲んでいたようです。

大家は「お願いだから、ちょっと寝かせてくれ」「もうすぐ出て行くから、ちょっと寝かせてくれ」の一点張り。
交渉は長時間に及びました。
そのマンションは彼個人のもので、彼はそこにいる権利はあるわけです。
でも、彼は貸すと言って、お金も受け取っているわけだし。

私が「お願いですから、帰ってください」と言うと、大家「どこへ帰ればいいんだ・・・」
彼は奥さんと半別居状態で、あとは実家に帰るか友達のうちに転がり込むしか行くところがなかったのです。

でも、私たちにはそんなことは関係ありません。
彼をどうにかこうにか説得して、奥さんの電話番号を聞きだしました。
私は奥さんに電話して事情を説明したのですが、彼のことは知りたくもないし、引き取る気も全くないとの返事。
それを聞いて、大家はよりいっそううつ状態に。

外はすでに真っ暗。
だって、奥さんの電話番号とか、聞きだすまで30分以上かかってるんですよ。
大家は「お願いだから、今日はここに泊めてくれ。明日は出て行くから」と、どうにもならない言葉を繰り返すばかり。
全裸でベッドの中にいるのですから、そのまま追い出すことも出来ません。

彼を説得しながらも、台所にいるTニャの様子も見に行かないといけないし。
泣いてました。

その後、彼の母親の電話番号を聞きだすことに成功。
母親に電話すると、いますぐこちらに向かうとの返事。

待っている間に、不動産屋を紹介してくれたセルゲイ君に電話。
彼は不動産屋と交渉。
大家のやっていることは不動産屋との契約違反。
警察に届けることも出来る重大な契約違反なのです。
しかし、警察に届けられるとまずいことが。
それは、私もTニャも寮に居住登録してあるので、他の場所に住む権利を持っていないのです。
つまり、そのマンションに住むことは、私たちにとっても法律違反なのです。

そして、セルゲイ君、自分の仕事が終わった後で、私たちの所まで来てくれました。
彼は男気のある奴で、私に「こんなことになってしまって、悪いことをした」と謝ってきました。
そして、大家との戦い!
手こそ出さなかったものの、口論は壮絶を極めました。

そこに大家の母親が登場。
母親が説得を始めたのですが、大家はそれでも粘る。

セルゲイ君に不動産屋から電話があり、警察沙汰にする用意があるとのこと。
私はそれを必死で止めました。
それから、10分後にまた電話があり、不動産屋はその大家に住居を提供するという条件を提示してきました。
とりあえず、今日は不動産屋が用意したマンションに泊まって欲しいという提案。
しかし、大家は母親の前で駄々をこねる子供のようになっていて、どうがんばっても首を縦に振りません。

そんな戦いが続いた後、大家がようやく母親の言うことを聞き、服を着始めたのは夜の21時。
私たちがマンションについてから7時間が経っていました。

大家が帰った後、私たちは力なく台所に座っていました。
引っ越し祝いの為に市場で食べ物を買ってきたのに、それどころではありませんでした。
ぐったりして、その日はすぐに寝てしまいました。

うーん、それにしてもひどかったなあ。

その後も、その大家とはトラブル続き。
何かにつけ、家賃を上げようとしてきたりして。
でも、素面のときは割とまともに話しができるんですよ。
母親の話では、素面のときはいいのだが、一度飲み始めると何日も飲み続けるとのことでした。

そんなこんなで、私たちはジュドロ通りのマンションでの生活を始めたのですが、いい思い出はなかったなあ。
よくケンカしました。
とにかくケンカしました。
Tニャはおとなしく見えるタイプなのですが、ケンカになると心理的に責めてくるのです。

P2182084これはそのマンションの前にある小・中学校です。
ある日、朝からTニャとケンカをした私は気分が最悪でした。
近くのスーパーに買い物をしに行った帰り、目の前に学校があるのを見つけました。
そして、私はその学校へ行ったのです。
受付のおばちゃんに「校長先生にお会いしたいのですが」と言うと、おばちゃん、かなりびっくりしていました。
だって、突然、外国人が入ってきて、校長に会いたいなんて言ったらびっくりするでしょ。

しばらく待って、校長先生は現れたのですが、かなりびっくりしいていました。
私は「この学校で折り紙をさせていただけませんか」とお願いしました。
校長「えーと、それはボランティアということですか?」
akiravich「もちろん、営利目的ではありません」
校長はあっさりと許可してくれました。

その三日後に私は4年生の2クラスで折り紙を教えました。
子供たちには大うけ。
教務主任にも「ぜひまた来てください!」と喜んでもらいました。

ある日、うちの近くを歩いていると、私が折り紙を教えた子供たちが先生と一緒にみんなでどこかへ行くところ。
子供たちが私に手をふって大声で「また折り紙教えに来てね!」と言っていたのが印象的です。

ここには書ききれないくらいいろんなことがありました。
ジュドロ通りの散歩は15分ほどで終了。

P2182088スポルチーヴナヤ駅の近くで、新築のマンションを見ました。
前はもっと殺風景だったのになあ。
逆光で見えないかもしれませんが、高級な感じのマンション。
この不況に誰が買うんだよ!と思うのですが、買う人がいるんですよね。
貧富の差、拡大中。

今日はとにかく休み。
何も考えたくありません。
明日のこと何か、特に。
今日はワインを飲みながらのんびりします・・・

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2008年09月19日

昨日頂いたコメントのおかげで、なぜ訪問者数が突然300人以上にまで伸びたのかわかりました。
本当にどうもありがとうございました!!!
ベラルーシのことをとりあげてくれた番組の名前がわかるとうれしいです。

でも、こんなにたくさんの人が読んでいるのかと思うと、もっと複雑な深い内容のほうがいいのかなと思うんですよね。
変な内容のブログを書くと、すぐ訪問者が減るんじゃないかなあ。
まあ、減っても仕方がないかな。
私としては今までどおり、ゆる〜い内容のブログを続けたいと思っています。

西側のメディアではかなり否定的にあげられることが多いベラルーシですが、それってすごく(×100万)ばからしいです。
だって、私は普通に平和な生活をしていますし、国の中にいると印象は100%違うものです。
じゃあ、誰かが私たちを救ってくれるんですか?、ってちゃんちゃらおかしい。
救って欲しくもないし。
別に普通に生活しているだけですよ。
ただ単に生きているだけです。
普通に。
環境が違うだけで。
私はベラルーシに住んでいる人間の視点から、この国のいいところを伝えていきたいと考えています。

今日は朝からお出かけ。
昨日、ブレストに行った疲れがかなり残っていたのです、朝からバレエ学校に。
先週から留学している日本の女の子に会って、携帯電話を買うためです。
肌寒くて、気持ちのいい朝でした。

バレエ学校から歩いて10分ほど、地下鉄プーシキンスカヤ駅の近くにある携帯電話の店でソニー・エリクソンの携帯を買い契約しました。
やっぱりベラルーシの携帯を持っていると、私などの在ベラルーシ日本人とも連絡がとりやすく、何かと安心ですから。

携帯を買っている最中、その子といろんな話しをしました。
「心配だ」とか「困る」とか言っている割には、結構楽しんでいる感じがしました。
ベラルーシに合うかどうかは性格によるんですよね。
ちょっとしたことでも気になってダメになる人もいるし、全然気にしない人もいるし。
彼女はベラルーシにかなり合っているような気がします。
明るい子なので、友達もどんどん増えているようです。

それから、うちへ帰る途中、いつものカマロフスキー市場へ。
久しぶりだなあ。
市場の中にある店でドネル・ケバブを食べようと思ったのですが、25日までお休みという張り紙が。
すっごく食べたかったので、かなりショックでした。
ドネル・ケバブって、日本にもありますよね。
大きい肉の塊が回っていて、長いナイフで焼けたところを切り落としていくやつ。
日本に帰ったとき、渋谷で見たような気がします。

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市場では夕食のお買い物。
今日はそのバレエ留学の女の子と在ベラルーシ8年の日本人バレリーナとその御主人を招待しているのです。
その女の子が日本食が食べたいと言っていたので、みんなで一緒に食べましょうと私がさそったんです。
そのバレリーナの方にも紹介できるし。

魚を揚げたものに大根おろしのソースをかけた料理を作ろうと思ったのですが、最近、いい大根が手に入らなくて。
まあ、シーズンじゃないですから仕方がないんですが。
市場でも「たぶんないだろうなあ」と思いながら歩いていたら、大根発見!
しかも、かなり状態がいいもの。
普通、売っている大根はいつ仕入れたものかわからないような感じで、色がちょっと変わってきているのや、ふにゃふにゃでしなびてきているようなものばかりなのですが、この大根はまだ新しい感じでした。
うれしくて、3本も購入。
値段は一キロ8000ルーブル(約400円)。
払ったお金は11000ルーブルでした。
日本のと比べて、かなり細いんですよ。
直径はたぶん半分ぐらいかと思います。
でも、味はちゃんと大根です。

買い物を終えて、地下鉄でうちに帰る途中、ブレストの友達ヴァジム君から電話が。
「今日、ウクライナに行く用事があるんだけど、ミンスクで2時間半も停車してるんだよね。暇だったら、会わない?」
彼とも私が初めてブレストに行ったとき以来ですから7年間の付き合いになります。
正直、料理もしなくちゃならなかったし、疲れもたまっていたのですが、せっかくミンスクに来たのですからと思い、会いに行く約束をしました。

うちに帰って一時間半ほど爆睡。
そして、ヴァジム君が待つミンスク中央駅へ。

18092008127
ヴァジム君を地下にあるショッピングモール「スタリッツア」に連れて行ってあげました。
写真の右側がヴァジム君で左が私です(←見ればわかる。でも、念のため)。
彼は「スタリッツア」の存在を知らなかったらしく、中に入ると驚いてばかり。
今までベラルーシにはなかった現代的な作りですから、驚くのも無理はありません。
ミンスクの人でさえ驚くのですから、ブレストの人にとっては異次元空間なのではないでしょうか。
私も生まれて初めて東京に行ったときのことを思い出します。

彼に「観光シーズンでもない今の時期になぜウクライナに行くの?」と聞くと「彼女のところに行くんだ」という答え。
何でも今年の夏、ウクライナの避暑地に行ったときに知り合ったそうで。
遊び好きのヴァジム君ですが、今回はウクライナに出かけていくほどの熱の入れよう。
いよいよ、結婚かな!?

「プレゼントはちゃんと買った?」と聞くと、「全然考えてなかった」
ダメじゃん!
ということで、急遽、プレゼント探し開始。
ヴァジム君は「別に何もあげなくてもいいんじゃない?」とか「俺、あんまりプレゼントしたことないから、何をあげたらいいかわかんないよ」とごちゃごちゃ言っていたのですが、店を見ているうちにのってきたらしく、「スタリッツア」の中の店をはしご。
結局、買ったのは素焼きの猫の置物。
ヴァジム君も「これなら彼女も絶対気に入ってくれるよ!」とご満悦でした。

そこから、急いでうちへ。
うちに着いたのが18時40分。
お客さんたちが来るのが19時半ごろなので、かなり急いで料理をしました。

19時半ごろ、みんなお客さんがそろってしまったのですが、料理が間に合わず、夕食の開始は20時過ぎになってしまいました。
でも、料理を待っている間、みんな楽しく会話をしていたようでした。

料理は揚げた白身魚に大根おろしのソースをかけたもの、イカの酢味噌和え、大根の皮のきんぴら、鳥の団子の味噌汁、そして白いご飯です。
バレエ学校の女の子、黙々と食べていました。
学校の食堂がかなりおいしくないと言っていましたから、久しぶりの日本食はかなりおいしかったのではないでしょうか。

P9191853
中でも一番うけていたのが、味噌汁です。
鳥の団子って、昔から得意だったんですよ。
みんなが帰った後、自分でも食べてみて「うまっ!」。
かなりおいしかったです。
しっかりかつおと昆布、それに干ししいたけで出汁をとっていますから。
でも、料理しているときに味噌を入れすぎて、あわててお湯を足したのは内緒。

3a3ccd02.JPG
最後に記念撮影。
バレエ学校の寮は門限があるので、そんなに長い時間ではありませんでしたが、十分に楽しい夕食でした。
もうすぐ私の誕生日なので、そのときもみんなを招待したいと思っています。

本当は細々と用事があったんですけど、次の日に後回し。
こうやって、在ベラルーシの人が集まって食事をするなんて、なかなかないことですから、食事のほうを優先させました。
またみんなで晩ご飯、食べましょうね!

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2008年09月18日

P9171844
たった今、ブレストから帰ってきました!
ふ〜、疲れた。

今日はブレストに日帰りで行ってきました。
日帰りで行くようなところではないのですが、木曜日のことも考えて、そういう日程になってしまいました。
目的はブレストで行われている「ベーラヤ・ヴェージャ演劇祭」という催しに参加しておられる里見のぞみさんの公演を見るためです。
ジャンルはパントマイム。
パントマイムって、ちゃんと見たことがなかったので楽しみ!

朝は3時半起き。
そして、4時53分発のブレスト行きの列車に乗りました。
公演開始が12時なので、そのタイミングでうまく着ける列車が他になかったんです。
朝の4時では地下鉄も動いていませんから、タクシーで駅へ。

うちでは3時間しか寝られなかったのですが、列車の中でぐっすり寝ることができました。
私、乗り物の中では寝られない人なんですよ。
でも、今日はさすがに熟睡でした。
9時7分に着く予定だったのですが、列車が途中で立ち往生。
アナウンスも何もなし(←ベラルーシですから、仕方がない・・・)。
結局、ブレストには50分遅れで到着しましたが、「すみません」の一言ぐらいアナウンスしてもよさそうなものだけど・・・

急いで劇場に着いたのは10時半。
リハーサルはすでに始まっていました。
日本人のリハーサルって、真剣勝負でやるので、私は見ていて楽しいです。
でも、うちのベロニカちゃんは「ちょっと怖かった! 一言も発しちゃいけないような緊張感があるね」と言っていました。
別に悪い意味で「怖い」と言っているのではないんですよ。
ベロニカちゃんはニコニコしながら「これが本当の芸術だよね」と言っていましたから。

今回の件を知ったのは、たまたまGoogleで「ベラルーシ」で検索してこのブログが何ページ目に出てくるかを調べていたときに、たまたま里見さんがブレストで公演をなさるということを知ったのです。
そして、いろいろ連絡を取るうちに、私は今まで日本人のコンサートや劇場公演で通訳をしたときの苦労が走馬灯のように甦ってきて、いろいろと心配をするようになってしまいました。

でも、私の心配は幸いなことに、思いっきり杞憂でした!!!
今回の演劇祭は組織委員会がかなりしっかりしているようで、何の問題もなし。
日本人の方たちも「外国に行って、こんなに全てがしっかりしているのは初めて」と言っていましたが、正直、私もびっくりしました。
そして、英語で通訳をしていたオリガさんという女性がかなりしっかりしていて、現場をテキパキとさばいていたのが印象的でした。
先週、オリガさんと電話で話したときから「この人はかなりできる人だなあ」と思っていたのですが、実際は想像以上にできる人でした。
次に日本人アーティストがミンスクで公演をするときは、彼女を呼びたいくらいです。

さて、肝心の公演のほうですが・・・
すばらしかったです!!!
ブレストまで行った甲斐がありました(涙)!

専門家でもない私が公演の印象を書くのは気が引けるのですが、心の中に残ったものをそのまま書いてみようと思います。
もしかして、私の感じたことが演者の方の意図するところと全く違っているなんてことがあるかもしれませんが、思い切って書いてみます。
なんてったって「旅の恥はカキクケコ」なんですから・・・

演目は「私は誰? 〜Who am I?」というもの。
3部構成になっていました。
それぞれに名前がついていましたが、私は私なりに感じたところを書いてみます。

第一部はまだ自分というものが見えていない自分との格闘。
格闘というよりは模索と言うべきか。
いろんなポーズをとっても何かが決まらず、居心地の悪さなのか、より良い形の探求なのか。
つねったり捻ったり、しまいには破ってしまう。
これを文字通りの誕生ととらえるか、自我の誕生ととらえるか。
私は思春期を越えて、(何度目かはわからないけど)再びの誕生ととらえたのですが・・・

ちなみに、人生っていろんなポーズがあると思うんです。
でも、「ポーズのためのポーズ」か「生きるためのポーズ」か、あるいは「命を懸けたポーズ」かって、かなり違っていると思います。

第二部では足元が心もとない、でも、どこか楽しんでいるようで。
紙の道が広がっていくようで、でも、それはただの制約でしかなくて。
道を走ることが順調なことの証拠のようではありながら、その道自体は狭い。
走っているから世界が狭いことに気づかないのか、狭いことに安心感を感じるのか。
結局、からまってもつれて、道ではなく、ただのぐちゃぐちゃ。

第三部では紙袋だけが人生さ。
赤い糸が意味深だったりするけど、そこでそのイメージにはまると「ああ、俺って日本人なんだなあ」っていう居心地の悪さにはまりそうで、そのイメージを強制排除。
結局、孤独なのかなあ。
それが嫌味でもなく、悲しみでもなく。
孤独っていうのは存在の一つの単位だから(←大好きな作家の受け売り)。

言語よりも雄弁なものを何と名づければいいのでしょう?
ああ、でも「雄弁」っていう言葉も気持ち悪いなあ。
静かなんだけど、伝わるものがある。
大声で叫ぶんじゃなくて、語りかけてくるような。
言葉にすればするほど、あのパフォーマンスの本質から離れていくようなので、やめておきます。

「身体言語」という言葉がありますが、「言語とは考えなどを他の人に伝える手段である」と捉えるとするならば、「言語ってそんなに万能な伝達方法、または表現手段なの?」と勘ぐってみたくもなります。
このままいくと(どこへ行くの?)、身体は言語を超えられないという感じがしてしまうので、違う言い方にしませんか?
例えば「言語身体」。
こうすると「身体」のほうが「言語」より偉い感じがするでしょ?
でも、こうするとたくさんある「身体」のうちに「言語」をつかさどる「身体」があるようで、それもちょっと違うけど。
言葉のレベルではうまいところに着地できないのが悔しいですが、とにかく楽しむことができました。

「人生」を描くと「人生の悲哀」とか言っちゃって、結局悲しいながらも泣き笑い、いや、悲しいから泣くのか、まあ、それはいいとして。
今回の「私は誰」は「不思議と悲しくはない」、という不思議に楽しい舞台でした。

すみません。
このパフォーマンスを見ていない方には何のことやらわからない内容になっていると思います。
簡単に言えば、私にとって、忘れられないものになったということです。

今日は平日のお昼ということで、学校の「演劇教室」のような感じで、子供たちがたくさんいました。
それがまあ、うるさいうるさい。
第一部はうるさくて、最初の音楽が聴こえないほどでした。
でも、パフォーマンスが進むにつれて、だんだん静かに見るようになっていきました。
子供たちは動き自体が笑えるような箇所に異常に反応して笑っていましたが、それでもいいのかなあと思いました。
民族や年齢などによって、それぞれが持っているコンテキストが違うのですから、笑いにもずれは出てきますよね。

そもそも、こういうタイプのパフォーマンスがベラルーシにはないんですよ。
ベラルーシの観客の傾向としては、外からの刺激を自分の中で広げていくのではなく、きわめて受動的に刺激を受け取り、それに対して端から見た表面的な評価を下すというのが一般的な形ではないかと思います。
能動的な心の活動を誘発し、観客を共演者(共犯者?)にしてしまうような今日の劇。
もう一度みたいです・・・

P9171843
公演終了後、里見さんたちと役所の食堂で昼ごはんを御一緒させて頂きました。
食事をしながら、ベラルーシのお話しをしたり、演劇関係のお話を聞かせていただいたり。

里見さんは非常にお話しやすくて、たくさんの興味深いお話を聞かせてくださいました。
声が非常にきれいで、しっかりと通る、聞いていて気持ちのいいお声の持ち主でした。
うちのベロニカちゃんが「一緒にいるだけでプラスのエネルギーをもらえるような感じがする!」と言っていましたが、まさにその通りです。

高橋さんには自家製のお味噌やお醤油などを頂きました。
山形のおそばまで!
私が山形出身ということで、おそば。
ラーメンも好きですが、やはり山形県人はおそばです。
お気遣いいただきありがとうございました!
大事に食べさせていただきます!
私も自家製で豆腐や納豆を作ってみたいと思っているのですが、作り方を教わる時間があればよかったです。
今度、ドラニキの作り方をこのブログに書きますので、ぜひお読みになってください。
もっと料理談義したかったです。

照明の板谷さんは、私がアルバイトをしていた世田谷パブリックシアターでお見かけしたような気がものすごくするのですが、たぶんお見かけしているはずです。
そうだとしたら、世田谷の次はベラルーシでお見かけして、そして、お話しまでしてしまったことになるわけで、これも不思議な縁だなあと感じました。
うちのベロニカちゃんが「リハーサルの時は一番怖かったけど、本当は優しい人なんだね」と言っていました。
私は「リハーサルのときのは『怖い』んじゃなくて、『真剣』なんだよ」と説明しておきました(←正しかったでしょうか?)。

榎本さんとはメールのやりとりをしていたので、初対面という感じが全然しませんでした。
もうちょっとゆっくりお話ししたかったです。
劇場関係の話しとか、ミンスクではする相手もいないので飢えているんです。
まあ、私は日本の演劇関係の話は全く詳しくないのですが。
次回はぜひミンスクの私の家か、日本の居酒屋でゆっくりお話しできればと思います。

ミンスク公演、実現させましょう!
里見さんの公演、私自身ももう一度見たいですし、うちの学生たちも見たいと思っているはずです。
うちの大学の一年生アーラちゃんは「先生、どうしてミンスクで公演がないんですか!?」と非常に憤慨していました(彼女はダンスの勉強をしているらしく、すごく見たがっていたのです)。
でも、ブレストの演劇祭ですからねえ。
今回は仕方がないとしても、次回はぜひ!

明日は細々とした用事が。
夜はバレエ学校に留学している女の子をうちに招待する予定です。
学校の食堂が異常にまずいらしく、日本料理を食べたいと言っていたので。
私と同じ在ベラルーシ8年のバレリーナとその夫(ベラルーシ人)も来ます。

いやあ、きついと思いますよ。
だって、日本からベラルーシに来る人たちって、割とお金があって、毎日レストランなんかで食事しちゃったりするわけじゃないですか。
その未来のバレリーナは寮の食事。
普通、寮にはキッチンがあって、自炊できたりするのですが、そのバレエ学校の寮は安全面を考えて、キッチンがないのです。
私も食べたことがありますからわかりますが、学校や寮の食事はかなりやばいのもあります。

そのバレエの女の子はまだベラルーシに来たばかりで、ロシア語もわからない状態。
ずっと心配していたので、同じ寮に住んでいる女の子に電話して、その日本人の子につないでもらったんですが、声が思いのほか元気だったので安心しました。
「食堂の食べ物、おいしくないんですよ」とか言っていたのですが、「これって、カニかまなんですかね? 今食べてるんですけど、かなりおいしいです」とうれしそうでした。
ベラルーシで売っているカニかまは、日本のとは比べ物にならないと思うんですけどね。
すごく「魚食べたい、魚食べたい」と言っていたので、同じ寮の子がベラルーシにもカニかまがあることを教えてあげたのでしょう。

その日本人の子はまだベラルーシの携帯電話を持っていないので、同じ寮に住んでいる将来のバレリーナたちに電話をしたのですが、彼女と同じグループで勉強しているカーチャさんは「彼女とは日に日にコミュニケーションがとりやすくなっている」と言っていました。
かなり仲良くやっているようです。
すごく安心しました。

今日、ブレストからうちに帰って、とりあえずPCを開けてブログをチェックすると、昨日の訪問者が336人!
何かの間違いじゃないでしょうか。
今までの最高は100人ちょっとですから、一気に336人になったのはうれしいというよりもちょっと怖い感じがします・・・
どうなんでしょう?
急にベラルーシに対する関心が高まるとは思えないし。

今日は自分の感じたことを気ままに表現するはぐれミーシャでした。

akiravich at 07:51コメント(3)トラックバック(0) 

2008年09月13日

今、昼の12時半です。
昨日の夜はブログを書けませんでした。
というのも、通訳の仕事から帰ってきたのが朝の5時だったのです。

昨日も朝からバレエ学校。
2年生(普通の学校で言うと6年生に当たります)の男の子の授業。
やっぱり、9月に新学期が始まったばかりだからか、コンビネーションを覚えていなかったりして、先生に怒られまくっていました。

それから、日本人の女の子のレッスン。
すごくがんばってましたよ。
慣れない環境でもしっかりついていっていました。

14時から昼食。
昼食後は女の子の希望で、私のうちへ行ってインターネットをする予定だったのですが、様々な手続きに戸惑って出発したのは18時。
ほとんど時間がありませんでした。
その上、タクシーが渋滞にはまってしまい、うちに着いたのが18時40分。
20時からバレエ学校で食事をする約束だったので、1時間ほどの滞在で、またタクシーでとんぼ返り。

昨日はすごく寒かったんですよ(今日も寒くて、気温6度)。
日本人の方たちは日本を出る前にミンスクの人から電話で「ミンスクは今、30度近くて暑いよ」と言われ、夏や初秋の服しか持って来ていなかったのです。
ちょっと外に出ただけで恐ろしく寒くて、お二人ともかなりまいっていました。

8時10分に学校へ戻ると、校長先生との話し合い。
それから、遅い夕食。
これがまたフルコース。
この3日間で、かなりの量を食べましたが、最後にダメ押し。
デザートにケーキとアイスクリーム。
胃拡張になりそうでした。

11時ごろにお開き。
先生だけは日本へ帰国することになっていたんですが、ホテルから空港に向けて出発するのが夜中の3時半。
バレエ学校の先生が「うちの寮のお客さま用の部屋が空いているから、そこに泊まったら?」と言ってくれました。
だって、うちに帰っても、うちに着くのが0時ごろ、そして、3時前にはタクシーでホテルに行かないといけないので、帰る意味がないんですよ。

うちのベロニカちゃんに電話をしたら、OK。
でも、未来のバレリーナばかり(まあ、男の子もいますけどね)の寮に私一人で泊まるのは何かいけないことのようで・・・
まあ、バレエ学校の寮に泊まるなんて、なかなかできないことなんで、賛成したら、そのとき!
バレエの先生が「私が泊まっているホテルで3時までいろいろお話ししませんか?」と言ってくださって。
確かに一人で部屋にいたら間違いなく寝てしまうでしょうし、寝たら起きられる保障はありませんからねえ。
そして、私はホテルへ行くことに。
寮は次の機会にということで・・・

先生と3時までおしゃべり。
いろいろバレエの話しを聞けて楽しかったです。
なかなかそんなチャンスはありませんからねえ。
正直に言うと、今までに通訳をしたり、お話ししたりしたバレエ関係者の方って、プライドが高くて、話しにくい人が多かったんですよ。
中には挨拶しても無視する人もいました。
でも、今回の仕事でイメージが変わりました。
先生も生徒さんも非常に話しやすい方で、すごく楽しかったです。

生徒さんは今頃何をしているのか気になります。
すごい寒いのに、秋冬の服が全然ありませんから。
同じクラスの女の子たちには面倒を見てくれるようにお願いしたんですけどね。
時々はうちに来てもらって、日本料理でも作ってあげようかなと思ってます。

今日はまだアニメグループなどの授業が残っています。
眠い・・・

akiravich at 21:26コメント(0)トラックバック(0) 

2008年09月12日

今日も昨日の続きでバレエ学校で通訳。
バレエのレッスンを見るのはなかなか楽しかったです。
正直、こんなに面白いとは思わなかったです。

8時半からは小さい男の子たちのレッスン。
何年生かは聞くのを忘れました。
でも、おそらく2年生(普通の学校で言うと6年生)ぐらいだと思います。
先生が絵に描いた様な厳しい先生で。
「足の先! しっかり伸ばして!」「前を見なさい! 言われたとおりにやりなさい!」とびっしびしと指導。
太ももをぴしゃりと叩くような場面もありました。
でも、あそこまでピリッとした空気、私は気に入りました。
うちの大学の授業もあんな雰囲気でできればいいんですが・・・
授業が終わって、その先生と話すと、それまでの厳しさがうそのように優しい顔に。
本当の教育者とは厳しさの中に優しさを持つものなのでしょう。

その後、二つのレッスンを見て、それから昼食。
昼食後、そのバレエの先生と生徒と私の三人で町を自由に歩きまわろうとしたのですが、バレエ学校側は車を用意してくれて、それに一人の先生がついてくることに。
まあ、詳しくは書きませんが、ちょっと困りました。

最初に独立大通りを町並みを見ながら、国立図書館まで。
そこから、ミンスクで一番の観光地「トロエツカエ旧市街区」のお土産やで買い物。
そして、独立広場にある地下ショッピングモール「スタリッツァ」へと行きました。

P9111804
そこで大事件が!
そのショッピングモールでは、チョコレート工場直営の店でお土産のチョコレートを大量に買いました。
それから、その地下街をブラブラしていると、また違うチョコレート工場の直営店が。
それはベラルーシ南部にあるナロブリャという小さい町の工場。
実は私、その町に行ったことがあって、その工場を見学させてもらったことがあるのです。
工場の中は危険なほどの甘い匂い。
普通、「甘い匂い」などと言うと、すごくやわらかいものを想像しますが、あそこまでいくと「甘い刺激臭」と言ったほうがいいでしょう。
ものすごい量の試食をさせられて、その上、大量のお土産でダメ押し。

さて、その直営店でバレエの先生の目にとまったのが、写真に写っているお菓子(パッケージだけですが)。
店員にどんなものか説明してもらったんですが、なんだかよくわからない。
でも、パッケージがよさそうだったので、買ってみることに。

私とその生徒さんと二人で食べてみたんですよ。
食べてびっくり!
お菓子もここまで甘ければ立派な凶器です。
私は一口で悶絶。
私とその生徒さんは「何か飲まないとヤバイ」ということで、みんなで喫茶店に行くことに。
歩きながらも口の中に残る甘さ。
甘さが消えても、口の中の違和感は消えず。
知覚過敏になりそうな甘さでした。
喫茶店でお茶を飲んでも、私は何か口の中が変で、しまいには頭痛までしてくる始末。
口の中が大事件でした。

私、日本にいたときは甘いものなんて一切食べなかったんですよ。
ベラルーシに来てから、人並みには食べるようになって、うちのベロニカちゃんの影響で最近は自分から甘いものを買うようになってしまいました。

うちに帰ってきて、うちのベロニカちゃんにそのお菓子を食べてもらいました。
ベロニカちゃんは「超」がつくほど甘い物好き。
でも、そんなベロニカちゃんをしても、「この甘さはヤバイ」と言わしめた、このお菓子。
かなりキテマス。

そういえば「激辛」はあっても、「激甘」ってあまり聞かないですよね。
カレーの「辛さ30倍」があるように、ケーキの「甘さ30倍」があったら、売れるでしょうか・・・

akiravich at 05:49コメント(2)トラックバック(0) 

2008年09月11日

c76449bb.jpg今日は通訳の仕事。
今日、明日、あさってと三日間、ベラルーシ国立舞踊カレッジにいらした日本人の方の通訳です。

先週、旅行会社から電話があって、日本人の通訳を三日間やってほしいという依頼を受けたんです。
で、通訳としては当然、どんなお客様なのか、どういうタイプの仕事なのか(観光ガイドなのか、交渉・会議なのかなど)を聞いたんですが、旅行会社では何もわからず。
ただ10日、11日、12日と通訳をして欲しいという依頼。
全く情報がない状態でした。
なので、ベラルーシに住んでいるバレエ関係の日本人女性にお願いしていろいろと情報収集。
それでも、ほとんど情報はなく、当日バレエ学校に行ってみて全てがわかる、という通訳としては非常にやりにくい状況でした。

朝の8時半、バレエ学校へ。
学校はミンスク市内なのですが、うちからは40分ほどかかります。
学校の中に入ると、日本人女性のところに案内されて、そこで初めて詳細がわかったのです。
私は日本人の女性がお一人と聞いていたんです。
たぶん、バレエの先生か、親御さんかなと思ったのですが、やっぱりその通り。
実際は19歳の女の子がそのバレエ学校に留学するということで、先生が一緒にいらっしゃったんですね。

通訳の仕事って、結構エネルギーを使うのでお腹が空くんですよ。
なので、朝からがっちり食べたんですが、バレエ学校の先生が「一緒に朝食を」と言ってきて。
その二人の日本人女性とテーブルに座って、いろいろと話していたのですが、バレエ学校の先生が「何で食べないの? おいしいんだから食べて!」
akiravich「でも、朝ごはん、食べたばっかりだし・・・」
先生「そのクレープ、中にイクラが入っているのよ。おいしいから食べてください!」
最後は「食べてください」じゃなくて、「食べなさい!」というほとんど命令形。
ベラルーシ人は人にごちそうするのが好きなのです。
時々、それが度を過ぎることがあるのですが・・・

9時ぐらいから最終学年の男の子のクラスを見学。
これが結構おもしろくて。
一人、リトアニアからの留学生がすごくいい動きでした。
風邪を引いていたそうですが、その割にはなかなかシャープな動き。
グループの中には素人の私が見てもダメダメな男の子もいました。

通訳としてはちょっとタイミングが掴めない感じでした。
というのは、バレエの言葉はほとんどがフランス語。
その中にロシア語の言葉が入ってくるんですね。
例えば、プリエとか、アサンブレとかフランス語の言葉の間に、時々「前」「後ろ」とか、そういうロシア語の言葉が挟まってくるんです。
ながーい説明の中で一語だけロシア語の言葉。
それに、先生が動きつきで説明してくれるので、訳したほうがいいのか、通訳抜きで日本人の方がわかっているのか、それがわからなくて。
文が100%ロシア語の時だけ訳して、ほとんどがバレエ用語の場合は訳しませんでした。
でも、それで概ね良かったような感じだったので、ほっとしました。

その授業が10時まで。
10時20分からは民族舞踊のクラスの見学。
それもなかなか面白かったです。
先生は若い女性でした。
そのバレエ学校はなかなか若い先生がいないんですよ。
学校に限らず、ベラルーシのバレエ界、才能がある若い人はよりよい給料を求めて外国に出て行ってしまうので、高年齢化が進んでいるのです。
でも、その若い先生はなかなか厳しく、びっしびし教えていました。

12時10分からは、その日本人の女の子の初めてのレッスン。
グループは13人ほど。
周りの生徒たちもその日本人をサポートしていて、見ていて気持ちが良かったです。
ベラルーシ人の先生はこれまでたくさんの生徒を育ててきたベテラン。
余計なことは言わず、必要なことだけバレエ用語で伝える感じ。
おかげで、ほとんど通訳する必要はなく、じっくりとレッスンを見ることができました。

今回、私は初めてバレエのレッスンというものを見ました。
かなり面白かったです!!!
正直、予想以上に。

私、いろんな芸術を愛する人間ですが、唯一、理解するのが難しいのがバレエ。
別に嫌いというわけじゃないんですよ。
むしろ好きですが、どこをどう見たらいいのか全くわからないんです。
演劇や音楽に関しては、いろいろと自分の意見をいえますが、バレエだけはどう自分の言葉にしたらいいのかわからないんです。
これからはバレエもたくさん見たいです。

レッスンが終わったら、昼ごはん。
そのバレエ学校の食事はなかなかおいしかったのですが、やはり日本からのお客様ということで、他の子供たちとは違う別メニュー。
普通、イクラの入ったクレープなんか出てきませんよ!

それから、バレエ学校の校長先生との話し合い。
それが終わったのが16時過ぎなのですが、校長が「夕食を食べてからホテルに行ってください」と言うんですよ。
でも、14時に昼ごはんを食べたばかりだから無理だと言ったのですが、校長は聞き入れてくれません。
仕方なく観念して、お腹一杯なのに何とか食べることにしました。

日本人の女の子はすぐに友達ができたようで、ベラルーシ人の女の子たちと楽しそうにしていました。
やっぱり、若い者同士、言葉が通じなくても、友達になれるんですね。

バレエに対する見方、変わりそうです。
明日もバレエ学校の授業を見学させてもらえることになっています。
早起きはちょっとつらいですが、楽しみ!

うちへ帰る途中、知り合いの演出家オレグ・キレーエフを見つけて、おしゃべり。
彼はミンスクの「映画俳優劇場」の演出家。
彼が演出したブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」は傑作でした。
その後はそんなにパッとしないのですが、彼の感覚は私は嫌いじゃありません。
いろんな芸術の話しをして、刺激を受けました。
今日は刺激受けまくりの日です!

akiravich at 05:42コメント(0)トラックバック(0) 
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