麻雀荘メンバー語録 version2.0

日本プロ麻雀協会所属麻雀プロ、木原浩一による個人的な麻雀についての考え方、戦術等を紹介するブログです。

カテゴリ: メンタル

スランプとは

心身の調子が一時的に不振になっている状態。
また、実力が発揮できず、成績などが一時的に落ち込んでいる状態


のことをいいます。麻雀における「スランプ」のことを話す前に
麻雀のゲーム性をみなさんにも今一度確認していただきたく思います。

配牌の強弱や期待打点、有効牌を引く確率
テンパイから和了り抽選確率、表裏ドラがのる確率に至るまで

個人差や確率変動みたいなものは無く、全て一律ランダムに抽選されるものである。つまり、引きの強い人とか弱い人。和了りやすい状態、和了りにくい状態というのは存在しないということです。

はい。ここまでのことで異論のある方、このコラムは読まないほうがよいでしょう。

抽選に偏りはつきものです。1/2の当選確率だとしても
10回抽選したら大体5回当選するというわけではありません。

3回しか当たらない事だってありますし、7回も当たる事だってザラにあります。むしろショートスパンなら、確率通りに抽選されなくてもそれは自然な出来事なのではないでしょうか?

悪かった結果の偏りをスランプの定義とするならば、スランプのない人間はいないという事になりますね。ただ、それが麻雀における「スランプ」か?といわれると、それはどうも違うような気がします。

麻雀における「スランプ」は、結果よりも過程に現れると思います。
そして技術的な問題というよりも、精神的な問題なのではないでしょうか?

うまくいかなかった時のトラウマが選択時の判断を鈍化させる。
結果が出ないことを気にするがあまり、結果を出そうとして焦ってしまう。

麻雀ですから、判断ミスが良い結果を生むこともあれば、逆に良い判断が悪い結果になることもあります。結果として悪いほうが選ばれてしまったときに、違和感として残る感覚。

「もしかして、今自分はスランプなのではないだろうか?」

と疑った瞬間がスランプの始まりなのではないでしょうか?

選択にスランプはあったとしても、抽選にスランプはない

ということです。麻雀における「スランプ」は偶然か、自分の潜在意識によってのみ起こるもの。
常に平常心でいることができたなら、心理的「スランプ」に陥ることはないでしょう。

でもこれが案外難しかったりするんですよね。

麻雀について悩み始めた子供「誠司」とその友人「まさし」、と『父親』の会話。


誠司 「また負けたよ〜!もう完全地獄モードだなー」

まさし 「せ・誠司くん。ま・麻雀にモードとかないよ!」

誠司 「えー??まさしくん感じれないの?あるじゃん!ツイテないことが連続して起きる状態って!」

まさし 「そ・それは麻雀のゲーム性で普通に起こりうることだよ。1/2の抽選を5回連続外すことだってあるし、30回試行して20回以上外れることだってある。つまり短期の偏りだよね」

誠司 「だから〜それを地獄だっていってんじゃん!地獄にいるときは何してもダメなんだよね〜。配牌とかツモが悪かったり、選択が裏目ったり、親の時に限って高いのツモられたり、自分より着順が下の人が順番に和了ったり、他人のリーチが早かったりetc・・・」

まさし 「そ・そんなの偶然だよ!」

 『いやー負けた負けた!えらい負けたなぁ〜。もう何やってもアカンな〜』

誠司 「父さんも地獄モード?」

 『この2日間、30半荘位打って、10回以上ラスだからねー。散々だったよ』

まさし 「それは状態とか関係あるんですか?」

 『状態?まぁ精神状態はよくないかもね(笑)』

誠司 「違うってばー。地獄モードとかの話だよ」

 『ああなんだ。確かに直近の成績だけ見ると、そうかもしれないよね』

まさし 「し・シ・シス厨だったんですか??」

 『まさしくんは変な言葉知ってるね(笑)いいかい誠司。今まで〇〇した確率と、これから〇〇する確率。これは必ずしも同じじゃないんだよね』

誠司 「えっ?どゆこと??」

 『4月まで4割打ってたバッターの、5月第1打席の安打確率は4割?違うだろ?って話さ』

誠司 「でも調子がよいから、本来の実力以上のものが出そうな気がするけど」

 『そう!そういう気にはなるかもね!でも実際スキルが格段に上がったわけではないので、気のせいであることが多いんだよねー』

まさし 「でも精神状態が良い方が、いい結果に繋がりやすいのは間違いないですよね?」

 『麻雀はポジティブシンキングのほうがいいかもね。見えない部分が多いからなー」

まさし 「調子が悪いからといって、過剰に悪い抽選結果を怖れるなってことですよね?」

 『まさしくんはいいこというねぇ。この記事の実験中の犬みたいにならないようにね』

やまない雨はないし、明けない夜だってない。

 『そうさ。店が突然無くなったって、いつかは何とかなるんだから!』

誠司 「父さん・・・」



人気ブログランキングへ

お久しぶりです。だいぶサボってますね(笑)
最近書く気力が起きなくって・・・申し訳ない・・・

ちょっと昔の記事でも読み直して、気力を奮い立たせようと思ったんですよ。

そしたら・・・なんか・・・
自分で言うのもなんですが・・・
いい記事だなぁ〜・・・なんて思うのがあって(笑)

それをコピペしておきます。手抜き更新ですが(笑)



<ある心理学の実験の話>

犬を動けないように縛りつけたまま、電気ショックを何回も繰り返し与え続ける実験をします。

犬は電気ショックのたびに逃げだそうとしますが
それがダメだとわかると抵抗むなしく「ワンワン」と吠えるだけになるそうです。

ある日、犬がその場から逃げだせるようにしました。
犬にとってはようやく電気ショックから回避できるチャンスが到来したのです。

ところが、どういうわけかその犬は、電気ショックから逃げだせるにもかかわらず、最初と同じようにただうずくまって「ワンワン」と鳴いていたというのです。

その犬かわいそう・・・ いやそういう話じゃなくってねw

つまり、逃げることのできない苦痛な状態(縛られて電気ショック)を繰り返し経験していると、なんとかしてその場から逃げだしてやろうというやる気がなくなり

もっと悪いことには、たとえ逃げだせる状況が与えられても「自分はもうだめなんだ」と思ってしまって、その努力をしなくなるということです。

このブログは「麻雀荘メンバー語録」なんのたとえ話かはわかりますよねw

負けが続くとこういう精神状態に追い込まれやすいんですよ。変に諦めが早くなったり、もうどうでもいいような感情になったりね。

そう考えるのって楽な逃げ道なんですよね。
「どうせ麻雀ってクソゲーだから!」まあ確かにそうかもしれないけどさw

だからなんなの?
考えることを放棄することで得することってあるんですかね?

麻雀ですからね
そりゃたとえ損な選択をしたとしても、偶然よい結果に終わることもありますよ。

結果は所詮抽選ですから。
どんな結果が起きたとしても「だからなんなの?」これでいーじゃないw

でも
選択の局面までは自己責任ですからね!
それだけは一生懸命やってよね。過去の話なんてどーでもいいだろ。大事なのは現在なんだからさ。

たとえさ

>今日これまでいくら負けていようが 今の打牌選択には関係ないし!

>以前コテンパンにやられた相手だろうが 今の打牌選択には関係ないし!

>前局3メンチャン先制リーチが2枚切れのカンチャン待ちで追っかけられ
一発でぶっ刺さった後だろうが  今の打牌選択には関係ないし!


メンタル大事だよね・・・
明日からまた頑張ろう

『オイオイ!なんでこの鉄板の3メンチャンが、そんな腐れカンチャンに負けなきゃなんねーんだよ!!』

ツイてない?ハイそうですね。ツイてないですね。

だけど、先程アナタが和了ったペンチャン待ちの2000点。

3メンチャンのヤミテン満貫に競り勝ってるのですよ!!


目に見えないだけで、そーいう恵まれた結果だってあるんです。

たまたま恵まれなかっただけで『なんで俺だけ??』はおかしいでしょ?


ツイてない!

いちいちボヤくのはどーなんでしょ?

なんかみっともなくないですか?






麻雀について悩み始めた子供「誠司」と『その父親』の会話。

「父さん久しぶりっ。ねぇねぇなんだか最近ブログサボリ気味なんじゃないのぉ?」

『んっ?そうだなー・・・そうかもな』

「忙しいの?」

『普通だな。暇ではないけど、忙しくもないや』

「ふーん・・・」

『忙しいことを「できない」言い訳にする人ってよくいるよね。でも、やりたいことが全くできないくらい多忙な人ってそうそういないんじゃないかな?まあ「みのもんた」クラスだと本当に忙しそうだけどね(笑)要するに「忙しい」っていう言い訳は、体のよい断わり文句か、暇を割いてまでやる気がないってことだと思うんだよね』

「じゃあやる気が無いってこと?」

『はっきりいうとそうだね』

(・・・開き直った??)

『まあ・・・これは気分の問題なので・・・読んで下さっている方々には申し訳ないのだが・・・いやホントすいません』

「麻雀もそうだよね?気分が乗らないときはよい結果は出にくいよね?」

『そうだね。モチベーションが高いときのクズ配牌。モチベーションが低いときのクズ配牌。成就する可能性が高いのは前者だろうね。ただ、気分が乗らないから負けたみたいな言い訳は激しくカッコ悪いと思うけどな。誰だってそういう気分のムラはあるしね』

「気分のムラって、個人差もあるんじゃないの?」

『そりゃあるだろうさ。でもそれによって成績が悪くなってしまうって人は、麻雀に向いてないよね。気分の良し悪しが抽選chanceに影響を及ぼすことはありませんから!選択chanceに関する部分はすべて自己責任だから!気分のコントロールができず、不利な選択chanceが多くなってしまうという人は、そりゃただの「ヘタクソ」ということなんじゃないかな?』

「厳しいなぁ・・・」





ブログは今後とも更新していきたいとは思ってます。

気分が回復するまで少々お待ち下さい。    木原 浩一

流れ論の続き

流れの定義

C・人間の心理状態によって起こる一連の傾向

つまりこういうこと――

負けが込んでいる人の心理状態「焦り」「畏怖」などにより、期待的に有利な選択chanceが選べない。


たとえば

EX・1 東風戦東1局(1回目)

東八筒二萬三索九萬北横 リーチ

ときた。それを受けた自身の手牌がこう――

三萬三萬六萬六萬七萬三筒四筒五筒赤三索四索四索五索六索七索

何切る?僕は四索切りますよ。

この巡目、この手牌なら、自身のアガリ確率はまだ結構高いだろう。
あのなら四索六萬と勝負しても、それに見合う期待得点は得られそうです。

つまり、僕のバランス感覚では、勝負するに十分に見合うということ。

その結果四索で放銃してしまいました。
マンガンでした。その失点が響いて、そのゲームは4着でした。

まだこれだけじゃ何とも思わないだろう。

そのゲームの後も、勝負しては放銃するの繰り返し。
さらに展開にも全く恵まれず、4-4-4-3-4-3-3-4-4-3着ときて迎えた――


EX・2 11G目の東1局

發九筒六萬八索九索横リーチ

ここまで好調だった人からリーチが来た。それを受けた自身の手牌――

二萬二萬三萬四萬五萬六萬二筒二筒七筒七筒八筒五索赤六索七索 

何切る?同じ理由で打二萬ですよ。しかし――

いままでの経緯が頭を過ぎる。
また放銃してしまうんじゃないだろうか?」という心理状態に強く陥る。

「全く気にならない」人はいませんよ。気にして当然なんですよ。人間だもの。
もし「全く気にならない」という人がいたら、その人はむしろ精神的におかしいと思う。

二萬を打ち切れない。六萬現物のを抜く。

その結果、一四七引きのテンパイを逃し、リーチ者がツモ切る九筒を捉えられず、挙句の果てリーチ者にツモ和了られる。

こんなことありますよね。あるある。
人間の心理状態によって起こる一連の傾向。これによって好調者が好調を持続、不調者がドツボに・・・でもこれが「流れ」なんでしょうか?

確かにそうかもしれないが・・・でもね?
の心理状態っていうのもあると思うんですよね。

好調すぎることにより「緩み」「油断」が生じて、期待的に有利な選択chanceを選ばない。

ありませんか?あるよね。
つまりのパターンで心理状態による損得はちゃら。


心理状態に左右されて期待的に有利な選択chanceできない原因っていうのは
単に打ち手の技術不足による判断ミスなんじゃないでしょうか?もっとストレートにいえば――

ヘタクソだからちょっと負けが込んだ程度で期待的に有利な選択を選べない

っていうだけの話しじゃないですかね?




$$$$$$




正直いいますよ。僕だってそういうことありますよ。

例えば仕事中、その日はもういっぱい負けてますと。
通常時の打牌選択といっぱい負けてる時の打牌選択、多分微妙に違うんじゃないかなと思います。

よく思うのは仕掛けのタイミング微妙な押し引き
ちょっと違和感を覚える時がありますね。最適バランスの選択chanceからちょっと遠ざかってる?打ってるときは気付きにくいんですけどね。後から考えるとヘタクソだったなぁと・・・・

そう!それは僕がまだヘタクソだからそういったことになるだけで
流れ」云々とはまた違った話だと思うんですよね。


EX・1EX・2

さすがにこの程度の選択chanceならば、いくら負けが込んでも一定の選択chanceを保てるとは思うんですけどねー



ちょっと長くなりました。
この続きもまたいつか書いてみたいと思います。

麻雀について悩み始めた子供「誠司」と『その父親』の会話

「父さん・・・最近麻雀勝てないんだけど、これってスランプなのかなぁ?」

『スランプってのは存在するのかも知れないね。ただしそれは技術的な問題ではなくて、精神的な問題だと思うよ』

「えっ?どーゆうこと?」

『うまくいかなかった時のトラウマが選択chanceの判断を劣化させるってことさ。ネガティブシンキングを読んでくれればわかると思うよ。でもね?その場合の選択chanceにスランプはあったとしても、抽選chanceにスランプはないんだよ』

「えっ?でもさー悪いことが重なる事ってあるじゃな〜い」

『父さんはね。麻雀というゲームの大前提として。配牌の強弱や期待打点、有効牌を引く確率、テンパイから和了りの抽選確率、表裏ドラが乗る確率に至るまで、個人差や確率変動みたいなものは無く、全て一律ランダムに抽選されるものである。と思ってるんだ』

「ええ〜?引きの強い人とか弱い人。和了れる状態、和了れない状態とかってあるんじゃないの?」

『そーゆう考え方を否定はしないけどね(笑)でも抽選chanceに偏りはつきものだろ? 1/2抽選だって、10回やったらほぼ5回当たるって訳じゃない。3回しか当たらない事だってあるし、7回も当たる事だってある。むしろショートスパンならば、確率通りに抽選されなくたってそれは自然な出来事なんじゃないかな?』

「そりゃそうだけど・・・」

『それに悪かった結果の偏りをスランプの定義とするならば、スランプのない人間はいないという事になるだろうね。でもそうじゃないだろう?真のスランプとは一時的な結果を気にするがあまり、期待的損得で選択chanceを考えられなくなることなんじゃないのかな?』

「ウーン・・・じゃあさ?悪い結果の偏りを予測したりすることは出来ないの?」

『(笑)予測することは難しいよね。というより不可能なんじゃないかな?でもそういう予測をしながら選択chanceを考える人もいるよね。その人たちはそういうことに麻雀の楽しさを見出しているんだろうね』

「うん。みんなそんなことばっかりいってるよ」

『そうなんだ(笑)まあ趣味で打つ分にはどんな楽しみ方をしたって、それは打ち手の自由さ。自分の満足度の高い選択chanceを選べばいいと思うよ。でも、勝ちにこだわるのであれば期待的損得のみで選択chanceは考えるべきだよね。ちょっと抽選に恵まれなかった結果が続いた程度で、生まれた星の元が悪いとか(笑)状態が悪いせいだとか、機械のプログラムのせいにしたらダメだよね』

「確かにそういう傾向ってあったかも・・・ねえ?そういうのも負け犬の言い訳ってことなの?」

『そうかもね(笑)結論としては、スランプっていうのは気の持ちようってことさ。スランプを意識する人にはスランプはあって、それを全く意識しない人にスランプは無いってこと』


<参考> スランプ

ある心理学の実験の話。

犬を動けないように縛りつけたまま、電気ショックを何回も繰り返し与え続ける実験をします。犬は電気ショックのたびに逃げだそうとしますが、それがダメだとわかると抵抗むなしく「ワンワン」と吠えるだけになるそうです。

ある日、犬がその場から逃げだせるようにしました。
犬にとってはようやく電気ショックから回避できるチャンスが到来したのです。

ところが・・・
どういうわけかその犬は、電気ショックから逃げだせるにもかかわらず
最初と同じようにただうずくまって「ワンワン」と鳴いていたというのです。


その犬かわいそう・・・ いやそういう話じゃなくってね(笑)


つまり、逃げることのできない苦痛な状態(縛られて電気ショック)を繰り返し経験していると、なんとかしてその場から逃げだしてやろうというやる気がなくなり、もっと悪いことには、たとえ逃げだせる状況が与えられても「自分はもうだめなんだ」と思ってしまって、その努力をしなくなるということです。



このブログは「麻雀荘メンバー語録version2」なんのたとえ話かはわかりますよね(笑)

負けが続くとこういった精神状態に追い込まれやすいんですよ。
変に諦めが早くなったり、もうどうでもいいような感情になったりね。

そう考えるのって楽な逃げ道なんですよね。
「どうせ麻雀ってクソゲーだから!」まあ確かにそうかもしれないけどさ(笑)

だからなんなの?
考えることを放棄することで何か得することってあるんですかね?

麻雀ですからね。選択chanceで損な選択をしたとしても、偶然よい結果に終わることだってありますよ。

結果は所詮抽選ですから。
どんな結果が起きたとしても「だからなんなの?」これでいーじゃない?


でも一時的な結果はともかくとして
選択chanceの局面だけは100%自己責任ですからね!それだけは一生懸命やってよね。過去の話なんてどーでもいいだろ。大事なのは現在なんだからさ。


>今日これまでいくら負けていようが 今の打牌選択には関係ないし!

>以前コテンパンにやられた相手だろうが 今日の打牌選択には関係ないし!

>前局3メンチャン先制リーチが2枚切れのカンチャン待ちで追っかけられ
一発でぶっ刺さった後だろうが  次局以降の打牌選択には関係ないし!


でもね?ずっーと長い間勝てない人は早く気づいたほうがいいよね。
自分の選択chanceが劣性だってことに・・つまり「下手」だってことにね(笑)

このページのトップヘ