February 28, 2016

旧制中学の柔道(治部貞雄先生:旧制津山中学)

どうも。

このブログでは、高専柔道(旧制の高等学校・専門学校の柔道大会)について
ずっと取り上げたり、掘り下げたりしてきましたが、
当時は中学(旧制中学)でも高専柔道と同様のルール
(※旧制高校や帝大が主催の場合は高専ルール)で、
試合が行われ、全国大会まで行われていたことが知られてます。

今回は、治部貞雄先生寄稿の「津山高校柔道部誌白帯(昭和61年)」から
往時の「旧制中学の柔道」の一端に触れます。
「高専柔道教」の某教授も「六高」まではエリア内らしいですが、
さすがに「津山中」まではマニア度もおよんでないんじゃなかろうか?
どうだろうか?

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注釈:

※ ЪI貞雄(ジブ・サダオ)
(津山中→同志社高商→岡山県警本部柔道部技官。
「高専柔道の真髄(原書房)」)
 
※◆津山中学(旧制)は、白帯で出場する伝統と、
鍛錬された寝技の強さから「白帯津中」、「寝技の津山」として
名を馳せた旧制中学の柔道の強豪で、全国優勝は7回におよぶ。
・大日本武徳会主催/大正12年、昭和3年に優勝
(ほか準優勝が大正13、15年)。
・帝大柔道会主催/昭和6、7、9、10、11に優勝
(昭和9〜11は3連覇)。
地方大会での優勝は数十回。
学問的にも中国地方の名門で
高専柔道(旧制の高等学校・専門学校の柔道大会)の各校に多くの名選手を輩出している。

(全国優勝7回って簡単に言うが、全体の開催回数からしたら驚異的な高頻度だと思う。
他の中学まで調べられていないが、トップの実力だったのは間違いないだろう・・・)

※:旧制中学は5年制なので、
「旧制の中学生」の年齢は、現在の中学1年〜高校2年生にあたる。

ちなみに旧制高校は、3年制で現在の高校3年生〜大学2年生にあたる。
なので旧制の高等学校と専門学校の柔道大会である「高・専柔道」は、
現在の高校3年生〜大学2年生ということ。
(卒業後、3年制の「大学」に通常は進学した)
(旧制高校の場合、1年浪人して入学して、1年留年すれば、年齢的には
今の大学1年生〜4年生になりますけど?!)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下
「柔道と私と柔道を愛した人々(治部貞雄:津山高校柔道部誌白帯(昭和61))」より。

<津山中学(旧制)での治部先生の柔道の思い出に関する記載内容から>

●1年生(昭和2年)の頃:
小学校時代には福岡で1、2を争う競走の選手だったが、
柔道場に連れ込まれて柔道部の自分より小さい人にやられまくり、
それが悔しくて入部。

●2年生(昭和3年):
京都武徳会本部主催の全国中等学校柔道大会で
米子中学を破って優勝(2度目の全国制覇)。
(※治部さんは出場していない)

旧制第六高等学校主催近県中等学校柔道大会では
選手として出場し、十字固めで敗れる。

●3年生(昭和4年):
創立30周年記念で新道場(98畳)になる。
(それまで津山中学の道場は40畳くらい)

この頃の(治部さんの)体格は175cm70kg。
ヒョロヒョロで腕の引き付けが弱くワキが甘かった。
それを克服するため先輩の指導で鉄棒の練習に励んだ。
(2年生の頃、陸上部にハードルの日本一がおり、
他の部員が帰ろうが、雨だろうが毎日練習をしているのをみていたため、
日本一になる人の努力を知っていたから)

鉄棒は、大車輪、反動エビ上がり、蹴上がりなどなんでもできるようになった。
引き付け、手首、肩、握力の強化に大変有効であった。

近くの山城にランニングもやった。
(もともとの城とは防御のため、石段の幅なども
あえて登り難く築城してあったものらしい)

●4年生(昭和5年):
津山中学はまだ「低迷時代」だったが、
夏には京都武徳会全国大会で準優勝戦まで進む(※5人制だったらしい)。
平安中学で既に三段の実力を持った手嶋昇選手(現在上野)との大将決戦で
私(治部)が大外刈りに敗れて涙をのんだ。
この年、共励会、広島高校大会に優勝したが、宿敵高松中学は倒せず。

●5年生(昭和6年):
津山中学は前年の主力が残っていたため(※京都武徳会全国大会で)
全国制覇の下馬評が高かったが、
2回戦の松山中学との対戦で5人とも引き分けに終わり、
大会規定で両落ちとなった。
(※決勝戦以外は、引き分けの場合勝ち抜けずに両校脱落になっていたらしい)

その後、各高等学校の主催大会の優勝校(※中学校)を集めて、
帝大柔道会主催で選抜全国大会を行うという話が出る。
そのため夏休みに強化合宿稽古が開始された。
師範宅に合宿し午前午後の2回猛稽古を行った。
50年の柔道生活でも最も激烈であった。

後に中国大陸での山岳戦の時も苦しかったが合宿のことを思い出して克服した。
永野重雄(六高→東大→新日鉄会長、日本経済界の重鎮)も会社経営の苦しさを
六高時代の柔道生活を思い出して乗り越えたというが同じである。

10月には松山高等学校柔道大会で
宿敵高松中学を破り5年ぶりに優勝。

同10月、第六高等学校柔道大会では準優勝戦で
高松中学と引き分けて両落ち(関西中学が漁夫の利で優勝)。

11月、帝大柔道主催・大阪毎日新聞後援の全国選抜中等学校柔道大会に出場。
浜寺公園テニスコート特設試合場(屋外)で開催。
夏からの猛稽古のおかげで勝ち進む。
優勝戦では松山中学必死の守りを破り得ず両校優勝。

ちなみに進行が遅れたため優勝戦は講道館の試合予定(中等学校個人選手権)と重なり、
嘉納治五郎と帝大柔道会の交渉でもめたが、
結局、帝大側が折れて(松山中Vs津山中の決勝戦は)歩いて別会場に移動したらしい。
優勝の祝宴は京阪神の先輩数十人で盛大に。
津山駅への凱旋時にも駅前広場に先生、生徒、市民の歓迎の提灯が渦を巻いた。
柔道部歌を高らかにうたいながら帰校。

その他、先輩、同窓生の思い出など・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上。
(「津山高校柔道部誌白帯(昭和61)」より。資料提供は仁木先生。
同内容は、昭和55年に津山朝日新聞にも連載されたものらしい) 

<その他の補足情報と私からのコメント>

●中二の年に十字固めで負けているが、
昔は関節技に年齢制限はなかったのか?(未確認)。
(すいません。ワタクシ柔道界にはうといもので・・・)

●100メートルを逆立ちして歩く「鉄腕」の先輩がいたらしい。
寝技で攻めても腕力で押し戻されたとか。
もっとも、相撲の貴闘力は現役時代、力士の野球大会で
一塁まで「逆立ちで走った」らしいから
体重を考えるとさらにすごいが。

●本人(治部さん)も鉄棒で大車輪でもなんでもできたらしい。
中三でも175cmあったらしいから当時としては大柄だし、相当な体力だと思う。
私が高校の頃、クラスの同級生で大車輪とかできたのは
棒高跳びでインターハイいったやつと、
小柄で体育教師を目指してたやつだけだったと思う。

●大した器具なくても基礎をたっぷりやれば体力はつく。
全国優勝果たすんだからレベルは高かったんだろう。

技とかいうけど、相手にかけるにはまず体力だと思う。
私はここ数年鉄棒トレの種目と数を少しずつ増やしているので実感できる。
数年前の自分とやれば微妙だけど勝てる(※自分の中だけの話です)。

ただ鉄棒って本気でできるサイズのって、
公園とかにはまずないですよね。
庭のブランコにはぶら下がれるようにはしてるが、高さは足りない。
車庫にも鉄棒造ったが高さも幅も足りない
あこう堂の鉄棒はチェーンに吊ってるからアソビが多い。
こないだ、固定された普通の鉄棒でやったら、その方がだいぶやり易かった。
やりづらい方がいいか・・・

●津山中学の衣笠巌師範(後、東京オリンピック強化委員らしい)は、
120キロ強あり、抑え込まれると逃げるとかいうより、
まず巨腹で覆われた鼻、口を外して呼吸を確保することが第一であったとのこと。
う〜ん、どっかでも聞いたような話である・・・

●地方大会(松山高等学校柔道大会)の優勝でも学校に電報を打ったり、
駅まで校長が出迎えに来て喜んだりしている。
さらに全国大会の優勝となると提灯で大歓迎している。
高専大会の高校生(旧制)では話も聞いたが、中学生(旧制)でもそうだったらしい。

治部さんの在学期間の終わりが津山中最後の黄金期の始まりになるようだ。

あと、津山中以外には、高松中、松山中あたり強かったみたい。
高専柔道にも名選手を輩出してると思う。
今は伝統も消えたのかね、どうなってるのかね?
敗戦と占領政策の余波も大きいとはいえ、
たった数十年でガラッと変わってしまうもんなんだね。

●回想の中で振り返られた同窓の柔道家のうち
戦争や病気で若くして命を落とした人も多い。
戦争の想い出も多い。これも時代である。

●武徳会主催、帝大主催の全国大会、高等学校主催の地方大会が多い。
というか学生・生徒には高専ルールが主流で、
講道館主催の全国大会なんてマイナーだった頃だと思う(たぶん)。
武徳会と帝大の2つの全国大会が今の高校球児の春・夏の甲子園みたいな感じか。
講道館なにするものぞの時代?(たぶん)。
講道館が柔道を独占したのは戦後である。

●試合展開の記述はほとんどないが、
寝業が主だったらしいことはわかる。
同窓生の想い出も、寝技の技術、巧拙や、
脚が回ること、寝業のしつこさなどについてである。
治部さん自身は三角絞めが得意だったらしい。

●稽古には先輩が多く来たが、そろって一度に来るわけではなく、
後から来る先輩には必ず「もう一本やれ」としごかれたとか。

なので、いつまでも乱取りが終わらないらしいが、
現役の都合でなく、先輩側からしたら、これはいい方法だ?!

ただし、「烈しい指導」なのも柔道着を着て実際に稽古される先輩だけで、
私服の先輩は一言も口出ししなかったとか。
(私服で口先だけの指導を戒めている)

●もうやめてもらえないか・・と時計を見ると
「時計見て強くなるなら金揚堂(時計屋)の小僧でも強くなる」
と先輩に怒られる・・・

●苦しさのあまり「小便に行く」と言うと、
「稽古で汗の出しようが少ないせいじゃ、一本やろう」と
先輩が逃がしてくれない・・・

●仁木先生(昭和14年生)によれば、
仁木先生の頃の津山高校(新制)も、
まだ同じような雰囲気、練習環境・練習内容だったらしい。

●冬場に柔道着の下にシャツを着ての指導も
「精神鍛錬を第一とする柔道においては百害あって一利なし」
だとのこと。

これは私(あこう堂)もいろんな人に言われた。
藤猪省太(省三)先生は講習の時、「下には着るな」とはっきり言われた。
野村豊和先生も「女の子じゃないんだから(男は着るもんじゃない)」と言われた。
名大の柔道場では「下には着ない(禁止)」「柔術のパッチも禁止」となっていたと思う。

そういう考え方の人もいるならと思って、
私もラッシュガードとか着るのはやめてたが、
やっぱし最近は着た方がいいような気がしている。
どっちかいうと感染症の問題である。
私は今、ヒジ、胸、手の甲とかに擦り傷があるが、
こういうところから細菌や真菌、ウイルスに感染することがある。
何年かに1回くらいの頻度だが、
避けられるなら避けた方がいい。
道場で誰かが保菌してたらなくならない。
しかしラッシュガード着てたら最初から傷もできない。
(胸元をひっかくのとかは、ホントやめて欲しい)。

相撲や総合格闘技やプロレスみたいなプロは、
裸を見せるのも仕事だから裸でやればいい。
だらしない体やイレズミをラッシュガードで隠すようなら
仕事自体やめた方がいい。

でも、プロでも練習の時はシャツとか着るし、
柔道でも練習の時は着ていい(と思う)。
とりあえず、ウチ(あこう堂)は許します。
年寄の先生でウルサそうな人が来た時は、
空気を読んで脱いでください。

●いやマジで。
皮膚疾患程度でも練習を休まなければならない。

太気拳の澤井健一が高専柔道時代の六高で修行したときに
練習の激しさで禿頭になったとか言うが、実際は皮膚病である。
ウイルス性の肝炎やHIVにでも感染したら一生がパーである。
実際、レスラーや力士でウイルス性肝炎に罹った人も多い。

裸でリングにあがるプロは検査もするが、
あなたの相手の一般人が感染者でないことをだれが保証してくれるのか?
不特定多数との濃厚接触なのであるから、
身を守るために着た方がいい。
血まみれの稽古はエラくない。
昔の人は頭が固すぎる。
というか、おめでたすぎる。

たぶん柔道着は「着ている」から、
(裸ではないから)、
さらに着る必要はないという考えかもしれないが、
時代は進むんである。
昔はバイクもノーヘルで、
車でもシートベルトはしなかったが、今は当然である。

私だって生(ナマ)がいいが、
ラッシュガードなどはお互いの為に着るべきと思う。

(※もしエライ先生ともめそうなら脱いでください)

●当時の合宿は米、味噌(野菜なども)持参だった。
今はゼイタク過ぎるとのこと。
(これは、精神的には、わからんではない)

●柔道は心身を鍛錬し、よりよく国家に尽くすためである。
現在の柔道は何を目的にしているのか?
「礼に始まり、礼に終わる」精神が評価されたはずなのに、
今日の派閥闘争・権力闘争に明け暮れる醜態は何故か。
柔道着を着て、柔道を稽古するのが柔道である。
柔道修行を忘れ、権力闘争に狂奔する背広柔道が存在するのが
今日の日本柔道界の哀れな姿である。
企業化した柔道界と、過度の金メダル獲得主義は真に遺憾である。
「白帯津中」が全国優勝7回の栄光は名利を求めず
一途に稽古に励んだ精進の結果であったのを忘れてはならない。
(治部貞雄)
(※今も通じる言葉なので概略を載せました)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<補足>
旧制津山中出身の高専柔道の名選手:
(※津山中学時代に、また旧制高校への進学後に全国制覇の経験のある選手も多い。
(例:第二回の津山中全国優勝メンバーでもある山根幸夫は、
4年から松山高校に進学し、八連覇中の六高を破った松山高3連覇の闘将
→後に軍医として満州で戦死)

ただし、治部さんに近い年代は記述があったりするが、全員の方までは調べがつかない。
以下に挙げた各氏はいずれも高専柔道技術研究会として
DVD「日本の古武道・高専柔道(日本武道館監修、日本古武道協会後援)」に出演している)
●治部貞雄(昭和7年津山中卒→同志社高商→
岡山県警本部柔道部技官、名著「高専柔道の真髄」がある)
●今井達郎(治部さんと同期で4年生時に六高進学して高専柔道で活躍
→東大柔道部→三菱建設)
●木村繁樹・木村光郎(兄弟)
(木村光郎は昭和11年津山中卒。
昭和12年、兄弟ともに同志社高商の選手として高専柔道大会に出場。
中部代表として木村政彦を擁する拓大予科(東部代表)と戦い、
木村兄弟らの活躍でこれを下す。
北大予科との優勝戦では木村光郎が得意の三角を駆使した
驚異の5人抜きで全国制覇。
木村光郎は後に佐藤宣践らに寝業を指導。
佐藤宣践は寝技を磨いて全日本選手権者にもなった。
また山下泰裕の師匠でもある
●平田鼎(昭和16年津山中卒→関学高商→
寝業研究会主宰、「寝業の真髄−高専柔道(DVD)」、
「平田鼎直伝−高専柔道(DVD)」、小室宏二なども指導)
・・・・・・・・・・・・・・・・

(※高・専柔道の旧制高校では六高がメッカとされていると思うが、
旧制中学までさかのぼると津山中学をメッカと言っても過言ではないと思う。
全国制覇も多いし、高専柔道にまつわるそうそうたる顔ぶれが旧制津山中出身である。
ちなみに仁木征輝は戦後なので津山中学が津山高校になってからの出身だが、
高専柔道経験者の多くの名選手に津山高校で直接指導を受けてきた。
往年の名選手が鬼籍に入られた今、
正統派の高専柔道を受け継ぎ、修練し、かつまだ指導も実践もできる
「最後の高専柔道」であることがお分かりいただけると思う)
 
<参考>
日本の古武道 高専柔道(歴史に生きる得意技編) [DVD]
高専柔道技術研究会
BABジャパン
2000-01-26

日本の古武道 高専柔道(寝技の真髄編) [DVD]
高専柔道技術研究会
BABジャパン
2000-01-26

日本の古武道 高専柔道(抑込技編) [DVD]
高専柔道技術研究会
BABジャパン
2000-01-26

日本の古武道 高専柔道(絞技・関節技編) [DVD]
高専柔道技術研究会
BABジャパン
2000-01-26



高専柔道 [VHS]
平田鼎
ビデオメーカー
1998-10-01



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