151221-090_ポンペイ遺跡
・今まで見てきたイタリアの遺跡はだいたい中世(日本の鎌倉時代あたり)のものが多かったけど、ここは紀元前2世紀の遺跡。日本では弥生時代にあたるものが火山灰のおかげ?でそのまま残っています。

151221-110_奥にヴェスヴィオとソンマ山
 ・向こうに見える高い方の山がヴェスヴィオ山、低いほうがソンマ山。遺跡に残されたヴェスヴィオ山の絵によって、古代は真ん中がへこんでいない一つの山だったことがわかりました。噴火で中央が吹っ飛んで2つの山にわかれたのです。富士山がそうなったら大変です。

 151221-210_ポンペイ遺跡の水汲み場跡
・水汲み場。出水口の彫刻がみんな違って、これを住所表示の目安にしていました。
「俺の家は女神の前」とか。

151221-250_ポンペイ遺跡の横断歩道石
・道路は馬車道です。雨になると水が流れるのでこのような横断歩道を所々に設けています。

151221-230_娼館への道案内サイン
・中央の石にはおちんちんマーク。この方向に娼館があることを示しています。妻と娘を連れて、早速行ってみましょう。

151221-190_ポンペイ遺跡の娼館跡
・娼館内部の壁画はHな絵がてんこ盛り。
 
151221-180_ポンペイ遺跡の娼館のベッド跡
 ・こちら、ちょめちょめするベッドの跡。同じようなスペース(個室)がいくつも作られています。

 151221-220_遺跡の水道管(鉛管)
・道の脇から出土したのが鉛でできた水道管。日本の弥生時代ですよ。

151221-510_ポンペイ遺跡の水道橋
 ・その水道管へはこの水道橋を通って水を引いているのです。

151221-440_脱衣場跡左の壁に床暖房の仕掛
 ・さらに驚き。ここは公衆浴場の脱衣場跡。左側の壁に穴が空いていますが、調べたところ風呂の湯を通して床暖房にしていたそうです。何度も言うけど、日本の弥生時代、やっと農耕がはじまった時に、こちらでは床暖房があったのです。

151221-360_ポンペイ遺跡の浴場跡
 ・そしてここが公衆浴場の湯船です。「テルマエ・ロマエ」観ました?

151221-580_ポンペイ遺跡の貴族の別荘
 ・貴族の別荘。フレスコ画がそのまま残っています。写真はOKだけど、フラッシュはだめだと言われましたが、窓から直射日光がさしているのはいいのでしょうかと、余計な心配をします。それがイタリア人!

151221-310_発掘物(中央は子供の石膏型)
 ・ポンペイ遺跡はまだ全体の2割くらいしか発掘されていないそうです。他にたくさん写真を撮ってきましたが割愛。中央は子供の遺体の石膏型。多くの市民や家畜が火山灰に埋もれて死骸は朽ち果てましたが、火山灰はそのままの形で固まってしまいました。その中に石膏を流し込むとこんなふうに遺体が再現できるのです。あと、首輪をつけた犬や成人の遺体もありました。
→⑫帰路でおしまい