長崎

2015年03月10日

大変ご無沙汰しております。
はぐれミーシャです。

とても忙しいです。
というか、とても忙しかったです。

ご覧になられた方もいらっしゃると思いますが、日曜日の17時からNHK BS1の「地球アゴラ」という番組に出演させていただきました。
その準備がなかなか大変でした。
福島の未来についての番組だったんですが、非常に責任が重い仕事でした。
生放送だったのですが、本番は自分なりに楽しめました!

何と言えばいいんだろう・・・
最近、心が乱れています。
乱れて、ちぎれて、壊れて、溶けて、消えて・・・
うーん、41歳でも心は・・・惑い、惑わし、惑わされ・・・

当然と言えば当然だけど、自分以外の何かに規定された「自分」という者があって。
それは私の場合は先生であったり、父親であったり、夫であったり。
自分で自分がわからなくなっているのに、なのに・・・周りに決められた自分が「自分」であると思うことが楽で。
急に本当の自分と向き合うとどうしたらいいのか・・・

乱れた心を支えてくれるのは学生たち。
授業が終わって、「ちょっと飲んでいかない?」という私の言葉に呼応してくれた学生たち。
私の心の乱れに、学生たちは自分の心の乱れをさらけ出し答えてくれる。
みんな迷っている。
みんな惑っている。
みんなありがとう。



正直、41歳になって、焦りが出ています。
今、この年齢になって、自分は何ができるんだろう?
何か自分が生きていた証しを残したいと思うようになりました。

今、私がやろうとしていること。
それは原爆詩の朗読。

実はこのアイデアはかなり前からありました。
NHKのドキュメンタリー番組で、吉永小百合さんが朗読されているのを見て、ベラルーシの人にも広島・長崎のことを知ってもらいたいと思ったのです。

最初は日本から誰かに来てもらって、朗読してもらうことを考えていました。
もし吉永小百合さんが来てくださったら、ベラルーシの人にもっと広島・長崎のことを知ってもらえるだろうと思いました。
長崎のアナウンサーの方々も原爆詩の朗読をやっていると聞いたので、何とか来てもらえないかと思いました。
でも、やはりベラルーシは遠い・・・

そのあと、私の頭に浮かんだのは、学生たちと朗読すること。
例えば、日本語を勉強しているベラルーシ人学生が日本語で読み、ロシア語を学んでいる日本人留学生がロシア語で読む。
でも、学生たちにとって原爆詩を読むのは精神的負担が大きすぎる・・・

ここ最近の心が乱れている中、ふと私は思いました。
何の前触れもなく。
「原爆詩の朗読をやってみよう」

以前からやりたかったこと。
他人任せにしないで、まず自分でやってみよう。

でも、自分の心と体を通して、原爆詩を体験することは怖い・・・
でも、やりたい。

もうすぐ東日本大震災から4年。
チェルノブイリは4月26日で29年。
いまこそ、やるべきとき。

私は何度か読む練習をし、それを信頼する学生の一人に聞いてもらいました。
「伝わった?」「伝わりました・・・」

正直、自分がどこまでいけるか、不安があります。
自分の限界が見てみたいです。
自分をギリギリまで追い込んでみたいです。

夜中、練習をしています。
精神的な負担が大きく、練習を終えるとぐったりしてしまいます。
あるお母さんが書いた詩は・・・龍二くんのことを置き換えてとらえてしまって、涙が出てしまいます。

3月21日、土曜日の19時15分から私たち夫婦が経営している「東洋語センター」の教室で朗読をします。
もしそれがうまくいけば、自分が働いている大学でも朗読会をします。
そして、4月26日のチェルノブイリ事故の日に汚染地域に行って、朗読会をしたいと考えています。

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2012年12月27日

こんばんは。
はぐれミーシャです。
今日も日本の旅日記です。

7月26日、私は四国から長崎に向かいました。
途中、博多でとんこつラーメンを食べ、特急かもめに乗り、長崎へ。

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このグリーン車がすごいんですよ!
座席はなんと革張り!
誰も乗っていなかったので、完全貸しきり状態。
こんな贅沢、いいのかな?
でも、一年間がんばって働いたんだから、いいよね!?

16時過ぎに長崎に到着。
そこにはK神父が迎えに来てくれました。

今回長崎に来たのは知り合いに会うため。
それは12年前、私がまだベラルーシに来たばかりの頃に出会った人たちでした。

ミンスクの中心部に通称「赤い教会」と呼ばれているカトリック教会があります。
その敷地内に「長崎の鐘」と呼ばれている鐘があります。
それは原爆後に残った浦上天主堂の鐘のレプリカです。
その鐘ができたときに長崎からカトリック教会の方たちがいらっしゃったのです。
その方たちに会いたいと思い、長崎を訪れたのでした。

K神父は年齢が若く、気さくな方なので、私はお兄さんのような感覚で接していました。
今回も12年前と変わらず接してくださいました。

夕食ではもう一人のM神父さんとベラルーシを訪れたYさんとKさんがいらっしゃいました。
12年前の思い出話に花が咲きました。

料理は中華料理だったのですが、ちょっと独特でした。
長崎ならではなのでしょうか。
本当においしかったです。

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次の日は雨。
平和記念像は見たいと思い、行ってみました。
記念日を前にして、何か工事のようなものをしていました。

その後、YさんとKさんが原爆記念館を案内してくださいました。
私は広島の原爆博物館には行ったことがあるのですが、長崎は初めて。
長崎の原爆のことはほとんど知りませんでした。
非常にいい勉強をさせていただきました。
深く心に染み入るものがありました。

そして、より深く感じるものがあったのは永井隆記念館。
永井博士は医師で、自らも白血病を患いながら、様々な著書を残した方です。
いろいろと考えさせられるものがありました。

もっと広島・長崎のことをベラルーシの人たちに知ってもらいたい。
そんな気持ちを強く持ちました。
ベラルーシの人たちは「広島」「長崎」は知っていても、具体的に何があったのかまでは知らないことが多いのです。

私の中には様々なアイデアが生まれました。
原爆詩の朗読会を開いたり、原爆文学を翻訳したり。
私ができる限りのことをしたいという気持ちでいっぱいです。

長崎を12時過ぎに出発して、大阪へ。
博多で乗り換えて、新幹線で大阪へ。
疲れがたまっていたので、熟睡。

17時半ごろ、大阪のホテルに到着。
大阪では大阪大学に留学中のナースチャちゃんに会う予定。
彼女が住んでいる寮が結構遠いところにあるので、彼女が帰りやすいからという理由で千里中央という駅で会うことに。
それがその夜の悲劇を生み出すとは露とも知らず・・・

19時に千里中央の駅で会い、「久しぶり」。
っていうか、4月にナースチャちゃんは旅立ったのだから、4ヶ月ぶりなので、それほど「久しぶり」ではなかったのですが。
でも、やっぱり自分の学生に日本で会うというのはうれしいものです。

知っている店もないし、金銭的にも余裕がないので、チェーンの居酒屋に行くことに。
ナースチャちゃんは4か月の間、ずっとまじめに勉強していたらしく、あんまり飲みに行ったりしていなかったそうで。
彼女は5年間のプログラムで日本へ来ているのですが、授業などは非常に厳しいようです。

今までいろんな学生を教えてきましたが、私の要求に100%答えて、全ての課題をこなしてくれたのって、ナースチャちゃんだけですね。
どんなにいい学生でも、一度ぐらいは風邪で休んだ時の宿題をしなかったりするものなのですが、ナースチャちゃんに関してはそういうことが一度もありませんでした。
風邪で休んでも必ず宿題はやってくるという根性がありました。
その努力の結果、日本への留学のチャンスを手に入れたのだと思います。

特に何を話したのかは覚えていません。
何かベラルーシの大学の教室で話しているような錯覚に陥りました。

店を出て、まだ名残惜しかったので、次の店へ。
次の店はサイゼリヤ!!!
はるか昔に一度行ったことがあるだけだったので、ぜひ行ってみたかったんですよ。
本当に安くて、おいしくて大満足でした!

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ナースチャちゃんをお見送り。
いい意味で変わっていなかったので、すごくうれしかったです!
それにしても、このようなきれいな女の子の隣にいると、自分のおっさん度が際立って見えますなあ・・・
それにかなり太っているし・・・

ナースチャちゃんと別れたのが23時半ごろ。
さーて、ホテルに戻ろうかと千里中央の駅に行くと、何か様子がおかしい。
これはもしかして・・・

駅員さんに「あのー、電車は・・・」
駅員さん「あ、もう終わりましたよ」
えええ!!!
そりゃあないよ!

完全に東京の感覚で考えていました。
東京だったら、0時過ぎが最終じゃないですか。
だから、まさか23時半に電車がないとは考えていなかったのです。

しかも、最悪なことに、私は円の手持ちが1000円ほどしかなくて。
大阪に着いてから両替所を探したんですが見つからず。
銀行も閉まっている時間だったので、ドルが両替できなかったんです。

どうしよう・・・
バスに乗るしかないかなあ・・・

でも、バスもない。
そうなると、タクシーしかない。

タクシーの運転手さんに「あのー、ドルしか持っていないんですけど、乗せてもらえませんか?」と聞いても、手でシッシッと冷たくあしらわれ。

うーん、これは困った。
どうしよう。
よくマンガ喫茶で朝まで、なんて話をよく聞くから、そういう店を探そうと思っても見つからず。

駅に隣接するショッピングモールも電気を落としてしまって。
でも、追い出される感じはないなあ。
こりゃあ、ここで朝まで過ごすしかないか・・・

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コンビニでチューハイとじゃがりこ、そして暇つぶし用の雑誌を買い、スタンバイOK。
自動販売機の隣なら電気があるから、雑誌も読めるしね。

でも、すぐに手持無沙汰になる。
寝ないで朝まで過ごすつもり。
やっぱり知らない町で外で寝るのは怖い。
っていうか、知っている町でも怖いかな。

周りを見渡すと、ホームレスっぽい人が数人、ベンチで寝ている。
俺も仲間入りしようかな。

しばらくしていると、警備員の人が。
警備員さん「どうしたんですか?」
はぐれミーシャ「実は電車がなくて、帰れなくなってしまって・・・朝までここにいたらマズイですか?」
警備員さん「大丈夫ですよ。ただ気を付けてくださいね。治安はいいんですが、どんな人がいるかわからないので」
そう言ってしばらく考え込む警備員さん。

警備員さん「あのー、上のほうに行くと、ちょっと寝られるところがあるんですけど、行ってみます?」
優しい!!!
はぐれミーシャ「いや、朝まで起きているつもりなんで」
警備員さん「じゃあ、わかりました。何かあったら、声をかけてくださいね。あと、あそこでスケボーやってる兄ちゃんたち、彼らあんななりしてますけど、根はいいやつらなんで彼らの近くに座っていれば、何かあった時助けてもらえると思いますよ」
いやあ、本当に優しい!!!
ちょっとウルウルきました。

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夜中のショッピングモールというのもなかなかいいものです。
普段、ゆっくり考え事をする余裕がない生活をする私にとっては、なかなか贅沢な時間でした。

しかし、酒を飲みながら雑誌を読むというのもやはり限界があります。
ここしばらく旅ばかりで疲れがたまっているというのもあるのでしょう。
だんだん眠くなってきて。
眠気を覚ますために近所を散歩。
警察官がいたら、間違いなく職務質問されるだろうなあ。

っていうか、私は何をしているんだろう?
若いときならいろいろあるでしょうが、38歳にもなって、大阪のベンチで朝まで時を過ごすなんて・・・
なんて素敵なんでしょう!!!
この歳でこんなバカなことをしている自分に笑ってしまいます。

結局、始発の時間まで時間をつぶし、ホテルにたどり着いたのは5時半ごろ。
シャワーを浴びて、ホテルをチェックアウト。
すぐに6時台の新幹線で東京へ向かったのでした。

東京では人に会ったり、いろいろ用事がありました。
そして、午後はまた関西に逆戻り。
新幹線で京都まで行き、そこから奈良へ。

奈良へ行ったのはこのブログにコメントをくださっている奈良の通りすがりさんに会うためです。
コメントを通してお付き合いしているうちに、お互いプロレス好きの料理好きであることが判明。
ぜひぜひ会いましょうということに相成ったわけです。

奈良の駅で待ち合わせて、通りすがりさんのうちへ。
電車とバスを乗り継ぎ、たどり着いたのはベッドタウン的なところ。

ブログやメールでしか付き合いがなかったのに、本当によくしていただきました。
料理がおいしかったです。
薄味で、すごく繊細な味付け。
私にはできない料理だなあと思いました。

「一緒にプロレスを見ましょう!」と言っていたのに、結局見ないでしまいました。
いろんな話で盛り上がりました。
とてもとても楽しい夜でした。

今回は学生に会ったり、仕事関係でお世話になった人に会ったりはしたのですが、友達や自分と同じ趣味の人とはほとんど会っていないんです。
というか、プロレスが好きな知り合い、私は一人もいなかったんです。
なので、通りすがりさんと知り合いになれて、本当にうれしかったです。
いつか一緒にプロレス観戦できたらなあと思っています。
本当にありがとうございました!!!

次の日も朝早くから行動開始。
新幹線で東京へ。

東京では初日に会ったかぼちゃんともう一度会いました。
彼は被災地のボランティアなどもやっているまじめな青年。
ベラルーシの現状などについて、いろいろ話をしました。

その後、同じところでアルバイトをしていたO君に12年ぶりの再会!!!
もう感激!

そして、東京ロシア語学院のクラスメートたちとの再会!!!
もっと時間があればよかったんですが、今回は喫茶店でおしゃべりするだけになってしまいました。
次回はぜひ飲みに行きましょう!

というわけで、ドタバタと走り回る一日は終わり、最終の山形新幹線で実家に帰ったのでした。
龍二くんは寝ないで私を待っていてくれました。
いつもはあんまり私にはなついていないのですが、このときばかりはピッタリと私にくっついてきました。
本当にかわいい!

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うちへ帰ると、私が買ってきたプレゼントを抱きしめたまま寝てしまいました。
一つは徳島駅で買ったアンパンマン列車のおもちゃ。
もう一つは京都駅で買った新幹線にアンパンマンが乗っているおもちゃです。

全国たらいまわしツアーはまだ終わりません!
山形に帰った次の日はまたまた朝6時台の電車で東京へ。
でも、今度は一人じゃなくて、ベロニカちゃんと龍二くんの3人です!

akiravich at 18:51コメント(2)トラックバック(0) 
livedoor プロフィール

akiravich

山形県出身。
2000年からベラルーシ共和国の首都、ミンスク在住。ベラルーシ国立大学文学部・日本語教師。目指すのはベラルーシの金八(略してベラ金)。
愛する妻ベロニカちゃんと愛する龍二くん(5歳)とのベラルーシ生活!
日本の皆さまにベラルーシ一般国民目線のベラルーシを御紹介!

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