生活

2009年03月30日

今日は日曜日。
一週間でも一番大変な日。

一番最初の授業の途中で、私は授業をストップ。
体調が悪く、次の言葉が出てこないような状態に。
学生たちには帰ってもらって、その後の授業も全てキャンセル。

実はこの一週間ほど、右脇腹がちょっと重いような感覚があって。
痛いというわけではないんですが、何かその部分だけが重くなったような感覚。

おそらく、肝臓ではないかと考えています。
お酒も好きだし、ストレスも溜まり易いほうだし。
かなり疲労が溜まっていたというのが、一番の原因かな。

明日は病院へ行きます。
何でもないといいんですけどね。
明日も授業はキャンセルしたほうがいいかなあ。

去年の9月に新学期が始まって以来、かなりの授業数をこなしてきましたからねえ。
周りの人からも心配されていたのですが、その心配が現実になりそうな予感・・・

今年になって、うちの大学の日本語科の教師、二人も入院してますからねえ。
3人目にはなりたくないです。

ベラルーシの病院には入院したくないですね。
知り合いの外科医に相談して、いい病院を紹介してもらおうかな・・・

とにかく。
今日は完全休養。
入院しない限り、このブログは毎日更新していきます。

では、また!

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2009年03月29日

今日もお疲れのはぐれミーシャです。
今日は7コマ。
ガタガタです。

今日は11時半から大学で一年生の授業がありました。
授業に遅れてきた学生、多数。
部屋に入ると4人しかいなくて。
10人中4人ですから。
学生がまだ来ていない学生に電話をかけると、「みんな、エレベーターを待っています」。
ふざけるな!

うちの大学、エレベーターが3つあるのですが、そのうち二つは超小さくて4人乗り。
しかも、スピードが遅いんです。
もう一つは大きいんですが、こちらはもっと遅くて、時々止まってしまうことがあるという恐怖のエレベーター。

なんで、エレベーターホールはいつも大混雑なんです。
うちの大学の建物は13階建てなのですが、授業は大抵10階よりも上の階で行われるんです。
それよりも下の階は図書館、事務室、各講座の部屋の他に、ベラルーシ国立科学アカデミーの階もあるんですよ。
なので、学生たちは10階〜13階で授業を受けているのです。

私はいつも階段で上まで上がります。
というのも、教師はエレベーターに優先して乗れるという規則があるのですが、私の見た目が中国人留学生にしか見えないらしく、前に通してもらえないからです。
一度、前に行こうとして、周りの学生たちに「後ろに行け!」と言われたことがあって。
それ以来、自分が教師であることをいちいち証明するのもめんどうだし、階段でのぼることにしているんです。

でも、おかしいですよね。
教師が汗水たらして(←まじで汗かきます)11階まで上がっているのに、学生たちはエレベーターが来ないから授業に遅れるなんて。
電話で話していた学生が「階段で来なよ!」と叱責。
4人の学生が15分遅れで教室に到着したのでした。

私はかなりきつくお灸をすえました。
「エレベーターでのぼりたかったら、もっと早く大学に来なさい!」
っていうか、若いのに楽しようとするな、って感じです。

私はもう9年も階段を上っていますが、それでも時々キツイ時があります。
体調が悪いときとかもそうですが、キツイのは冬。
くつも防寒靴だから重いし、着ているものも重いし。
そして、35歳という年齢も重くのしかかってきます。
昔はもっと軽いステップで10階まで上っていたのになあ・・・

でも、これは体にいいんですよね。
心臓にいいと聞きました。
普段、運動をする時間がない分、こういうところで体を動かさないとダメですね。

1コマ目はみんな重い空気でスタートした授業も、2コマ目はいつもの元気な一年生に。

そうそう、今日は相撲をやってみたんですよ!
「相撲」というタイトルのテキストを読んだので、私が「じゃあ、やってみましょう!」といつものワルノリ。
割と広い教室だったので、床にチョークで丸を書いて土俵を作りました。
ちょっと小さかったですけどね。

最初は私が学生のヴィターリー君とやってみました。
教師を相手にやりにくかったのでしょうか、私の勝ち!
やり方がわからなかったようなので、ルールや決まり手などを簡単に解説。
「猫だまし」をやって見せたら、みんな爆笑。

P3281950学生同士の取り組み。
ひが〜し〜 アンドレイく〜ん
に〜し〜 ヴィターリーく〜ん
この対戦は何となくアンドレイ君の勝ち。
途中、土俵の外に足が出まくってましたが、二人ともやめる気配を見せず、アンドレイ君がヴィターリー君を押し倒したような形に。

見ていた女の子たちは携帯電話で写真撮影&ビデオ撮影。
みんなから拍手が起こっていました。

P3281952P3281953休憩時間になっても熱は冷めやらず、そこに現れたのは韓国語の学生。
名前、忘れちゃった。
体格的にアンドレイ君、超不利!
結果は押し出しで韓国語の学生の勝ち。
ドアの外で見守っていた韓国語の女子学生たちも盛り上がっていました。

ベラルーシでは相撲はテレビで放送されていることが時々あります。
「ユーロスポーツ」というチャンネルです。
なんで、相撲をテレビで見たことがある人は結構多いんですよ。
でも、ここ最近、見かけないなあ。

やっぱり、見るだけよりもやってみたほうが話しが早いですよね。
学生たちもかなり気に入ったようです。
いつか「ベラルーシ場所」を開こうか、と。

今日の授業は最後に折り紙をしました。
いつも土曜日の授業では、最後に日本文化に触れるためにいろいろなことをしているのです。
今日はみんなで「ネコ」を作りました。
女の子は割と速いスピードで作っていましたが、男の子は女の子たちに手伝ってもらいながら作っていました。

P3281959これが私の作品です。
どうですか?

折り紙が結構時間がかかってしまい、15時からの授業に間に合うために、地下鉄の駅まで走ることに。
疲れた〜!

今日も楽しい授業でした。
明日も楽しい授業にしたいです!

明日はちょっと大変な日。
ベラルーシにはサマータイムがあるのですが、明日から時計を一時間進めなければならないのです。
つまり、明日8時に起きるとしたら、それはこれまでの7時に起きるのと同じということになるのです。
睡眠時間を一時間削るようなものです。
明日からは日本との時差は6時間になります(←普通は7時間)。

早く寝よう・・・

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2009年03月18日

ここ数日の疲れがガッツリ残っているはぐれミーシャです。
火曜日の朝は8時半から大学で授業なので、ちょっと大変です。

P3172269外に出てみるとこんな感じ。
ここ数日、少し暖かくなって雪が溶け出していたのですが、今日はまた氷が張っていました。
それでも、前よりはだいぶ暖かくなりました。
気持ちのいい朝でした。

今日の一年生の授業はちょっとバタバタしてしまいました。
いろんなことをやりすぎちゃったなあ。
でも、学生たちは楽しかったみたいです。
もっと日本語で会話させないといけないなあ。
まだまだまとまった話をする能力はついていません。

今日は12時半からのグループレッスンがキャンセル。
なので、久しぶりにカマロフスキー市場に買い物に行くことにしました。
カマロフスキー市場は「ミンスクの台所」とでも言うべき場所で、季節の野菜や果物、肉、魚が売られている市場なのです。

その前にヤクプ・コーラス広場にあるCD屋さんでお買い物。
お目当てはクラシックのCD。
以前はミンスクのどこに行っても、「クラシック名曲集」みたいな感じのしかなかったんですよね。
日本だと、よく駅前で一枚300円とかで売っている、レーベルも演奏者もわからないような奴ですよ。
でも、最近になって、まともなCDを売っているところが出てきたんですよね。

買ったのはゲルギエフがウィーンフィルを指揮したチャイコフスキーの交響曲第5番。
日本にいたときはレコード芸術とか読んでいたから、新しいCDの情報も入ってきたけど、こっちに住んでいるとそういう情報には疎くなるからね。
明日、ゆっくり聞こうと思っています。
ちなみに値段は29000ルーブル、約10ドルです。
見た目は正規盤のようですが、絶対に海賊盤でしょう。

市場に行く途中、現代ダンスのチケットを購入。
ちょっと知り合いの女性がやっているんです。
一緒に酒飲んだこと、あったなあ。
チケットは一枚25000ルーブル。
二枚で50000ルーブル。
高っ!

P3172271そして、大好きなカマロフスキー市場へ。
春が近づいているからか、人も多いし、野菜も多いなあ。
平日だというのに、結構賑わっていますよ。
市場にたどり着くまでにかなりお金を使ってしまったので、今日のお買い物は控えめに。
本当は中国食材の店でキッ○ーマンの醤油を買おうと思っていたんですけどねえ。

P3172272市場の魅力は売り手とのやり取り。
私は市場のおばちゃんたちと会話するのが大好き。
きゅうりとトマトを買ったとき、おばちゃんが「りんごはどう?」と聞いてきたので、「いやあ、もうお金ないよ」と言うと、おばちゃん「じゃあ、お金があるときに、また来てね」
こんな何気ない会話が好きなんですよね。

私の顔を見ると、大抵の人は私のことを中国人だと思うんですよ。
で、ベラルーシに住んでいる中国人の大半はロシア語は上手じゃないんですね(←例外も結構いますが、98%ぐらいは)。
そこで私がロシア語でチョロっと話すと、びっくりするんですね。
今日のおばちゃんもびっくりして、うれしそうに話してくれました。

P3172273それにしても、人が多いなあ。
春だからか、売り手のおばちゃんたちも機嫌がいいような気がします。
それか、私自身の機嫌がいいのか。
春が近づいている気配がしますよ!

サーモンの切り落としを買いました。
一キロ12800ルーブルでした(←約450円)。
私は魚のことはあまり詳しくないのですが、どこか小さいひれの周りで、油がギッチリとのったところです。
いつも買うんですよ。
それを塩焼きにするんです。
貧しい私たちにはたまに食べられるごちそうです。

P3172276これも今日市場で買った野菜たち。
ベラルーシ産でした。
たぶん、初物だと思います。
冬場は外国からの輸入物ばかりですから。
きゅうりもトマトも一キロ7800ルーブル(約2.7ドル。つまり260円ぐらいかな)。
まだまだ高いっすね。
旬になると、一キロが100円以下ぐらいになりますから。

P3172275うちへ帰ると、誕生日にベロニカちゃんにプレゼントした洗濯機が動いていました。
洗濯機がうちに来たのは先週の金曜日だったのですが、水道の栓との接続は専門家に頼まないとダメだったんですね。
今日、やっと水道屋さんが来て、使えるようになったんです。

記念すべき初洗濯は非常にすばらしいものでした。
すごくきれいになるんですね。
今までの手洗いとは比べ物にならないほど。
感動です!

メーカーはBOSCH。
ヨーロッパでは有名なドイツのメーカーですね。
ベラルーシでは洗濯機では一番いいメーカーだと言われています。
学生とかに言うと、「おー、すごいですね!」とみんな言います。

とにかく、今日はお疲れモード。
その割にはかなり長く書いているような気がしまうが、そんなことは気にしないように。

15時からは12歳のキラちゃん、17時からは17歳のレーラちゃん。
そして、19時半からはアーニャちゃんのうちへの出張授業。
外に出たくなかったですね。
でも、出るしかなくて。
出たら結構寒かったんですよ。
昼は春の気配が感じられたのに、夜は雪が降って、完全に冬に逆戻り。
あー、寒かった。

明日は一週間ぶりの休日。
いや、先週の水曜日は通信教育の会社に行ったから、2週間ぶりですね。
でも、今日の夕方、うちの大学の上司から電話がかかってきて、「1時半に大学に来るように」との御達しが。
人に会うだけなので、仕事ではないから、と自分に言い聞かせつつ、私はビールを飲んでいます・・・

今、インターネットでヒラリー・ハーンというヴァイオリニストの演奏を視聴しました。
曲はバッハの無伴奏ソナタ。
レコード芸術で、シベリウスがべた褒めだったから、どんな演奏をするのかと思ったのですが。
正直、絶句。
すばらしい!
一つ一つの音をなぞるような感じでありながら、その音符の深みに入っていくような感じでしょうか。
指でなぞるような丁寧さは一歩間違えれば、ただ楽譜通り弾いているだけのつまらない演奏になる可能性があるのでしょうが・・・「紡ぎ出す」という言葉が適当か、と。
私、あんまり若手の演奏家って聴かないんですが、これは素晴らしい。
私はこのヴァイオリニストに恋をしました・・・

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2008年12月09日

今日は楽な一日。
授業は5つだけ。

朝から昨日の残りのスープカレーを食べました。
昨日よりおいしくなっていました。
お昼ごろ、ベロニカちゃんのお父さんが来たんですが、カレーを食べて絶賛。
まあ、ベラルーシにはこういうタイプの料理はないですから。
それに、お父さんは私と同じで辛いものが大好きなんです。

さて、今日は今朝起こった衝撃の出来事について書きたいと思います。
朝の9時からは13歳のアレクセイ君の授業。
10時に授業が終わって、彼が靴を履いていたとき、隣人の部屋のドアが開く音がしたんですよ。
あまり隣人とは関わらないようにしているので、アレクセイ君に「ちょっと待って。隣の人がいなくなってから、帰ってね」

そして、私はドアの覗き穴を見たんです。
すると、そこには隣のおばさんが。
そのおばさん、私たちの部屋のドアの前で何かしているんです。

PC082373よく見ると、うちの前の足拭きマット(←写真を見てください。やわらかいプラスチックで出来ている感じのもの)の上で、自分の部屋の足拭きマットの埃を掃っているではありませんか!!!
ああいう足拭きマットって、結構、砂のようなゴミや塵がたくさんたまるんですよ。
それを全て私たちの部屋の前にある足拭きマットにぶちまけていたのです!!!

私がわざとドアの鍵を開けると、逃げるようにして自分の部屋に入っていきました。
これは許せないですよ。
うちのベロニカちゃんも怒り心頭。
ベロニカちゃんはすぐにドアの前を掃除しました。
「うちの前の足拭きマット、一日ですごい量の砂が溜まるから変だなあとは思っていたんだけど」

ちょっと私たちが住んでいるマンションの構造を説明しますね。
私たちの161号室に入るまでに、もう一つ外側のドアがあります。
そのドアを入ると4メートルほどの短い廊下があって、そこに159号室、160号室、161号室と三つの部屋があるのです。
つまり、この3部屋の住人はその廊下のスペースを共有しているというわけです(←わかりにくいですか?)。

しかし、私たちはその隣人たちとは非常に関係が悪いです。
一体私たちが何をしたのか、何が気に入らないのかはわかりませんが、一方的に嫌われているのです。

その「足拭きマットおばさん」もひどいですが、もう一つの部屋のおばあさんも最悪。
それは私たちが引っ越してきたばかりの頃でした。
私たちの部屋は知り合いのおばあさんから借りているものです。
そのおばあさん、私のことを非常に尊敬してくれていて、私のために部屋の内装を全てリフォームしてくれたんです。
本当は急いでウクライナに行かないといけなかったんですが、そのリフォームのためにベラルーシに残っていたんですね。

そのリフォームがなかなか進まなくて。
私たちもそれまで住んでいたマンションにかなり問題があって、早く引っ越したかったんですよ。
リフォームが遅れた理由は、内装を請け負った職人にありました。
その職人、最初は部屋に通ってきて、一人で黙々と仕事をしていたのだそうです。
しかし、ある日からプッツリと来なくなってしまい、音信不通。
いくら携帯電話に電話をしても圏外。
大家のおばあさんはウクライナに病気のお母さんががいて、一刻も早く行かなければならなかったんですよ。
なのに、そのせいで足止めを食らったんです。

結局、リフォームは完成しないまま、私たちは引っ越しました。
壁紙の張替えなどはベロニカちゃんが自分でやったんです。
かなり大変でした。
職人はもう現れないだろうと思っていたのですが・・・

それがある日、職人がフラリと現れたのです。
姿を見なくなってから、2週間が経っていました(←それまでにも一週間姿を消したことがあります)。
「どうして来なかったんですか!?」と問い詰めると、「胃潰瘍で入院してたんだ」
病院にいても電話はつながるはずだし(←ベラルーシの病院では携帯電話は禁止されていません)、本来なら職人のほうから「病気で休ませて欲しい」と連絡してくるのが普通でしょ。
まあ、これは見え透いた嘘。
実はその職人、アル中なんですよ。
素面のときはいいのですが、一度飲み始めると何日も何日も飲み続けるんです(←これをロシア語で「запой」と言います)。
私たちはその話を大家のおばあさんから聞いていたのです。
そういうアル中の人たちは、嘘をついたり、言い訳したりなんてことは平気でやりますから。

「150ドル払え」と言っている職人に、私は「大家と話さないと払えない」と突っぱねました。
元々は150ドルの約束だったのですが、最後まで仕事をやっていない職人に払う義理はありません。
むしろ、契約不履行で訴えたいぐらいなんですよ。

職人が帰って10分後。
うちの電話が鳴りました。
ベロニカちゃんが受話器を取ったのですが、突然、大きい声でケンカを始めたのです。
ベロニカちゃんはそういうことは滅多にないですから、私は非常にびっくりしました。
「どうしたの?」と聞くと、電話の相手は隣人のおばあさん。
内容は「お金を払わないのなら、警察に訴える」というもの。
実はその職人、その隣人が私たちの大家さんに紹介したんです。
他にも「あんたらは大家からリフォーム用のお金をもらっておきながら、それをネコババしようとしてるんだろ!」と訳のわからないことを散々に言われて、ベロニカちゃんは怒りの頂点へ。
私もこれは許せないということで、その隣人のところへ。

私たちの部屋のドアを開けると、斜め向かいがその隣人のドア。
歩いて5秒の距離なのに、なぜ電話をしてきたのかが理解に苦しみます。
ベルを鳴らすと、ドアを半開きにして「話すことは何もない!」。akiravich「こっちはあるんだよ!」
ドアを開けたところから、口論開始!

そのおばあさんの部屋の奥には、職人が隠れているのがわかりました。
こちらは訴えられるようなことは何もしていない、お金をネコババしようも何もお金をもらっていない、契約を守らなかった職人がお金を全額要求してくるのは間違っている、ということを説明したのですが、その隣人、こちらの言うことを理解しようという気はまるでなし。
隣人「訴えてやる! 私は市役所に知り合いがいるんだからな!」
akiravich「俺もいるよ〜。例えば、副市長とか・・・」
隣人「えっ・・・」
ベラルーシでは市役所というのは、国の人間になりますから、権力もあるんです。

akiravich「こちらは別にお金を払わないと言っているわけではないんだ。何があったのか、どういう約束だったのかもわからないし、突然来た職人、しかも初めて見る人間に150ドルも渡せるわけないじゃないか」
「お金を払わないと言っているわけではない」という言葉に隣人は敏感に反応。
そして、態度急変。
結局、その職人と隣人はグルだったんですね。
そこからは、その隣人が自分の人生がいかに辛いものだったかについて滔々と語るのを聞かされたのでした(←ベラルーシで年配の女性と話すときにはよくあること)。

職人が「残っている仕事、やりますよ」と言ってきたのですが断りました。
当然だよ!

大家のおばあさんにはすぐに電話で連絡。
大家さんは長年、そのマンションに住んでいましたから、隣人たちの性格は熟知していたのですが、さすがにその隣人の行動にはショックだったようで。
その隣人に関しては、「あのおばあさんは根は悪い人じゃないんだけど、お金のことになると最悪だからね。お金貸してって言われても、絶対に貸しちゃダメだからね」と言っていました。
もう一人の「足拭きマットおばさん」については、「基本的に、あの人は性格が悪いから、嫌い」

何が隣人の二人をそうさせてしまったのでしょうか。
そういうタイプの人間も、隣人とのトラブルもベラルーシでは珍しいことではありません。
よくある話しです。

私たちは特に何もしていないんですよね。
話したこともないのに、なぜ嫌われるのか。
それは私のうちに来る訪問者(←そのほとんどは学生なのですが)が異常に多いことに原因があるのかもしれません。
だって、多いときには一度に20人近くの人が来ますから。
隣人としては心配なのでしょう。
でも、学生たちには共有スペースでは一言も発してはならないと厳しく言ってありますから、うるさいということはないと思うんですけど。

それにしても、人のうちの前で足拭きマットのゴミをはらうという、その神経が理解できません。
私、とにかく隣人には恵まれないんですよ。
大学の寮に住んでいたときの隣人も最悪でしたし。
夜中に洗濯を始めるわ、冷蔵庫の中のもの(←冷蔵庫は共同でした)を食べられるわ、しまいには変な噂を大学で流されるわで、散々でした。
あれはひどかった・・・

とにかく、マンションを買ったらいいのだ!
そうすれば、今の部屋を引き払って、喜んで隣人たちとおさらばするのに!
マンション購入だ!
目標金額まで、あと29949ドル・・・

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2008年11月25日

今、夜中の12時半です。
料理してました。
明日、一年生の学生たちがうちに遊びに来るんです。
日本料理を食べさせてあげようという趣旨です。
日本料理を食べることで、日本文化を感じてもらいたいです。
日本料理といえば、寿司しか知らない人が多いんですよ。
他にもおいしい料理があるということを知ってもらいたいですね。

今日、大学からうちに帰って来たら、知らない女性から電話がかかってきました。
それはA君という学生のお母さん。
A君は、11月14日の投稿「自信過剰という病」に出てきた、私を激怒させた学生の一人です。

お母さんは「私が電話していることは息子は知らないので、決して言わないでください」と前置きした後で、今回の件について事情を説明して欲しいとお願いしてきました。
「今回の件」を知らない方にかいつまんで説明すると、学生3人のグループがあって、16時から授業があるのに、ドタキャン、しかも15時59分に電話してきて、キャンセルしたのです。
しかも、その理由が3人のうちの一人がベラルーシの映画祭の通訳をするとのこと。
大学で一年ちょっとしか勉強していない学生のすることではありません。

私はお母さんに事情を詳しく説明しました。
全く包み隠さず。
お母さんは「じゃあ、うちの息子は悪くないんですね」
う〜ん、どうかなあ。
映画祭に行ったのは、違う学生だけど・・・

お母さんとしては息子を許してもらって、勉強を再開して欲しいという願いがあったわけです。
それにしても、なぜ本人が電話してこないのでしょう?
いや、本人から電話はあったんです。
2回ほど。
でも、2回とも授業中で電話に出られなかったんですよ。
私のほうからは電話しませんでした。
だって、向こうから電話してくるのが筋でしょ。
その後、全く音沙汰がなかったので、「その程度の関係だったのかな」と私は思いました。

20歳にもなって、お母さんがこういう話に介入してくるというのは、ちょっと子どもっぽいと思うんですけどね。
こういうケース、何度かありました。
約束の時間に来なかったり、宿題を全然してこなかったり、私が本気で怒るのはそういうときです。
本人が謝るのではなく、お母さんが謝るのは筋が違うし、過保護だなあと思うこともあるわけです。

過保護じゃないお母さんもいますよ。
日本人の過保護とはちょっと違う感じがします。
説明しにくいですが。
大学生ぐらいになったら、自分の問題ぐらい自分で解決してもらいたいものです。
だって、もう大人なんだから。

ちなみに、うちのベロニカちゃんのお母さんは超過保護でした。
結婚して最初の頃は、お母さんの影響力が強く、非常に苦労したものです。
今では、ベロニカちゃんもお母さんに対して自分の意見をしっかり言うし、すっかり独立した感じになりました。

そういえば、今、5年生の授業で「日本人の家族観」というテーマでテキストを読んでいるんですよ。
やっぱり、家族内の関係もベラルーシと日本では違うようで。

学生たちに「何歳までお父さんやお母さんとお風呂に入っていましたか?」と質問したら、みんな目を丸くしていました。
ベラルーシではその質問自体がかなり奇妙に聞こえるらしいのです。
シャワーを浴びたり、お風呂に入ったりするときに、親が手伝うということはあるのですが、それは一人でできないような年齢、例えば5〜8歳ぐらいまでの話だそうで。
一緒にお風呂に入ったりするのは本当に小さいときだけ。

女の子の場合、お父さんと一緒にお風呂に入るというのはあり得ないそうです。
うちのベロニカちゃんに聞いたら、お父さんとお風呂に入ったことは一度もないそうです。
ベロニカちゃん曰く「『となりのトトロ』で、女の子たちがお父さんとお風呂に入っているシーンにはびっくりした!}
ベロニカちゃんのお母さんの話では、ベロニカちゃんがまだ小さかった頃は、お父さんがお風呂に一緒に入ったことがあったそうですが、ベロニカちゃんは全く覚えていないとのこと。

同性の場合でも、一緒にお風呂に入るのはほとんどないこと。
ベロニカちゃんもお母さんとお風呂に入ったというのは記憶にないと言っています。

高校生の頃、私は母親とよくケンカしていました。
今考えると、ひどいことも言ったし、母親もすごく傷ついていたんじゃないかなあと思います。
でも、東京に引っ越してからは、普通の仲になったような気がします。
そして、今、ベラルーシと日本で離れてみると、やっぱり母親は大事にしないといけないなあと今更ながら痛感します。

日本人って、母親のことをいろいろ言ったり、一緒に出かけたりすると、すぐ「マザコン」だとか、そういう馬鹿げたこと言いますよね。
そういうの、嫌いです。
母親を大事にするのが、なぜマザコンなのかわかりません。
いわゆる「マザコン」って、母親に依存して、母親がいないと何もできない人のことですよね?
依存する必要はないですが、大事にする必要はありますよ。
日本人の異常なまでの独立志向には首を傾げたくなります。

ああ、疲れた・・・
今日はこの辺で・・・

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2008年10月01日

ここ最近、超おつかれモード。
日本語弁論大会が終わって休めるかと思ったら、休む暇など全くなし。
明日(水曜日)はやっと休みだということでほっとしています。
まあ、休みとは言っても、朝の9時に13歳のアレクセイ君が来るので、純粋な休みとは言えないのですが・・・

さて、先週の木曜日、弁論大会の直前ですが、うちにスピーチの練習に来たカーチャちゃんから面白い話を聞きました。
練習中、うちの電話が鳴って出てみると、女性が「コーリャ?」。
akiravich「コーリャじゃありませんけど」
女性「じゃあ、コーリャを呼んでちょうだい」
akiravich「そんな人、うちにはいないんですが」
言い終わるか終わらないかのうちに「ガチャ!」と電話を切られました。
最初に名も名乗らなかったし。
ベラルーシではこんなのは普通。
「すみません」と謝る人もいますが、謝らない人のほうが多いような気がします。

そして、カーチャちゃんの話。
彼女がまだ一歳の子供だった頃、うちに間違い電話がかかってきたそうで。
でも、最初、その間違った人は「カーチャはうちにいる?」と聞いてきたんですって。
で、カーチャちゃんの母親は「いることはいますが・・・」
間違い電話の人「じゃあ、電話口に呼んでもらえる?」
母親「でも、まだ小さいので・・・」
お母さんはカーチャちゃんはまだ一歳だと説明して、間違い電話であることがわかったのです。
やっぱり、同じような名前の人が多いから、こんなことになっちゃうんでしょうね。
私の場合、名前が思いっきり日本人なので、こんなことはありません。

でも、私も間違い電話にまつわる楽しい思い出があります。
あれは5年ほど前だったでしょうか。
私がまだベラルーシ国立大学の職員寮に住んでいたときのことです。

ある日の夕方、うちの電話が鳴りました。
出てみると、おばあさんの声で「リュドミラ・ペトロヴナはいますか?」。
その頃はまだうちに電話を設置したばかりだったのですが、うちの電話番号が以前、誰かが使用していた番号だったらしく、よく「リュドミラ・ペトロヴナ」宛に電話が来ていたのです。
「あの〜、番号、間違ってますよ」と私が言うと、おばあさん「でも、この番号はリュドミラ・ペトロヴナの番号のはずだけど・・・」と言って、なかなか納得してくれません。
おばあさん「じゃあ、リュドミラ・ペトロヴナはどこにいるの? どうやって探したらいいの?」
そんなの私に言われても、困るんですけどねえ。

で、おばあさんが「あなた、話し方を聞いているとベラルーシ人じゃないみたいね。どこの人?」と聞いてきたので、私が「日本人です」と言うと、おばあさん「本当!? あなた日本人なの!?」と大感激!
確かに間違い電話で日本人に当たる確立は宝くじに当たるぐらい低い確率でしょう。
だって、ベラルーシに住んでいる日本人は全部で20人前後なのですから。
おばあさんは「間違い電話で日本人と知り合いになれるなんて、奇跡じゃないかしら!」と感激しまくり、会話は延々20分も続いたのでした。
まあ、私は人と話したりするのは嫌いじゃないのでいいのですが、話の内容が飼っている犬の話しがほとんどで、ちょっとリアクションに困りました。

電話を切り、「やっと解放された!」と思ったのも束の間。
電話を切って5分後、また電話が鳴り、出てみるとまたおばあさん。
「今ね、私の知り合いみんなに電話をかけたのよ。『間違い電話で日本人と知り合っちゃった!』ってね」
まあ、そりゃあうれしいだろうね。
おばあさんが「また電話してもいい?」と言ってきたので、私は「どうぞどうぞ」と答えたのでした。

この話はここで終わりではありません。
それから数日後、私は風邪を引いたのか、体の調子が異常に悪くなりました。
それは晩秋の頃で、外は寒い雪の夜(←吉田○郎みたい)。
その日は何とか耐えたのですが、次の日の土曜日、さすがにやばいと思い、医者に来てもらおうと思ったのです。
私はその頃、大学では研修生扱い(仕事の内容は教師と同じ。税金対策で、肩書きだけが研修生扱いだったのです)で、大学生専用の病院であるミンスク市第33番病院で健康診断などを受けていたのです。
なので、33番の病院に電話をしてみると、「住所はどこ? えっ? その住所って学生寮じゃないわよね? うちの病院は学生を相手にしてるんだから、普通の人は関係ないでしょ!」
akiravich「でも、お宅の病院で診察も受けてるし、僕のカルテもそちらにあるんですよ!」
最後まで言い終わらないうちに、問答無用で受話器を置かれ、私は絶望しました。

もう一つ、その職員寮がある地域の病院に電話してみると、「あなたのカルテはこの病院にはないでしょ? どこの病院にあるの? 33番? じゃあ、そっちに電話して」とあっさり却下。
うちに医者を呼ぶ望みは絶たれてしまったのです。

誰に助けを求めればいいのかもわからず、私は部屋のベッドに横になっていました。
これはねえ、最悪ですよ。
外国で、しかも一人ぼっちで病気になって、ベッドの上にいることの孤独感といったら・・・

すると、電話が。
出てみると、あのときのおばあさん。
「元気?」と聞かれたので、「元気じゃないです・・・」と答え、事情を説明。
すると、おばあさんが急に張り切った声で「わかった。私に任せなさい。私は今は年金で生活しているけど、ずっと医者の仕事をしていたのよ」
本当!? 
おばあさん、グッドタイミング!
「捨てる神あれば拾う神あり」とはまさにこのことなり!
私は自分の住所を伝え、おばあさんからの連絡を待つことに。

一度電話を切って、数分後にまたおばあさんから電話。
「もう大丈夫よ。もうすぐ医者が来るから安心してね」

そして、30分後。
医者が到着。
それもただの医者じゃなくて、救急隊員。
それから一分と立たないうちにもう一人の医者が到着。
最初に来たのはミンスク市内の救急病院から。
後で来たのはその地区の病院の医者。
二人の医者は私の部屋で「はじめまして」なんて言ってるのが、ちょっとおかしい。
信じられます?
一日中、医者を呼ぼうとして何にもできなかったのが、おばあさんの助けを借りたら、30分で二人の医者が来ちゃったんですから!
ベラルーシで非常に必要なものは、やっぱり「コネ」。
知り合いがいるというのは、すごく強みになります。

結局、医者の診断は「インフルエンザ」。
そんなに症状もひどくないので、薬を飲んでいれば治るとのこと。
その数分後におばあさんから電話が来て、私は心から感謝したのでした。
私は間違い電話という偶然に救われたのです。

そのおばあさんとは2回ほど会って、二人でおばあさんの知り合いのうちに遊びに行ったりしました。
話し好きで優しいおばあさんだったのですが、ミンスク市内に娘さんが住んでいたものの、基本的に一人暮らし。
とても寂しそうでした。

その後は連絡が途絶えてしまい、私のほうも仕事の忙しさにかまけて、おばあさんには電話をしませんでした。
おばあさんから電話が来たとき、ちょうどプライベートレッスンの最中だったことが何度かあって、もしかしたら、私の電話での話し方が邪険だったかもしれません。
今はちょっと後悔しています。

ベラルーシに来たばかりって、知り合いも全然いなかったし、すごく孤独だったような気がします。
今思えば、ですけどね。
そのときは生きることで必死だったから。
今は知り合いが多すぎるほどいますが、それもいろんな出会いの積み重ねの上に成り立っているのでしょう。
たまには昔のことを思い出してみるのも、いいものですね。

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2008年09月15日

今日は結構ハードな一日でした。
11時から3年目のアニメグループ。
15時からは新しく作ったアニメグループ。
それぞれ3時間ずつなので、肉体的に厳しいです。

その後、来るはずだった女の子がわけのわからない理由で授業をキャンセル。
その代わりに、うちの大学のクセーニャちゃんが日本語弁論大会に出るための作文を持って、うちに来ました。

そうそう。
今月の26日に弁論大会があるんですよ。
学生は日本語でスピーチをするのです。
制限時間は5分以内。
テキストはもちろん暗記。
5分近く話しをするのって、日本人でも大変ですよね。
学生たちの作文を直したり、発音を直したりで、この時期はとてもとても忙しいのです。

クセーニャちゃん、夏の間、アメリカにアルバイトに行ってたんです。
ちゃんと私にお土産を買ってきてくれました。
いい子なんですよ、すごく。
二年前に初めて出会ったときは、ちょっと気が強くて話しにくいなあと感じていたのですが、だんだん打ち解けて、今ではとても信頼できる学生になりました。

P9141828
もらったお土産は二つ。
一つは置物。
中にニューヨークの町並みが再現されています。
もう一つはうちのベロニカちゃんへのプレゼントで、くまのミーシャ、アメリカバージョンです。
このミーシャ、私は結構いけてると思うのですが。
P9141833

クセーニャちゃんの作文、読ませてもらったんですが、これがかなりよくてびっくり。
「アメリカに3ヶ月いて、日本語をちょっと忘れてしまいました」と言っていましたが、なかなかどうして。
私は感動しました。
弁論大会が終わったら、このブログでクセーニャちゃんの作文を御紹介したいと思います。
他に3人の学生の面倒を見ているのですが、だんだん作文の内容がよくなっていくのを見るのは楽しいものです。
私も大変ですが、どんなスピーチになるのか、楽しみです!

P9141826
ここ数日、寒い日が続いています。
先週の水・木・金とバレエ学校で通訳をしたのですが、お二人の日本人には気の毒なほど寒くて。
今日はまだましなほうだったかもしれません。
朝は青空も見られましたし。
でも、寒いことには変わりなし。

写真はうちの暖房器具の前で丸くなるベロニカちゃんです。
このヒーター、2年前の冬に買ったものです。
すごく熱くなったりはしないのですが、少しずつ熱を発散して、少しずつ部屋を暖めてくれる控えめなやつです。

ベラルーシは基本的にセントラルヒーティング。
もちろん、一軒家の場合は違いますよ。
でも、こちらではマンションが普通の住居なので。
私が生まれた山形だと、学校にはスチームがありました(中学校はストーブでしたが)。
あれって、朝からお弁当をのっけておいて、昼にはあったかいご飯が食べられるんですよね。
金属製のお弁当箱じゃないとダメですけど。
中身を確認しないで、フルーツなんかが入っていたら悲惨なことになりますけど。
とにかく、学校にあったスチームのような形です。

ただ、私のうちはその暖房を壁の中に埋め込んでいるタイプなので、そのスチームは見えません。
壁が暖かくなります。
「危なくないの?」と思う人がいるかもしれません。
でも、全然大丈夫。
なぜなら・・・
ベラルーシの暖房にそれほどの威力はない!!!からです。
熱くはならず、温かくなる程度なので、危なくはないです。

今まで何度かマンションを借りてきましたが、こういうタイプの暖房は初めてですね。
今のマンションに引っ越す前のマンションでは、一度そのスチームに後頭部を強打して、しばらく頭痛が取れなかったことがあります。
おそろしや、おそろしや。

セントラルヒーティングって、いい響きの言葉ですが、これが結構高いお金を取られるんですよ。
去年の12月は27000ルーブル(日本円で約1300円)でした。
これは月によっても違います。
どういう計算をしているのかわかりません。
そんなわけで、冬は公共料金がかなりかかります。
自分で温度を調節したりスイッチを切ったりできると、節約なんてこともできるのでしょうが、こちらではそんなことはできません。
最近では、調節できるような器具も売られているようですが、かなり高価なもので、工事も大変なのだそうです。

今、ベラルーシではまだ暖房が入っていません。
いつ入るかは国が決めること。
そのタイミングがいつも遅いんですよね。
かなり寒いのに暖房が入っていなかったり、すでに暖かくなっているのに暖房が切られなかったり。
暖房が入ると、そこそこ暖かくなるので、部屋の中に関して言えば、これから暖房が入るまでが一番寒い時期になります。
決まった日付に暖房が入るので、その前が寒いかどうかはおかまいなし。
ただ、どうしても寒い場合は日付を前倒しすることもあるようです。

「ベラルーシの暖房はそれほど威力がない」と書きましたが、暖房があるとそこそこ暖かいんですよ。
でも、それも建物によってまちまち。
私が今まで借りてきたマンションは割と暖かかったです。
でも、寒いマンションはすごく寒いですね。
ベロニカちゃんの実家なんかがそうです。
結婚する直前の冬、ベロニカちゃんのうちはものすごく寒くて、体が震えるほどでしたから。
マンションの最上階の部屋なんですよ。
なんで、スチームを温めるお湯が上に上がる前に冷めちゃうんですね。

先週からミンスクのバレエ学校に留学している女の子、大丈夫かなあ。
彼女は寮に住んでいるんですが、寒いんじゃないかなあ。
寒いの苦手だって言ってたし。
今度会ったら、うちにストックしてあるホッカイロをあげようかと思います。

私も6年間、大学の寮に住んでいたんでわかるんですよ。
うちの寮は寒かったです。
しかも、最上階に住んでいましたから、スチームはちょっと暖かい程度。
電熱器で寒さをしのいでいました。
昔の苦学生みたいですよね。

ちなみに寮では暖房器具をはじめ、熱を発するものは全面的に禁止でした。
確かうちの寮だけでなく、寮と名のつくところは全て禁止のはずです。
でも、私は隠れて使ってましたけどね。

うちの大学もかなり寒いです。
寒いときはコートを着たまま授業をすることもあります。

今、この部屋はまあまあ暖かいです。
さすが、うちのヒーターちゃんはよく働いてくれます。
なんてったって外国製ですから(ベラルーシの人が読んでいませんように・・・)。

明日も忙しいなあ。
朝の9時に13歳の男の子が来るんですよ。
すでに一年ほど、ロシア製の教科書で勉強したそうで、どういう方向性で教えていけばいいのか、いまいち掴めていません。
明日は初めての授業なので、様子を見てという感じでしょうか。
寒いけど、がんばろう・・・

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2008年09月03日

今日は昨日に続いて病院の話しです。
こんなこと書いちゃっていいのかなとは思いますが、これが現実。
ありのままに書こうと思います。

ベロニカちゃんのお母さん、1年半ほど前に心臓の大手術を受けました。そこに至るまではいろんなことがありました。
お母さんは1年半ほど軽いせきの症状があって困っていました。
住んでいる地区の病院で心電図や血液検査、あらゆる検査をした結果、これは「ぜんそく」だと診断しました。
そして、「ぜんそく」など呼吸器系に強いミンスク市内の病院に一ヶ月入院しました。
退院してからもいろんな薬を飲んでいたのですが、なかなかよくなりませんでした。
それから、一年ほど我慢していたのですが、せきは止まらず、何度も病院に通ったのですが、どこに行っても診断は「ぜんそく」。

そして、ある日、体の不調を感じて、救急車を呼んだのです。
病院ではなぜか外科医が診察して、結果は「何も異常なし。うちで静養してください」というもの。
お母さんは「こんなに調子が悪いんだから、どこか悪いはずです。ちゃんと調べてください」と懇願しましたが、医者は聞く耳を持たず、ドアの外に追い出してしまいました。

その日の夜、胃が痛み出し、せきもひどくなって、もう一度救急車を呼ぶことに。
そこはまた違う病院で、胃腸科の病棟。
そこに二週間ほど入院しました。
いろいろ検査したのですが、そんなに痛むほど胃の状態が悪くなく、またもや「異常なし」の診断。

退院してから少しは楽になったようでしたが、やはりせきは止まりませんでした。
その頃、たまたま一年前に予約していた心臓のエコーの検査があって、そこに行ってみてびっくり。
心臓の筋肉が弱っていて、心臓が肥大。
心臓の弁も正常に動いていない状態
血が心臓から逆流してしまっていたのです。
血が心臓から肺に戻ってしまう状態で、そのせいでせきが止まらなかったのです。
医者は「いつ死んでもおかしくない状態です」との診断。

どうしてそんなにひどくなるまで正しい診断ができなかったのでしょう?
半年ほど前、住んでいる地区の病院でレントゲンを撮ったときは「全く異常なし」と言われたのです。
心臓の病気が発覚してから、その病院に行き、半年前のレントゲン写真を見せるように要求したのですが、病院側は複雑な手続きを盾になかなか公開せず。
やっとその写真を手に入れて、皆、びっくり。
誰が見てもわかるくらい、肺に液体(血液?)がたまっている状態だったのです。
ベラルーシでは重い病気にかかっているのに、医者の間違った診断で病気を悪化させ、わかったときにはもう手遅れということがよくあるのだそうです。
お母さんが飲んでいたぜんそくの薬は心臓に非常によくない副作用を持つものだったことも、心臓の状態を悪化させていた原因でした。

お母さんは緊急に手術が必要な状態でした。
しかし、ベラルーシは医療が無料の国。
手術などは基本的に順番待ちなのです。
そのとき、病院から言われたのは7年待ちという信じられない答え。
ベラルーシでは心臓病の人が多いので、手術を待っている人が多いのです。
超緊急の場合はすぐに手術をすることもあるそうですが、それは滅多にないこと。
あとはコネがあれば、すぐにやってもらえます。

たった一つ残った方法は個人的に医者にお願いすること。
そういうときは順番を飛び越えてやってくれます。
どうゆう巡りあわせか、私たちはこの苦境を乗り越える一つのチャンスを見出していました。
ちょうどその頃、私の所に12歳の男の子がプライベートレッスンに通い始めました。
その男の子のお父さんがベラルーシでもトップクラスの心臓外科医だったのです。
私はすぐにその外科医に電話をして状況を説明しました。
すると、彼の答えは「OK!」
ベロニカちゃんの家族は一縷の望みをつないだのです。

しかし、その手術は非常に難しいものでした。
まず心臓の弁を一つ、人口の弁に取り替えなければなりませんでした。
そして、一番の問題であった心臓全体の肥大を抑えるために補強しました。
手術を始めたとき、執刀医はすぐに肺気腫を起こしているのを発見して、心臓よりもすぐに肺のほうを何とかしなければなりませんでした。
7時間にも及ぶ大手術でした。

結局、手術は成功し、一ヶ月ほどの入院生活のあと、無事に退院しました。
「無事に」とは言っても、そこに至るまでが大変で、状態が悪くなったりして、私たちも安心できる状態ではありませんでした。

今、お母さんはたくさんの薬を飲んだり、食べられない食べ物があったりといろいろな制限はありますが、元気に暮らしています。
あの心臓外科医が私の知り合いじゃなかったらと思うとゾッとします。

こんな話し、全然珍しくないんですよ。
もちろん、いい医者もたくさんいます。
本当は自分の住んでいる地域の病院に行くのが普通ですが、「どこどこの病院にいい医者がいる」と聞けば、その病院に行って診察を受けることもあります。

いくら医療が無料でも、順番待ちで長い時間待つようでは困りますよね。
5年ほど前でしょうか。
あるベラルーシの田舎の町の女の子から電話が来たことがありました。
日本人と電話で話したいので通訳して欲しいという依頼でした。
その子は日本でホステスの仕事をしていたのですが、それはお父さんの手術代を稼ぐため。
お父さんは足が悪く、今すぐにでも手術をしなければならないのですが、順番待ちは3年間。
でも、3年も待っていたら、足を切断しなければならなくなります。
彼女は日本で働いてお金を貯めましたが、お金が足りず、その知り合いの日本人に借金を申し込みたかったのです。
彼女は日本へ行って働くことになっていたので、その前借のような形です。
私が電話で話した感じでは、その日本人は非常に常識的な人で、誠意を持って彼女の話を聞いていました。
その日本人は非常に真っ当な理由でそのお願いを断りました。
彼女が日本へ行ってお金を稼いできてからでは、手遅れの可能性もあったのですが、お金のことばかりは仕方がありません。
その後、彼女がどうなったかはわからないのですが、何か切ない気持ちになりました。

どんな医者に当たるかでその人の運命が決まってしまうのは、日本も同じかもしれません。
私は子供の頃、交通事故で大腿骨を骨折しているのですが、そのときのお医者さんは非常に優秀な方だったそうで、私は今でも無事に歩くことができます。
いずれにしても、健康には注意しないといけないですね!

そこで一句。
病院へ 行って病気の 種をまく(はぐれ一茶)
おあとがよろしいようで(←よろしいのか!?)

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2008年08月29日

昨日は投稿を休む羽目になってしまいました。
実はインターネットの調子がおかしくて、サイトを開くことが全くできなかったんです。
何かウイルスかなんかのせいで、私が使っていた「Opera」というプログラムが使えなくなっていて。
今は「Firefox」というプログラムを使っているのですが、慣れなくて不便です・・・

昨日はうちの大学の日本語教師が集まって会議をしました。
9月1日から始まる来年度の授業数と各学年の担当者を決めるためです。
まあ、大体は決まっていたんですけど、昨日は最終確認のためという感じです。
でも、時間割がわからなくて。
来週の月曜日から授業が始まるっていうのに、まだ時間割がわからないんですよ!
毎年こんな感じです。
直前にならないと、何もわからない。

そして、昨日の会議中「明日、東洋語講座の会議がありますから、11時に来てください」という連絡が。
「そんなことなら日本語教師の会議も明日にしたのに!」と怒っても、夏祭り、いや、後の祭り。
会議なども直前に決まるのが、ベラルーシ流。

実はうちのベロニカちゃんと「子供鉄道」に行く予定だったんですよ。
「子供鉄道」というのは、その名のとおり、子供が運転手、車掌を勤めるミニ鉄道。
ミンスク市内の森の中を40分ほど走ります。
ずっと前から乗ってみたいと言っていたんですが、運転は8月いっぱいなので、乗れるチャンスはあとわずか。

ということで、今日は私が勤める東洋語講座の会議。
11時からなので、13時には終わるだろう、と私はふみました。
そこから「子供鉄道」の駅に向かえば、最終電車が出る14時には間に合うだろうと考えたのです。

しかし!
私は考えが甘かった・・・

東洋語講座の講座長が来ない。
待てど暮らせど来ない。
「12時には来るはず」という秘書の言葉を信じて、私は二人の同僚と来年のプランや、やっと明らかになった時間割などについて話していたのですが、12時を過ぎても来る気配なし。
何でも講座長は最近、車を買ったらしく、今朝、その車に問題があってサービスセンターに行ったのだそうです。
そこでいろいろ手間取っているとのこと。
そんなの仕事に関係ないじゃん!と言っても、ここはベラルーシ。
そんなのが通ってしまうのです。

私や私の学生がよく使うフレーズがあります。
今日のようなことはベラルーシでは日常茶飯事。
いい加減な人も多いし、物事がスムーズに行かないのは別に驚くことではありません。
そんなときに使う言葉。
「ベラルーシですから」
このフレーズでベラルーシの体質を余すところなく表現できてしまいます。
このワンフレーズで全ては「あきらめ」という名の海の藻屑となってしまうのです・・・

結局、私たちは13時半まで待ったのですが、うちのボスは現れませんでした。
そのおかげで、私たちは日本語教育のことやいろんなことが話せたので、よかったといえばよかったんですけどね。
最後のほうは雑談のようになって。
歴史の年号を覚えるときの語呂合わせについて、現地人の先生に説明したり。
「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」とか、「鳴くよ(794)うぐいす平安京」とかそういうフレーズのことです。
私も中学生の頃に考えたのがあります。
「なっとう(710)食べて平城京」
ダメですかね?

他の言語の教師たちも全くイライラする様子もなく、みんなでお茶など(この「など」が大事!)を飲みながら、和気あいあいと談笑。
誰も怒ったりせず「まあ、仕方がない」という感じ。
以前にも書いたとおり、ベラルーシ人は温厚なのです・・・

こんなことなら、最初から会議を中止すればいいのに!
「子供鉄道」にはまた乗り損なっちゃいました。
最後のチャンスは今週の土日。
何とか乗って、レポートしたいと思います・・・

こんなのはよくあること。
これって、ベラルーシ人特有というわけではなく、スラブ人全体のメンタリティーだと思いますけどね。
時間に遅れたり、予定が変更になったり、直前に連絡が来たりするのはしょっちゅう。
そんな局面に出くわしても怒ってはいけません。
そんなときはこのフレーズを心の中で唱えましょう。
「ベラルーシですから・・・」

P.S.ベラルーシ人の中にもちゃんとしている人はいますので、御安心を!

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2008年08月06日

a6f403b7.JPG今日は朝からPC関係の翻訳。
以前にやっていた英語から日本語への翻訳です。
量が少なかったので、すぐ終わり。

翻訳のチェックの仕事も少しだけ残っていたので、それも片付けて。
で、モスクワに住んでいるロシア人翻訳者にメール出したんですよ。
彼が翻訳したものを私がチェックしたんですけど、私の指摘を受けて彼が訂正したバージョンを私がもう一度読んだんですよ。
何の問題もなかったので、そのことを知らせたんです。
すると、彼からの返事は「続きを今日の夜にでも送ります」
うーん、今日の夜って、そんなに早く翻訳ができるわけないし・・・

と思っていたら、第9章から第13章まで一気に送られてきました!
俺、休めないじゃん!
旅行から帰ってきたら、また翻訳と原文、行ったり来たりです・・・

翻訳しているのは加賀乙彦の「高山右近」という作品。
歴史もので、登場人物や地名など、日本人でも読めるかどうか怪しい言葉が満載なのです。
でも、人名や地名の読みはほとんどノーミス。
翻訳者に「どうしてそんなに速いスピードで訳せるんですか?」とメールに書いたところ、「答えは簡単。だいぶ前にもらった仕事だから、前もってかなりたくさんやっておいたんです。実際はものすごく遅いスピードで仕事してます・・・」
納得!

さて、今日は私たちのうちで起こった悲しい出来事について書きたいと思います。
昨日の夕方、私たちがうちへ帰ると、入り口のところに張り紙が(今日の写真です)。
入口横の掲示板にはいろいろ張り紙がしてあるんですけど、昨日はその張り紙に気づいた瞬間、「これはもしかして・・・」とピンと来ました。
そこに書いてあったのは「8月5日からお湯がストップします」というお知らせ。
やっぱり!
いつか来るとは思っていたけど・・・

なんて書けばいいんだろう。
ベラルーシの都市部では、お湯は「セントラルヒーティング」ならぬ、「セントラルお湯」なのです。
つまり、各家庭に湯沸かし器があるのではなく、町の水道局がお湯を作って、それを各家庭に供給しているのです。
小都市や村、都市部でも古い家などでは湯沸かし器を使っているところも多いそうです。
私たちも一度、マンション探しをしているときに、そういう古い物件に当たって、もう少しで借りそうになったことがあります。
でも、借りなくてよかった!
やっぱり危ないらしいんですよ。

で、毎年夏になると、各地域ごとにお湯が2週間ほどストップするんです。
町全体がストップするんじゃないですよ。
各地域が順番にストップしていくんですが、そのタイミングは別に決まっているわけではなくて、張り紙を注意深く見ていないといけません。
でも、今回はぎりぎりだなあ。
だって、おとといまでは貼ってなかったのに、昨日突然、張り出されて、今日からお湯ストップだもん。
心の準備ができてないです・・・

何のためかというと、「保守点検」。
でも、私は「経費節減」ではないのかと疑っています。
まあ、公共料金に「お湯代」というのも入っていて、みんなお金を払っているので、ストップしたからといって、国の「経費節減」にはならないのですが。
毎月、公共料金の払い込み用紙が届くのですが、次のは注意して見ないと。
下手をすると、お湯がストップされているのに、お湯代を払わされるなんてことがあるかもしれません(この国は何でもあり! バーリトゥードです・・・)。

それにしても、お湯が二週間使えないのはきつい!
食器を洗うのも水(しかも、こちらの水道水は氷水のように冷たい)だと大変だし、洗濯もきついし(うちみたいに手洗いの場合は特に)。

一番大変なのが、シャワー。
みんないろいろ工夫をして、この地獄の2週間を乗り切っています。
よくやるのが、知り合いのうちに行って「もらいシャワー」をすること。
同じ家にばかり行くのは悪いので、いろんな人のうちにローテーションで行くらしいです。
私はしたことはありませんが、されたことはあります。

私がいつもやるのは、鍋にお湯を沸かして、それをバケツにためてちょこちょこと。
大量にお湯を沸かさないといけないので、時間がかかります。
お湯に水を混ぜながらやるんです。
プラスチックのコップなどですくいながら。
わびしい・・・

中には「水でもいいから浴びちゃえ!」という猛者もいるらしいです。
私もやったことがありますが死にます。
あまりお勧めしません。

多少、裕福なうちの場合、自宅でお湯を作れるボイラーを持っていることがあります。
これはいいんですけど、私の知り合いでは持っている人はいないと思います。
かなり高いものです。
ボイラーを持っていると得するのは、夏の2週間。
みんなお湯がなくて苦しんでいるときに、優越感に浸れます。
まあ、それだけじゃなくて、こちらでは夜0時を過ぎるとお湯が出なくなる地域が多くて、夜中にシャワーを浴びたいときなんかには便利でしょうね。

計画的なお湯ストップは夏だけですが、事故などで冬にストップしたりすると最悪です。
夏はお湯が沸くのも速いし、多少ぬるくても大丈夫ですが、冬は苦しいです。
独身時代、寮に住んでいた頃はよくストップしていたんですよ。
あれはきつかった・・・
今はほとんどありませんね。
工事とかで2時間だけストップとかはよくありますけど。

まあ、いいや。
私もベラルーシ生活8年。
これぐらいのことでは動じません(←うそ)。

明日はベロニカちゃんのおじいさんとおばあさんのうちに出発します。
朝4時半起床。
列車が6時22分ですから。
ベラルーシ北東部の町、オルシャに着くのが9時14分。
そこではオルシャ出身の私の学生、ナースチャさんとオーリャさんが私たちをオルシャ観光に連れて行ってくれます。
そのオルシャから17時43分の電車に乗り、どこかの町へ行って、そこからは数キロの歩き。
生きてたどり着けるのでしょうか・・・

話しによると、おじいさんとおばあさんの村は水道はありません。
井戸水です。
つまり、シャワーもない!
それを考えれば、ミンスクでお湯が出ないことで大騒ぎしている私なんか、まだまだひよっ子です。

シャワーの代わりにあるのはバーニャ。
ロシア語圏に来たことがある人なら知っているかと思いますが、ロシア式のサウナです。
これが暑いんですよ。
私はダメです。
数年前に入ったとき、体調を崩してしまって、一週間ほど立ち上がれませんでした。
サウナはパスして、水浴びだけにしようっと。
でも、井戸水は冷たそうだなあ・・・

そんなわけで、2日ほど更新を休みます。
ブログを始めてから、更新を休むのは初めてのこと。
ミンスクに帰ってくるのは金曜日の夜(たぶん)。
オルシャの町や村の生活など、たくさんレポートします!

akiravich at 01:46コメント(0)トラックバック(0) 
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