March 2006
March 13, 2006
別府行き
ひさびさにちゃんと夜寝て朝起きたよっちゃです。
二人は朝ごはんたべにいったもののぎりぎりまで寝てる私でした。
レンタカー借りにいって、私の運転で家にもどりお風呂はいって大分へ
お風呂にはいってる間に朧さんも車に慣れたご様子。
そのまま大分まで運転してちょ>w<ってことになりました。
ちらちらと雪が降る中、田舎の景色をみつつ、今後自分がどうすれば
いいのか。1年ぶりにあう翔吾に普通に接していられるかの不安。
そうゆうのをずっと考えてました。
二人がいるのに上の空だったのはほんと申し訳ない。
続きを読むMarch 12, 2006
朧とたちこまが来熊本
先日の元旦那の再婚話により、ほんと谷底までおちた自分ですが
以前から計画のあった朧風さんの卒業旅行で、熊本にくるのをキャンセル
させるわけにはいかないので朧とタチコマを熊本空港までおむかえに
いってまいりました。
前日全然ねてなかったので眠いのとサングラスかけても人ごみは
気持ち悪いのとで散々だったのはいなめません。
けど、子供に会いにいくのに外にでれないとかいってられないので
リハビリもかねて外出!
どうしようもないヒッキーです・・・・
続きを読む
March 06, 2006
父との3時間半
一年前までの私と父ではあんな会話はできなかっただろう
お互いの立場の本音をじっくり言い合えた3時間半でした。
いままで父娘としてお互い距離を置いてしまって壁ができ、
大切な何かを失ってたと思う。
その28年の溝が埋まった3時間半だった。
冷静に第三者の目と、なおかつ子供二人を育てた父親としての意見
両方をしっかりと私の目の前の問題にたいしてどう思うかを
私にわかるように話してくれた 聞いてくれた
私の失敗を責めずに認めてくれた
そしてそんな性格な元旦那をも責めず、理解していた父がいた。
すごいなと思った。
あいつもいいやつだ お前が責めたらいけないって私にゆう父親を
娘ながらに誇りに思った。本当なら娘を粗末に扱いやがってとか
逆上する部分もあるはずなのにそれを押し殺して私を諭せる人
でいられる父をもてて幸せだなと思った。
今になっておもうこと。
生きてることが嫌になることは多い死にたくなるときもあるけれど、
今まで私の周りにいた全ての人になにかしらの形で助けてもらえてる
自分は幸せで、自分の中で一番大事な自分の家庭をひとつ失った
とはいえ、それで自分が不幸とは限らない。
今までの行動そのときそのとき真剣に悩んで考えて選択をしてきた。
これからの人生胸を張って、死ぬときに後悔しない生き方をしたい。
みんなこんな私を支えてくれてありがとう
March 05, 2006
ちょっとまってよ・・・
昨日旦那に電話したのも翔吾の声ききたいのと
だいぶ会ってないから会いにいってもいいのか確認の
電話でもあった。
自分は何度か電話してたけど圏外で届かないとか、
着信残したけどかかってこないとかあって、
もともと連絡薄いほうだった私も悪かったのかもしれない。
だけどやはり一言も報告や相談がなかったことに。
再婚とゆう重みを本当にわかってるのか自分で納得がいかず
話できそうなときに連絡をくれとメールを昨日の電話が
おわったあとにうった私がいた。
昨日はあまりのおどろきにそして現実に落ち着けない自分がいて
結局今日の昼前まで眠れなかった。
続きを読む