地方都市

2009年09月16日

おはようございます。
昨日はブログの更新を休んでしまいました。
かなり激しく疲れていたので。

というのも、朝の10時半に家庭教師をやって、最後の授業が終わったのが、夜の10時半。
かなりのハードスケジュールだったんです。

昨日はお休み。
私は毎週火曜日は休みになっています。
土日はアニメおたくのグループがあるので、全く休めないんです。

私の場合、お休みと言っても、いろんな人に会ったり、いろんな所へ行ったりしなければならないので、純粋な休みにはならないというのが普通。
でも、これじゃあいかんなあ、と思うんですよ。
休みの日ぐらい、自分のために時間を使わないと、精神的にももたないと思うんですね。

なので、昨日の休みは自分のために使ってみました!!!

そんなわけで、ミンスクから車で1時間20分のところにある、マラジェチノ市に行ってきました!
マラジェチノは私の生徒で、現在神戸大学に留学中のS君の故郷。
彼の母校で折り紙教室をしたのです。

これは私の趣味の一つ。
子どもたちに折り紙を教えるんです。
以前は一ヶ月に1〜3回、病院や学校に行ってやっていましたが、ここ数年は回数もめっきり減っていました。
去年なんか、一年間で一回しかやっていませんから、とても寂しい想いをしていたのです(←そのときの話は2008年11月6日「久々の折り紙教室!」を御覧ください)。

この折り紙教室ではお金は一銭ももらいません。
私がそうしているのです。
地方都市に行くときも交通費や宿泊費は自分で払います。
だって、これは私の純粋な趣味ですから。

これは断じてボランティアではありません。
これまでも何度か書いていますが、私はボランティアという言葉はあまり好きではないのです。
「子どものため」なんかじゃなくて、「自分のため」です。
そもそも「〜のため」という言葉自体がうそくさくて、あまり好きじゃないんです。

このことについての考え方はここでは書ききれないので、近いうちにまとめてみたいと思います。

実は今回行った学校には2年前にも行ったことがあります。
非常に礼儀正しい生徒たちで、とても楽しかった印象が残っています。
そのときの話は2009年1月11日「そうだ 地方都市へ行こう!」に少し書いてあります。

朝10時に地下鉄プーシキンスカヤ駅を出発。
大きいワゴン車は14人乗り。
旧ソ連圏に在住したことがある人にはおなじみのマルシュルートカです
料金は6000ルーブル(約200円)。

マラジェチノに着いたのは、11時20分。
運転手が言ったとおり、きっかり1時間20分で着きました。
駅に出迎えに来てくれたS君。
今は夏休みで帰ってきています(←日本の大学って、9月に夏休みのところが多いんですかね? 夏じゃないし)。

S君のお父さんが車と運転手を用意してくれたので、学校までは楽々で移動。
まあ、歩いても大した距離ではないのですが。

P9151286学校に到着!
懐かしい!
2年前の記憶がよみがえります。
あのときは真冬ですごく寒かったんですよね。
ベラルーシの学校って、似たような外観が多いです。

まずは校長室へ。
2年前は出張中で会えなかったんです。

校長先生は女性。
ベラルーシの学校では女性の校長が多いです。
折り紙を教えにいろんな学校へ行きましたが、男性の校長には一度しか会ったことがありません。

校長先生は超親日家。
というのは、1993年に一度日本へ行ったことがあるからです。
なんでも、日本からの招待で、世界中から来た教育関係者の集まりに行ったんですって。
そのときの話をたくさん聞かせてもらいました。

そして、8年生の教室へ!
8年生ということは14歳ぐらいの子どもたち。
「ぐらい」と書いたのは、ベラルーシでは学校に入学する年齢がまちまちだからです。

今までの経験から行くと、7、8年生の子どもはとても騒がしくて、コントロールが難しいことが多いのですが、ここの子どもたちはとても静かで穏やか。
いつもだったら、質問攻めにあうのに、私の話を楽しそうに聞くだけで、向こうからは何も言ってきません。
折り紙が中心ですが、日本についていろいろなことを話すのが私のスタイルなので、何を話そうかと考えながら授業を進めました。

最初に自己紹介。
ここで子どもたちの反応を見ます。

そして、日本語の勉強。
「こんにちは」「ありがとう」などの簡単なフレーズがプリントしてある小さい紙を渡して、みんなで発音してみます。

それから、黒板に漢字を書いて、その意味を当ててもらいます。
例えば「山」という漢字。
「この漢字はどういう意味だと思いますか? 何に似ているか考えればわかりますよ」
これも結構盛り上がります。
例えば、子どもが「家!」と答えた場合は、「えっ? 君のうちはこんなうちなの? 屋根がないの?」と切り返したり。

そして、折り紙。
教えるのは鶴。
授業の時間が45分と短いので、他のまでは手が回りません。

昨日の子どもたちはさすがに8年生だけあって、スムースに鶴を作っていました。
なかなかあそこまですんなり出来る子どもたちというのも珍しいんですよ。
時間が10分も余るというのは、初めてのケースです。

P9151288みんなで記念撮影。
時間が余った分、余裕を持って出来ました。

最後に必ず全員の名前を日本語で書いてあげます。
私の名前も書きます。
中には家族全員の名前を頼んでくる生徒もいて、なかなか大変ですが、子どもたちがうれしそうにしているのを見ると、私もうれしくなります。

教室を出るときは、みんな覚えたての日本語で「ありがとう!」「さようなら」と言ってくれます。

また校長室へ。
すると、校長先生が「じゃあ、次は3年生ね」
えーっ!
それは困った。

実は折り紙教室をするときは「5年生以上でお願いします」とお願いするようにしているのです。
というのは、小さい子どもになると、全く折れない子どもが出てきてしまい、最初から最後まで私がやる羽目になったりすることがあるのです。
まあ、私が作ること自体はいいのですが、それを子どもみんなにやっていたら、授業の時間内には終わらなくなってしまいます。

校長先生にも電話で話したとき、そう言ったのに・・・
3年生は厳しいなあ・・・

3年生の教室に入ると、みんなちっちゃくてかわいい!
本当にちっちゃいんです。

8年生とは違って、3年生のノリは完全に子どものそれ。
なので、私もノリノリで話を進めていきます。
一番やりやすいリアクションです。

日本語の発音も楽しそうにしてくれて。
漢字当てゲームでも珍答が続出。
笑いが止まりませんでした。

しかし、やはり折鶴は難しかったようで。
半数以上の子が自分では作れず、私やS君が教室内を走り回って作ってあげることになりました。

案の定、授業時間内には終わらず。
担任の先生はとても優しい人で、「どうぞ。最後までやってください」と言っていたのですが、そこに次の授業の英語の先生が登場。
「今、何時だと思っているの! 早く英語の教室に行きなさい!」
非常に冷たい感じの怖い女性でした。
担任の説明にも耳を貸さず、私のほうを見ようともしない。
子どもたちは何とか最後まで鶴を作り、英語の教室へと走っていきました。
写真撮れなくて、残念だったなあ。
楽しい子どもたちでした。

P9151291最後に校長先生と記念撮影。
バックにある掛け軸は私がプレゼントしたものです。
校長先生は最後までうれしそうに日本の話をしてくれました。
「また来てください」
また行きたいです!

さて。
そこからはフリー。
休みなので、すぐに帰るのももったいない。
ということで、S君にいろいろと町を案内してもらうことに。

まずは腹ごしらえ、ということで、行ったのは「キャラバン」というレストラン。
異常に愛想の悪いウエイトレスにもめげずに料理を注文。
田舎のレストランにしては値段が高いので、もしかしたら高級店なのかもしれません。

P9151294店内は典型的なベラルーシのレストラン。
何の特徴もありません。
BGMもばかげたポップス音楽。
まあ、これは仕方がないかな。

二年前もここで食事をしたのですが、まあまあおいしかったんですよね。
なので、料理に期待!


P9151297P9151300左は「豚肉とキノコのサラダ」です。
まあ、普通かな。
お腹空いてたから、結構おいしく感じましたが。

右は「キエフ風カツレツ」。
ロシア料理店なんかに行くとありますよね。
鳥の胸肉を開いて、中にバターを仕込んだやつです。
ナイフを入れると、バターが出てくる!
その瞬間だけが楽しかったです。

付けあわせが野菜なのですが、左のほうに黒い物体がありますよね。
あれは昆布。
昆布のサラダはよくこちらで食べるのですが、私は食べられません。
昆布自体が苦手ということもありますが、味付けがヤバイ。
昆布以外はまあまあおいしくいただきました。

そこで、S君から「動物を見たいですか?」という提案が。
何でもお父さんの知り合いがやっている会社に熊や鹿がいるんだそうです。
何か状況がいまいちつかめませんでしたが、行ってみることに。
マラジェチノ市内から車で約15分。
田舎のでこぼこ道を走るので、ちょっと車酔いしました。

P9151346着いたのは集団農場のようなところ。
働いている人からも変な目で見られるし、たくさんいる番犬からはめちゃめちゃ吼えられるし。
何かコルホーズみたい。

ベラルーシにはまだコルホーズが存在します。
形だけじゃなくて、ちゃんと機能しています。
驚きです。

P9151301全くの森の中です。
周りには人家も何もありません。

何でもここは国営企業の持ち物なのだそうで。
普通は許可がないと入れないのだそうですが、S君のお父さんがここの社長と知り合いなので、すぐに電話して許可をもらったのだとか。


P9151308しばらく歩くと、動物の檻が。
これはオオカミです。
メスです。
大きいんですよ。
ベラルーシにはかなり野生のオオカミが住んでいます。
怖いですね。





P9151304これはタヌキ。
暗い写真ですみません。
タヌキの家族ですかね。
折り重なっているのがおかしかったです。







P9151313これは熊。
二匹が一緒の檻に入っていました。
ずっと動き回って、何か言いたそうなんですよ。
私、動物園とか行っても、動物がかわいそうとかは思わないんですけど、これはちょっとかわいそうだったなあ。

それにしても、何か腑に落ちない。
小さな動物園みたいなのに、普通の人は立ち入り禁止。
じゃあ、何でこんな動物たちを飼ってるんだろう?


P9151324イノシシは檻の中ではなく、柵で囲ってある森にいました。
いつもだと家族みんなでいるらしいのですが、この日はお父さんイノシシだけ。

ちなみにイノシシはロシア語で「カバン(кабан)」と言います。
1年生の授業で「かばん」という言葉を教えるとみんな爆笑します。



P9151334エミューもいました。
何か人懐っこいみたいで、私たちが近づくとむこうから寄ってきました。
3匹いたのですが、かわいいですね。

動物はかわいいんですが、なんか変な感じです。
動物園でもないのに、こんなに動物がいるなんて。
子どもなんかが見たら大喜びだと思うんですけどね。


P9151347湖のほうへ行ってみました。
ロシア語で「ようこそ!」と書いてあるのに、許可がないと入れないっていうのも・・・









P9151348きれいですよね。
最高の天気です。
ベラルーシの秋は雨がちの天気が多いのですが、昨日は最高の秋晴れでした。
湖面に映った雲がいい感じです。







P9151355湖のほとりで休んでいるヤギです。
アップで写真を撮ろうとしたら、雄ヤギが怒って、威嚇してきました。
優しそうに見えますが、結構攻撃力があるそうです。
二人で仲良く日向ぼっこしてたのを、人間に邪魔されちゃったんですね。
すみません。





P9151353アヒルたちもいました。
アヒルが騒ぎ出したので何でだろうと思ったら、私たちが近づいていったからなんですね。
声が結構、鬼気迫るものになっていったので、わかりました。
S君いわく「アヒルが攻撃してくると、結構痛いんですよ」




P9151356車でマラジェチノ市内に戻りました。
町を歩いてみようと思ったのですが、何にも面白いものがない。
これは町の中心の広場なのですが、何にもない、ただの広場。
典型的なベラルーシの地方都市です。




P9151358レーニンが立っているのもお約束。
ベラルーシの町にはどこに行ってもレーニンが立っています。
立っていない町へ行ったことがありません。

見るものがないので、S君の自宅へ!




P9151362一戸建てですよ!
こりゃあ、すごい。
2年前にも来たのですが、改めてみるとかなりの家です。

ベラルーシの都市部ではマンションに住むのが普通。
最近はミンスク郊外に一戸建てを建てる人も増えていますが、まだ少数派です。

S君のお母さんといろいろと話しました。
あんなことやこんなこと。
世間話です。

P9151364P9151366庭にはS君のお母さんが育てている花がたくさん。
ガーデニングが趣味だそうで。
右側の植物、何だろう?
S君の家族も名前がわからないそうです。

P9151371これも庭に生えているブラックベリー。
こうやってなっているんですね。
最近、市場で売っているのを見て買ったんですが。
そのときはあんまりおいしいとは思わなかったんです(←その話は2009年8月23日「メロンでラグビー?」を御覧ください)。



P9151369食べてみたのですが・・・これが最高においしい!
本当のはこんな味なんだ!
甘みと酸味のバランスが良くて。
思いっきり食べました。
大きくて、真っ黒いのがおいしかったです。
ところどころ赤いところがあるのは酸っぱすぎてあまりおいしくないです。
感動的なおいしさでした。

P9151372こんなのもありました。
ここでバーベキューなんかするんですよね。
いいなあ。
私はこの夏、炭火に目覚めていますから。
焼きたい!(←「食べたい」ではない・・・)


S君のお母さんに車でバスターミナルまで送ってもらってさようなら。
本当にお世話になりました。
マラジェチノへ行くたびに、すごくお世話になっています。

帰りはマルシュルートカが出発したばかりで待ち時間が長くなりそうだったのですが、タクシーの運転手が「ミンスクに行くけど、7000ルーブルでどうだ?」と聞いてきたので、それで帰ることに。
他の人たちと相乗りです。
4人乗せて行きたいので、ミンスクへ行く人を探したのですが、私も含めて3人しか見つからず、そのまま出発。
私にとっては座席もゆったりで快適でした。

それにしても、7000ルーブルって、元がとれないんじゃないかなあ・・・
1時間20分かかるんですよ。
ガソリン代だけで足が出ちゃいそうな気が・・・

うちに帰ってきたのは21時。
疲れた!
でも、子どもたちからパワーをもらってきましたから!
また折り紙を教えに行こう!

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2009年05月06日

昨日まで、ヴィテプスクという町を3回にわたって御紹介しました。
いかがでしたか?
シャガールの生まれ故郷だというのに、日本での知名度は低い町ですよね。

でも、ヴィテプスクの町を歩いていると、シャガールの絵に出てきそうな景色がたくさんあるんですよ。
ヴィテプスクには特に観光の名所があるわけでもないんですが、シャガールの絵の中に迷い込んだかのような錯覚を覚えてしまいます。
町を歩いているだけで、私なんかは満足しますね。

しかし。
ベラルーシ人に「シャガールは好きですか?」と聞くと、「好きじゃない」という答えが返ってくることが非常に多いんですよ。
何故なんでしょう?
シャガールの生まれ故郷なのに。
私が質問したベラルーシ人の中で「シャガールが好きだ」と答えた人は、2人しかいません。

自分の国では評価が低いということ、時々ありますよね。
北野武も日本よりも海外で評価されているということをよく耳にします。

ベラルーシではレーピンやシーシキンなどのリアリズムの作風の画家が好まれるようです。
好みが保守的ということがあるのでしょうか。
前衛的なもの、現代的なものは好まれない傾向を強く感じます。

それはおそらくソビエト時代の芸術政策がいまだに影響しているのではないかと思われます。
当時はロシアのクラシックな絵画やオランダの絵画など、リアリズムばかりが歓迎されたそうです。
それ以外の前衛的なものは民衆の害となるものだという発想だったんですね。

ソビエト時代のベラルーシでは、一般大衆にはシャガールの存在自体が知られていなかったそうです。
まあ、ソビエト時代、シャガールの絵はベラルーシに一枚もなかったそうですから、知らないのも当然でしょうが。

カンディンスキーのことも知られていなかったようですし。
マレーヴィッチにいたっては、「黒い正方形」の存在以外は知られていませんでした。
今でも、「黒い正方形」に関してはバカにした様な態度をとる人が多いです。
「あんなの芸術じゃない!」「あんなの誰でも描ける」という言い方をする人が多いんですよ。
ちなみに「黒い正方形」、私は大好きです。

そんなベラルーシ人に「好きな画家は誰ですか?」と聞くと、多くの学生、特に女子学生が挙げるのがサルバドール・ダリ。
なぜそんなに人気があるのかわからないほど、ダリの名前を挙げる人は多いです。

そういえば、二年前にヴィテプスクに行ったとき、ヴィテプスクの人に「シャガールは好きですか?」と聞いても、「あまり好きじゃない」という答えばかりだったなあ。

日本の美術館に行くと、シャガールの絵を目にする機会は多いですよね。
日本に帰ったら、美術館に行こうかな。
シャガールの故郷に住んでいるのに、日本へ行ってシャガールの絵を見るというのも・・・

akiravich at 06:55コメント(4)トラックバック(0) 

2009年05月05日

今日もベラルーシ北東部に位置する町、ヴィテプスクを御紹介いたします。

今日はヴィテプスクの町の基本的な情報や歴史について書きたいと思います。

ベラルーシは6つの地方に分かれています。
ミンスク地方
グロドノ地方
ブレスト地方
ゴメリ地方
モギリョフ地方
ヴィテプスク地方
そのヴィテプスク地方の中心都市がヴィテプスクになります。
人口は約34万人です。

ヴィテプスクと言えば、国際芸術祭「スラヴャンスキー・バザール」が有名です。
1992年にスタートしたスラヴャンスキー・バザールにはベラルーシ、ロシア、ウクライナのミュージシャンを始めとして、世界各国から参加者が集まってきます。
今年は7月8日から17日にかけて開催されます。
音楽のジャンルとしては、歌謡曲・ポップスが中心なのですが、ジャズの演奏家も出演しています。
演劇や映画の上映もあったりとバラエティーに富んだ芸術祭です。

ちなみに、去年の参加者は・・・
ロシア人歌手では・・・
Иосиф Кобзон ヨシフ・コブゾン(←ロシア歌謡界の重鎮)
Олег Газманов オレグ・ガズマノフ(←年をとっても元気印なロシアの松○しげる的存在)
Дима Билан ジーマ・ビラン(←「ユーロヴィジョン2008」というヨーロッパの音楽コンクールの優勝者。歌唱力はなかなかのものがあります)
Надежда Бабкина ナジェージダ・バプキナ(←ロシア民謡専門)
Максим Галкин マクシム・ガールキン(←歌手じゃないけど、ロシアで物まねと言えばこの人)
Блестящие ブレスチャシエ(←セクシー美女4人組。私は結構好き)
Сливки スリーフキ(←これも美女三人組。ボーカルの女の子は綺麗なだけじゃなくて、歌もうまい。ボーカル以外はメンバーが時々代わる)

ベラルーシ人歌手は・・・
Ирина Дорофеева イリーナ・ドロフェエヴァ(←ベラルーシを代表する女性歌手。政府のポスターなどにも登場してます)
Инна Афанасьева インナ・アファナシエヴァ(←これまたベラルーシの有名女性歌手。映画の撮影で一緒になったことあります)
Наталья Подольская ナターリヤ・ポドリスカヤ(←歌はよくわかりませんが、とにかく綺麗な女性)
Ксения Ситник クセーニヤ・スィトニク(←まだ14歳の女の子。「ジュニアユーロヴィジョン」の優勝者)
Ядвига Поплавская и Александр Тиханович ヤドヴィガ・ポプラフスカヤとアレクサンドル・チハノヴィッチ(←この二人がいないとベラルーシの音楽シーンは始まらない! 80年代からベラルーシの歌謡界をリードしてきた超有名な夫婦デュオ。うちの近くのスーパーで時々見かけます)

日本人の歌手がスラヴャンスキー・バザールに参加したという話は、私は聞いたことがありません。
日本人の歌手が来たらかなり話題になるんでしょうね。
そんな日が来るといいなあ。

このスラヴャンスキー・バザールの枠の中で、音楽コンクールも催されます。
参加できるのは、すでに演奏活動を行っている歌手に限られているようです。
コンクールの目的は「若い才能の発掘と育成」、「国際交流」などです。
参加条件の年齢のところには「18歳から35歳まで」とあります。
同時に子供部門のコンクールも行われます。
今年の募集は既に終わっていますので、来年、もし挑戦したい方がいたら、ぜひ!

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ヴィテプスクは「芸術家の町」としても知られています。
あのマルク・シャガールの故郷はヴィテプスクです。
シャガールのことについては、2日前の記事も御覧ください。
シャガールはある年を最後にヴィテプスクを訪れることはなかったのですが、いつも故郷のことを思い、ヴィテプスクの町を愛し続けていたと言われています。

もう一人、ヴィテプスク出身の芸術家としてはオシップ・ザッキン(1890−1967)という画家・彫刻家が挙げられます。
ザッキンは15歳からイギリスに移り住んでいるので、どの程度ヴィテプスクと関係があるのかはわからないのですが。
パリに移り住んでからはピカソやモディリアーニ、藤田嗣治たちと知り合い、精力的に制作活動を行っています。
残念ながら、ヴィテプスクにザッキンにゆかりの場所などは、特にないようです。

あと、もう一人、ヴィテプスク出身ではないのですが、非常にゆかりのある人がいます。
それは「黒の正方形」で有名なカジミール・マレーヴィッチです。
1919年から1922年まで、ヴィテプスクの美術学校で教鞭をとっていました。
その美術学校はあのシャガールと共に立ち上げたものです。
つまり、シャガールとマレーヴィッチは同僚だったんですね。
「今、その学校はヴィテプスク現代美術館になっている」といろいろなサイトで見たのですが、ヴィテプスク市のオフィシャルサイトには掲載されていません。
その美術館があるのなら、ぜひ訪れてみたいのですが・・・

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町の主力産業は機械・金属加工業、木材加工業、電子産業、軽工業、食品加工業などで、企業の数は55にのぼります。
ヴィテプスクで生産されているものを挙げると、金属加工用旋盤、木材加工用旋盤、煉瓦、布地、絨毯、靴、テレビ、時計、靴下・ストッキング、家具などなど。

ヴィテプスクと言えば、すぐに思い浮かぶのはテレビ製造会社の「Vityas」(ヴィチャス)です。
私のテレビはずっとこの会社のだったんですよ。
会社の創業は1976年です。
ベラルーシのテレビ会社といえば、この「Vityas」と「Horizont」の二つの企業に代表されます。
興味のある方はVityasのオフィシャルサイト(←英語版)を御覧ください。

もう一つ、パッと頭に浮かぶのはお菓子会社の「Витьба」(ヴィチバ)です。
ここのウェハース、よく食べてます。
ロシア語しかありませんが、ヴィチバのオフィシャルサイトもあります。

ヴィテプスク市のオフィシャルサイトによると、海外からの投資を増やすことにも力を入れているそうです。

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ヴィテプスクの情報、より詳しい情報が必要な方はヴィテプスク市のオフィシャルサイトを御覧ください(←英語です)。

これからも様々なベラルーシの地方都市を取り上げていきたいと思います。

akiravich at 06:39コメント(0)トラックバック(0) 

2009年05月04日

P7060660今日もベラルーシ北東部に位置する町、ヴィテプスクを御紹介したいと思います。

今日、御紹介するところは地元のヴィテプスク市民も行ったことがない人が多い観光地です。
それはロシアの画家、イリヤ・レーピンが夏をすごした別荘です。

そもそも、「レーピンって誰?」と思った方が多いかと思います。
この人は1844年生まれで、1930年に没した、ロシア帝国時代の超有名な画家です。
ベラルーシ人に「ロシアで一番有名な画家は誰?」と聞くと、ほとんどの人が「レーピン」と答えます。
おそらく、ロシア人もそうではないでしょうか。

詳しくはウィキペディアなどで調べればわかります。
いろんなサイトで絵も見れますよ。
有名なのは「ヴォルガの船曳」とか、「イワン雷帝と皇子イワン」と言った絵画でしょうね。
ロシア語を勉強した人なら一度は目にしたことがあるかと思います。

この博物館、ヴィテプスク市内から北へ16キロのところにあります。
普通のバスでも行けるようですが、車をチャーターして行くことをお勧めします。
周りには何もないようなところなので、たどり着けたとしても帰れるかどうか怪しいので。

P7060684場所の名前は「イリヤ・レーピン別荘博物館」とでも訳せばいいでしょうか。
場所の名前はZDRAVNYOVO。
駐車場に立っているこの看板には、この別荘がレーピンが1892年から1900年にかけて夏を過ごしたと書かれています。

P7060655メインの建物はこんな感じ。
正直に言って、当時の面影というものはあまり感じられません。
全て復元したものに見えます。
ベラルーシではこの手の建物、多いんですよ。
戦争でかなりひどくやられた国なので。
まあ、きれいといえばきれいかな、という感じの建物です。

P7060664P7060662P7060663中に入ると、いろんなものが置いてありますが、全体的に殺風景な感じは否めません。
生活の匂いがしないんですよ。
シャガールの博物館だと、その当時の空気が感じられましたが、この博物館ではそういうものはほとんど感じません。
その家に元々あったものではなく、当時使われていたものを集めてきたものらしいです。

P7060648P7060654P7060681P7060682この博物館の魅力は、博物館そのものより、周りに広がる自然だと言ったほうがいいでしょう。
非常に整備されている、整備されすぎている感じはあります。
でも、これはその当時とは違った姿なのでしょうから。
レーピンが心惹かれた理由が分かるような気がします。
彼は地元の人たちとも積極的に交流していたそうです。

P7060651敷地内を歩いていると、地元の音楽学校の学生の演奏が始まりました。
この日はあいにくの雨で、私達以外に観光客はいなかったのですが、普段はもっと人がいるらしいです。
演奏が終わっていろいろ話しましたが、これは実習の授業の一環なのだそうです。
最初はベラルーシの民族舞踊のようなものだったのですが、ギターを弾く子が弾き語りしたんですよ。
曲目はビートルズの歌。
レーピンとどんな関係があるの!?

P7060678最後にレーピンの銅像。

まだ観光地としては未発達な感じですが、むしろそのほうがいいのかもしれません。
レーピンを知らないと、全く面白くはないかもしれません。
しかし、自然を楽しむと思えば、楽しめるのではないでしょうか。

そういえば、博物館にメッセージを残すノートがあって、その中に日本人が日本語で書いたものがありました。
ベラルーシ人ですら知らない観光地に日本人が来てるなんて!
本当にどこにでも日本人は行くんですね。

明日もヴィテプスクについてです!

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2009年05月03日

今日からベラルーシ北東部に位置する町、ヴィテプスクのレポートをしたいと思います。
私とベロニカちゃんは2年前の7月にヴィテプスクを訪れています。
その時の写真を使いながら、数回に分けて魅力的なヴィテプスクの町を御紹介していきたいと思います。

第一回目の今日のテーマはずばり「シャガール」です。
皆さん、「シャガールはフランスの画家だ」なんて思っていませんか?
シャガールが生まれたのはベラルーシなんですよ!

実は私もロシア語の勉強を始めるまで知らなかったんです。
私が東京ロシア語学院という専門学校でロシア語を学び始めた頃のこと。
ロシア人のタチヤーナ先生が「シャガールはフランスの画家じゃありませんよ。ロシアの人です」と言ったんですよ。
私はびっくりして、「本当ですか?」と聞いたんです。
すると、タチヤーナ先生は次の授業にシャガールの画集を持ってきて、絵の中にロシア語の新聞の名前があるのを見せてくれたのです。
「ロシアの人」と言ったのは、当時のヴィテプスクは帝政ロシア領だったからでしょう。

私はシャガールの絵が大好き。
日本でも好きな人が多いですよね。
でも、そのシャガールがベラルーシの出身だということを知っている人は少ないのではないでしょうか。

ここで「ベラルーシ人」と書かずに、「ベラルーシ出身」と書いているのにはわけがあります。
シャガールはベラルーシ人というわけではなく、ユダヤ人だからです。
ただ、ベラルーシでは民族に関係なく、ベラルーシで生まれた人は「私はベラルーシ人だ」という人が多いので、ベラルーシ人かユダヤ人かと厳密に書くのも変なのかもしれませんが。

P70706872年前の7月7日、私とベロニカちゃんはヴィテプスク市内にある「シャガールの家博物館」を訪れました。
ここに書いてあるのは「マルク・シャガール博物館」という文字。
博物館全体の写真を撮るの、忘れてました!
博物館の建物を御覧になりたい方は博物館のオフィシャルサイトを御覧ください。

7月7日はシャガールの誕生日。
シャガールの誕生日には「シャガール祭り」が開かれると聞いていたので、以前から行ってみたいと思っていたのです(←その博物館には以前一度訪れたことがあります)。

P7070690これがそのシャガール祭りのポスター。
生誕120周年だったんです。
このポスター、サーカスやピエロをテーマに作られています。
その時のお祭りのテーマも「サーカス」。
シャガールはピエロやサーカスを題材にした絵をたくさん描いているので、ということらしいです。

P7070686博物館の庭がメイン会場。
その庭に入るとすぐに目に入ってくるのはこの銅像。
シャガールの絵から出てきたようなヴァイオリン弾きと馬です。
庭や建物は風船などで飾り付けされていて、お祭りムードを盛り上げています。
結構、広い庭なんですよ。
建物はかなり小さいんですが。

P7070688P7070689庭の塀には子供達がピエロをテーマにして描いた絵が飾られていました。

P7070692お祭りの開会式まで時間があったので、敷地内にある離れのような建物でやっていた展覧会を見に行きました。
そこもピエロ一色。
ピエロをテーマにした絵や置物などの作品が大量に並べてありました。
展覧会と言っても、小屋のような小さな家の中なので、あっという間に見終わってしまいます。

P7070691庭には人がかなり集まってきました。
でも、正直、もっと大々的なのかと思っていたんですよ。
だって、シャガールの生誕120周年ですよ。
シャガールの生まれた町で(←正確にはヴィテプスク近郊で生まれたらしいです。諸説あり)やるお祭りですからね。
思った以上にかなりこじんまりしていました。
でも、そういうほうがいいですよね。
観光の目玉にするとか、いろんな思惑が感じられるようなものよりも、手作りのような感じで。

P707069411時にイベントはスタート。
博物館の人の挨拶やヴィテプスクの詩人が挨拶(←恐ろしく長かった・・・)。
白黒の派手な服を着ているのはロシアの小さなサーカス団の団長。

P7070735その後、サーカスのデモンストレーションやミュージシャンのミニコンサートなどいろいろと続きました。
そこまで行くと、シャガールとは何の関係もないような感じで・・・
サーカスの芸は本当に地味な感じで。
でも、まあそれもよし、かな。

P7070696一通りのセレモニーが終わってからは、庭で子供達の写生大会。
なかなか微笑ましいものがあります。
私、こういうの嫌いじゃないですよ。

P7080737P7080739P7080740私達は博物館の中を見学しました。
小さい家なんですけど、シャガールが実際に住んでいたうちなんです。
生まれたのは違う家なんですが、シャガールが少年時代を過ごしたのが今の博物館。
小物や生活雑貨はシャガールが使っていたものではなく、その当時のものを集めたもの。
でも、その中の数点は実際にシャガールの家にあったものだそうです。

P7080736この家、シャガールが住んでいたんだなあと思うとかなり感慨深いものがあります。
例えば、ペチカというかまど兼暖房設備の上には天井との間にちょっとしたスペースがあって、そこに上がるとあったかいんですって。
博物館員の方が「シャガールもそこに上ってあったまるのが好きだったそうです」なんて説明を聞くと、何か心が温まるような感慨を覚えます。

シャガールの作品はこの博物館にはありません。
残念ながら、ベラルーシ国内にはシャガールの作品はほとんどないのです。
ヴィテプスク市内にはもう一つ「マルク・シャガール アートセンター」という施設があって、そちらにはシャガールの作品のオリジナルがあります。

P7070699この博物館の外壁にあるメモリアルプレートにはベラルーシ語で「芸術家マルク・シャガールはここに住んでいた」と書かれています。

シャガール好きなら、作品がなくても、この博物館の雰囲気だけで十分満足できると思います!

この博物館の基本情報です。
住所:Vitebsk, Pokrovskaya str.11
電話番号:+375−212−363468
開館時間:11時から18時半まで
休館日:月曜日・火曜日(10月1日から3月1日まで)、月曜日(3月1日から10月1日まで)
Адрес: г. Витебск, ул. Покровская, 11.
Тел. (+ 375-212) 36 34 68.
Музей работает с 11.00 до 18.30 часов.
Выходные дни:
с 1октября по 1 марта – понедельник, вторник
с 1 марта по 1 октября – понедельник.

P7070701P7070703博物館に行く途中にある銅像です。
シャガールの顔がちょっと疲れているように見えるんですが。
なんででしょう?

P7070706これはシャガール博物館へ行く方向を示す看板です。
実はヴィテプスクの人に聞いても、博物館がどこにあるか知らない人もいるんですよ。
タクシーの運転手とかだったら知っているとは思うんですけど。

P7070705ヴィテプスクの町並みは何かシャガールの絵画を思い起こさせるものがあります。
特に何かすごいものがあるわけじゃないんですが、いい感じに落ち着いた雰囲気がある町なんですよ。
ヴィテプスクの町を歩いていると、まるでシャガールの絵の中に迷い込んだような気分になります。
町の中を流れている川や古い建物なんかは、シャガールが住んでいた頃から変わっていないんじゃないかなと思います。

シャガールの絵を見ると、「あ、これ、ヴィテプスクの町並みだ!」と思うこと、よくあります。
ヴィテプスクに行ったことがある人なら、シャガールの絵の中に簡単にヴィテプスクの風景を探し出すことが出来ますよ。
シャガールがお好きな方なら、一度は訪れて損はないと思います。

明日もヴィテプスクの魅力的な場所を御紹介したいと思います。

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2009年01月23日

たった今、マラジェチノという町から帰ってきました。
夜の1時ちょっと前です。

マラジェチノ、ロシア語で書くとМолодечноで「モロデチノ」と書くのでしょうが、ベラルーシ語ではМаладзечнаなんですよ。
ベラルーシ語のマラジェチノの方がいい感じなので、そっちで表記します。

マラジェチノまではミンスクから北西の方向へ車で一時間半ぐらい。
電車で二時間ぐらいのところです。
今、大阪大学に留学しているセルゲイ君の出身地でもあります。
私は去年、一度だけ行ったことがあります。
学校で折り紙を教えるためです(←その時の写真はこちらから)。
あれも冬だったなあ。
すごく寒かったのを覚えています。

なぜまたマラジェチノへ行ったのかというと、劇場に行くため。
先々週、私の知り合いの劇作家、エレーナ・ポポワさんから電話があって。
マラジェチノで彼女が書いた劇をやっているから、一緒に見に行かないかとの誘いを受けたのです。
ポポワさんのことは以前にもちょっと書きました(←こちらを御覧ください)が、私は彼女の戯曲を日本語に翻訳したことがあるのです。
タイトルは「女流詩人の為に夫が必要です」。
「海外戯曲アンソロジー機廚箸いλ椶貌っています。

今回行くのは、私たちだけではなく、演劇評論家やジャーナリストなども一緒です。
マラジェチノの劇場が送迎バスをミンスクまで送ってくれたのでした。
バスの中では特に会話もなし。
だって、初めて会った人たちばっかりだもん。

劇場について、私たち「懐かしい!」。
去年、マラジェチノに来たとき、劇場にも行ったんですよ。
その時の出し物は私が翻訳した「女流詩人の為に夫が必要です」。
ポポワさんが「マラジェチノの劇場の演出は最高よ」と言っていたので、見に行くことにしたのです。
ポポワさんに後で報告すると「あんなところまで、本当に行ったの!?」とびっくりしていました。
日本と違って、ベラルーシは交通の便は悪いし、そんな遠いところまでわざわざ劇を見に行くのは酔狂としか言えないのです。

そのときの「女流詩人〜」、素晴らしい出来で驚きました!
演出もさることながら、俳優たちのレベルが非常に高くて。
私も日本語に訳しましたから、この戯曲のことは隅から隅まで知っています。
これ以上の演出はないだろうと言えるぐらい、素晴らしい舞台でした。

なので、今回もかなり期待をしていました。
そして、その期待は現実のものとなりました!

今回の劇のタイトルは「小さい世界」(Маленькi Свет)。
Светはロシア語では「光」なんですが、ベラルーシ語では「世界」という意味なんだって。
この劇、女性が4人で男が一人。
なかなか、女性の役が多い劇ってないですよね。

この4人の女性のアンサンブルが最高でした!
4人ともすでに40代前後。
みんな、毎年一回みんなで集まるのが伝統になっている。
今年もみんなで、リーダー格のジャンナのうちに集まった。
お互いにお互いをからかったり、軽いケンカをしながらも、女4人はやっぱり友達。

もう一つの伝統。
それはアメリカからの電話。
仲良しグループの一人だった女性、ソーニャはみんなが集まる日に電話をしてくるのが伝統。
でも、今年は電話が来ない・・・

そこにアルトゥールという男性からの電話。
ソーニャからのメッセージを携えて、彼女たちのもとに現れる。
彼は「ソーニャは死んだ」とみんなに伝える・・・

どうですか?
面白そうでしょ?
私とベロニカちゃん、大感激!
最後のシーンが素晴らしかったんです!
まあ、ここでは言えませんが・・・(←だって、万が一、誰かがマラジェチノでこの劇を見たいと言ったら、ネタバレになっちゃうでしょ・・・)

この戯曲、日本語に訳そうかなと考えています。
でも、ちょっと「ソビエト時代のリアリティー」が劇の中の一要素になっているので、そのまま日本語にしても、日本人には理解できないかと。
そのことを劇の後でポポワさんに言うと、「あなたが好きなように作り変えていいわよ」と太っ腹なお言葉。
前に翻訳したときもそうだったなあ。

劇が終わって、みんなで特別室へ。
部屋の中にはサンドイッチがたくさん。
そして、ウオッカもたくさん!
隣に座っている人たちもいったい誰なのかわからない状態で、ちょっとぎこちない空気。
でも、お酒が入るにつれて、だんだん打ち解けて。
途中から、着替えが終わった俳優さんたちが合流。
すごいですよね。
さっきまで舞台に立っていた人たちと一緒にお酒が飲めるんですから!!!

ベラルーシでの飲み会では乾杯の挨拶が付き物。
劇の作者、演出家、批評家などが劇の感想と共に乾杯の挨拶。
すると、ポポワさんの旦那さんが「彼は日本人で、エレーナの戯曲を日本語に翻訳したことがあるんです。アキラ、君の感想をみんなに聞かせてやってくれ」。
私は「ポポワさんの劇には日本的なところがあります。それは観客に『これが私の芸術だ』とか『これが私の考えだ』とか押し付けがましいところがなく、観客が自分の心の中で話を作り上げていくような自由をみんなに与えているところが日本的だと言えます」
そうなんです。
攻撃的なところがなく、非常に柔らかい劇なんですね。
心がポカポカするような。
「私はこの劇場に去年も来ました。そのときも非常に感激したのですが、今日は二度目の感激です。とにかく、みなさん、この劇を持って日本へ公演に行ってください!」
この挨拶は大うけ。
だって、マラジェチノのような小さい地方都市の劇場の人たちにとって、日本公演なんて「夢のまた夢」。
女優さんたちはみんな大喜びで「絶対に行くわ!」。

ここからはみんな大盛り上がり。
私たちの隣に座っていたおじさん、実は詩人で、彼からは自分の詩集をプレゼントされました。
ジャーナリストたちからも日本の演劇についての質問が。

何よりもうれしかったのは、女優さんたちと話しが出来たこと。
ジャンナ役の女優さんエレーナ・ラフマングラヴァさんや、ピスクノヴァ役のイリーナ・カムィシャヴァさんは「あなたのロシア語は素晴らしい!」とべた褒めしてくれて。
いつもは褒められるのはあんまり好きじゃないんですが、今日は素晴らしい女優さんたちに褒められて、素直にうれしかったです!

P1221986そこで記念写真をお願いしました!
右から、アルトゥール役のアレクセイ・カルペツ、オリガ役のイリーナ・クリャぺツカヤ、ピスクノヴァ役のイリーナ・カムィシャヴァ(←めっちゃいい人!)、私、ジャンナ役のエレーナ・ラフマングラヴァ(←マラジェチノの芸術学校で教鞭を取っているそうで、ぜひ学校に来て欲しいと言われました)
みんな「またマラジェチノの劇場に来てください!」。
絶対に行きますよ!

ベラルーシでは各地方の中心都市(←ヴィテプスク、グロドノ、ゴメリ、モギリョフ、ブレスト)には劇場があります。
でも、他の地方都市にはあまりないんですよ。
このマラジェチノの劇場は貴重な存在です。
俳優のレベルもミンスクの劇場に全然負けていません!
彼らの日本公演を実現させてくれる団体や劇場があれば御連絡ください!(←大マジです)

今日は最高の気分!
久しぶりに芸術を味わいました!
こういうことがあるから、ベラルーシ生活はやめられない!

akiravich at 08:46コメント(0)トラックバック(0) 

2008年08月09日

帰ってきました!
いやあ、大変でした。
何が大変って、全てが。
でも、いろいろ楽しいこともありました。

今日は最初に行ったオルシャのレポートです。
オルシャについての詳しい情報は後日のせたいと思います。

私たちがミンスク駅を出発したのは朝の6時22分のブレスト−スモレンスク(ロシアの町です)の列車。
到着したのが9時14分ですから、3時間弱の道のり。

P8061635
私たちが電車を降りると、そこには言語大の学生オーリャさんとナースチャさんが待っていてくれました。
二人に町を案内してもらうことになっていたのです。
駅が立派でびっくり(写真をご覧ください)。
地方都市の駅でここまで立派なのはなかなかありませんよ。
お金がある町なんでしょうか。

ベロニカちゃんのおじいさんとおばあさんが住んでいる町に行く電車は17時43分。
たっぷり町を歩けます。
でも、風が強くて、寒かったんです。
長袖を着てきて正解。

最初に近くのバスターミナルへ。
ミンスクに帰るときにバスが使えないかと思って(でも、朝の4時に一本あるだけで全然ダメ)。
そこもものすごくきれいな建物でした。
そこの有料トイレに入ったのですが、そこの係りの人が30代ぐらいの女の人で(普通はおばあさんですよね)、私がドアを閉めようとすると「閉めなくてもいいわよ〜ん」と雰囲気にそぐわぬセクシーさ。
よく見ると、お姉さん、網タイツなんかはいちゃってるし。
私は彼女を「オルシャのフジコちゃん」と名づけました。

みんなで町の中心へ。
「近いから歩いていきましょう」と言われたんですが、これが全然近くない。
ベラルーシ人が「近いから」と言うときは、ちょっと疑ったほうがいいです。

町は普通の地方都市。
歩いていても、何にも面白いものがない。
「あれが○○の工場で、あれが・・・」
聞いてもコメントすらできないような内容で。

P8061679
学生たちからは前もって聞いていたのですが、今、オルシャの町の中は工事現場だらけで全然きれいじゃありません。
というのも、9月に国の大事なお祭り「дождинки(ダジンキ)」というのがあって、今年はオルシャで開かれるんです。
これは毎年開催地が変わるんですね。
で、今年はオルシャ。
これは豊作を祝うお祭りで、もともとそんなに大きいお祭りじゃなかったんですけど、ここ数年、国の重要なお祭りの一つになっているのです。
ダジンキにはもちろん大○領も来ますから、町をきれいにしなければなりません。
なので、ダジンキの前は通りに面している家の壁は塗り替えられ、道のアスファルトも整備され、歩道は新しいブロックで組みなおされ、まあ大変なんです。
その代わり、ダジンキがあった町はきれいに整備された美しい町に変身してしまうのです。
とにかくオルシャの町は今、工事ラッシュで、まともに歩くこともできません。
オルシャに行きたい方(いるかなあ・・・)はダジンキの後に行くことをお勧めします。

P8061674
私たちは今回のオルシャ訪問の最大の目的、「カラトケーヴィッチ博物館」へ行きました。
カラトケーヴィッチというのはベラルーシを代表する作家の名前です。
日本では全然知られていませんよね。
日本語に翻訳しないかと勧められているんです。
なので、その作家のことをよく知るために、前から行ってみたいと思っていたのです。
実は彼の本、読んだことないんですけどね。
だって、ベラルーシ語なんだもん。

中に入ると、博物館の係員以外誰もいない。
地方の博物館や美術館はいつもそんな感じです。
せっかくなんでガイドさんを頼んだのですが、ベテランガイドの人が用事で不在。
若い新入りのガイドはお客さんの前で話すのはちょっと怖いと言って出てきてくれない。
なので、ベテランの人が戻ってくるまで自分たちで博物館を見ることに。

実は今回案内してくれたオーリャさん、苗字はカラトケーヴィッチなんです。
彼女のおじいさんとカラトケーヴィッチのおじいさん(またはお父さん)がいとこ同士だったらしいです。
「らしい」というのは、彼女本人もよくわかってないからです。
彼女はハードロックが好きで、いつも黒ずくめの服を着て、いたるところにピアスをつけているんですけど、性格は全然ハードじゃなくて、ものすごく優しい女の子です。

私たちが写真などを見て楽しんでいたところにベテランガイド登場。
このおばちゃん、どうやら連絡を受けて走ってきたらしく、息を切らせながら「では、ガイドを始めます」とか言うんで、こっちが恐縮。
おばちゃんのガイドはベラルーシ語。
70%ぐらいはわかりました。
しかも、芝居がかった話し方で休みなしで話し続ける。
こちらの美術館員・博物館員によくいるタイプです。
話しがおもしろくて、私は楽しめました。
でも、これが通訳の仕事だったら地獄です。
小さい博物館なのに、1時間近くも話してくれました。
本当に、通訳の仕事じゃなくてよかった!

博物館を出ようとすると、入口のところにナースチャさんの知り合いのおじさん、グリゴリーさんが待っていてくれました。
そこからはグリゴリーさんも合流。
町の中はやっぱり工事だらけで歩きにくい。
でも、そこここに古い建物が見えてなかなか楽しかったです。

P8061711
オルシャは非常に古い町で、歴史上の書物には1067年に登場。
ミンスクに匹敵するほどの歴史を持っています。

そこでだんだん風が強くなってきて、黒い雲が空を覆ってきて。
そこにナイスタイミングで現れたのはナースチャさんのお父さん。
お父さんの車でみんなでナースチャさんの別荘へ行くことに。
「別荘」と言うとすごい家を想像するでしょうが、旧ソ連圏ではよく「ダーチャ」と呼ばれるものがあって、町の郊外や田舎に菜園と小さい家を持っている人が多いんです。
ナースチャさんの家族の心遣いで、電車の時間までそこで休ませてもらうことに。
感謝!

で、着いてみると、ただ休むだけでなく、そこで昼食を取ることに。
そこには私のためにビールが大量に!
2リットルのペットボトルが4本。
そんなに飲めんよ。

P8061724昼ごはんのメニューは焼きソーセージ。
炭火で焼きます。
焼いているのを見るのって楽しいですよね。
脂がピチピチいっているのなんか、音だけでご飯三杯はいけそうです。
これがうまかった!
やっぱり炭火は違うなあ。
庭で採れたての野菜を食べながらソーセージ、デザートはこれも菜園で取れるいろいろなベリー。
植えているわけじゃなくて、自生してるんですよ。
ブラックベリーが特においしかったです。

3時過ぎにはオルシャの駅に向かって出発。
途中で有名な女子修道院に行ってみたんだけど、一般の人が入れる時間じゃなかったので入れず。

駅で学生たちとお別れして、村に行く電車を待ちました。
本当にナースチャさんの御家族にはお世話になってしまって。
おかげで楽しい思い出になりました。

明日は今日の続きで、村での暮らしについて書きたいと思います。
これはかなり刺激的な体験でした。
お楽しみに・・・

akiravich at 07:38コメント(2)トラックバック(0) 

2008年08月01日

e4c83e6e.JPG今日で仕事は終わり!
明日からは夏休みに入ります!
やっとです。
ここまで生き延びた自分が信じられません。
まともな仕事量じゃありませんでしたから。

ベロニカちゃんと二人でパーティー。
仕事終わりをお祝いします。

8月の25日ぐらいまでは日本語を教える仕事はしません。
ちょっと自分をリセットするつもりです。
頭の中の大掃除。

このブログは休みませんよ!
毎日、楽しんで書いてますから。

ただミンスクを留守にするときだけは書けなくなってしまいます。
来週と再来週、ミンスクを2、3日留守にします。

一つはベロニカちゃんのおじいさんとおばあさんに会いに行く旅。
ミンスクから電車でオルシャという町に行って、そこからバスに乗って2時間、バス停から2キロほど歩くという恐ろしい行程。
オルシャには、私がプライベートレッスンしている女子学生が二人、帰省していますから、町を案内してもらうことになっています。
オルシャはベラルーシを代表する作家、カラトケーヴィッチの出身地。
彼の博物館があるので、そこに行くつもりです。
ちなみに、オルシャ出身の女子学生の一人は苗字がカラトケーヴィッチ。
遠い親戚に当たるそうです。

しかし、オルシャは治安が悪いことでも有名な町。
まあ、ロシアの地方都市の治安の悪さとは比べ物になりませんが、ちょっと気をつけないと。
というのは、オルシャには刑務所が二つ(以前は三つ)あって、その服役した人とかがそのままオルシャに住んでいるらしいんですよ。
なので、オルシャには泊まらずに、すぐにおじいさんとおばあさんの村へ行くことにします。
本当は地方都市に行った時は一泊して、ゆっくり街を見るのがすきなんですけど、うちのベロニカちゃんも一緒なので危ないことは出来ません。

一つ面白い情報が。
今日、そのオルシャ出身のナースチャさんが勉強に来たのですが、オルシャには「オルシャビール」があり、それが恐ろしくまずいらしいのです。
最近はオルシャでも見かけなくなり、もしかしたら生産していないのかもしれませんが、もしあったら、絶対に飲んでみます。
銘柄の名前は「ジョーカー」。
ババを引き当てること、確実です!

そして、村に行くのですが、いろいろと大変そうです。
初めて行くのですから、大歓迎されて、パーティーをするのは必死。
小さい村なので、村人たちも集まってくる可能性大。
そこで飲むお酒はсамогон(サマゴン)。
これは簡単に言えば、密造のウオッカです。
これがね、すごいきついんですよ。
すごくまずい泡盛をイメージしていただければわかります。
初めて飲んだとき「セメダインかよ!」と言いそうになりました。

ベラルーシの村の人たちはものすごい量を飲みます。
それはベラルーシの社会問題の一つです。
私は社会問題の発展に貢献したくありません。
ただ断るのが難しい空気になる可能性大。
なので、ビールやワインなどを持参しないといけません。
なにせ、村には店なんかありませんから、ちょっと買いに行くなんてできないんです。

うーん、大変そうだけど、楽しみ!

もう一つ行こうとしているのは、ブレスト。
そのブレストの近くに「ベロヴェジの森」というところがあります。
そこは世界遺産に登録されているんですよ。
私は3回ほど行ったことがあります。
自然がきれいですよ、本当に。
そこにはзубр(ズーブル)というヨーロッパバイソンが住んでいます。
ベラルーシのシンボル的な動物ですね。
かなり大きいですよ。

これって、ベラルーシの観光の目玉になりそうなところですよね。
でも、一つ問題が。
ベロヴェジの森は広大なのですが、その中で世界遺産に指定されている地域は中に入ることが出来ないのです。
学者などは特別な許可をもらってはいることが出来ます。
数年前、日本の旅行会社数社の方たちがベラルーシに視察旅行に来たときにも、ベロヴェジの森に行ったのですが、私が「世界遺産の地域には入ることが出来ません」と通訳したとき、みんな一斉に「意味ないじゃん!」と言ったのを覚えています。

ミンスクを留守にする間はブログの更新はできませんが、帰ってきたら詳しいレポートをしたいと思います!
お楽しみに!

今日は寝ます!

akiravich at 03:33コメント(6)トラックバック(0) 

2008年07月19日

今日は一人の夜です。
奥さんに逃げられたわけではなくて、今日は奥さんだけ実家に泊まっているんです。
というのも、明日の早朝、ベロニカちゃんはお母さんと一緒に親戚のお墓参りに行くんですね。
それがかなりの田舎のようで、たどり着くのが大変なところのようです。

一人の夜は何か変です。
さびしいので、一人でワインを飲みながら、自分で作った料理を食べてます。
独身時代を思い出すなあ・・・
東京に住んでいたころはこんな感じだったから・・・

今日はノヴォポロツクについて書きました。
昨日の投稿でも書いたのですが、実は去年の夏にもノヴォポロツクに行ってるんですよ。
私の学生のベロニカさん(うちの奥さんと同じ名前。ややこしいので、学生は『ベロニカさん』、うちの奥さんは『ベロニカちゃん』と呼んでます)がノヴォポロツクの出身で、去年の7月にうちの奥さんと二人で彼女のうちに泊めてもらったんです。
図々しいと思うでしょ?
ベラルーシではいい知り合いがいたら、その人のうちに泊まったりするのはごく普通のこと。
知り合いなのに、ホテルになんか泊まったら、逆に怒られたりします。
日本人だと、「気を使わせちゃいけないから・・・」なんて言って、ホテルを取ったりするのが美徳なのかもしれませんが、こちらで強硬にそんなことを主張すると「お前は本当に俺の友達なのか?」などと言われたりして、逆に関係に亀裂を入れることになりかねません(そんな経験、あります)。
なので、もしベラルーシ人に「うちに泊まってもいいよ」と言われたら、素直に泊まりましょう。
基本的にベラルーシ人はお客好きです。

そして、ベロニカさんのうちに行ったのですが、みんなとてもおとなしくて。
ベロニカさんもおとなしいんですよ。
ほとんどしゃべらないくらい。
ちょっと予想はしてたんですが、本当に誰もしゃべらないんですよね。
食卓に座って、ベロニカさんと両親、弟、そして私たち二人。
ワインとかアルコールが入っているのに、みんな会話しないし。
ほとんど私がしゃべってました。
みんな相槌をうつのみ。

でも、後から聞いたら、みんな緊張していたんですって。
他の学生のうちに行ったときもそうだったんですけど、何か「ものすごい偉い人扱い」なんですよ。
だって、ベラルーシ国立大学は(ベラルーシでは)超ステータスの高い大学だし、日本人だし。

静かな町でしたが、結構楽しかったですね。
というのは、二日目の夜にベロニカさんの知り合いの家族のうちに行って、みんなでお酒を飲んだりしたんですよ。
そこの若い夫婦がおしゃべり好きで。
すごく楽しい時間をすごしました。

ベラルーシの旅行って、こんな感じです。
観光地とかは少ないから、観光目当ての人には退屈な国かもしれません。
でも、人と出会うチャンスがあったら、もう最高。
一緒にお酒を飲んだり、おいしいものを食べたりする時間は何物にもかえがたいものです。

人とのふれあいこそ、ベラルーシ旅行の醍醐味と言いたい。
旅行会社を通して、決まったプランで動く人とかだと、ベラルーシ人と交流する機会はないですよね。
もともとベラルーシ人は人をもてなすのが大好きなので、損得勘定抜きで付き合ってくれる人が多いです(もちろん、そうじゃない人もいますが・・・)。
私もこのベラルーシでいろんな人に出会いました。
一つ一つの出会いがかけがえのないものです。

ベラルーシに来てくださる人にもいろんな経験をしてもらいたいですね。
日本人の一人旅の方がいらしたとき、私の学生の両親に頼んで、その学生のうちで簡単なパーティーを開いてもらったことがあります。
その方にとっては忘れられない思い出になったようで。
旅行会社の方は「余計なことをするな」というニュアンスのことを言われました(日本の旅行会社、ベラルーシの旅行会社双方から)。
でも、せっかくベラルーシに来て、面白くもなんともない観光地を見せるよりは、ベラルーシ人と触れ合ったほうがいいと思ったんですよね。
だって、普通、この国に旅行に来る人は「最初で最後」と思って来る人が多いですからね。
また来てもらえるように、あるいは一生の思い出になるように、と思って努力するのは、旅行会社の人にはお気に召さなかったようです。

でも、これからも同じスタイルでやっちゃうもんね。
ベラルーシ、いい国ですよ!
アピールしていきますよ。
本当に私はこの国が好きなんです!

今、ブログを書きながら、日本から送ってもらったビデオを見ているんですが、「いまどきごはん」という番組で、福岡県の「うなぎのせいろ蒸し」というのを紹介していて。
殺す気ですか! 食べたいよ!!!!! 苦しい! 胸が苦しい!
このたれご飯のたれ加減がすごすぎ。
ご飯の中にもうなぎを隠し、上からもうなぎ。
うなぎ祭りですね。
いや、これはたれ祭りか。
悔しいから、俺もベラルーシで何か祭りをやるぞ!
例えば、ジャガイモ祭り! ボルシチ祭り!
日本の皆さん、どうですか!
うらやましいでしょ!?
悲しい・・・

あまりにもおいしそうなうなぎの映像・・・
これは何かの罰なのでしょうか?
私が何をしたと言うのでしょうか?
私はこれ以上、体に悪い映像を知りません。
おいしそう・・・食べたい・・・
あ〜! うなぎうなぎうなぎうなぎうなぎうなぎ・・・

akiravich at 06:21コメント(2)トラックバック(0) 
b66233e5.JPGノヴォポロツクの町で見かけた結婚式場(ЗАГС、ザクス)です。
あまりにも大きくて、立派なのでびっくり!
ミンスクの結婚式場は、建物の中の一角ということが多いんですよ。
私たちが結婚したところも一階は結婚式場で、上の階は全て普通の住居でしたから。

でも、このノヴォポロツクの結婚式場は違います!
この建物全部が結婚式場!
やはり石油精製工場が儲かって、潤っている町は違いますなあ。
こんなの初めて見ました。

akiravich at 05:34コメント(0)トラックバック(0) 
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