演劇

2009年03月28日

今日は非常にいい気分でブログを書いています。
というのも、今日はベラルーシ国立大学の学生の演劇を見てきたからです。

感想を簡単に言えば・・・もう最高!
久しぶりにいい劇を見ました。

実はその劇に出演していたのが、アニメグループで日本語を勉強している学生なんですよ。
それはサーシャ君。
彼はかなり独特のキャラクターで、私の大好きな学生の一人なんです。
日本語はいまいちだけど、彼のジョークは彼のセンス爆発。
彼がいないと、アニメグループの雰囲気全部が変わってしまう感じです。

今日の劇は「15分でハムレット」。
「ハムレット」と言ってもシェークスピアではなく、作者はチェコ出身でイギリスの劇作家トム・ストッパード。
サーシャ君が「ものすごくおもしろいですよ!」と言っていたので、その言葉を信じたのですが、これが本当に面白かった!
劇の最初は全く意味不明の言葉の羅列で構成されているんです。
それからハムレットに突入していくのですが、原作を踏襲しつつも、言葉はかなり違っていて。

そのまま、最後まで行くんですが、最後のカーテンコールで、俳優の一人が「アンコール」と書かれた紙を掲げるんですね。
そこから、ビデオの早送りのような「ハムレット」が始まるんです。
それが最高におかしくて!

演出が素晴らしかった!
学生たちのマリオネットのような動きや俳優同士のアンサンブルは素晴らしかったです。
まあ、演出したのは学生じゃなくて、プロフェッショナルな演出家なんですけどね。

とにかく、学生のエネルギーが爆発した劇でした。
やっぱり、学生の劇はこうじゃなくちゃ!

日本でも昔の小劇場運動は学生劇団から始まったところが多いですよね。
鈴木○志とか、鴻○尚司とか。
数え上げたらキリがないほど、学生劇団から始まったウェーブは大きいですね。

ベラルーシで初めて「学生らしい」ものを見ました。
ベラルーシでは日本みたいに学生のサークル活動とか、そんなに盛んじゃないんですよ。
みんなチャラい感じですからね。

ベラルーシでもこういう劇が増えないといけません!
ベラルーシにはいい劇場がありますが、全体的に伝統を守るとか、古いスタイルのままとか、とにかく進歩的な劇というのは非常に少ないんですよ。
日本の学生演劇が起こしたようなうねりをベラルーシの学生たちにも起こしてほしいです!

ちょっとがっかりだったのは、うちの大学の学生がドタキャンしたり、すっぱかしたりしたこと。
学生に「見に行きたいですか?」と聞いたら、「行く」と答えたのは9人。
そのうち来たのは5人。
二人はドタキャン、二人は来ませんでした。
9枚のチケットを購入したオレはどうなるのよ!?
ドタキャンした学生に関しては、代わりに行く学生を見つけられましたが、2枚のチケットが無駄になってしまいました。
実は今日の劇は超満員で、入れなかった人もいるようなんです。
会場を包んでいた熱気もベラルーシでは見られないものでした。
来なかった学生はかなり損をしたと思います。

劇を見終わった後の学生たちはみんな大喜び!
私たちの劇もがんばらなくちゃ!

私と一年生の学生たちがやろうとしている劇は、今はまだ戯曲を読んでいる段階。
そこから、声を出して読ませて、その後に演技もつけて、と気の遠くなるような作業が待ち構えています。

全ては学生次第。
みんなには弾けてもらいたいですね。

今日は休みます。
かなり疲れがたまっているので・・・

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2008年12月13日

今日は割と楽な一日でした。
でも、授業以外の仕事がたまってきたなあ・・・
通信教育、翻訳、報告書作成・・・
ああ、早く来い来いお正月!

今日は昨日の出来事について、ちょっと書きたいと思います。
それは一年生の学生たちがしようとしている劇のことです。
この劇は日本語・中国語・韓国語を学ぶ学生たちが一緒にロシア語で劇をしようというものです。
台本を書いたのは一年生の学生の女の子。

昨日の14時半、劇に参加する学生・教師の全員が初めて集まることになりました。
小さい部屋に教師側が4人(←そのうち一人は秘書)、学生はおそらく12人ほどだったと思います。
その雰囲気は最初から雲行きが怪しいものでした。
なんとなく、ですが・・・

最初に話したのは台本を書いた学生。
その学生、正直に言って、私はいい印象を持っていない子でした。
私の学生ではありませんが、非常に不真面目な行動が目に付いていたからです。
そんな学生があんな戯曲を書いたなんて、意外に思いました。

「あんな戯曲」というのは、内容がかなり重くまじめなテーマだからです。
舞台は核戦争後の世界。
人々は核シェルターとなった地下鉄の駅に暮らしている。
地上にいた頃のことを思い出す人々や地上の生活を知らない子どもたち。
その人間模様が描かれています。

しかし、レベルは非常に低いもの。
テーマを言葉のレベルだけでなぞった感じで、深く入り込んではいません。
この前も書きましたが、「愛」を表現するのに「愛」という言葉はいらないと思うんですよね。
「いらない」というと極端ですが、舞台で見せる上ではいらないだろうと思うのです。
他にも、エピソードがどんどん連なっているところが、かなりとっちらかった印象を受けます。

実はこの台本、もともとのアイデアは他の小説から取ってきたもので、学生が自分で考えたものではないんですよ。
それを読んだ感想文のような台本なんです。
つまり、台本としては全く話にならないレベル。

台本を書いた学生は「台本がまだ出来上がっていない」。
教師たちが「もうちょっとこうしたほうがいい」と手直しするように命じていたのです。
大学職員の女性は「これはハッピーエンドじゃダメだと思うのよ。思いっきり暗く終わらないと」と必要以上に干渉。
この女性、自分は最高に頭がよくて、最高にセンスがいいと思い込んでいる人。
彼女の言うとおりに変えたら、その台本を書いた学生のものではなくなってしまいますよ。

台本を書いた学生「まだ先生方に見せられるようなものは何もないので、ある程度、形が出来たらお見せします」。
でも、これってかなり間違ってる。
だって、教師が指導者・演出として何かをするなら、最初から関わっていかないとダメだと思うんですよ。

それでも、教師たちは「読むだけでもいいから、見せて欲しい」と言い続け、学生たちは最初のところの読み合わせを見せてくれました。
みんな、なかなか上手なんですよ。
かなりびっくり。
特に、私の学生のナースチャちゃん。
かなり感情が籠もっていてよかったです。
でも、それだけじゃダメなんだということに気がついていないようで・・・
ナースチャちゃん、子どもの頃から女優になるのが夢だったんだそうです。
じゃあ、何でうちの大学に入ってきたんだろう!?

しばらくして、初老の男性が部屋に入ってきました。
それは近くにある芸術アカデミーの演出学科の学科長。
秘書の女性が知り合いで、助けを求めたのです。
彼は「喜んで手を貸しましょう」と約束。
演出の勉強をしている学生たちに演出させようかというアイデアはかなり面白いと思います。

最後にまた教師からの「説教」。
学生たちもうんざりした様子。
私はほとんど発言できず。
教師たちは「古○さんにぜひ演出をやってもらいたい」と散々言っていたのに、まるで何も言わなかったかのように、その話は全く出ませんでした。

その後、東洋語の教師の部屋に戻ると、教師たち「私たちの助けがいらないのなら、勝手にすればいいんじゃない!?」
かなり怒っていた様子。
私が「この戯曲は演技で表現すべきところまで全て言葉で表現している。これは戯曲とは言えない」と言うと、教師たちみんな、「その通り!」
ついこの前まで「この戯曲はすごい」って、褒めちぎってませんでしたっけ!?

とにかく。
この学生演劇は最初から暗礁に乗り上げてしまったのでした。

今日、学生の一人、Aちゃんに電話をしてみました。
やはり、学生たちは全員、教師たちの言動に異常なまでの圧力を感じ、ショックを受けていたのでした。
だって、教師たちがしていたのは「指導」という名の「ダメだし」ですから。
学生たちの中には教師たちに対する不信感が生まれてしまっているようでした。

みんな、まるで演劇の専門家のように振る舞っているのがおかしいです。
それは学生たちも含めてです。
台本を書いた女の子の言動もかなり間違っていますが、教師たちも「私は学生演劇の経験があるから、何でも知っているのよ」みたいな。
なんで、こんなにかっこつけるんでしょうか・・・

PC132411今までのが前振りです(←長すぎるだろ!)。
私は戯曲を読むのが大好き!
今まで翻訳したもののほとんどは戯曲。
私の夢は自分が翻訳したものをベラルーシ国立ヤンカ・クパーラ劇場で上演してもらうことなんです。
いろいろ読みましたが、私は別役実さんや清水邦夫さんの本が好きです。

そして、もう一つ考えているのが、一年生の学生たちと日本語で劇をすること。
ずっとこの「はぐれミーシャ」を読んでいる方はご存知かと思いますが、私は去年、劇をやろうとして失敗していますからねえ。
リベンジです!

もっとも困るのが戯曲選び。
学生たちに合う劇を選ぶのはかなり難しいんですよ。
木下順二の「夕鶴」にしようかとも思いましたが、一年生は男が3人しかいないんですよね。
登場人物の数は女1、男3で、ちょうどいいんですが、男どもがみんな日本語が上手だったら問題ないんですけどね・・・
結局、女3・男2の劇にしようかと思っています。
作者に上演許可をもらわないとなあ・・・

そういえば、この写真にも写っていますが、サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」。
この本、なんなんですかね。
一度読み始めて挫折して、二回目に読んだときはかなり感動しました。
本当にわけのわからないところばかりなんだけど、それが妙な余韻になって残っているような。
理解されることを拒否しているというか、理解とかそういう枠を超えちゃっているというか。

今日のブログの内容も、学生の台本に負けず劣らず「とっちらかって」いますね。
すみません・・・

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2008年10月22日

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すばらしかった!
こんな劇を見られる僕は幸せ者です。
ベラルーシに住んでいることを感謝せずにはいられません。

変な始まりになりましたが、今の気持ちをそのまま書いてみました。
今日は「ART」という劇を見てきました。
何回目なんだろう。
少なくとも、これまで5回は見ていますから、6回目、またはそれ以上ということになります。
これは私がベラルーシで最初に見た劇です。
学生のアリーナちゃんに連れて行かれて見たんですけど、ロシア語のスピードも速くて、全然わかんなかったんですよ。
でも、所々わかるところがすっごい面白くて、すごく幸せな気分になったのを覚えています。

舞台はパリ。
登場人物は40代前と思われる男三人。
20年来の友人関係なのですが、それぞれが全く違う性格。
マルクは感情的になりやすく、時に攻撃的なタイプ。
セルシュは理性的なタイプで、芸術愛好家。
イワンは他人の意見にすぐなびいてしまい、自分の意見を持っていないような弱い性格。

始まりはセルシュが買った一枚の絵。
それは白い背景に白い線。
簡単に言えば、それはただの白いキャンバス。
でも、セルシュは20万フランという大金をはたいて、その絵を購入。
「これが芸術だ」と言うセルシュに対して、マルクはその絵を「白い糞」と名づける。
イワンは二人の間でオロオロするばかり。
その3人の関係は面白おかしいようで、何か切なくて。
愛すべき3人の人間模様に、泣き笑いの1時間50分です。

それぞれの役を演じる俳優も超個性的な面々。

セルシュ役はイーゴリ・ザバラ(Игорь Забара、ポスターの真ん中で白いペンキをかけられている俳優)。
いい俳優だと思うんだけど、どこの劇場で働いているのか知らないんですよ。
他の劇も見てみたい!

イワン役はヴィクトル・マナーエフ(Виктор Манаев、ポスターでは向かって右側の俳優)。
彼こそ、ベラルーシが誇る超一級の喜劇俳優です。
私も大好きな俳優さん。
まだ話したことがないんですが、いつか話してみたいなあ。
私は本当に彼の大ファンです。

マルク役はセルゲイ・ジュラヴェリ(Сергей Журавель、ポスターでは向かって左側)。
彼は叫んでいる役が多いかな。
この劇でもキレまくります。
実は、私は彼と一緒に一度だけ仕事をしたことがあるんですよ。
それは去年のお正月映画「パヴリンカ」に出演したときのこと。
私がベラルーシに来た日本人の役で、彼がベラルーシの地主の役。
彼に挨拶したとき、「私は『ART』が大好きで、5回以上見てます」と言ったら、彼はすごく喜んでくれて。
私も感激でした。

演出はやっぱり、ベラルーシが誇る天才ニコライ・ピニーギン。
彼の劇ではずれは見たことがないです。

この劇、日本でやってないのかなあ。
作者はヤスミナ・レザ。
今、インターネットで調べたら、名前は出てくるんだけど、上演したという記録は出てこないですねえ。

とにかく。
今日の私は超幸せです。
涙が出そうなくらい、いい劇でした。
また見に行きます。

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今日のおまけ写真は、うちの前で撮ったもの。
木と空です。
秋ですねえ・・・

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2008年10月14日

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今日は久しぶりに劇場へ。
タイトルは「私と彼女とバットマン」
変なタイトルですよね。

でも、結構おもしろかったです。
演出は私の友達のオレグ君。
他にルスラン君とジーマ君も出ていました。

集合住宅の前の砂場とベンチ。
そこを舞台に二つの話が絡み合っていきます。
それぞれが何の関係もないような話なんですよね。
実は、原作も2つ。
オレグ君、そういうの好きなんですよね。
で、最終的にグチャグチャになっちゃうというパターン。
今日はグチャグチャになるギリギリのところで踏みとどまりました。

本当は劇の内容についてちょっと御紹介したかったのですが、ちょっと仕事でショックなことがあって・・・

私は1年生を教えているのですが、一緒に教えている先生たちと歩調が合わないんです。
私は「みんなの日本語」という、日本語教育では良く使われる教科書を使って教えています。
もう一人の先生もそれで教えていることになっているのですが、内容は全く違っていて。
一年生で、まだ一ヶ月ちょっとしか勉強していないのに、動詞の全ての活用形を教えてしまっているんですよ。
普通、最初は「〜ます」という形だけを教えるんですね。
私の場合は「辞書形」、つまり元の形を教えるのですが、それ以上深入りはしません。
つまり、「書きます」「書く」という二つの形しか教えないのです。
普通はそう教えます。

でも、うちの同僚は全て教えちゃう。
例えば「書かない」「書こう」「書け」「書かれる」「書かせる」・・・
とにかく、全部の形。
「動詞のシステムを覚えないといけません」
でも、こんなの最初に覚えられないでしょ。

一番ショックだったのが、一年生が「おもしろいです」「わかります」と言っていること。
こんなのわかるほうがおかしいと思うんですけど。
だって、これって・・・
まだ泳ぎ始めたばかりなのに、バタフライを教えるようなもの。
厨房に入ったばかりの新入りに客に出すオムレツを作らせるようなもの。
バイエルを弾いている子供にベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」を弾かせるようなもの。
ヤングライオンがエメラルドフロウジョンを先輩に仕掛けるようなもの。

とにかく、めちゃくちゃです。
明日の授業が怖いよ・・・

いつも私が学生に教えることがあります。
「『わかる』というのは簡単なことではない」
「わかる」と軽々しく言う学生が多いんですよ。
例えば、「買う」という言葉があって、その訳を知っていれば「わかる」ことになるという考え方。
訳を知っていることは「わかる」こととは根本的に違うこと。
それはただ単に「訳を知っていること」に過ぎないんです。

よく言う四技能「聞く」「読む」「書く」「話す」。
これが全部できて初めて「わかる」と言えるのです。
「訳す」というのは、この中のどれにも当てはまりません。
「訳す」という作業は、「わかる」に到達するためのアプローチの一つに過ぎないのです。
そこを勘違いしている学生が非常に多い。

だから一年生が「わかる」と言ったとき、私は非常に危険なものを感じたのです。
「わかったつもり」で先に進むと、必ずしっぺ返しが来ます。
どうしたらいいのか・・・

まあ、仕方ない。
これまでも8年間、こんな調子でやってきたんです。
同僚にはいくら言ってもダメ。
どんな言葉も効果なし。
自分の方法を曲げようとはしません。

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最後の写真は大学の窓から撮った夕焼けです。
明日はがんばるぞ・・・

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2008年09月18日

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たった今、ブレストから帰ってきました!
ふ〜、疲れた。

今日はブレストに日帰りで行ってきました。
日帰りで行くようなところではないのですが、木曜日のことも考えて、そういう日程になってしまいました。
目的はブレストで行われている「ベーラヤ・ヴェージャ演劇祭」という催しに参加しておられる里見のぞみさんの公演を見るためです。
ジャンルはパントマイム。
パントマイムって、ちゃんと見たことがなかったので楽しみ!

朝は3時半起き。
そして、4時53分発のブレスト行きの列車に乗りました。
公演開始が12時なので、そのタイミングでうまく着ける列車が他になかったんです。
朝の4時では地下鉄も動いていませんから、タクシーで駅へ。

うちでは3時間しか寝られなかったのですが、列車の中でぐっすり寝ることができました。
私、乗り物の中では寝られない人なんですよ。
でも、今日はさすがに熟睡でした。
9時7分に着く予定だったのですが、列車が途中で立ち往生。
アナウンスも何もなし(←ベラルーシですから、仕方がない・・・)。
結局、ブレストには50分遅れで到着しましたが、「すみません」の一言ぐらいアナウンスしてもよさそうなものだけど・・・

急いで劇場に着いたのは10時半。
リハーサルはすでに始まっていました。
日本人のリハーサルって、真剣勝負でやるので、私は見ていて楽しいです。
でも、うちのベロニカちゃんは「ちょっと怖かった! 一言も発しちゃいけないような緊張感があるね」と言っていました。
別に悪い意味で「怖い」と言っているのではないんですよ。
ベロニカちゃんはニコニコしながら「これが本当の芸術だよね」と言っていましたから。

今回の件を知ったのは、たまたまGoogleで「ベラルーシ」で検索してこのブログが何ページ目に出てくるかを調べていたときに、たまたま里見さんがブレストで公演をなさるということを知ったのです。
そして、いろいろ連絡を取るうちに、私は今まで日本人のコンサートや劇場公演で通訳をしたときの苦労が走馬灯のように甦ってきて、いろいろと心配をするようになってしまいました。

でも、私の心配は幸いなことに、思いっきり杞憂でした!!!
今回の演劇祭は組織委員会がかなりしっかりしているようで、何の問題もなし。
日本人の方たちも「外国に行って、こんなに全てがしっかりしているのは初めて」と言っていましたが、正直、私もびっくりしました。
そして、英語で通訳をしていたオリガさんという女性がかなりしっかりしていて、現場をテキパキとさばいていたのが印象的でした。
先週、オリガさんと電話で話したときから「この人はかなりできる人だなあ」と思っていたのですが、実際は想像以上にできる人でした。
次に日本人アーティストがミンスクで公演をするときは、彼女を呼びたいくらいです。

さて、肝心の公演のほうですが・・・
すばらしかったです!!!
ブレストまで行った甲斐がありました(涙)!

専門家でもない私が公演の印象を書くのは気が引けるのですが、心の中に残ったものをそのまま書いてみようと思います。
もしかして、私の感じたことが演者の方の意図するところと全く違っているなんてことがあるかもしれませんが、思い切って書いてみます。
なんてったって「旅の恥はカキクケコ」なんですから・・・

演目は「私は誰? 〜Who am I?」というもの。
3部構成になっていました。
それぞれに名前がついていましたが、私は私なりに感じたところを書いてみます。

第一部はまだ自分というものが見えていない自分との格闘。
格闘というよりは模索と言うべきか。
いろんなポーズをとっても何かが決まらず、居心地の悪さなのか、より良い形の探求なのか。
つねったり捻ったり、しまいには破ってしまう。
これを文字通りの誕生ととらえるか、自我の誕生ととらえるか。
私は思春期を越えて、(何度目かはわからないけど)再びの誕生ととらえたのですが・・・

ちなみに、人生っていろんなポーズがあると思うんです。
でも、「ポーズのためのポーズ」か「生きるためのポーズ」か、あるいは「命を懸けたポーズ」かって、かなり違っていると思います。

第二部では足元が心もとない、でも、どこか楽しんでいるようで。
紙の道が広がっていくようで、でも、それはただの制約でしかなくて。
道を走ることが順調なことの証拠のようではありながら、その道自体は狭い。
走っているから世界が狭いことに気づかないのか、狭いことに安心感を感じるのか。
結局、からまってもつれて、道ではなく、ただのぐちゃぐちゃ。

第三部では紙袋だけが人生さ。
赤い糸が意味深だったりするけど、そこでそのイメージにはまると「ああ、俺って日本人なんだなあ」っていう居心地の悪さにはまりそうで、そのイメージを強制排除。
結局、孤独なのかなあ。
それが嫌味でもなく、悲しみでもなく。
孤独っていうのは存在の一つの単位だから(←大好きな作家の受け売り)。

言語よりも雄弁なものを何と名づければいいのでしょう?
ああ、でも「雄弁」っていう言葉も気持ち悪いなあ。
静かなんだけど、伝わるものがある。
大声で叫ぶんじゃなくて、語りかけてくるような。
言葉にすればするほど、あのパフォーマンスの本質から離れていくようなので、やめておきます。

「身体言語」という言葉がありますが、「言語とは考えなどを他の人に伝える手段である」と捉えるとするならば、「言語ってそんなに万能な伝達方法、または表現手段なの?」と勘ぐってみたくもなります。
このままいくと(どこへ行くの?)、身体は言語を超えられないという感じがしてしまうので、違う言い方にしませんか?
例えば「言語身体」。
こうすると「身体」のほうが「言語」より偉い感じがするでしょ?
でも、こうするとたくさんある「身体」のうちに「言語」をつかさどる「身体」があるようで、それもちょっと違うけど。
言葉のレベルではうまいところに着地できないのが悔しいですが、とにかく楽しむことができました。

「人生」を描くと「人生の悲哀」とか言っちゃって、結局悲しいながらも泣き笑い、いや、悲しいから泣くのか、まあ、それはいいとして。
今回の「私は誰」は「不思議と悲しくはない」、という不思議に楽しい舞台でした。

すみません。
このパフォーマンスを見ていない方には何のことやらわからない内容になっていると思います。
簡単に言えば、私にとって、忘れられないものになったということです。

今日は平日のお昼ということで、学校の「演劇教室」のような感じで、子供たちがたくさんいました。
それがまあ、うるさいうるさい。
第一部はうるさくて、最初の音楽が聴こえないほどでした。
でも、パフォーマンスが進むにつれて、だんだん静かに見るようになっていきました。
子供たちは動き自体が笑えるような箇所に異常に反応して笑っていましたが、それでもいいのかなあと思いました。
民族や年齢などによって、それぞれが持っているコンテキストが違うのですから、笑いにもずれは出てきますよね。

そもそも、こういうタイプのパフォーマンスがベラルーシにはないんですよ。
ベラルーシの観客の傾向としては、外からの刺激を自分の中で広げていくのではなく、きわめて受動的に刺激を受け取り、それに対して端から見た表面的な評価を下すというのが一般的な形ではないかと思います。
能動的な心の活動を誘発し、観客を共演者(共犯者?)にしてしまうような今日の劇。
もう一度みたいです・・・

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公演終了後、里見さんたちと役所の食堂で昼ごはんを御一緒させて頂きました。
食事をしながら、ベラルーシのお話しをしたり、演劇関係のお話を聞かせていただいたり。

里見さんは非常にお話しやすくて、たくさんの興味深いお話を聞かせてくださいました。
声が非常にきれいで、しっかりと通る、聞いていて気持ちのいいお声の持ち主でした。
うちのベロニカちゃんが「一緒にいるだけでプラスのエネルギーをもらえるような感じがする!」と言っていましたが、まさにその通りです。

高橋さんには自家製のお味噌やお醤油などを頂きました。
山形のおそばまで!
私が山形出身ということで、おそば。
ラーメンも好きですが、やはり山形県人はおそばです。
お気遣いいただきありがとうございました!
大事に食べさせていただきます!
私も自家製で豆腐や納豆を作ってみたいと思っているのですが、作り方を教わる時間があればよかったです。
今度、ドラニキの作り方をこのブログに書きますので、ぜひお読みになってください。
もっと料理談義したかったです。

照明の板谷さんは、私がアルバイトをしていた世田谷パブリックシアターでお見かけしたような気がものすごくするのですが、たぶんお見かけしているはずです。
そうだとしたら、世田谷の次はベラルーシでお見かけして、そして、お話しまでしてしまったことになるわけで、これも不思議な縁だなあと感じました。
うちのベロニカちゃんが「リハーサルの時は一番怖かったけど、本当は優しい人なんだね」と言っていました。
私は「リハーサルのときのは『怖い』んじゃなくて、『真剣』なんだよ」と説明しておきました(←正しかったでしょうか?)。

榎本さんとはメールのやりとりをしていたので、初対面という感じが全然しませんでした。
もうちょっとゆっくりお話ししたかったです。
劇場関係の話しとか、ミンスクではする相手もいないので飢えているんです。
まあ、私は日本の演劇関係の話は全く詳しくないのですが。
次回はぜひミンスクの私の家か、日本の居酒屋でゆっくりお話しできればと思います。

ミンスク公演、実現させましょう!
里見さんの公演、私自身ももう一度見たいですし、うちの学生たちも見たいと思っているはずです。
うちの大学の一年生アーラちゃんは「先生、どうしてミンスクで公演がないんですか!?」と非常に憤慨していました(彼女はダンスの勉強をしているらしく、すごく見たがっていたのです)。
でも、ブレストの演劇祭ですからねえ。
今回は仕方がないとしても、次回はぜひ!

明日は細々とした用事が。
夜はバレエ学校に留学している女の子をうちに招待する予定です。
学校の食堂が異常にまずいらしく、日本料理を食べたいと言っていたので。
私と同じ在ベラルーシ8年のバレリーナとその夫(ベラルーシ人)も来ます。

いやあ、きついと思いますよ。
だって、日本からベラルーシに来る人たちって、割とお金があって、毎日レストランなんかで食事しちゃったりするわけじゃないですか。
その未来のバレリーナは寮の食事。
普通、寮にはキッチンがあって、自炊できたりするのですが、そのバレエ学校の寮は安全面を考えて、キッチンがないのです。
私も食べたことがありますからわかりますが、学校や寮の食事はかなりやばいのもあります。

そのバレエの女の子はまだベラルーシに来たばかりで、ロシア語もわからない状態。
ずっと心配していたので、同じ寮に住んでいる女の子に電話して、その日本人の子につないでもらったんですが、声が思いのほか元気だったので安心しました。
「食堂の食べ物、おいしくないんですよ」とか言っていたのですが、「これって、カニかまなんですかね? 今食べてるんですけど、かなりおいしいです」とうれしそうでした。
ベラルーシで売っているカニかまは、日本のとは比べ物にならないと思うんですけどね。
すごく「魚食べたい、魚食べたい」と言っていたので、同じ寮の子がベラルーシにもカニかまがあることを教えてあげたのでしょう。

その日本人の子はまだベラルーシの携帯電話を持っていないので、同じ寮に住んでいる将来のバレリーナたちに電話をしたのですが、彼女と同じグループで勉強しているカーチャさんは「彼女とは日に日にコミュニケーションがとりやすくなっている」と言っていました。
かなり仲良くやっているようです。
すごく安心しました。

今日、ブレストからうちに帰って、とりあえずPCを開けてブログをチェックすると、昨日の訪問者が336人!
何かの間違いじゃないでしょうか。
今までの最高は100人ちょっとですから、一気に336人になったのはうれしいというよりもちょっと怖い感じがします・・・
どうなんでしょう?
急にベラルーシに対する関心が高まるとは思えないし。

今日は自分の感じたことを気ままに表現するはぐれミーシャでした。

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2008年07月24日

4f2c9ed8.JPG今日はとてもいいことがありました!
先週、このブログのコメント欄に九州のKBC九州朝日放送の方から連絡があり、ラジオ番組への出演依頼を頂きました。
そして、今日、その番組が放送されたのです!

番組の名前は「PAO~N パオーン」です。
その番組の中で「独占!大人の時間」というコーナーがあり、そのコーナーの水曜日のメニュー「世界ウハウハハウマッチ」に出演したのです。
そのコーナーでは世界のさまざまな国で生活する日本人に国際電話をかけて、いろんな話しを聞こうというもの。
生放送です。

放送時間は日本時間で15時10分。
ベラルーシの時間では朝の9時10分でした。
前もって質問を頂いていたので、答えるのは割りと楽でしたね。
ちょっとしゃべりすぎたかな、と思っています。

コーナーの最後に物の値段に関するクイズを司会者の方に出さなければならなかったんです。
私が選んだテーマは豚肉。
「豚のバラ肉一キロのお値段は・・・ハウマッチ!」
さて、皆さんはいくらだと思いますか?
答えは12000ベラルーシルーブル、約600円です。
これでもかなり高くなっているんですよ。
だって、一年ぐらい前は9000ルーブルとかでしたから。

そのコーナーが終わって、係りの人が電話に出たのですが、「古○さん、しゃべるの慣れている感じでしたね」
そうですね。
僕、テレビとかラジオって、本当に緊張しないんですよ。
通訳の仕事のときはびびりまくるくせに。
それに、経験もありますから。

「経験」というのは、ベラルーシで一度だけ、ラジオに出演したことがあるんです。
4年ほど前、まだ独身だったころのことです。
今日の写真はそのときにスタジオで撮った写真です。
相手のパーソナリティーはオリガ・ネフョードヴァという女優さんです。
声がものすごくハスキーな人でした。
彼女のラジオ番組では、月に一回外国人をスタジオに招いて、その国の話しをしてもらうという企画がありました。
そこに呼ばれたのです。
2時間の生放送。
ずっとスタジオの中にいなければなりませんでしたが、CMがあったり、音楽があったりで、ずっとしゃべりっぱなしというわけではありませんでした。

彼女の質問「ベラルーシ人がイメージしている日本と実際の日本はだいぶ違いがあるんじゃない?」
この質問に「僕はよく子供たちに折り紙を教えたり、日本について話したりしているんですが、そのときに必ず言うことがあります。『日本では侍も忍者も芸者もポケモンも町の中は歩いていませんよ』」
この答えにオリガさん、爆笑!
このとき、学生たちも聞いていたのですが、その番組をよく聞いていた学生が「あの司会者はいつも落ち着いていて、あんなに笑ったの、初めて聞きましたよ」と言ってました。

音楽をかけている間に、私たちはお茶を飲んだりしてリラックス。
オリガさんが「あきら、あなたは彼女いるの?」「ええ、いますよ」「じゃあ、今から電話して、出演してもらってもいい?」
え〜! 本当?
そのとき、彼女(あのおそろしいジャイアンシチューを作った子です。6月29日の「まずい料理」をご覧ください・・・)はミンスクから遠く離れた実家に帰っていて、電話をするとびっくり。
でも、もともと演劇関係の勉強をしていただけあって、堂々と質問に答えていました。

ラジオへの出演はその一回だけ。
僕はもともとラジオが大好きだったので、夢がかなったような感じでした。

ラジオが好きだ!と言っても、ベラルーシでは全く聞きません。
聞いていたのは、中学生の頃。
小学校のとき、誕生日にもらったSONYのラジオでいろんな番組を聞いていました。
その当時「ラジオパラダイス」というラジオのファン向けの雑誌があって、そこで紹介されている番組は地方局のものにいたるまで、いろんなものを聞いていました。

例えば、RKB毎日放送という福岡の放送局の番組で「HiHiHi(ハイハイハイ)」という夜のワイド番組はよく聞いていて、はがきで投稿して採用されたりしていました。
あっ、RKBは今日私が出演したKBCのライバル局ですよね。
KBCの方が読んでいらっしゃったら、すみません。
私が住んでいた山形ではRKBの方が受信状態がよく、KBCはかすかにしか聞こえなかったんです。

あとはSTVラジオという北海道のラジオ局の「アタックヤング」。
今でもやっているみたいですね。
その当時は田中義剛がパーソナリティーをやっていて、ちょうど全国的に有名になろうとしている頃でした。
おもしろかったなあ。
彼のCDも持っていましたよ。
今も実家に残っています。
結構、いい声してるんですよね。

そして、やっぱりはずせないのが「オールナイトニッポン」!
あのテーマソング「ビタースイートサンバ」を聴くと、今でも胸がキュンとします。
有名な歌手やタレントがパーソナリティーをしていますが、私が好きだったのは3時から5時までの「オールナイトニッポン第二部」。
私、あんまりメジャーなのって好きじゃないんですよ。
アイドルマニアの人とかで、まだ有名じゃないアイドルを応援して、メジャーになったら興味を失う人、いますよね?
私もそういうタイプです。
まだあまり有名じゃなかった伊集院光のは、夜中に笑いをこらえながら聞いていました。

私が一番好きだったパーソナリティーは片桐麻美という女性シンガーソングライターです。
最初、聞いたときは「なんて暗い雰囲気なんだろう」と思いました。
オールナイトニッポンとは思えないような静かな空気が流れていました。
非常に淡々とした感じで番組は進むのですが、リスナーの手紙を丁寧に読む人で、とても長い手紙を読んでコメントをしたりするので、一通にかなりの時間を費やしていました。
その内容は本当に心が通ったもので、深い内容の話しが多かったのを記憶しています。
ある日の番組の最後に、彼女の歌で「あなた」という曲が流れました。
確か5分近くかかる長い曲です。
私は心を打たれました。
CDを買いました。
何度も聞きました。
でも、今、そのCDは日本で知り合いに貸してそのまま紛失してしまいました。
何とか探さないと・・・

オールナイトニッポンの第二部は夜中の3時からですから、起きているのは大変です。
私はその頃、高校受験を控えていて、夜は19時半ぐらいに寝て、夜中の2時半に起きていました。
夜中のほうが勉強に集中できるから、というのは建前で、本当は深夜放送を聴きたかったんですよね。
高校受験の当日も、2時半に起きて、片桐麻美のオールナイトニッポンを聴いてから、受験を受けに行きました。
今でも、よく覚えています。

全然、関係ないのですが、その頃、オールナイトニッポンの放送中に流れるCMで、非常に耳に残るものがありました。
それは「夢の遊眠社」という野田秀樹さんがやっている劇団のCMでした。
内容は覚えていませんが、その劇団の名前だけは「変な名前だなあ」ということで記憶に残りました。
私は東京に住んでいたとき、世田谷パブリックシアターという劇場でアルバイトをしていたのですが、その劇場では野田さんの劇をよくやっていたんですよ。
あるとき、劇場のエレベーターで野田さんと二人きりになってしまって。
「ああ、この人が夢の遊眠社の人なんだなあ」と思って、感動というか、何か不思議な気分になったのを覚えています。
エレベーターを降りると、そこは稽古場になっていたのですが、その前の廊下のど真ん中で一人の有名俳優が熟睡していました。
それを見た野田さんは指をさして、私と一緒に笑いをこらえていました。
本当に不思議な気持ちでした。

今日はただの思い出話になってしまいました。
ラジオに興味がない方には退屈な内容だったと思います。
すみません。

ちなみに、ベラルーシのラジオはあまりおもしろくないです。
ベラルーシに来て、最初の半年間はテレビがなかったのでラジオを聴いていたのですが、DJがつまらないのが多くて。
学生たちに聞いても、ラジオを聴く若者はかなり少数のようです。
日本ではどうなんでしょうかね。
昔は深夜放送は「若者たちの解放区」だったわけですけど、今はどうなのかなあ・・・

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2008年07月08日

c81cf9bd.jpg今日は授業が三つ。
しかし、最初の授業、学生が全く宿題をせずに来たので、途中で授業をやめて、うちへ帰しました。
その学生、今回が初めてじゃないんですよ。
先週も全く質問に答えられず、「準備ができてないのなら、授業に来る意味はない」と言って、帰らせたのです。
最低限の準備もしないで、授業に来るなんて!

でも、その後、一人の女子学生のおかげで、暗い気分も吹っ飛びました。
その子の名前はナースチャさん。
ある大学で日本語を勉強している一年生です。
その大学からうちに勉強に来ているのは、どちらかと言えば、授業についていけない子が多いんですけど、ナースチャさんは全然違います。
10年に一人の逸材とでも言いましょうか(私、日本語教師のキャリアが8年なんですけど、そう言っちゃいます)
これほどの才能には久しぶりに出会いました。
性格も素直そうだし、やる気がすごい。
彼女はミンスクの人ではなく、オルシャという町の子なのですが、日本語の勉強に集中するために両親のところには帰らず、ミンスクに残って勉強するというのです!!!
いやあ、ここまでやる気がある学生も久しぶりですよ。
こちらも気合が入ります!

今日は7月7日ですね(このブログは日本時間で投稿しているので、今、ミンスクはまだ7月7日なのです)。
今日はうちの兄貴の誕生日。
おめでとう!
こんな言葉、面と向かっては一度も言ったことないけど、たまには、ね。
ところで、プレゼント送ったんだけど、届いてる?(業務連絡)
ミンスクのサッカーチーム「ミンスク・ディナモ」のユニフォーム。
背中に名前まで入れてもらったんだから。

そして、私とベロニカちゃんにとっても、今日は特別な日。
3年前の7月7日、私達は知り合ったのです!!!
運命ですよね、これって。

7月6日の投稿でも書きましたが、私達が出会ったのはゴーリキー記念ロシア劇場の前でそこの俳優オレグ君に紹介されたからです。
そのとき、私は知り合いの女の子と劇を見に行っていて、ベロニカちゃんはオレグ君にもらった招待券で劇を見ていたのです。
知り合ったときの印象は・・・特になし。
「こちらはベロニカさん」と紹介されて「どうも」と答えたのだけは覚えているかな。
ベロニカちゃんも特に印象はなかったそうです。

どうしてベロニカちゃんは俳優と知り合いだったのかというと、それはオレグ君がやろうとしていた劇の衣装をベロニカちゃんが作っていたからです。
その劇というのは、チェーホフの三人姉妹・・・なんですが、オレグ君がやろうとしていたのは全く違うスタイルの演出。
それは日本の伝統芸能を取り入れたもので、役者は全員男性というもの。
今日の写真はその劇の写真です。

簡単に言えば、色物です。
オレグ君と知り合ったのは、その年の冬。
喫茶店で会って、その劇の構想を聞いたときは全く意味がわからなくて。
「どうして男だけなの?」「だって、日本の能や歌舞伎は男だけだろ」
うーん、何か間違っているような・・・

どうしてそんな構想が生まれたのかと言うと、日本の演出家の人がベラルーシに来てマスタークラスを開いたことがあって、その影響なんだそうです。
でも、その人は歌舞伎や能の人ではなく、いわゆるアングラ演劇の演出家。
二回目にその演出家がミンスクに来たときは、途中までその三人姉妹をやってみせたのです。
でも、それは言葉にならないほどひどいもので・・・
簡単に言えば、企画倒れ。
そのとき、ベロニカちゃんは会場にはいなかったんですよね。

その後、その「三人姉妹」を本格的に上演するために、公開リハーサルが行われたのです。
それは夕方の4時からで、私も呼ばれて行ったのですが、学生のレッスンが7時からあって、急いで帰らないといけなかったんですよね。
それに、かなり疲れてて。
そのとき、ベロニカちゃんは会場にいたので、私のことをよく覚えているそうです。
劇の最中はにらむような目つきで舞台から目を離さず、非常にまじめで怖い人という印象を持ったそうです。
それは眠かったし、内容がひどくてむかついていたからなんですけど。
劇の後で出演者、関係者だけが残って、その劇場の芸術監督が講評を述べる席にも私は出席して、そのときベロニカちゃん、私の隣りに座ってたらしいんですけど、全然覚えていないなあ・・・
ベロニカちゃんの話では、私は非常にイライラしていた様子で、時計を見たり、ショートメールを書いたりして、早く帰りたそうにしていたそうです。

この三人姉妹に関しては、いつか思い出話として書きたいと思います。

まあ、とにかく。
オレグ君のおかげで私達は知り合いになったのだから、良しとしよう!
でも、不思議な縁だよなあ。
彼のおかげで知り合って、今度は彼の結婚式の証人をするんだから。

なので、今日は二人でお祝いです。
ワインとケーキを買ってきました。
私がベラルーシに来たのは偶然。
ベロニカちゃんと出会ったのも偶然。
そんな偶然に感謝しつつ、お祝いしたいと思います。

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2008年06月16日

d9e35821.JPG今日は久しぶりの劇場!
約一ヵ月半ぶりじゃないかなあ。

今日見たのは、ベラルーシ国立ヤンカ・クパーラ劇場の新作「ピンスクの貴族達(Пiнская Шляхта)」です。
名前を聞いたときは、正直、期待してなかったんですよね。
作家もドゥーニン=マルツィンケーヴィッチという古い作家。
今年で生誕200年だそうですが、正直、イメージないし。
同じ劇場で同じ作家の「田園詩(Идиллия)」という劇を見たのですが、全くわからず。
なので、全く期待していなかったのです。

劇場に行く途中、友人の俳優ジーマ・ラチコフスキーにばったり会って、「どこ行くの?」と聞かれたので、「『ピンスクの貴族達』を見に行くんだ」と言うと、彼は「本当?! あれはすごいよ。だって演出がピニーギンだもん!」
おお、ピニーギン!
彼こそ、ベラルーシ演劇界が誇る天才演出家です。
彼の劇には毎度、驚嘆させられています。
これは期待ができる!

そして、劇は・・・
超すごかった!
もう久しぶりに心ごと持っていかれたような感じです。

お話しはピンスクというベラルーシの田舎での出来事。
ベラルーシ文学によくあるパターンですよ。
若い男女が恋に落ちる、しかし、お互いの両親はちょっとしたことでけんかをしてしまう。
ここまでは普通ですよね。
その若い女の子、マルィシャ役を私達の友達の女優、アーニャちゃん(Анна Хитрик)が演じてました。
相変わらず、エンジン全開。
皆さんに見せたいですよ、本当に。
歌と踊りで、観客を全てとりこに。

さあ、ここからが非常にベラルーシらしいところ。
お互いの父親がけんかというか、男の子の父親が女の子の父親を侮辱するようなことを言ったんです。
なので、言われたほうは殴っちゃったんですね。
そこで、登場するのが役人クルチコフ。
そのいさかいを解決するためにピンスクに送り込まれた役人。
彼は穏便に済ませたい双方から賄賂を取りまくり、お金をもらったくせに結局二人を罰金と百叩きの刑に。
それも、二人のけんかを目撃した人たちからも「二人をとめられなかったから」という理由で罰金をとり、けんかを目撃しなかった人からは「目撃しなかったから」という理由で罰金を取るという横暴。

みんな、クルチコフの秘書に賄賂を渡して、刑を免れようとします。
その秘書の言った言葉「頭のいい人の秘書ってのは、いい仕事だ。こっちから賄賂をくれと手を伸ばさなくても、お金のほうからこっちのポケットに入ってくるんだから」
その賄賂が効いたのか、彼らは刑を免れます。

そこで二人の若い恋人達はクルチコフに助けを求めます。
「結婚したいんです! 何とかしてください!」
そこでクルチコフは無理やり親達を仲直りさせ、無事に結婚して、ハッピーエンド。

で、終わるかと思いきや!!!
ベラルーシ文学はそんなに甘くはないですぞ!

結婚式でお酒を飲み、盛り上がっている最中、クルチコフは二人の貴族に「○○がお前の悪口を言っていたぞ」とうそをつき、ケンカをけしかけるのです。
けしかけた本人は「またお金が貯まったら、僕を呼んでね!」と言って、町を後に。
そして、大喧嘩が始まり、彼らは自ら破滅していきます。
最後に彼らに残ったのは、自らの家の紋章が描かれた旗だけ。
その旗が虚しく空に掲げられます。
彼らは貴族といいながらも、田舎の貴族で、農民と変わりない人たち。
貴族としての名声にしがみつき、自らを見失っていく人たちが生き生きと描かれています。

かなり面白かったです。
この「救いのなさ」こそベラルーシ文学の真骨頂!

これは1866年に書かれた本。
1890年に発禁本になり、発行中止。
1918年に再発行開始。
といういわくつきの本。

っていうか、こんな本、今でもやばいんじゃないの?
ベラルーシのリアリティー、そのまんまだもん。
この演出家、ピニーギンのやった劇の中で、今では上演されてない劇があって、それもかなりやばい劇でした。
おそらく禁止されているんでしょうけど、僕はもう一度見たいなあ。
その劇は僕が今まで見た劇の中でベスト3に入ります。

今日の主役は国民的俳優、ヴィクトル・マナーエフ。
彼は最高!
最高の喜劇俳優だと思います。
彼の「長ぜりふの一気読み」は相変わらずすご過ぎ。
僕の大好きな俳優です。

ベラルーシ文学、日本語に訳さないと!!!
だって、ほとんど本がないんですよ。
ブイコフという作家の「死者に痛みはない」という作品ぐらいしか翻訳はないんじゃないかなあ。
しかも、出版されたのが、1967年だし。

よし、俺がやる!
やってやるって!
俺達の風が吹くって!

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2008年06月02日

d54f6b85.JPG今日は日曜日なのに、とても疲れた。
いつも疲れているんだけど、今日は疲れのせいか、頭も痛い。

数日前にもブログに書きましたが、二人の学生が大学の試験で落第する瀬戸際。
その再試験が明日(月曜日)に迫っているのです。
なので、それぞれの女の子と二コマ、つまり3時間の勉強。
これはねえ、結構疲れますよ。
一人の人間と一対一で3時間話し続けるのって、エネルギーが必要です。

話を聞くと、再試験なのは彼女達だけではなく、29人の学生中、9人もいるんだそうです。
そりゃそうですよ。
だって、一年生ですよ。
「琵琶湖」とか「小澤征爾」(この名前は教科書に出てくるんです)とか書かされるんですから。
僕だったら、書けませんね。

もうやるべきことは全てやりました。
あとは祈るだけです。

今日はケフィールという飲み物について。
日本でも今、「ケフィア」という名前で売られていますよね。
健康食品として。
ケフィールは旧ソ連圏ではスタンダードな飲み物。
健康食品と声高に言うものではなく、牛乳とかヨーグルトなどと同じような感覚で飲まれています。
安いです。

消化器系にいいんですよね、確か。
血圧を下げるという研究結果もあるようです。

たった今、写真に写っているケフィールを飲んだんですけど、まあ、僕はそれほど好きではありません。
微妙な味です。
ベラルーシでも嫌いな人は全然飲まないそうです。
僕も体にいいから飲んでいるんです。

普通はそのまま飲むんですが、ジャムを入れたりすることもあるようです。
塩を入れたり、ディルとか塩漬けのキュウリとか入れたりする人もいるようで。
僕は絶対に飲みたくないです。
昔のCMで、オロ○ミンCに卵黄を入れて飲んでいたのを見ましたが、あれぐらいやばい感じがします。

そういえば、3年前にベラルーシ演劇セミナーに参加するために、ベラルーシの演出家ルツェンコさんと日本へ行ったときのこと。
宿泊していた新宿のホテルの前にコンビニがあって、食事の後などに毎晩立ち寄っていたんです。
本当は一人でのんびり買い物がしたかったんだけど、ルツェンコさん「俺も行く」と行って、ついてくるんです。
まあ、それはいいんですけど、彼はかなり高齢で、健康オタクなんです。
最初の晩、乳製品コーナーの前に立って「古○、ケフィールはないのか?」と、いつものドスの効いた声で聞いてきました。
「日本にはケフィール、売ってないんですよ」
いや、多分、健康食品としては存在してたんでしょうけど、コンビニには売ってないんですね。
ルツェンコさんは驚いた様子で「どうしてだ!? ケフィールほど健康にいいものはないんだぞ。あれはな・・・」と、ケフィールの効用について、くわし〜く講義。
乳製品コーナーにある「飲むヨーグルト」を見て、「これはケフィールじゃないのか!?」と質問してきたりして、乳製品コーナーの前で延々10分以上は語らいあいました。
しかも、次の日、同じコンビニに行くと、まるで昨日あったことを忘れたかのように、「古○、ケフィールはないのか!?」と振り出しに戻る。
そんな日々が5日間続いたのでした。

ケフィール、日本で盛んに宣伝しているようですが、日本人の口に合うものなんでしょうか?
この前ベラルーシにいらした日本人の女性は他の国で飲んだことがあるらしく、ケフィールが好きだと言ってましたが。
ベラルーシにいらしたら、ぜひケフィールを飲んでみてください!

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2008年05月02日

427e90e9.JPGやっぱりというか、予想通り、暖かい天気は続かず、ちょっと寒くなりました。
ジャンパーなしでは肌寒い感じでした。

今日はメーデー!
メーデーと言えば、労働組合がやるお祭りというイメージですが、ベラルーシではすっかり普通のお祭りになっています。
一応、労働者のため、ということにはなっていますが。
労使交渉をがんばろう!などと言うことはありません。

ちなみにベラルーシでは労働組合はありますが、日本の労働組合とはだいぶ意味合いが違っているように思います。
労使交渉がどうのこうの、という話は聞いたことがありません。

僕は2年ほど前、仙台の労働組合の方がいらしたときに通訳をしているので、こちらの労働組合の人には知り合いが多いんです。
今日は、うちの近くにある国立図書館の前でいろんな催し物が。
地下鉄の駅でミンスク市労働組合連合のヴラジーミルさんにばったり会いました。
彼とは通訳の仕事をしたときから、とても仲良くしています。
今日はミンスク市内のいろんな場所でメーデーを催し物があり、彼は国立図書館前の様子を見に来たのだそうです。

そして、僕達は知り合いのうちへ遊びに。
その知り合いとは、劇作家のエレーナ・ポポワさんとその御主人で画家のグリゴリー・ネステロフさんです。
実は3年ほど前、ポポワさんの戯曲を日本語に翻訳したことがあるのです。
そのときは、ミンスクにあるゴーリキー記念ロシアドラマ劇場の芸術監督だったボリス・ルツェンコさんと日本へ行って、ベラルーシ演劇を紹介するという企画があって、その中でベラルーシの戯曲をリーディング形式で上演することになったのです。
そこで、ヤンカ・クパーラ劇場の方に誰の戯曲を翻訳すればいいかどうか相談したところ、ポポワさんを紹介してもらったのです。
数日後、彼女をうちを訪ねて、翻訳の許可をもらいました。
劇作家の方と会うのは初めてだったので、すごく緊張したのを覚えています。
でも、彼女はとても話しやすい人で、例えば、翻訳で困ったことがあって彼女にちょっと意訳になっちゃうけど大丈夫かと相談したところ「もう好きなように訳していいわよ」との答えが。
普通、作家の人って、自分の書いた作品の扱われ方にはこだわるもんだと思っていたら、彼女は全然、気にしないタイプで。
そのときから、時折、お宅にお邪魔して、いろいろ仲良くしてるのです。

今日もいつものようにポポワさんの手料理を御馳走になりました。
彼女の料理はオリジナリティーがあります。
今日は丸鶏のお腹の中にクレープと干しあんずを詰めて、オーブンで焼いたものがメインでした。

彼女のうちに行くと、いつも芸術談義に花が咲きます。
演劇人の動向から、哲学的な話まで。
特に御主人の芸術論は非常に抽象的で難しいのですが、内容が深くて面白いです。
今度、彼の書いた作品を御紹介しますね。
僕は結構好きです。

非常に芸術的な刺激に満ちた時間でした。
今日は久しぶりの完全オフ。
ゆっくり休みます・・・

akiravich at 02:56コメント(0)トラックバック(0) 
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