クマのプーさん ブログ

★「クマのプーさん」の魂をもつ詩的人間でありたい★

日暮のなく町

夕暮れの風は

土手の雑草を

優しくゆらし

わたしの顔をなぜて

過ぎていく


土手をふく風は

川を渡るからでしょう

この上なく心地よい

行き交う電車の

鉄橋を渡る音も心地よい


七月の末になろうという

この時期に

川原の草むらからは

ホーホケキョと鳴くウグイスの声

ケキョ ケキョ ケキョ・・・


しかしもっとラッキーな奇跡が

大好きな日暮が

こんな土手のそばの

雑木林の中で合唱を始めた

カナカナカナ、カナカナカナ

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「鳥越候補を支援する市民センター」発足集会

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「日本に原発適地ない」 中央構造線の危険強調 伊方原発 (大分合同新聞)

「日本に原発適地ない」 中央構造線の危険強調 伊方原発

 原発の危険性を訴え続けている作家の広瀬隆さん(東京)が16日、大分市内で「中央構造線が動き出した!その時、伊方原発は耐えられるか?」と題して講演した。熊本・大分地震は「世界最大の活断層・中央構造線が動いた」と指摘、今月下旬の再稼働が見込まれている四国電力伊方原発(愛媛県伊方町)そばの中央構造線で直下型地震が起きれば大事故が起きると訴えた。

 広瀬さんは日本列島の成り立ちや、活断層の存在が知られていない場所でも大地震が起きてきたことを紹介し、「日本は全ての土地が活断層の上に存在する。日本に原発を建てる適地はない」と説明。中でも中央構造線は日本を縦断する巨大断層で、南海トラフと連動して大地震を起こす危険性があるとした。

 伊方原発そばの海域を走る中央構造線は「太平洋側からの力を受けて傾斜している。原発の真下に向かって活断層が延びており、直下型地震が起こる」とし、「震源からの距離が近いので、(原子炉を)止める時間がないのが一番怖い」と語った。

 熊本・大分地震で震度7を観測した熊本県益城町では、上下動の最大加速度(揺れの強さ)が地表面で1399ガルだったとも説明。伊方原発の耐震設計の目安となる基準地震動は最大650ガルだが、これは水平動で、上下動は377ガルの想定にとどまる。「岩盤上に立つ原発でも耐えられるはずがない」と強調した。

 講演会は今月発足した住民組織「伊方原発をとめる大分裁判の会」が開いた。同会は既に有志4人が伊方3号機の運転差し止めを求める仮処分を大分地裁に申請した。今夏に大分県在住者100人以上で訴訟も起こす方針で、原告や応援団のメンバーを募っている。

 参加した約250人を前に、広瀬さんは「日本は次の原発の大事故を待っている状態だ。今が生き残る最後のチャンス。(裁判を)県民を挙げた運動にしてほしい」と期待を寄せた。

 ひろせ・たかし 1943年、東京生まれ。長年にわたって原発問題を訴え続け、著書に「危険な話」「東京に原発を!」「原子炉時限爆弾」などがある。

※この記事は、7月17日大分合同新聞朝刊23ページに掲載されています。


<関連記事>

伊方原発 .
再稼働、来月に延期…3号機、ポンプで水漏れ

       毎日新聞2016年7月17日 20時39分(最終更新 7月17日 21時11分)

 四国電力と愛媛県は17日、再稼働に向けた準備が進む伊方原発3号機(同県伊方町)で、1次冷却水を循環させるポンプの一部にトラブルがあり、水漏れを確認したと発表した。四電によると、漏えいを防ぐ部品(軸封部)の不具合が原因で交換が必要。通常の定期検査でも1週間程度かかるといい、今月26日に予定していた再稼働は8月にずれ込む見通しになった。


 四電などによると、ポンプを調整運転していた16日午前11時20分ごろ、中央制御室の記録計で異常を検知した。調整作業をしたが改善せず、17日午前9時20分までに、三つある軸封部の一つで、通常は水がほぼ流れない箇所に少なくとも数リットルが漏れ出ているのを確認した。軸封部は上下二つの円盤状のカーボンで構成されており、この間に隙間(すきま)ができたためとみられる。

 漏水は原子炉格納容器内のタンクに回収されており、放射能漏れなど環境への影響はないという。四電は17日、原子力規制委員会に報告したが、不具合が生じた部品以外は新たに検査する予定はないとしている。

 伊方3号機は昨年7月に原子力規制委員会の安全審査に合格し、今年4月に再稼働に向けた使用前検査を開始。しかし、今月14、15日の事故対応訓練が作業員の熱中症で中断し、やり直しを指示されるなど、再稼働を目前にしてトラブルが続いている。

 脱原発団体「八幡浜・原発から子どもを守る女の会」の斉間淳子代表(72)は「再稼働への不安がさらに増した。延期ではなく中止すべきで、四電が断念するまで反対を続ける」と語気を強めた。一方、伊方町内で民宿を経営し、早期の再稼働を期待する丸山栄一さん(74)は相次ぐトラブルに「困ったことで、情けない」と困惑した表情を見せたが、「運転中であれば大きな事故になっていたかもしれず、不幸中の幸いだ。不具合をすべて解決し、完全な状態にしてから再稼働してほしい」と話した。【橘建吾、渕脇直樹】

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小沢一郎さんの参院選応援演説がスゴイ!━今回の選挙だけはいかないと本当に危ない!国が危険になる瀬戸際。絶対、安倍政権を青ざめさせないといけない!

ここで紹介する小沢さんの訴えは━─

Twitter小沢一郎(事務所)に書かれている内容であるのですが

映像でその言葉を聞くとその迫力に圧倒される。

この映像の終わりの部分だけを聞くだけでも

小沢さんの思いは充分伝わります。

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関連情報:
今回の選挙だけはいかないと本当に危ない!国が危険になる瀬戸際。絶対、安倍政権を青ざめさせないといけない!小沢一郎(事務所)
http://www.asyura2.com/16/senkyo209/msg/144.html

強化される東京の横田基地━選挙へ行こう〜自民党改憲草案と参議院選挙@2016

【NPJ通信・連載記事】選挙へ行こう〜自民党改憲草案と参議院選挙@2016

強化される東京の横田基地

                        寄稿:前田眞敬(あきる野9条の会事務局長)


                                     2016年7月5日

何年か前のことである。畑仕事をしていた近所のご婦人と道端に座って選挙の話をした。

「また戦争をする国になっては困る」と彼女は言った。「戦争っていうと漠然としているけどあれは人殺しをやるってことよ」と言って終戦間近の8歳のころに見たことを話してくれた。

米軍横田基地から飛びたったC130Hという大型輸送機が私たちの頭上で低空飛行訓練を頻繁に行っている。彼女は言う「あの当時だってこんなに低く飛んでこなかった。狙われているようで怖い」と。

私の家は横田基地から多摩川をはさんで2キロほどのあきる野市の東側にある。

市内上空で米軍輸送機の低空飛行訓練が行われるようになったのは2012年、アラスカの米陸軍100名によるパラシュート降下訓練が始まってからだ。米空軍のオスプレイCV22の横田配備検討の報道があったのは2013年7月のことだ。その後も低空飛行訓練や輸送機からの部品落下、オスプレイMV22 (注) の横田飛来でもその都度市民の安心安全を守るようあきる野市に対して要請行動を行ってきた。市もその都度国(防衛省)に対して申し入れを行っているが、国からは何の回答もない。防衛省交渉にも参加したが「丁寧に説明し理解を得ていく」との言葉とは裏腹に米軍のメッセンジャーを果たしているだけだ。

米空軍の特殊作戦司令部が横田基地にオスプレイCV-22を 2017 年下半期に3機、 2021 年までに 7機配備するとしている。

横田基地が特殊部隊の司令部に変貌する。

オスプレイ配備に伴う駐機場、格納庫、運用・貯蔵施設、シミュレーターの建設費も計上され、特殊作戦飛行隊要員 430 人、家族を含め 1,100 人を受けいれるという。

政府は 5 月 17 日に閣議決定した、民進党の近籐昭一議員の質問主意書への答弁書で、CV22 オスプレイの訓練項目を明らかにしたが、横田周辺の訓練は離着陸、人員降下、物料投下、編隊飛行、夜間飛行の五項目を挙げ、詳細については「米国からこれ以上の説明は受けておらず、答えるのは困難」としている。

これを見てもアメリカの言いなりである。首都東京の横田基地が強化され、私たちの空の安全がさらに脅かされる。

安倍政権は新日米ガイドラインを結び、平和安全法制(戦争法)を強行した。
私たちの空の安心安全を守るためにも、戦争法の廃案を見据えた運動が必要であり、この参議院議員選挙もその立場で臨んでいきたい。

注:オスプレイMV22は海兵隊仕様で普天間基地に24機配備されている。CV22は空軍特殊作戦仕様で33機保有(内イギリスのミルデンホール空軍基地に10基配備)

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元海兵隊員による「リナさん殺害事件」を悼む 「密約法体系」がある限り、悲劇は何度でもくり返される

元海兵隊員による「リナさん殺害事件」を悼む
「密約法体系」がある限り、悲劇は何度でもくり返される

矢部宏治
                          2016年06月23日

今週の日曜日(6月19日)、沖縄で開かれた県民大会(*)に参加した。いうまでもない。4月に起きた元海兵隊員による暴行殺人事件をうけての抗議・追悼集会だ。主催者発表で6万5000人もの人びとが、那覇の陸上競技場に集まる大規模な集会となった(*「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾! 被害者を追悼し、沖縄から海兵隊の撤退を求める県民大会」於:奥武山(おうのやま)陸上競技場)。

 うっかり東京から半袖で来てしまった自分の両腕が、みるみる赤く火ぶくれしていく強烈な日差しのなか、壇上でスピーチをつづける県民の代表たち。

 本土の政治集会とちがって、そこにはウソくさい建前も、政治的ポジショントークも、いっさい存在しない。みな、いちように心に深い傷を負っていることが痛いほど伝わってくるからだ。

 思えば無理もない。21年前の少女暴行事件、あえて正確に書けば「米兵3名による女子小学生への集団強姦事件」が起こったあと、県をあげて「もう二度とこんな事件を起こさない」ことを誓ったはずだった。事件の背後に存在する、米軍関係者の犯罪を正当に裁けない歪んだ法的関係を、必ず変えると誓ったはずだった。日米両政府に対して全力で働きかけ、米軍基地問題の解決に力をつくしてきたはずだった。

 それなのに今回、やはりまだ少女と呼んでもいいような、あどけない笑顔をもつ20歳の女性が、無惨に暴行・殺害されてしまったのだ。いつもは快活な沖縄の友人たちも、いままで見たことがないほど表情が暗い。県民代表のスピーチで「(娘を)最後の犠牲者にしてください」という遺族の言葉が伝えられたときには、眼鏡をはずして、汗と混じりあった涙をタオルでぬぐう人たちの姿があちこちでみられた。

リナさんが、殺害されるまで

 沖縄の尊敬すべきジャーナリストたちにならって、私も彼女を「リナさん」と呼ぶことにする。「20歳の女性」と書くことで、沖縄では当然のこととして共有されている激しい心の痛みが、本土に届かぬまま消えてしまうことを恐れるからだ。

 まだ成人したばかりで、これから長く充実した人生を歩んでいくはずだったリナさん。大切な恋人もいた、両親にとっては一人娘だったリナさん。

 「思い出も涙も、尽きることはありません」と題された、告別式(5月21日)の参列者宛ての礼状には、次のように書かれている。

 「一人娘の里奈は、私達夫婦にとって、かけがえのない宝物でした。これは親のひいき目かもしれませんが、素直で明るくて、いい子に育ったと思っています。沢山の友達にも恵まれ、好きな人と心通わせ、今が一番楽しい時期だったのに…。このような形で人生を終えるはずではありませんでした。
 今となっては娘の身に一体何が起こったのか、本人に直接話を聞くことも、にこっと笑ったあの表情を見ることもできません。今はいつ癒えるのかも分からない悲しみとやり場のない憤りで胸が張り裂けんばかりに痛んでいます。
 娘に私達の言葉が届くのであれば『怖い思いをしたね、後のことは心配しないで安らかに…』そう伝えたいと思います(後略)」

 リナさんが殺害された経緯については、まだ完全に解明されたわけではない。しかし逮捕直後の容疑者の供述や、現在の県警の捜査状況から見て、おそらくそれは次のようなものだったと思われる。

 4月28日の午後8時ごろ、ウォーキングのために自宅を出たリナさんは、交通量の多い、新しくできたバイパス道路を経由して、大手ディスカウントストア・ドンキホーテへ向かういつものルートを歩いていた。ところが店に到着する200メートルほど手前の路上で、突然うしろから棒で殴られ、抵抗力を奪われたあと、県道わきの草むらでレイプされ、その後、殺害された。そしていくつかの隠蔽工作がおこなわれたあと、その死体は遠くはなれた山中に遺棄された。

 容疑者である元海兵隊員のケネス・フランクリン・シンザト(32)は、現在、犯行現場から車で20分ほど離れた嘉手納空軍基地内で「軍属」として働いており、帰宅時に通常のルートから大きく外れてこの凶行におよんだことがわかっている。

「日本の右翼」が叫ぶ奇妙なメッセージ

 政治家である翁長知事や稲嶺・名護市長だけではない。まだ若い世代の人たちもふくめて、集会の参加者全員が、強く強く自分にこう問いかけていることがわかる。

 「自分には、もっとできることがあったのではないか」
 「こうした状態を放置した自分にも、責任があるのではないか」

 しかしもちろん、沖縄県民のみなさんに責任があるはずがない。沖縄の政治家の問題でもない。そのことは集会を終えたあと、駅に向かう途中ですれちがった「右翼」の街宣カーがくりかえしていた次の言葉に、いちばんよくあらわれている。

 「今回の悲劇を政治利用するな。大げさに騒ぎたて、遺族の感情を傷つけるな」

 これほど悲しい「右翼」が世界のどこにいるだろう。

 無限の未来をもつはずだった自国の若い女性が、外国軍の元兵士にレイプされ、殺害されたうえ、死体を山のなかに遺棄されてしまったのだ。しかも事件の背後には、外国軍兵士の犯罪を公正に裁くことができない、あきらかな不平等条約が存在する。

 そういうとき、まちがいなくほかの誰よりも早く、強く、怒りだし、その怒りを具体的な行動であらわすのが世界標準の「右翼」というものではないのか。それゆえにかれらは、ときに法律の枠を逸脱することがあっても、あらゆる民族社会のなかで一定の尊敬を勝ち得ているのではないのか。

 しかし、この奇妙な「日本の右翼」のメッセージは、実は日本の「保守派」全体、いわゆる「安保村」全体のメッセージでもあるのだ。

 かれらのメッセージは、よく耳をかたむけてみると実にシンプルだ。つまりかれらは、くり返しくり返し、

 「とにかく米軍には逆らうな。米軍に逆らう人間は、反日主義者だ」

 とのべているのである。そして一見、論理的に矛盾するこの奇妙なテーゼこそ、「戦後日本」という国家の真実なのである。

 実は今回の県民大会に、自民党と公明党は参加しなかった。どんな悲劇が起ころうとも、どんな民意が示されようとも、大会の決議案に書かれた「沖縄からの海兵隊の撤退」を求めることなど、かれらには絶対にできないからだ。その姿は、どれだけ国民が反対しようと、ひたすら安保法案を成立させるしかなかった安倍総理の姿と、まさに二重写しになっている。

米軍がウラ側で行使しつづける3つの巨大な権利

 前回の記事(「連載 戦後日本・最大のタブー「指揮権密約」とは何か [1]戦争になれば、自衛隊は米軍の指揮下に入る」)でも少しふれたように、日米安保条約や地位協定の本質は、はるか昔、まだ日本が占領中だった1950年に起きた朝鮮戦争にある。この大戦争で苦境に立った米軍が、日本の国土や資源を自由に使いつづけるために結んだ「完全な不平等条約」、それが日米安保条約や地位協定(当時は行政協定)だったのである(『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』集英社インターナショナル)。

 それらの条文は米軍自身が書いており、そこには米軍が日本を使って戦争をするために必要な権利がすべて盛りこまれている。そのジャンルには、大きく分けて次の3つがある。

(1)日本の国土全体を自由に使用するための「基地権」
(2)日本の軍隊を自由に指揮するための「指揮権」
(3)日本の法によって米軍関係者が裁かれないための「裁判権」

 この3つの巨大な権利を米軍が、日本の社会システムのウラ側で行使しつづけたことが、現在のような自民党を中心とした「米軍への完全従属体制」や、「憲法よりも米軍との取り決めが上位にある歪んだ法的構造」を生みだした最大の原因となっている。その象徴が、米軍の軍事上の要請にもとづいて結ばれたさまざまな密約なのである。

 今回の事件でいちばん不思議なのは、なぜ「裁判権放棄密約」というすでに完全に証明された密約について、真正面からそれを破棄するという議論が起きないのかということだ。たしかに冒頭でふれた県民大会の決議文には、たんなる「地位協定の改定」ではなく、「地位協定の根本的改定」を求めるという項目が入っていた。その「根本的」という3文字に、おそらく密約の問題もふくまれているのだろう。

 しかし、それでは弱すぎる。それでは本土の人間には、まったく伝わらないのである。

「裁判権放棄密約」とは何か

 くわしくはまた、別の機会に書くことにするが、「裁判権放棄密約」とは、ひとことでいえば、

 「とくに重要な事件以外は、米軍関係者への裁判権は放棄する」

 という、本当にとんでもない密約のことだ。しかし1953年にむすばれたこの密約が、その後現在にいたるまで効力をもちつづけていることは、すでに複数の公文書によって証明されている。

 そして最大の問題は、どの事件が「とくに重要な事件」かを認定するのが米軍自身だということだ。そのため地位協定本文の文言がどう改定されようと、米軍関係者の犯罪が日本で正当に裁かれる可能性はない。

 論より証拠。4年前に沖縄で起きた米軍兵士による強姦事件で、犯人の米兵は「自分が女性をレイプしても警察につかまることはない」という認識を、はっきりともっていた。そのことが、すでに裁判記録のなかであきらかになっているのである。

 地位協定もふくめて現在の歪んだ日米関係の根っこには、すべてこのような、民主主義国家のシステムを根幹から破壊する米軍との軍事上の密約が横たわっている。この裁判権放棄密約を中心とする「密約法体系」の問題を論じることなく、リナさんを「最後の犠牲者」とすることなど、絶対に不可能なのである。
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<汚染土>「管理に170年」…安全判断先送り、再利用方針(毎日新聞)

<汚染土>「管理に170年」…安全判断先送り、再利用方針
毎日新聞 6月27日(月)8時0分配信

 ◇環境省非公開会合

 東京電力福島第1原発事故に伴う除染で出た汚染土を巡り、環境省の検討会が再利用の方針を決めた際、法定の安全基準まで放射能濃度が減るのに170年かかるとの試算を非公開会合で示されながら、長期管理の可否判断を先送りしていたことが分かった。環境省は汚染土を道路の盛り土などに再利用し、コンクリートで覆うことなどで放射線を遮蔽(しゃへい)するとしているが、非公開会合では盛り土の耐用年数を70年と提示。道路の供用終了後も100年間の管理が必要で、専門家は「隔離もせずに計170年もの管理をできるはずがない」と厳しく批判している。

 この非公開会合は「放射線影響安全性評価検討ワーキンググループ(WG)」。汚染土の減容や再利用を図るため環境省が設置した「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会」の下部組織で、メンバーは一部重なる。

 毎日新聞が入手したWGの内部資料によると、1〜5月に6回開かれ、放射線の専門家ら委員8人と環境省や日本原子力研究開発機構(JAEA)の担当者ら計20人余が出席した。原子炉等規制法は原発解体で生じる金属などの「安全に再利用できる基準」(クリアランスレベル)を放射性セシウム1キロ当たり100ベクレル以下と定める一方、事故後成立した放射性物質汚染対処特別措置法は8000ベクレル超を指定廃棄物とし、同ベクレル以下を「問題なく廃棄処理できる基準」と規定。WGはこの8000ベクレルを汚染土再利用の上限値とするための「理論武装」(WG委員長の佐藤努北海道大教授)の場となった。

 環境省は汚染土をコンクリートで覆うことなどで「放射線量はクリアランスレベルと同程度に抑えられる」として道路の盛り土や防潮堤など公共工事に再利用する計画を発案。1月27日の第2回WG会合で、委員から「問題は(道路などの)供用後。自由に掘り返していいとなると(再利用の上限は)厳しい値になる」との指摘が出た。JAEAの担当者は「例えば5000ベクレル(の汚染土)を再利用すれば100ベクレルまで減衰するのに170年。盛り土の耐用年数は70年という指標があり、供用中と供用後で170年管理することになる」との試算を提示した。

 その後、管理期間を巡る議論は深まらないまま、上部組織の戦略検討会は8000ベクレルを上限として、コンクリートで覆う場合は6000ベクレル以下、植栽した盛り土の場合は5000ベクレル以下など用途ごとに目安を示して再利用を今月7日に了承した。

 環境省は年内にも福島県内の仮置き場で濃度の異なる汚染土を使って盛り土を作り、線量を測る実証実験を始めるとしている。

 戦略検討会の委員を兼ねるWGの佐藤委員長は管理期間170年の試算を認めた上で、「議論はしたが何も決まっていない。今回は再利用の入り口の考え方を示したもので、(170年の管理が)現実的かどうかは今後検討する」とした。

 環境省除染・中間貯蔵企画調整チーム長だった小野洋氏(6月17日異動)は、「最後どうするかまでは詰め切れていないが、そこは環境省が責任を持つ」と述べた。同じ検討会の下に設置され土木学会を中心とした別のWGでは汚染土再利用について「トレーサビリティー(最終段階まで追跡可能な状態)の確保は決して容易ではない」との見解が示されている。【日野行介】

 ◇捨てているだけ…熊本一規・明治学院大教授(環境政策)の話

 汚染管理は、一般人を立ち入らせないことや汚染物が埋まっていることを知らせるなどの要件を満たすことが必要だ。道路など公共物に使いながら170年間も管理するのはあまりに非現実的。70年の耐用年数とも矛盾する。このような措置は管理に当たらないし、責任を取らないと言っているに等しい。実態としては捨てているだけだ。

 ◇除染による汚染土

 住宅地などの地表面をはぎ取った汚染土はフレコンバッグなどに入れ現場の地下に埋設保管されているほか、自治体などが設置した仮置き場で集積保管されている。推計で最大2200万立方メートル(東京ドーム18個分)とされる福島県内分は双葉、大熊両町に整備中の中間貯蔵施設で最長30年間保管後、県外で最終処分する方針だが、処分先などは未定。福島県外では栃木、千葉など7県で計約31.5万立方メートルが昨年9月末時点で保管されているが、今後の取り扱いは決まっていない。

最終更新:6月27日(月)12時52分


<関連記事>
汚染土  二重基準隠し、再利用へ「理論武装」
毎日新聞2016年6月27日 08時01分(最終更新 6月27日 08時19分)


環境省非公開会合

 「ダブルスタンダード(二重基準)としか読めない」。東京電力福島第1原発事故に伴う除染で出た汚染土の再利用を巡り、管理期間を170年と試算しながらその可否について判断を先送りした環境省の非公開会合は、法令が定める二つの基準の整合性が議論の中心となった。議論を取り仕切る委員長からは「この会合はその(二重基準と言われない)準備のための理論武装と考えている」との発言も飛び出した。【日野行介】

 原子炉等規制法は原発解体で生じる金属などの「安全に再利用できる基準」(クリアランスレベル)を放射性セシウム1キロ当たり100ベクレル以下と規定。一方、原発事故後に成立した放射性物質汚染対処特別措置法は8000ベクレル超を指定廃棄物とし、同ベクレル以下を「問題なく廃棄処理できる基準」と定めている。

 「再利用のためには濃度基準は必要で、そのための目安は8000ベクレル。ただ、当面の考え方(クリアランスレベル)と整合を取っていて100ベクレルという努力目標がある。100ベクレルが義務ならダブルスタンダードになる」。2月24日に開かれた4回目の非公開会合で事務局役の日本原子力研究開発機構(JAEA)の担当者が説明した。議論をまとめた文書に対し、ある委員は「まだダブルスタンダードのように読める」と指摘。別のJAEA担当者が「(汚染土をコンクリートなどで覆う)管理の仕方とセットにすればダブルスタンダードではないと考える」とフォローした。

 委員長の佐藤努北海道大学教授は「この会合はその準備のための理論武装と考えている」と発言。後の取材で「二重基準だと言われないためという趣旨か」と問うと、「はい、そうです」と認めた。

 二重基準と指摘される恐れがありながら、環境省が非公開会合での議論を進めたのは、再利用の上限値を緩めなければ、最大で東京ドーム18個分とされる汚染土の最終処分量を減らせないためだ。汚染土は植物など異物を除去後、セシウムが小さい粒に付着しやすい特性を利用して、ふるい分けで濃度が低い大きい粒を集めて再利用される。これなら8000ベクレルで75%、3000ベクレルでも62%の再利用が可能だが、100ベクレルではほとんど再利用できないとの試算も非公開会合で示された。

 非公開会合の上部組織「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会」は昨年7月、環境省が土木や放射線の専門家ら11人を委員に設置。要綱で「ワーキンググループ(WG)を置くことができる」とし、「土木学会再生利用WG」などが設けられ、メンバーや議事録が公開されている。しかし、二重基準を議論した非公開会合「放射線影響安全性評価検討WG」は、当初その存在すら公表されなかった。

 今年4月13日の参院東日本大震災復興・原子力問題特別委員会で丸川珠代環境相はようやく存在を認めたが、議事録などは「公にすれば誤解や混乱を生む可能性がある」と公開を拒否。2月16日の非公開会合で佐藤委員長は「親委員会である戦略検討会へのWGの結論の出し方も考えなくてはならない」と発言、環境省の担当者も「検討会は公開の議論なので出し方に注意が必要」と応じ、保秘の姿勢を強く示していた。

≪必見≫そもそも総研「原発事故汚染土 全国の公共事業で再利用して大丈夫?」(20分)

8千ベクレル以下の汚染土再利用へ 環境省、盛り土など(朝日新聞)
2016年6月7日18時23分

 環境省は7日、東京電力福島第一原発事故の除染で出た汚染土などについて、ふるい分けなどをして放射能濃度が1キロあたり8千ベクレル以下となったものは再利用が可能とする基本方針をまとめた。今後、道路や防潮堤の盛り土などでの活用をめざす。最大で2200万立方メートル発生するとされる汚染土の再利用を進め、福島県外での最終処分量を減らす。

 基本方針では、汚染土などをきれいな土やアスファルトなどで覆うことで、近隣住民らの被曝(ひばく)を年0・01ミリシーベルト以下にする。作業者の被曝も年間1ミリ以下にするよう求めた。

≪必見≫そもそも総研「原発事故汚染土 全国の公共事業で再利用して大丈夫?」(20分)


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『放射能汚染土 再利用して大丈夫?』 そもそも総研 投稿者

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梅雨のあい間に━70代に近づく日

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体調悪し 腰が痛い日

わたしは重い腰をあげ

雨上がりの道を

久しぶりに歩き出す


いっぽいっぽ足をすすめる

重い腰もしだいに軽くなってくる

わたしを待っていてくれる

今日の花はなんだろう


空は夏空風になってきた

日差しが暑い

日よけをかぶってきて正解!

調子がでてきた〜


美人な花をさがす楽しみ

あなたはイマイチかな

写真にはおさめないけど

この道端にはぴったりな花ですよ


なんていいながら田んぼ道へ

田植えは終わり

水路には水があふれ

なつかしい風景だ


そんな風景の一角に

あなたは待っていた

白いタチアオイ

夏空にぴったり


戦後70年近くの時代は

ほんとうに幸せな時代だった

その時代を自由に生きてきた

そんな思いを実感するこの頃


歳とともに身体も気持ちも

余裕がなくなるばかり

でも物事の見方は変わった

自分自分でなくなった


せいぜいが

自分のことは少し横に置く

そこから

なにができるか


そんなことを

ひとり静かに

考えることができた

梅雨のあい間の誕生日だった


                       暮陽(ぼよう)

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[1]戦争になれば、自衛隊は米軍の指揮下に入る-戦後日本・最大のタブー「指揮権密約」とは何か(WEBRONZA)

[1]戦争になれば、自衛隊は米軍の指揮下に入る

矢部宏治
                    2016年06月01日


 あの懐かしい『朝日ジャーナル』が、この夏、特別号を出すことになったらしい。

 その誌面で、旧知の白井聡さん(政治学者)と対談してほしいといわれたので、喜んで出かけていくことにした。ちょうど同じ日、店頭に並ぶ予定の自分の本(『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』集英社インターナショナル)についても話をしていいですよという、願ってもない企画だったのである。

 対談の内容については、6月下旬に出るその特別号を読んでいただきたいのだが、依頼のメールをもらったときに、少し運命を感じた。というのも私が今回の本でとりあげた「戦後日本・最大のタブー」について、35年前に大スクープを放ったのが、まさに『朝日ジャーナル』だったからだ。

 そのタブーの名を「指揮権密約」という。

 そういっても、おそらくピンとこない方がほとんどだろう。つまり「指揮権密約」とは、「戦争になったら、自衛隊は米軍の指揮下に入る」という密約のことなのである。

 「バカなことをいうな。そんなものが、あるはずないだろう」

 そうした読者の怒りの声が、聞こえてくるような気もする。

 しかしそれはアメリカの公文書によって、完全に証明された事実なのだ。占領終結直後の1952年7月23日と、1954年2月8日の2度、当時の吉田茂首相が極東米軍の司令官と口頭でその密約を結んでいる。

 その事実を本国へ報告したアメリカの公文書を、現在、獨協大学名誉教授の古関彰一さんが発掘し、1981年5月22日号と29日号の『朝日ジャーナル』で記事にしたのである。


実は米軍が自分で書いていた安保条約!
その原案に予言された自衛隊の悪夢とは


 今回、この「指揮権密約」がむすばれた経緯や背景、それが戦後の「日米密約」の法体系全体のなかで、いったいどのような位置づけにあったのかについて調べていくうちに、とんでもないことがわかってきた。

 まずひとつめの事実。それは日米安保条約というのは、実は朝鮮戦争(1950年6月開戦)で苦境に立たされた米軍が、日本に戦争協力をさせるため、自分で条文を書いた取り決めだったということだ。私はいままで書いた本(『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』など)のなかで、「なぜ首都圏の上空がいまでも米軍に支配されているのか」「なぜ米兵の犯罪がまともに裁かれないのか」とくりかえしのべてきたが、米軍自身が書いた取り決めならそれも当然だ。自分たちに徹底的に有利な取り決めを書いているのである。

 そしてふたつめが、みなさんに急いでお伝えしなければならない驚愕の事実。それはいまから66年前に米軍が最初に書いた日米安保条約の原案(1950年10月27日案)、つまりかれらの要求が100パーセント盛り込まれた戦争協力協定が、さまざまな条約や協定、密約の組み合わせによって、いま、すべて現実のものになろうとしているという事実なのである。

 あれこれ説明する前に、まずは「第14条 日本軍」と題されたその原案を見てほしい。

(1)「この協定〔=旧安保条約〕が有効なあいだは、日本政府は陸軍・海軍・空軍は創設しない。ただし(略)アメリカ政府の決定に、完全に従属する軍隊を創設する場合は例外とする」

(2)「(略)戦争の脅威が生じたと米軍司令部が判断したときは、すべての日本の軍隊は(略)アメリカ政府によって任命された最高司令官の指揮のもとに置かれる」

(3)「日本軍が創設された場合、(略)日本国外で戦闘行動をおこなうことはできない。ただし前記の〔アメリカ政府が任命した〕最高司令官の指揮による場合はその例外とする」
 (以上、同14条第3節から5節。〔 〕内は筆者の補足)。

 この米軍が書いた安保条約の原案を読んだとき、まさに目からウロコがボロボロと何枚も落ちていく思いがした。2010年の鳩山内閣の崩壊以来、6年間にわたって調べつづけてきた対米従属の問題、戦後日本という国がもつ大きな歪みの正体が、すべてこの条文に凝縮されていることがわかったからだ。軍隊の指揮権を他国にもたれていれば、もちろんその国は独立国ではない。非常に単純な話だったのだ。

 そしてもうひとつ。ここには2015年以来、急速に整備されつつある安保関連法の先にある「完全にアメリカに従属し、戦争が必要と米軍司令部が判断したら、世界中でその指揮下に入って戦う自衛隊」という悪夢が、はっきりと予言されているのである。


2つの憲法破壊

 具体的な話については、また次回以降書くことにするが、この軍部が書いた安保条約の原案には、2015年の安保関連法の成立で完結した、65年間におよぶ憲法破壊のストーリーもまた、すべて予言されている。

 もう一度、(1)の条文を見てほしい。まずこの軍事協定(旧安保条約)が有効なあいだは「日本政府は陸軍・海軍・空軍は創設しない」と書かれている。

 いうまでもなく、これは日本国憲法9条2項の内容そのものなのだが、つづけて「ただしアメリカ政府の決定に完全に従属する軍隊はその例外とする」という条文が書かれている。なぜこうした例外規定を米軍が書き加えたかというと、すでにのべたとおり、朝鮮戦争の勃発によって、日本の軍事力を利用する必要が生まれたからだった。

 こうしてここで、1度目の決定的な憲法破壊にむけての、レールが敷かれることになった。それはいうまでもなく、日本国民にその実態を完全に隠したままおこなわれた再軍備である。1952年の吉田の指揮権密約を前提に保安隊が発足し、同じく1954年の指揮権密約を前提に自衛隊が発足することになった。

 そのとき2度、吉田が口頭で米軍司令官と合意した内容は、前記の(2)の条文とほとんど同じものである。つまり戦争をする必要があると米軍司令部が判断したときは、自衛隊はその指揮下に入って戦うということだ。

 さらに(3)の条文を見てほしい。この条文こそが65年後(つまり2015年)、安倍政権によっておこなわれた2度目の決定的な憲法破壊にむけてのレールを敷くことになったのである。つまり米軍の指揮権さえ認めれば、日本は軍隊をもつだけでなく、その軍隊が国外で戦争をすることも許されるということだ。

 条文(1)は憲法9条2項の破壊だったが、この条文(3)は憲法9条1項の破壊である。こうして日本政府は自国民の同意をまったく得ないまま、60年以上の時をかけて、憲法9条全体を完全に破壊することになったのである。

 いま安倍政権による憲法破壊を本当に止めようと思うなら、こうした歴史を真摯にさかのぼる必要がある。そして1952年の独立直後に起きたもうひとつの憲法破壊とセットで、あくまで日米間の隠された軍事的構造の全体像を把握したうえで、その問題に対処する必要があるのである。 (つづく)

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『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』矢部宏治著を読んだ!

日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか

矢部宏治・著  

概要

ベストセラーになった前作、『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を、はるかに上まわる衝撃の事実!
日本の戦後史に、これ以上の謎も闇も、もう存在しない。

この本には、日本国民のみなさんが知ったら、卒倒しかねないことがたくさん書かれています。しかし、それらはすべて、公文書にもとづく疑いようのない事実なのです。

なかでも驚かされるのは、1950年6月の朝鮮戦争・勃発以来、アメリカの周到な計画のもとでむすばれた数々の条約や協定が、わたしたち日本人の知らないあいだに、次のような恐るべき密約を成立させていたという事実です。

戦争の脅威が生じたと米軍司令部が判断したときは、
すべての日本の軍隊は、アメリカ政府によって任命された
最高司令官の指揮のもとに置かれる。

これが本書のテーマである「指揮権密約」という、アメリカがもつ巨大な法的権利の正体であり、日本が負う巨大な法的義務の正体なのです。


──えっ! いったい、いつ、どこで、だれが、そんなひどい取り決めをむすんだのだ!?

それは、この本をお読みになればわかります。そしてこの密約の存在を知れば、いま日本の国境というしばりを越え、海外へ派兵されようとしている自衛隊が、いかに重大で深刻な歴史的役割を負わされているかがわかるでしょう。

──でも、日本には憲法9条があるじゃないか!

この本を読めば、その憲法9条が、どのようにしてその理想と効力を奪われていったかが、はっきりとわかります。そしてその理想を取りもどすために、わたしたちがいったいなにをすればいいかも、わかります。

膨大な資料群のなかから、「指揮権密約」という戦後最大のタブーを浮かび上がらせ、その存在を証明した著者の緻密な思考と情熱。本書では、日本の戦後史に隠された謎のすべてが、ついに解き明かされます。

目次

序章 六本木ヘリポートから闇の世界へ
PART 1 ふたつの密約──「基地」の密約と「指揮」の密約
PART 2 ふたつの戦後世界──ダレスvs.マッカーサー
PART 3 最後の秘密・日本はなぜ、戦争を止められないのか
     ──継続した「占領下の戦時体制」
あとがき 独立のモデル──私たちは、なにを選択すべきなのか


<感想>

上記は発行元の集英社の紹介を転載したものです。
http://www.shueisha-int.co.jp/archives/3659

発行と同時にこの本に飛びついたのには訳があります。

去年の「安保関連法案」の参議院特別委員会での強行採決をテレビ映像で見たのちは

どこか政治に対して再びうつろな気分にどんどんなっていく自分を

とめることができなくなって日常が過ぎていました。

いけないとは思いながら、

日本の国会はどうしてこうなのか

日本の今の政治家はどこまでひどくなっていくのか

こんな政治家を国会へ送る国民とはなんなのか

こんな安倍政権を支持する国民とはなんなのか

心の中はもやもやするばかりで・・・

テレビに出てくるアベの顔など一秒たりとも見たくない!

こんな精神状態をもてあましていました。

そんなときに矢部宏治さんによる『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』の

続編のような『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』ができあがったと知りました。

そしてここ4,5日をかけて読み上げました。

最初は以前の本と同じように高校生でも読めるようなわかり安い文章で内容でした。

しかし本題に入ってくるとだんだん私には難しくなりました。

それは戦後史や国連のことなどの基本的な知識が不足しているからです。

しかしながら私が十分に理解できないながらも強みがあることを発見しました。

それは日米の「密約」という事実を知っていたからです。

もちろんそれはこのブログでも再三書いてきた西山太吉さんの裁判を通して

「沖縄密約問題」を知ったからです。

その中でも若泉敬氏による『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』を読んだことは

矢部宏治さんのこの本が私にとって難しいなりに最後まで読み終えれた

唯一の手助けだったんだろうと確信します。

そして読後感としては、精神安定剤の役割をしてもらった

そして理解率40パーセントぐらいであっても

今後この本を役立てる機会が訪れるだろうと希望が持てました。

矢部宏治さんの知性と勇気に敬意を表します。

無題

『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』刊行記念対談 矢部宏治・孫崎享

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『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』刊行記念対談 矢部宏治・天木直人
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今日『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』の本が届きます。

読みたい本が多くなりたいへんだ!

自民党「憲法改正草案Q&A」への疑問 「小さな人権」とは 緊急時なら制限されてもいい…?(毎日新聞)

新聞を読まなくなってもう何年になるだろうか?
紹介したくなる記事をネットで発見するとほんとうにうれしくなる。

プロの記者だものわかりやすい文章で無駄のない書き方だ。

今の日本に状況の危機感は増すばかりなれど

わたしに何ができるかと考えると・・・。

知りたいと思っている人にわかりやすい言葉で伝えたい。

それをしてくれる新聞記者がまだいる。

それを私は紹介したい。


特集ワイド
. 自民党「憲法改正草案Q&A」への疑問 「小さな人権」とは 緊急時なら制限されてもいい…?

                                 毎日新聞2016年5月23日 東京夕刊


 思わず首をかしげてしまった。「大きな人権」と「小さな人権」が存在するというのである。この表現は、自民党が憲法改正草案を解説するために作成した冊子「改正草案Q&A」の中で見つけた。大災害などの緊急時には「生命、身体、財産という大きな人権を守るため、小さな人権がやむなく制限されることもあり得る」というのだ。そもそも人権は大小に分けることができるのだろうか。【江畑佳明】


脅かされる「表現の自由」「個の尊重」/平常時にも制約受ける恐れ

 まずは「改正草案Q&A」を見てみよう。「大きな人権」と「小さな人権」が記されているのは、外部からの武力攻撃、内乱などの社会秩序の混乱、大災害などの際、一時的に人権を制限し、内閣に権限を集中させる緊急事態条項を説明する項目だ。政府・自民党は熊本地震後、円滑に人命救助や復興作業を進めるために必要な条文だとの訴えを強めている。

 Q&Aでは「国民の生命、身体、財産の保護は、平常時のみならず、緊急時においても国家の最も重要な役割です」と説明している。ここまでは疑問なく読めるのだが、次の説明がひっかかる。

 「『緊急事態であっても、基本的人権は制限すべきではない』との意見もありますが、国民の生命、身体及び財産という大きな人権を守るために、そのため必要な範囲でより小さな人権がやむなく制限されることもあり得るものと考えます」

 自民党が考える「大きな人権」は分かったが、「小さな人権」は不明だ。

 そこで自民党の憲法改正推進本部に問い合わせた。でも、担当者は「書いてある通りにご理解いただければ、大変助かります」と繰り返すばかり。Q&Aを読んでも理解できないから質問したのに……。

 人権を分ける考えについて、改憲草案の作成に深く携わった礒崎陽輔・党憲法改正推進本部副本部長は、緊急事態条項に関する毎日新聞のインタビュー(4月29日朝刊)でこう答えている。「国家の崇高で重い役割の一つは、国民の生命、身体、財産を守ることにある。小さな人権が侵害されることはあるかもしれないが、国民を守れなければ、立憲主義も何もない」

 この考え方に真っ向から反対するのが、一橋大教授の阪口正二郎さん(憲法学)。「人権に大小の区別はありません」と断定する。

 現行憲法は、思想・良心の自由▽信教の自由▽表現の自由▽財産権を含む経済的自由−−など多様な権利を保障している。阪口さんは「表現の自由は民主主義を支えるために不可欠であり、万一制約されても民主主義さえ機能していれば政治過程で回復可能な財産権よりも、手厚く保護すべきだという議論はあります。ですが、人権に大小があるという話は聞いたことがない」と説明する。

 阪口さんが特に危惧するのが、緊急時に表現の自由が「小さな人権だ」として制限される可能性があることだ。「財産権を『大きな人権』に位置付け、『財産権という大きな人権を守るため』と表現の自由が制限されていいというのは、全く逆です」

 重要な人権が制限されかねないと、なぜ阪口さんは考えるのか。「この『Q&A』では『(人権は生まれながらに誰もが持っているという)西欧の天賦人権説に基づく規定は改める必要がある』と書いており、国民に憲法尊重義務を新たに課すと主張するなど、人権より国家が優位だと考えている印象を受けます。そこで『国民の生命、身体及び財産という大きな人権を守るため』という部分を、『国家を守るため』と読み替えてみると、その意図がはっきりします」

 そしてこう続けた。「緊急事態条項の目的は国家を守ること。『危機にある国家を守らねばならないから、国家を批判する言動は控えろ』と、表現の自由などの人権を制限しかねない。個人の人権よりも国家の意思を優先させ、物事を進めたいのが本音ではないでしょうか」

 「国あっての人権」。阪口さんはそれを「人類普遍の原理であるはずの人権思想からの決別」と呼んだ。

 「人権に大小をつける考え方には、自民党の人権観が表れている」と、1票の格差問題などの違憲訴訟に数多く携わってきた伊藤真弁護士は指摘する。「『大きな人権のために小さな人権は制限されてもいい』という発想は、緊急時だけにとどまるものではありません。この考え方を認めてしまえば、平常時においても『これは小さな人権だから尊重しなくてもいい』という考えにつながりかねない」。人権軽視が横行する世の中になりかねないというのだ。

 改憲草案で見逃せない点は他にもある。「すべて国民は、個人として尊重される」と定めた13条の改変と、「基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」とした97条の削除だ。

 伊藤さんは「13条について、改憲草案では『個』を外して『人』に変更しました。憲法が想定する『自立した個人』の存在をなくす考え方で、個人主義を否定しています。さらに97条を削除したことは、人権の普遍性を否定したも同じ。その上で『人権の大小』を設けるというのは、人権尊重の思想に背を向ける行為です」と語る。

 ここまで論じたように、万一、改憲草案が現実化したら、人権が制限される懸念は高まりそうだ。その一方で「改憲を先取りするかのように、人権の制限は既に進められている」との声も出ている。

 貧困に苦しむ人たちを支援するNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」理事の稲葉剛(つよし)さんは「安倍晋三政権は生活保護の支給額を段階的に引き下げています。さらに2013年の改正生活保護法で、親族の援助が受けられない時は、福祉事務所がその理由の報告を求めることができるようになりました。これでは生活保護の申請をためらう事態になりかねない。憲法25条の生存権、『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』が脅かされつつあるのです」と実情を訴える。

 稲葉さんは改憲草案が「家族のあり方」に手をつけることにも危機感を抱く。改憲草案では24条で「家族は互いに助け合わねばならない」とする。この狙いを「貧困により家族の支えが限界に来ているという現実を直視せず、自らが理想とする家族像を押し付けようとしているのではないでしょうか。国には尊厳ある個人の生存権を保障するよう努める義務があるにもかかわらず、『家族なんだから助け合いなさい』とその責任を家族に転嫁したい意図を感じます」とみる。

 「小さな人権」を認めれば、社会的に弱い立場の人たちの人権が「小さい」と判断されてしまうかもしれない。

 人権は常に制約される可能性がある。改憲反対や脱原発をテーマにした市民集会を巡り、自治体が「政治的中立」などの理由で公的施設の利用に難色を示すケースが出ている。表現の自由や集会の自由が「小さな人権」と制約を受け続けたら……。

 Q&Aでは「人権は、人間であることによって当然に有するもの」と基本的人権を尊重する姿勢は変わらないと記している。であれば、「人権の大小」という発想自体、生まれてこないのではないか。


前記事元自民党タカ派の遺言 安倍首相、覚えてますか?
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くちもとへ

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わたしの友達は若いころ

駆け落ちしてふるさとから出てきたという

駆け落ちしたお相手と建てた家に



ふるさとで年老いた母君を招いて暮らしだした


お母様の様子はいかがと聞くと

躁と鬱がひどいという

お母様は若い時から躁鬱だという

娘のわたしは

駆け落ちしたから知らなかったという


骨と皮だけになっても

躁と鬱を繰り返す母君

あるがままにしてあげればというも

そういうわけにはいかないわよと

牛乳をひと匙くちの中へ入れる友


季節は初夏

その家の軒下では

ツバメのヒナが

口をあけて待っていた

ツバメが飛び立つ日はもうすぐ


                暮陽(ぼよう)

日本 日本

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気持ちに余裕を持たないと

歩くということがこんなにできないとは・・・

仕事を少し控え新しい散歩コースを探索した。

そこでであえた草花

名前は表記されていたけど

メモしてくるの忘れちゃった

次に行くときまで名無しの権兵衛


森林浴するはずの隣り町

歩き出すとすぐ目に入ったのは

図書館の矢印

やはり行かない手はないでしょう

そしてさがしだしたその先は

詩の本だ

待っていてくれたのは大御所詩人


やはりすごい!

こんな年寄りになりたい

2008年 100歳少し前の作だろうか


日本(ニホン)日本(ニホン)


日本の旗は

日の丸

まっ白のまん中に

まっ赤な

まんまるお日さま

ひと目でわかる

世界のどこにもない

素朴で美しい日本の旗


日本の歌は

君が代

小さな石が大きな

岩になって

苔が生えるまで

栄える

いちど聞いたらわかる

世界のどこにもない

素朴で美しい日本の歌


その美しい日本の

旗が歌が昔は

戦争に使われてたんだが

これからこそは

日本よ 日本よ

その旗と歌で

戦争を追い出し平和を

迎え入れるんだな


地球が笑い

お日さまが笑い

月も星も

宇宙も

笑い

永遠が

笑いやまない

までにな

やっほっほー!            まど・みちお 『うふふ詩集』より

今年も咲きました━ムラサキツユクサ

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ときは初夏

6月より少しはやいこの時期

ネコのヒタイほどの我が家の庭に咲いてくれる

ムラサキツユクサ


咲きはじめのころにくらべると

まわりのドクダミ草に浸食され

ほんのわずかになった

ムラサキツユクサ


わたしの幼いころや

わたしのふるさとを

づーっとむすびつけてる

ムラサキツユクサ


ふるさとへ帰りたい

いや帰れない

やはり帰りたい

どうしても帰れない


こんな心を胸に秘めてては

「認知症」の時には

まず間違いなく

徘徊するでしょう


だからせめて

帰るのです

ムラサキツユクサの咲く頃は

わがふるさとへ


                        暮陽(ぼよう)

「憲法改正」の真実:樋口陽一&小林節

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人権否定、戦前回帰の自民党・改憲草案はなぜ生まれたのか? 憲法調査会に巣食うグロテスクな世襲議員たち(リテラ)

人権否定、戦前回帰の自民党・改憲草案はなぜ生まれたのか? 憲法調査会に巣食うグロテスクな世襲議員たち
http://lite-ra.com/2016/05/post-2210.html
2016.05.03. 憲法記念日特別企画◉改憲勢力のインチキを剥ぐ! 自民党憲法調査会に巣食う世襲議員たち リテラ


 安倍首相は、先日4月29日放送の『news every.』(日本テレビ)で単独インタビューに応じ、憲法改正について熱弁を振るった。

「国民のみなさんが憲法はどうか、どう考えるかということについて、まだ一票を投じるチャンスが与えられていないんですね」
「まさに自衛隊のみなさんは日本人の命や幸せな暮らしを守るために命をかけてくれる組織なんですね。そのみなさんに対して憲法学者が7割違憲だと言っているという状況のままでよいのかどうかということに、真剣に向き合わなければいけないと思います」
「政治家には(改憲以外に)やらなければいけない仕事がたくさんあると言って、これからもずっと後回しにしてよいのか。いま、思考停止している政治家、政党のみなさんに真剣に考えてもらいたい」


 ……いや、いまは熊本大地震の復旧・復興や、国民から怒りが噴出している待機児童の解消など、改憲以外にやらなくてはいけない仕事が山ほどあるじゃないか、と言いたいが、安倍首相にとって改憲は悲願中の悲願。だからこそ今回、安倍の腹話術人形と化している日本テレビ報道局解説委員・政治部副部長である青山和弘氏の単独インタビューというかたちをとって、憲法改正の必要性を強調したのだろう。しかも、既報の通り、熊本大地震が起こったいま、安倍首相は改憲の入口として考えている緊急事態条項の新設を訴えるのに絶好のタイミングだと捉えているのは明白だ。

 だが、緊急事態条項を含め、安倍首相が押し進めようとする改憲内容は、この国が一変して戦時体制に舞い戻るかのような、とんでもないものである。

 安倍首相の改憲内容──それは自民党が2012年に発表した「日本国憲法改正草案」として発表されているが、そもそもこの改憲草案を、ある憲法学者はこう評する。

「この「自由民主党 日本国憲法改正草案」なるものは、明治憲法への回帰どころではない。慶安の御触書ですよ」

 自民党改憲草案は憲法以前のもの。そう話すのは、憲法学の権威であり、“護憲派の泰斗”と呼ばれる樋口陽一・東京大学名誉教授だ。樋口氏は、改憲派として長く自民党のブレーンとして活動してきた小林節・慶應義塾大学名誉教授との対談本『「憲法改正」の真実』(集英社新書)で、改憲草案を「憲法とは呼べない」と断罪、小林氏もそれに同意している。

 護憲派も改憲派も口を揃えて批判する改憲草案。ふたりがもっとも驚愕したというのは、「「個人」という概念がこの草案では消されてしまっている」(小林氏)という点だ。

 たとえば、現行の日本国憲法の第13条は、《すべての国民は、個人として尊重される》と書いてある。しかし、改憲草案では、《全て国民は、人として尊重される》となっており、「個人」ではなく「人」に変更されている。いわば、それぞれがもつ「個性」を否定し、「犬・猫・猿・豚などとは種類の違う生物」程度の扱いになっているのだ。

 憲法上で「個人」が「人」に置き換わることの意味。自民党は改憲草案のQ&Aのなかで、こう記している。

《人権規定も我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました》

 天賦人権説とは、人は生まれながらにして人間としての権利、つまり「人権」をもっているとする考え方。自民党は改憲によって、この人類普遍の原理さえ奪おうとしているのだ。これでは北朝鮮と同じような国になるだろう。

 ブレーンとして自民党の「改憲マニア」たちと付き合ってきた小林氏は、自民党の“言い分”をこのように解説する。

「国民が個々に好き勝手しているから、共同体が崩れ、モラル・ハザードが起きたんだ、というわけです。その主張には、一見、非常に説得力がある。彼らはこう言うんですね。最近、妙な殺人事件が多いでしょう、子が親を殺し親が子を殺すでしょう、それは「個人」などと言って、子供に勝手をさせるからです。家族がバラバラだからです、それは、「個人」を主張しすぎる憲法が悪いんですよと。
 実際のところ、凶悪事件の件数は戦前より減っていますから、そこからしてなんの根拠もないんですがね」

 詭弁を弄して個性ある存在としての「個人」や「人権」の考え方を排除しようとする自民党だが、恐ろしいのはこれだけではない。彼らは同時に、「国民に多くの義務を課そうと躍起」になっているのだ。

「自民党の勉強会では、こんな話

を議員たちからたびたび聞きました。「国民は自分の権利ばかりを主張して、公のためを考える気持ちを忘れている」「日本国憲法のなかには『権利』という言葉が二十数回、出てくるのに、国民に課せられる義務は三つだけじゃないか」「国会議員には、憲法擁護義務などという面倒なものもある」」(小林氏)

 事実、改憲草案12条には、《自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し》という文言が追加されている。だが、憲法における「権利と義務」というものは、「権利があるなら義務もあるはずだ」というような代償的な関係にはない、と小林氏は指摘する。

 たとえば、金銭の貸し借りでは、貸した人には返してもらう「権利」が生まれ、借りた人には返す「義務」が生まれる。「権利をもっている人と義務を負う人は別の人」となる。だが、自民党の主張では、権利をもつのも義務を負うのも国民。「どうして国民が権利を得るために、国民に義務が発生するのか。自民党の説明は説明になっていない」のだ。

 そもそも、前述したように自民党は「人権」は生まれながらにあるものという考え方を否定している。このことと合わせて平たく言えば、「お前らには生まれつきの権利なんかないのだ。国家様に尽くした奴にだけ権利を渡してやっているんだ、勘違いするな」(小林氏)と自民党の改憲草案は言っているのである。

 まさに“オレ様”憲法と呼ぶべき横暴なものだが、〈戦争の放棄〉を捨て、〈国防軍の保持〉を明記した改憲草案の9条は、まさにその危険を予感させるにふさわしいものだ。とくに9条の3「領土等の保全等」の項目には、こうある。

《国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。》

 ポイントは「国民と協力して」という部分。この「協力」は、単に「義務」に置き換えられる、と樋口氏は言う。「国民の防衛協力の延長線上に、じゃあ、兵隊足りないよ、お前らなんで協力しないんだ、と。過去の政府見解は知らんが、現政権はこれを理不尽な苦役だとは解釈しないよ、などと言えてしまう余地がある」のだ。

 緊急事態条項では緊急時には基本的人権を制限することを明記し、一方、前文では《国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り》《和を尊び、家族や社会全体が助け合って国家を形成する》などと全体主義を煽る。その上、《活力ある経済活動を通じて国を成長させる》という一文が唐突に登場するのだが、これは「いわゆる新自由主義が国是になってしまう」(樋口氏)ことを意味する。事実、改憲草案ではさまざまな権利に制限をかけるわりに、なぜか経済的領域にかかわる22条や29条だけは「自由を拡大」している。この点は「まさに財界向けの草案」(小林氏)となるのだ。

「新自由主義と復古主義をつなぐものは、個人の自由を否定する権威主義です。この三つが同居する改正草案前文は、キメラのように不気味です」(小林氏)

 だいたい憲法というのは、権力の暴走を防ぐために国家を縛るもの。そうした立憲主義をこの自民党の改憲草案は根底から覆している。到底、21世紀の憲法とは思えない、世界から見たらトチ狂ったトンデモ憲法でしかない代物だ。こんな粗悪なものを胸を張って発表する時点で自民党の政治レベルを疑わざるを得ないが、逆にいえば、現在の自民党からこの改憲案が出てくることは必然でもあった。

 というのも、自民党内で憲法議論を進めてきた族議員の多くは、「地盤の強さだけで勝てる世襲議員」(小林氏)。それは「憲法というのは、他の分野と違って、利権が絡まないので、票にも金にもな」らないからだ。さらに、2009年の選挙で大敗を喫したことで自民党の憲法調査会は「二世どころか、三世、四世といった世襲議員と不勉強なくせに憲法改正に固執する改憲マニアだけが残ってしまった」という。

「これがなにを意味するかと言えば、現在、自民党内で憲法について集中的に考えている議員たちのほとんどが、戦前日本のエスタブリッシュメント層、保守支配層の子孫とその取り巻きであるという事実です」
「彼らの共通した思いは、明治維新以降、日本がもっとも素晴らしかった時期は、国家が一丸となった、終戦までの一〇年ほどのあいだだった、ということなのです。普通の感覚で言えば、この時代こそがファシズム期なんですがね」(小林氏)

 現行憲法は、多くの犠牲を生む戦争を放棄し、人としての権利、一人ひとりが幸福を追求する権利を保障した。この国に生きる人びとは、新たに生まれた憲法によって、さまざまな自由を手にしたのだ。だが、“生涯政治家”一家に生まれた世襲議員たちにしてみれば、自分たちの手足を縛る現行憲法は疎ましい。そうして自分たちにとって都合の良い憲法を追求した結果、このグロテスクな改憲草案を生んだのだろう。ほとんどの憲法学者たちから“憲法の体も成していない”と指摘されるのも当然の話だ。だってこれは、たんなる“私利私欲”の塊なのだから。

 しかし、熊本大地震を利用して菅義偉官房長官がすかさず緊急事態条項新設の必要性をもち出したように、安倍政権は今後、グロテスクな本質をオブラートに包んで改憲を訴えていくだろう。そんな詐欺的行為に騙されないためにも、ぜひ護憲派・改憲派の立場を越えて改憲草案の危険性を問う樋口氏と小林氏の言葉に目を通してみてほしい。同書を読めば、これから安倍首相が吐きつづけるだろう嘘を、簡単に見破れるはずだ。

(水井多賀子)

むのたけじ氏 スピーチ [平和といのちと人権を!5.3憲法集会]2016.5.3 @有明防災公園

5・3憲法集会 むのたけじさん(100歳を超えたジャーナリスト)スピーチ全体
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むのたけじ氏 スピーチ [平和といのちと人権を!5.3憲法集会]2016.5.3 @有明防災公園
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2016年5月3日 明日を決めるのは私たち 平和と命と人権を! 5.3憲法集会 小沢一郎さん
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ケアする&される

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ケアする&される

                             

言葉が自由にでてこない

「長いも」といいたいのに

口からでてきたのは「豆腐」!?


その人の息子さんは

ちゃんといわなきゃ〜と

笑って言葉の違いを指摘する


ヘルパーのわたしには

そんなもの言いはできない

だってわたしは他人だから


でもそんな他人だから

言葉が自由にでてこない

あなたの日常生活につき合える


その方の小さな庭に

今年も去年と同じ花々が咲いた

そのことを伝えたのはヘルパーのわたし


むかしは不自由で困っている家に

日常的に他人が入るなどと

想像できたでしょうか


介護保険によって

困っている方々のところへ

ヘルパーは日常的に入る


わたしは熱い思いはあれど

自分の縁者に

日常的にかかわる機会がない


わたしの思いは

仕事でで合う人々に向かう

そこでわたしは救われる


わたしにとって

ヘルパーとは

そういう仕事!

                     暮陽

「熊本地震は南海トラフ地震の前兆かもしれない」専門家が警告(現代ビジネス)

「熊本地震は南海トラフ地震の前兆かもしれない」専門家が警告(現代ビジネス)

「熊本地震は南海トラフ地震の前兆かもしれない」専門家が警告
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48455
2016年04月16日(土) 高橋学 現代ビジネス


文/高橋学(立命館大学 歴史都市防災研究所 環太平洋文明研究センター教授)


■非常に「いやな位置」で発生した地震


4月14日21時26分に北緯32.7度、東経130.8度深さ11kmを震源とした、震度7、M6.5の地震が熊本県で発生した。いわゆる内陸直下型地震であり、2004年に起きた中越地震同様に多くの余震が続いている。


この地震は、非常に「いやな位置」で発生した地震である。というのも、この震源が阿蘇山のすぐふもとを走る布田川断層であると考えられるからだ。阿蘇山というのは、長野、静岡、愛知、和歌山から四国を突き抜け、九州に至る巨大な断層の集中帯の上にある。


このことを考慮すると、最悪の場合、長野や静岡、四国、九州で、今回と同じような内陸直下地震が立て続けに起こる可能性があるのだ。そして、その先には、南海トラフの巨大地震が控えている。


イメージとして、今回の熊本の地震は、2011年3月11日に起こった東北地方・太平洋沖地震(東日本大震災)に先立って発生した、岩手・宮城内陸地震(08年)と類似していると考えていただきたい。


というのも、熊本地震が発生する以前、福岡の警固(けご)断層や兵庫県の山崎断層で、震度1に満たないような地震が頻発していたからだ。これは、宮城内陸地震の前兆と似ている。そう考えると、またひとつ大きな地震が起きる、とも推測できる。


また、熊本では2月12日以降、深さ10kmでM1.7〜M2.7の地震が発生していた。これらの地震は規模が小さく、とるに足りないようにみえた。しかし、これらの地震を発生させているエネルギーの流れを詳しく見ていくと、台湾−琉球諸島−西日本−中部日本−東日本の一部の位置するユーラシアプレートと、その下にもぐり込んで圧縮しているフィリピン海プレートにまでたどり着く。


こうしたプレートの動き全体をみる必要性があり、今回の熊本の地震だけでは収まらないと考えるのが、自然なのである。


事実、4月1日には、東南海地震を彷彿させるM6.1の地震が紀伊半島沖で発生している。さらに、4月10日には兵庫県神戸市南東部の六甲断層系でM4.3とM3.5の地震が続いた。ここに至り、台湾から東日本の一部までを全体として捉え、それらの地震を関連付けて考えるのは間違いでないと確信するようになった。


■世界的に大規模な地震が起きている


筆者はすでに、プレートの動きと、内陸直下型地震、火山噴火、プレート(海溝)型地震の関係を図のように整理している。結論を先に言うと、台湾−沖縄−西日本−東日本の一部ではステージ3以降を、東日本ではステージ4以降に注意をはらう必要がある。


ステージ1:フィリピン海プレートや太平洋プレートが、ユーラシアプレートや北米プレートに沈み込み、その圧力でユーラシアプレートや北米プレートが割れ、内陸直下型地震が生じる。兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)などがこれにあたる。このときのマグニチュードはM7.2で、日本では5年に3回程度起きる地震である。兵庫南部地震の場合、神戸という大都市直下で地震が発生したため、マグニチュードに比して震度が大きく、建物の倒壊などの被害相次いだ。


ステージ2:ユーラシアプレートや北米プレートにあるマグマ溜まりが圧縮されて火山が噴火する。口永良部島、桜島、阿蘇山などがこの例である。この段階の火山噴火はマグマ溜まりにあるマグマが噴出してしまえば一段落するので、それ以上大きくはならない。2009年から現在まで続く九州各地の火山がこれにあたる。


ステージ3:ユーラシアプレートや北米プレートが耐えかねて跳ね上がり巨大なプレート型(海溝型)地震が発生する。その前にステージ1のように内陸直下型地震が起きることがある。今回の熊本の地震は、おそらくこれにあたると筆者は考えている。


ステージ4:プレート間の摩擦が減少したため、従来よりも数倍の速い速度で太平洋プレートやフィリピン海プレートが北米プレートやユーラシアプレートの下にもぐり込み、ふたつのことが引き起こされる。


ひとつは、もぐり込んだプレートが溶けてマグマとなり、火山の巨大噴火を引き起こすことだ。もうひとつは、沈み込むプレートの速度が速くなり過ぎて、太平洋プレートやフィリピン海プレートがちぎれて(正断層)、再び海底でアウターライズ型地震(再度、大きな地震が発生すること)が発生すること。


今回、もうひとつ気にかかるのは、4月14日前後に、日本だけではなく、フィリピン海プレートとインド・オーストラリアプレート境のフィリピン海、太平洋プレートとインド・オーストラリアプレート境のバヌアツ、太平洋プレートと北米プレート境のカムチャッカ半島でも大規模な地震が起きていることである。


フィリピン海プレートは比較的小さなプレートで、その東側と北側には太平洋プレートがもぐり込んでいる。これまであまり注目されてこなかったプレート同士ではあるが、フィリピン海プレートの圧力を受けている桜島の噴火が2009年頃から急増し、2011年にピークに達したことや、西之島新島が形成されたことなどをみると、今後、フィリピン海プレートと太平洋プレートの関係にも注目していかねばならない。


特に、首都直下型地震の可能性を考える場合、これらの関係は極めて重要である。


今回の熊本の地震は、ステージ3の南海トラフ地震の「前奏曲的」な意味合いが強いと考えられる。筆者は2020年東京オリンピックまでに、南海トラフ地震の発生が懸念される状況にあると考えている。筆者の推計では南海トラフ地震の津波被害者は、47〜50万人である。熊本地震を単体のものとしてとらえず、日本全体の「危機の前兆」と認識し、対策を講ずる必要があるのだ。


◆関連情報◆
2016/04/17 M7.3の熊本地震は南海トラフ地震の前兆か!? 岩上安身による立命館大学環太平洋文明研究センター・高橋学教授インタビュー!(動画)

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