試験

2008年06月17日

10a281d2.JPG今日は大学で4年生の会話の試験がありました。
いやあ、きつかった!
というのは、昨晩、3時間しか寝ていないんですよ。
夜中の3時半まで翻訳のチェックの仕事。

今日の試験ですが、なかなかよかったと思います。
おそらく、私と同じであまり寝てない人がいると思います。
二つのテーマの中から一つを選んで、そのテーマについて教師の前で延々としゃべるというスタイル。
こちらでは普通のスタイルですね。
実はこのスタイル、5年生の卒業試験と全く同じスタイルなんです(ベラルーシの大学は5年制ですよ!)。
毎年、卒業試験を見ていて、みんなぶっつけ本番なんですよ。
つまり、教師達の前で一つのテーマで発表するというスタイルの練習を全然しないまま、試験を受けるので、ひどい内容のものが多いのです。
内容的にまとまりがなかったり、論理が飛躍していたり、と聞いているほうが疲れる感じ。
なので、今年は一度練習をしておこうと思ったのです。

最初はみんなブーブー言ってましたよ。
「今まで授業で練習したことないのに、なぜ突然試験でやるのか」とか、「『会話っぽい言い方するな』って言われても、突然変えられない」とか。
でも、試験が始まるとみんな真剣に試験を受けてました(という気がした)。

みんな、試験が終わった後は晴れやかな顔をしていました(そう思いたい)。
みんな、今日の試験は非常にためになったと思っていたようです(そう思いたい)。
みんな、今日の試験は将来に役に立つだろうと思ったのではないでしょうか(そう思いたい)。

まあ、とにかく、いい試験だった(と思いたい)です。

たった今、昔の学生から電話が!
「先生、今、寿司バー『マンガ』にいるんですけど、先生を招待したいので、来ていただけませんか?」
おー! いくいく!
この続きは、あとのお楽しみ!
今、午後19時40分です。

ふ〜、今うちへ帰ってきました。
現在午後23時45分。
食べ過ぎた〜!
お腹パンパンです。
本当は、今日の投稿、ベラルーシのビールをテーマに書こうと思ってたんですよ。
でも、予定変更!

僕を招待してくれたのは、二人のアニメおたく。
一人は6年ほど前、僕のところで日本語を勉強していた学生。
今は銀行で、結構いい肩書きを持って働いてます。
もう一人はその友達で、超アニメおたく。
工業機械などを輸入して販売している人です。
かなり羽振りがいいようで、今日は彼のおごりでした。

どうして招待してくれたのかというと、ただ単に日本人と話したかったようです。
そして、「マンガ」の日本料理が本当の日本料理とどれほど違っているのかということに興味があったらしく、一口食べるごとに「先生、どうですか? 日本のと違ってますか?」と聞いてきました。

この店はうなぎの寝床のように長くて、狭いです。
全体的に狭苦しい感じはしますね。

でも、ウエイトレスはほとんど全員着物。
微妙です。
私は着物のことは全然わかりませんが、彼女達の着方が正しくないことだけはわかります。
正しくないというか、軽い感じですね。
羽織っただけみたいな。

寿司もまあまあ。
ベラルーシの日本料理店のさきがけпланета суши(直訳すると「寿司の惑星」)より値段が安いのに、味は同じ程度のレベル。
注文したのは寿司盛り合わせ、豆腐とほうれん草のサラダ、野菜炒め、マグロのたたき。

それにしても、店の中の絵や写真はマンガ。
でも、ウエイトレスはなぜこんな絵が飾られているのか、理解していないようでした。

それにしても、今日は疲れた!
み○もんた並みのハードスケジュール!
朝、6時半に起きて、大学で9時から13時半まで試験。
それから、うちへ帰って日本へ行く学生のための書類作り。
15時から個人レッスン。
その後、もう一人日本へ行く学生の書類作り。
そして、中央駅の裏にある郵便局に日本からの書類を取りに。
学生のレーナちゃんにあって、書類を手渡してから、うちへ。
うちへ帰って、やっと休めると思い、ビールを開けたところへ、寿司バーへのお誘いが来たのです。

仕事が多いのはいいことだけど、これじゃあ、体がもたんな・・・
ちょっと休みを増やします。
うちのベロニカちゃんが心配しているので。

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2008年06月13日

今日の話はたいして深くもなく、面白くもありません。
前もって謝っておきます。
すみません。

今日もまた忙しい日。
5コマの個人レッスン。

今日来た学生の中には、今日と明日、大学の試験を控えている学生がいました。
学生は4人で、そのうち3人は今日の朝、私のうちへ来て、15時からの試験を受けました。
もう一人は明日、試験を受けます。

4人のうち、一人は間違いなく合格するだろうと思っていました。
二人は合格ラインギリギリ、一人は残念ながら合格は難しいレベルです(その学生は今学期限りでの退学を決めています・・・)。

合格ラインギリギリの学生で、Iちゃんという子がいます。
彼女は性格的にちょっと面白い子です。
もともと絵を描くのが専門で、芸術的な感性が鋭い子です。
子供の頃、1年ほどアメリカにいた経験があり、英語は堪能。
感受性が強く、壊れそうなほど繊細なところがあります。

彼女が初めて私のうちに来たのは去年の9月でした。
それはアニメグループの授業。
大学で日本語を勉強しているけど、それだけでは足りないということで、補習のような感じでした。
一度、授業の後で、彼女と彼女を私に紹介した学生を居残らせて、お茶を飲みながら雑談しました。
私が勉強や人生について意見を述べるたびに、彼女は過剰なほどの反応を見せ、私をべた褒めしました。
彼女の世界観は明らかに同世代のベラルーシ人のそれとは違っていました。
面白い子だなあ、と思いました。

しかし、彼女はうちの授業から次第に足が遠のいていきました。
その後、何かの折に、私の前にポッと現れることはありましたが、私は彼女のことがよく理解できず、関係は疎遠なままでした。

今年の3月、彼女から電話があり、日本語を教えることになりました。
もう一人、同じ大学の学生と一緒でした。
レッスンが始まったのですが、彼女は明らかにもう一人の学生の足を引っ張っていました。
こちらが日本語で質問しても、彼女は戸惑い、ロシア語で「今の質問は・・・・という意味ですか?」などとトンチンカンな答えばかりしていました。

ある日、彼女達は約束の時間になっても現れませんでした。
簡単に言えば、すっぽかしたのです。
私はそうゆうのは絶対に許しません。
自分から「教えてください」と言ってきておいてそりゃあないだろ、という感じでした。
彼女達から電話が来ても、私は出ませんでした。
出ても、まともな話ができる精神状態ではなかったからです。
しかし、もう一人のほうの電話には出ました。
事情を聞いて、彼女のことは許しました。
Iちゃんのことは許せませんでした。
以前も「来る」と言っておいて来なかったりして、今回のことは初めてではなかったからです。

数日後、知らない女性から電話がありました。
それはIちゃんのお母さんでした。
お母さんはIちゃんに個人レッスンをして欲しいと懇願しました。
二日後にお母さんは私のうちへ来ました。
お母さんは、Iちゃんがどんなに才能豊かな子かを強調しました。
確かに彼女はセンスがあるけど、日本語は上手になるかどうかわからないなと思っていました。
というのは、彼女が本当に日本語を勉強したいのか怪しかったからです。
しかし、もう断れる雰囲気ではなかったので、OKしました。

Iちゃんは私のうちへ来ました。
私はすっぽかしたり、時間に遅れたりするのは、学生として以前に、人間としてよくないということを話しました。
彼女は神妙な面持ちで聞いていました。
彼女は落第の危機に瀕していました。
前期にかなりの授業を欠席したため、出席日数もあぶない状態だったのです。

そして、レッスンが始まりました。
教科書を最初から丁寧に教えるだけのシンプルなスタイルです。
彼女は私の話をこれ以上ないほど、熱心に聞きました。

彼女は日本語が嫌いになりかけていたそうです。
大学の日本語が嫌いで、授業も嫌いで、全てが嫌いになりかけていました。
それに加えて、彼女は家庭の問題などで苦しんでいました。
授業中も休憩がてら、人生についての話など、非常に深い話をしました。

彼女は一週間に二回、うちへ来ていましたが、試験が近づくと、ほとんど毎日のようにうちへ通ってきました。
私は「試験のために勉強するなんてナンセンスだ。試験のことは忘れて、自分のために勉強しなさい」と諭しました。
彼女は精神状態がそのまま勉強に影響してしまうタイプで、文法をちょっと間違えるだけで、非常に感情的に反応します。
いかにも、芸術家タイプなのです。
彼女はリラックスしないと、実力を発揮できないタイプなのです。

今日、Iちゃんは私のうちへ来て、試験の前の最後の勉強をしました。
彼女は明らかに緊張していました。
それは昨日、試験の内容についてオリエンテーションがあり、その内容が学生達の想像以上に難しかったからです。
しかも、教師は「今回の試験は非常に厳しいものになる」と強調したのだそうです。
普段の授業でも、ことあるごとに「試験でダメだったら、退学してもらう」と散々言い続けてきたのです。
いつか詳しく書きたいのですが、その試験の内容は非常にバラバラなもので、学生達もどんな試験になるのか、予測不可能なものでした。
筆記はなく口頭のみで、学生達が不安になったのも無理はありません。

彼女はいつもは答えられるような質問にも答えられないほど緊張していました。
私は彼女をリラックスさせようとしましたが、彼女の緊張はほどけませんでした。
でも、彼女は「もし今回ダメでも再試験があるので、落ち込んだりしない」と言い切りました。

結局、Iちゃんは合格できませんでした。
しかし、彼女の声はむしろ晴れやかでした。
試験の内容を詳しく説明してもらったのですが、もし彼女の状況説明が全て正しかったとしたら、彼女が合格できなかったのは不自然です。
何か悪意を感じざるを得ません。
実際、教師達は彼女のことをよく思っていません。
ベラルーシではよくあることです。
気に食わない学生を試験で罰する。
そんなことはあってはいけないはずです。

それにしても、Iちゃん、私のうちに来たときは全く会話ができなかったのに、今では普通に会話をしています。
明らかに上達しています。
彼女は「先生がいなかったら、私は日本語をやめていたと思います」と言いました。
ここまで学生に信頼されると、私もそれに答えたくなります。

今回の件では、試験のあり方を考えさせられました。
私は学生には「試験というのは、いい点数を取るためにあるのではない。試験はみんなが何を知っていて、何を知らないのかを計る、自分がどのレベルにいるのかを計る道具に過ぎない。もし何かを知らなければ、今から知ればいい。何を知らないのかを知ること。これはみんながもっと上手になるためのチャンスなんだよ」と説明しています。
試験は学生のためにあるのです。
学生が自らの弱点を知り、それをその後の勉強に生かすこと、これが試験の本分。
「悪い学生を落とすための試験」など、もってのほか。
そこに「愛」はありません。

今回の試験では、教師達は学生に異常なまでのプレッシャーをかけていたようです。
私は、試験のときはできるだけリラックスできる雰囲気を作るべきだと考えています。
それは緊張した状態では、その人の本当の力は発揮できないし、それではその人の能力を計ることができないからというのが理由です。
私は学生達が緊張しないように、話を柔らかくします。
その大学の考え方は「通訳などの現場では、異常なまでのプレッシャーと戦わなければならない。その雰囲気に慣れる必要がある」というもの。
それも一理あります。
しかし、一年生にそれほどまでのプレッシャーをかける必要がどこにあるのか。
私には理解できません。

他の学生から、教師の一人が試験期間終了後、学生達全員を集めてパーティーをするという話を聞きました。
ふざけるな!!!
パーティーする暇あったら、苦しんでいる学生のこと考えろよ!!!
心から勉強したくて大学に入ったのに、思うようにならず悩んでいる学生達のこと、教師が考えないで誰が考えるんだよ!!!

私にはそうゆう学生達の気持ち、よくわかります。
それは私自身、日本の大学を中退しているからです。
私も同じような気持ちを味わってきているからです。

私が日本語教師になるための勉強していたとき、コースデザインや教案の作り方なども勉強していました。
プランどおりに授業を進めることも大切なのかもしれません。
でも、授業のプログラムや教案とか、紙ばっかり見ている人にはわからないのでしょう。
私は「紙」を見ているのではなく、「学生」を見ているのです。
だって、私が相手にしているのは「人間」で、私自身が「人間」だからです。

今はIちゃんを何とか合格させたいという気持ちでいっぱいです。
私の意見では彼女は100%伸びます。
日本語を心から勉強したいと思う気持ちがあれば、みんなきっと上手になると私は信じています。
学生を信じることができなければ、この仕事、やってられません!

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2008年06月12日

c325f10b.JPGたった今、うちに到着。
今、ミンスク時間で21時38分。
朝、うちを出たのが8時半。
うーん、疲れた。
あっ、でも、日本じゃあ、こんなの普通ですよね。
でも、ベラルーシではかなり普通じゃありません。

今日は大学で試験がありました。
翻訳の試験です。
学生達は(おそらく)新聞の記事を日本語からロシア語に訳しました。
その記事そのものが古いもので、現実味がないところはありましたが、まあ、訳せなくはないテキストでした。

で、いろいろ翻訳の問題が浮かび上がってきたんですよ。
例えば、「20代の男性」という言い方。
「20代」という言い方、ロシア語にはないんですよね。
信じられないかもしれませんが、ないんです!
一つの方法としては「20歳から29歳まで」
他に方法ないんじゃないかな?

あと問題になったのが「抵抗を感じる」という表現。
確か「インターネットで知らない人と対話することに抵抗を感じている人は○○%」って感じかな。
解答を日本語に直訳すると「インターネットで知らない人と付き合うときに、困難を感じる人」という感じだったと思います。
そこで問題になったのは、この解答だと「すでにインターネットを利用している人のうち、それを快く思っていない人」という意味になりますよね。
でも、原文を見ると「インターネットを利用している人」も入るかもしれませんが、「利用していない人」も「抵抗を感じているから、インターネットで知らない人と付き合うのは嫌だ」または「抵抗を感じているから、インターネットを利用しない」という人も、そこに含めることができますよね。
日本語だとその辺がちょっと曖昧ですが、「利用している人」「利用していない人」、どちらも指してる感じ、しません?
逆に言えば、どちらも指していないというか。
学生が訳したものには「そのような付き合い方に反対の人」というのがありました。
ちょっと強い言い方ですが、それほど遠くはないと思います。
もう一つ「そのような付き合い方に、否定的な態度を取っている人」
これが一番近いような感じがします。
皆さんはどう思いますか?
コメント、お待ちしております。
うちの学生達も日本人の方の意見を聞きたいと思っています(たぶん)。

もう一つ、「抵抗」という言葉。
「抵抗」って、言葉自体は結構強い意味じゃないですか。
レジスタンスみたいで。
でも、「抵抗を感じる」というとき、逆に柔らかい意味になってません?
例えば、「この食べ物は見た目が悪いので、食べるのはちょっと抵抗を感じる」とか、「僕は女の子だけのグループにまざるのはちょっと抵抗があるよ」という感じでしょうか。
こうゆうとき、「嫌いだ」とか「反対だ」と直接的に言っているわけではないですよね。
「抵抗を感じる」というのは、辞書で見ると「そのまま素直には受け入れがたい感じ」とあります。
でも、学生達は「抵抗」のそのままの意味を取って、結構強い意味に訳しちゃったんですよね。

本当に翻訳って難しい!
でも、僕は好きです。
そのロシア語と日本語、二つの言語の間で苦しむのが翻訳の醍醐味。
マゾヒストでなければ勤まりません。

もう少しで、今日の投稿のタイトル、忘れるところでしたよ。
アイスクリームでしたね。

ベラルーシのアイスクリーム、おいしいんですよ。
味が濃いというか。
昔のほうがおいしかったそうですが、今でも十分おいしいです。
今は植物性の油脂などを利用しているのですが、昔はそんなものはなかったので、思いっきり牛乳だったんですね。
「テクノロジーが発達すると、アイスクリームがまずくなる」
これって、トリビアになりません?

それでも、日本のよりはおいしいと思います。
今はいろんな種類があります。
写真右上の黒っぽいのが「カシュタン(каштан)」です。
これが僕の一番のお気に入り。
9年前、初めての外国、ロシアのハバロフスクへ行ったとき、同じパッケージのアイスを食べたことがあるんですけど、あれは本当においしかった!
今でもアイスと言えば、カシュタンです。

その下にある女の子が描かれているパッケージのは、「アリョンカ(Алёнка)」
これはもともとチョコレートのキャラクターなんですよ。
こちらでも代表的なチョコレートですね。
日本で言うと、不○家の「ペ○ちゃん」のような存在でしょうか。
このアイスは食べたことないなあ。

左上のが「ゴーシャ(гоша)」
これは会社の名前で、この名前でいろんな味のが何種類もあるのです。
写真のはチョコレート味。
実はベラルーシのアイスクリーム、あのコーンの部分がおいしくないんですよ。
うちのベロニカちゃんはコーンに入っているのは食べません。
フニャフニャしていて、ふやけた感じがやばいです。

それを考えると、グ○コのジャ○アントコーンがいかにすごいかがわかります。
だって、あれって、コーンの部分がうまいじゃないですか。
こっちのはフニャフニャのへニャへニャです。

左下のは新しい商品かな。
よくわかりません。

ロシアのアイスクリームもかなり入ってきていますが、ロシアはベラルーシよりいろんな意味で発達してしまっているため、味はいまいち、と言われています。
うちのベロニカちゃんもロシアのアイスクリームは食べません。

ベラルーシで僕が一番おいしいと思ったアイスクリームは、2年前の夏、ベラルーシ北部のブラスラフ国立公園へバカンスに行った時のこと。
小さい村の小さいコテージを借りていたのですが、そこは村から一番近い店まで一キロ近く歩かなきゃいけなかったんです。
メチャメチャ暑い日に、ようやくたどり着いた店に、フニャフニャのコーンに入った何の変哲もないバニラアイスクリームを食べたんです。
それがバカうま!
牛乳に左ストレートを食らったような感じといえばわかっていただけるでしょうか。
味が濃くて、素朴な味。
暑かったからというのもあるでしょうが、あれ以上おいしいアイスクリームを食べたことがありません。
そのアイスクリームが作られているのは、確かノヴォポロツクという町の工場。
ノヴォポロツク出身の学生、ベロニカさんに聞いてみないと。

ちなみに、店で売っている袋入りのアイスはおいしいですが(もちろん、全部じゃあありませんよ)、アイスクリームショップであるような、うーん、何て説明すればいいんだろ。
あの二重になっているおたまのようなもので、パコッとコーンにのせるやつ。
ああゆうタイプのアイスクリームはあんまりおいしくないです。
この前、うちのベロニカちゃんと食べたんですけど、全然おいしくなくてがっかり。
やっぱりカシュタンが最高!
皆さん、ベラルーシに来たら、アイスクリームを食べましょう!

そう言えば、昨日、私の学生が二人、大使館へ行って面接を受けたのですが、合格したのはおっきいほうのカーチャさんでした。
彼女はがんばりやさんなんだけど結果がでなくて。
並みのがんばりやさんじゃないんです。
がんばるんだけど、不器用な感じで、なかなかうまくいかないタイプ。
でも、やっと結果が出た感じです。
正直、もっと成績のいい子もいるんですよ。
でも、彼女を選んだのは将来、上へ行くためのステップ。
今、現在、どんなに日本語ができても、それは大学での成績に過ぎず、結局は彼女が幸せになるかどうかしか興味がないというか。

ちっちゃいほうに電話をしたら、明るい声で「はい! わかりました!」と言ってました。
で、2年生相手にグループ作ろうと思ったんですよ。
夏休み中、勉強できるように。
ちっちゃいカーチャさんに「夏休み、うちに来て勉強しない?」と言ったら、彼女は「はい!」と元気に答えてくれました。
でも、ちっちゃいカーチャちゃんも日本へ行かせてあげたかった!

本当に、みんなを日本へ行かせてあげたい。
それは「日本は素晴らしい国だから」とか、そうゆう、よく聞く理由ではないのです。
学生が「日本へ行きたい!」と行っているから、日本へ行かせてあげたいのです。
それは、その学生が好きだからです。
それは、それは「学生」として以前に、人間として好きだからです。
もし私が好きな学生、つまり好きな人が「日本へ行きたい」と言えば、それを私は「うまくいくといいね」「行かせてあげたい」と思うだけなのです。
もし自分の好きな人(人間として、ですよ)が「中国へ行きたい」と言えば、私は心から「中国へ行かせてあげたい」と思うでしょう。

全然関係ないんですが、今回、日本へ行く女の子、名字は「グリコ」
グリコさんなんです。
「それは日本ではキャラメルの名前なんだよ」と説明したら、笑ってましたね。
グリコちゃんはとてもいい子。
日本へ行っても、彼女らしい素直さがそのまま残っていて欲しいものです!

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2008年06月05日

ee1b43aa.JPG昨日までちょっと暑いくらいだったのに、今日はまた涼しくなりました。
こっちの天気は変わりやすいから、衣替えができません!

今日の写真は今日の晩ご飯、マッシュルームのクリームスパゲッティです。
スーパーでいろいろ買い物したら、ベーコンを買うお金がなく、具がマッシュルームだけになってしまった・・・・
鳥肉のソテーの付け合せ。
パルメザンチーズがなかなか。

ちなみに、ベラルーシにパルメザンチーズ、ないんですよ。
日本でよく売ってる粉チーズはベラルーシには存在しません。
僕が使っているのは、だいぶ前に日本からベラルーシに帰る時、ウイーンの空港で買ったパルメザンチーズ。
ベラルーシに住むと、賞味期限とか、どうでもよくなります(ものによりますが)。
ベラルーシの(ちょっと高い)レストランに行って、メニューにパルメザンチーズを使った料理があったとしても、信じてはいけません。
すごく高いレストランなら本物が使われていますが、ちょっと高いというレベルなら本物のパルメザンが出てくる可能性はかなり低くなります。

今日はうちの大学で2年生の試験がありました。
筆記試験は私が作成しました。
とはいっても、数年前に私が作ったものの使い回しですが。
「使い回し」と言っても、別に悪い意味じゃないですよ。
今でも、使える内容だからです。

簡単に言えば、今回のテストは低調でした。
全体的に点数が低かった。
10人のうち、上位グループは三人。
そのうち、トップを走っていた学生が失速。
彼女は夏休み、アメリカへアルバイト(まあ、出稼ぎです)に行くので、その手続きでいっぱいいっぱいで、試験の準備をすることができなかったと言いました。
でも、それは僕にとってはただの言い訳に過ぎません。

ダメダメグループは予想通り、よくなかったですね。
10人中4人。
本当は二人だったんですけど、落ちていった学生がいて・・・

ちょっと問題を紹介しましょうか。
僕の試験問題はちょっと普通じゃないです。
普通の問題もありますけど。
普通はかっこの中に助詞(てにをは)を入れるとか、動詞を必要な形に変化させるとかですけど、私は間違い直しの問題をさせます。

次の文の間違いを直しなさい。ただし、中には正しい文も含まれています。
1.あそこに座りながら、お弁当を食べましょう。(答えは「あそこに座って」)
2.今日は休みのに、あの人は仕事をしています。(答えは「今日は休みのに)
3.私は犬を手にかまれました。(答えは「私は犬かまれました)

いやらしい問題でしょ。
選択式の問題だと、偶然あたってしまうこともあるけど、この問題だとちゃんと知っていないと、絶対に答えられないのです。
「正しい文も入ってます」というのがミソです。
学生達にとって一番嫌なのが、その「正しい文」があるかもしれないという点だそうです。

僕のテスト、頑張った人は結果が出て、頑張らなかった人は結果が出ないようになってるんですよ。

口答試験は他の先生がやったのですが・・・
コメントしにくいなあ、というか、できない!
簡単に言えば、僕はちょっと自信がつきました。
俺、頑張ってるんだなあ、と思いました。

そして、もう一つ重要な仕事が。
日本の国家機関のプログラムで、ベラルーシの学生二人が日本へ行けるんです。
6週間。
二つの大学からそれぞれ二人ずつ推薦して、それを在ベラルーシ某国家機関で二人に絞るらしいんです。
でも、その某国家機関の人たちは日本語の専門家じゃないから、どうやって選ぶのかわかりませんけど・・・
詳しいことは書けませんが、私は怒ってますよ。
今度、その国家機関のボスにあったら、かなり激しく進言するつもりです。

そして、誰を選ぶかという話。
時間がないからという素晴らしい理由(皮肉です)で、教師達が話し合って決めることに。
本当は選考試験をするべきなんでしょうけど。
だって、学生達も納得しないですよ。
先生達が密室で全部決めちゃうんですから。
まあ、これは日本人の人たちの、まあ、何と言うか・・・うーん、書きにくい。
まあ、一言言えるのは、やり方がきたない!

誰を選ぶかで、僕が基準にするのは、その学生の将来にどのような影響を与えるか。
同僚が「ここは出来る学生を送り込まないと。3級程度のレベルって言ってるし、レベルが低い学生では向こうにも迷惑になる」
僕は「日本人に見せるために学生を送り込むわけではない。だから、現時点で一番いい学生を送ることには意味はない」と言いました。
僕は学生達の「今」だけを見ているのではなく、「将来」どうなるかを見ているのです。
ちょっと苦い経験があるんですよ。
いつか書きます。

さあ、選ばれたのは、カーチャさんとカーチャさん。
ベラルーシでは(ロシア語圏、全部そうですが)、同じ名前の人、多いんですよ。
うちの奥さん「ベロニカ」という名前の人も多いですし(他の名前と比べたら、そんなに多くないですけど)。
だいたい名字で区別するみたいですね。

二人のカーチャに関して言えば、区別の仕方は「おっきいカーチャ」と「ちっちゃいカーチャ」と分けています。
見た目的に、「ちっちゃい」ほうがすごく「ちっちゃい」のです。
彼女は本当にお人形さんみたいなタイプ。
本当にきれいで、かわいいので、モデルさんもやってたみたいです。
タバコの広告に彼女の写真が思いっきり出てて、びっくりしたことがあります。
彼女が私のうちに来たとき、その写真を見せてくれて、僕が「これ、誰?」と聞くと、彼女は「私です!」と元気に答えました。

「おっきい」ほうは、ちょっと遠慮深くて(ベラルーシでは珍しいタイプ!)、おとなしすぎなので、日本で刺激をもらってほしいと言う意味で選びました。
「ちっちゃい」ほうは、しょっちゅう授業を休んだりするのですが、潜在能力は僕も同僚も評価するところ。
「ちっちゃい」カーチャさんは、僕が面接に行く二人の名前を発表したとき、本当に「信じられない」という顔をしました。
そりゃ、そうでしょう。
だって、彼女より成績の良かった人はいるんですから。
でも、今の成績って、意味ないし。
「学生」を判断するだけじゃ不十分。
「人」も判断しないとダメです。
教師はその学生を「学生」として見るだけではなく、「人」として見ることが必要なんです。
うーん、二人一緒に行って欲しい!
これは某国家機関の結果待ちですな。

というわけで、今日も激動の一日でした。
リラックスするために、白ワインを飲みました。
そして、今、僕はウイスキーを飲んでます。
「Talisker」です。
これはおいしい!
前から飲みたいと思ってて、去年、ウイーンの空港の免税店で買ったんです。
日本にいたときは「ボウモア」とか飲んでました。
シングルモルト、大好きです。
また今度、これについては書きます。

明日も重要な待ち合わせが。
大学の授業はないのに、前より忙しくなったような・・・
個人レッスンとか、断ってますもん。
これ以上、働いたら危ない感じがします・・・

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2008年06月04日

今日はいろいろバタバタしました。
日本へ夏の間、短期留学したいという学生のために、日本の日本語学校と連絡を取り合ったりして、あっという間に一日が過ぎていきました。
夜はアニメグループの授業があるはずだったんだけど、来たのは13人中4人。
試験期間に入るとこんなものです。
なので、授業は中止にして、日本の詩を読んだり、日本のドキュメンタリー番組を見たりしました。
その番組が日本人の弓師(弓を作る人です)とイギリス人の弓道家の心の交流を描いたもので、いつもは騒がしい学生達も神妙な顔をしてみていました。
授業が終わってからも、みんな感じるところがあったのか、真面目な顔で去っていきました。

ベラルーシの学生は今、大変なんです。
試験期間はどこの学生にとっても大変なんでしょうけど。

ベラルーシの大学では二つのタイプの試験があります。
一つはзачёт(ザチョット)と呼ばれるもの。
もう一つはэкзамен(エグザメン)、これは本試験ですね。

これは科目によって違います。
例えば、今学期、日本語は本試験があって、経済はザチョットだけだったり。
最初に学生達はザチョットを受けます。
内容的にはちょっと簡単な試験と考えてもらって大丈夫です。
大学によっても違いますが、5、6科目のザチョットを受けなければなりません。

ザチョットは言わば準備体操。
その後、本試験が始まります。
ザチョットを全ての科目、クリアしていなければ、本試験を受けることはできません。

こっちの学生は試験期間になるとがんばります。
というのは、将来、就職したりするとき、試験のときの成績を考慮することがあるのです。
日本だと卒業証書さえあればいいという感じなのでしょうが、こちらでは、特に新卒採用の場合、どんな成績だったのかを見ることもあるのだそうです。
特に卒業試験の成績は見ることが多いそうです。
つまり、大学での成績は一生ものだと言うことです。

これって、ある意味正しいと思います。
いい大学を卒業しているからと言って、その人が優秀とは限らないじゃないですか。
僕、大学を中退してるんで、その辺のところ、コンプレックスがあるんですよね。
いろいろ思うところがあるので、その辺のことはまた詳しく・・・

明日は2年生の本試験。
みんなにがんばってもらわないと!

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2008年06月02日

d54f6b85.JPG今日は日曜日なのに、とても疲れた。
いつも疲れているんだけど、今日は疲れのせいか、頭も痛い。

数日前にもブログに書きましたが、二人の学生が大学の試験で落第する瀬戸際。
その再試験が明日(月曜日)に迫っているのです。
なので、それぞれの女の子と二コマ、つまり3時間の勉強。
これはねえ、結構疲れますよ。
一人の人間と一対一で3時間話し続けるのって、エネルギーが必要です。

話を聞くと、再試験なのは彼女達だけではなく、29人の学生中、9人もいるんだそうです。
そりゃそうですよ。
だって、一年生ですよ。
「琵琶湖」とか「小澤征爾」(この名前は教科書に出てくるんです)とか書かされるんですから。
僕だったら、書けませんね。

もうやるべきことは全てやりました。
あとは祈るだけです。

今日はケフィールという飲み物について。
日本でも今、「ケフィア」という名前で売られていますよね。
健康食品として。
ケフィールは旧ソ連圏ではスタンダードな飲み物。
健康食品と声高に言うものではなく、牛乳とかヨーグルトなどと同じような感覚で飲まれています。
安いです。

消化器系にいいんですよね、確か。
血圧を下げるという研究結果もあるようです。

たった今、写真に写っているケフィールを飲んだんですけど、まあ、僕はそれほど好きではありません。
微妙な味です。
ベラルーシでも嫌いな人は全然飲まないそうです。
僕も体にいいから飲んでいるんです。

普通はそのまま飲むんですが、ジャムを入れたりすることもあるようです。
塩を入れたり、ディルとか塩漬けのキュウリとか入れたりする人もいるようで。
僕は絶対に飲みたくないです。
昔のCMで、オロ○ミンCに卵黄を入れて飲んでいたのを見ましたが、あれぐらいやばい感じがします。

そういえば、3年前にベラルーシ演劇セミナーに参加するために、ベラルーシの演出家ルツェンコさんと日本へ行ったときのこと。
宿泊していた新宿のホテルの前にコンビニがあって、食事の後などに毎晩立ち寄っていたんです。
本当は一人でのんびり買い物がしたかったんだけど、ルツェンコさん「俺も行く」と行って、ついてくるんです。
まあ、それはいいんですけど、彼はかなり高齢で、健康オタクなんです。
最初の晩、乳製品コーナーの前に立って「古○、ケフィールはないのか?」と、いつものドスの効いた声で聞いてきました。
「日本にはケフィール、売ってないんですよ」
いや、多分、健康食品としては存在してたんでしょうけど、コンビニには売ってないんですね。
ルツェンコさんは驚いた様子で「どうしてだ!? ケフィールほど健康にいいものはないんだぞ。あれはな・・・」と、ケフィールの効用について、くわし〜く講義。
乳製品コーナーにある「飲むヨーグルト」を見て、「これはケフィールじゃないのか!?」と質問してきたりして、乳製品コーナーの前で延々10分以上は語らいあいました。
しかも、次の日、同じコンビニに行くと、まるで昨日あったことを忘れたかのように、「古○、ケフィールはないのか!?」と振り出しに戻る。
そんな日々が5日間続いたのでした。

ケフィール、日本で盛んに宣伝しているようですが、日本人の口に合うものなんでしょうか?
この前ベラルーシにいらした日本人の女性は他の国で飲んだことがあるらしく、ケフィールが好きだと言ってましたが。
ベラルーシにいらしたら、ぜひケフィールを飲んでみてください!

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2008年04月10日

d9befbe3.JPG今日の写真は特に意味はありません。

今日は昨日とは打って変わって最高の天気!
暖かくて、太陽の光が気持ちよかったです。
あんな投稿をした後なんで、変な感じです。

今日はうちの大学で試験がありました。
教育省の監査っていうことで、気合を入れて黒のスーツでびしっときめて行ったのに、教育省から誰も来ないでやんの。
これって、監査とよべるのでしょうか・・・
詳細はここには書けません・・・
正直、やってることがあほらしくて、言葉もないぐらいです。

さて。
8年前、僕がベラルーシに来て驚いたことはたくさんあるのですが、その中でもかなり衝撃的だったことについてお話しましょう。
それは、初めて試験の監督をしたときのこと。
みんな、隣の人の答案をのぞきまくり。
隣の学生と話すやつもいる始末。
「隣の人のを見てはいけませんよ!」と言っても、全く効果なし。
同僚に聞いたら、そんなのは普通だと言うのです!!!

もちろん、テストの後で、彼らにはかなりきつくお灸をすえました。
今までの経験でわかったのですが、軽く注意するぐらいだと全く効果ないんですよ。
あるとき、試験で同じようなことがあって、僕が切れて「また隣をのぞいたりしたら、ぶち殺すぞ!」とロシア語で言ったら、さすがにシーンとなりました。
いや、「ぶち殺す!」と言いたかった訳じゃないんです。
たまたま前日に見たブラジルのドラマ(ベラルーシやロシアではアメリカのドラマも人気がありますが、ブラジルのこてこてのメロドラマが人気があるのです)で、その言葉が使われていて、いつか使ってみようと思ってたんです。
それが僕がイメージしていた以上に恐ろしい言葉だったようで、学生たちは一気に静かになりました。

そのときはロシア人の同僚もいたんですよ。
「あんなにカンニングしてるのに、どうして注意しないんですか!?」と聞くと、同僚は「いやあ、僕も学生だった頃、同じようなことをやってたから、言いにくいんですよ・・・」
まあ、そりゃ言いにくいだろう。
でも、言わなきゃ!

学生達にも言い分はあるんですよ。

1.大学には自分の専門と全く関係がない、意味のない授業が多いので、それにエネルギーを使うのは、自分の専門の勉強を進めていく上で障害となる。
この理由はわからないでもないかな。
本当に余計な科目が多いんですよ。
確かに何でも知っているのはいいことなのかもしれないけど、程度の問題ですよ。
でも、カンニングをしてもいいという理由にはなりませんね。

2.カンニングペーパーを作る過程が勉強になる。
これはよく聞く意見です。
書いているうちに単語を覚えてしまうというのは理屈に合ってますよね。
でも、小さい紙に書くのは変。
なんで、学生に「大きい紙に書いても覚えられるでしょ!? 書くことは同じなんだから。どうしてわざわざ小さい紙に書くの?」と聞いたら、学生たちは「これはベラルーシの伝統なんです!」と元気に答えました。
がくっ・・・

これって、ベラルーシだけじゃないんですよ。
旧ソ連圏、みんなそうみたいですね。
あと、中国もかなりひどいって聞きました。

今、うちのベロニカちゃんが「時々、先生がカンニングペーパーの持ち込みを許可することがあるんだよ」と教えてくれました。
もちろん、オフィシャルにではないですよ。

ちなみに、カンニングの方法は小さい紙に書くのが一般的ですが、他には腕にマジックで書いて、先生が近づいたら、袖でその部分を隠すなど、多種多様な方法があるようです。

僕は入学してきた一年生には、最初の授業で「もし試験でカンニングをした人がいたら、そこで試験をストップして、その人だけでなく、全員再試験を受けてもらいます」と言います。
この言葉、かなり効くんですよ。
カンニングしたら、自分だけじゃなくて、他の人にも迷惑かかるわけですから。
学生たちは「先生は授業のときは優しいけど、試験のときは悪魔になる」と言っています。
なんで、僕の授業ではカンニングしようなどというチャレンジャーはいません。

ベラルーシの学生のための「はぐれミーシャ語録」
「自分の力でやらなきゃ意味がない」
「試験は合格不合格をきめるためのものではなく、自分が今、どの位置にいるのかを確認する作業に過ぎない」
「試験はどこがわかっていて、どこがわからないかを知る作業」
「『知らない』ということは、『これから知る』というチャンスがあるという意味」
このような僕の「イズム」が上の学年になればなるほど浸透しているので、カンニングをする学生は少ないですね。

あるとき「みなさんはカンニングを全然しない、いい学生ですね」と言ったら、学生たちは「日本語の試験では絶対にしませんが、他の科目のときはカンニングしますよ!」と答えてました。
おいおい・・・

akiravich at 04:26コメント(0)トラックバック(0) 
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