自分の人生ほどテーマを決めるのが難しいものはない。

ブログのカテゴリが決められなくて、仕事のテーマなら決められるのに自分個人のことについてとなると決めるのが難しいものだななんて考えた結果、いい加減な設定になってしまったそんなブログ。基本的には日々の日記というよりは日々考えたことについて綴ろうと思うんだ。


質問箱というアプリがありますが、そこに二つ質問があったんです。
一つは先月10/8、もう一つは今月の11/8。

質問内容は「彼女できましたか?」と「元カノに未練はあるんですか?」
という質問。

またまたドストライクというか、過激な質問があったなと通勤中の電車の中で笑いそうになりながら質問には答えさせて頂きました。 続きを読む



自分の中で思うことが一つあって、コミュニケーションを取る中で軽々しく言葉を使う自分自身に対しての自己嫌悪感だ。会話、雑談、コミュニケーションを取る上で間があってはいけないと思い、あわてていつもそれらしい言葉を選んだりして発言をしているが、その後に自分自身に対して自己嫌悪を感じることが多い。もともとすぐにパッと言葉を思い浮かぶタイプでもないし、深く考えられるタイプでもない。だからこそそんな中身のない言葉を吐いてしまう自分に対して自己嫌悪を感じてしまうのだろう。


自分の今のコミュニケーションスタイルも周りの取り方などを真似して会得したものに他ならない。本来は何か雑談されたとしても黙ってしまい、返せない。言葉を返せず困惑している事が多かった。自分が吐き出すその言葉には深みはない、単なる言葉の羅列でしかない。そんな風に感じてしまうし、実際そうなんだと思う。


自分の考えや意見を外に出す事も本当は浅はかな行動なのかもしれないとも思うが、久しぶりにブログを書きたいと思った。



ここのところ過去を振り返ると、 自分の人生はとても幸せな人生を歩んできているのではないかな?と思うことがある。


実際のところ他人から人から大切に育てられてきたんだね~って言われると、マウティングをされているのかな?と感じてしまったり、また自分でも浅はかな人生を歩んできているような感じを覚えてしまうこともあって、不幸な自分でいたい。という謎の願望があったように思う。


結局幸せな人間は何も考えていない脳足りん。不幸な人間は深い人生を歩んできているという図式が自分の中にあったんだと思う。やっぱり高校時代に友人から「お前の人生はEASYモードだよな」って言われたりしてたこともあるし、不幸自慢って言う言葉もあるぐらいだから人間の本能の部分なのかもしれない。




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