原発

2013年03月11日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日であの東日本大震災から2年が経ちました。
被災された皆様の中には未だに不自由な生活を余儀なくされている方々、悲しみに打ちひしがれている方々、様々な困難に直面されている方々などが多くおられることと思います。
皆様の一日も早い復興、一日も早く心安らかな生活を取り戻されることを心よりお祈り申し上げます。

失ったものは大きく、心の傷は深く、その深淵を覗き込もうとすれば、私には到底耐えられないほどの痛みが心の底から湧きあがってきます。
当事者でない私は想像することしかできませんが、自分の家族をあのような理不尽な災害で失うことは想像するだに恐ろしいことです。

人生には時が解決してくれるものと解決してくれないものがあるように思います。
復興しなければならないものの中には「心の復興」もあるように思うのです。

こんなことを書いていながら、自分は何もできていないことに歯がゆさを感じます。
私ができることは日本とベラルーシの橋渡し的な仕事だけなので・・・
私としては、ベラルーシでこれまで蓄積されてきた知識や経験が少しでも日本の、そして福島の復興に役立てばという気持ちでいます。

2012年3月11日からの震災後2年目は福島のことが頭から離れない一年でした。
通訳の仕事も非常に多く、4月の国会事故調の仕事を皮切りに、福井県議会、福島県議会、福島視察団と多くのチェルノブイリ関連の仕事をしてきました。
普段の生活の中でも、福島関連のニュースは必ず読むようにし、様々な資料に目を通しました。
それは仕事のためという側面はもちろんありますが、それ以上に一人の人間としてという意味合いも持っています。

外国に住んでいると、自分が日本人であることを強烈に意識する瞬間があります。
2011年3月11日から、私の心の中ではその瞬間が続いています。
もはや瞬間ではなく、持続した状態です。




ベラルーシのチェルノブイリ関係の省庁ではよく「もう復興の段階ではなく、発展の段階なのだ」という言い方をよく耳にします。
確かに、ベラルーシはすでに27年近く経っているだけあって、整っていますし、汚染地域の一般の人たちも放射能との「共存」に違和感を感じていないように見えます。

しかし、ベラルーシも事故当時は混乱を極めたのではないかと推測します。
「推測」と書いたのは、その当時の話というのがほとんど出てこないのです。
非常に大ざっぱな話として、「最初は手探り状態だった」という話が出てくる程度です。

今のベラルーシの現状と比べれば、福島の復興の道のりはまだまだ遠いのではないでしょうか。
まだ始まったばかりという感じがします。
気が遠くなるような道のりですが、前に歩いていくしかないのでしょう。




私は通訳という仕事で直接的に福島の方々のお手伝いをすることがあるわけですが、日本語教師としての仕事も非常に重要な意味を持つと考えています。
去年の11月、福島市からの視察団がベラルーシを訪れた際、私は4人の学生を同行させました。
彼らは福島市の方々との交流を通して、今の福島の現状を知ることができたと思います。
そして、彼らのような若い世代がこれからの日本とベラルーシの関係発展に努力していくのだろうと思います。

私は近いうちに大学で東日本大震災をテーマにした授業をしようと考えています。
次にいつか福島やその他の被災地の方がいらっしゃったときは、ぜひ大学に来ていただき、学生たちとお話していただけないかと考えています。
もしベラルーシにいらっしゃる方で、お時間を割いてくださる方がいらっしゃれば、ご連絡をいただければと思います。




私は大震災や福島原発のことを「伝える」ことは非常に重要だと思っています。
それは日本国内で情報を共有すること、正しい情報を伝えることはもちろんのことです。
そして、外国の人々にも知ってもらうことは重要な意義があるように思うのです。
私は大震災発生直後、ベラルーシの人々がどんなに心を痛めていたかを自分の目で見ました。
彼らの中ではチェルノブイリという同じ痛みを持つものとしての親近感を日本の人たちに感じているのです。
これから福島の復興にベラルーシの知識を役立てたいと考えいている以上、そのベラルーシの人たちに震災の当時の状況や福島の現状を伝えることは、義務ではないかと考えています。

これまでの福島関連の視察団はチェルノブイリ関係で日本で役立つ情報を集めることを主にやってきました。
しかし、「役に立つ情報をもらいました、はい、ありがとうございました」というだけでは、ベラルーシ人としても腑に落ちない部分があると思うのです。
これからはそれだけでなく、日本のこと、そして福島のことを伝えていくことも大事なのではないかと思います。
日本側の現状も伝えないで、「協力して欲しい」とだけお願いするのは虫が良すぎるように思うのです。
一方通行でない、本当の「交流」をしていかなければならないと思います。

ただ、中にはベラルーシの方たちに対して、プレゼンテーションをした日本の団体の方もいらっしゃいます。
相手は専門家の人が多かったのですが、彼らの反応は「そんなことは知っているから、早く質疑応答に移ろう」というものが多かったです。
彼らの反応はごもっともで、チェルノブイリのことを専門にしていたら、福島のことは当然注意して観察しているでしょう。
私がいろいろと伝えてほしいと思うのは一般のベラルーシ人に対して、ということです。

今、私が考えているのは、福島の方々と一緒にベラルーシで催し物が開けないかということです。
例えば、震災の状況を伝える写真展ですとか、福島原発の事故当時、そして現状を伝えるためのシンポジウムですとか。
何らかの形で実現できればと考えています。




私の通訳としての仕事は、コーディネーターとしての側面も持っています。
これまでの通訳の仕事を通じて、ベラルーシの様々な関係機関とのコネクションを構築することができました。
どこへ行けば、どのような情報が得られるのかというのは、ある程度把握しているつもりです。
日本人の方が欲しい情報は何なのか、行きたいところはどこなのか、という希望を聞いて、それを視察の日程に反映させることも私の仕事だと思っています。

日本の団体の方がいらっしゃった場合、訪問先は大体決まっています。
非常事態省や放射線学研究所などがスタンダードなところです。
多くの関係機関に私は知り合いがいますので、訪問時により建設的な話をするための段取りをするようにしています。

決まった訪問先を訪れるのもいいのですが、私としては一般の日本人の方がいらした場合は、一般のベラルーシ人の生の声を聞く機会をもっと作れないかと考えています。
私は一度だけ、実際に汚染地域に住んでいた方で、すでにミンスクに移住された方々のグループの通訳をしたことがあります。
それは政府の機関では聞けないような生の声でした。

それは「政府が情報を隠している」とか「政府の情報は間違っている」という意味ではもちろんありません。
政府機関の話では「移住した人々は住居も無償で提供され、雇用も保証されているので、みんな満足している」ということなのですが、それは正しい話です。
実際、移住者のグループの方たちも全員、政府がしてくれたことには満足しているという意見でした。

しかし、それは物質的な面であって、精神的には望郷の念を強く持っている人が多かったです。
中には涙を流している人もいました。
自分が生まれ育った町や村を捨てなければならなかったのですから、それは当然でしょう。

そのような痛みを持つベラルーシ人と日本人が精神的に共有できる部分はきっとあると思うのです。
何か痛みを持つ同士が助け合うことはきっと意味があると思うのです。
私の中ではまだ漠然としているのですが、何かできることがあるのではないかと考えています。




ベラルーシの「これまで」の経験を日本の復興に生かすことは非常に大事だと思います。
しかし、それにとどまらず、ベラルーシの「これから」と日本の「これから」をリンクさせていくような取り組みがこれから必要になってくるように思います。

遠いベラルーシという国にいて、自分ができること。
それはそんなに多くはないのかもしれませんが、少しでも日本の皆様のお役に立てればという想いがあります。
そして、ベラルーシと日本の関係が相互にとって有益なものになることを願っています。

akiravich at 23:10コメント(2)トラックバック(0) 

2012年12月25日

ご無沙汰しております。
はぐれミーシャです。

今日はカトリックのクリスマス。
国の祝日です。
珍しくうちでのんびりしています。

ちなみに、ベラルーシで一番優勢なのはロシア正教会で、住民の80%ぐらい。
カトリックの信者はそんなに多くないのです。
ロシア正教のクリスマスは1月7日です。

久しぶりのブログ更新。
本当はたくさん書きたいことがたまっているのですが。
例えば、日本旅行のまとめ(←自分のため)とか、普段の仕事のこととか。
でも、今日はちょっと我慢できないことがあったので、書いてみたいと思います。

先週の金曜日のこと。
その日はこのブログの訪問者数が急に跳ね上がりました。
例えば、テレビか何かでベラルーシが取り上げられたりすると、そういうことが起こります。
なので、どんな番組で取り上げられたのかなあと思い、「ベラルーシ」というキーワードに他の言葉を組み合わせて検索してみたんです。

すると、ベラルーシに関して、とんでもないことが書かれているのを目にしたのです。
チェルノブイリ事故で汚染されたベラルーシでは、5人に4人の子どもが何らかの病気に罹った状態で生まれてくる。

えっ? 何これ?
何かの冗談でしょ?

あまりにもびっくりしたので、いろいろ探してみました。
すると、出るわ出るわ。

・市民の寿命は、おそらく15年は縮められた。
・ベラルーシでは今、多くの人々が40代でこの世を去っている。


おいおい! 何なの、これ!?
っていうか、この情報源はどこなの?

夜の授業前の空き時間に見ていました。
しばらくすると、学生たちが入ってきたので、学生たちに話してみました。
学生たちの反応は「бред!!!(読み方はbred)」(←全員ほぼ同時に)
この言葉、直訳すると「たわごと」「荒唐無稽なこと」。

いやあ、あまりのひどさに私も学生たちも絶句しました。
だって、5人のうち4人が病気を持って生まれてくるなんて、そんなこと、あります?

うちの龍二くんはとても健康です。
生まれてきた子どもが病気だというのはあるとは思いますが、新生児の80%が病気というのはありえない数字です。
そのとき教室にいた学生の中に小児がんセンターで研究員をしている女の子がいるのですが、彼女も「ばからしい!」の一言。

ここで言うところの「病気」というのが何を指しているのかわからないですよね。
そういうおおざっぱな書き方というのはいかがなものかと。
ベラルーシ人の子どもはみんな病気なのかと思われてしまいますよ。

日本人の皆さんはどう思いますか?
例えば、福島の子どもたちについて同じようなことを書かれていたら、どう感じるのでしょうか?

でも、福島に限定するのもおかしいですね。
特に何も考えていない日本人からすれば「福島=あぶない」というイメージがあると思います。
しかし、去年ぐらいまでは外国人の間では「日本=あぶない」というイメージでしたから。
どこの大学でも留学生がどんどん自分の国へ帰っていったという話はよく聞きます。
今ではそこまでひどくはないかもしれませんが、私の学生の親御さんからは「今、うちの子どもを日本に留学させて大丈夫でしょうか?」と聞かれることはあります。
外国に住んでいる私から言わせれば、福島に対する風評被害だとか、福島の人への差別なんて、本当にバカらしくてしょうがないです。
福島の事故直後にあったのは日本全体に対する風評被害、「日本はあぶない」というイメージ。
同じ日本人が福島だけを切り離しているのは、日本の外側からみれば「бред」としか言いようがありません。

もう一度聞きます。
もし何の根拠もなく、外国のサイトに「日本では5人に4人の子どもが何らかの病気に罹った状態で生まれてくる」なんて、書かれていたらどう思います?
いい気分はしないはずです。

寿命に関しては、どういうデータを基にして15年という数字を割り出したのでしょうか?
WHOの2012年のデータでは男女では70歳、女性76歳、男性64歳となっています。
いろいろデータがあるので、ベラルーシ国内のデータだと違う数字が出てくる可能性はありますが、近い数字はよく聞きます。

時々聞くのは「ベラルーシの男性の平均寿命は60歳以下」という話。
これは根拠がどこにあるのかわかりませんが、実際にそうだとしてもそんなにはびっくりしないかも。
というのは、自分の周りでも50代で亡くなる人、結構多いんですよ。

こんなこと書くと、また誰か「チェルノブイリの影響だ」なんていう人が出てくるんだろうなあ。
何でもチェルノブイリのせいにする人、ベラルーシにはそんなにいませんよ。
一般のベラルーシ人に「どうしてベラルーシ人男性の平均寿命は短いの?」と聞くと、たいていの人は「お酒のせいでしょ」と言います。
私もそう思います。
本当によく飲むし、食べるし。

ベラルーシでは心臓の疾患で亡くなる人が多いです。
これまた「チェルノブイリの影響だ」なんて人が出てきそうだなあ。
確かに、放射性物質が心臓に影響する、という話はあるようですが、それだけではないはずです。
私は医者じゃありませんが、心臓の病気を引き起こす要因はたくさんあるはずです。

こんな話になったのでついでに書くと、ベラルーシは自殺が多いです。
ベラルーシ国内ではそういう話が出てくることは一切ありませんが、インターネットで出てくるデータだと世界トップクラス。

こんなこと書くと、「チェルノブイリの心的外傷が・・・」なんて言う人が出てくるんだろうなあ。
人が自殺する理由って、いろいろあると思うんですが、チェルノブイリの事故から26年経った今、チェルノブイリを理由にして自殺する人がいるのか、非常に疑問があります。

インターネットでこんなのも見ました。
家を失ったこと及び、放射線障害の恐怖から人々は心的外傷を受けた事が報告されている。死ぬ運命にあると信じている彼らの多くが、過度の飲酒と喫煙をしている。
あのー、たぶんこの世に生きている人間全員が死ぬ運命にあると思うんですけど。
心的外傷に関してはそうかもしれませんが、それによって飲酒と喫煙をしているわけではありません。
学生たちに言ったら、みんな爆笑。
「ただ単にベラルーシ人はお酒が好きだから」「チェルノブイリの事故があろうがなかろうが、ベラルーシ人はお酒を飲み続けるだろう」
私も同感です。

あともう一つ
ベラルーシは、子供の生存率が49.7とか9%になってる。
ここで言う「生存率」が何を意味しているのかがよくわからないです。
新生児のこと?
でも、これを真に受けたら、半分の子どもが死んでしまうっていうことですか?
ありえなーい!!!

一言言わせてください。
他のリスクを全く無視して、全てをチェルノブイリ、または放射能に結びつける傾向は非常に危険だと思います。
日本人の中にそういう方がいらっしゃるように思います。
何がチェルノブイリの影響で、何が他のものの影響なのかを見極めることが大事なのではないでしょうか。

実際、わからないことはとても多いんですよ。
前にも書きましたが、私の個人教室の学生で小児がんセンターで研究員をやっている女の子がいます。
彼女は分子生物学が専門で、遺伝子がどうこうとか、DNAがどうこう、という研究をしています。
彼女も血液関係の病気について「放射性物質が影響している可能性はあるけど、まだまだ証明されていないことが多いんです」と言っていました。

ベラルーシ南東部のゴメリという町にある放射線生物学研究所でも「低線量被爆の人体への影響というのはまだわからないことが多い」と言っていました。
それは長期的に調査していかないといけないからで、「正しく研究するには、26年では短すぎる」とのことでした。
その研究所は別にチェルノブイリに特化した機関ではなく、自然界にあるあらゆる有害なものを研究対象としていると言っていました。

汚染地域に住んでいるからと言って、すぐに病気になるとは限りません。
元気に暮らしている方もたくさんいらっしゃいます。
そして、非汚染地域に住んでいる方でも病気で亡くなる方はたくさんいらっしゃいます。

ただ、汚染地域に住んでいることによって、病気のリスクが高まるということはあるのでしょう。
私は医者じゃないですし、研究者でもありませんから正確なことはわかりませんが、リスクが高まる可能性があるということに関しては賛成です。
実際、病気によっては汚染地域における発病率が高いものもありますし。

こういう状況になると、極端なことを言う人が多くなると思うのです。
「解明されていること」と「解明されていないこと」ははっきりと区別するべきだと思います。
そして、全ての情報の中から「信じるに足るもの」と「信じるに値しないもの」を見極めることも重要だと思います。

偉そうなことを書いていますが、私にとってもそれは非常に難しいことです。
というか、ほとんど不可能に近いです。
でも、本当のことを知ろうとする努力は常に続けているつもりです。

ベラルーシに関しては「滅亡しつつある国」のような書き方をしているのもインターネットで見たことがあります。
っていうか、みんな生きてるし!
子どもたち、元気に外で遊んでるし!


私が心配しているのは福島が同じような状況にならないかということです。
根拠のない話、不安をあおるだけの話が広がってしまうような状況にならないかということ。
すでにそういう状況になりつつあるような印象があるのですが・・・

インターネットでベラルーシに関することを読んで、熱くなってしまいました。
あまりにもひどい内容だったので・・・


P.S.
私は1月に日本へ行きます。
非常に短期間の滞在です。
福島にも参ります。
福島の方々の前でお話しする機会を設けてもらえそうで、非常に楽しみです。
実際にベラルーシに住んで感じること、チェルノブイリに関することで私が知っていることをいろいろお話できればと思っています。

akiravich at 14:27コメント(10)トラックバック(0) 

2012年11月10日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日は日本の皆様へのメッセージを兼ねた記事になります。
以前から思っていたことがあり、それについて書いてみたいと思います。

今日、私は大学の元同僚で、今は通訳仲間とも言うべき男性に会って昼ごはんを食べました。
そのときに出てきた話は非常に興味深いものでした。

それは彼が通訳としてベラルーシ南部の小さい町を訪れたときのこと。
そこの役所の女性にひどくお叱りを受けたというのです。
その女性は私も何度かお会いしたことがあり、テレビのトークショーでもご一緒しましたし、通訳としても彼女のところを訪れました。
その方は立場的には副市長という非常に偉い方です。

それは通訳の彼が何か悪いことをしたということではありません。
副市長はその町を訪れる日本人に対して怒っていたのです。

ここまで聞いて、私はどうしてその女性が怒っているのかがすぐにわかりました。
実は私も通訳をしていたときに、同じような局面に出くわしているのです。
しかも、全く同じ町で、同じ女性に同じことを言われたのです。
私の話と元同僚の話は100%同じものなので、私が直面した状況についてお話したいと思います。

今年の冬、私は日本のテレビ局の人たちとその町を訪れました。
そのときはその町の農家を取材したりするのが目的でした。
しかし、その町を訪れた以上、役所を素通りするわけにはいきません。
私たちは予定に役所訪問を組み入れました。

ミンスクから車でその町に向かいました。
その車を運転していたのは私の元教え子で、今はある役所で働いている男の子。
彼は最初から非常に浮かない様子でした。
彼「その町の偉い人がものすごく怒っているんです・・・僕もその役所に行ったら怒られると思います」
私「何でその女性は怒っているの?」
彼「役所と関係がないところで、勝手に訪問先をセッティングしたからです」
私「でも、それは君の罪じゃないでしょ?」
彼「・・・」

その町での訪問先というのがその町の役所の希望とは合わないところだったようでした。
役所としてはここを見てほしい、あそこも見てほしいというところがあったのでしょう。
自分たちが知らないところで勝手にセッティングされて、「ここに行きますから」という予定表を提出されたのでは気分を害するのも無理はないかなとは思います。

そのセッティングをしたのは隣国の会社(←旅行会社のようなものかと思います)。
そのことに関しては、この記事の後半に書きます。

その役所の女性は私たち日本人には非常に親切に対応してくれました。
しかし、元教え子の彼は彼女の執務室にひとり残され、こってりしぼられていました。
彼「セッティングしたのは僕じゃないのに・・・」

日本人がベラルーシの町を訪れることによって、ベラルーシ人同士が関係を悪くしてしまうようなことが起こってしまうのは恥ずかしいことです。
もちろん、日本人には知る由もないことなのかもしれません。
だからこそ、私はここに書いて、ベラルーシを訪れようとしている皆さんに知ってもらいたいのです。

もう一つ、私の体験談を書きます。
それは今年の春、私が日本からのある代表団に同行したときのことです。

その人たちとゴメリ州保険局を訪れたときのこと(←ゴメリ州というのはベラルーシの南東部にあり、国内ではチェルノブイリの被害をもっとも受けている地域のことです)。
そこには何故か保険局とは直接関係がない役人が二人。
一人はチェルノブイリ関係部局の人、もう一人は州知事の側近。

彼らは何度も保険局の人の話をさえぎって、日本人に向かって自分たちが話したいことを話し始めました。
その内容というのは「どうして日本人たちは私たち州政府に連絡してこないんですか? 連絡してくれればいくらでもお手伝いできるのに」「日本人はどうして自分たちでセッティングするんですか? 何を知りたいのか教えてくれれば、私たちがセッティングしますよ」
簡単に言えば、日本人たちが自分たちの州に来て、自分たちの知らないところで勝手に行動していることに不満を持っていたのです。
私は全て通訳しましたが、代表団の人にはまるで関係がない話。
困惑するしかないような状況でした。

もちろん、ベラルーシ人側の「これを見せたい、あれを見せたい」という姿勢にもどうかと思うところはあります。
しかし、日本人が見たいところに行って、見たいものを見るという行動をとり続けることで、ベラルーシ人の気分を害していたら、日本人のイメージを悪くするだけだと思うのです。
基本的にはベラルーシ人側の好意で見せていただいているのですから。

そして、ベラルーシには日本とは違った国情があります。
メンタリティーも違います。
「郷に入れば郷に従え」じゃありませんが、ベラルーシに来る以上はベラルーシ人側の意向も汲み取り、そこに合わせる事も必要ではないかと思うのです。

私は別に全面的にベラルーシ人側の言うことを聞けと言いたいわけではありません。
日本人としては自分たちが希望するところに行きたいというのは当然のことです。
ベラルーシで得られる知識というのは日本の復興に役立てることができるかもしれないものなのですから、熱心になるのは当たり前のことです。

しかし、日本人がどんなに一生懸命であっても、ベラルーシ人が気分を害したらどうでしょうか。
ベラルーシ人が日本人に対して門戸を閉ざすことだってありえない話ではないと思うのです。

ここで私が書いている「ベラルーシ人」が具体的にどんな人たちを指しているのかは大体察しがつくかと思います。
しかし、そうではない一般の人たちからも不満は出ているのです。

これも最近聞いた話です。
震災後、日本人が田舎の小さい町や村の工場や農場、組合などを訪れることが多くなりました。
彼らが日本人に対する不満を漏らしているのです。

日本人が工場や農場などを訪れた場合、ベラルーシ人の担当者は自分の仕事をしないで、日本人に同行して説明をしたりもてなしたりします。
それは全て彼らの善意に基づいているものです。

しかし、それが短い時間に連続して起きたらどうでしょう。
彼らは自分の仕事時間を使って、違う言い方をすれば、自分たちの本来の仕事をほっぽりだして、日本人の世話をしているのです。
それは彼らにとっては何のメリットもないことです。
月に1回ぐらいならいざ知らず、それがもっと頻繁になると、彼らにとっては仕事が進まないし、歩合制の組織だったら収入に直接影響してしまいます。

ベラルーシ人たちは別に日本人に協力したくないと言っているわけではないのです。
あまりにも彼らの仕事に影響するようでは困るということなのです。

ちょっとイメージしていただきたいのですが、皆さんの職場にしょっちゅう見学者が訪れると考えてみてください。
もしかしたら見学者が訪れるのはうれしいことかもしれませんが、その数が多くて、通常業務に支障をきたすようになってしまったら、どうでしょうか。
まあ、特別に見学ツアーを設けて、見学担当の人たちがいるような大企業であれば別でしょうが。

私は思うのですが、もしベラルーシの会社や工場、農場などを訪れるのであれば、謝礼なり手土産なりを渡すべきではないでしょうか(←これはあくまでも私個人の意見です)。
そうすれば、ベラルーシ人側の気持ちもやわらぐと思うのです。
自分たちが得たい情報を得たからそれで満足というのでは、何の交流にもなりません。
ベラルーシ人にとってもメリットがある形にしなければ、本当の交流とは言えないと思うのです。

もちろん、物を渡すだけではなく、もっと深くそれらの組織とかかわっていくのもいい方法かと思います。
例えば、日本からの技術協力をするとか、お互いにメリットになるような情報交換をしていくとか、いろいろとやり方はあると思うのです。

ここで一言ことわっておきたいのですが、日本からベラルーシに来ている日本人全員の行動に問題があると言っている訳ではありません。
もちろん、中には私が指摘するまでもなく、ベラルーシ人と日本人双方にメリットがあるような交流をしている、またはしようとしてる団体もあることを私は知っています。

ここに書いた内容はある一つのケースについてだけです。
もしかしたら、日本人大歓迎という組織もあるかもしれません。
しかし、不満を持っている人たちがいるというのは事実なのです。

ベラルーシ人は今回の震災、ならびに福島原発の事故に非常に心を痛めています。
自分たちがチェルノブイリで苦しんだことで、ベラルーシ人は遠い日本での出来事をより身近に感じていると思います。
そして、彼らはチェルノブイリの被害にあったとき、日本が真っ先に援助の手を挙げてくれたことを忘れてはいません。
ベラルーシの省庁・役所に行っても、一般の人たちに聞いても、「日本の人たちにはいろいろと助けてもらった。だから、今度は私たちの番だ」ということを言う人が多いです。
その気持ちにうそは全くないと思います。
だからこそ、私はベラルーシ人と日本人がよりよい協力関係を結んでくれることを願ってやまないのです。

もう一つ、気になっていることがあります。
それは日本人がベラルーシを訪れるとき、他国の会社がベラルーシ国内でのアレンジなどを行っているケースが非常に多くなっていることです。
別にそんなのいいじゃないか、と思われる方もいるかもしれませんが・・・

他国の会社が日本人の訪問先をアレンジするときに問題が起こりやすいのです。
ベラルーシにはこの国独自の国情があります。
しかし、他の国の人たちにとってはそれほど関係ないのでしょう。
基本的に日本人が求めるようなところに行けるようにセッティングをするのは正しいと言えます。
しかし、そのことによって誰かが気分を害し、そのことが今後の日本人によるベラルーシ訪問に影響を及ぼすとしたらどうでしょう。

ベラルーシ人に納得してもらった上で、日本人が本当に行きたい所に行ける様にするのがベストなやり方ですよね。
もちろん、双方が満足するような着地点を見出せないこともあるかもしれませんが、国情に配慮した上でアレンジができるのは、やはりベラルーシ国内の業者だと思うのです。

私は単純にベラルーシのことはベラルーシ人がやるべきだという考えを持っています。
ベラルーシ人は割と引っ込み思案なところがあり、隣国の人たちと比べても商売上手とは言えない部分があると思います。
ベラルーシの旅行会社などの業者がもっと日本へアピールすればいいのでしょうが、そういうことをほとんどしていないのも今の状態になっている原因の一つだと思います。
もちろん、ベラルーシの旅行会社もさまざまなアレンジができます。
日本人の方たちに知られていないということが問題なのでしょう。

今回の記事を読まれて、私の意見が非常にベラルーシ人寄りだと思われたかもしれません。
しかし、ベラルーシに配慮することで、日本とベラルーシの関係がもっとよくなっていくのではないかと思うのです。

ベラルーシを訪れる日本人は非常に多くなっています。
これからいろんな面で、両国の交流は深まっていくと思います。
だからこそ、私はこの記事に書いたようなことを日本人の皆様に知っておいていただきたいと思ったのです。

私としては言葉を選んで、どこにも迷惑がかからないように、そして気分を害される方がいらっしゃらないように書いたつもりです。
もし気分を害された方がいらっしゃったら、ご容赦ください。

皆様のご意見などをコメント欄に書いていただければ幸いです。
いろいろと偉そうに書きましたが、私自身もわからないことが非常に多いのです。
自分の心の中も頭の中も整理し切れていない部分があると思います。
日本の皆様の意見も聞くことができれば、私としては非常にありがたいです。

普通にコメントしていただいた場合は、ブログに不適切な表現や個人的なことが書かれていない限り、公開させていただきます。
コメント欄に「私信」と書いていただければ、ブログ上では公開しません。
その場合は私以外の人間が読むことは一切ありません。
もしメールアドレスを書いていただければ、私のほうからメールでお返事を差し上げます(←もちろん、メールアドレスも私以外の人間に伝わることは絶対にありません)。

チェルノブイリ関係に限らず、ベラルーシに関することでご質問などがある場合は、遠慮なくこのブログのコメント欄にお書きください。
少しでもベラルーシと日本の関係発展のお役に立てればうれしいです!!!


*追記 (2012年11月14日)
ここにはベラルーシの旅行会社などの情報は詳しくは載せてはいません。
このブログはベラルーシ人の中にも読んでいる方がいます(←Google翻訳などを使用して)。
私が特定の業者を推薦するような形で書くと角が立つようなところがあるので載せていないのです。

もしベラルーシに行きたいと考えておられる方でサポートが必要な方がおられましたら、このブログのコメント欄に「私信」と書いた上でご連絡ください。
その場合はメールアドレスの記入もお忘れなく。

akiravich at 02:12コメント(17)トラックバック(0) 
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