2014年08月20日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

ベラルーシはちょっと涼しくなりました。
でも、長い時間歩いていたりすると、じとーっと汗が出てきます。
日本に行って太ったせいで、汗っかきになったような気がします。
今は頑張ってダイエット中です。

さて。
今日はここ数年、日本へ帰るたびに感じていたことを書いてみたいと思います。

それは車のマナー。
日本へ帰るたびにびっくりするのですが、歩行者が道を渡ろうとしても、なかなか車が止まってくれないこと、よくありますよね。
横断歩道があるところですら、止まってくれない。

これはベラルーシではありえないこと。
横断歩道のところに立っているだけで、車が止まってくれるのが普通です。
たいていのベラルーシ人は車が来ようが関係なく、横断歩道を渡り始めます。
そうすると、車はほぼ100%止まってくれます。

「ほぼ」と書きましたが、私の経験では100%ですね。
じゃなかったら、今頃、私は車にひかれてベッドの上ですから。

日本へ帰ると、そこが全然違う。
横断歩道のところに立って車が止まるのを待っていると、なかなか止まってくれなくて。
そこでふと気づくわけです。
「あっ、ここは日本だ!」

今年の夏、山形の実家の近所でのこと。
国道13号線、左側を歩いていて、T字路の信号を渡ろうとしていたら、後ろから走ってきた車が思いっきり左折してきて。
私のほうが気づいて止まったからいいようなものの、気づかなかったらひかれていました。
ベラルーシでは絶対にあり得ません。

ベラルーシの運転手は歩行者に優しいなあとも思います。
しかし、うちのベロニカちゃんの妹の旦那、アンドレイ君にそのことを言うと、「ベラルーシの歩行者は運転手より立場が上だと子供の時から思っているから、車を怖がらない。そのせいで事故が起こることもあるんだよ」
うーん、そういうこともあるかもなあ。

今日も仕事が満載です!
何から手を付けていいかわからないほど。
がんばります!

akiravich at 18:28コメント(0)トラックバック(0) 

2010年07月10日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

昼寝してました。
久しぶりにぐっすり寝ました。

今日は朝から授業を二つして、あとはフリー。
こんな日は珍しいです。

そして、明日は完全にフリー!
そんな日曜日はいつ以来でしょうか。

ここで体も心もオーバーホールしておかないと。
秋からの新学期はかなりきついスケジュールになります。
一週間に12コマです。
1コマは80分です。

これはかなりきついです。
他の教師に比べて、私はいつも多めなのですが、今までの最高は一週間に8コマですから。

それに家庭教師も多くなるし。
そこに寿司屋の仕事も。
まあ、寿司屋のほうは一週間に1〜2回ですから、体力的には大丈夫なのですが。

だから、今のうちにゆっくり休んでおかないと、あとでもたなくなるのです。
頑張って休もう!(←何か変な言い方・・・)


さて。
今日は最近あった出来事を。

水曜日、私は例によってミンスクの町中を駆けずり回っていました。
税務署や住宅管理局など、行きたくもないところを全て回っていました。

最後は寿司屋(←行きたいところ!)。
そこで軽く打ち合わせをしていたのです。
すると、そこに電話が。

電話の相手は知らない男性。
何事かと思ったら、それは学生のナターシャさんからの紹介。
彼女が「先生、教室用にカーペットが欲しいと言っていましたが、絨毯だったら、私の知り合いが『いらないのがあるからあげる』って言ってますよ」と言っていたのです。
電話の相手は「絨毯、今ここにあるんだけど、どこに持って行けばいい?」
私はちょっと忙しかったので(←寿司を食べてたんです・・・)、しばらくあとに会うことに。

2時間後にその待ち合わせ場所に行ってみると、そこにいたのはごつい男性。
でも、優しそう。
「じゃあ、車で行こう」と私たちは駐車場に向かいました。

P7081408そこにとまっていたのはこの車!
ソビエト時代のボルガという車です!
車がお好きな方は写真をクリックして、大きくして見てください。
それだけの価値はあります!

これは1982年から乗っているものだそうで。
この古さでちゃんと動くのかと思ったのですが、心配ご無用。
きっちりと動きます。

P7081406P7081407中もこんな感じ。
古っ!
すごい!
その男性の運転がいいのか、乗り心地はまあまあ良かったですよ。
それにしても、よくこんなのが動いているなあ・・・

ベラルーシでは最近、この手の車はあまり見かけなくなりました。
私がベラルーシに来た10年前はよくあったんですけどね。
今はドイツ車や日本車が増えて、ソビエトっぽい「ボルガ」とか「ジグリ」はほとんど見かけません。
よく駐車場とかにほったらかしになっているのは見ますが、動いているのはそんなに見かけませんね。

「ボルガ」というのはGAZ(ゴーリキー自動車工場)が1956年から製造しているモデル。
旧ソ連を代表する車の一つです。
今でも作っているんですよ。
まあ、もちろん写真のボルガよりは今風のつくりになっていますけどね。

それにしても、このボルガ、82年製ですから28歳ですよ。
日本だったら考えられますか?

日本って、よく車を買い代えますよね。
私は車は運転しないのでよくわからないのですが、そんなに代える必要があるのでしょうか?
代えないと安全面で問題があるとかなんですかね?

ベラルーシでは古い車を長く乗ることが多いです。
ベロニカちゃんのお父さんの前の車も相当古かったし。
大家さんの車も古いしなあ。

久しぶりにボルガに乗って、ちょっと感動。
あんなに古いのにちゃんと動いているボルガには初めて乗りました。
乗っている人が大事にしている証拠ですね。

そういえば、クラシックカーが好きな人はたくさんいるのでしょうが、旧ソ連の車もある意味、クラシックカー。
旧ソ連の車が好きなマニアの人っているのかしら・・・

akiravich at 21:00コメント(12)トラックバック(0) 

2008年07月28日

f8233c85.JPGふーっ、冷凍しておいたカレーを食べ過ぎて、死にそうになっているはぐれミーシャです。

今日はコメント欄に書かれた御質問に答えてみたいと思います。
実は「ベラルーシでの日本車の値段はいくらですか?」という質問を頂いたんです。
なので、今日はベラルーシでの車の値段をご紹介したいと思います。

正直に言っておきますが、私は車には全く興味のない人間なので、詳細な情報などは書けませんのであしからず。
どうして車に興味がないのかというと、子供の頃、交通事故に遭って、まあ、嫌いというわけではないんですが、特に好きではないということです(4月20日の投稿「ベラルーシの車事情、あるいは僕と車の微妙な関係」をご覧ください)。

ミンスクにはトヨタのサービスセンターがあります。
今日の写真はそのサービスセンターです。
他の日本の車会社のセンターはありません。
ベロニカちゃんの実家の近くにドカンと大きい建物が建てられ、オープンしたのは2006年12月14日。
ごく最近のことです。
そのサービスセンターのサイトにある値段を書いてみます。

そこでのトヨタの車のお値段は!
RAV4が一番安いもので、29750ドル、つまり約318万円。
何か2ℓがどうこうと書いてあります。
車音痴の私には意味不明。
RAV4の一番高いもの(2.4ℓ)が36100ドル、約386万円です。
日本のトヨタのホームページを見たのですが、この車、一番高いのでも、200万円台ですね。
ベラルーシではいかに高いかがわかると思います。

さて、中古車です。
RAV4で比較をしてみましょうか。
2001年のもので、14999ドル、約160万円です。
聞いたところによると、ベラルーシではRAV4は人気があるのだそうです。
でも、この値段では普通の人は手が出ませんね。

他のトヨタ車を見てみましょう。
最初に新車。
カローラは17750ドル〜23200ドル(約190万円〜248万円)
カムリは27900ドル〜37700ドル(約298万円〜403万円)

次に中古車。
中古車のサイトを見ていて最初に目に付いたのが、カリーナE1.8。
1997年の型で、5600ドル(約60万円)。
安っ!
でも、よく見たら事故車。
写真を見ると、前の部分がぐっちゃりつぶれてる。
誰が買うんだ?!

トヨタのアベンシス・セダン。
1999年のもので、8500ドル(約90万円)。

今回、トヨタのことばかり書いているのは、たまたまです。
うちの親もトヨタばっかり乗ってるし。
こちらの人に「日本車と言えば?」と聞くと、真っ先に名前が挙がるのがトヨタなんです。

他の日本車も見てみました。
スバルのレガシー(1993年)が3400ドル、約36万円。
日産のプリメーラ(1994年)が3600ドル、約39万円。
ホンダのシビック(1998年、ワゴン車)が6900ドル、約74万円。

ベラルーシでは一般庶民は中古車を買うことが多いです。
日本車もこれだけ安いのがあるわけですから、他の車はもっと安いということ。
日本の会社の新車を買えるのは一握りのお金持ちでしょうね。
ちなみに、日本車以外で人気があるのはやはりBMWやフォルクスワーゲンです。

こんな感じで、いかがでしょうか?
車がわからないなりに、がんばって調べてみました。

ベラルーシに関係のあることで御質問がありましたら、私がわかる範囲でお答えいたします。
どしどしコメントをお送りください!

akiravich at 03:35コメント(4)トラックバック(0) 

2008年04月20日

08199f21.JPG今日の写真はうちのベロニカちゃんが作ったレインコートです。
実は、このコート、せっかく作ったのに、注文した人が気に入らなくて、返品されちゃったんです。
出来はすごくよかったんですけどね・・・
誰か欲しい人が出てくればいいんですけど。
欲しい人は御連絡ください(連絡もらっても、日本までは送れませんが・・・)

この前、車関係の書類を翻訳したという話を書きましたよね。
そこで、ちょっと車の話。

ベラルーシでは日本車は大人気です。
ミンスクにはトヨタのサービスセンターが出来たりして、日本車の人気は高まるばかりです。
でも、そのトヨタのサービスセンターはあまり評判がよくないのですが・・・
肝心のサービスがいまいちだということで。
日本車が好きで、日本車以外は乗らないという人も多いですよ。
いくらぐらいするのかなあ・・・
調べておけばよかった。
また改めて詳しく書きますね。

日本車を見かけることは非常に多いですが、やっぱり一番よく見るのはドイツ車。
近いですからね。
オペル、アウディ、フォルクスワーゲン、BMW、メルセデスベンツなど。
日本では高級車の類になるのでしょうね。
でも、こちらでは「いったい何時代の車?」と聞きたくなるほど、古いのが走ってるので、メーカーを見ただけでは高級車と名づけることはできません。
つまり、メーカーがどうかよりも、その車そのものが高級かどうかが大事です。
中古車が多いので、何年のものかを見ないといけません。

例えば、ベロニカちゃんのお父さんの車。
オペルなんですが、間違いなく10年以上たってるでしょうね。
走っているのが不思議なぐらい、そこらじゅう壊れています。
助手席のドアは外からは開けることが出来ませんし。
日本だったら、間違いなく車検、通らないでしょう。

ベラルーシにも車検あるんですよ。
最近はちょっと厳しくなってきたらしいです。

ドイツ車は多いのですが、盗難車が多いと言われています。
よくドイツへ車を仕入れに行くと言う話は聞きますね。
もちろん、普通にドイツで中古車を買って、それに乗ってベラルーシまで帰ってくる人もいるんですよ。

ソビエト製の車も見かけます。
例えば、Жигли(ジグリ)、Москвич(モスクヴィッチ)、Запорожец(ザポロージェッツ)などです。
タクシーなんかでは良く見かけますね。
でも、本当に良く走ってるな、という感じです。
車の中がかなりガソリン臭いんですよ。
大丈夫なのか!?って言いたくなるくらい。

そう言えば、僕がウズベキスタンという国にいたとき(いたんですよ! 今じゃ、信じられないですが・・・)、こんなことがありました。
向こうではタクシーは白タクが普通。
道で手を挙げて止めるんですね。
寮から引っ越すためにタクシーが必要だったので、タクシーを拾ったんです。
助手席に座ると、おじいさんの運転手が「降りろ」。
何かと思ったら、その車、止まった状態ではエンジンがかからない。
後ろから押しながらエンジンをかけないと、一度止まったら、もう一度走り出すことはできないのです。
押すといっても誰かが押してくれるのではなく、自分で押すのです。
僕とそのおじいさんは後ろから車を押しました。
おじいさんは押しながら片手でエンジンかけてましたね。
そして、エンジンがかかったら、おじいさんが「乗れ!」
動き始めている車に飛び乗るのです。
「西部警察かよ!」と、突っ込みたくなるハードボイルドなタクシーでした。

いろいろ書いてきましたけど、僕、本当に車には詳しくないんですよ。
というのは・・・
正直に言うと・・・
僕、車が嫌いなんです!!!

何故かと言うと、子どものときに交通事故にあってるんですよ。
大腿骨骨折で、3ヶ月入院しました。
忘れもしません。
あれは僕が小学2年生だったときの2月3日の朝。
学校へ登校するため、友達のはじめくんのうちへ行ったときのこと。
すごく寒い日で、路面は完全に凍結。
僕は前から来たワゴン車に気づかなかったんです。
実際どうだったのかは、あまり覚えていません。
気づいたときには、車が僕の足の上を通った後でした。

病院に担ぎ込まれて、即入院。
足にぶっとい麻酔打たれて(これが最高に痛かった!)、足にドリルで穴を開けられて、そこに針金を通し、そして、足を吊ったんです。
うちの両親が手術に反対したので、その方法になったのだと思われます。
一ヶ月その状態で過ごしました。
足の針金を固定している金具がずれて、足に食い込むんですよ。
それが痛くて痛くて。
朝の回診のときに、お医者さんが金槌のようなもので、コンッってたたくんです。
それが痛くて痛くて。
その後、2週間ほどギプスで固められて。
それが腰のところまでですから、全く身動きとれず。
ふくらはぎのところだったら、松葉杖とか車椅子とかで動けるじゃないですか。
でも、僕の場合は大腿骨ですから、腰まで。
そのあと、辛いリハビリ。
これは本当に苦しかったなあ・・・
今でも、あの憎らしいリハビリの先生の顔、覚えてますよ。

骨折の位置があと10センチ上だったら、足、切断されてましたよ。
たまたまそのとき、東京からいい医者が来てたので、その人に直してもらったんですね。
今でも寒いときなんかは時々痛みます。

両親には心配かけましたね。
うちの母親は何か認定試験を受けに行っている最中に、僕が事故にあったというニュースを聞いたんですよ。
それで、あわててかけつけて。
ほとんど毎日、病院に来るのは大変だったと思います。

うちの親には悪いですが、病院生活、僕は僕なりに楽しんでました。
お見舞いに来てくれる人はみんな、メロンとか、普通は食べられないもの持ってきてくれるんですよ。
ゲームウオッチとかやり放題だったし、マンガばっかり読んでたかな。
祖父にマンガ買ってきてもらったりして。
でも、祖父の年齢で本屋でマンガ買うのって、勇気要ると思うんですよね。
でも、何も言わずに、近くのジャスコで買ってきてくれたんです(泣けてきました・・・)。
そして、普段は学校に行っていて、見ることができないお昼の番組も見ることができて。
ワイドショーとか、笑っていいともとか。
そうそう、テレビがあって、よかったですよ。

一番きつかったのは、食べ物。
そこの病院の食事、死ぬほどまずくて。
あれ以上まずい食べ物を僕は知りません。
入院している以上、贅沢は言えないじゃないですか。
でも、僕はわがままを言って、両親にご飯を持ってきてもらってました。
今考えると、すごく両親は大変だったんだと思います。
泣けてきます・・・
うちのおじちゃんも食べ物、持ってきてくれましたね。
確か「日の出食堂」からラーメンと何かを持ってきてくれたと思います。
おいしかったなあ・・・
あと、ゲームウオッチのパックマンをくれたのはおじちゃんだったと思います。
メロンももらったような・・・・
あの頃は、うちのおじちゃんも山形に住んでいたんですよ。
本当にみんなに心配かける子どもだったんですよね。
今でも心配かけてますけど・・・

この事故は僕の性格形成に大きい影響を与えているような気がします。
僕、今でも病院とか、好きなんですよ。
普通の人は病院の雰囲気とか嫌いですよね。
でも、僕にとっては懐かしい匂いのする場所。
最近はあまり行きませんが、ベラルーシでは随分いろんな病院へ行きました。
折り紙を教えるためです(このことはまた改めて詳しく書きます)。
それって、僕が事故にあったことと無関係じゃないと思うんですよね。
テレビがあったとは言え、僕も病院では退屈してましたから。
僕が事故にあったとき、両親や親戚が僕にしてくれたことを子どもにもしているような。
ある意味、恩返しと言うか。
何なんでしょうね。
そんなに意識してはいないんですが。

車の話からだいぶそれました。
別に車が怖いわけではないんですよ。
ただ嫌いなだけで。
成人式の後のパーティーで、僕の同級生達が車の話ばっかりしているのを聞いて、全くわからなくて。
好きな人にとってはたまらないんでしょうね。

長い投稿でした。
最後まで読んでくれてありがとうございました。

akiravich at 05:12コメント(0)トラックバック(0) 
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