外国映画

2008年01月06日


原題 : Narrow Margin
製作年 : 1990年
製作国 : アメリカ

監督:ピーター・ハイアムズ
製作総指揮:マリオ・カサール、アンドリュー・ヴァイナ
脚本:ピーター・ハイアムズ
撮影:ピーター・ハイアムズ
音楽:ブルース・ブロートン

 ブラインドデートの相手がマフィアの大物に殺されるところを目撃してしまった女性(アン・アーチャー)に法廷で証言させるべく、カナダの山小屋まで彼女に会いに行った検事補(ジーン・ハックマン)。ところが、マフィアが差し向けた殺し屋たちに後をつけられ、二人は山間を走る寝台特急に逃げ込み、袋の中のネズミになる。バンクーバーにつくのは明朝。二人の長い夜が始まった……。

 TSUTAYAでレンタルより安い値段で中古ビデオを販売していたので、つい買ってしまった。そういえばこんな映画があったっけ、という程度の認識だが、ピーター・ハイアムズのアクション映画だったら見てみたい。ハイアムズのデビュー作『破壊!』(1973年)が好きなのだ。ハイアムズが作る映画はアクション映画としてはどれも軽量級だが、その胃もたれしない感じというか、軽快なところが気に入っている。

 この映画もそうだ。切り詰めた97分。ムダがない。アクション、サスペンス、会話の妙から生まれるユーモア。よくできていると思う。CGのない時代のアクション映画は眼に優しい。

 検事補は拳銃を持たない丸腰。しかし、殺し屋たちは目撃者の女性の顔を知らない。そこで、検事補は知恵を使って彼らから目撃者を守ろうとするのだ。ギリギリまで暴力を回避して、最後にアクションを持ってくる。小気味いい。

 ところで、ピーター・ハイアムズ、最近、名前を聞かない。調べてみると、最後に日本公開された作品は2004年の『サウンド・オブ・サンダー』。1943年生まれだから、まだまだ元気だと思うが。

 ハイアムズの代表作と言えば『カプリコン1』。『2010年』でミソをつけたが、やや時代遅れの職人監督という位置づけになるのだろうか? 

 個人的には『ハノーバー・ストリート/哀愁の街かど』(1979) や『シカゴ・コネクション 夢見て走れ』(1986)、『サドン・デス』(1995) なんてのも好きだった。

 『カナディアン・エクスプレス』は、リチャード・O・フライシャー監督の『その女を殺せ』のリメイクらしく、元ネタと比較すると評価は芳しくないらしい。amazonの公式レビューはかなり辛口だ。

 そういえば『ハノーバー・ストリート/哀愁の街かど』もヴィヴィアン・リーの名画『哀愁』をモティーフに、アクション映画に衣替えさせて、必ずしも世評はよくなかった。こちらの場合は名画を元に派手にドンパチやりすぎた、という感じだったと思うのだが、その軽さがぼくは好きだった。ハリソン・フォードもかっこよかったし。

 キューブリックの存命中に『2001年宇宙の旅』の続編という、誰が考えても成功しそうにない企画をやってしまう(『2010年』)あたりの、ハイアムズのそそっかしさというか、腰の軽い感じが、ぼくは嫌いではない(とはいえ、公開当時は見る気になれなかったけど。いまは見てもいいかな、と思っている)。

 ところで、『カナディアン・エクスプレス』の見所は列車を舞台にしたアクション。列車内の描写も緻密だし、撮影も兼ねるハイアムズは夜のしじまを走る列車の光と影を見事に表現している。

 最近、鉄道にめざめているので、今年は「鉄道もの」の映画を見ていこうと思っている。この映画はその第一弾。


■今日、読みたいと思った本(たぶん、これから読む本)



筋肉少女帯自伝
大槻 ケンヂ著
橘高 文彦著
本城 聡章著
内田 雄一郎著
税込価格 : \3,000 (本体 : \2,857)
国内送料無料でお届けできます
出版 : K&Bパブリッシャーズ
サイズ : 21cm / 359p
ISBN : 978-4-902800-07-4
発行年月 : 2007.10


*「筋肉少女帯」の栄枯盛衰が赤裸々に証言されている、らしい。

(23:34)

2006年02月23日

 いやはや。見る前から予想はしていたが、実際に見てみると、予想以上のとんでもない「事実」続出の映画だ。

 1カ月間、三食すべてをマクドナルドで、かつ、「スーパーサイズ」で摂ったらどうなるか、を描いたドキュメンタリー映画だ。

 まるで、日本の民放のバラエティー番組で売れない芸人がやらされそうな企画だが、作り手はいたってマジメである。何しろ、その実験台になるのが、監督自身なのだから。

 映画の冒頭で、マクドナルドを訴えた裁判の結果が紹介される。肥満による健康被害はマクドナルドに責任アリ、という訴訟。日本でも報道されたから、覚えている人も多いだろう。そのときに、ほとんどの日本人の感想は「さすが訴訟大国アメリカ、そんなインネンつけるみたいな裁判を起こすやつがいるのか? 自分で食べたんだから、自分の責任だろう」。もちろん、ぼくもそう思った。

 しかし、この映画を見ると、その感想が必ずしも正しくなかったのかもと思えてくる。たしかに、原告にも非はあるだろうが、マクドナルドのマーケティング展開も「やりすぎだ」と思えてくる。

 とくに子供たちを虜にするPR戦略にはうすら寒いものを感じる。高脂肪、高カロリー、高糖分のハンバーガーやソフトドリンクは子供にとって麻薬のような魅力がある。アメリカのマクドナルド裁判の原告が十代の少女たちとその家族、というのは決して偶然ではなかったのだ。

 それにしても、アメリカという国は変わっている。マクドナルドの金儲け至上主義のようなマーケティング戦略も凄まじいが、それを批判すべく立ち上がった、この映画の監督モーガン・スパーロックの身をもっての「闘い方」も徹底している。

 マクドナルドをはっきりと名指しして、自らの身体を実験台にし、さらに、同社に対してコメントを求める。複数の栄養士に取材し、マクドナルドが発表している「マクドナルドは健康に悪くない」という主張を粉砕する。

 相手は世界的な大企業。挑むは自分でカメラも回すドキュメンタリー作家。まさに蟷螂の斧だ。しかし、映画は完成し、サンダンス映画祭で上映されるや話題を呼び、マクドナルドは「スーパーサイズ」を取りやめたという。*

 日本だったらどうだろうか? マクドナルド並の大企業を名指しで批判するドキュメンタリーを作ろうとする者、その作家を支持する人、大企業からの圧力へ牽制を加えるメディアがあるだろうか? そんなことも考えさせられた。

*98年にニューヨークに初めて行ったとき、マクドナルドの「セット」にチーズバーガー2つとポテト、ドリンク(もち、Lがふつう)のセットがあることに驚いた。そのときはアメリカ人は大食漢、と思ったものだ(ニューヨークの前はヨーロッパ各地でマクドナルドに入ったが、そんなセットはなかった)。しかし、いま考えれば、それもマクドナルドの戦略なのだろう。ただし、ニワトリが先かタマゴが先かという問題もあって、アメリカの消費者がそもそも高カロリーのジャンクフードを求めるという背景があったのかもしれないが……。



(23:12)

2004年10月26日

 雨。

 マン・レイ展−「私は謎だ。」−(埼玉県立近代美術館)に行く。明日まで。なんとか、間に合った。感想はこちら

 青山一丁目。声優、俳優の青野武さんにインタビュー。年末に出るムック化『NHKこども番組のせかい』(仮・アスキー)のためのもの。NHK教育でカルト的な(?)人気を誇った番組「このまちだいすき」に出演し、強い印象を残した青野さんにお話をうかがいにいった次第。青野さんといえば、ぼくらの世代ではやはり『宇宙戦艦ヤマト』の真田役が印象深い。「このまちだいすき」では、「シゴック先生」役で、声だけでなく宇宙アカデミーの先生として登場している。声優の草分けともいえる大ヴェテランだが、お年をうかがって驚くような若々しさだった。

 新宿でコニカミノルタプラザで写真展を見る。高田玲写真展「街中のドア」、笹谷美佳写真展「歩く」、ステアオーグ写真展「StairAUG.photographics」。


★映画『インファナル・アフェア』
(2002年・香港 アンドリュー・ラウ、アラン・マック監督)

 『インファナル・アフェア』の前日談に当たる『インファナル・アフェアII 無間序曲』が公開中。オフィシャルサイトも「II」一色だが、次に「III」が来て完結するとか。最初から構想があったのか、どうか。香港映画得意の「ヒット」→「姉妹編」を製作、というパターンじゃないかと疑っているのだが。

 そんなことはともかく、『インファナル・アフェア』本編をDVDで見た。

 80年代〜90年代の熱狂を知る者にとっては、いささか寂しい状況が続いている香港映画。『インファナル・アフェア』も、たいへんによくできた映画だが、かつてのエネルギーはない。しかし、エネルギーがない代わりに洗練を手に入れた。スタイリッシュで、クール。

 『男たちの挽歌』の頃、盛んに「香港ノワール」という惹句が宣伝されていたが、内実は泥くさい男たちの汗まみれの人情物語だった(ファンにはそれがたまらなかった)。

 ところが、やや地盤沈下気味の香港映画で作られた、この『インファナル・アフェア』は、アメリカの犯罪映画に端を発し、60年代にフランスでジャンル映画として認められるようになったフィルム・ノワール(暗黒街映画)の隔世遺伝のような映画に仕上がっている。

 ヤクザの親分の命令で、警察官になって「スパイ」している男。警察学校で才能を認められ、ヤクザに潜入捜査官として送り込まれた男。この二人の男の運命が錯綜する物語である。男たちを演じるのは、アンディ・ラウとトニー・レオン。いずれも、香港映画の黄金時代を築いた大スターである。また、トニーの才能を買って、潜入捜査官に仕立て上げる警察幹部をアンソニー・ウォンが演じている。この人もかつては変態チックな役柄ばかりを演じていた性格俳優だったが、年を取ってシブい役者になった。

 香港映画でアンダーカバー(潜入捜査官)ものというと、即座に『友は風の彼方に』(1986年・リンゴ・ラム監督)を思い出す。チョウ・ユンファ主演の名作映画でタランティーノの『レザボア・ドッグス』も元ネタのひとつでもある。こちらは潜入捜査官とヤクザの幹部との間に友情めいた感情が芽生えるというお話。『インファナル・アフェア』同様、「板ばさみ」に苦しむ主人公の苦悩が泣かせる。

 この二本、比較してみると、『インファナル・アフェア』の登場人物との距離感がまったく違う。

 『インファナル・アフェア』の監督、アンドリュー・ラウといえば、香港ノワール後期の名作の撮影監督を務め、あのウォン・カーウァイの「クルストファー・ドイル以前」の撮影監督でもあった。

 しかし、アンドリュー・ラウがヒット監督に躍り出るきかっけになった『古惑仔』シリーズもそうだが、登場人物を突き放すような冷ややかな視線はかつての香港ノワールにはなかったものだ。もしかすると、80年代から90年代にかけて、アンドリュー・ラウは香港式ノワールに飽き足らない思いを抱き続けていたのかもしれない。

 アートムービーへ向かったウォン・カーウァイと、エンターテインメントで香港映画界を引っ張るアンドリュー・ラウ。ぼくはこの二人のコンビ作『いますぐ抱きしめたい』(1988)が大好きなのだが、思うに、あの映画には2000年代の香港映画のエッセンスが高濃度で含まれていた。主演はアンドリュー・ラウとマギー・チャン。キャスティングもまた象徴的だ。

 『インファナル・アフェア』はアジア映画も日本映画も見ない、洋画(ということば、今もあるのか?)ファンに見ていただきたい。とくに、フランス映画が好きな人にはいいんじゃないかな。ハリウッド式の「大きなお世話」式のサービスがないところが良い。それでいて、細部にわたって注意が行き届いている。二人の出会いのシーンなど、巧いなあ、と思ってしまった。

(21:40)