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クローズアップ現代+「アメリカに監視される日本 スノーデン未公開ファイルの衝撃」 04.24

つづき━─
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下流化ニッポンの処方箋:他者を“無価値”と切り捨てる社会はどこに向かうのか

他者を“無価値”と切り捨てる社会はどこに向かうのか     
 2017年4月19日    藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事


貧困クライシス・トークライブ(3)

 「貧困クライシス 国民総『最底辺』社会」(毎日新聞出版、972円)著者でソーシャルワーカー・藤田孝典さんの出版記念トークライブ(3月30日)最終回は、来場者のみなさんと藤田さんとのやり取りです。人々を取り巻く切実な状況に対し、藤田さんは「夢と希望を持って声を上げていきましょう」と答えました。【経済プレミア編集部・戸嶋誠司】

市場任せの住宅政策から「社会住宅」へ転換を

 <会場から>私は今シェアハウスに住んでいて、建築士の人とよく話すんですけれども、結局、高い家賃、高い土地という前提でスタートしていて、家賃を下げるという話が業界にはなさそうです。これだけ空き家問題があるのに、家賃を下げようという意思がないことが不思議です。

 藤田さん 日本の住宅政策は、決定的に失敗しています。市場任せなんですよね。本当はもう少し税を入れ、政府に住宅政策に介入してほしい。

 「社会住宅」という考え方があります。企業や大家さんが低所得の人たちに家を貸す場合に、建設時に税を優遇する、あるいは、空き家を自治体が改修して公営住宅として使ってもらう、というシステムのことです。

 大規模な公営住宅をどんどん造る時代じゃありませんから、今あるもの、ストックを利用して住宅を整備する方向への転換が必要だと思います。

 また、家賃補助制度はもっと充実していていい。日本は持ち家制度で、持ち家の人には住宅ローン減税という不思議な優遇があります。家を買った人にはメリットがありますが、賃貸住宅居住者には何の減税もありません。

 住宅が商品でなくなったら、かなり生活が楽になる人が出てくるんじゃないかと思います。特に、20代の若い人たち、たとえば18万円とか20万円の初任給でどのぐらいの家賃を払っているか。東京都内だとだいたい8万円とか9万円になってしまいます。収入の半分近くですよ。

 日本の住宅政策は、ヨーロッパと比べて50〜60年は遅れています。高度成長期は、ある程度賃金を渡せばなんとか住宅を手に入れられたので、国は住宅政策をやらなかったんでしょうか。そろそろ転換期を迎えていると思います。

 編集部 実際、人口が減って空き家が増えているのに家賃が下がらないのはなぜかと思います。不思議な現象ですね。

 ◆それでもアパートやマンションがどんどん建ってますよね。大手のデベロッパーの方も、アパート造りませんかってやってますね(「空室リスク軽視」銀行アパートローン急増の危険)。もうアパート作らないでください(笑い)。

 みなさんも政府や自治体に、低所得の人に貸すから税制優遇してよと、政策を求める声を上げていってください。そんな声が仕組みを変えます。

 ※政府は、地方自治体に登録された空き家・空き室に入居する際、国などが最大月4万円を家賃補助する新たな住宅セーフティーネット制度を作る方針。法案が今の国会で審議されている。

どうすれば増税が受け入れられるか

 編集部 藤田さんは増税をして財源を増やし、それを社会保障などで手厚く配分すべきだという意見をお持ちですが、増税への忌避感が強いなか、どういう方法をとれば増税が受け入れられるでしょうか。

 ◆今日お集まりの皆さんはどうですか? 増税に賛成してくれますか? 賛成の人もいるようですが、たぶん少数派ですね(笑い)。大多数の人は反対じゃないでしょうか。

 私たちが社会保障を求め、理想の社会を目指すのであれば、高齢化率も上がっていきますから、財源が足りません。給付を増やすためには財源が必要です。

 そこで、税金を払ってもちゃんと返ってくる、支出を下げられるような政策が必要と思っています。税金を払い、その税金を原資にしたサービスを無償で受けられる社会を想像してください。北欧は税率が高いけれども、支出も下げられる。子育て世代は大学教育まで無償で、そのお金を貯金しなくて済みます。


声を上げないと社会の仕組みは変わらない

 <会場から>73歳の父親ですが、娘が育児うつになりました。私も育児の手伝いに行って疲れ切っています。娘の夫は忙しくて、朝7時に家を出て帰ってくるのが夜の11時過ぎ。娘は初めての子供なのに手助けもなく、育児の悩みを誰にも相談できないで抱え込んでいます。しかも今から教育資金をためなくちゃいけないと悩んでいるんです。

 先ほどおっしゃっていたダブルワークだトリプルワークをしなきゃ生きていけない世の中って、おかしいじゃないか、とんでもない世の中だと思います。今日はお話を聞いて勉強しようと思い、本も買いました。すみません、支離滅裂な発言でもしないと腹が立って収まらないので(会場から大きな笑いと拍手)。

 ◆本当におっしゃるとおりです。仕組みが全然追いついてないんです。このまま行くと、低賃金で長時間労働の男性が増え、家に帰って来られない。家事も育児もできない状況が続きます。娘さんにそのしわ寄せが来ていますね。

 本来であれば、長時間労働を是正するのはもちろん、女性もちゃんと働きながら双方で家事育児を分担する仕組みができないといけない。最近は働き方改革が進み始めていますが、まだまだ議論が遅れていますね。私たちが税金の使い道も含めて、身近な人を助けるために、いろいろ要求していくことが大切だと思います。

 <会場から>藤田さんと同世代の30代半ばです。同じ世代を見て、正直言ってすごく二極化していると思うんです。格差がすごく広がり、本人の能力の問題とは言えないような状況が生まれていると思います。年収もライフストーリーも変わって、見てる世界も違う。そのような絶望を藤田さんはどうやって乗り越えようとしているのでしょうか。

 ◆私も難しいと思っています。二極化が進んで、お金を持っている人はとことん持ち、圧倒的多数は下流に落ちている。30代半ばで年収2000万円の人もいれば、100万円、200万円稼ぐのが精一杯という方もいます。双方がわかり合えるかというと、なかなか難しい状況ですね。

 ただ大切なのは、一生懸命働いて200万円しか稼げない人々が、なにも特別なことではないと、社会に向かって伝えることだと思うんです。その人たちを放置することが、社会経済的に損失だよと伝えていかないといけない。

 金持ちと貧乏人、若者と高齢者、男性と女性、みんなが分断され、お互いにわかり合えないと諦めている状況ですが、ずっと諦めずにやっていくしかない。そのためには夢と希望が必要です。今日私が話した内容は夢と希望です。みんなで夢と希望をどんどん語りましょう、声を上げましょう。

「どんな人にも尊厳が必要だ」


 編集部 最後に。英国のケン・ローチ監督の映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」を見てきました。社会保障給付を受けるために四苦八苦する59歳主人公の、最後のメッセージが心に残りました。「私は市民だ、犬ではない、敬意を払って接してほしい」という普遍的なメッセージでした。

 ◆そうですね、今は社会が逆の方向に向いています。経済的にちゃんと働いてることが人間として価値があり、働いていない人は無価値だ、と言われる社会です。

 そこで、障害がある人は無価値ですか、人工透析をしている人は無価値ですか、若いのに生活保護を受けている人は無価値ですか、と私たちが抵抗できるかどうかが試されています。他者を無価値とレッテル貼りする社会がどこに向かうのか、歴史が証明しています。

 どんな人にも価値がある、という社会をみなさんと一緒に構想していきたいですね。どうですか? まとまりましたか?(笑い)。

 編集部 藤田さん、どうもありがとうございました。わずか90分間でしたが、たいへん濃いトークになりました。ご来場のみなさんもありがとうございました。もう一度藤田さんに大きな拍手をお願いします。

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下流化ニッポンの処方箋:「嫌いな人を助けられるかどうか」が社会の質を決める

「嫌いな人を助けられるかどうか」が社会の質を決める

下流化ニッポンの処方箋

「嫌いな人を助けられるかどうか」が社会の質を決める

       2017年4月12日    藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事

貧困クライシス・トークライブ(2)

 「貧困クライシス 国民総『最底辺』社会」(毎日新聞出版、972円)著者でソーシャルワーカー・藤田孝典さんの出版記念トークライブ(3月30日)2回目は、誰もが持っている不安をどう解消するか、です。藤田さんは「一生懸命がんばっている人への支援」と「生活関連5分野の脱商品化」を挙げました。脱商品化とはいったい何でしょうか。【経済プレミア編集部・戸嶋誠司】

年々強まる弱者への攻撃と抑圧

 編集部 会場のみなさんも不安を感じていると思います。周囲にたとえば派遣の友人がいるとか、親戚のお子さんが就職できなかったとか、子供が契約社員のままだとか、そういう方もいらっしゃると思います。

 藤田 貧困が自分と無縁ではないことに、みなさんもう気づいていると思います。家族や親戚を見渡してみて、貧困とは言わないまでも困っている人、いずれ困りそうな人はいるんじゃないでしょうか。ですから、その人たちを特別な存在と見るのではなく、構造的な問題ととらえてほしいのです。

 編集部 昨年8月、1000円ランチの女子高生を多くの人がSNSでたたき、非難しました。なぜ、彼女は1000円ランチでここまで非難されたんでしょうか。

 ◆私たちのNPOは十数年にわたって生活困窮者支援をしていますが、今、劇的に社会が変わりつつあると感じています。貧困バッシングと生活保護バッシングの増加です。

 私が活動を始めた学生時代は、例えばホームレスの人たちに対して「怠けている」という非難の視線はありましたが、今回のように女子高生が困窮を訴えただけでたたかれる現象は考えられませんでした。今、急速に、しかも全体的に、貧困状態に陥っている人たちをたたく、清貧でなければ攻撃する、という傾向が強まっています。

 背景には、社会全体の不安があり、生活が苦しい人が増え、全体的にゆとりがなくなってきていることがあると思います。また、貧困や困窮に対する支援(の財源)が税金である、という事情もあります。

 税金を払う側からすれば、自分の生活が苦しいのに、自分が払った税金が特定の人を助けるためだけに使われることへの不満があります。ゆとりがなくなり始めていますから、その人に出すなら自分に返してくれよ、と考えてしまうのです。

 また、税金で救うのなら、その相手は清貧でいるべきだ、真面目に暮らしてくれよ、と思う心理があります。価値観を押しつけてしまうんですね。生活保護受給者に対しては酒を飲まず、ギャンブルをせず、清貧に暮らせと求めます。

 最近では、映画に行く、あるいは友人と食事をすることへの抑圧もあります。そんな傾向が強まっている。私は、急速に社会が苦しくなりつつあることの表れではないかと思っています。


困っている人を無条件に助けるのが共同体の役割

 編集部 貧困や生活保護バッシングの時に目立ったのが、「本当に困っている人なら助けてもいい」という視線でした。「1000円ランチを食べる女子高生は、本当は困っていないだろう」という価値観が反映されています。しかし「本当に」ってどんな基準なのでしょうか。

 ◆価値観は人それぞれです。この活動に関わっていると、救済したい人と救済したくない人が必ず出てきます。みなさんにも「この人は助けたいな」とか、「この人は助けたくないな」という方いませんか? 性格悪くてわがままな人は、助けたくありませんよね(笑い)。

 世間にはいろいろな人がいて、私たちが手を差し伸べてあげたいなと思う人はやはり清貧で、真面目で、努力が報われなくてかわいそう、というイメージがあります。人間はどうしても、救済に値する人と救済に値しない人を選別してしまいます。

 資本主義が始まって400年間、ずっとこの議論が続いています。近代になってようやく少しずつ、救済するかしないかで選ばず、どんな人であってもまず必要最低限の生活を支援しようよ、という考え方に変わってきました。社会保障とはまさにそのような仕組みです。

 しかし、どうしても制度に感情が追いつかないから、支援したくない人を無意識に排除しちゃう。これは人間への究極的な問いです。

 「みなさんが嫌いな人を救えるかどうか、嫌だと思う人を救えるかどうか」

 このことが改めて社会に問われているんじゃないでしょうか。どんな状況であっても、必要最低限のラインで線を引き、手を差し伸べる社会にする必要がある。だから「本当に困っている人」も「真に救済すべき人」も、「優先的に支援すべき人」もいなくて、困っているという声が上がったら、まず何に困っているかを聞き出し、サポートするのがあるべき社会の姿だと思っています。


「脱商品化」で社会の仕組みを変えてみる

 編集部 貧困バッシングをする人の中には、支援を受けないでがんばっている人も多いようですね。

 ◆例えば、時給800〜900円の最低賃金レベルで長時間、ダブルワークやトリプルワークで働いているシングルマザーがたくさんいますが、彼女たちからすると、生活保護を受けている人は何もせずにお金をもらっているように見えるでしょう。自分自身にゆとりがないゆえに、「働けるのに働いていない」と、人を責めてしまう状況があります。「生活保護は甘えを助長する」と言う人もいます。

 ですから、がんばりすぎている人を美談として取り上げるのではなく、掛け持ちで働き、一生懸命努力してもかつかつの暮らしから抜け出せない状況を、楽にしないといけません。そのような人たちへの支援が必要だと強く思います。

 <会場から>世代や性差、心の余裕の有無などいろいろな貧困ケースが出てきました。個別の対策は必要だとして、ここを押すと、いろんなことにいっぺんに効くというポイントを探し、働きかけることが重要じゃないかと思って聞いていました。どんなポイントが考えられますか。

 ◆貧困対策や、暮らしへの不安を解消するためにはまず、市民が「社会は変えられる」という意識を持つことが重要です。そして、実際に仕組みを変えていく。そのアイデアの一つが「脱商品化」の構想です。

 ※脱商品化=デンマーク出身の社会学者エスピン・アンデルセンが、福祉国家の類型を論じる際に使った概念。国民が労働や生産に携わらなくても最低限の生活を送れる度合いを示す。ここでは、生活分野の必需品を社会が備え、お金を払わなくても国民が基本サービスを受けられる状態を指している。

貧困バッシングに抗議する新宿デモ=2016年8月27日

 社会システム、つまり仕組みを変えるポイントは五つあると思っています。▽医療▽介護▽保育▽教育▽住宅−−の5分野です。0歳から100歳まで、みんなが使うもの、使う割合が高いものを無償か安く使えるものにすれば、暮らしはもう少し楽になります。負担を減らせれば生存をかけてまで働く必要はなく、生活不安も減らせます。たくさん貯金しなくても安心なのです。

 一つの取り組みとして、低所得世帯の大学生を対象にした返還不要の給付型奨学金制度が近く導入されます。また、空き家を活用した住宅政策も取り入れられつつあります。子供を産むのが難しい国で、保育料も無償にした方がいいんじゃないかと思いますし、実際そうやって他のヨーロッパ諸国は成果を上げています。

 そもそも、貯蓄をしなくてもすむ社会に変われば、お金が消費に回って経済も回ります。この5分野にどうやって税を優先配分するか。社会的コンセンサスを作りたいと思っています。

 <次回は4月19日に掲載します>
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下流化ニッポンの処方箋:全世代に広がった貧困が「自己責任」のはずがない

全世代に広がった貧困が「自己責任」のはずがない

2017年4月5日 藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事

 「貧困クライシス 国民総『最底辺』社会」(毎日新聞出版、972円)を出版したソーシャルワーカー・藤田孝典さんの記念トークライブを3月30日、東京都千代田区で開きました。「藤田孝典さんと考えるニッポンの未来」と題し、若者世代から中高年まで、約150人の来場者と一緒に、貧困や格差の厳しい現実と、時代の変化に合わせた新しい社会システムの必要性を話し合いました。キーワードは「脱商品化」です。3回に分けてお伝えします。【経済プレミア編集部・戸嶋誠司】

トークライブで語る藤田さん=東京都千代田区で2017年3月30日、高橋勝視撮影

貧困クライシス・トークライブ(1)

 藤田 経済状況が上向かず、厳しい状況の人たちが増えています。社会を動かすOS(基本ソフト)や個々のシステムが古くなっているのではないか、という問題意識から、いくつか試案を提起したいと思います。私はこう思うとか、それは違うんじゃないかと、いろいろ意見を出してもらって、今の社会をどう変えればいいかみなさんと一緒に考えたいと思います。

 編集部 まず最初に、昨年、テレビで家計の苦しさを訴えた女子高生が、1000円ランチを食べたことをネット上で非難され、大炎上しました。また、元テレビ局アナウンサーが「自業自得の人工透析患者」を非難するブログを書き、大騒ぎになりました。困窮者や患者に対する「自己責任だ」という非難が絶えないのは、なぜでしょうか。そこからお願いします。

日本で増えている「相対的貧困」は6人に1人

 ◆まず、「そもそも日本に貧困はあるのか」という議論がずっとあります。「食べるものがない」「住む家がない」ことが貧困であり、そんな人は少ないと。しかし、これは「絶対的貧困」と「相対的貧困」を混同した議論です。

 私たちが常々言っている貧困は「相対的貧困」です。普通の世帯と比べて所得が著しく低く、生活しづらい、生活が苦しいという種類の貧困で、これが急速に増えています。一方、「絶対的貧困」はアフリカとか東南アジアの一部の国、内戦をしている国で、食料もなく、生命を脅かされるような貧困状態を指します。

 「絶対的貧困」だけを貧困ととらえると、そこまで至らない人、食べられないぐらい困ってるわけじゃない人は助けなくていい、という議論になってしまいます。

 人はただ飲み食いだけで生きているわけではありません。酒を飲んだり、映画を見たり、みなさんのようにこの会場に集まっていろいろな情報を得たり、友人知人と交流をしたりして、社会の中で生きています。このような暮らしが普通にできない状態を貧困ととらえようと、先進諸国では考えます。基準は「人間らしい暮らしができているかどうか」です。

 女子高生が、お小遣いやアルバイトで稼いだお金で1000円ランチを食べることは、文化的な行為だと思います。アニメを見ることも、人工透析が必要な患者さんがその医療を受けることも、文化的な行為で当たり前の権利です。

 今、残念ながら文化的に暮らす権利が脅かされています。某国会議員さんが「1000円ランチを食べているんだから貧困じゃない」と誤って見てしまう、この状況の難しさを、連載「下流化ニッポンの処方箋」で伝えようとしました。


 経済協力開発機構(OECD)の調査では、日本の相対的貧困率は高い方です(加盟34カ国中6位の16.1%)。なのに、日本では貧困があるかないかが議論される。それは、当事者が声を上げにくい環境があるからではないかと思うのです。

 「自分でなんとかしろ」という風潮が強いので、経済的な失敗、お金がないことを(自己責任と)責められやすい。だから当事者は「助けてほしい」と声を上げにくい実態があるように思います。そこで貧困はなかなか他者の目に見えず、なかったことにされてきたのではないでしょうか。

 私の先輩、湯浅誠さんらさまざまな方たちが貧困の可視化に取り組み、だんだん深刻さが知られてきました。私も連載で、一人一人個人の暮らしに注目し、(貧困に至った)その物語を社会に知ってもらおう、貧困から抜け出せない真の理由を知ってもらおうとしてきました。貧困は必ずしも自分だけの責任ではないんじゃないか、システムの問題じゃないかと、浮かび上がらせたかったからです。

見えにくい貧困を可視化する

 編集部 前著の「下流老人」や今回の「貧困クライシス」でも、普通の暮らし向きの人が、いとも簡単に困窮する事例がたくさん紹介されています。

 ◆「下流老人」は朝日新聞出版の本なので、あまり宣伝すると使えなくなりますから控えますけど(笑い)。

 この本は高齢者の貧困を取り上げていて、後半では、普通に生活している人にとっても貧困は無縁なものではない、ということを明らかにしています。幸いにも本のタイトルは昨年流行語大賞にノミネートされ、「いや、これは人ごとじゃないよね」と、広く伝わりました。

 今も、なかなか見えにくい貧困を見えるようにしたいと思っていますので、ご来場のみなさんも、ぜひツイッターやフェイスブックでつぶやき、発信していただけるとありがたいです。

 他者の貧困を理解できない理由の一つに、「まだまだ豊かな日本」というイメージがあると思います。一般的な中流意識とでもいいましょうか。何をイメージするかというと、サザエさん一家、ちびまる子ちゃんの大家族的世界でしょうか。最近ではクレヨンしんちゃんの家かもしれません。

 今、その家族が欠けています。昔は大家族で互いに支え合い、家族のうちの誰かが正社員として働けば、家族みんなが食べていける状況がありました。これが急速に壊れ始めたのは1990年代以降です。非正規雇用の広がりと核家族化の進行があり、少子高齢化も進んで、普通に働いても暮らしが成り立たない社会構造と仕組みが表れてきた。もはや貧困問題ではなく、社会問題ではないかと思います。

 今、全世代で貧困が広がっています。若者の貧困では、中京大学の大内先生と一緒に奨学金問題に取り組んでいます。大学の学費が高く、学費を払うために過酷なブラックバイトをしている学生がたくさんいます。アルバイト先でパワハラを受けたり、給料未払いがあったりと、大学生が労働問題に直面しています。

 そこで、社会の仕組みを劇的に変えませんかと提唱しています。一つは、大学や専門学校の学費を無償化に近づけませんかという提案です。日本の学費は高すぎますから。この無償化をさまざまな分野に広げたいと思って、活動しています。


苦しいときは制度に頼ろう

 編集部 貧困は、特定の世代の問題ではなくなっているということですね。

 ◆そうです。40代に突入したロスジェネ世代(90年代後半以降に大学を卒業するも、就職難に直面した氷河期世代)で、卒業後非正規雇用に就いた人がたくさんいました。この人たちの多くが、今も不本意ながら非正規の仕事をしています。正規雇用に移れないまま困窮状態に陥りやすい。

 女性の貧困も厳しい状況です。男性と女性の賃金格差が激しい国ですから、女性が生きにくい社会と言っていいでしょう。特にシングルマザーは2人に1人が貧困状態ではないかとさえ言われています。この状況を改善しないと、子どもの貧困もなくなりません。

 高齢者の貧困問題では、これまでお金がない高齢者を支えていた家族が疲弊し、支えきれなくなっている状況が目につきます。介護費用や施設利用料を払えないとか、親を支えるはずの子供たちの所得が減って、余裕がない状況です。

 最近も、警察署の前に高齢者が置いていかれる事例がありました。ケアを受けていたと思われるお年寄りが突然、特養ホームや病院前に放置、つまり捨てられるケースも相次いでいます。本人が認知症を患っていると自分の名前すら言えない。名無しのまま捨てられるのです。

 そのようなケースでは、生活保護制度を使えばいい、役所にすぐに頼ればいいのですが、なぜか家族は頼りません。日本の貧困問題の特徴で、困っても「助けてくれ」と言えないのです。言うと責められるという意識、生活保護受給は恥ずかしいという意識が強いからです。これが高い自殺率にもつながっています。

 この20年で社会と経済は大きく変わりました。ここまで全世代に広がった貧困が「自己責任」のはずがありません。ならば「意識」も変えてほしいのです。制度に頼れるなら頼ってほしい。私たちはまじめに働いて、それなりに税金を払ってきました。制度に頼ってもいいじゃないですか。

 <次回は4月12日に掲載します>

【下流化ニッポンの処方箋】

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【明日のあなたかもしれない「住居不安定者」の不安】


藤田孝典

NPO法人ほっとプラス代表理事

1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事、聖学院大学人間福祉学部客員准教授、反貧困ネットワーク埼玉代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。ソーシャルワーカーとして現場で生活困窮者支援をしながら、生活保護や貧困問題への対策を積極的に提言している。著書に「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」「ひとりも殺させない」「貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち」など。
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原発作業員が訴える 安倍政権の避難指示解除の欺瞞〈週刊朝日〉

原発作業員が訴える 安倍政権の避難指示解除の欺瞞〈週刊朝日〉

原発作業員が訴える 安倍政権の避難指示解除の欺瞞〈週刊朝日〉
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170404-00000032-sasahi-soci
週刊朝日 2017年4月14日号


 福島県の飯舘村、浪江町、富岡町、川俣町の山木屋地区で3月末日と4月1日に放射線量の高い帰還困難区域を除き、避難指示が解除された。国は、放射線量が年間20ミリシーベルトを下回り、住民が生活できる環境になったというが、原発で長年働いてきた作業員たちは異を唱える。

*  *  *
 福島第一原発などで管理職として30年以上働いてきたE氏(51)は浪江町民だ。衝撃の告白を聞こう。

「今回、避難指示が解除された地区には、地表で除染基準の86倍にあたる毎時20マイクロシーベルト、土の汚染も平米当たり数百万というとんでもなく放射能汚染された場所がある。これは原発内で最も放射能汚染された『D区域』と呼ばれる場所と同レベルです」

 今回、解除された地区はいずれも被曝する環境にあるとして、住民が戻ることは危険だと訴える。さらに同じく浪江町に住むK氏(52)もこう証言する。

「私らがD区域で作業をする際に、どれだけ重装備をするか。まず手袋と靴下を二重三重にして、その上から長靴を履く。着るものは使い捨ての汚染防止服。その上から厚手のカッパを羽織ることもある。呼吸から放射性物質を取り込まないよう、顔には防毒マスクのような形をしたマスクを着けます。さらに放射線量が高い場所では、線源に鉛シートをかぶせて作業員の被曝を抑えます」

 つまり、4月から飯舘村、浪江町、富岡町などに帰るのであれば、同じような装備をしなければ危険だという。あくまで「年間20ミリシーベルトまでは安全」というのが国のスタンスだが、K氏はこう言う。

「国に騙されていますよ。原発内では通常、被曝線量を1年間で20ミリシーベルト以下に管理しています。これは法律で5年間の被曝限度を100ミリシーベルトと定め、それ以上は危険としているからです。仕事でやむを得ず被曝するのでもそうなのに、なんで一般人がそれと同じだけ被曝させられるのか。もし同じ扱いというのなら、帰宅した住民に原発作業員のように管理区域手当を出し、内部被曝を確認するホールボディーカウンターを定期的に受けさせないとおかしい」

 国の政策は矛盾だらけだ、とE氏も続ける。

「私の実家は帰還困難区域にあり、いまでも車の中ですら毎時9マイクロシーベルト以上です。1年間暮らしたら78ミリシーベルト被曝します。累積で100ミリシーベルトを被曝したら健康に被害が出ます。ということは、鉛で放射線源を遮蔽(しゃへい)するレベルなのです。そんな危険な場所のすぐそばに住民が戻ってくる」

 K氏の実家も似たようなレベルだという。

「除染が終わっていても、家の周りに毎時5マイクロシーベルトを超える場所がある。私には小学生の子供がいるし、浪江町の家に戻って暮らすことはあり得ません。原発労働者なら、放射線量が高い場所に人が住んではいけないことはわかっている。それなのに、一般の人が放射線のことを何も知らないのをいいことに、安全だと言っているのです」

 では、なぜ国は人を急いで帰すというのだろうか。

「いまの状況で本気で帰りたいと考えているのは一部の高齢者ぐらい。これでは年寄りばかりが戻ってきて、限界集落になるばかりです。復興どころではありません」(E氏)

 富岡町の場合、東京電力の都合もあったという。福島復興本社として使っていた「Jヴィレッジ」(広野町・楢葉町)は、東京五輪でサッカー日本代表のトレーニングセンターに使われることが決まり、返還しないといけないという。

「東電は3月7日に富岡町にある浜通り電力所に機能を移しましたが、社員向けの生活インフラを整えるためにもまず避難指示を解除する必要があったのです」(K氏)

 これでは誰のための住民帰還なのか。(桐島瞬)
 
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菅野 完が日本会議と森友問題について語る!

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新美南吉を読む─『良寛物語 手毬と鉢の子』

情報を得るのが遅かったです。

新美南吉 生誕100年記念として「中日新聞」から出版された本が『良寛物語 手毬と鉢の子』です。

9784806206552


http://www.chunichi.co.jp/nbook/shoseki/chu2013070301.html

新美南吉さんの本はほとんど目を通していると自負していたのですが
『良寛物語 手毬と鉢の子』について知らなかったです。

まだまだですよね。

ふるさとの近くの出身である新美南吉さんが東京での生活をあきらめて

安城の地で教師をしながら書き出した処女作だというのに。

この本を最近寝る前に、あるいは起き掛けに(早くに目が覚めるのですよ)

物語をひとつづつ読んでいます。

ある時は、新美南吉さんの優しさを新たに感じ幸せな気分になれます。

そして次第に新美南吉さんのまっすぐな僧侶のような探究心を再認識します。

さらに読み続けると新美南吉さんの人間の見かたの広さや深さを知ります。

良寛さまの生い立ちを語っている物語であるのですが

そこには新美南吉さん本人の短い人生の中で感じてきたこと、考えてきたことが

書かれているとわたしには思われるのです。

数々の絵本や物語を読んできているわたしは、処女作であるこの本が

どうして日の目を見ることなく来てしまったことか不思議に思います。

大人のものの見方が結構できるようになったクマのプーさんが思うに

問題をあまりにストレートに書いてある物語であるがゆえに

日の目を見ることがなかったようにさえ思えて仕方ないのです。

考えすぎでしょうか。

まだまだ読んでいる途中ですが、「鹿の仔」とか「紙鳶を買う銭」など

大いに考えさせられます。

本の紹介にもありますが、大人が読んでもよい本です。

自分を見つめなおすのによい機会になりそうです。

【速報】山城博治議長を保釈 約5カ月ぶり、支援者と抱き合い喜ぶ(沖縄タイムス)

映像がすべてを語ってくれているようです。

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思えば遠くに来たもんだ!

今年は60代最後の年になる。
この間の寒さで体調を壊し、ブログの更新もままならず日々は過ぎている。
げんきんなもので、暖かい日になると元気が回復する。
これもあれも歳のせいだといってしまえばそれだけのこと。

それにしても「思えば遠くに来たもんだ!」という思いが起きる。
この歳になると、あと何年生きられるんだろうかと
未来に向けて勘定する機会が増える。
だのに、ある時フト!
過去のことを思い出そうとしたら、
ああ、遠くに来たなあ〜と思った。
「思えば遠くに来たもんだ!」とう思いを始めて自覚した一瞬のような気がする。

もうすでに、昨日したことを思い出せない。
朝食べたものを思い出すのに時間がかかる。
そんな状態ではあるが、昔のことで印象的なことは憶えているもんだ。
でもその過去のことが「遠い昔だ」と思ったのは、初めてな気がするのだ。

「思えば遠くに来たものだ!」

最近は「下流老人」から始まり「続・下流老人」そして「貧困世代」と「貧困クライシス」と藤田孝典さんの本を立て続けに読んだ。

これらの本は、もちろん自分がまさに下流老人の入り口にいる自覚があるから読んだのだが、それ以上に、過去の私の問題意識の原点を思い出したり、私の70年近い人生を振り返る機会にもなっているのだ。

かつて私は大学に行くに当たり、なにかになりたいというより勉強がしたいと思った。そしてなぜか、問題意識の初めが「貧困はどうしてあるのか?」だった。福祉関係の学校で私はマルクスをはじめ貧困問題の教授の論文や直に教えを乞うた時期もある。

しかしいざ仕事につくに当たり、生活保護などを扱うケースワーカーになる自信はなく、医療ケースワーカーを目指した。しかしその道も結婚を機に諦めてしまうのだが、そこに流れる問題意識は続いていた。
そんな私には、学生のころから社会に出て活動を始めた藤田孝典さんの行ってきたことは、
手に取るように理解できる。その活動で知った事実、現実を考えて文字にし、このような本にして、世に訴えている(それもわかりやすく)姿は、まるでスーパーマンが出てきたような気分を持つのである。

実際わたし自身が、藤田さんの本で、この間の世の中の変化をまず知らされた。
若者の貧困、奨学金問題など。

若者が正社員になれない時代は自分の息子で実感している。
しかし奨学金の問題は知らなかった。だからその現実に驚いた。

自分はもちろんのこと、息子たちも奨学金にはお世話になった。
息子たちは40歳を前に払い終えたが、今や払いきれない事態になっている現実をしる。正規雇用してもらえないうえに、奨学金という返済を抱えての生活で、結婚など考えられるはずがない。

現代の日本の現実がここまでひどくなっていたとは、さすがに本を読む前までは理解していなかった。藤田さんが学生のころに出会ったホームレスの方の話は、藤田さん自身もショックな出来事であっただろう。そしてそのようなホームレスの方々の変化(今は身なりはそこそこきれいにしているなど)はさらに驚きである。

最近、わたしも用事で山手線に乗りこんだ時、目の前に手荷物をいっぱい持った女性のホームレス風の方が乗っていて、何日もお風呂に入っていないような体臭が立ち込めていて
辛い思いをしたことがある。

藤田さんの本の素晴らしいのは、現実、事実をわかりやすく書いているだけでなく、生活保護の説明や社会保険、社会保障制度などについても簡潔に説明してあることである。

寒い日、これらの本を読み、自分の近い将来の老後問題や安倍政権が続く、この国の将来を考えると、暗く、暗くなり、何か楽しいことを見つけなければと直近の問題に考えが移るのだけれど、お金が満足にない人々(自分も含め)は、春よ早こい!と願うのである。


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『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』(藤田孝典著)を読む

貧困クライシス 国民総「最底辺」社会

著者藤田 孝典

発売日2017年3月 1日


全国民に問う。

「貧困は自己責任だから、助けなくていい」のか?

日本では貧困が広がり続けている。それも驚くほど速いスピードで。気づいたら身近に迫っていて、身動きができなくなっているかもしれない。

これまでも私は、「下流老人」や「貧困世代」という言葉で警鐘を鳴らしてきている。

本書では、そんな拡大し続ける貧困について、全世代を網羅して見ていく。

もはや高齢者も若者も子どもも、そして男性も女性も貧困に苦しんでいる。いまだかつてこのような時代はなかったはずだ。
東南アジアにはスラムで生活して路上で寝ている子もいる、日本はまだ豊かである、といった論には異議を唱えたい。

本書でも詳述するが、貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」があり、路上で寝なければならないような壮絶な貧困は絶対的貧困と呼ぶ。

日本では、健康で文化的、そして人間らしい生活ができないようなもの、いわゆる相対的貧困が拡大しているのだ。

「今は貧しいけれど地道に働いていれば、幸せな老後が待っている」という希望を失った社会は、絶対的貧困ではないけれども、常に「貧困クライシス」にさらされ、極めてストレスフルだと私は考える。

幸い、ほっとプラスには年間約500件を超える相談があり、支援者である私たちは、極めて貧困が見えやすい位置にいる。見えてきた貧困を少しでも社会に伝え、多くの人とクライシスを共有していきたい。そして、早めに貧困に気づき、対処できる力を養っていただきたいと切に願う。

本書を通じて、日本が生涯貧困に至った背景と実態をつまびらかにし、起死回生の道を多くの読者と模索したい。

【目次】

●第1章 若者の貧困 

●第2章 中年の貧困

●第3章 女性の貧困  

●第4章 老人の貧困

●第5章 貧困ニッポンを生きる 社会と個人ができる最善策

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『あなたの隣の放射能汚染ゴミ』まさのあつこ著を買い読みだしました

この間、何冊も本を買いました。ほとんどが新書版で手軽に読めるので

後で感想を書こうと思っているのですが、次々と素晴らしい本が

あちらこちらから紹介されるので、うれしい悲鳴を上げてる状態です。

今日は読み始めたばかりの本『あなたの隣の放射能汚染ゴミ』を知ったブログを紹介します。


柏市と松戸市の放射能汚染ゴミについて 疲労困憊したおじさんのブログ)

2017-02-18 08:33:01
テーマ:政治・社会

【柏市の家庭ゴミからも七万ベクレル超を検出】
  〜自治体が収集する家庭ゴミの焼却灰が、八〇〇〇ベクレル/キログラムを超える指定廃棄物となった自治体は、二〇一六年九月現在、岩手県、福島県、茨城県、栃木県、千葉県、東京都の六都県がある。指定廃棄物の総量は、四八五件、一二万トンを超えている。

 千葉県柏市では、南部と北部クリーンセンター、二つの清掃工場で家庭ゴミを燃やしている。
 事故前(福島第一)、焼却灰を高温で融かしてつくる「溶融スラグ」や「溶融飛灰固化物」にし、業者がそれらを買い取り、道路のアスファルトの下に敷く材料に利用していた。
 事故後の二〇一一年六月、それらの放射能濃度を測定すると、最大で七万ベクレル/キログラムを超える放射性セシウムが検出された。柏市はスラグ製造などを中止し、焼却灰などと共に市の最終処分場に埋め立てることにした。
 ところが、市の最終処分場は住宅や学校に近接している。安全性が懸念され、柏市は運び入れを中止し、南部クリーンセンター施設内に保管することに決めた。
 市は、焼却灰などの放射能濃度が上がった原因は、家庭ゴミに含まれていた庭木の草などではないかと考えた。そこで試しに草や稲わらを除いて焼却してみたところ、八〇〇〇ベクレル/キログラムを下回った。以後八月十五日から、南部クリーンセンターでは、草・木・枝などの分別収集を開始し、これらの焼却灰はクリーンセンターで保管を続けた。住宅や学校に配慮した形だ。
 また、二〇一一年七月二六日、柏市は県外の民間の最終処分場へ搬出を開始した。県外の搬入先がどこかは公表していない。
 現在、柏市の八〇〇〇ベクレル/キログラム以下の放射能汚染ゴミは、千葉県以外のどこかの山か海に、人知れず埋まっていることになる。住宅に近接したところしか最終処分場を持てない、地理的な制約を持った自治体の選択だった。

【秋田県へ放射能汚染ゴミを搬出した松戸市】
  同じく千葉県松戸市には、家庭ゴミを燃やす二つの清掃工場がある。事故前から、そこで出てくる焼却灰を、秋田県小坂町にある最終処分場「グリーンフィル小坂」に運び込んでいた。松戸市は独自の最終処分場を持っていなかったためだ。
しかし、二〇一一年七月に小坂町への搬入を止めざるを得なくなる。
 清掃工場の一つで、飛灰に含まれたセシウム一三四と一三七の合計が四万七四〇〇ベクレル/キログラムも測定されたからだ。
 松戸市は七月四日に焼却灰の採取を行い、結果が判明したのは一一日であったが、検査結果が出る前に、計四〇トンもの搬出を行った。
 本来ならば検査に出す時点で放射能が検出されることを想定し、結果が出るまで一旦、搬出を停止すべきではないか。しかも、放射能が検出されたことが明らかになったにもかかわらず埋め立てされてしまっていた。
 小坂町は、七月一三日から関東圏の焼却灰の受け入れをすべて停止した。一九日には本郷谷健次松戸市長が秋田県と小坂町を訪れ謝罪するに至った。

(ここまで) ーーーーーーーーーー  昨日、2月16日に集英社新書から発売された、まさのあつこさんが書かれた「あなたの隣の放射能汚染ゴミ」から引用させていただきましたが、ご意見ご感想をお願いいたします。

2/17 弓場清孝
(注:読みやすくしたく編集しました━クマのプーさん)

<関連記事>

小学校屋上の汚泥から8千ベクレル超のセシウム 市内初の指定廃 /野田
千葉日報オンライン 2/25(土) 12:00配信

 千葉県野田市は24日、市立二ツ塚小学校屋上の側溝汚泥から指定廃棄物の基準(1キログラム当たり8千ベクレル超)を上回る放射性セシウム同1万5750ベクレルが検出されたと発表した。同市で汚泥が基準値を超えたのは初めて。市は既に汚泥を撤去。今後、特措法に基づき、指定廃棄物として手続きを進める。

 市は今月、柏市の公共施設敷地内で高い空間放射線量が測定されたことを受け、公共施設300カ所で側溝汚泥などの点検と線量測定を開始。国の除染基準は測定高1メートル(子ども関連施設は50センチ)で毎時0・23マイクロシーベルトだが、市は独自に測定高をより厳しい5センチに定めている。これまでに市の基準値を超えた場所はない。

 一方、14、15日、太陽光パネル屋根貸事業の対象となった市立小中学校12校の屋上で側溝汚泥の線量を測定したところ、5校で市の基準を超え、最大毎時0・85マイクロシーベルトが測定された。市は汚泥を撤去し、放射性セシウム濃度を簡易検査。うち二ツ塚小の汚泥のみ、セシウム濃度が指定廃棄物の基準値を超えたという。

 撤去した汚泥は市役所敷地内のコンテナに囲まれた仮置き場で一時保管。指定廃棄物の対象となるのは約5立方メートルで、セシウム濃度が基準値内だった4校分については一般廃棄物として処理する。

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映画「スノーデン」を見てきた━そこから考えなきゃあならないこと(追加)

うっかりしていた。

すでに日本で映画「スノーデン」の上映は始まっていた。
http://www.snowden-movie.jp/theater/

劇場は大きな部屋ではなかったが、他の映画の時より平日でも人はいたので嬉しかった。

見た感想ではやはりインターネットを基本からは理解できていない世代のものとしては
難しい内容だったというしかない。

ただ見ながら思ったのは日本の国会で審議が始まったらしい「共謀罪」のことだった。

どんな事柄でも、自分の身に起こっていることに引き寄せてしか、社会的な問題は考えられない。

その意味で、この映画「スノーデン」は見てから考えるきっかけにしたい。

スノーデンを演じた役者はスノーデンにとても似ていたが、そのあとスノーデンの実物を見ると
やはりキレが違うと思った。

https://www.ted.com/talks/edward_snowden_here_s_how_we_take_back_the_internet?language=ja

ネット時代についていかなきゃあならない私はまずここから読む。
スノーデンの警告「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」

スノーデンの警告「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」
なぜ私たちは米国の「監視」を許すのか

小笠原 みどり


現在、映画『シチズンフォー スノーデンの暴露』が全国で公開中だ。この映画は2013年6月にアメリカ政府の監視システムを告発したエドワード・スノーデンを追ったドキュメンタリー映画である。世界的に話題となったあの事件から3年以上が経つ。今はロシアに亡命している彼から、日本の我々への緊急メッセージ。

文/小笠原みどり(ジャーナリスト)

あなたの通話・メール・ネット利用履歴は全て見られている

インターネット時代、日々めまぐるしく変わり続ける情報と状況のなかで、どれだけの人が彼を覚えているだろうか。いや、それ以前に、彼は日本でまだ十分に知られていないかもしれない。

このインターネットの裏側で大規模に執り行われている監視の実態を、世界に向けて暴いた当時弱冠29歳のエンジニア。かつて2年間日本で暮らしたにもかかわらず、日本人のほとんどは彼の警告を自分の問題として感じていない――。

アメリカ国家安全局(NSA)の契約職員だったエドワード・スノーデンに昨年末インタビューを申し込んだのは、この焦りに似た動機からだった。スノーデンは2013年6月、二人の米国人ジャーナリスト(『暴露』の著者グレン・グリーンウォルドと、公開中の映画『シチズンフォー』の監督ローラ・ポイトラス)にNSAの機密文書を提供し、米国が秘密裏に張り巡らせた世界監視網を人々に告げ知らせた。

メール、チャット、ビデオ通話、ネット検索履歴、携帯電話での通話など、世界中のあらゆる通信経路を通過する情報のすべてをNSAが掌握しようとしているという事実が、初めて具体的な仕組みとともに明らかにされた。世界中が驚愕し、多くの人々が激怒し、私自身も震えた。

しかし、日本ではこの史上最大級の内部告発はどこか他人事のように報道された。初報が英字紙ガーディアンやワシントン・ポストのスクープとして始まり、米国政府が自国の市民まで容赦のない監視の対象としていたことが驚きの焦点となったため、私たちはいつものように米国経由で情報を受け取って、自分たちには直接関係ないと高をくくった。

ドイツやブラジルではすぐに自分たちの個人情報はいったいどこまで把握されているのかという独自の取材が始まったが、日本ではそのような追及は起こらなかった。さらに、インターネット時代の私たちはまことに忘れやすい。昨日の衝撃は今日の凡庸にすぐさま姿を変える。自分が監視されているかもと知らされても、即刻「実害」がないのならさして危機感も湧かず、むしろ受け入れてしまう…。

だが、それは決して他人事ではなかった。2013年秋にカナダの大学院へ来た私は、スノーデンの喚起した議論が始まったばかりだと気づいた。英字紙によるスクープは止まず、「テロリスト」を捕まえるはずだった監視システムは「ジャーナリスト」を妨害するために使われていることを伝えていた。

やがて彼自身、世界各地の講演会場にネットを通じて登場してはNSAが自由と民主主義を蝕んでいることを指摘し、存在感を強めていった。

監視システムが人目の届かない場所でいかに乱用されているかを知らせる、こうした続報は日本にも大いに関係があったが、日本には伝えられなかった。流れ続ける情報は、日本のメディア関係者の意識に留まることなく、日本を静かに迂回していった。

後はネットで見てください。

以下は映画「スノーデン」を見た後で、自分の理解を深めるための情報です。

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スノーデンが告発に踏み切る姿を記録した間違いなく貴重な映像
2016年06月10日(金)16時05分

<元CIA職員エドワード・スノーデンが、NSA(国家安全保障局)による大量監視の実態を暴露し、世界を震撼させた。この内部告発に踏み切る姿をリアルタイムで記録した貴重な映像が映画になった>

機密文書を入手したスノーデンは、米国法が及ばない香港に移動した

 元CIA職員エドワード・スノーデンが、NSA(国家安全保障局)による大量監視の実態を暴露し、世界を震撼させたのは、2013年6月のことだった。アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞に輝いたローラ・ポイトラス監督の『シチズンフォー スノーデンの暴露』には、この29歳の若者が内部告発に踏み切る姿がリアルタイムで記録されている。それは間違いなく貴重な映像だが、この映画を観る前にジャーナリストのグレン・グリーンウォルドが書いた『暴露――スノーデンが私に託したファイル』を読んでおくと、その衝撃や意味がより深いものになる。

 NSAの機密文書を入手したスノーデンは、米国法が及ばない香港に移動し、滞在するホテルに以前から接触していたポイトラスとグリーンウォルドを呼び寄せ、彼らに大量の文書を託す。ポイトラスは彼に会うとすぐに撮影を始める。グリーンウォルドはその文書を基に、NSAが大手通信会社ベライゾンの加入者数千万人分の通信履歴を収集していること、極秘PRISMプログラムによってグーグル、アップル、フェイスブックなどの企業のサーバーに直接アクセスしていることなどを暴くスクープ記事をガーディアン紙に発表する。そして大きな反響が巻き起こったところで、スノーデンが内部告発者として自身の正体を明かし、香港を脱出する。

 その後、ポイトラスとグリーンウォルドは、それぞれに事件に関係する記録映像を追加し、あるいは機密文書の内容を盛り込むなどして、『シチズンフォー』と『暴露』にまとめた。彼らの映画と本は相互に補完しあい、結びつけることで事件がより鮮明になる。

"4番目の市民"となるスノーデンが選んだ告発の手段

 スノーデンはなぜ海外に逃れ、入手した情報をジャーナリストと共有する方法を選択したのか。そのヒントは、スノーデンがポイトラスと連絡をとるときに使ったハンドルネームで、映画のタイトルにもなっている"シチズンフォー"にある。NSAで内部告発に踏み切ったのは、スノーデンが最初ではない。これまでに、映画にも登場するウィリアム・ビニー、J・カーク・ウィービー、トーマス・ドレイクという3人が懸念の声をあげたが、彼らは組織の内部で改善を求めようとしたため、その告発は妨害、脅迫、告訴などによって黙殺された。"4番目の市民"となるスノーデンは、それを踏まえまったく異なる方法を選択した。

 ではなぜグリーンウォルドとポイトラスだったのか。法律家だったグリーンウォルドは、ブッシュ政権下でNSAが令状をとることなく国民の電子通信を傍受していたことを知り、ジャーナリストとしてこの盗聴スキャンダルを様々な角度から追究するようになった。だからスノーデンは彼を選んだ。

 ふたりはオバマ政権に対する問題意識も共有している。スノーデンは、オバマ政権に対する失望も告発の要因になったと語っている。この映画は、スノーデンに会う以前のグリーンウォルドが、編集者との電話のやりとりでオバマ政権を批判する場面から始まる。そして『暴露』には以下のように書かれている。



「オバマ政権はこれまで、あらゆる政治思想を持った人たちが共通して呼ぶ"内部告発者とのかつてない戦争"に挑んできた。当初、オバマ大統領は"史上最も透明性の高い"政府をめざすと公約を掲げ、内部告発者を"高潔"で"勇敢"だと称えて、彼らを保護するとまで公言していた。が、結果はまったく逆だった。
 オバマ政権は『一九一七年のスパイ活動法』を適用してこれまでに七名の内部告発者を逮捕しており、なんとその数は、法律が制定された一九一七年から前政権までに同じ罪で逮捕された延べ人数を超えるどころか、その倍以上に及ぶ」

 一方、ポイトラスは、2006年にイラク戦争のドキュメンタリーを作って当局の監視対象となり、その後、出入国の際に何十回も尋問されたという。彼女はそれに続いて、テロとの戦いとグアンタナモ収容所を題材にした作品を作り、この『シチズンフォー』が9・11同時多発テロ事件以降の米国を描いた三部作の完結編となった。

スノーデンが暴いた現実と向き合うために

 しかし、映画からは見えてこないが、スノーデンと彼らとの接触やスクープ記事の公表がスムーズに運んだわけではない。スノーデンが最初に連絡をとろうとしたのはグリーンウォルドだったが、時間に追われる彼はスノーデンが求める暗号化に取り組もうとせず、機会を逸してしまう。

 そこでスノーデンはポイトラスに連絡し、彼女を通してグリーンウォルドを動かす。そこで本腰を入れた彼は、ガーディアン紙に話を持ち込むが、もうひとりの特派員も香港に同行するという条件がつく。彼が仕方なくそれを受け入れたことを知ったポイトラスは、スノーデンに対する裏切りとみなし、激しい対立が起こる。香港でグリーンウォルドが最初の記事を書いたときには、ガーディアン紙からなかなかゴーサインが出ないため、独自にサイトを立ち上げる準備も進める。

 彼らはそんな綱渡りの連続のなかで信頼関係を築いていく。スノーデンが危惧していたのは、自分に注目が集まり、焦点がぼやけることだったが、スクープ記事は彼が望むような反響を巻き起こす。だが、衝撃が去ったあとで、誰もが新たな現実と向き合おうとするとは限らない。スノーデン以後を検証したデイヴィッド・ライアンの『スノーデン・ショック――民主主義にひそむ監視の脅威』には、以下のような記述がある。



「(前略)あれほど衝撃的なスノーデンの暴露ですら、人々を改善に向けた行動へと一斉に向かわせるには至っていないようだ。確かに、NSAの大量監視の被害者になった人物というぴったりの事例を挙げることは困難で、せいぜいできることは政治的抑圧の危険性の拡大を挙げることくらいだ。暗黙の前提は、『ここでは起き得ない!』ということだ」

 スノーデンが暴いた現実と向き合うためには想像力が必要になるだろう。『シチズンフォー』と『暴露』から浮かび上がる異様な緊張と激しい葛藤はそんな想像力を刺激するに違いない。


《参照/引用文献》
『暴露――スノーデンが私に託したファイル』グレン・グリーンウォルド 田口俊樹・濱野大道・武藤陽生訳(新潮社、2014年)
『スノーデン・ショック――民主主義にひそむ監視の脅威』デイヴィッド・ライアン 田島泰彦・大塚一美・新津久美子訳(岩波書店、2016年)

(一部省略)

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”、“楽土慢遊”、“Into the Wild 2.0”。

みんなが博治さんを見てる。「沖縄は絶対諦めない」

服部良一 ‏@hattori_ryoichi ・ 11時間
沖縄タイムスさん有り難う!山城博治さんに接見した照屋寛徳衆議院議員から聞いた。2月7日の「辺野古から博治さんへ」の社説、拘置所で呼んだ(ママ)博治さん、感激して食事ものどに通らないほど泣いたという。手元のメモ帳に全文を書き写したという。みんなが博治さんを見てる。「沖縄は絶対諦めない」


社説[辺野古から 博治さんへ]「沖縄は絶対諦めない」(沖縄タイムス 社説)
2017年2月7日 07:13

 山城博治さん、あなたが辺野古・高江の反対運動に絡む三つの罪で逮捕・起訴され、名護署の留置場や那覇拘置所に長期勾留されてから、6日で113日が経ちました。病を抱える身でありながら、弁護士以外、家族さえ接見できないというあまりにも異常な状態が続いてます。

 私たちはあなたから直接話を聞くことができず、あなたは身柄を拘束され辺野古に行くことができません。ならば、と、こういう手紙形式の社説を思いつきました。

 博治さん。政府は6日朝、名護市辺野古の新基地建設に向け、海上での工事に着手しました。最大で約14トンもある大型コンクリート製ブロックをクレーンで台船から作業船に積み替える作業です。

 翁長雄志知事や稲嶺進名護市長らが建設計画の撤回を求めて訪米した直後に、県と協議もせずに、一方的に作業に踏み切ったのです。

 自民党の二階俊博幹事長でさえ、「沖縄の理解を十分に得られていない状況」だということを認めざるを得ませんでした。

 ブロックは汚濁防止膜が強風などで流されないように固定するためのもので、7日以降、228個のブロックが海底に投下されることになっています。想像するだけで胸がえぐられる思いがします。

 沖縄の切実な声よりも米軍の都合と軍事上の要求が優先され、辺野古への「高機能基地」の建設が目的化してしまっているのです。あの美しい海は、埋め立てればもう元に戻りません。

■    ■

 新基地建設に反対する市民らは、工事車両が基地に入るのを阻止しようと、キャンプ・シュワブのゲート前に座り込み、精一杯の抵抗を試みました。

 博治さんの不在の穴をみんなで埋め合わせているような、決意と危機感の入り交じった空気と言えばいいのでしょうか。

 反対側の歩道で折りたたみ式の簡易イスに座って様子を見守っていたのは島袋文子さん(87)でした。「動悸がしてドクターストップがかかっている」というのに、居ても立ってもいられず、現場に駆け付けたのだそうです。

 機動隊員が一人一人を3、4人がかりでごぼう抜きし始めたため、現場は悲鳴と怒号が飛び交い、騒然とした雰囲気になりました。「暴力はやめろ」「海を壊すな」「沖縄は絶対諦めない」

 驚いたのは文子さんの行動でした。イスから立ち上がって道を渡り、付き添いの女性に両脇を抱えられながら、ひるむことなく機動隊の前に進み出て、抗議の声を上げたのです。「戦争の中から逃げるのはこんなもんじゃないよ」と文子さんは言います。

 沖縄の戦中・戦後の歴史体験に触れることなしに、新基地建設反対運動を深く理解することはできない。翁長知事が政府との協議の中で何度も強調してきたことですが、正面から受け止めることがありません。

 作家の中野重治は、日中戦争前の1928年に発表された「春さきの風」という小説の最後で、こんな言葉を書き付けています。「わたしらは侮辱のなかに生きています」。この言葉は今の沖縄にこそあてはまると言うべきでしょう。

■    ■

 問題は、強権的な基地建設だけではありません。国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは、博治さんの釈放を求める緊急行動を始めました。国連の「被拘禁者人権原則」は、「家族や弁護士との間のコミュニケーションは、数日間以上拒否されてはならない」とうたっています。

 かつて悪性リンパ腫の治療を受け、今も体調が万全でないにもかかわらず、3カ月余も勾留が続き、家族も接見できない状態になっているのです。

 政治的意図に基づく長期勾留であるのは明らかであり、人権侵害の疑いさえある、と言わなければなりません。

 博治さん。拘置所の狭い空間の中では一人ですが、外の世界では決して一人ではありません。県内や国内だけでなく海外からも、多くの励ましの声が届いていることをお伝えしたいと思います。
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NNNドキュメント「お笑い芸人VS原発事故 マコ&ケンの原発取材2000日」

お笑い芸人マコVS原発事故[NNN]


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お笑い芸人VS原発事故 マコ&ケンの原発取材2... 投稿者 gomizeromirai


お笑い芸人VS.原発事故マコ&ケンの原発取材2000日

福島第一原発事故から6年弱、東京電力が行ってきた記者会見の最多出席者はなんと、お笑い芸人「おしどり」のマコ・ケン夫婦だ。芸人が場違いだ、とのバッシングを猛勉強で乗り切り、鋭くしつこく追求し、世に出て来なかった幾つもの事実に光を当てた。東電の会見者らが何度も沈黙したりタジタジになる事も。医学部中退のマコちゃんは子ども達や原発作業員の健康問題を掘り下げ、得意の突っ込みでにっこり笑って原発事故を斬る。
【制作:日本テレビ】


再放送
2月12日(日)11:00〜 BS日テレ
2月12日(日)5:00〜/24:00〜 CS「日テレNEWS24」

映像’17 沖縄 さまよう木霊〜基地反対運動の素顔〜

映像’17 沖縄 さまよう木霊〜基地反対運動の素顔〜 2017年1月29日 20170129 170129

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冬の花 ロウバイ


寒い!
冬到来だものしかたない。
寒い!
堪える、年だもの。

年だから求めるものがある。
寒いから求めるものがある。
なにもない風景に
目が求めている。

すでに12月に
目は見つけた!
あそこを曲がると
いつもの道で。

そこかしこで
控え目な色で
慎ましく咲いている
冬の花ロウバイ。

寒い!今朝も寒い!
冷蔵庫の中を走る。
寒くても仕事。
寒いけど行かなきゃあ。

自転車を走らせながら
目は求める。
少しでも温かさを
目は求める。

今日は濃い黄色な
ロウバイに出逢う。
濃い黄色。
それだけで温かさが増す。

ロウバイよ。
ロウバイよ。
寒い間
温めてちょうだいな。

暮陽(ぼよう)
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オリバーストーン監督の日本への警告


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オリバーストーン監督の日本への警告20170118NEWS23 投稿者 gomizeromirai

山城議長長期勾留 「警察国家」への危機感募る(琉球新報 社説)

<社説>山城議長長期勾留 「警察国家」への危機感募る
2017年1月16日 06:02


 名護市辺野古の新基地建設現場と東村高江のヘリパッド建設現場での行為を巡り、逮捕・起訴された山城博治沖縄平和運動センター議長の拘束が約3カ月に及ぶ。

 今回の長期勾留に関し、政治的な表現の自由を脅かす異常な人権侵害であり、今後、市民運動が標的になりかねないという懸念が国内外で急速に広がっている。

 沖縄の不条理に目を注ぐ海外の有識者、国内の刑法研究者、日本国際法律家協会、76カ国にネットワークを持つ環境NGOが相次いで、山城議長の即時釈放を求める声明を出した。
 作家の落合恵子さんや脚本家の小山内美江子さんらが呼び掛けた釈放要求の署名運動は、3週間で国内外から約1万7千筆を集めた。

 こうしたうねりは、安倍政権下で、民主主義国家、法治主義国家であるはずの日本が急速に「警察国家化」しているという疑念と危機感が深まっている表れだ。

 沖縄の民意に反した基地建設をごり押しされることに異議を唱え、非暴力の抵抗に身を投じた市民を問答無用に抑え込む。さらにリーダーを狙い撃ちにした必要性の乏しい勾留が延々と続いている。
 政治弾圧に等しい長期勾留は即刻やめるべきだ。山城議長は一刻も早く釈放されねばならない。

 山城議長は(1)ヘリパッド建設への抗議中に有刺鉄線1本(2千円相当)を切った器物損壊(2)沖縄防衛局職員に対する公務執行妨害と傷害(3)辺野古新基地建設に抗議した際、ブロックを積み上げた威力業務妨害−の三罪で起訴された。

 第一線の刑法研究者41人以上が名を連ねた異例の緊急声明は、議長の行為は偶発的に発生した可能性が高く、違法性が低いと指摘している。公判維持のための捜査は終わり、証拠隠滅の恐れもない。
 「不当に長い拘禁」は抗議行動を反社会的行為と印象操作する安倍政権の意向が反映していよう。
 がんを抱え、健康状態の悪化が懸念される山城議長は家族との面会や靴下の差し入れが認められなかった。

 裁判所は安倍政権の強権的姿勢を忖度(そんたく)する県警や那覇地検に従い、勾留延長を認めてきた。憲法の番人の役割への自覚はあるのか。
 警察法は、警察が治安維持を名目にして政治弾圧を担い、国を戦争へ導く役割を担った戦前、戦中を猛省して制定された。沖縄で見える刑事司法の変質は「警察国家」への回帰と感じられてならない。

「羽田空港国際線増便」「横田空域」「日米合同委員会」

遅れに遅れの情報発信になっています。

でも大事な情報にはついていかなきゃあです。

天木さんがしばらく前に「東京新聞」で取り上げた記事を紹介しながら論評しています。

羽田国際線増便の安全性にとって横田空域の全面返還は不可欠だー(天木直人氏)
http://www.twitlonger.com/show/n_1sph5mn
11th Jan 2017 市村 悦延 ・ @hellotomhanks


 日米安保条約と、その実質的な内容を書き込んだ日米地位協定が、

世界でも例のないほど主権放棄の不平等条約、協定であることは、

いまでは多くの識者が語ったり書いたりしている。

 しかし、それでもほとんどの国民は、その不平等性のあまりの理不尽さを知らない。

 だから羽田空港の国際便増が日米間で合意された時も、

これで便宜が向上するようになると、単純に歓迎したに違いない。

 しかし、羽田国際線の増便の裏には横田空域問題があるのだ。

 つまり横田の上空の制空権は米軍が一手に握っており、

米軍の安全保障政策の都合が最優先されるのだ。

 日本の民間機は、その横田空域を回避し、

航路を不自然なまでに変更を余儀なくされる危険な飛行を余儀なくされてきたのだ。

 だから、羽田国際便の増便が日米間で合意された時、私はてっきり横田空域の返還、

もしくは少なくとも米軍管制権の一部移譲が合意されていたと思っていた。

 ところがきょう1月11日の東京新聞を見て驚いた。

 確かに増便の新ルートが横田空域を通過することは日米間で原則了承されたらしい。

 しかし、その事が今わかったという。

 しかも、具体的内容はこれから日米の実務者で協議するという。

 そして最終的には日米合同委員会で正式に決まるという。

 これを要するに、羽田国際線の増便は、安全飛行について何も決まらないまま、

増便が先行して決められ、そしてその詳細はこれからの密議で行れるということだ。

 われわれは、この交渉から目を話してはいけない。

 メディアは、日米合同委員会の存在をいまこそ国民に知らせ、

その密議の内容を国民に知らせなければいけない。

 そして最終的には横田空域の返還を求めなければいけない。

 そうしなければ、羽田国際線の増便は危険性極まりない増便となる。

 事故と隣り合わせの危険な飛行が余儀なくさせられることになる。

 羽田国際線の増便をきっかけに、

日米軍事同盟より日本国民の暮らしと安全を優先する、まともな政策を取り戻すべきである。


           ◇

羽田増便 新ルート「横田空域」を通過 米、実務者調整で了承
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017011090135732.html
2017年1月10日 13時57分 東京新聞


 羽田空港の国際線発着回数を増やすため、東京都心上空を通過する形で設定される新ルートの一部は、米軍が管制権を持つ「横田空域」を飛行することが十日、政府関係者への取材で分かった。米側は、実務者間での調整で飛行を了承していることも判明。今後、空域の一部返還を受けるかなど、両国間で具体的な詰めの協議を進める。

 一部返還されれば二〇〇八年九月以来となるが、横田空域は羽田空港の管制空域の西側に隣接していて現状も多くの旅客機が迂回(うかい)を強いられている。羽田の機能を最大限活用するためにも、根本的な解決が求められそうだ。

 返還以外にも、連絡方法などを決めた上で運航ごとに許可を受ける方法なども適用可能で、両政府間の協議機関である日米合同委員会での正式合意の必要性なども検討するとみられる。

 政府は二〇年の東京五輪・パラリンピックまでに、羽田の発着枠を現在の年間四十四万七千回から最大三万九千回増やし、国際線に振り分ける方針で、実現にはこれまで避けていた都心上空ルートが不可欠だった。

 政府関係者によると、新たな着陸ルートのうち、埼玉県付近から南方向に直線ルートで降下する際、C滑走路では悪天時、A滑走路では好天時と悪天時のいずれも、さいたま市や練馬区上空などの飛行ルートが横田空域を通過することが判明。米側に通知した。

 新ルートは、北側から南に向けて真っすぐ降下するため、二本の滑走路へ二機を同時に着陸させることが可能となることなどから、発着回数を増やすことができる。

 横田空域は在日米軍横田基地(東京都福生市など)が管制業務を実施している。〇八年九月の一部返還では、羽田を離陸した飛行機が従来より低い高度でこの空域を飛び越えられるようになり、経路が短縮され、利便性が向上した。

◆西の「壁」日本は返還要求

 首都圏上空の西側、伊豆半島から新潟県まで一都八県にまたがる広大な「横田空域」は、年々過密さを増す羽田空港発着便にとって常に障壁となってきた。都心上空を飛行し、横田空域も通過する新ルート設定が、さらなる返還への道を開くか注目される。

 横田空域の管制権を米軍が持ち続けているのは、一九四五年八月、日本が連合国に占領され、上空の管制業務を米軍が掌握したのが始まり。五九年に業務の大半は日本側に戻ったが、基地上空は今も米軍の管制下。日米地位協定に基づき、米軍が横田、厚木、入間各基地での米軍や自衛隊機の発着を管制している。

 日本政府の全面返還の要求に対し、米側は一部返還には応じてきた。在日米軍再編の一環として日米両政府が合意した二〇〇八年の一部返還では、高度が大幅に低くなったことで、西側へのスムーズな上昇やルート設定が容易になり、経路が短縮され羽田国際化の大きな弾みとなったが、それ以降は進展がなかった。

 増え続ける航空需要に対応するために羽田のさらなる発着増は不可欠な上、空域を最大限使えないことによる空の渋滞は続く。

 今回、都心上空ルートの設定について政府関係者は「米側の了承は得ている」と説明、スムーズな解決を示唆する。だが米側はこれまで「さらなる返還は難しい」との立場で、日本政府の求める全面返還への道は依然、険しい。

<横田空域> 新潟から静岡まで1都8県の上空に、高度約2450メートルから約7000メートルまで6段階の階段状に設定された空域。在日米軍の訓練空域などがあるため横田基地が管制を担当し、域内には厚木、入間など米軍や自衛隊の基地がある。日本側は全面返還を求めているが、米側は「米軍の運用上の問題で困難」としている。主に羽田空港の出発機が、北陸や西日本方面に向かうルートを遮る形になるため、南側への迂回(うかい)や高度制限を強いられている。1992年に約10%、2008年に約20%が返還された。

 

<<関連参考情報>>

首都圏の空のタブー『横田空域』…未だに続く米軍の日本支配

関東〜中部上空に存在する広大なアメリカ領、通称「横田空域」。首都に近い日本の上空であるにもかかわらず、日本の航空機は自由に飛べず、羽田空港でも余計な迂回を強いられるなど費用や時間の面で大きな負担を強いられています。戦後レジームからの脱却を掲げる政府も、なぜかこの問題には深く切り込んでいません。
更新日: 2015年08月12日


関東上空に存在する広大なアメリカ領


羽田空港や成田空港を利用する飛行機から外の景色を見ていると「ん??」と思うことがあります。
たとえば関西方面から羽田空港に向かう飛行機の場合、羽田空港から南へ50kmほどの地点を通り過ぎ、その後房総半島端っこまで行き、左旋回した後に羽田空港に着陸します。

出典
日本の空なのに航空機が飛べない「横田空域」はなぜ存在しているのか - エキサイトニュース(1/2)



羽田空港を利用したことがある人なら、「なんか遠回りするなぁ」と思ったことがある人も多いのではないでしょうか。


横田空域は、新潟県から東京西部、伊豆半島、長野県まで広がり、12,000フィート(約3,700m)から最高23,000フィート(約7,000m)の高度に上る空域であり、現在、この空域においては米軍が管制業務を行っています。

出典
(解説)横田空域


関西方面からの飛行機が羽田空港に着陸する際、南側で大きく旋回してから着陸に向かうのは、この「横田空域」が存在しているからです。


「横田」という名で誤解しそうだがその管制空域は神奈川県や静岡県、北は新潟県まで1都8県にまたがる。そして最高高度は2万3000フィート(約7000メートル)もある、まさに「見えない空の壁」

出典
米軍管轄する「横田空域」 返還されれば羽田−伊丹が30分に│NEWSポストセブン


この空域内には、米軍の横田をはじめ、空自の入間、海自・米軍の厚木などの飛行場があり、これらの飛行場を利用する航空機に対する進入管制業務(航空機に対し出発・進入の順序、経路、方式の指示などを行う業務)を行うための空域として利用されています。

出典
(解説)横田空域

(以下省略)


今日『「日米合同委員会」の研究━謎の権力構造の正体に迫る』(吉田敏浩著)が手元に届いたところです。

ますます東京オリンピックに向けての準備が加速しています。

福島原発が解決されてない日本において、まして関東の地においてオリンピックを開催するなんて

ありえないと反対!です。

日本の人々が福島原発のことを真剣に考えていたら、東京でオリンピックを開催するなどと

平気で考えることなどできるはずはないと考えています。

国民はバカなどというつもりはありませんが

悲しい事態で関東の地で暮らしていかなければなりません。

せめてこの寒い中をけなげに咲いている「ロウバイ」に

心を寄せながら過ごしていくことにします。



協同組合がユネスコの「無形文化遺産」に登録されました

2016年12月19日

協同組合がユネスコの「無形文化遺産」に登録されました

世界100カ国以上に10 億人の組合員


 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は11 月30 日、エチオピアのアディスアベバで開催された無形文化遺産保護条約第11 回政府間委員会において、「協同組合において共通の利益を形にするという思想と実践」のユネスコ無形文化遺産への登録を決定しました。


 決定にあたってユネスコは、協同組合を「共通の利益と価値を通じてコミュニティづくりを行うことができる組織であり、雇用の創出や高齢者支援から都市の活性化や再生可能エネルギープロジェクトまで、さまざまな社会的な問題への創意工夫あふれる解決策を編み出している」としています。


 協同組合は、人々の自治的な組織であり、自発的に手を結んだ人びとが、共同で所有し民主的に管理する事業体を通じて、共通の経済的、社会的、文化的なニーズと願いをかなえることを目的とした組織です。


 19 世紀に英国やドイツなど各国で生まれた協同組合の思想と実践は、全世界に広がり、現在は、世界100 カ国以上で10 億人の組合員が協同組合に参加しています。


 日本には農林漁業協同組合、労働者協同組合、労働金庫などさまざまな協同組合があり、生活協同組合(略称:生協)も数ある協同組合の一つです。


 日本生協連は、協同組合の無形文化遺産への登録を喜びを持って受け止めるとともに、今後も世界の協同組合の仲間と連帯しながら、日本において協同組合の思想と実践をさらに発展させ、よりよい社会づくりに貢献してまいります。


ユネスコ「無形文化遺産」について

 無形文化遺産の保護に関する条約(無形文化遺産保護条約)は、無形文化遺産の保護や無形文化遺産の重要性に関する意識を高めることなどを目的として、2003 年10 月のユネスコ総会において採択され、2006 年4 月に効力発生の条件となっていた30 カ国の条約締結により発効した条約です(日本は2004 年6 月に世界3 番目に条約を締結しました)。

 ここで「無形文化遺産」は、「世代から世代へと伝承され、社会及び集団が自己の環境、自然との相互作用及び歴史に対応して絶えず再現し、かつ、当該社会及び集団に同一性及び継続性の認識を与えることにより、文化の多様性及び人類の創造性に対する尊重を助長するもの」とされています。

 この条約は、ユネスコにおいて「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」や「緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」を作成することなどを定めています。

 今回ドイツからの申請に基づき登録が決まった「共通の利益の実現のために協同組合を組織するという思想と実践」は、前者の「代表一覧表」に登録されます(2013 年に日本からの申請に基づき登録された「和食」もこの代表一覧表に登録されています)。


<関連情報>
協同組合がユネスコ「無形文化遺産」に 申請したドイツと無視する日本(ちきゅう座)
2017年 1月 3日

<吉川駿(よしかわすすむ):元・日本農民新聞社社長>

ユネスコが昨年11月30日、「共通の利益の実現のために協同組合を組織するという思想と実践」を「無形文化遺産」として登録されていたことが、二週間後の12月14日になって、日本協同組合連絡協議会の発表で分かった[後掲]。登録理由は「共通の利益と価値を通じてコミュニティづくりを行うことができる組織であり、雇用の創出や高齢者支援から都市の活性化や再生可能エネルギープロジェクトまで、さまざまな社会的な問題への創意工夫あふれる解決策を編み出している」とした。協同組合関係者にとって、極めて誇らしいことであり、そのレーゾンデートルが、一地域でなく世界的広さで認められた意義は大きい。しかしなぜかマスコミは、同じ日に登録された日本の「山・鉾・屋台行事」については華々しく報じたが、「協同組合」の登録報道はほとんど無視された。政府各省庁も「歓迎」のコメントすら発表することもなかった。

今回の申請はドイツから出されたものだそうで、わが国政府も団体も思いもよらなかったもののようだ。日本はこれまで「無形文化遺産」登録を「和食」も含め22件も有しているようだが、地域限定でなくあまねく世界全体の遺産という視点から申請したドイツの姿勢を多としたい。無形文化遺産とは「世代から世代へと伝承され、社会及び集団が自己の環境、自然との相互作用及び歴史に対応して絶えず再現し、かつ、当該社会及び集団に同一性及び継続性の認識を与えることにより、文化の多様性及び人類の創造性に対する尊重を助長するもの」としているそうだ。すなわち、協同組合の存在そのものに普遍的意義を与えるのだ。だが、残念ながら日本の風潮は、度量が狭い。

とりわけ経済界や政府の主流は、昨今の農協バッシングにみられるように、協同組合を経済成長戦略、農業の成長産業化にとってしか位置づけておらず、したがって成長の足枷と捉えているのではなかろうか。日本政府はこれまで国連が制定した2012年の「国際協同組合年」、2014年の「家族農業年」にも極めて消極的ないし冷淡な対応しかしてこなかった。政府も財界も学会も改めて協同組合を本質的領域から位置づけなおしが必要ではなかろうか。[日刊アグリリサーチのコラム欄に掲載したものを、了解を得て掲載]

(参考省略)
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