以前、イメージ評価の欠点という記事を書きました。今回はその続編です。

麻雀って自分が思い描く最高の選択をするわけじゃないですか。最高以外は最低というわけではないですが、自分が自信ある選択以外は多少色褪せて見えるものだと思うのですよね。

打ち方に共感できる人=強い
打ち方に共感できない人=弱い

だからこそ見た目だけの評価だと、このようになりがちなのは自然なことです。自分の雀風に近い人、または自分が認めた人を過大評価、自分の雀風に遠い人、または自分が認めない人を過小評価する傾向はありますよね。

雀力を正確に測定できるスカウターがあったとして

Aさんの雀力はBさんの雀力もでした。
2人の雀風はわりと真逆です。この2人を――

Aさんに似た雀風、Bさんと違う雀風のCさんが評価すると

Aさんの雀力は
Bさんの雀力は

Aさんと違う雀風、Bさんに似た雀風のDさんが評価すると

Aさんの雀力は
Bさんの雀力は

そっくり真逆な評価になることも珍しくありません。よくありますよね?あるある。

ひとつの考え方に傾倒しすぎて他の考え方を認めない。正解がわかりにくい麻雀だからこそこうした考えは多いです。自分信者、自分信仰ですね。それが悪いことだとは思いませんが

世の中には無数のアクティブプレーヤーがいて、何十万というテリトリーがあるわけです。1つのテリトリーには、それぞれ「勝ち組」「負け組」が必ずいて、「勝ち組」の人間は他のテリトリーを知らなければ「俺最強!」と思い込む。そう、麻雀の強者って「井の中の蛙」なんですよね。

麻雀人生において、生涯いくつのテリトリーを見て回ることができるのか。そう考えるとほんのひと握りのテリトリーしか知ることができない。きっと他のテリトリーにも自分の知らない強者がたくさんいる。海は広い、自分だってまだまだ「井の中の蛙」だ。僕なんかはそう思っちゃいますけどね。

そうはいっても自分の評価は他人が決めるものですから。他人の評価は素直に受け止めることですね。「自分のことを他の人にはこのように評価して欲しい」そうした承認欲求はわかりますけど、それと違った評価をされたからといって、不満や愚痴を言う人はただの自意識過剰だと思います。

低評価、アンチ上等じゃないですか。もしもあなたが真の強者なら、きっとそれを圧倒的に上回る数の支持者が自然と集まるものだと思いますよ。

第4期天鳳名人戦

主催者に選手として選ばれるのが評価ということです。実績であったり、評判であったり、人気であったり。もちろん、麻雀の実力も伴わなければなりませんが、こうした「評価を得ること=真の実力」と言ってもいいと思うのですよね。

鳳凰卓予選で頑張ろうかなー?と思いましたが、今回は不参加ということで。いつか選手として呼ばれてもおかしくないような評価を得られるように精進することにします。

最後に近況&告知を

十段坂奮闘記
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4月6日に最高位戦プロ麻雀協会の祝賀パーティーに出席した時、「あと5トップ、ノーラスで天鳳位なんだよね〜」と答えたような記憶があります。当時は3575pでした。それから20半荘後にはこの体たらく。天鳳って、十段って本当に恐ろしいですね・・・

配信告知


4月18日20:00〜日本プロ麻雀協会の配信に出演します。先日行われたAリーグの解説です。競技プロ団体所属の方には特にご覧になってほしいですね。



4月20日0:00「超精緻麻雀」ASAPIN著の検討配信・・といったら偉そうですが、読書感想+雑談配信をやります。既に購入された方も、購入を検討している方も是非ご覧になって下さい。