"世界のTK"高阪剛 Official Blog

“世界のTK”高阪剛 公式ブログ

ラグビー日本代表合宿

c3cd9ae5.jpg昨日と今日は日本代表チームの東京合宿で指導。

アップダウンスピードのトレーニングと、あとタックルを低く入ると言うところを去年の夏からやってきてるんやけど、みんなほんとに良くなってきていると思う。

自分の指導は今日で終わりやけど、厳しい練習はまだまだ続くジャパン。

来週のトンガ戦はその今やってきていることに自信を持って、一歩ふみこんだ試合をやってもらいたいなと思っています!

大掃除

5560f6f4.jpg我が家、建てて10年になるので今日から3日間使って大々的に掃除をすることにした。

するとこんなモノも発掘できたりする。

代表練習

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5時半からと9時半から、今回もギリギリのところで練習をしてもらった。
先週の菅平合宿から続けて行った事もあり、何かが見えてきてもらえている感じが、今回はより強くした。

代表チームの合宿はまだまだ続くけど気合いで乗り切って欲しい。

ちなみに写真のテントの中にマットを敷いて練習をしたんやけど、練習後その外でコーチ2人と一緒にトレーニングで張らしているケンジがいた。

ラグビー日本代表福岡合宿

先ほど合宿場所のグローバルアリーナに到着。

明日は朝5時半から練習が始まる。

プロ指導最終日

3日間の集中指導、最終日の今日は仰向け(ガード)から立ち上がる動きの練習。

これを昨日やったテイクダウンディフェンスと組み合わせて使える様になると、ワンステージ上の所に行けると思うね。

高阪

選手練指導

今日から3日間アライアンス所属のプロ選手への集中指導をやることにした。

初日の今日は打撃とタックルを混ぜる動き。

試合で軸となる部分やね。

総合のスタンドでのポジションは、ハイ・ミッド・ローの三つ。

これらのポジションへ如何にスムースかつ速く移行できるか。

そのためにも、試合で使う動きや技術はできるだけシンプルな方がいい。

ちょっとでもやりにくさが残った動きは試合やと使い物にならんからね。

高阪

ラグビー日本代表菅平合宿

f8f02f55.jpg今日は早朝からセッションを重ね、午後にはシチュエーションスパーリングでギアを上げた練習をやってもらいました。

かなりキツい内容だったはず。でもこれを乗り越えた事で中身の部分はもとより、気持ちの所で自信になってもらえていたらと思っています。

ジャパンはこれから夏に向けて合宿と試合を繰り返します。
上のステージを目指して、気合いで乗り切って行って欲しいですね。

今日から菅平

c53baa2c.jpgラグビー日本代表チームの合宿に参加。明日この場所でトレーニングを行います。

これから夏にかけて世界と闘うさくらジャパン。

自分も力になれる様頑張ります!

春の嵐

4a201fff.jpgいつも叱られてばっかの人は良く言われてしまった時どうしたらいいか分からなくなる。
昨日のUFCでのニックみたいに。

今の所、次のUFCは

西さん
高柳さん
稲垣さん
高阪

の並びでの中継になる。華がいなくなる。
お疲れさんでした大久保ちゃん。

ウチのバカ息子が年少になる。
輪をかけて暴れボウズになる気配あり。
いよいよ本格的に鍛えに入ろうかと思う。

新宿スポセン

6de03a85.jpg高田馬場、戸山公園。
当時住んでたシアトルから日本に帰ってくるとよくここに来たもんやったなと懐かしくなった。

もう10年以上前、菊田たちがまだここで練習していた頃、一緒にスパーを良くやった。

子供たちのレスリング大会がコズミックセンターであったので通り過ぎただけやったけど、ネコたちがいるところを見るとここはまだ平和なんやろね。
プロフィール

高阪 剛(Tsuyoshi Kosaka)

専修大学、東レ柔道部と柔道のエリートコースを辿る。
93年9月リングス入門。94年8月20日横浜文体に於いて、弦巻伸洋を相手に戦慄のKO勝利でプロデビューをはたすと、95年10月にはトーナメント. オブ.Jに優勝、96年1月にはキックボクシング世界ヘビー級王者、M・スミスから勝利をあげる。

98年3月にはUFC初出場。日本人が誰も勝つ事ができなかったあのキモを相手に圧勝、さらには、日本人初のUFC定期参戦を実現し“世界のTK”として一躍有名になった。

2001年10月に帰国し、活動の拠点を日本に移すと、公式ジム“ALLIANCE-SQUARE”を設立。選手としても、2004年10月にパンクラススーパーヘビー級初代王者に輝く。2006年2月には、PRIDE31でブラジリアントップチームの首領マリオ・スペーヒーからKO勝利をあげ、5月の無差別級GPを最後に引退することを表明。引退を懸けた同GP一回戦で、マーク・ハントと激突すると、歴史に残る名勝負を繰り広げた末、12年間の選手生活にピリオドを打った。

現在は後進の指導に力を入れながら、テレビや雑誌を中心に解説者としても活動の幅を広げている。



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