麻雀荘メンバー語録 version2.0

日本プロ麻雀協会所属麻雀プロ、木原浩一による個人的な麻雀についての考え方、戦術等を紹介するブログです。

カテゴリ: 流れ

流れ論の続き

流れの定義

C・人間の心理状態によって起こる一連の傾向

つまりこういうこと――

負けが込んでいる人の心理状態「焦り」「畏怖」などにより、期待的に有利な選択chanceが選べない。


たとえば

EX・1 東風戦東1局(1回目)

東八筒二萬三索九萬北横 リーチ

ときた。それを受けた自身の手牌がこう――

三萬三萬六萬六萬七萬三筒四筒五筒赤三索四索四索五索六索七索

何切る?僕は四索切りますよ。

この巡目、この手牌なら、自身のアガリ確率はまだ結構高いだろう。
あのなら四索六萬と勝負しても、それに見合う期待得点は得られそうです。

つまり、僕のバランス感覚では、勝負するに十分に見合うということ。

その結果四索で放銃してしまいました。
マンガンでした。その失点が響いて、そのゲームは4着でした。

まだこれだけじゃ何とも思わないだろう。

そのゲームの後も、勝負しては放銃するの繰り返し。
さらに展開にも全く恵まれず、4-4-4-3-4-3-3-4-4-3着ときて迎えた――


EX・2 11G目の東1局

發九筒六萬八索九索横リーチ

ここまで好調だった人からリーチが来た。それを受けた自身の手牌――

二萬二萬三萬四萬五萬六萬二筒二筒七筒七筒八筒五索赤六索七索 

何切る?同じ理由で打二萬ですよ。しかし――

いままでの経緯が頭を過ぎる。
また放銃してしまうんじゃないだろうか?」という心理状態に強く陥る。

「全く気にならない」人はいませんよ。気にして当然なんですよ。人間だもの。
もし「全く気にならない」という人がいたら、その人はむしろ精神的におかしいと思う。

二萬を打ち切れない。六萬現物のを抜く。

その結果、一四七引きのテンパイを逃し、リーチ者がツモ切る九筒を捉えられず、挙句の果てリーチ者にツモ和了られる。

こんなことありますよね。あるある。
人間の心理状態によって起こる一連の傾向。これによって好調者が好調を持続、不調者がドツボに・・・でもこれが「流れ」なんでしょうか?

確かにそうかもしれないが・・・でもね?
の心理状態っていうのもあると思うんですよね。

好調すぎることにより「緩み」「油断」が生じて、期待的に有利な選択chanceを選ばない。

ありませんか?あるよね。
つまりのパターンで心理状態による損得はちゃら。


心理状態に左右されて期待的に有利な選択chanceできない原因っていうのは
単に打ち手の技術不足による判断ミスなんじゃないでしょうか?もっとストレートにいえば――

ヘタクソだからちょっと負けが込んだ程度で期待的に有利な選択を選べない

っていうだけの話しじゃないですかね?




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正直いいますよ。僕だってそういうことありますよ。

例えば仕事中、その日はもういっぱい負けてますと。
通常時の打牌選択といっぱい負けてる時の打牌選択、多分微妙に違うんじゃないかなと思います。

よく思うのは仕掛けのタイミング微妙な押し引き
ちょっと違和感を覚える時がありますね。最適バランスの選択chanceからちょっと遠ざかってる?打ってるときは気付きにくいんですけどね。後から考えるとヘタクソだったなぁと・・・・

そう!それは僕がまだヘタクソだからそういったことになるだけで
流れ」云々とはまた違った話だと思うんですよね。


EX・1EX・2

さすがにこの程度の選択chanceならば、いくら負けが込んでも一定の選択chanceを保てるとは思うんですけどねー



ちょっと長くなりました。
この続きもまたいつか書いてみたいと思います。

突然ですが・・・「幽霊」っていると思いますか?
僕は見た事が無いので「いない」と思ってます。

これについては持論がある。
「夢」ってあるじゃないですか。寝てるときに見るほうのね。
目が覚めている状態で見る「夢」これが「幽霊」の正体では?つまり「幻覚の一種」じゃないかということ。

先天的に目が覚めている状態で「夢」を見ることができる人とできない人がいて
だから「幽霊」を見る人は見るし、見た事ない人は見ることができない。

まぁこんな話はどうでもいいですよ。

「幽霊」が「いる」っていう人も結構いると思うんですよ。
僕は「いない」と思っていても、「いる」と思う人たちの「幽霊」話のコシを折るようなことはしません。

自分の経験談を元に「いる」ことを主張する。
それはそれでいいじゃないですか。その経験談を聞いて「ああ。このひとはそう思ってるんだな」と思うだけですよ。

ただ――
いない」と思っている人に対して、その主張を元に「いる」という自分の意見を強く押し付ける行為。逆もまた然り――

これはよくないよね。
相手を不快にさせるだけじゃないかな?

いる」かもしれないし、「いない」かもしれない。
正直どっちだっていいんですよね。その人がどう考えようが自由でしょ?

いる」「いない」じゃなくて「信じる」「信じない」のという表現のほうがしっくり来るよね。



さて――

麻雀の話ですよ(笑)
幽霊に似たような話(怒られるかもしれないが)に「流れ」の話がある。

そもそも「流れ」ってなんだろう?
「麻雀荘メンバー語録」流の解釈は――

A・好調時は自分に都合のよい抽選chanceが選ばれやすい。不調時はその逆。

これが定義だとするならば

好調時はプラスの抽選確率が上がり、マイナスの抽選確率が下がる。
不調時はプラスの抽選確率が下がり、マイナスの抽選確率が上がる。


ということになる。また――

B・ある事象を契機にモード(好調、不調)の移行がある。

つまり「因果関係」こういうのもあったような・・・


「麻雀荘メンバー語録 version2.0」では

>麻雀において確率変動のようなことは起こらない。
>選択chanceと抽選chanceは全くの別物である。


という前提で話をしています。
つまり「流れ」というものがのような定義だと「存在しない

でも「流れ」について話す人のコシを折るようなことはしませんよ。
自分の経験談を元に「流れ」の存在を主張する。それはそれでいいじゃないですか。
その経験談を聞いて「ああ。このひとはそう思ってるんだな」と思うだけですよ。

[流れ」について話を振られたら

「その手の話は自分には難しすぎてわかりません」
「その手の話は自分の専門外、つまり素人なのでわかりません」

といって逃げます(笑)

存在しない」という自分の意見を強く主張する気はありません。
正直どっちだっていいんですよね。その人がどう考えようが自由でしょ?

存在する」「存在しない」じゃなくて「信じる」「信じない」のという表現のほうがしっくり来るよね。



おっとっと・・・
こんな話がしたかったわけじゃないんだけど・・・

長くなったので次回に持ち越します。
流れの定義Cについて――

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