2007年02月24日

第203号 文字盤受験物語/合格しました

最初の問題は/いじめ問題/の朝日新聞の文章を要約して、意見を述べよ(2時
間)、ふたつめの問題は、障害の受け止めとプラスイメージにするための状況、条
件をのべなさい(1時間半)、面接(約1時間)という内容でした。試験の方法は
、私が車椅子で試験官の正面に離れてすわり、その右前に家から持参したベットサ
イドテーブル(高さが変えられる)、その上に書見台(問題を読むため)、そして
私の正面にヘルパーさんが文字盤をかまえ、声に出して読む。私の左側で、妻が答
案用紙に書き込む。書いた文章をみながら考える、消したり書いたりする、などが
できない
ので苦労しました。

 当日の「チーム佐々木」は、ヘルパー3人、運転手、妻と私の6人。5時起床、
準備、7時全員集合そして出発。9時すぎ到着。会場につくとNHK、読売新聞、共同
通信の取材のみなさんが待っていました。それでその日のうちの報道となりました
。NHKニュースでの「老人が尊敬れ、障害者が尊重される社会をめざす」というのは
、最初の問題のあとの休憩時間でのインタビューでした。対して東海大学側からは
、試験官4人以外に、事務関係から3名の他に医療関係者が待機している、という
念のいれようでした。1人の受験生への対応として異例でした。別に隣の教室を控
え室に用意されていました。

 「目に見えないところでは、誘導の方が、駐車上の確保のために朝早くから動い
て下さっていました。そして、大学院の先生方が、佐々木さんの受験がスムーズに
出来るよう、話し合いを持っていました。今回の沢山の異例が、学びたい誰もに『
学び』を保障できる足跡になりました」

 なお受験勉強は、1日約6時間もっぱら本を読みました。リーダブルがベットの
下に入らないので、ヘルパーさんや家族にめくってもらいました。深く深く感謝申
し上げます。アンダーラインが引けない、書き抜きができない、同時にほかの本や
資料にあたれない、等の不便さもありました。 
 論文を書くため文字盤に「」と()を加えて、とても役に立ちました。ところが
原稿をみたらマスメいっぱいに書かれており、あせりました。マジックペンを借り
て 改行 を加えて事なきを得ました。ヘルパーさんの速くて正確な文字盤読みと
妻の、意を汲んだ書き取りのおかげでした。文字盤は30分交代にしました。

 「老人が尊敬され、障害者が尊重される」ということに、深い意味を感じていま
す。エジプトでピラミッド建設に参加した市民の頭蓋骨に外科手術の跡があったこ
と、病気治療などについての市民の屈託のない日記が存在したこと。さかのぼって
人類の祖先のひとつネアンデルタール人のシャニダール(イラク)で発掘された第
一号は身体障害者であり、この遺体の上には、弔意を示す供え物がおかれていたこ
と。そして第三号もまた身体障害者であり、第一号は、約四〇歳(現在なら約八〇
歳)だったこと。などに心惹かれています。
アルゼンチンから
 はじめまして。私は今アルゼンチンに住んでいます。先ほど佐々木さんの話題を
NHKニュースで見ました。日本で看護師としてALSの方と多少関わってきたも
の複雑な思いがあります。…

 あとがき 16日受験、17日東京都支部役員会、18日わの会新年会と少しば
てましたが、なんとか元に戻りました。3段めは東海大学下西先生のメール。すべ
ての皆様に感謝です。

2007年02月20日

大学受験

16日受験、17日東京都支部役員会、18日わの会新年会と少しばてましたが
、なんとか元に戻りました。

 最初の問題は/いじめ問題/の朝日新聞の文章を要約して、意見を述べよ(2時
間)、ふたつめの問題は、障害の受け止めとプラスイメージにするための状況、条
件をのべなさい(1時間半)、面接(約1時間)という内容でした。試験の方法は
、私が車椅子で試験官の正面にすわり、その右前に家から持参したベットサイドテ
ーブル(高さがかえられる)、その上に書見台(問題を読むため)、そして私の正
面にヘルパーさんが文字盤をかまえ、声に出して読む。私の左側に妻が答案用紙に
書き込む。書いた文章をみながら考える、消したり書いたりする、などができない
ので苦労しました。

 当日の「チーム佐々木」は、ヘルパー3人、運転手、妻と私の5人。5時起床、
準備、7時全員集合そして出発。9時すぎ到着。会場につくとNHK、読売新聞、共同
通信の取材のみなさんが待っていました。それでその日のうちの報道となりました
。NHKニュースでの「老人が尊敬され、障害者が尊重される社会をめざす」というの
は、最初の問題のあとの休憩時間でのインタビューでした。対して東海大学側から
は、試験官4人以外に、事務関係から3名の他に医療関係者が待機している、とい
う念のいれようでした。1人の受験生への対応として異例でした。別に隣の教室を
控え室に用意されていました。

 なお受験勉強は、1日約6時間もっぱら本を読みました。リーダブルがベットの
下に入らないので、ヘルパーさんや家族にめくってもらいました。深く深く感謝申
し上げます。アンダーラインが引けない、書き抜きができない、同時にほかの本や
資料にあたれない、という不便さもありました。 

 論文を書くため文字盤に「」と()を加えて、とても役に立ちました。ところが
原稿をみたらマスメいっぱいに書かれており、あせりました。マジックペンを借り
て 改行 を加えて事なきを得ました。ヘルパーさんの速くて正確な文字盤読みと
ころが妻の、意を汲んだ書き取りのおかげでした。

 「老人が尊敬され、障害者が尊重される」ということに、深い意味を感じていま
す。
 エジプトでピラミッド建設に参加した市民の頭蓋骨に外科手術の跡があったこと
、病気治療などについての市民の屈託のない日記が存在したこと。 さかのぼって
人類の祖先のひとつネアンデルタール人のシャニダール(イラク)で発掘された第
一号は身体障害者であり、この遺体の上には、弔意を示す供え物がおかれていたこ
と。そして第三号もまた身体障害者であり、第一号は、約四〇歳(現在なら約八〇
歳)だったこと。
 などに心惹かれています。


2007年02月11日

第202号 産む機械と石原都知事と優生思想と

 産む機械/「女性は子どもを産む機械、装置」などとの柳沢厚生労働相発言を聞
いた時、たぶんと思った。「結婚して子どもを2人以上産む」のが健全と述べた時
、さらにその後の国会質疑を聞いた時、この根本にあるもの、それは「優生思想」
だとおもいいたった。最初の発言は子どもを産まない(産めない)女性(その家族
)の存在を否定するもの。後の発言は、国(政治、経済、文化をふくむ国家権力総
体)に役に立つかどうかのみを規準にしている。規準からはずれるものは、否定さ
れる。もちろん否定の対象は「女性」にとどまらない。社会保障費や障害者福祉の
連年の削減は端的な証明だ。

 人格はあるのか/すぐに思い出した。(府中療育センターを視察した後、重い知
的障害と重度の身体障害をあわせ持つ子供や大人たちについて)「ああいう人たち
に人格はあるのか」と記者たちに問いかけ、「西洋人はこうした患者たちを切り捨
てるのじゃないか」との石原都知事発言(1999年)を。かつて、「老人医療は
枯れ木に水をやるようなもの。率直にいえば老人は早く死んでくれたほうが国は助
かる」故渡辺大蔵大臣(現在の渡辺大臣の父親)は、こう言っている。なんとわか
りやすいだろう。なお/優生/とは「遺伝的に優良な形質を保存しようとすること
」と辞書にある。ナチスドイツのユダヤ人虐殺、旧日本軍の中国人、朝鮮人虐殺な
どの根にある思想である。

 革新都政と障害者/1967年4月革新都政が生まれた。直ちに「憲法をくらし
の中に」のタレ幕を都庁にかかげた。革新都政は、住民とともに・対話集会を20
6回、3万3千人とおこなった。革新都政は、老人医療無料化(69年12月)を実現
した。1973年革新都政は、「全身性障害者介護人派遣事業」をつくった。施設
ではなくて地域で暮らしたい、家から独立して地域で生活していきたいという重度
障害者の願いにこたえた。まず「脳性麻痺者等全身性障害者介護人派遣事業」とし
て都の単独事業として開始、地域で家族の力に頼らず1人で生きていく人が介護人
を利用要する、その人に対して自治体が金を払うという制度であった。いま障害者
への「支援費制度」として全国に広がり、障害者の生活を支えている。

 自閉症とはなにか
 われわれはようやく冒頭にあげた疑問「自閉症児ということばは成立し得ても、
何故、胃腸障害者ということばが成立し得ないのか」に答えることができる。要す
るに、その発見過程が異なるのである。つまり、まず疾病が発見されるのか、それ
とも排除すべき人間として先に定められるのか、である。いうまでもなく、自閉症
は後者の典型例である。社会的に排除すべき一群の子どもが析出され、医学的にラ
ベルされるべき存在として範疇化される。もし、社会的排除過程に、医学的論理が
適合しないならば、医学的概念の方が改変させられることになろう。そして、まさ
にこのようなことが自閉症論をめぐって歴史的にみられた事実なのである。「自閉
症とはなにか」より

 あとがき 2億4千万円の豪游と4男の公費海外 出張で話題の石原都知事、閣僚
時代に弟裕次郎を自衛隊機を飛ばせて病院に搬送するという家族愛を発揮したこと
もある。変わっていない。自閉症の文章は、発達障害、認知症、自閉症、統合失調
症などの勉強の中での衝撃の文章です。いっしょに考えて下さい。「受験」への激
励に感謝。「生きる力」2/24午後10時教育テレビ。

2007年01月21日

第201号 受験

 発症2年め(1997年)に「希望の会(患者会)」「府中地域福祉を考える・
わの会」を結成して、自分なりに外向き、前向きにとりくんできた。しかしALS
の進行に苦しむ中、発症3年半の時、府中小金井保健所の難病患者団体の会合で初
めて「講演」、初めて自分と病気を語った。語れた。ALSが闘いの相手でなく、
つきあいの相手になった。思えばこれが/私のALS人生物語/のはじまりだった
きがする。絶望の縁からの本当の脱出だったきがする。

 気管切開し呼吸器をつけた2000年に「週刊/ALSのひとりごと」発行(現
在200号)、「介護通信」発行(現在80号)、02年吸引問題署名運動に、手
紙とメールで参加(5500人分集める/傍聴にも参加)、何度も国会へ行く(吸
引問題、在宅郵便代筆投票、障害者自立支援法など)、東京都、府中市や保健所な
どとの直接交渉、講演活動/自分と病気を語る活動(三幸福祉カレッジ、東海大学
、明治学院大学、徳州会病院、各地の患者会など)、04年「きらっと生きる」N
HKテレビ出演、そして06年初めての出版「やさしさの連鎖」、ALS患者の体験
記「生きる力」出版などがあった。

 その「生きる力」は、全国のALS患者10人がインターネットで連絡をとりあ
いながらつくった。/進行性のゆえに、機能の喪失の日々の確認の作業をとも(な
うALS)。……昨日できたことが、今日できなくなった悲しみ、今日できること
が、明日できなくなる恐怖。(そういう中での)35名のALS患者家族の『生き
るための物語』、『告知前後の困難にどう向かい、どう乗り越えてきたかの物語』
(「生きる力」はじめにより)/つまり進行性神経難病ALS患者家族の『可能性
への挑戦物語』になった。

 一昨年から昨年、私の主目標は、「やさしさの連鎖」出版、「生きる力」の原稿
集めと出版だった。出版後主目標は、介護学習、受ける側の介護学習に変わった。
その後ナラティブ学習が加わった。さらに縁あって東海大学健康科学科を受験でき
ることになった。もし合格したら障害者福祉を専攻したい。車椅子で、呼吸器で、
文字盤で、しかも還暦目前での受験というのは前代未聞ということで、いくつか特
例が生まれた。生きるとは、可能性に挑戦することだと最近思うようになった。と
りわけ障害者福祉の前進へ、私のALS人生物語/可能性への挑戦物語を続けよう
と思っています。
 
ばかをいうな!
 「領収書なんかつけたらこーんなになって(両方の手を大きく広げて)めんどう
で大変」伊吹大臣がこう言った。家賃のかからない国会の議員会館を使った数千万
円もの高額の事務所費疑惑の中での発言だ。当然ながらそのカネは税金だ。その税
金を「納める」側の国民は1枚の領収書の欠落も認められない。調査の時、金の流
れは徹底的に追及される。年間の預金量の増減と借入金の有無と増減、自動車、機
械等の買入、買い替え、代金の支払い状況、土地、家屋の購入や新・増築、家族構
成、生活費、地代、家賃、資産の取得や冠婚葬祭、子供の入学・進学など徹底的に
追及される。約20年税務署に対峙することを仕事ととしてきたものの実感である
。/ばかをいうな!/。

 あとがき 昨年秋から多くALS患者家族から取材中だった「生きる力」の放送
予定日が決まった。ETV特集 「”生”のかたち 〜難病患者たちのメッセージ〜(
仮)」2007年2月24日(土)22:00〜23:30(教育テレビ)です。
願書を出した。試験は2/16。いざ。

2007年01月05日

第200号 ALSのリハビリテーション

 リハビリテーション本来の意味が/権利の回復/である(患者学のすすめ)こと
を知って、ショックを受けました。ジャンヌ・ダルクのリハビリテーションという
言葉もあるそうです。イギリスの教会が「ジャンヌ・ダルクの『魔女判決』を撤回
、教会に復帰、そして真の権利の回復」とすでに上田敏先生(リハビリ医)が紹介
されています。

 前から気になっていたのですが、ALS患者のリハビリテーションについて、現
在使われている意味の身体機能の回復でさえ、ほとんどされていないことです。ま
してや本来の意味のリハビリテーションは、まったくされていません。もし「あな
たはどんな新しい人生をつくりますか」と問いかけられていたら、そしてもしリハ
ビリテーションチームと共有できる目標をもつことができたら、ALS患者の人生
は、ずいぶん変わるだろう、と思いました。

 仲間のリハビリテーションや介護の現状が、気になります。/まともなリハビリ
(リハビリテーションチームの存在も含めて)/を受けているALS患者は、どの
くらいいるのでしょうか。いま生きている患者が7000人もいてこの現状という
のは、どこかおかしいと思いませんか。ALS患者の医療、リハビリ、介護などの
記録を、統計学的に整理し、推計学的に有意義性の確認をして、共通する項目を引
き出し、法則化することは、可能だと思いませんか。

 という訳です。皆んなで協力すれば素晴らしい仕事ができるかもしれません。(
仲間への手紙)

障害者が外に出る時、社会が変わる
 私のALS仲間に、北谷好美さんという素敵な女性がいます。娘さんの授業参観
などで行くたびに学校が変わります。バリアフリーが広がり、ついにエレベータも
つきました。
 私も介護についてもっと勉強する必要性を感じました。それで東海大学大学院(
社会福祉学部)を受験します。車椅子で、呼吸器で、文字盤でというのは前代未聞
だそうで、特例がいくつも生まれそうです。様々なバリアフリーが広がりそうです


 障害者、患者が発信し、外に出る時、社会は変わるようです。

 昨年わの会のとりくみはデイサービス、ヘルパーステーション、ネットワークわ
の会など、引き続きその『わ』を広げてきました。新しい年皆んなで話し合いなが
ら利用者、患者、仲間たちが、「外へ」「前へ」向かう活動をすすていきましょう

 人の助けを必要としない人びとをスタンダードとする社会、しかもそれぞれの人
生の人の助けを必要としない時期をスタンダードとする社会は、その根本のしくみ
が、間違っているのですから。
わの会ニュース新年号より

 あとがき ご報告が、遅くなりましたが、忌引き(母他界)により年末年始のご
挨拶を控えさせていただいております。本年もどうぞよろしくお願いします。昨年
は個人的には激動かつ超多忙な一年、ただわの会活動や息子とのキャッチボールな
ど、不十分なこともたくさんあり、反省こめて新しい年がんばります。引き続きご
指導よろしくお願いします。受験勉強ですが、社会学や心理学などこれまで無縁だ
ったから新鮮かつ難解です。よい報告が出来るようがんばります。

2006年11月18日

生きる力 出版、発売のお知らせとお願い

2006年11月 体験記/生きる力発起人会
 いよいよ発売です。
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2006年10月28日

第199号 ご挨拶/高松一校関東同窓会

今から35年前、高校の化学の先生から/佐々木くん、原発はだめよ。なぜなら
分裂エネルギーに依拠しているから/といわれたのをおぼえている。と6年前にか
きました。その化学の森先生に「佐々木くん」ときびしくやさしく、いつもしから
れていました。最近森先生から大変感動的なお手紙をいただきました。41年ぶり
にお会いできて感激です。

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2006年09月03日

第198号 批判のむこうに未来がある

 冥王星の問題は、伝統や「歴史」を現実と真理が乗り越えたものと受け止めた。
活発な批判精神の賜(たまもの)なのだと思う。
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2006年07月27日

第197号 選択肢

最近親しいALS患者2人が病院とは意見を異にして、在宅療養を強く希望して
いた。そこで/在宅がなぜよいか/を/選択肢/という観点で説明出来ないかと、
サッカーをみていて、こんなことを考えました。
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2006年06月14日

第196号 イ・ヒアさんお帰りなさい

座間市でのコンサートは、いかがだったでしょうか?
 先日(4月5日)府中においでいただいた時、あなたのピアノ演奏を聞いてただ
ただ涙している人が、たくさんいました。「驚きと感動」が、いつまでも会場をつ
つんでいました。「握手したら天子のようなあたたかさ、やわらかさに感激しまし
た」など、やさしい笑顔をあふれさせました。あなたの人を幸せにする不思議な力
に、感動しました。続きを読む