※この日記は平成221125日~平成23222日まで、あるアルコール専門病棟に入院していた記憶をもとに作成した過去を振り返っての日記です。(事実を元にしたフィクションです)

ご興味・ご関心頂きました方は平成23227日のAlcoholics daily①から読んで頂ければ幸いです。

 



5部 「チーム海老原と合流」

 

 

その日は夕食を急いで食べて、早めにベッドで一人になりたかった。強烈な印象を与えられたビデオ学習。私の為に自分の悲しい過去を語ってくれた静香。私の頬にキスをしてくれた静香。彼女はどういうつもりでキスをしてくれたのだろうか。私を励ます為だけだったのだろうか。それとも、別な特別な意味でもあったのか。何にせよ、長い一日だった。横になりながら、今日一日をもう一度振返ろうと思い目を閉じた。そしてどうやらそのまま眠ってしまったらしい。

 

目を覚まさせたのは年配の看護師だった。私が9時に服用する予定の睡眠剤を取りに看室まで来ない為、声をかけに来てくれたらしい。時計をみると既に夜10時を超えていた。


 私はコップに水を入れて看室まで睡眠薬を取りに行った。既に
10時の消灯時間は過ぎているのにディルームでしゃべくっている患者が多い。私は睡眠薬を飲みながらこう考えていた。このしゃべくりの場に入っていけば気の合う友人も早く見つかるのではないかと。


 ディルームには何組かのグループに分かれてしゃべくっていた。どのグループに飛び込もうかは迷いも無かった。それは看室の目の前のチーム海老原のグループだった。


 確か私の部屋には精神病棟にいた頃に会社の上司が面談に来てくれた時のお菓子の詰め合わせが残っていた。私は甘いものが苦手だったのでそのまま保存しておいたのだ。これをお見上げにチーム海老原にお邪魔しよう。お菓子の詰め合わせを取りに部屋に戻り、それをもってディルームの海老原に声をかけた。「海老原さん。私も話に加えてもらってよろしいですか?」「ああ、どうぞ。」そういって私は海老原の隣に座った。お土産も渡せたし今日はこの場で自己アピールしてみよう。その場には食事の席が近い、通称帽子こと「杉野」、さわやかボーイ「東野」、そしてあのニワトリ「原田」、更には見かけでは一番若そうな短髪「斎藤」が円を囲むようにしゃべくっていた。彼らは私の持ってきた菓子に手を伸ばす時には「頂きます。」とこちらを向いて私に声を掛けてくれたが、それ以外はどうやら議論は白熱しているらしい。彼の会話でやたら出てくるフレーズは「看室。」しかも、どうやら陰口のようなニュアンスの言葉が良く聞こえる「頼りない。」「信用出来ない。」「人の話を聞かない。」

 なんだなんだ。ここの病棟の看室はそんなに評判が悪いのか?確かに見た目でやる気が感じられない看護師多いが、そんなに対応が悪いのか?その時の私は、看室が彼らに言われる程ではなく、彼らがちょっと我儘を言っているように感じた。しかし、この時の彼らの言葉が身にしみて実感することになる。それは、これから
1か月以上先の話だ。そして、看室以外の話ではこれまた人の評価をするような会話が多いことに気がついた。「Aさんは最近具合が悪そうだ」「Bさんは少し落ち着きを取り戻した」「Cさんは入院したてで、情緒不安定だ」などなど。まるで、自分たちが病院関係者、いわば看護師であるかのような会話をしている。その当時の私には何故チーム海老原がこんなに他の患者に興味があるのかまるで分からなかった。しかし、間違いないのはこの人達はよく他の患者を見ている。よく観察して分析している。世の中には人間観察を趣味にしている人がいると聞いたことがあるが、この人たちがそうなのか。

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分程話を聞いていたが一番印象深いのは彼らの患者への関心の高さが高いということだった。そして、看室の様子も良く観察していることだった。


 何故、チーム海老原はこんなにも患者や看室に関心が高いのかは、私にはさっぱりわからない。彼らはやることがなくて暇だから興味・関心がそちらの分野に向いているものとしか思えなかった。

 


 しかしながら、ディルームには
11時を超えても結構な人数が談話をしている。23人で集まって談話をしている奴らが多い。それとは裏腹に一人で音楽を聞いたり、パソコンをいじっている奴は見当たらない。


 これはあくまで私個人的な私見であるが、どうにもアルコール依存症者は群れることが好きだと感じる。みんな、寂しがり屋が多いのだ。そして、大半のアルコール依存症者は気が優しい奴が多い。気が優しいて小さいから人に意見することも出来なく、ストレスをため込んでは酒をおある。気が優しいから人のことをやたらと気にする。しかし、気が小さいから第
3者の要求をかなえてあげることが出来ない。私はアルコール依存症者に対してこんな印象を持っていた。

 


 海老原たちの議論はいっそう白熱していたが、その中でも特にニワトリ原田は良く口が回る。良く患者の様子を認識しているらしく話にも迫力がある。また、不安要素のある患者に対しては具体的な対応策を自分なりに持っているらしく、それを周りのみんなに伝えようと頑張っていた。

それにしても、中々私の出る幕はない。正直な話、新人さんがこうして顔を出しているのだからもう少し楽しい話題で盛り上げてくれても良くないかなぁと思っていた。そうこうしているうちに、若手斎藤が席を立った。どうやら眠剤が効いてきたらしくお先にベッドに戻るらしい。私もちょっとこの場の白熱感にはついて行けないと感じていたのでいいタイミングだ。この場で私も失礼することにした。斎藤が立ち上がったところで、誰かが彼に声をかけた。「最近、幻聴はどう?」「まだちょっとありますね。」斎藤はこう返して、「お休みなさい」とディルームを出た。それに引き続いて私もディルームを後にした。

 

しかし楽しい会話ではなかったが、チーム海老原の話を聞けたのは良い勉強になった。患者の中にもあのように他の患者を気にする・気遣う人達がいるのは心強い。看室に対してはやや攻撃的な部分もあったが、基本的には気のいい奴らだと感じた。

 

 だが、最後の斎藤に関する質問は少しギョッとした。彼は幻聴が聞こえるのか。まるでうつ病や統合失調病ではないか。アルコール病棟にいるより、私が今までいた精神病棟の方が斎藤の為ではないかと、いらぬ心配までしていた。

 

 
 後々、勉強したことだが、アルコール依存症者は合併症としてうつ病、統合失調症、パニック障害などを患っている人が多い。確かに私もうつ病兼アルコール依存症者だ。斎藤ももしかしたらそうだったのかも知れない。

 そもそも、アルコール依存症者は酒を止めた禁断症状として、幻覚・幻聴に悩ませられる人が多い。他にも妄想や痴呆になってしまう場合が少なくない。

 
 さらに、彼らは看室に対してやや攻撃的な部分を見せたが、これもアルコール依存症者の特有な特徴である。依存症者は、攻撃的になったり自己中心的になったり、逆に自虐的、不安感、孤独感を感じることも多い。患者たちがやけに遅くまで群れているのは孤独感を感じているからなのかも知れない。

 

 だいぶ大げさにまとめてしまうが、これらの依存症者の症状を正式には「離脱症状」という。離脱症状は多かれ少なかれアルコール依存症者はもっている。依存症やのすべての言動を離脱症状と言う言葉で括ってしまうのは、宜しくないとは思うが、彼ら(私も当然含めて)はある程度の離脱症状を引き起こすものなのだ。

 

 

 この日は色々あったせいか、私はベッドに戻るとすぐに眠りたかった。しかし、病室に戻ると何やら会話らしきものが聞こえてくる。発信源は安岡の部屋だった。会話を聞いてみるとどうやら西村が安岡にマッサージをしてあげているらしい。安岡が不満があるようで、そうじゃない、そこじゃないとブツブツもらしている。

 
 これも離脱症状のひとつなのかなぁ。と思い私は床に就いた。しかし、実のところ安岡と西村の関係性もやりとりも離脱症状とはなんら関係ない。

                          -続く