ベラルーシの女性

2009年10月10日

今日も嫌な空模様のベラルーシ。
「どよ〜ん」とした空です。

最近は日本語教師の仕事のことばかり考える日々。
以前はテレビや映画の仕事が時々あったんですけど、最近は皆無。
目立つ仕事はそれなりに刺激になるけど、今の日本語の仕事に集中した状態も刺激的です。

最近、久しぶりに日本で仕事をした女性に会う機会がありました。
そのことがきっかけで、いろんなことを思い出しました。

「日本で仕事をした」と言った場合、ベラルーシで多いのはホステスさんです。
もちろん、そうじゃない人もいますけどね。
例えば、ビジネス関係とかもありますし。

「久しぶり」と書いたのは、以前に比べてホステスさんそのものが少なくなっているからです。
以前はよく「私は日本へ行ったことがあります」なんて言う女性がいましたが、最近はほとんど出会うことはありません。
規制が厳しくなっているのでしょうか。
日本人の方から聞いた話でも、ロシア人などのスラブ系の女性が働くバーはかなり少なくなったと聞いています。

以前は「日本語を教えてほしい」と言う若い女性が頻繁に電話をしてきました。
多い時期だと、一週間に一人ぐらいのペースで電話がかかってくるのです。
昔はいろんな女性に教えていました。
数え切れないほどです。

日本で働くぐらいですから、きれいな人は多かったです。
その当時、私は大学の寮に住んでいましたから、寮のおばさんなんかは「あんた、もてるねえ。あんたの所に来るのは美人の子ばっかりじゃないか」とよく言われたものです。
仕事ですからねえ。

ホステスの人に日本語を教えるのはなかなか難しい作業です。
というのは、日本での生活で身につけてしまった日本語の癖をとるのが非常に困難だからです。
まず「です・ます」なんて言い方はしない人が多いです。
最初っから友達のような話し方で私と話します。
文法的にも滅茶苦茶なことが多いです。

日本語では大ざっぱに分けて、「です・ます」の丁寧体と友達同士で話すような普通体の二つがあります。
一度、普通体に慣れてしまうと丁寧体を身につけるのがとても難しくなってしまうんです。
これはいろんなベラルーシ人女性を教えてきた経験上、はっきり言えることです。
教科書では最初に「です・ます」で話せるようにして、それから普通体を学ぶ、という順番になっています。
この丁寧体と普通体の使い分けができないといけないのです。

でも、酔っ払った日本人を相手にするわけですから、そんなに丁寧な日本語を耳にする機会はありません。
あまりきれいじゃない言葉なんかはよく知ってるんですけどね。

私が女性の言葉を丁寧なものに直そうとすると、大抵の女性は「なんで? 日本人、みんな、私の言うこと、わかる。どうして直す?」と言ってきます。
「日本人が理解できるから、これは正しい日本語である」という考え方なのです。

基本的に日本人は外国人の日本語には寛容です。
寛容と言えば聞こえがいいですが、もしかしたら、自分たちの言葉に敏感じゃないのかもと私は思ってしまいます。
ちょっとでも日本語の言葉を話せば「日本語、上手ですね!」と言うのが日本人。

ベラルーシ人はそんなことありませんよ。
外国人が間違ったロシア語で話すと、思いっきり顔をしかめたりしますから。
私も市場のおばさんに「そうじゃなくて、○○って言ったほうがいいよ」とか言われてました。

日本人って、外国語に限らず、他の人の間違いを直すのを嫌いますよね。
嫌うというか、怖がるというか。
その人をがっかりさせたくないという感じなのでしょうか。

学生もホステスさんもですが、日本人がほめ過ぎる事で日本語をダメにしている面があると思います。
例えば、「日本人みんな、私の日本語、上手、言った」と言う女性。
その女性の日本語はメチャクチャでした。

「通じればいい」という考え方もアリだと思います。
友達同士で話したりとか、恋人同士だったら、それでも十分かもしれません。
心から話していれば、いいのでしょうから。

ちなみによく「言葉がわからなくても、心が通じ合えば大丈夫」みたいなことを言う人がいますが、その意見、私は嫌いです。
正しいかどうかの問題ではなく、私は嫌いなだけです。
本当にそう思っている人もいれば、単に勉強しない言い訳に使っている人もいると思います。
どうせ付き合うなら言葉がわかったほうがいいのではないでしょうか。

「通じればいい」という考えの人が私のところへ勉強に来ると「何しに来たの?」と言いたくなります。
私は誰が相手だろうと自分のスタンスは崩しません。
できる限り、正しい日本語を教えるのが私の仕事ですから。
もちろん、相手の年齢や職業などの状況に応じて、細かいところは変えますよ。
でも、大筋では文法的に正しい日本語を話してもらえるように努力します。

ホステスさんの女性の日本語に特徴的なのは普通体だけではありません。
1.最後に「でしょー」と上に上げて同意を求める言い方が多い
2.助詞(てにをは)がほとんど欠落している
3.「の」を多用する
4.「です」「ます」が「でーす」「まーす」になる
などなどです。

これらの癖を直すためには、本人が自分の日本語のレベルを自覚し、「直そう!」と心に決めないと、私がいくら頑張っても意味がありません。
大抵の子は「私は日本語がわかる」というところが考え方のベースになっているので直りません。

でも、中にはとても頑張る人もいます。
100%は直らなくても、できる限り直そうと努力した女性も少なくありませんでした。

ある女の子は私が直そうとしても「何で?」を連発し、全く協力的ではありませんでした。
その子が日本から帰ってきたとき、「先生に習っていたときは文法の大切さが全くわかっていなかったけど、日本に行ってみると、先生に習った文法がすごく役に立ちました」と言ってくれました。

いろんな女の子がいました。
中には最初の友達っぽい日本語だけじゃなく、丁寧な話し方も身につけた優秀な女の子もいました。

その子が二回目の日本行きから帰ってきたときのこと。
彼女が「私は大きい問題があります」
はぐれミーシャ「え、どんな問題?」
彼女「バーのお客さんが『君の日本語は正しいからつまらない』って言うんですよ。先生のせいですよ! どうしてくれるんですか!?」
まあ、彼女は冗談めかして笑いながら私に言ったのですが、お客さんに言われたのは本当らしかったです。

バーに来るお客さんにとっては間違った日本語を直してあげるのが面白いのかもしれませんし。
もしかしたら、日本語が間違っているのに気づかないのか・・・よくわからないです。
正しい日本語を教えて損をする人がいるっていうのが皮肉ですよね。

それにしてもいろんな子がいたなあ。

ある女の子が初めてうちに来たときのこと。
その子に「日本でどこに行きましたか?」と聞いたんです。
彼女の答えは「錦○町」。
それって、仕事場じゃん!
私が聞きたかったのは、京都とか大阪とか、日本の中でどこに行ったかということなんですけどね。
はぐれミーシャ「他にどこへ行きましたか?」
彼女「両○、新○岩」
うーん・・・

もう一つの話。
私が女の子のうちに教えに行ったときのこと。
以前は自分のうちじゃなくて、出張レッスンに行ってたんですよ。

その女の子のマンションに入ると、その子は「いらっしゃいませ!」。
はぐれミーシャ(ガクッとして)「それ、どういう意味か知ってるの?」
女の子「ええ、もちろん。ズドラーストヴィチェ(こんにちは)という意味ですよね?」
笑うしかなかったですね。

そして、帰るとき。
はぐれミーシャ「じゃあ、ダスヴィダーニャ(さようなら)は日本語で何て言うか知ってるよね?」
女の子「もちろん、知っています」
はぐれミーシャ「じゃあ、言ってみて」
女の子「また来てね!」
コケました。
彼女に正しい言い方を教えると、「私は日本語がわかると思っていたのに・・・何で日本人は間違った日本語を私に教えたんだろう?」
それは不思議に思いますよね。
ベラルーシ人だったら、それはあり得ない話です。

ここまで読んできた方がどう思っておられるかはわかりませんが、私はホステスさんに対しては好意的です。
だって、ホステスさんでも子供でも政治家でも誰でも、私にとっては「私の学生」。
特に分けて考えることはありません。

「職業に貴賎なし」
これはまさにその通りだと思います。
卑しい職業があるのではなく、卑しい人間がいるのだということ。
ホステスさんの中にもいい人もいれば悪い人もいる。
それは他の職業の人でも全く同じこと。

いろんな人がいますよ。
ベラルーシ人の女性は、日本人が抱く水商売に対するイメージとは違った考え方を持っているようです。
暗さがないというか。
お金をもうけるため、と割り切っている子が多いのですが、それで日本へ行って日本が大好きになる人も多いですし。
それがきっかけで日本語を勉強するというのはいいことだと思います。

日本へ行く理由はお金儲けだけではありません。
私が教えたわけではないのですが、私に通訳を頼んできた女性がいました。
何でも父親が病気で、手術をしないと足を切断しなければならないが、手術には莫大なお金がかかる・・・という状況。
そこで、一度日本でホステスをしたときに知り合った人にお金を前借できないかお願いしたいという内容でした。

私が電話で話した日本人は非常に紳士的で、理性的な人でした。
借金は断りましたが、それはそれで仕方がないことだと思います。
彼女も断られても仕方がないということはわかっていました。
かわいそうではありましたが、私ではどうすることもできませんでした。

私にとっては、ホステスさんも普通の女性も同じ。
ある日、日本人の男性とベラルーシ人女性のカップルとレストランへ食事に行ったときのこと。
彼女がトイレに行ったとき、男性が私の横で「うちの奥さん、もともと日本でホステスやってたんですよ」と小声で言ってきました。
私は全く理解できませんでした。
なんで、そんなに隠す必要があるの?
別に愛し合っていればいいんじゃないの?
関係ないじゃん!

日本で働くのはお金が欲しいから。
それはベラルーシの生活水準を知っていれば、非常に自然のことに感じるはずです。
特に驚くことでもありません。

いろんなことを思い出しました。
みんな、何してるのかなあ。
幸せになっているといいけどなあ。

ちょっと感傷に浸るはぐれミーシャでした!

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2009年02月18日

やっと仕事が終わった!
明日は待望の休み。
ちょっと用事があって、バレエ学校に行ったりしないといけないんだけど、それ以外は完全フリー。
っていうか、どこかに行くってコトはフリーじゃないのかも。
でも、仕事はなし。
うーれしい!

今日はちょっとした事件がありました。
事件と言うか、何と言うか。

独身時代に付き合っていた彼女から電話が来たのです。
携帯に表示された電話番号がロシアの国番号から始まっていたので、変だなあとは思っていたんですよ。
日曜日にも同じ電話番号から電話があったのですが、電話に出られなかったんです。

で、今日は家庭教師中だったのですが、もしかして仕事関係の話だと悪いなあと思い、電話に出たのです。
最初は誰かわかりませんでした。
「もしもし。アキラ?」「はい。そうですけど」
「今、話できる?」「今、仕事中なんで。どちら様ですか?」
その質問にその女性は答えず。
「いつ電話かけ直したらいい?」「9時に仕事が終わるんで」
ここまで来て、ようやくわかったんです。
これはTニャだと。

そのあと、彼女からの電話には出ませんでした。
話す理由がないからです。
冷たいと言われるかもしれません。
日本にいたとき、別れた彼女からの電話を無視し続け、その彼女の友達から「冷たいよね」と言われたことがあります。
そんな電話に出て「元気?久しぶり?」とか言うことのうそ臭さに私は耐えられません。

このTニャというのは、私が独身時代に付き合って、同棲までしていた彼女なのですが、まあ大変な目にあいました。
その時のことは、このブログにも何度か書いているのですが、再掲載したいと思います。


2008年6月29日「まずい料理」から
まだ独身だった頃、私はTちゃんという女の子と同棲していました。
ミンスク市内にマンションを借りて二人で住んでいました。
彼女は料理が全くできませんでした。
この「全く」という意味、お分かりですかな?
本当に「全く」なのです。
気持ちいいくらい「全く」なのです。
いや、気持ちよくはない。

私は料理が大好きなので、自分で作るのは全く苦にならないのですが、やっぱり女の子が作ってくれるのって、うれしいですよね。
彼女が作ってくれた料理、それは一生忘れられないものになりました。
つまり、それは忘れたくても忘れられないという意味です。

冬のある日、私は仕事を終え、Tちゃんが待つマンションへと帰っていきました。
それは寒い寒い夜でした。
凍えそうな手から手袋をはずし、震える指で部屋の番号を押そうとしたそのとき、ドアに一枚の紙が貼ってあるのを見ました。
「スープ、作ったよ!」
体が冷え切っていた私はそれを見て、どんなに喜んだことでしょう。
心の中で凍りついたものが溶けていく様なあたたかさを感じました。

スープが好きだったのというのもありますが、全く料理をしない彼女がスープを作ってくれたという事実が私の心を温めてくれました。

部屋に入ると、温かいスープの匂いが。
待ちきれない私はTちゃんを急かして、食卓につきました。
おいしそうに湯気を立てるスープ。
「熱いから気をつけて」
「スープは熱いのがいいんだよ」
スプーンですくって、一口。

むっ・・・
何じゃこりゃ!!!!!!!
熱いとか、そうゆう問題じゃねえぞ。
言葉で表すなら「☆〒!#@*?★@!#$&☆」という感じの味です。
味とか言う以前の問題。
人間の尊厳の問題です。

乱れまくる心を抑えつつ、私はTちゃんに「このスープ、何が入っているの?」と聞きました。
その答えは私の心を一瞬で凍りつかせるのに十分なものでした。
「缶詰のシュプロトィ(小魚の一種)、米、粉ミルク、ピクルス・・・」
何をどう間違って、そんな材料を使ったのでしょう。
しかも、米の分量が多く、スープではなく、おかゆのようになっている・・・

「お母さんに電話で教えてもらったの」
これがベラルーシのお母さんの味なのか!?
そんなはずはない・・・
こんなの食べたら、俺でもぐれるぞ。
私の心は凍えそうになりました・・・

そうだ!
彼女はジャイアンシチューを作りたかったのだ。
ドラえもんを読みすぎて、あれが日本人の好む味だと勘違いしたのかもしれない。
しかし、ベラルーシにドラえもんはないはずだ・・・

彼女は私のために作ろうとした、その心を評価しなければならない、と自分に言い聞かせました。
彼女をがっかりさせてはいけないと思い、何とか食べようと努力しました。
3日連続で食べ続けました。
しかし、スープは減る気配もなく、むしろどんどん増えていくような気さえしました。

そして、4日目の朝、彼女が実家に帰った隙に、私はスープを処分しました。
私とスープの三日間戦争が終わりを告げました。

それまでは彼女に「何か料理作ってよ」とせがんでいましたが、そのスープ事件以来、私は彼女が料理を作る気を起こさないように努力しました。
しかし、時々、彼女はやる気を出してしまうことがありました。
ある日、仕事を終えてうちへ帰ると、彼女はちょうど寝るところで、「晩ご飯、作っておいたから、食べてね」と言って、寝室へ行ってしまいました。
時間は夜の22時半。
疲れきっていました。
自分で料理を作るエネルギーはありません。
私はスープの教訓も忘れ、喜び勇んで台所へと行きました。
そこで、私が見たものは・・・

フライパンには油の海。
その海に漂う一艘の小船、じゃなかった、一枚の豚肉。
いや、二枚はあったかも。
その油は豚肉の油。
豚バラ肉を切ったものを焼いたのでしょうか。
私が自分で買った肉なので、もともとのサイズはよく覚えていました。
その断面のサイズは三分の一ほどに縮小されていました。
油が出きって、もう何も出すものがないという状態。
「許してください! うちにはもう年貢として差し出すものは何もねえんです!」
悲痛な叫びが聞こえてくるかのように・・・

言葉を失った私。
油を失った豚肉。
フリーズした私を傍目から見たら、かなりシュールな場面だったと思います。

とりあえず、勇気を振り絞って食べてみました。
それはカリカリを通り越して、ガリガリの硬さ。
とても噛める硬さではありません。
歯が折れる危険を感じ、私は咀嚼の試みをやめることにしました。


その彼女が今日、電話をしてきたのです。
私は電話に出るつもりもないし、今後一切関わるつもりはありません。

よく「別れてからも友達でいようね」とか言う人がいますが、私には理解できません。
そうするのがきれいなのかもしれない。
そうするのが正しいのかもしれない。
でも、別れた彼女の前でニコニコするなんて、僕にはできない。

Tニャのことはうちのベロニカちゃんも良く知っています。
直接ではなく、私の話を通してですが。
普通に考えると、昔の彼女の話を奥さんにするなんて最悪だと思われるかもしれませんが、うちのベロニカちゃんは過去も含めて私のことを何でも知りたがります。
それで、今日はベロニカちゃんと恋話。

結婚まで、私がベラルーシで付き合った彼女は5人。
そのうち一人とは自然消滅。
そのうち一人には捨てられました。
あとの3人とは別れるのが非常に困難でした。

一人には「殺す!」と脅されました。
もう一人の子には自殺をほのめかされました。
しかし。
その中でも、一番別れるのが難しかったのはTニャです。

彼女と付き合い始めたのが2005年の10月。
一緒に暮らし始めたのが12月。
「これは別れたほうがいい」と考え始めたのが2006年の1月。
同棲していた部屋を私が去ったのが3月。
Tニャは同棲していた部屋に住み続け(←家賃は私の負担)、最終的にTニャがそこを引き払ったのが、6月末。
完全に関係が終わるまではかなりの長期戦。
つまり、付き合っていた時間の半分近くは、別れるための戦いだったと言えます。

彼女とは長い戦いでした。
彼女に泣かれて、私のほうが折れて関係を戻したことは何度もありましたが、そんな関係は2、3日しか続きません。
別れてはよりを戻し、また別れては・・・という繰り返し。
説明しにくいのですが、彼女は私が出会った女の子の中で最も難しい子でした。
彼女がとった方法は「泣き落とし」
どうして男は女の涙に弱いのだろう・・・

いろんな思い出話をベロニカちゃんとしているうちに、私が思い当たったことがあります。
それは普通、別れるときにイニシアチブをとるのは女性だということです。
つまり、私がしたように、男性のほうから「別れたい」と言って別れるのはあまりスタンダードではないのではないかということです。
女の子が男を捨てたという話はよく聞きますが、男のほうが捨てたという話は聞いたことがないのです。
これは結婚していない、恋人同士の場合に限ります。
結婚している場合は、またちょっと違ってくるので。

ベロニカちゃんに「ベラルーシでは男が女の子をふることはないの?」と聞くと、「それはもちろんあるよ」
akiravich「じゃあ、男のほうがふったっていう話、聞いたことある?」
ベロニカちゃん(しばらく考えて)「・・・ない」
私も聞いたことがないんですよ。
男のほうが未練タラタラでなかなか別れられないというような話は何度も聞いたことがありますが、逆のパターンは本当に聞いたことがないんです。
ただ単に自分の周りにそういう話がないだけかもしれませんが、ベロニカちゃんも聞いたことがないというのは、ちょっと驚き。

だから、別れるのが難しかったのかな。
そういえば、ある彼女は私が「別れたい」と言った時、「私、捨てたことはあるけど、捨てられたことはないんだよね。こんな侮辱を受けるのは初めて」と言ってたなあ。
つまり、別れるときのイニシアチブは女性のほうにあるのが普通ということなのでしょうか。
それを私のほうから「別れる」と言ったので、プライドが傷ついたのでしょう。

基本的に、ベラルーシ人女性には誇り高い、悪く言えば、プライドが高い性格があると思います。
「私はきれいなのだから、簡単に自分を安売りするようなことはしない」という感覚。
実際にこのようなことを女の子が言っていたのを聞いたことがあります。
恋愛関係の話で「安売り」という言葉が出てくること自体、間違ってますけどね。

ベラルーシ人女性が美しいのは事実ですが、大事なのは性格ですよね。
日本だと「美人だけど、性格が悪い」みたいなフレーズ聞くこと、よくありますよね。
それって、どこかに「『美人で性格がいい』なんて、そんなパーフェクトな人間、ありえない!」という意識があるように思います。
そして、ただ単にうらやましいだけなのかも、と私は思うのですが。

ベラルーシにはね、いるんですよ。
すっごい美人で性格が良くて、しかも頭がいい女性、時々います。
美人だけど嫌味が全くないような。
もちろん、そんな女性ばかりじゃないですけどね。

ベラルーシ人女性全体に言えることですが、非常に芯が強いんですよ。
広い意味で芯が強い。
いい女の子の場合は「しっかりしている」、あまり良くない女性の場合は「したたか」、と表現すればいいでしょうか。
それに対して、男性のほうはいまいちしっかりしていない。
体つきは大きくて、体は強そうなのですが、精神的にはあまり強くないタイプ、多いですね。
ベラルーシは女性のほうが強いという印象があります。

ちょっと話しがずれました。
どうやって別れるかという話しでしたね。
日本人とは別れ方が違うように思います。
もうちょっと研究してみたいテーマです(←研究してどうするねん!)。

恋話、私は大好き。
いつかこのテーマでまた書きますよ。

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2008年07月12日

ce7ec5c7.JPG今日の写真は肉!
昨日の夜から漬け込んでいる牛肉です。
パーティーで余った赤ワインがあったので、それを贅沢にもドボドボと使い漬け込んでます。
贅沢、と言ってもベラルーシで売っている安ワインですが・・・
そこに四角く切ったにんじんとたまねぎ、そこににんにくを潰して香りを出したものも一緒に漬け込んでます。
本当はセロリも一緒だといいんですけど、ベラルーシではあまり売っていません。
市場なんかに行くと、特殊な野菜を売っているようなコーナーにありますね。
スーパーでもごくたまにしか見かけません。
西洋野菜だからと言って、どこにでもあるとは限らないんですね。
あ、それとローリエと粒コショウも一緒です。
今、漬け込み終わって、煮込んでいる最中なんですけど、どうなるか心配。
なにせベラルーシの牛肉は恐ろしく硬いですからねえ。
ステーキなんかにしたら、まともな歯では太刀打ちできません。
一週間ぐらいは咀嚼できそうな勢いの硬さです。

唐突ですが、あの棚橋弘至がよく見せる「横になっている相手へのドラゴンスクリュー」。
あれって、やっちゃいけないような感じがするんですが。
両親が送ってくれたビデオで見たんですが、見た瞬間「危ない!」と思いましたよ。
ひざ、壊しますね。
プロレスは相手に怪我をさせているためにあるのではないのです。
そういう意味では愛がなければプロレスはできません。
K−1とか、確かに面白いですが、時として、非常に残酷なものを感じます。
バーリトゥードまでいってしまうと、人間的な感じは全くありませんね。
プロレスがうそくさいとか言う人、多いですよね。
じゃあ、本気だったら何でもいいんでしょうかね。
プロレスはスポーツじゃない、と言う人も多いですよね。
仮にそうだとしたら、私はプロレスは芸術だと思っています。

ふー、やっと落ち着いた。
この一週間、棚橋のドラゴンスクリューのことが書きたくてしょうがなかったんですが、適切な文脈を捕まえることができなくて、困っていたのです。
肩の荷が下りました。
(プロレスに興味がない方、ごめんなさい)

今日は授業が一つだけ。
でも、用事が山積み。
先週までやっていたコンピューター関係の翻訳。
2ページほど追加注文が来て、その仕上げを今日の朝はやってました。
それから授業をして、昼ごはん。
Yさんにいただいた焼きそばUFOを食べました!
僕が子供のときから食べていたUFO。
ベラルーシで、しかもベラルーシ人の奥さんと一緒に食べているのが不思議な感じがします。
Yさん、ごちそうさまでした!

それから、ある日本人の方に会うために中央駅へ。
それはベラルーシの北にあるノヴォ・ポロツクという町にお住まいのYさん(UFOを下くださったYさんとは別人です。苗字は同じですが)。
彼の書類の翻訳を手伝った関係でお会いしました。

Yさんが住んでいるノヴォ・ポロツクという町はミンスクからだと車で4時間近くはかかるところ。
大きい工場がある以外、特にこれといった見所はない町ですね。
隣のポロツクはいろいろあるんですけど。
私は2回ほど行ったことがあります(そのときのことは改めて書きますね)。
本当に何もなくて、びっくりでした。

どうしてそんな町にYさんが住んでいるのかと言うと、ベラルーシ人の奥さんと一緒に住んでいるんですよ。
で、いろんな話しをした中で、「いやあ、やっぱりベラルーシ人女性はきついとき、ありますね」という話しになって。
ここで言う「きつい」というのは、怒ったときなどは手がつけられないという意味です。
わかります、その気持ち。
すごくわかります!!!
(これを読みながら、心の中で拍手をしている人、いるんじゃないですか?!)

うちの奥さんはかなり例外的なタイプで、怒ることは本当にまれです。
しかし、怒ると「やっぱり彼女もスラブ人なんだなあ」と思います。

私は34歳。
ベラルーシに住んで8年。
いろんな経験をしてきました。
彼女はそんなにはいませんでしたが、まあ、◎$△&%あ=@#‘・・・
なので、それなりにはベラルーシの女性のことは理解しているつもりです。

普段は優しい子でも油断してはいけません。
怒ったときは別人です。
理屈なんか関係ありません。
「話し合いましょう」などというやわな説得では対抗できません。
説明しようなどと思ってはいけません。
それこそ、向こうの思う壺です。

どう頑張っても埒が明かないとなると、勢い、こちらも怒鳴ったりしてしまいます。
ロシア語って、そういう時には非常に便利なのです。
汚い言葉が多いというのもありますが、それ以前になぜかケンカしやすくできているのでしょう。
ケンカのために作られた言葉なのではないかと思われるほどです。

しかし、相手はキャリアが違います。
「ブチ切れ道 8段 黒帯」の相手に、私のようなペーペーがかなうはずがありません。
私が繰り出す言の葉の数々は、無残にも彼女の心には届くことなく散っていくのでありました・・・
キレている女性に何か意見を言うのは、火に油を注ぐのと一緒で、非常に危険なことです!

そこで、この格言。
「女性とけんかをしたときは、自分が悪くないと思っていても、すぐ謝れ」
これこそが関係をうまく続けるカギです!

最後に、Yさんが言った一言。
「でも、しかたないよね」
そのとおりでございます・・・

隣でうちのベロニカちゃんが「日本人の女の人はキレないの?」と言っています。
うーん、どうなんですかね。
日本人女性もキレるんでしょうけど、タイプが違うような気がします。
でも、日本人の女性と最後にケンカしたのって、いつだったかなあ・・・
よく覚えていないので、比較できません。
うちの奥さんに説明したいので、どなたか、日本人女性のキレ方とケンカの方法について教えていただけないでしょうか?

これを読んで、ベラルーシ人女性はキレやすいとは思わないでくださいね。
いつもキレまくっているわけではなくて、怒ると怖いという意味ですからね。
お互いに気をつけましょう!

明日はPCのモニターを買いに行きます!
うーん、ワクワクするなあ。
エアロバイクも買わなくちゃ・・・

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2008年04月18日

aa5e64b8.JPG今日の写真は昨日作った料理。
名古屋の方から頂いたみそ(八丁味噌のソース)があったので、片栗粉をつけて揚げた鳥の手羽先をみそで煮込んでみました。
これがばかうま。
八丁味噌のような甘い味噌もおいしいなあ。
うちの実家で使うような味噌とはかなり違うけど、僕は八丁味噌、好きです。
去年、名古屋に行ったとき、味噌煮込みうどん食べられなかったんですよね。
まあ、真夏だったんですけど。
でも、名古屋の人は味噌煮込みうどんを真夏でも食べるって聞きました。
本当でしょうか?

今日も6つの授業。
でも、昨日からハイテンションで仕事してきたので、思ったより苦にはなりませんでした。
こうゆうときって、逆に危ないんですよね。
ふとしたときに、疲れがどーっとでてきたり。
今日はゆっくりメールを書いたり、ブログを書いたりしよう!

さて。
今日は大学で4年生の授業がありました。
教科書のテキストを読んだのですが、その中にこんな話がありました。

会社で経理の仕事をしている女性が、伝票の処理でミスをして上司に怒られたとしよう。そのとき、どんなことを心の中でつぶやくだろうか。
1.「いつもミスばかり。私って、経理に向いていないんだわ」
2.「もう少し注意して処理すれば、間違いは防げたはずだわ」
3.「こんなに汚く書かれていたら、だれだって読み間違うわ」
4.「ついてないな。あの伝票さえ担当していなければ・・・」

皆さんはどれを選びますか?
どれを選ぶかによって、その後の学習意欲が決定されるのだそうです。
一番強い原動力となるのは2の答え。
「努力をすれば次はできるかも」と思うのは、建設的ですよね。
自分を責めるということでしょうか。
それがモチベーションとなって、次はがんばろうという気になる、というわけです。

学生達全員(ちなみに学生は10人。全員女の子です)、2番を選びました。
で、僕は「本当? でも、ベラルーシ人って、3番のタイプ、多くない?」
学生達の反応は「うーん。確かに」

そうなんですよ。
ベラルーシ人に特徴的な考えなんですが、何かがうまくいかなかった場合、自分以外のところにその原因を探すというくせがあるんです。
つまり、人や状況のせいにしたりするんですね。
それはすごくむかつくことがありますよ。
自分でやったことなのに「それはタイミングが悪かったからだ」とか、他の理由をつけて「自分は悪くない」という方向に話を持っていくんですね。

例えば、机の角に腰のところをしたたかにぶつけたとしましょう。
ベラルーシ人が言いそうな言葉は「どうしてこんなところに机があるの!?」
つまり、机がここにあるのが悪い、という理屈です。
(もちろん、みんなじゃないですよ。「みんながみんな、そうゆう人ではない」という反論の仕方、僕、嫌いなんですよね。だって、そんなこと言ったら、何も自由に発言できないじゃないですか)
僕だったら、「もっと注意すればよかった」とか、「片付けておけばよかったな」と思うんですけど、皆さんはどうですか?

僕は学生達に森山直太郎の話をしました。
いつか「情熱大陸」で見たんですけど、彼がビデオクリップを作成したとき、一発勝負で撮影したんですね。
普通、ビデオクリップって、何回も何回も同じようなシーンを撮って、それを編集しまくって作るんです。
僕、こっちの歌手のビデオクリップに出演したことがあるので、よく知ってるんです(その話はまた今度)。
そのとき、森山直太郎は一ヶ所、声が裏返っちゃったんですよ。
でも、彼はそのまま修正しなかったんです。
彼は「これは自分に対する戒めだ」と言ってました。
つまり、失敗した自分も自分であり、これこそが自分の実力だ、今の自分に安住しないでもっと努力しなければならない、ということなんですね。
これって、すごいことだと思いませんか?
うちの学生のナージャちゃんも「いい考え方ですね」と言ってました(ナージャちゃん、読んでますか?)。

ベラルーシ人にはない発想ですよ。
失敗したら、必ず他に理由を探しますから。
どんなことがあっても、自分は悪くない、というスタンスです。

そして、今日のテーマ。
ベラルーシ人の女性は謝ることはほとんどありません。
これは僕の経験で、死ぬほどわかっていることです。
彼女とかとケンカしたとき、筋道を立てて説明するわけですよ。
「これはいけないことだろう」「いけないことをしたら謝るのが普通だろう」などといくら言っても効果はゼロ。
100%、彼女の側に否があっても、説得するだけ無駄。
意地でも謝らないという感じなのです。

あるとき、学生の女の子に「ベラルーシの女性は謝らない。つまり、悪いと思ってないからなのかなあ?」と聞いてみると、「いや、悪いとは思ってるんです。でも、謝ろうとは思わないです」
これはどうゆうことなんでしょうか?

プライドが高いということもあるかと思います。
それに、ヨーロッパはレディーファーストなど、女性を大事にするような文化がありますよね。
男性が謝るのはいいが、女性が謝るのはおかしい、という考え方があるのです。
ベロニカちゃんの話では、全く疑いを持つことはないぐらい普通の考え方だそうです。
そうゆうベロニカちゃんも18歳ぐらいになるまで、人に対して謝ったことはないのだとか。
っていうか、今聞いてびっくりなんですけど。
衝撃の事実!
ベロニカちゃんの話では「別に謝らなかったことで、困ることはなかったから」
うーん、どうなんでしょう・・・
今のベロニカちゃんは「悪いことをした」と思ったときには素直に謝りますが、時にものすごく意固地になってしまい、全く謝らないこともあります。
「悪いことをしたのは頭ではわかってるんだけど、カーッとなっちゃうと、謝れなくなっちゃうのよね」だって。

そうそう、こっちの女性って逆切れすること、多いですね。
「何でそんなことしたの!?」と言うと、女性のほうが「そうゆうあんたはどうなのよ?」
ああ言えば、こう言う、という感じです。
まあ、それって、ベラルーシに限ったことじゃないか・・・

「女性とケンカをしたとき、早くケンカを終わらせたければ、先に謝ったほうが得だ」という諺があるそうです。
女性とはケンカをしないのが、一番円満な方法のようです・・・

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2008年04月13日

今、「ミス・ベラルーシ2008」の予選をテレビでやっています。
毎週土曜日に各地方ごとの代表をきめる予選大会を放送してるんです。
国を挙げての行事ですからね、これは。
全国大会はさぞ盛大にやるんでしょう。

参加者を見ても、確かにきれいなんだけど、ピンとこない感じの子が多いですね。
前にも書きましたが、モデルの美しさと普段の美しさとは全然違うと思うんですよ。
それに、人間的にどうなのか、という視点はありませんからね(まあ、当然ですが)。

今、モギリョフ地方の代表が決まりました。
うーん、微妙・・・

今日も司会はジェーニャ・ブルコ。
彼は僕達の結婚式の取材に来た人なんですけど、すっかりビッグネームになってしまいました。
去年、映画の撮影に参加したとき、スタッフの人が「ブルコさんが君によろしくって言ってたよ」と伝えてくれました。
その映画には彼も出演していたのですが、撮影日が違ったんで会えなかったんですよね。
おぼえていてくれてるのは、うれしいですね。
ついでに、僕を「ミス・ベラルーシ」の審査員にしてくれないかなあ・・・

さあ、今日のテーマですが、「口パク」です。
日本ではよく「口パク疑惑」とか、話題になることがありますよね。
つまり、日本ではこれは「よくないこと」ととらえられているということですね。

なぜこんなテーマで書くのかというと、今見ていた「ミス・ベラルーシ」にはいろんな歌手が出演して、大会を盛り上げるのですが、ベラルーシの若手歌手があからさまに口パクで出ていたからです。
これは珍しいことでもなんでもなく、普通のこと。
ちゃんと歌っているほうが珍しいのです。
テレビでは普通でしょうね。
「ミス・ベラルーシ」に出ている歌手やグループは例外なく口パクです。

テレビで口パクなのは、みんな周知の事実。
「別に目くじら立てて怒ることはない」というのが一般の人の意見。
もちろん、それじゃダメだという人もいるんですよ。
でも、それをダメだと言ったら、テレビの画面からほとんどの歌手が消えてしまうでしょう。
ベラルーシのあるテレビ番組で「どうして口パクをするのか」という質問に、テレビ局の人が答えていたそうです。
「ベラルーシにはマイクをはじめとする機材のレベルが低く、ちゃんと音を拾うことができないから」というのが答え。
うーん、ベラルーシだったらあり得るのかなあ。

僕、自分の目で見たんですけど、ロシアの有名歌手がテレビの歌番組に出演したときのこと。
口パクなのかどうか、あまり気にしないで見ていたら、その歌手が歌の最中に盛り上がっちゃって、両手を挙げて観客の声援にこたえていました。
で、そのときに思いっきり歌のテキストが鳴り響いたんです。
つまり、マイクは頭上高くにあるのに歌っている、という状況。
笑うしかなかったですね。

コンサートも口パクが多いです。
ベラルーシに来たばかりの頃、コンサートのポスターを見たとき「живой звук(直訳すると「生音」という感じでしょうか)」と書いてあったのを見て、知り合いにその意味を聞いたところ「『ちゃんと歌っている』という意味だよ」。
???
最初、その説明が理解できなかったんですよ。
ちゃんと歌わなかったらコンサートじゃないじゃん!
コンサートなのに、歌わない歌手も多いんです。
ポップスはそうですね。
ロックに関しては、ほとんどの場合、ちゃんと歌っているそうです。

これはベラルーシに始まったことじゃなくて、ロシアでやっていることをベラルーシでもやっているだけです。
ロシアの歌手の中には、本当に歌わせると、とてもじゃないが聞けないようなレベルの歌手がごろごろしているようです。

でも、中にはちゃんと歌う人もいます。
去年の冬、うちのベロニカちゃんのお母さんに誕生日のプレゼントとして、彼女が大好きな歌手のコンサートのチケットをプレゼントしました。
歌手の名前はВалерий Леонтьев(ヴァレリー・レオンチエフ)。
ソビエト時代から活躍していて、60歳近いんですが、見た目はすごく若くて。
昔の西城秀樹や沢田研二をイメージしていただければ。
ベロニカママの世代にとっては超アイドルです。
そんなビッグネームがミンスクでコンサート。
ベロニカちゃんも一緒に行きました。
絶対、口パクだろうなって話をしてたんですよ。
で、コンサートが始まってすぐ、ベロニカちゃんからショートメール「レオンチエフ、口パクじゃなくて、ちゃんと歌ってるよ!」
それが相当うまかったらしくて(まあ、当たり前なんですけど)、しかも激しい踊りつきですからね。
ベロニカママも大感激でした。

そうそう、踊りと言えば、口パクをする理由として「踊りながら歌うのは無理」という意見をよく聞きます。
そんな人には日本の歌って踊れる歌手やグループの映像を見せるようにしています。
誰見せたっけ・・・よく憶えてないなあ・・・
安室奈美恵を見せたような・・・
みんなびっくりしてましたよ。

僕も歌って踊れる日本語教師をめざそう・・・かな?

akiravich at 04:35コメント(0)トラックバック(0) 

2008年03月31日

4ff0b746.JPG今日は天気が良かったので、うちの奥さん、ベロニカちゃんと散歩してみました。
うちから歩いて5分のベラルーシ国立図書館に入ってみました。
写真は図書館内部の入口付近です。

今日からサマータイム。
つまり、時計を一時間すすめなければならないのです。
明るいうちに仕事をして、夜は早く寝るようになるから、結果的に省エネにつながると言われています。
でも、生活リズムが狂うので、健康によくないという説もあります。

今日は9時に起きたのですが、サマータイムに入る前の時間で言うと8時なわけです。
つまり、一時間睡眠を強制的に減らされるということなのです。
でも、これって、貯金のようなもので、サマータイムが終わるときは、逆に一時間多く寝られる計算になります。

日曜日の朝はいつも家庭教師。
アーニャちゃん(15歳)のうちまで行って、日本語の授業です。
普段は学生には僕のうちに来てもらうんですが、彼女の場合はお母さんのお願いで、週に一度彼女のうちまで行って教えているんです。

実は昨日の夜、知り合いの映画監督にレストランに招待されて、アニメグループの授業が21時に終わった後に、ベロニカちゃんと出かけたんですよ。
その上、サマータイムで一時間、損してるし。
ちょっと眠かったです。

昨日の金髪の話の続き。
アーニャちゃんにその話をすると「私も子どものときは金髪だったんです」
今は普通の茶色の髪なんですけどね。
冗談で「それはつまり、アーニャさんは子どものときはバカだったんだけど、今は頭がよくなったということですか?」と聞くと、彼女は爆笑しながら「違います!」と答えていました。

この国って、こうゆう冗談通じちゃうんですよね。
こんなの、日本人に言ったら、一発で嫌われそうですけどね。
実際、こっちに住み始めてから、ベラルーシ人と話すペースで日本人と話して、すごく怒らせてしまったことあります。
学生達は「先生ははっきりものを言うし、冗談もどぎつくて、日本人らしくないですね」と言います。
友達の若手俳優からは「お前のユーモアのセンスは最高だ」とお墨付きを頂いています。

冗談の許容範囲って、どこまでがOKか、微妙ですよね。
日本人と話して感じるのは「日本人ってこんなに怒りっぽかったかな」ということです。
傷つきやすいというか。

そうそう、サマータイムの話でした。

そういえば、昔、変な時計を持ってたんですよ。
8年前、ベラルーシに来たとき、目覚まし時計がなかったので、ЦУМ(ツム)というデパートに買いに行ったんです。
小さい四角の時計で、目覚ましのメロディーがカチューシャというベタな時計。
で、うちへ帰って、早速使ってみたんだけど、時計がすぐ止まってしまう。
単三電池を入れたばかりなのに、どうしてだろうと、いろいろやってみたんですが、全然ダメで。

仕方なくデパートに持って行ったら、その謎が解けました。
というのは、電池は文字盤を照らす内蔵のランプのためのもので、時計そのものはねじを巻かないといけなかったのです!
ある意味、ハイブリッド。
電池入れるんだから、時計も電気で動かせばいいのに。
カルチャーショックでしたね。

そんなナイスな時計を作っているのが、ЛУЧ(ルチ)という時計会社です。
もともとはソビエト時代の「ミンスク時計工場」が前身です。
いろんなタイプの時計を作っているようです。
でも、今は輸入物の時計が人気で、ベラルーシ国産の時計を買う人はそんなにいないんじゃないかしら。
ある意味、珍しい時計ですよね。
変な時計や珍しいメーカーの時計を集めているマニアの人とかがいたら、ぜひお勧めしたいですね。

akiravich at 00:53コメント(2)トラックバック(0) 

2008年03月30日

今日の夕方、最高に馬鹿らしい番組を見ました。
タイトルは「50人の金髪女」というクイズ番組です。
内容はタイトルそのまんまで、50人の金髪女性がクイズに挑戦するというものです。

さあ、どうして、こんな番組が成り立つのか。
実は「金髪の女性は頭が悪い」とよく言われているからなのです。
ヨーロッパでは昔からよく言われているらしい(?)のです。
ベラルーシでも昔から言われていたのですが、ここ数年、金髪女性に関する冗談や小話を聞くことが非常に多くなったのです。

「金髪はバカ」だなんて、失礼な番組ですよね。
でも、出演していた女性たちは結構楽しんでいたようで。
これが日本やアメリカだったら、成立しない番組でしょうね。
差別がどうとか言って。
それって、受け取る側の方にも問題があるような気がするんですけど。
少なくとも、その番組では怒っている人はいなくて、みんなケラケラ笑ってました。

ミンスクの町を歩いていても、よく金髪の人を見かけます。
でも、本当の金髪なんて、ほとんどいないんですよね。
みんな、染めてるんですよ。
本当の金髪を見たことって、ほとんどありません。

そういえば、うちの2年生のカーチャちゃんは金髪だなあ。
すごいキンキラキンの金髪じゃないけど、栗毛っぽい金髪だなあ。
2年生の授業で「金髪がバカって本当?」って聞いたら、カーチャちゃんが「私、金髪なんですけど、どう思います?」って聞かれて、みんな爆笑していたことがあります。
彼女も特に怒ったりすることなく、笑いながらでしたけどね。
そう言われるのに、慣れている感じでした。
実際の彼女はがんばりやさんです。
すごくきれいなんだけど、やせていて。
折れそうなぐらい。

まあ、それはいいとして。

金髪やニセ金髪に関する小話(ロシア語で言うとアネクドートですね)はたくさんあります。
例えば・・・

夜、パリの川辺で、二人の金髪女が話していました。
「ロンドンと月、どっちが近いと思う?」
「そりゃあ、月に決まってるじゃない。月は見えるけど、ロンドンは見えないんだから」

でも、「金髪はバカ」というのはやっかみも入っている感じがします。
金髪が好きなのは、日本人の男だけではなく、ベラルーシ人の男もそうですし。
で、女の子達が金髪をバカにするのは、自分の髪が金髪じゃないからという説もあります。
じゃなかったら、わざわざ自分の髪を金髪に染めないでしょう。

ニセ金髪についても小話があります。
「最近、金髪女性の間で流行っているのは、髪の根元を黒く染めることだ」
つまり、ほとんどが偽者だということを言いたいわけです。

僕は一度、本物の金髪の女性とデートしたことがあります。
まあ、デートというか、知り合いが紹介してくれた女性だったのですが(独身時代ですよ!)、確かに金髪は金髪だったんですよ。
でも、髪がきれいならばいいというわけじゃありませんよね。
精神的に不安定な感じの人で、一緒に喫茶店に行ったのですが、周りの知らない人に話しかけたりして、僕が恐縮するというわけのわからない状況になってしまいました。
でも、彼女は頭よかったなあ。
頭よすぎて、ちょっと壊れちゃってる人っていますよね。
そんな感じでした。

金髪にもいろいろいるんでしょうね。
髪が美しいのはいいことですよ。
金髪じゃなくて、バカだったら、どうするんでしょう。
「栗毛はバカだ」とか、「赤毛はバカだ」とか言われないのは、逆にみんな金髪にあこがれている証拠なんじゃないでしょうかね。
髪の色で人を判断しちゃいけませんね!
おあとがよろしいようで(←よろしいのか!?)

でも、世の中って、ステレオタイプで成り立ってるって感じ、しません?

たぶん、日本人は染めた金髪と本物の金髪の見分けすらつかないんじゃないでしょうか。
根元を見てください! 根元を!
どうがんばっても、根元は隠し切れません。
まあ、見分けたところで、どうなるわけでもないですけど。

ちなみに、僕は赤毛の女性にはなぜか気に入られることが多いです。
うちの奥さんも赤毛だったんですよ。
で、最近、色が変わってきたんです。

そうそう、こっちの人って、年齢とともに髪の色が変わることがあるんですよね。
珍しいことじゃなくて。
僕の昔の学生でナースチャちゃんっていう子がいたんですけど、彼女の子どものときの写真を見てびっくり。
すごい超金髪で、今とは別人。
今は超赤毛だし。
本当に変わるらしいですよ。

ベラルーシで一番多いのは栗毛でしょうか。
本当は金髪もかなり多かったらしいのですが、いろんな血が混ざっていくうちに、少なくなったのでは、とはうちのベロニカちゃんの意見。
黒髪はいないです。
ベラルーシで見かけるとしたら、他の国の出身の人か、染めている人です。
染めていると不自然な黒色なので、すぐにわかります。
染めているのは普通の人もいますが、ヘビメタ系とか、悪魔崇拝の人たちが多いですね。
僕が道を歩いていたとき、すれ違いざまに「すっげえ黒い! うらやましい・・・」と、そっち系の人に言われた事があります。

「外国人=金髪」という風に考える人が多いのは、マリリン・モンローの影響かと思うんですが・・・

ちなみにベロニカちゃんの妹は美容師。
髪の色がオレンジ→赤→青→オレンジ、としょっちゅう変わります。
僕は彼女のキューティクルが心配です・・・

akiravich at 08:10コメント(2)トラックバック(0) 

2008年03月18日

101badf4.JPG昨日のパーティーの後で、料理が大量に残ってしまい、毎食ごとに食べすぎで苦しんでいます。
今日は朝の9時から個人レッスン。
4年生の女の子達の授業がキャンセルになったので、ゆっくりと昼寝。
それから、4つの授業。

今日のテーマはベラルーシの女性についてです。
よくベラルーシ人の女性は美しいということを言われますが、それは本当にそうだと思います。
写真は去年の9月、ミンスクのゴーリキー公園というところで町のお祭りがあったときに、折り紙コーナーを作らせてもらったときの写真です。
写っているのは近くにある言語大学の学生(日本語を勉強している学生ではありません)。
ごく普通の大学生です。
僕の目から見ると、すごくかわいい子たちに見えるのですが(うちのベロニカちゃんもそう言ってますし)。
まあ、僕はベラルーシにずっと住んでいて、目が美人になれているのですが、それでもかわいく見えます。
客観的には判断できなくなっているのかもしれませんが・・・

町で歩いている女性を見ていても、全体的なレベルが高いです。
日本のテレビ番組で美人が多い国として紹介されたようですね。
普通に町を歩いていても驚くほどの美人が多いです。
ベラルーシ人の男性が外国などに行くと、あまりにも美人が少ないことに驚き、ベラルーシに帰ってくると、美人が多いことにほっとするそうです。
僕はほとんど外国に出ることがないので、テレビなどでモスクワの町の中の映像などを見ると、ベラルーシのほうが上かなと正直思います。

ベラルーシの女の子達は自分が美しいことに誇りを持っています。
ある女の子は「美しさは私の最大の武器だから、安売りはしない」などと言っていました。
まあ、それは極端な例ですが、(いろんな意味で)自分の美しさを利用している子も多いですね。
その美しさにやられちゃってる日本人男性も見かけます。
中には大変高齢な日本人男性と20代の美しいベラルーシ人女性という組み合わせも見受けられます。
明らかにだまされちゃってる場合もありますよね。
ベラルーシ人女性は「富」を求め、日本人男性は「美」を求める。
ある意味、需要と供給が一致している感じなので、一概に悪いとは言えないと思いますが・・・

インターネットで検索すると、ベラルーシの美人についての意見などを読むことができます。
中には「ベラルーシ人はミス・ユニバースなど、世界のミスコンで優勝したことがない」ということが書いてありましたが、それはちょっと・・・(まあ、それはベラルーシ人が美人であることを否定しようとしていたのではないと思いますが)
だって、ミス・ユニバースで日本人が優勝したことがあるからといって、日本人みんなが美人ということにはなりませんよね。
モデルとしての美しさと人としての美しさって違うものだと思うんですけど。
ベラルーシにもすごくきれいなモデルさんとか、いますよ。
でも、それって、ベラルーシ全体の美人度を計る基準にはならないと思います。

そもそも、美しさって基準がないものだと思いません?
「誰が美しいかどうかを決めるのか」と言ったら、それは人が決めるのですから、すでに客観的ではありません。
人が見て、「きれいだな」と思ったら、それは「きれいな人」なのです。
美人かどうかっていうのは、多数決の論理ですよ。
その人を「美人だ」と言う人が多かったら、美人になってしまうんでしょうね。
「美」の基準って民族によっても違うし。

あんまり、難しく考えなくてもいいんじゃないでしょうかね。
とにかく、ベラルーシ人の女性はきれいなんです!
このテーマ、また続きを書きたいと思います。

akiravich at 06:43コメント(2)トラックバック(0) 
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