July 12, 2013

松本安市の近代柔道史◆文杜柔術)

「近代柔道史」※1)(講師:松本安市先生)より。

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※1)第10回全国大学柔道指導者研修会・報告書、p23〜26。
研修会の開催は、平成4年8月21〜23
(於:日本武道館研修センター
 主催:日本武道館・日本学生柔道連盟、
 後援:文部省・全日本柔道連盟)
文部省か何かへの報告のために後日、内容・配布資料をまとめた小冊子らしい。
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<以下は「近代柔道史」に先立つ「古流の柔術」の部分から要約・抜粋>

(・・・私の覚書と情報の保存のためです。
もとの内容は時系列やつながりがおかしい点があります。
読みやすく整理はしましたが、
他の資料で確認したりはしてません・・・)

●もともとは「小具足」「腰の廻り」という名で
いろいろな「柔術」の流派があった。
・「小具足」とは組討の際、邪魔にならないよう
通常の半分の長さ(一尺二寸)の刃の日本刀を使う柔。
・「腰の廻り」とは、甲冑戦では背負投、足払いなどが使えず、
主に腰技を使ったための名称。
●1368年に小具足の達人、提法讃(堤宝山)が
初めて体系的に書物に記したのが「提宝山流」。
(※ネット検索すると、「堤」の字が正しいかも。「宝山流」
しかし資料では「提」になっている)
●提宝山の師匠は、僧慈恩。
念流の始祖・相馬四郎義之が禅門に入り慈恩となり、
その兵法の門人14人の1人が提宝山。
●1532年の「竹内流」(竹内久盛)が、柔術の起こりとする史書が多いが、
提宝山による「提宝山流」の方が早く体系化されていた。
(※こういう観点・主張は珍しいのかも)
●「提宝山流」は、一子相伝、高弟のみに伝えるなどの理由で
普及しなかったのに比べ、
「竹内流」の方は伝承方法が多かったため広まった。
●1600年ごろ、戦国時代を境に流派が増えた。
・「伯老流柔術」は豊臣家の指南流派であったが防御法のみで戦国時代には不向き。
・「関口流」は1610年と古い流派の1つ。
始祖は関口柔心で今川家の親族。
桶狭間で織田信長に敗れたあと流浪する。
●1638年、柳生十兵衛が柳生宗巌の伝書「柳生流月之小抄」を整理。
その柳生家門下より
・小栗仁右衛門が「小栗流」、
・福野七郎右衛門が「良移心当流」、
・茨木専斎が「起倒流乱」
と3つの流派が興る。
●1627年に福野と茨木が共同して「起倒流」に発展させる。
(※ここんとこ時系列がおかしい?)
●嘉納治五郎は「起倒流」の飯久保恒年に学んだので
講道館柔道は「起倒流」からきている。
「柔よく剛を制す」の言葉は直心流にある。
(※嘉納治五郎は最初に「天神真楊流」に入門、後に「起倒流」にも弟子入り。
一般には両者の影響を受けたとされていると思う)
●柔道柔術の起源を陳元贇(ちんげんひん/ちんげんいん/ちんげんぴん)
とする古文書もあるが、陳元贇の帰化は1659年なので
既に各流派ができた後(※来日は1625年か?)。
ただし、江戸で三浦、磯貝、福野に中国拳法を教えるなど影響を与えた。
それまでの日本の柔術(投げる・突く)に当身系の技を教えたのではないか。
(※このあたりは諸説あるところだと思う)

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※注:何箇所か整合性がとれないところ、
時系列のおかしいところなどありますが、
調べだすとさらに他の流派もあり、
諸説も入り乱れて収拾がつかないのでやめた。
あくまでこの時点での松本安市先生?のまとめというだけ。
間違いもあると思う。
信用はしないで下さい。

<私の感想>

※甲冑戦の時代でも、結局死傷の原因は飛び道具が多かったらしい。
多いのは古代には弓矢、後には鉄砲。次いで長槍(たぶん)。
鎧を装着していると、手足で殴る蹴るの技術は、ほぼ意味がない。
いきなり日本刀で切りつけても無理。
投げたって平気。
けど、どう展開するにしても
最後の組討は鍛錬してないと怖いし、成り立たんわな。

※時代が変われば求められる技術も変わる。
どうも嘉納治五郎は平服で路上とか、対多人数とかを想定していたらしい。
だから投げは重視したが、寝技は嫌ったらしい。
(寝技はロクにやってないはず)

しかし、その想定だとむしろ「打撃」(※一撃で倒すか、逃げる場合)や、
「寝技」(※最後まで決着をつけさせる場合、取り押さえたり捕縛が必要な場合)
の方が大事で、「投げ」こそ役に立たんのじゃないの?
(実際、柔道出身の警官ほど、相手を正面から捕まえようとして
(※柔道では正しい組手だが)、刺される殉職が多いらしい。
剣道や打撃系の人は本能的に半身でサバくらしい)

それでも精妙な投げを発展させたのは講道館柔道の功績。
ただルールで縛らないと投げ合いの練習にはならない。
いきなり頭突きでも入れたほうが話が早い。
そこを考えてルールで縛った体系の整備がすごいところ。
しょうがないね。
いろんな意味で。

体育的見地もあるし、
勝負のことだけ考えたら、みんな寝技だけになるから、
立技(投技)の方に制限するのはある意味当然。

もし嘉納治五郎がもうちょい長生きしてたら
大道塾の空道みたいな方向に行っただろうか?

わからんけど。

※時代が変わればっていう話だと、
もう今は、サイバー戦、電脳戦の時代かもね?
ボタン1つでミサイルとか?
クリックだけでサイバー攻撃とか、
謀略宣伝工作とか、
ハッキングとかの方が効く?!

ついていけませんけど。

おしまい。

<あこう堂>
あこう堂ホームページ
あこう堂の地図
(2号線からだと神戸新聞販売所のビル下をくぐって下さい)

‘讃譽譽鵐織襪両豺隋紛いてればいつでも可):
平  日:1時間:1000円〜(21時以降は1時間1200円)
土日祝:1時間:1200円。
(※ご予約はお早めに。お急ぎはお電話で。
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