P1080123

 安倍晋三元首相の国葬から約2カ月が過ぎたが、国民の納得は得られておらず、政治不信は募るばかりだ。米国に目を向けると政治対立が激しさを増し、民主主義が揺らいでいるように映る。昭和史研究で知られるノンフィクション作家の保阪正康さん(82)と、ジャーナリストの池上彰さんの対談では、内外の政治に厳しい指摘が相次いだ。
 池上 9月27日に安倍氏の国葬が執り行われました。しかし、保守的と見られている産経新聞とFNNの合同世論調査でも国葬を実施したことに「よくなかった」と回答した割合は「よかった」を上回りました。この状況をどう見ていますか。
 保阪 安倍氏の国葬には賛成、反対で国民が割れたというよりも重大な問題があります。それは岸田文雄首相が国葬を私有化、私物化したことです。実施を決める前に国葬の実施を国会に諮ったり、自民党が野党を説得したりすることはありませんでした。岸田首相は自らの政局認識によって実施を決めてしまったのです。説明がないまま国葬を実施してしまったので、国民にとって納得できないという感情が渦になっている。だから内閣支持率が一気に下落したのです。
 戦後初となる吉田茂元首相の国葬も、佐藤栄作首相(当時)の私物化だと言えます。しかし、佐藤氏はそれだけの手を打ちました。吉田氏がノーベル平和賞の候補になっていたことや、回顧録などを基にして「吉田氏はこれだけの実績を残した」と人々に知らしめる手順を踏みました。この動きには国葬に歴史的な意味を乗せる佐藤氏の配慮が感じられますが、岸田首相には全くありませんでした。
 池上 何もなかった、と。
 保阪 岸田首相は、自分の価値観だけで政局を動かせるという錯覚に陥ったのでしょう。もう一つの問題は、国葬を実施するだけの実績が安倍氏にあったのかという点です。残念ながら国葬にふさわしい業績がなかったと判断します。
 私は歴代首相を好き嫌いは別としてA、B、Cのランクで分けて考えています。「A」は時代の中で重要な仕事を成し遂げたと判断する首相で、初代首相の伊藤博文、第二次世界大戦を終戦に導いた鈴木貫太郎らを挙げます。「B」は任期中に独自の存在感を示したと判断する首相で、沖縄返還の佐藤氏、行政改革の中曽根康弘氏らがいます。「C」は在任期間が短かった方ですね。一方、安倍氏は在任期間で歴代最長ですが、歴史的に見て説得力がある業績が浮かんできませんので「C」に入ります。
 ただ、安倍氏はロシアのプーチン大統領と27回も会談しました。ロシアがウクライナに侵攻した今年2月24日以降、モスクワに飛び、プーチン大統領に「こんなことをやっていたら駄目だ」と説得していたら、一気に歴史的指導者として評価されていたでしょうね。
 池上 現役の政治家を国葬にしてはいけなかったと改めて思います。誰しも毀誉褒貶がありますから。岸田首相が国葬にしたことで反発が出て、結果的に安倍氏を静かに見送ることができなかったのではないでしょうか。
 保阪 そのあたりの政治的な読みができる蓄積が岸田首相にはなかったのです。
辞任後に「回顧録」必要
 池上 今後、国葬をやるならばどう考えていくべきでしょうか。
 保阪 法律は制定しなくてもいいですが、実施を決めるのは、与野党の話し合いや国会の承認などが必要といったようなことを整理しておくことです。また、私は、首相は辞めたら5年以内に回顧録を必ず書くことを立法化すべきだと主張しています。そのため内閣官房に在任時の業績が分かる資料を集めるセクションを作る。そして亡くなった後、回顧録の内容に納得できて、国葬が必要だと判断すれば実施すればいい。回顧録を出さない人は、歴史への無責任さが問われて当然で、そのような人が国葬になるのはおかしい。
 池上 野田佳彦元首相(立憲民主党)が国会で行った安倍氏の追悼演説はどう受け止めていますか。
 保阪 与党の議員が亡くなった時に野党の議員が追悼演説をするのは、やはり政治家の礼儀ですから。振り返れば、演説中に刺殺された日本社会党の浅沼稲次郎委員長の演説は、池田勇人首相が行いました。
 この時、私は若く、また自民党の支持者ではありませんが、涙が出るほど感動しました。この演説は、ある意味でいえば情緒の政治的な世界で死者を送る約束事だったのでしょう。
 野田氏もその約束事を踏まえて演説した。いろいろな批判があるでしょうが、議会政治における日本的な儀式の一つの形としてはよかったのではないでしょうか。
 池上 礼儀正しく追悼の気持ちを表しながら最後の部分で「長く国家のかじ取りに力を尽くしたあなたは、歴史の法廷に、永遠に立ち続けなければならない定め(運命)です」と述べた部分が印象的でした。
 保阪 野田氏にすれば、安倍氏には煮え湯を飲まされました。内心は腹が立つことがあったでしょうが、首相経験者が亡くなったことへの追悼の気持ちを表現しました。そこには政治家としてのプライドがあったと推察します。
 ただ、総じて日本の政治家の演説にはどんな時代に生きているのかと示すものがほとんどありません。私は、英国のサッチャー元首相は嫌いでしたが、人々の魂を打つ演説をしました。日本の首相からもそんな演説を聞きたいものです。
 池上 英国やドイツには政治家の言葉によって国民を動かしていく歴史があります。一方、日本の政治家にはその伝統がありませんし、やはり哲学が感じられません。
 保阪 中曽根康弘元首相は、政治手腕が乱暴な政治家だと思っていましたが、彼の回顧録を読み、人知れず勉強していたことをノートに書き記していたことや「首相は歴史の審判を受ける」という意識を持っていることが分かりました。その意識は首相としての第一条件だと考えます。ある種の政治家は、その意識を持って首相になりましたが、ある時からふっと消えてしまった。戦後民主主義で育った人が首相になると駄目ですね。
 池上 なぜそう考えるのでしょう?
 保阪 小学校のホームルームのような政治になってしまっているからです。教室で山田君がボール遊びをして窓ガラスを割ったとしましょう。先生が「みんなで議論しろ」と言ったので「山田君の遊びを止めなかった僕らも悪い」といった議論になる。単なるお互いの責任逃れみたいなことに民主主義を持ち出しています。民主主義は個人の自立が前提だから、そのためには論点を明らかにして論じなければならないのに。
 また、ルポライターの鎌田慧さんと話していて「僕らの世代は、民主主義を継承することに失敗したね」と反省を共有したことが印象に残っています。政府に反対する国会前のデモは、高齢者が多いという話もしていました。
 池上 確かにデモは団塊の世代が中心で、下の世代の参加は少ないのが実情です。ではなぜ民主主義を継承できなかったのでしょうか。
 保阪 戦前をきちんと理解していないから、民主主義の本質をつかめなかったのです。戦前は「軍事独裁」だったとの理解は間違っています。正しくは「行政独裁」です。軍部の独裁ではなく、軍が行政を握って、司法、立法を隷属させたのが本質なのです。ですから現代には昔のような悪い軍は存在しないから独裁にはならない、という見方は錯覚なのです。行政が独裁になる怖さは今でもあると認識しなければいけません。
 もう一つは「自由」や「平和」は、総合的に検証しなければいけないのに、イメージだけでそれらの言葉が使われています。自由、平和といった言葉を使えば、社会全体がなれ合っていくような言語空間もできてしまいました。
 池上 平和や民主主義という言葉には柔らかい感じがありますが、それらを守っていくのはとてつもなくきついことですよね。
 保阪 「平和憲法」と表現した時から間違いが始まっています。帝国憲法を「軍事憲法」と位置付ければ、現行憲法は「非軍事憲法」なのです。平和憲法の目的に到達するまでには距離があるから、国民はその距離を埋めるために努力をしなければならない。しかし、スタート時から「平和憲法」と位置付けてしまったので、動かない。
 平和を考えれば、日本は唯一の戦争被爆国なのですから、核抑止論ではなくて「核を持つこと自体が人類悪」だとメッセージを発する義務と権利があります。自立して意見を出さないといけない国なのに、米国についていくだけでメッセージを出していない。岸田文雄首相は来年5月のG7(主要7カ国)広島サミットで、人類史に刻まれる核廃絶に向けた基本的なテーゼ(命題)を示し、世界が感動する演説ができるのでしょうか。
 池上 それにしても今も「行政独裁」のリスクがあるとは驚きです。
 保阪 安倍政治は「行政独裁」だったと見ています。なぜならば司法にまで介入したからです。学校法人「森友学園」を巡る財務省の決裁文書改ざん問題で、司法の判断が出ていないのに、安倍晋三元首相は国会で「私や妻が関係していたら首相も国会議員も辞める」と答弁しました。「司法の判断を待つ」と答弁すること以前の問題であり、この発言は、司法に対する介入にほかなりません。また、立法の機能に関しては、法律を通せればいい、というのが政府の認識だったと受け止めています。
 戦時中の東条英機も行政独裁でした。政治家の中野正剛が、朝日新聞に発表した「難局日本の名宰相は、絶対強くなければならぬ」などと主張した「戦時宰相論」を、東条は読んで激高します。自分が批判されたと思ったのです。警察に調べさせますが、法律違反ではないと言う。そこで東条は、子飼いの憲兵隊に調べさせて、中野を自殺まで追い込む。行政が司法に介入した事例の一つです。他にも東条を批判した1人の男性を処分することを見えにくくするために、その人と同じ40代前半の男性を全国から集めて、戦場に送りました。行政独裁がいかに怖いか。歴史的にきちんと見ていないのが、民主主義が継承されない理由の一つなのです。
 池上 米国に目を向けると、バイデン大統領が「民主主義の危機」と訴えています。もちろん、中間選挙で民主党の劣勢が伝えられていたことも背景にあるでしょう。
 保阪 かつて米国に2カ月ぐらい滞在した時のことです。「あなたの国は格差が激しい」と米国人に指摘した時の反応が「だからいいんだ」。エリート層は戦争をすると決めるけれど、戦地に赴くのは違う層だ。エリート層は傷付かない。だから米国は強い、というのが理由でした。アメリカンデモクラシーは、社会の上部に位置する層の一つの政治姿勢であり、政治システムだと感じました。今は、この状況が鮮明になっているのでしょうか。
 池上 中間選挙の取材で今月上旬まで米国を回りましたが、そのように感じています。高学歴で高収入の民主党支持者が低収入の層を見下している。この構図を利用したのがトランプ前大統領です。大統領選(16年)の選挙運動で訪れたネバダ州での演説で「私は低学歴の人たちが好きだ」と述べ、共和党支持者から喝采を浴びました。また、米国は民主主義なのだから全て選挙で決めればいい――。それが今は極端になり過ぎているようです。
 保阪 政治闘争がより激しくなってしまう。
 池上 そうなんです。2大政党制なので、他の選択肢がありません。ですから選挙中は二つの政党が徹底的に対立し、選挙後は勝った方が負けた方を徹底的にたたく。
 保阪 戦後の日本に入ってきたアメリカンデモクラシーの現実を見ることがなく、長い間、私たちは理想だと思ってきましたが、米国に行くとひどい格差や差別がある。これは違うじゃないかと気が付いたわけです。米国の民主主義が本当は、自由、平等ではないと皆が気付いても継続していくのでしょうか。今は理想主義的視点が必要だとも思いますね。
 現代は、自由、平等、博愛をベースにした民主主義の概念が形骸化しつつあると感じます。ですから民主主義の再構築ということが迫られているのです。
 人類は次にどんな制度を作るのか。結局、まだ作り上げていないから民族、宗教といった人間の地肌が露出してきて対立が起こる。そこに経済的に発展しているか否かといった問題が絡んでくるので、より混迷しているという状態だと見ています。
 池上 本当にお手本がない時代になりました。日本は戦後の55年体制下で、片方の陣営は当時のソ連を見本としていたが、ソ連が崩壊した。陣営の片方は、米国こそ素晴らしいと主張してきたが、今は、本当にそうなのかと思うほどの状態になっています。
 お手本がないからこそ、自分たちの中で、民主主義って何だろうと考えていくことが重要ではないでしょうか。戦前の日本は軍事独裁ではなく、行政独裁だったと見て、行政の独裁を防ぐ手立ては何かと考えていくことが重要なのですね。

人気ブログランキングへ ← "click" → にほんブログ村 旅行ブログ 源泉掛け流し温泉へ

素朴な東北の笑顔いっぱい明るい未来を信じて!