日本映画

2005年01月13日

 快晴。

 映画『レディ・ジョーカー』を見に行く。終わってみれば吉川晃司の映画だった。原作を読んだ人なら、半田刑事役、といえばわかると思うが、原作よりも色気があった。しかし、徳重聡の合田はやはりミス・キャスト。半田と合田のやりとりが生きていれば、それだけでも良かったのだが、二人の釣り合いが取れなかった。
 長大な原作をコンパクトにまとめ、破綻なく映画にした手腕は評価に値するとしても、あの原作をコンパクトにまとめることにいかほどの価値があったのかという疑問もわく。
 傑作小説、それも長篇小説、となると、二時間前後の映画では難しいのではないか。そんなあたりまえといえばあたりまえのことを改めて考えさせられた。

 芥川賞・直木賞が決まった。阿部和重も角田光代も好きな作家だ。いずれこれらの賞を取るだろうと思っていた作家が、やっと取った、という印象。作品は読んでいないが、作品にというよりも作家に与えられたという感じ。

 両賞は、なぜか、その作家が一般読者に衝撃を与えたエポックな作品よりも、そこからちょっと後の作品に与えられる印象がある。

 作品より作家、というのは、つまり、文壇(って言葉も死語っぽいが、かろうじて、賞の周りにだけあるような気がする)が「俺たちの仲間に入れてやってもいいよ」とギルドの中に入れてあげるお墨付きだということだ。

(23:53)

2004年10月08日

 予報通り、天気が崩れた。また雨。台風が近づいているのだとか。

 仕事で関わっている「東雅夫の幻妖ブックブログ」より引用(以下)

 このほど、『幽』次号の特別企画「最恐怪談 of the year 2004」のために、読者アンケートを実施することになりました。
 皆さまの御応募、お待ちしております! また貴サイト、BBS等での宣伝告知も、よろしくお願いいたします。

【要件】2003年10月1日から2004年9月末日までに刊行された出版物(実話、小説、漫画など)に掲載されていた怪談の中で、貴方が最も怖いと感じた話を教えてください。出来ればコメントもお書き添えいただけると幸いです。
*単行本単位でなく、収録されている個別の話を具体的に挙げてください。
【記載例】木山夢市著『超こわい耳袋』第十巻(メディア書房)掲載の「そんな本はないだろう!?」
【コメント】全体にハイレベルな実話集ですが、特にこの話の後半の展開には意表をつかれました。語り口の巧みさも魅力的です。
【送付先】FAX03−5469−4833 最恐怪談係
     メールakiki@mediafactory.co.jp 最恐怪談係
【締切】2004年10月31日


 東さんは、今年創刊された怪談専門誌(そういうジャンルが成立するとは!)『幽』(メディア・ファクトリー)の編集長。次号は12月発売。季節モノだとされている怪談が「冬」にも売れるのか!? 京極夏彦さんは「ビールのように年中商品に!」というような意味のことをおっしゃっていました。大注目、です。

 というわけで、怪談好きのみなさま、ご協力よろしくお願いします。ぼくも参加しようっと。

 日記の続きはまたあとで(っていうか、まだ午前中だよ)

 という、わけで、日記のつづき。

 「牛腸茂雄展−自己と他者−」(三鷹市美術ギャラリー/三鷹市芸術文化センター)をもう一度見に行く。ただし、今日は三鷹市美術ギャラリーのみ。旧知のコジカナが図録や絵葉書を売っていた。図録は完売(三鷹割り当て分。10月30日から始まる山形美術館では入手可)、共同通信社から刊行された上製本(『牛腸茂雄作品集成』)のみ販売していた。内容はほぼ同じ。会期半ばで図録が売り切れるとは、牛腸人気の根強さを感じる。

 前回見に来たときには展示していなかった牛腸茂雄のセルフポートレートのコンタクトプリント(フィルム一本分を一枚の印画紙に焼付け一覧できるようにしたもの)があった。ほとんど露出も変えず、構図も同じカットが30枚近く撮影されている。いったい、何を求めてそれだけたくさんのカットを撮影したのか。不思議な感じがした。

 牛腸茂雄展の実行に関わった人たちの会「かもの会」会員の秋山慎一さんとギャラリーロビーで待ちあわせ、近くの居酒屋に。牛腸展のこと、写真のことなど、楽しい時間が持てた。秋山さんとは数年前にぼくが編集した『ライカな眼』(高梨豊著・毎日コミュニケーションズ)の感想をメールでいただいたことがきかっけで知り合った。もっとも、お会いするのは今日がはじめて。メールのやりとりのもどかしさがなく、盛り上がった。秋山さんは牛腸展の図録別冊に牛腸茂雄について寄稿しており、その内容にも共感するところ大だった。

映画『ドラゴンヘッド』(2003年・飯田譲治監督)を夕べ見た。
 原作(望月峯太郎のマンガ)は読んでいた。だから、うまく映画にすることは至難の技だろうと思っていた。理由は、原作の観念性を映像化することが難しいと思ったからだ。

 修学旅行から帰る途中の新幹線が突然、脱線。トンネルのなかで目が覚めたテル(妻夫木聡)は、生き残ったのがノブオ(山田孝之)とアコ(SAYAKA)と自分だけだと知って愕然とする。錯乱したノブオは闇の神を崇拝し、テルとアコを暴力で支配しようとするが、二人は逃げ出す。外の世界は一変しており、真っ白い灰が降っていた。テルとアコは町にたどり着くが、町は崩壊し、人々は狂っていた……。

 世界の終わり。生き残った二人の若者。そこから原作は、その世界で生き残っていこうとするおばちゃんや、この世界を受け入れないままにエゴを肥大させていく自衛隊員たちを登場させ、いまある世界が突然変貌してしまったとしたら、それをどう受け入れていくべきなのか? を模索する。小松左京の『日本沈没』やさいとうたかをの『サバイバル』などが、世界の変貌、生き残る技術をディテール豊かに描いたのに対し、望月峯太郎の原作は、ディテールよりもテルやアコの内面に興味が向かっている。

 映画も、原作を踏襲しようとしたらしく、世界の変貌のディテールや、彼らの生き残りのテクニックについては詳述されない。それどころか、ツッコミどころ満載のご都合主義である。しかし、原作の観念性を表現するために、CGを駆使して見せたかというと、結果的にはあまり力になっていない。ラストシーンの「わかりやすいまとめ」っぷりが象徴的だ。

 原作でもそうだが、映画でもトンネルのなかのテル、ノブオ、アコの部分がもっとも印象的だ。原作も、映画も、最後までこの「発端」部分に引きづられていく。しかし、原作に比べ、映画はこのパートがあっさりとしており、最後までリフレインされるという構造にもなっていない(それらしい「幻覚」シーンがあったが)。ゆえに、原作の持つ観念性が、スペクタクルのなかに収束されてしまった印象だ。

 ウズベキスタンで作られたロケセットは見事なできで、こういう映画の作り方もできるのか、ということを実践して見せた点は評価したい。もしかすると、『ドラゴンヘッド』そのものより、映画作りのほうが面白かったのかもしれない。ちょっと残念な映画だった。

(11:21)