麻雀荘メンバー語録 version2.0

日本プロ麻雀協会所属麻雀プロ、木原浩一による個人的な麻雀についての考え方、戦術等を紹介するブログです。

2007年02月

期待値の考え方について。

麻雀においての期待値は正確に計算できないものである。
期待値とはある試行を行ったとき、その結果として得られる数値の平均値のことです

結果っていうのは和了り以外にも振込み横移動流局などがあります。

その結果の平均値を算出せよ。
無理だよね?理由は簡単。正確に予測できないからです。

一萬二萬三萬五萬六萬七萬一筒二筒三筒一索三索四索四索四索

ドラ西



一索切りリーチの場合


二索五索で和了った場合は 2000点×8枚=16000P
三索であがった場合 1300点×3枚=3900P    計19900P


四索切りリーチの場合  5200点×4枚=20800P


ツモ和了りパターンは面倒なので省略します。


四索切りのほうが期待値Pが上回るので四索切りリーチが正着?いや!そうじゃないんだよね!


待ちの枚数に差があると和了り抽選確率に差が出てきます。
和了り抽選確率が落ちると、それ以外の結果のパターン(振込み横移動流局)が増えます。

この中には自分が損をするパターンもありますよね?
つまり上記の計算式にはにはマイナスの期待値(マイナスの抽選chance)が全く考慮されていないわけだ。

期待値=結果の平均値でしょ?
自分の和了りが100%確定ならばこの計算の解を期待値と呼べるでしょう。
でもそんなことってありえませんよね?

一索切りリーチか四索切りリーチか?僕はその場でなんとなく選びます。

ルールや点数状況、巡目なども選択する基準のひとつ。
さらに面子の傾向、場況なども考慮に入れてに選びます。(バランス感覚)

そのときの打牌選択が、期待的に優れた選択だったかどうかはわかりません。
しかし、少なくともこんな単純な計算で優劣は比較できるようなものではないでしょうね。

麻雀について悩み始めた子供「誠司」と『その父親』の会話

「ねえ?いつになったら戦術を書き出すの?」

『なんだ誠司。もう父さんの考え方の話に飽きたのか』

「いやそーいうんじゃなくてさぁ。考え方の話はわかるよ。わかるけどー・・・そういう心構えで打ったからといって成績が向上するわけじゃないよね?もう負けたときにつまんない言い訳とかしないからさぁ〜。教えてよっ!」

『確かに誠司のいう通りだな。でも父さんの選択chanceバランスを紹介するにあたって、まず考え方をしっかり理解しておいてもらいたいっていうのはあるんだよね』

「とかなんとかいって〜・・ホントは戦術を書く自信が無いんじゃないの?」

『うんそうだよ』

(えっ?そんなあっさり・・・・これでもこの人プロなの?)

『おまえ今「プロのくせに」って思ったろ?』

「いっ・・・いやそんなことないよ(汗)」

『状況を設定せずに“この牌姿からはこれを切るのが正着”なんてなかなか断言できないと思うよ。逆に、状況さえ設定されているならば「この局面での選択chanceはこうしたほうが期待的に有利だよね」と、これくらいであれば断言できることもあるだろうけどね』

「じゃあいちいち状況を設定して教えてよ!」

『でもな?状況を設定するのがメンドクサ・・・・いやいや(笑)状況を設定してその場限りの選択chanceの有利不利を説いたところで“それは有効な戦術である”と紹介するのはどうかと思うんだ。むしろ“なぜそうしたほうが有利になるのか?”という考え方を理解することによって、別の選択chanceに応用を利かせる。つまり選択chanceの考え方っていうのが戦術論としては適ってると思うんだよね』

「なるほど。選択chanceの考え方かぁ」

『確かに今までの記事は麻雀のゲーム性に対しての考え方の記事が多かったからね。これからは選択chanceの考え方の記事も少しずつアップしようと思うよ』

マナーとは・・・

一般的礼儀作法にかなっているかどうかという観点から見た“態度”のことである。
お互いがお互いに気遣って迷惑を掛けないよう、不快に思わないように努める様。

またマナーとは

その集団の成員が快適に生活していくための一手段に過ぎない。しかし、時にマナーは絶対視され、その行為が好ましくないから不快に感じるのではなく、マナーを守らないからという理由でその行為が不快に感じられることがある。また時に、文化などによるマナーの違いを理解せず、自身のマナーを他者に押しつける行為や、マナーを守らないからといってその人間の全人格を否定するような言動が見られるが、これらは「他者を気遣う」というマナーの本質から外れた行為である。

>Wikipediaより


続き

<ケース1>

食事をしながら麻雀するのはマナー違反?
まあいいんじゃない?でも中には快く思わない人もいるかもね。

食事のためにゲームの進行が度々止まる。
これだとマナーに反することになるでしょう。

麻雀荘は麻雀というゲームの場を提供している。そのゲームの進行に悪く影響する行為はマナー違反ととられます。またゲームをしている人の気分を著しく害する行動もマナー違反ととられます。食事くらいではそれには該当しないというのが一般的な見解でしょう。

ダイエット中の男は、坂本に対して自身のマナーを他者に押しつける行為。つまり結局は自分の都合だけでマナー違反だと訴えたわけだ。

マナーに関してクレームをつける人は、感情的になっているケースが多いですよね。
腹が減っているとなおさらでしょうか(笑)

<ケース2>

「電車内での携帯電話の使用は控えるようお願いします。」
これは鉄道会社からのマナーに関するお願い。携帯を使用したサラリーマンはマナー違反といわれても仕方のないところだ。

しかし、他人に気遣って迷惑を掛けないよう、不快に思わないように努めるという本質からは、クレームをつけているオバチャンの方が外れている。

だって文句言ってる声のほうが大声でうるさいでしょ?
世間話だって電話の声よりは大きな声だったと思うよ。

他の乗客がこのクレームを聞いて「そうだそうだ!」と同調する人は、マナーを守らないからという理由でその行為が不快に感じられる人です。

「いやオマエのほうがうるさいしっ!」「どっちもどっちや・・・」
と思う人は正常な反応だと思います。




さてここからが本題

「先ヅモはいけません」これは店としてのルール。
遅ツモは遅切りは?ルール表には載ってないけど、度が過ぎるものはマナー違反じゃないですか。

店では「先ヅモ禁止」と唄われている。
がしかし、暗黙の了解でそれが認められている雀荘があるとしよう。

3人(X、Y、Z)は先ヅモをする。しかもかなり早い。
同卓した残りの1人(A)は、上家の打牌にポンまたはカンが入らないことを確認してから、ワンテンポおいてゆっくりツモる。

Z「オマエ遅いんだよ!さっさとツモれや!」

A「ワンテンポおいてツモるのは麻雀の常識だろ?なにが悪いんだよ!」

これはどちらがマナー違反なんでしょうか?


これはAさんがマナー違反だと思います。
でもAさんは間違ったことをいっているわけではありません。

なのになぜマナー違反なのか?
つまり店として暗黙の了解で先ヅモ行為が認められている以上、それはその店での文化なのである。といったら大げさだろうか(笑)

また時に、文化などによるマナーの違いを理解せず、自身のマナーを他者に押しつける行為この行為に該当するわけですよ。

A「いいか?麻雀っていうゲームはな・・・」

Y「うるせーよ!オマエの麻雀講釈聞きに来てるわけじゃねーんだよ!ここは先ヅモ有りでやってんの。郷に入りゃ郷に従えよな!オマエみたいなとれーヤツが入るとこっちは迷惑すんだよ!嫌なら他所行けや!」

Yさんは言いすぎですけどね(笑)

※注 

ちなみに「ジパング」は先ヅモ禁止の雀荘です。
誤解を受けけるかもしれないので念のため断わっておきます(笑)



マナーに関して過敏な人っているじゃないですか。
その気持ちはわからんでもないですよ。僕も10年くらい前まではそうでした(笑)

その行為が好ましくないから不快に感じるのではなく、マナーを守らないからという理由でその行為が不快に感じられることがある

自身のマナーを他者に押しつける行為や、マナーを守らないからといってその人間の全人格を否定するような言動

でもこの2点に該当してはいないですか?
自分のとる行動のみが圧倒的に正しいと勘違いしてないですか?


もし何かの拍子で他人のマナー(態度)にムッときたら、今一度客観的に見てその行動はどうなんだろうか?と考え直してみることを強くお勧めします。

今回の話はちょっと趣向を変えて・・・


<ケース1>

休日の深夜、男はとあるフリーの雀荘で打っていた。
男はダイエット中だった。相当お腹が減っていたのだ。この空腹感はいかんともし難い。別に麻雀がしたかったわけではないのだが、なんとかして空腹感を紛らわせようと、渋々選んだのが麻雀だった。

店に着くとさっそくご案内。
同卓した下家のオヤジ(以下坂本)は既に食事を頼んでいたようだ。卓についてすぐ出前の寿司がやってくる。雀荘のサイドテーブルは、自分から見て左側を使うのが慣例。つまり坂本のサイドテーブルに置かれた寿司は、男のスコープに無情にも至近距離でロックオンされるわけだ。

(旨そうだ・・・メチャクチャ旨そうだ・・・)

男は寿司が大好きだった。週2〜3回のペースで食うほどの好物を、ここ1ヶ月はダイエットのために断っていたのだ。坂本はモクモクと食べている。次第に殺意にも似た感情を抱きつつある男が上家にいることも露知らず・・・

坂本が寿司を軽く平らげた後まもなく、別卓で焼肉弁当の注文が聞こえてくる。何度かここの出前で見たことがあるこの弁当。ウマソウナンデスヨネ・・・これがまた・・・

ツカツカとこちらの卓に歩み寄るメンバー。

「ごついでよろしいでしょうか?」

(煽ってんのか?コラ!)男はシカトするじゃないですか。
ところが・・・ここで信じ難い一言が坂本の口から発せられるのであった。

坂本「オイ!特上カルビ弁当な!」

メンバー「坂本さんまだ食うんすかぁ?(笑)」

坂本「なんか全然もの足りねーんだよ。あっロン。18000は21000な。兄ちゃんラストやな」

ブチッ!切れた・・・(怒)

「焼肉だぁ?さっきオマエ寿司くっとったやんけ!人が麻雀やっとんのに目の前でガツガツ食いやがってー!節度ってもんを考えろよな!大体メシ食いながら麻雀なんてマナー違反やろがっボケ!」


果たしてこの男の言い分は通るのでしょうか?



<ケース2>

平日の昼下がり。得意先を廻り、移動のため電車に乗り込むサラリーマン。
偶然空いた席に座りホッと一息。後は帰社する予定だった。車内は混んでも空いてもいない状態。隣には40代と思われる女性の2人組が座っていた。

隣では世間話に華を咲かせているようだ。次第に声のトーンも上がってくる。黙っていても聞こえてくる興味のない会話に不快感を覚えながらも、サラリーマンは目閉じてその喧噪をやり過ごしていた。

「ピリリ・・・」

サラリーマンの電話が鳴る。本社からだ。
出先で掛かってくるのは珍しい。急用だろうか?フト気づくと車内はそれなりに混んでいた。立ち上がって電話を取ろうにも、スペースは見当たらない。

(仕方ない・・)サラリーマンは電話に出た。

「お疲れ様です○○です。ハイッ!・・・・ハイッ・・・」

とその時、ものすごい剣幕で隣の女性がまくし立てる。

「ちょっとぉ!!アナタッ!!!車内で通話ってどういうつもりなの?他の人の迷惑を考えなさいよっ!!全く・・・近頃はマナーもヘッタくれもあったもんじゃないわねっ!」


この話、どっかおかしくないですか?


続く

麻雀について悩み始めた子供「誠司」と『その父親』の会話

「父さん・・・最近麻雀勝てないんだけど、これってスランプなのかなぁ?」

『スランプってのは存在するのかも知れないね。ただしそれは技術的な問題ではなくて、精神的な問題だと思うよ』

「えっ?どーゆうこと?」

『うまくいかなかった時のトラウマが選択chanceの判断を劣化させるってことさ。ネガティブシンキングを読んでくれればわかると思うよ。でもね?その場合の選択chanceにスランプはあったとしても、抽選chanceにスランプはないんだよ』

「えっ?でもさー悪いことが重なる事ってあるじゃな〜い」

『父さんはね。麻雀というゲームの大前提として。配牌の強弱や期待打点、有効牌を引く確率、テンパイから和了りの抽選確率、表裏ドラが乗る確率に至るまで、個人差や確率変動みたいなものは無く、全て一律ランダムに抽選されるものである。と思ってるんだ』

「ええ〜?引きの強い人とか弱い人。和了れる状態、和了れない状態とかってあるんじゃないの?」

『そーゆう考え方を否定はしないけどね(笑)でも抽選chanceに偏りはつきものだろ? 1/2抽選だって、10回やったらほぼ5回当たるって訳じゃない。3回しか当たらない事だってあるし、7回も当たる事だってある。むしろショートスパンならば、確率通りに抽選されなくたってそれは自然な出来事なんじゃないかな?』

「そりゃそうだけど・・・」

『それに悪かった結果の偏りをスランプの定義とするならば、スランプのない人間はいないという事になるだろうね。でもそうじゃないだろう?真のスランプとは一時的な結果を気にするがあまり、期待的損得で選択chanceを考えられなくなることなんじゃないのかな?』

「ウーン・・・じゃあさ?悪い結果の偏りを予測したりすることは出来ないの?」

『(笑)予測することは難しいよね。というより不可能なんじゃないかな?でもそういう予測をしながら選択chanceを考える人もいるよね。その人たちはそういうことに麻雀の楽しさを見出しているんだろうね』

「うん。みんなそんなことばっかりいってるよ」

『そうなんだ(笑)まあ趣味で打つ分にはどんな楽しみ方をしたって、それは打ち手の自由さ。自分の満足度の高い選択chanceを選べばいいと思うよ。でも、勝ちにこだわるのであれば期待的損得のみで選択chanceは考えるべきだよね。ちょっと抽選に恵まれなかった結果が続いた程度で、生まれた星の元が悪いとか(笑)状態が悪いせいだとか、機械のプログラムのせいにしたらダメだよね』

「確かにそういう傾向ってあったかも・・・ねえ?そういうのも負け犬の言い訳ってことなの?」

『そうかもね(笑)結論としては、スランプっていうのは気の持ちようってことさ。スランプを意識する人にはスランプはあって、それを全く意識しない人にスランプは無いってこと』


<参考> スランプ

ある心理学の実験の話。

犬を動けないように縛りつけたまま、電気ショックを何回も繰り返し与え続ける実験をします。犬は電気ショックのたびに逃げだそうとしますが、それがダメだとわかると抵抗むなしく「ワンワン」と吠えるだけになるそうです。

ある日、犬がその場から逃げだせるようにしました。
犬にとってはようやく電気ショックから回避できるチャンスが到来したのです。

ところが・・・
どういうわけかその犬は、電気ショックから逃げだせるにもかかわらず
最初と同じようにただうずくまって「ワンワン」と鳴いていたというのです。


その犬かわいそう・・・ いやそういう話じゃなくってね(笑)


つまり、逃げることのできない苦痛な状態(縛られて電気ショック)を繰り返し経験していると、なんとかしてその場から逃げだしてやろうというやる気がなくなり、もっと悪いことには、たとえ逃げだせる状況が与えられても「自分はもうだめなんだ」と思ってしまって、その努力をしなくなるということです。



このブログは「麻雀荘メンバー語録version2」なんのたとえ話かはわかりますよね(笑)

負けが続くとこういった精神状態に追い込まれやすいんですよ。
変に諦めが早くなったり、もうどうでもいいような感情になったりね。

そう考えるのって楽な逃げ道なんですよね。
「どうせ麻雀ってクソゲーだから!」まあ確かにそうかもしれないけどさ(笑)

だからなんなの?
考えることを放棄することで何か得することってあるんですかね?

麻雀ですからね。選択chanceで損な選択をしたとしても、偶然よい結果に終わることだってありますよ。

結果は所詮抽選ですから。
どんな結果が起きたとしても「だからなんなの?」これでいーじゃない?


でも一時的な結果はともかくとして
選択chanceの局面だけは100%自己責任ですからね!それだけは一生懸命やってよね。過去の話なんてどーでもいいだろ。大事なのは現在なんだからさ。


>今日これまでいくら負けていようが 今の打牌選択には関係ないし!

>以前コテンパンにやられた相手だろうが 今日の打牌選択には関係ないし!

>前局3メンチャン先制リーチが2枚切れのカンチャン待ちで追っかけられ
一発でぶっ刺さった後だろうが  次局以降の打牌選択には関係ないし!


でもね?ずっーと長い間勝てない人は早く気づいたほうがいいよね。
自分の選択chanceが劣性だってことに・・つまり「下手」だってことにね(笑)

麻雀について悩み始めた子供「誠司」と『その父親』の会話。

バランス感覚わかったかな?』

「いわんとすることは大体わかったよ。でもさー・・僕はもっと具体的に教えてほしいんだよ。ここはこうしたほうがいいとか。こうするようにしたら勝てるようになるよとか。いわゆる戦術的なものを教えてほしいんだ」

『戦術ねぇ・・ちなみに即効性のある戦術なんてないよ』

「えっ?そうなの?でも本屋に行ったら麻雀の戦術本がたくさんあって、色んな戦術が載ってたよ?」

『ん〜・・あれはねぇ・・・戦術というよりも“著者のバランス感覚の紹介書” というような本だよね。それが正しいのかどうかはわからないけれども、私は選択chance時にこのようなバランスで選択します。みたいな』

「えっ?戦術としては成り立たないって事?」

『いやそうはいってないよ。部分的にみれば正しい事をいっていることもあるだろうね。ただすべてを鵜呑みにして取り入れるのはどうかな?』

(また曖昧な・・・)

『たとえばさ。麻雀強くなるためには、強い人の意見を聞く事が大事っていうじゃない?でも聞いているだけで強くなるってもんじゃないだろう?本当に大事なのはね。本当にその意見が正しいのか。本当にその選択は有利なのか。そういった優劣を判断する能力を養うことこそが大事なんだよね』

「ふーん・・・じゃあ父さんに麻雀の教わるのはいいとして、父さんがいったことが本当に正しいのかどうかを、もう一回自分で考え直す事が必要だってことだね」

『うっ・・・まあそういうことだね(笑)でも今までの自分のバランス感覚は本当に正しかったのかどうか?ということを考えさせられるきっかけにはなるだろう?そういった意味では意見を聞くことも大事かな』

バランス感覚

1.手牌構成のバランス感覚
2.押し引きのバランス感覚
3.相手の打牌傾向考察や、危険事前察知のバランス感覚
4・読みのバランス感覚

ざっと挙げるとこんなもんだろうか。


1.手牌構成のバランス感覚

いわゆる「何切る?」「何鳴く?」これは巡目点数状況に大きく左右されますね。
この2項目以外にも場況面子傾向といった判断基準があります。これらも決して軽視すべき項目ではありません。本に出ている「何切る?」問題にはこれらは全く表示されていない。これ抜きで答えを出すということはマイナスの抽選chanceを無視して考えろということなのだろうか。

確かに基本手順の精度を高める練習として「何切る?」問題を解いたり、それについて議論することも意味のあることなのかもしれません。しかし、1人麻雀技術を鍛えるだけで麻雀に強くなれるのであれば、とっくに最強のコンピュータ雀士が誕生しているんじゃないでしょうか。

ある麻雀戦術書には、「場況による」といって答えを明確に出さない人を否定するようなことが書いてありました。1巡目の「何切る?」3巡目の「何切る?」ならともかく、選択chanceの段階で場況を無視して答えを出せることのほうが違和感を感じますね。(そのような局面もありますが)1人で麻雀やってるわけじゃないんですから。

2.押し引きのバランス感覚

「何押す?」「降りる?」といったらいいだろうか。
これも巡目点数状況場況面子傾向に大きく左右されますね。

「麻雀で勝つ」ためにおいて、先に述べた手牌構成のバランス感覚よりも更に重要な感覚であると思います。コンピューターで解析しにくい大部分はこの分野なのではなかろうか。巷にいるおおよそ上手とは思えないピン雀のオッサンにこっ酷くやられ、「なんであんなのに勝てねーんだ!」なんてボヤいているあなた。これを軽視して「上手、下手」を判断しているのではないでしょうか?

「カリテン流押し引きのバランス感覚」ってな感じで(笑)実戦例を使って今後の記事で紹介したいきたい思ってます。


3.相手の打牌傾向考察や、危険事前察知のバランス感覚
4・読みのバランス感覚

これに関しても今後の記事で取り上げていきます。これも実戦例のほうが解りやすいでしょうから。

しかし、これだけはとりあえず言っておきたい。読みとは相手の待ち牌をズバリ当てることではありません。また自分勝手な決め付けでもなく、思い込みでもなく、また希望的観測のことではありません。

ある牌の危険度はどれくらいか。またはAとBの牌の危険度の比較。相手の進行速度や打点。将来場に打たれやすい牌の種類や山に残っている牌の種類などを大まかに推測することです。正確にはわからない局面の方が多いでしょう。100%の精度の読みは不可能です。しかし、読みの精度を高めることによって、実戦でも効果的に使えることはあるでしょう。


<参考>バランス感覚1バランス感覚2バランス感覚3バランス


続く

麻雀について悩み始めた子供「誠司」と『その父親』の会話


続き


「父さん。僕は相手どうこうじゃなくって、どんな相手、どんな状況でも最善を尽くせるようになりたいんだよね」

『いい心がけだ。向上心なくして上達はありえないからね。もっともいくら向上心があったとしても、努力する方向性を違えるとこれまた意味がないものになるんだけどな(笑)』

「わかってるよ!だからぁ抽選chanceを有利に受けるための、選択chanceの技術論を聞きたいんだよ!」

『わかったわかった・・・ところで誠司。ゲームの麻雀は好きかい?』

「通信対戦型のやつぅ?」

『いや。CPU対戦型のゲームソフト』

「超ツマンナイよね。昔はあーいうのでもそれなりに満足できたんだけど、ネット麻雀覚えてからはねぇ・・・」

『そうだね。物足りなさを感じるよね。最先端のコンピューター技術をもってすれば、チェスの世界チャンピオンにすら勝つことができたり、将棋でもアマチュアクラス相手ならば、誰も適わないような強さのCPUが出てきてるほどなのに、コンピュータの麻雀はまだまだ人間に太刀打ちできるほどの実力の域には達していないよね?なぜだかわかるかい?』

「将棋やチェスよりも麻雀が複雑だからってこと?」

『オイオイ!そんなこといったら将棋やチェスが麻雀より単純だっていうのか!って怒られちゃうよ(笑)

「じゃあなんなの?大体将棋やチェスと麻雀はゲーム性が明らかに違うんだから、比較対象にするほうがおかしいじゃん!異質のゲームを比較して議論するなんてナンセンスだよ!」

『おっ?たまにはいいこというねぇ(笑)全くその通りだと思うよ。将棋の強い人には全く歯が立たないのに、麻雀の強い人には・・・なんていう人よくいるよね。そんなん比べるほうがおかしいやんけ!みたいな(笑)』

「だったらなんで・・・」

『まあ話は最後まで聞いてよ。選択chanceの優劣判定は、コンピューターでも解析不能な局面が多々あるってことさ。それができるのであれば、とっくに一般の雀力を凌ぐ思考ルーチンが開発され、コンピューター麻雀に適わないっていう人も続出しているはずなんだ。それができてないってことはどういうことだろう?麻雀の戦術を体系化するのは相当難しいってことだよ。』

「じゃあ誰にも正解はわかんないってことなの?」

『そうでもないよ。明らかに優劣がはっきりしている局面だってあるし、なんとなくこっちのほうがいいんじゃないかなー・・・くらいは誰だって考えながら打ってるはずだよね』

「なんとなくって・・・テキトーってこと?」

『ある意味テキトーともいえるよね。個々の感覚によって優劣の判断は成されているんだよ。閃きや予知能力もどきの自分勝手な思い込みによる感覚も含めてね。押し引き手牌構成相手の打牌傾向考察危険事前察知など、自分の感覚に基づいた選択chance時の優劣判断バランスが、麻雀に勝つ為の最も重要な技術といえるんじゃないのかな』

「・・・」

『ん?どしたい?』

「えっ?なんか意外だな〜。父さんは今までの言動を聞いていると、てっきりデジタルな人だと思っていたんだけどな」

『デジタルだとかデジタルじゃないとか、そういう話をするとまたややこしくなるので、それは一旦おいといてだな・・・そのバランス感覚についての話をまた今度』』

麻雀について悩み始めた子供「誠司」と『その父親』の会話。

「ねぇねぇ教えてよ」

『ああ・・・麻雀勝つための最重要事項だっけ?』

「そう。そこまでいうからにはなんか秘訣みたいなのがあるんでしょ?」

『秘訣っていっても当たり前の事なんだけどな。誠司は麻雀の実力(以後雀力)ってどのような方法で測られると思う?』

「えっとね・・平均順位とか?」

『平均順位は評価項目のひとつにすぎないよね。じゃあ平均順位で実力を検証するとしようか。A君は、ネット麻雀を1000半荘試行したうえでの平均順位。B君は、プロのリーグ戦1000半荘試行したうえでの平均順位。A君とB君の平均順位を同列にして比較することはできないよね?なんでだかわかるかい?』

「そりゃ相手の強さが違うからでしょ?」

『そうだね。A君とB君の雀力を比較したかったら、同じネット麻雀で1000半荘の成績の比較。同じプロ団体、同一リーグでの1000半荘の成績の比較。これならかなり信頼度が高い雀力比較ができるんじゃないかな?基本雀力評価ってのは相対評価だからね。相手が自分よりも強ければ勝ちにくいし、相手が自分よりも弱ければ勝ちやすい。また自分より弱い相手だとしても、その差が小さければ小さいほど勝ちにくいし、その差が大きければ大きいほど勝ちやすい。そうだろ?』

「でもぅ・・前は勝ってたんだよ?最近ダメなんだけど、そんなに周りが強くなったとも思えないんだけどなぁ・・・」

『周りが強くなったとは思えない←そりゃ自分からみたイメージ上での話だろ?イメージは結構あてにならないよ。雀力評価は常に客観的視点でみるべきだよね。昔勝ってた人が最近勝てなくなった←自分が弱くなったことを疑うんじゃなくて、相手が強くなったことを素直に認めるべきだと思うけどね』

<参考>面子の傾向1面子の傾向2面子の傾向3

「じゃあ勝つためには自分より弱い相手と麻雀することが秘訣ってこと?」

『勝利だけにこだわるんだったらそうだね。でもそれだけじゃないだろ?麻雀を楽しみたいのならば、圧倒的に弱い相手とやってもつまんないでしょ?趣味で麻雀やる分には、同じくらいの雀力の面子で勝った負けたするのが楽しいんじゃないのかな?』

「そうかもね。大体話はわかったよ。でもね?そういう話を聞きたかったわけじゃないんだ。僕が聞きたかったのは、麻雀に勝つための技術論。つまり選択chance時に選択する際、“肝”となることはなにか?ってことを聞きたかったんだよね」

『そうか。実は父さんもその話をするつもりだったんだけど(笑)ちょっと話がそれちゃったね。また次回な』

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