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全国初の原発新協定 攻防の真相(NHK)─東海第二原発再稼動問題

★2018年11月7日 (水)
東海第二 周辺自治体に“拒否権”なし?
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000140301.html

原子力規制委員会は7日、茨城県の東海第二原発について、最長20年の運転期間の延長を認めた。東海第二原発は、今月28日に原則40年の運転期限が迫っていて“廃炉”の可能性があったが、規制委員会が優先的に審査し期日に間に合わせた形となる。東日本大震災で被災した原発が運転を延長するのは初めてで、今後の焦点は、地元から再稼働の事前了解が得られるかどうか。今年3月に周辺の自治体と“新たな協定”を結び、6つの自治体の事前了解が必要になった。このうち、5つの自治体が再稼働について判断を保留していて、那珂市は先月、反対を表明した。こうしたなか、東海第二原発を運営する日本原子力発電の和智副社長は7日「新しい協定に拒否権という言葉はない」と述べた。協定書には「実質的に事前了解を得る仕組みとする」とあるが、周辺自治体に“拒否権”があるかは明示されていない。改めて日本原電に聞いたところ「協定にのっとって対応する」とした。各自治体に“拒否権”があるという認識でいる那珂市の海野市長は「新協定を結んだときは、私たち、それぞれに『イエス』『ノー』が言える。意見を行使できると考えていたが、最近、考え方に差が出てきた」と困惑を隠せないでいる。


原発再稼働“拒否権ない”発言 自治体が謝罪要求(18/11/13)

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 茨城県の東海第二原発の再稼働を巡り、日本原電の副社長が協定を結んだ東海村など6つの市と村で作る協議会に「拒否権はない」などと発言した問題で、協議会側は原電の社長を呼び出す方針を固めました。

 この問題は7日、日本原電の和智信隆副社長が協定を結んだ東海村など6つの市と村に再稼働に関する「拒否権はない」などと発言したものです。
 茨城県那珂市・海野市長:「無礼な態度ですね。あれについては全員が謝罪を求めて社長と話をするという方向で(話は進んでいる)」
 那珂市の海野市長は1つの自治体でも反対すれば、東海第二原発の再稼働はできないというのが「協議会側の共通理解」だと強調しました。そのうえで、6人の自治体の長が集まった場に原電の村松衛社長を呼んで和智副社長の発言を撤回し謝罪するよう強く求めるということです。一方、海野市長は家族の健康状態が優れないとして来年2月の市長選挙に出馬しない考えを示しました。


全国初の原発新協定 攻防の真相

2018年11月12日 19時20分
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_1112.html?utm_int=tokushu-new_contents_list-items_001_more
ひとたび大事故が起きれば、その影響は広範囲に及ぶ。福島第一原発の事故の教訓だ。この深刻な事故の経験をもとに、原発の再稼働を認めるかどうかの「事前了解」の権限を、全国で初めて、周辺自治体が手にした。これまでは原発が立地する自治体しか認められなかった権利だ。茨城県にある東海第二原子力発電所の再稼働を目指す事業者の日本原子力発電と6つの自治体が結んだ新たな協定に盛り込まれた。ただ、6年近くに及ぶ協定締結の過程は決して簡単なものではなかった。私たちが情報公開請求で入手した会議の報告書からは、両者の間で、想像を超える激しい攻防が繰り広げられていたことがわかった。(科学文化部記者 重田八輝)

全国各地で求め続けた権限

福島第一原発の事故では、放射性物質が広範囲に拡散し、最も遠いところでは原発から50キロ近く離れた福島県飯舘村の住民にも避難指示が出された。

私は当時、14基の原発が立地していた福井県の嶺南地域を担当していた。

「事故が起きれば立地も周辺も関係ない」

県内の原発周辺の自治体が早速、関西電力などに「事前了解」の権限を求めて動き出した。こうした動きは、福島第一原発の事故後、全国各地で相次いだが、原発が立地する自治体以外に事前了解を認めた協定は結ばれていなかった。電力会社にとっては、再稼働へのハードルを高くすることにつながり、到底、認められないものだからだ。

それだけに、ことし3月、日本原電が東海第二原発の周辺自治体にも「実質的な事前了解」の対象を広げたことに驚きを隠せなかった。

“株主の電力会社”への配慮

東海第二原発は、今月7日、原則40年の運転期間を最長20年延長することが認められ、再稼働に必要な国の主な手続きを終えた。今後、周辺自治体から再稼働の「実質的な事前了解」を得られるかどうかが大きな焦点となる。

この事前了解の権限が盛り込まれた新たな協定を結んだのは、東海第二原発が立地する東海村と周辺の水戸市、日立市、ひたちなか市、那珂市、常陸太田市の5つの市である。全国で初めてとなる協定はどのようにして結ばれたのか。

そもそも事前了解を求める動きが始まったのは、6年前の平成24年、当時の東海村の村長の提案がきっかけだった。これまでの茨城県と東海村に加え、周辺自治体にも事前了解の権限を要求したのだ。

しかし、交渉は長い期間、難航していた。NHKが入手した日本原電と自治体との非公開の会議の報告書からは、日本原電がほかの電力会社に影響が及ぶことをおそれて、事前了解の権限を拒み続ける姿が見えてきた。時系列で追ってみたい。

<平成28年12月21日>
日本原電 「協定の枠組みには、県と立地自治体との長い歴史的経緯があり、立地自治体との関係も重要である。隣接自治体に対し丁寧な説明を行うことで、立地自治体と同様の対応であると考えており、ご理解いただきたい」
自治体側 「福島の事故を見れば、原発所在地の住民だけが被害を被っているわけではない。懇切丁寧な説明を求めているのではなく、事前に発言できる権限を持たせてほしいというのが私どもの要求である。承服できない」
日本原電 「われわれも株式会社として、株主である大手電力会社などから理解を得ることは難しいと考えている」
自治体側 「今の説明では、原電1社では判断できないと聞こえるが」
日本原電 「原電1社では判断できない」

原子力による発電を専門にする日本原電は、東京電力や東北電力などの電力会社に電気を販売することで利益を得ている。株主の9割は電力会社が占めている。電力会社はこれまで、原発の再稼働について、立地自治体に限り事前了解を得ることにしてきた。

日本原電は、自分たちが周辺自治体にも事前了解を広げると、原発があるほかの地域にも影響が広がり、株主に迷惑をかけることをおそれていたのだ。
この日の会議の報告書には「株主の理解」、「株主の意見」という言葉が並んでいた。

“失望極まりない”

平成29年2月9日、日本原電の対応に業を煮やした6つの自治体は、村松衛社長に要求書を手渡した。そこには、これまでの協議について「私たち6市村の認識、繰り返し求めてきた趣旨とは著しい隔たりがあり、失望極まりなく、大変遺憾である」と記され、事前了解の権限を強く求めていた。東海村の山田修村長は報道陣に、これは「最後の要請」だと述べた。原発が立地する自治体の要請は極めて重い。

<平成29年3月24日>
日本原電の対応に変化が現れた。日本原電は「合意形成」という言葉を使った新しい協定の案を示す。

日本原電 「新協定について。合意形成を図るための協議会を設置し、原電に対し開催を求めることができるとともに、原電は必ず応じなければならない」
自治体側 「合意形成とは非常にあいまいな表現であり意味が分からない。事前了解と表現できない理由は何か?」
日本原電 「合意形成を図るということは、実質的な事前了解であると考えている」
「既存協定の東海村の権限と同様に広げることは事業者として難しいため、今回、新たな枠組みとして作らせていただいた」

日本原電は、茨城県と東海村とだけ結んでいた従来の「安全協定」を見直すのではなく、新たな枠組みの協定を提案した。

<平成29年5月23日※自治体だけの会議>
「原電にとって『事前了解』という文言は非常に抵抗があり、この文言にこだわることによって、やり取りは平行線になる可能性が高い」
「このまま不明確な状況にすることで、原電がなし崩し的に進める可能性もある」
「『合意形成』という表現ではなく、『事前了解』と読み取れるような別の案(文言)を示すよう原電に対し要請する」

6つの自治体は、「合意形成」という言葉では納得しないとした。

要請に応えるも“東海特有”

日本原電は追い込まれていた。東海第二原発は運転開始から40年を超えると廃炉になる。その期限の1年前にあたる平成29年11月28日までに、国に対し最長20年の運転期間を延長する審査の申請をしなければならなかったのだ。この手続きには地元・東海村の理解が必要だった。

<平成29年11月8日>
6つの自治体は、「6市村の認識は、申請が再稼働に結びつく重要事項に当たるもので、その前には、同等の権限を有することが明快になる見直しもなされるものとのことで合致している」と日本原電に迫った。

日本原電は要求を飲まざるをえなかった。2週間後、日本原電は「実質的な事前了解」という文言を使った「新しい協定」の案を示した。従来からある協定の見直しではなく、なぜ「新しい協定」なのか。

<平成29年11月22日>
日本原電 「現協定は、他地域との整合性が図られており、他地域に配慮したものである」
自治体側 「現協定の見直しは行わないのか?」
日本原電 「現協定は、株主である電力会社や他地域へ配慮をしている。そのため、東海第二原発独自の新協定を作成した」
自治体側 「現協定は、他地域に影響があるために見直しができない。新協定は、他地域に影響がないようなものであるなら、事前了解の権限を得られたことになるのか?」
日本原電 「他地域に対しては、東海第二原発特有のものとして新協定を結ぶものと説明する」

東海第二原発の30キロ圏内には全国最多の96万人が暮らす。多くの人口を抱えているうえ、メンバーには立地自治体の東海村も入っているため、日本原電は要請に応えることを決めた。一方で、株主の電力会社やほかの地域に配慮する必要もある。

新たな協定は、従来の協定の見直しではなく、東海第二原発の「特有の事情」によるものと強調していた。これを受けて自治体側も「運転の延長の申請はやむを得ない」と判断。日本原電はこの2日後に国に運転延長を申請した。

こうして、ことし3月29日、全国初となる周辺自治体にも事前了解を認める新しい協定が生まれた。

日本原電は取材に対し「非公開の議論についてコメントできない」としたうえで、「従来の協定を見直すことでほかの電力会社に対して『同様の協定を結ぶべきだ』という声があがり、混乱が起きることを懸念していた」としている。

地元の人たちが求めるものは

しかし、全国初の協定の“衝撃”は、原発があるほかの地域にも影響が広がっている。

ことし7月、島根原発から30キロ圏内にある島根県安来市、出雲市、雲南市の3市が、中国電力に対して東海第二原発と同様の協定を結ぶよう申し入れた。ほかの地域でも「事前了解」や協定の在り方について研究する動きが出ている。

科学技術政策や合意形成に詳しい明治大学公共政策大学院の松浦正浩教授は、「福島第一原発の事故から、ひとたび事故が起きれば周辺自治体が影響を受けることは間違いない。再稼働の事前了解を求める周辺自治体の声を真摯(しんし)に受け止め、どのような枠組みが望ましいのか話し合うことが必要だ」と話している。

福島県にはいまだ故郷に帰れない人たちが大勢いる。全国各地で原発の再稼働をめぐる議論が続くなか、福島の事故の重い教訓を決して忘れず、原発の立地自治体はもちろん、周辺自治体の住民の思いを取材し続けなくてはならないと改めて強く感じた。

科学文化部記者 重田 八輝

首都圏の巨大老朽原発 再稼働させるのか '東海第二'(NNNドキュメント)

NNNドキュメント 2018/11/11「首都圏の巨大老朽原発」
次回放送内容 2018年11月11日(日) 25:00

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東京から最も近い原発を知っていますか?
百キロ先にある茨城県の東海第2原発だ。運転開始40年の老朽原発。
今年9月新基準に合格した。だが30キロ圏の人口は96万人と国内の原発としては最多。
万が一の時、住民らは逃げられるか?
番組では、茨城県内の44市町村に避難の実現可能性についてアンケートを実施した。
風向きによっては、首都圏や福島にも放射性物質が飛んでくる恐れもある。
老朽原発のこれからを問う。

ナレーター/あおい洋一郎  制作/日本テレビ  放送枠/30分

再放送
11月18日(日)11:00〜 BS日テレ
11月18日(日)5:00〜/24:00〜 CS「日テレNEWS24」


<<朝日新聞 社説>>
(社説)東海第二原発 再稼働は容認できない
https://www.asahi.com/articles/DA3S13759457.html

2018年11月8日05時00分

 「原則40年」の運転期限が迫る東海第二原発(茨城県)について、原子力規制委員会が20年の運転延長を認めた。これで、日本原子力発電(原電)がめざす再稼働に必要な国の技術審査は、ほぼ終わった。

 だが東海第二の運転には懸念や疑問が多い。人口が密集し事故時の避難が難しい首都圏の老朽原発を、原則を超えて長く動かす正当な理由は見当たらない。再稼働は認められない。

 運転期間の「40年ルール」は、設計が古い原発の退場を促すための規制で、東京電力福島第一原発の事故後に強化された安全対策の柱の一つだ。規制委が認めれば20年の延長もできるが、導入時、政府は「極めて限定的なケース」と説明した。

 ただ、どんな場合がこれに当たるのかはあいまいで、申請通り延長が認められた原発は、今回の東海第二で計4基となった。例外が既成事実として積み重ねられれば、ルールの形骸化が進みかねない。原発依存度を着実に下げる観点から、老朽原発の規制のあり方を問い直す必要がある。

 東海第二は固有の問題も山積みだ。事故を想定した避難計画の対象となる30キロ圏の人口は、全国の原発で最多の96万人。お年寄りや障害者を運ぶ手段の確保など難題が多く、自治体の計画づくりは遅れている。

 このさき焦点となる地元同意のハードルも高い。再稼働に対しては、茨城県や立地自治体の東海村とは別に、周辺5市も実質的な事前了解権を持つ。そのうち水戸市の議会と那珂市の市長が反対を表明した。

 1740億円以上と見込まれる安全対策工事費の問題も見過ごせない。経営難の原電は自力で資金を調達できず、株主で電気の販売先でもある東電と東北電力に支援してもらう方針だ。だが、東電は福島の事故後、実質国有化で救済され、巨額の国民負担によって延命されている。他社を助ける資格があるのか、極めて疑問だ。

 「見切り発車」で工事を進めても、地元同意を得られなければ、巨額の投資は無駄になる。原電はまず、地元との対話に注力すべきだ。東電も支援のリスクや合理性を見極め、説明を尽くさねばならない。

 一方、関係自治体は、住民の安全確保に重い責任を負っている。東海第二は東日本大震災で被災し、冷温停止に手間取った。住民の根強い不安を拭えるか。実効性のある避難の計画や体制をつくれるのか。これらの点を真剣に考え、安全を最優先する姿勢を貫いてもらいたい。

横田空域の管制権、一部日本移譲…米軍と合意へ(読売新聞)

横田空域の管制権、一部日本移譲…米軍と合意へ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181103-00050136-yom-pol
11/4(日) 6:04配信
読売新聞

 米軍横田基地(東京都福生市など)が管制権を持つ横田空域について、日本政府と米軍が、空域を通る一部旅客機の管制を日本側が行うことで合意する見通しとなった。2020年東京五輪・パラリンピックまでの実現を目指す。

 これにより、羽田空港に着陸する新ルート運用のめどが立った。月内にも日米地位協定の運用を協議する日米合同委員会を開き、合意内容を確認する。

 日本側にとっては、東京五輪に向けて羽田空港の国際線発着枠を広げるうえで、横田空域が障害となっていた。米軍が管制権を掌握しており、旅客機を自由に飛ばせないためだ。政府は合意が得られれば、大会期間中の20年夏までに発着枠を拡大したい考えだ。

 東京五輪では訪日客の増加が見込まれ、国土交通省は、羽田空港の国際線の年間発着回数(昼時間帯)を現在の6万回から9・9万回に増やす計画だ。それに合わせ、旅客機が東京湾上を通るルートに加え、都心上空を通る新ルート案をまとめた。

 新ルート案は国際線の発着が集中する夕方の約4時間、南風の場合は都心上空を通る。使用する滑走路や天候などによって旅客機が横田空域に数分間入るため、日米合同委員会が管制のあり方を協議してきた。

 米軍側は旅客機の通過を認める一方で、管制の混乱防止を理由に「米軍が引き続き管制を担うべきだ」と主張してきた。日本側は「旅客機の円滑な着陸のため、日本側による管制が必要だ」と訴えていた。

 協議の結果、米軍は旅客機の通過時間帯を午後の短い時間に限ることなどを条件に、日本側の管制を容認する方向となった。五輪終了後も、日本側が管制を続ける見通しだ。


<参考関連記事>

東京上空は半分、米軍のもの―― 西から羽田に向かう旅客機が房総半島まで遠回りするワケ
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/08270640/?all=1
国内新潮45 2018年9月号掲載

 西から羽田に向かう旅客機が、千葉・房総半島まで遠回りするのはどうしてか? 約70年にわたり占有されたままの、1都8県に跨る「空域」について、元防衛事務次官の守屋武昌氏が解説する。(以下、「新潮45」2018年9月号より転載)

戦争は終結していない

 6月12日、シンガポールにおいて史上初となる米朝会談が実施された。北朝鮮の非核化がもっぱら焦点となっていたが、それほど平和的なものとして私は見ていない。ただし、ここにおいて在韓米軍、すなわち陸海空合わせて2万8千人あまりの兵力の撤退が現実味を帯びてきた。彼らの家族はすでに日本所在の米軍施設に移っている。家族は有事には「人質」になり得るアメリカ人であり、今のうちにその可能性を断っておきたいという意味である。

 米国は北朝鮮を信用していない。7月21日には在韓米軍司令官が「核兵器の製造能力は手つかずだ」と疑義を呈し、警戒を緩めないと発言した。米国は北朝鮮との戦争を、いつでも現実のものとして捉えている。

 北朝鮮との戦いとなれば、地上戦は韓国陸軍に任せ、米軍はもっぱら爆撃機と戦闘機といった航空機を主とした戦闘を選択するだろう。その際にベースとなるのが在日米軍の飛行場である。中でも重要なのが横田基地(東京都の立川、昭島、福生、武蔵村山、羽村の5市と瑞穂町の6市町に跨って所在)、厚木基地(神奈川県大和市、綾瀬市に跨って所在)ということだ。

 1953年に休戦協定に調印したものの、朝鮮戦争は終結していない。北朝鮮と韓国はいまだ戦時下にある。朝鮮戦争が始まったのは、1950年6月。金日成が率いる北朝鮮軍はそのわずか1カ月後には韓国軍を日本海に面する釜山まで敗退させ、GHQ(連合国軍総司令部)は日本駐留の全陸軍部隊を韓国に投入する必要に迫られた。そしてこの時、設定されたのが「横田空域(横田進入管制空域)」である。日本の横田・厚木からもっとも短時間で朝鮮半島に到着出来るよう、米軍は日本上空に米軍専用の「回廊(コリドー)」を確保したのだった。

 当時の航空機の航続能力は現在よりはるかに低く、米本土から朝鮮半島までの飛行はかなわなかった。本土西海岸からまずはハワイにあるヒッカム基地へ、そしてサイパンあるいはグアムの飛行場に、その後、沖縄・嘉手納に立ち寄りそれぞれの地で給油をし、ようやく日本の本州に到達した。横田は日本陸軍の、厚木は日本海軍の施設だったが、終戦後、それらの基地は米軍が接収していた。そこでもう一度、補給を済ませなければ、ソウルに到達しなかった。

 敗戦により日本に進駐してきたGHQの指令により、統帥権の廃止、陸軍・海軍の完全な解体が行われ、非武装化の道を進んでいた日本は、この朝鮮戦争により再軍備を強制された。百八十度の方針転換であり、1950年8月に日本政府は警察予備隊を設置。米国は人員の増大を求める一方で、武器・弾薬・航空機の無償提供と艦艇の無償貸与を日本政府に対して行った。その後も米国からの軍備強化の要請は続き、保安隊、警備隊を経て、陸上・海上・航空の各自衛隊となった。

 朝鮮戦争は終わったわけではなく、横田空域も約70年前から時間が止まったまま、現在でも米軍が占領しているのだ。そして今でも、米軍にとって横田空域の価値は薄れていない。1983年、総理大臣の職にあった中曽根康弘氏が日本列島を「不沈空母」に譬え、物議を醸した。冷戦下のソ連の脅威に対し、日本が米国を守る位置関係にあることを指した言葉だったが、米国にとっての日本列島の戦略的価値は現在も変わっていない。

 現在では厚木および横田基地からB52のような空軍所属の爆撃機が朝鮮半島に出撃した場合、給油せずに北朝鮮上空まで行ける。しかし、軽量化で燃料容積をぎりぎりまで抑えているF15などの海軍の戦闘機は、そこまでの飛行距離はない。空中給油という手段はあるが、利便性を考えれば、日本海を航行する空母上で給油するのが最適となる。

 有事となれば、米軍横須賀基地から日本海に向けて空母が出て行くだろう。同時に空母を護衛する航空機も横田・厚木から飛び立ち、横田空域内を南から北に縦断、日本海に到る。攻撃の選択肢を広げるという意味からも、横田・厚木はこのまま温存したい。

埼玉、群馬はほぼ全域が

 横田空域は1都8県に跨っている。具体的には東京、埼玉、栃木、群馬、新潟、神奈川、静岡、長野、山梨だが、たとえば東京でいえば、世田谷区・杉並区・練馬区の西域より西は米軍機専用の空域で、この空域を管理している米軍横田基地航空管制官の許可がなければ、日本の航空機は飛行出来ない。

 埼玉県、群馬県にいたっては、その上空のほぼ全域が横田空域にかかっている。関東から新潟、長野にかけての広域に、まるで巨大な「氷柱」が延々と連なっていると想像すれば分かりやすい。その高さは最高で7千メートルあり、もっとも低いところでも2450メートルある。以前は3950メートルの高さだった。その広さも以前には、甲府上空や赤石岳(南アルプス・静岡、長野)、八ヶ岳(山梨、長野)にまで及んでいた。

 羽田空港から西日本に向かう空路では、離陸後、旅客機は急上昇して東京湾に出て、その後、大きく上空を旋回し続ける。あるいは西日本から羽田に向かう便では太平洋側の海上、伊豆大島のあたりを通過し、千葉の房総半島上空まで迂回し、羽田に引き返す。なぜ遠回りをするのか、不思議に思った経験を持つ方もいると思う。それは横田空域を避けて飛んでいるからなのだ。

 羽田と北陸を結ぶ空路では、その影響が甚だしい。羽田から小松空港(石川県)への便は横田空域の東側を飛ばなければならず、新潟上空まで行き日本海に出てから金沢方面に向かう。復路では、岐阜・愛知を回り太平洋に出て、やはり伊豆大島上空を回り、千葉上空から大きく迂回して羽田に向かわなければならない。

 恥かしい話だが、長い間、私自身もその存在を知らなかった。航空機の事故など「危険性の除去」のために、東京上空では航空機が飛ばないのだと思い込んでいた。

 ところが1980年代半ば、大阪防衛施設局に勤務していたころ、生駒山から徐々に高度を下げ大阪の市街地上空を通過し、さらに阪神高速道路を低空で横切り、伊丹空港に向かう民間航空機を見て驚いた。それは福岡空港などでも同じで、市街地のすぐ頭上を民間航空機が飛行していた。2年後、東京に戻り、航空幕僚監部の運用課長から説明を受けて、初めて横田空域の存在を知ったのだった。首都・東京上空を航空機が飛ばないのは、まったく別の理由があったのだ。

 2008年9月、日米交渉により横田空域の一部返還が実現している。羽田からの便では北陸方面が約3分、福岡・広島・山陰・ソウル方面で約4分、福岡以外の九州北部、四国北部、神戸、広島以外の山陽、上海で約5分の時間短縮が可能となった。平均すればわずか3分の短縮に過ぎなかったが、国土交通省航空局では年間効果をこう試算した。

 時間短縮効果…約7千200時間

 燃料削減効果…約3千300万リットル(年間国内線燃料総使用量の約0・74%)

 コスト削減効果…約52億円

 旅客便益増加効果…約46億円

 環境改善効果…約8万1千トンCO2(一般家庭における1世帯あたりの年間CO2排出量の約1万5千世帯分に相当)

 在日米軍は横田、厚木のほかに、日本国内に6つの飛行場をもっている(三沢=青森県、木更津=千葉県、岩国=山口県、板付=福岡県、嘉手納・普天間=沖縄県)。これらの基地の上空にも米軍のための「空域」がもちろん存在している。

 たとえば、羽田から那覇空港に向かう際、民間機は沖縄本島の先端から高度を下げ、海面の上を低空で長時間にわたり飛行する。それは米軍嘉手納飛行場が飛行経路の左側にあり、そこを使用する離着陸機の高度より下の空域を飛ばなければ、着陸できないからである。

「ハブ空港」としての利便性

 横田空域があるために、羽田空港では便数の増大に限界があった。新空港が必要となり、考えられた施策が1978年の成田空港の開港だった。しかし東京都心から羽田空港までが約16キロであるのに対し、成田空港までは約66キロある。最近では直通の鉄道路線や高速道路なども複数繋がり利便性はアップしたが、成田空港の使い勝手の悪さは日本の航空行政において長年の課題となっていた。特に東京西部地域からは遠い。

 そこで横田飛行場の軍民共用化を考えたのが、石原慎太郎・東京都知事(当時)だった。都心から約38キロの横田にある滑走路を米軍と共用し、民間航空機にも使えないだろうかというのが、東京都のアイディアだった。2007年9月、防衛事務次官を退職した私に、横田空域について意見交換したいので来庁してほしいとの依頼が電話であった。7階の知事応接室に通され、空域の設置経緯、必要性、返還の可能性などとともに共同使用について質問があった。

 首都圏の空を外国部隊が使用している現実について、石原知事は憤っていた。

「横田空域の返還を国交省にしてもダメなんだ。彼らは『アメリカはなかなか手放しませんよ』と言うばかりで、何もしない」

 知事からは同時に、「同盟国で、日本のような事例が他にあるのか」という質問があった。私はドイツを例に出し、説明を加えた。

 第2次世界大戦の同じ敗戦国であるドイツには、フランクフルト国際空港がある。1948年、東ドイツの中にあった西ドイツの「飛び地」である西ベルリンをソ連が封鎖した。その折りに、飢えに苦しむ市民を救護するため、西側連合軍は空からの食糧投下を実施した。その輸送機部隊が駐留する、大規模な基地であった。

 在職中の1991年、経由地として寄った際、機内の窓からは米空軍の輸送機が多数見えていた。ところが2004年に再訪した際には、その姿は消えていた。同空港はアジア・中近東・アフリカの各主要都市と欧州各都市を結ぶ、「ハブ空港」へと変貌を遂げていたのである。ヨーロッパの中間地点に位置するという、地理的優位性が発揮された結果と言える。

 フランクフルトは首都ではないが、今ではベルリンよりも利便性が高い。アフリカへは日本からの直行便はないが、同地に向かう航空機はまずフランクフルトに寄航し、その後、アフリカの各空港に向かう。アジアにおける日本もフランクフルトと同様な位置にある事実を、石原知事は指摘していた。

 羽田・成田・関西の各空港も、アジア諸国において米国、ハワイ、カナダなどにある主要空港とは最短の距離にある。韓国、中国、ロシア、ヨーロッパの主要空港とも、東南アジア、インドの主要空港とも行き来ができる。ハブ空港としての役割を十分に果たし得る位置にあるのだが、横田空域があるために、その周辺では迂回を強いられている。つまり横田・厚木基地の「ハブ空港」としての利便性を、米軍は独占しているということだ。

 アメリカ西海岸からオーストラリアで給油をし赤道を跨ぎインドへ向かうよりも、厚木・横田で給油してインドに行く方が、はるかに航行距離は短くて済むし、時間も早い。米軍の航空部隊は横田・厚木以外に、沖縄には嘉手納飛行場(米空軍)、普天間飛行場(米海兵隊)があるが、やはり遠い。

 横田空域の問題は、国土交通省(旧・運輸省)及び外務省の所管になるのだが、不思議なことに返還を交渉した形跡はない。防衛庁では2005年10月、「2プラス2(日米安全保障協議委員会)」において「日米同盟:未来のための変革と再編」を米国と結んだが、その中で横田基地及び空域に関しての合意が盛り込まれた。ここで初めて〈米軍が管制を行っている空域の削減〉との文言が明記されたのである。

 2008年9月、横田空域の一部返還で、南東空域の一部の高度を1200〜1500メートル下げた。これにより羽田を離陸し西に向かう便が、それまでよりもなだらかに高度を上げることが可能になった。また2010年、羽田には4本目の滑走路も増設出来た。便数も増え、1県1民間空港の流れに繋がったのである。

 ただしその後の日米交渉は止まったままだ。石原知事が求めていた軍民共用化も、まったく進展していない。

守屋武昌(もりや・たけまさ)
元防衛事務次官。1944年宮城県生まれ。東北大学法学部卒。71年防衛庁入庁。長官官房長、防衛局長などを務めた後、2003年事務次官に。07年防衛省を退職した。著書に『「普天間」交渉秘録』『日本防衛秘録』

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「知事選何だったのか」県民戸惑い 辺野古承認撤回の効力停止 (日経)

「知事選何だったのか」県民戸惑い 辺野古承認撤回の効力停止
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37124510Q8A031C1ACYZ00/

2018/10/30 17:21

米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡り、国は30日、県による埋め立て承認撤回の効力を一時停止すると発表した。防衛省は直ちに工事を再開する構え。沖縄県民からは「知事選で辺野古反対の民意が示されたばかりなのに」と戸惑いの声が上がった。

名護市の飲食店で働く40代女性は「知事選があったのはたった1カ月前。はっきりと県内移設反対の民意が出たのに、1カ月前の盛り上がりはうそみたい」と嘆く。

普天間基地が固定化する危険性を考えれば、辺野古埋め立てはやむを得ないかもしれないと考えることもあったという女性だが「それでもこんなスピーディーに県の訴えが退けられるとは思わなかった」。沖縄県議会は今月、辺野古移設の賛否を問う県民投票条例案を可決したが「知事選の民意すら無残なのに、何か効果があるのか」とため息をついた。

普天間基地近くに住む佐喜真浩さん(76)は「このまま基地が固定化するのが一番最悪な展開だ」と危惧する。辺野古移設にも反対していたが「国とこのまま争いを続けてもらちが明かないと思うようになった。(移設を)受け入れるしかないのかも」と話した。

「また終わりの見えない展開になった」と話すのは同市の会社員、宮里義昭さん(54)。「基地は無くしてもらいたいという気持ちは大きいが、何十年も同じ事の繰り返し。次世代に繰り越さないよう、現実的な解決策を考えて」と求めた。


<関連記事>

辺野古工事、1日にも再開=石井国交相、承認撤回の効力停止―沖縄反発、対抗措置へ
https://news.infoseek.co.jp/article/181030jijiX074/
時事通信 / 2018年10月30日 18時29分

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設をめぐる政府と沖縄県の対立が30日、一段と深まった。県による辺野古沿岸部埋め立て承認撤回の効力を一時停止することを石井啓一国土交通相が決定。これを受け、政府は8月末から中断している工事を11月1日にも再開する方針だ。沖縄県は猛反発しており、対抗措置の検討に入った。

 岩屋毅防衛相は30日、記者団に「気象状況等を踏まえ、速やかに再開したい」と述べ、準備が整い次第、工事に踏み切る考えを強調した。

 一方、沖縄県の玉城デニー知事は東京都内で記者団の質問に答え、国交相の決定について「知事選で示された民意を踏みにじるもので、到底認められない」と批判。総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」への審査申し出などの手段で対抗する方針を明らかにした。

 2015年に国交相が県による埋め立て承認の取り消しを一時執行停止した際、県は同委員会へ審査を申し出るとともに、取り消しの効力回復を求める訴訟を那覇地裁に提起した。今回も県は辺野古移設阻止のため、法廷闘争を辞さない構えだ。 

[時事通信社]
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国会始まる!も ─ 野党が高市議運委員長解任要求 国会改革試案「勝手に提案」

午後1時テレビをつけると国会の中継は始まっているものの、
本会議会場には国会議員の姿が見られない。

なにが起こっているのか?

何時間後に私は知った!

こんな具合の幕開けだから「国会」には目が離せない!

野党が高市議運委員長解任要求 国会改革試案「勝手に提案」(産経新聞)
https://www.sankei.com/politics/news/181029/plt1810290012-n1.html
2018.10.29 13:02

 国民民主党の原口一博国対委員長は29日午前、法案審議の方法見直しなどの国会改革に向けた試案を公表した高市早苗衆院議院運営委員長(自民)の解任を求める考えを示した。記者会見で「議運で何の提案もされていない中で、勝手に提案している」と述べた。


臨時国会、論戦スタート 高市議運委員長の国会改革試案に野党反発、本会議遅れる(産経新聞)
http://news.livedoor.com/article/detail/15514893/
2018年10月29日 13時33分   産経新聞

臨時国会は29日午後、安倍晋三首相の所信表明演説に対する各党の代表質問が衆院本会議で始まり、第4次安倍改造内閣発足後、初の本格的な国会論戦がスタートした。

 首相が意欲を示す憲法改正や、外国人労働者の受け入れ拡大に向けた入管難民法改正案などを焦点に与野党の激しい攻防が繰り広げられる。

 野党は本会議前の衆院議院運営委員会理事会で、高市早苗委員長(自民)が国会改革に向けた試案を公表したことについて「勝手に提案した」(国民民主党の原口一博国対委員長)として、謝罪と撤回を要求した。与野党の協議が断続的に行われた結果、高市氏は謝罪し、試案も撤回した。この影響で午後1時開会予定だった本会議は約45分遅れで始まった。

 本会議で最初に登壇した立憲民主党の枝野幸男代表は、入管難民法改正案に関し、移民政策を否定してきた首相のこれまでの政治姿勢との整合性や外国人受け入れに向けた環境整備などについて質問。自民党は代表質問に稲田朋美筆頭副幹事長を起用し、首相に憲法改正の決意や訪中の成果などについて聞く。国民民主党の玉木雄一郎代表も質問に立ち、改憲の是非を問う国民投票に関しテレビCM規制の導入などを求める。

 代表質問は30日に衆参両院、31日は参院で行われる。政府与党は平成30年度第1次補正予算案を11月上旬に成立させたい方針だが、野党は代表質問後の衆参予算委員会で新閣僚の「政治とカネ」の問題などを追及する構えだ。


衆議院本会議 開会遅れる 高市議運委員長に野党が反発(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181029/k10011690111000.html
2018年10月29日 14時01分

衆議院本会議は、自民党の高市議院運営委員長が、国会改革をめぐってみずからの案を公表したことに野党側が反発したことから、午後1時に予定していた開会が45分遅れました。

自民党の高市衆議院議院運営委員長は、先週、国会改革を目指す超党派の衆議院議員と会談した際、法案審議の在り方を見直すことなどを盛り込んだみずからの案を公表しました。

これについて、29日に開かれた衆議院議院運営委員会の理事会で、野党側は「勝手な提案で、認められない」などとして、謝罪と撤回を求めたのに対し、高市委員長が「私的なメモだ」などとして、応じませんでした。

このため、衆議院本会議は午後1時から、安倍総理大臣の所信表明演説などに対する各党の代表質問を予定していましたが、開会が遅れました。

こうした状況を受けて、高市委員長は理事会で、「議院運営委員長の肩書や日付が記された私的メモは撤回する」とした文書を配り、野党側も受け入れました。

そして、衆議院本会議は45分遅れの午後1時45分から開会しました。


立民 辻元国対委員長「経緯を聞くまで前に進めない」

高市衆議院議院運営委員長は先週、国会改革を目指す超党派の衆議院議員と会談した際、ペーパーレス化の促進や法案審議の在り方の見直し、押しボタン式の採決の導入など、みずからの案を紙にまとめて公表しました。

立憲民主党の辻元国会対策委員長は野党6党派の国会対策委員長らによる会合で「議院運営委員長は中立・公正な立場でなければならないが、あたかも『立法府が行政府の下請け機関にみずから進んでなる』と取られかねない文書だ。自分の思いで、各党と調整もせず突っ走っているのではないか。文書の撤回と謝罪、しっかりとした経緯の説明を聞くまで立法府として前に進めないのではないか」と述べました。


国民 原口国対委員長 高市委員長 解任すべきの考え

国民民主党の原口国会対策委員長は記者会見で「『閣法のあとに議員立法を審議する』など勝手な提案をしているが、ほとんど暴言、妄言のたぐいだ。立法府が行政府の下請けになることを公言するもので、謝罪や撤回ではすまない」と述べ、高市委員長を解任すべきだという考えを示しました。

そのうえで「玉木代表がきょうの代表質問で質疑に立つ予定だが、視界が極めて不良な状況になっている。高市氏の釈明を見て、場合によっては衆議院議長にも直接申し入れをする事項だ」と述べました。


高市議運委員長「ご迷惑おかけした」

自民党の高市衆議院議院運営委員長は、記者団に対し、「あくまで私自身の目標を書いたものであり、議院運営委員長としての見解だと受け取られてしまっては、大変ご迷惑のかかる話なので、肩書と日付は取らせてもらった」と説明しました。

そのうえで、高市氏は「私が作ったペーパーのせいで、野党に懸念を与えてしまい、ご迷惑をおかけしたと思っている。ただ、十分に意見を聞いて、改革はともに進めていきたい」と述べました。

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安田純平さんが帰ってきた(WEBRONZA)

安田純平さんが帰ってきた
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2018102600001.html
危険地を敬遠する組織メディアの記者たち。危険地取材の意義を改めて考えたい
石川智也 朝日新聞記者 2018年10月26日

慎重で沈着、私の知る彼そのもの

 安田純平さんが、帰国した。

 解放直後に公開された動画や機内での報道陣とのやりとりをみる限り、やつれた表情ながらも受け答えははっきりしており、口調も冷静でしっかりしている。健康状態にも問題はないという。

 その慎重で沈着な姿は、私の知る彼そのものだ。友人として喜びの感情がわく前に、3年4カ月に及ぶ過酷な拘禁状態を耐え抜いた強靱な精神力にまず驚き、敬意を抱いた。

 拘束生活のうち8カ月間は高さ1.5メートル、幅1メートルの独房に監禁され、「虐待状態がずっと続いていた。精神的な負担もかなりあった」という。

 7月末にネットに投稿された動画のなかで安田さんは「私の名前はウマルです。韓国人です」と不可解な発言をしていた。これについては「拘禁反応で錯乱状態なのでは」「抵抗の意思表示だ」「自分の発言をフェイクと受け止めろというメッセージだ」などと様々な臆測が飛び交ったが、真相は「自分の本名や日本人であることは言うなと要求された。他の囚人が釈放された後に監禁場所をばらしたら、攻撃されるかもしれないから」だったといい、拘束グループのルールに従っただけだと説明した。

 真実は想像を易々と超える。

 なぜ解放がこのタイミングだったのかについて、ニュースや紙面では「シリア内戦で劣勢になった反体制派の焦燥が募り、人質を抱えているのが重荷になった」「カタールとトルコの尽力は、共通の敵のサウジアラビアが記者殺害疑惑で国際的非難を浴びているのを横目に、自分たちは人権やジャーナリストを尊重しているとアピールする狙いもあった」といった見立てが盛んに報じられている。身代金をカタールあるいは日本政府が支払ったのかという一大関心事をめぐっても、推測が広がる。これらにも思わぬ事実が飛び出す日がやってくるのだろうか。

「自己責任論」を否定した産経

 外交案件かつ人命案件という事件の全容に迫るのは難儀だが、拘束までの経緯や武装組織の内情などは、いずれ本人の口から語られるだろう。背景の解説も中東情勢の専門家に任せ、少し別の視点から、今回の事案で浮かび上がった幾つかの問題を考えたい。

 最も心配していた本人や家族へのバッシングは、いまのところ主要メディアではほとんど見られない。

 ジャーナリストの紛争地取材に厳しい目を向けていた産経新聞も、10月25日付「主張」は「危険を承知で現地に足を踏み入れたのだから自己責任であるとし、救出の必要性に疑問をはさむのは誤りである。理由の如何を問わず、国は自国民の安全や保護に責任を持つ」と断言。サイド記事も家族・知人の心配の声を紹介する、きわめて穏当な内容だった。

 ネットではすでに「危険を承知で行くんだから死んでも仕方ない」「迷惑な奴」「どのツラさげて帰ってくるの」などと、いわゆる「自己責任論」の合唱が起き、ところどころで炎上している。が、こうした中傷や非難の主はほとんどが捨てアカウントや匿名の発信であり、その程度の安い「自己責任」しか持ち合わせない彼ら彼女らを相手にするのは時間の無駄というものだろう。

 安田さんバッシングには外国メディアの特派員が「全く理解できない現象」などと発信しているが、こうした現象が起きる日本の特異性と、自己責任論が「責任」とは無縁の代物であることは、さきの記事「安田純平さんを忘れないで」でさんざん指摘しているので、ここでは繰り返さない。

シリア内戦の状況変化という主因を「政権の手柄」に

 まず検証しておくべきは、今回の政府の動きだ。

 10月23日午後11時、官邸に急きょ戻って解放情報を発表した菅義偉官房長官は「官邸を司令塔とする国際テロ情報収集ユニットを中心に、カタールやトルコに働き掛けた結果だ」と胸を張った。

 このユニットなるものの存在を今回初めて知った国民も多いだろうが、2015年12月に外務省、防衛省、警察庁などから集めた約20人態勢で発足し、現在の人員は約90人にまで増えた。だが、外務省関係者によると、官邸では当初、安田さんに対して「自己責任ではないのか」などと冷ややかな声もあったという。

 シリアの反体制派とのパイプを持つカタールとトルコへの交渉を強めたのは、今年7月になって安田さんの動画や画像が次々と公開されて以降。「テロリストと交渉しない」姿勢を貫き、独自の交渉ルートを持たなかった日本政府がそれまでの3年間にどれだけ救出に力を尽くしていたのかは、不明だ(自国民保護については「安田純平さんが現れた」参照)。

 安田さんの解放情報は発表の数日前からあった。まるで「寝耳に水」のような10月23日夜の政府関係者の慌ただしい動きを考え合わせると、シリア内戦による状況変化という主因の「棚ぼた」を、ここぞとばかり「ユニット」の活躍アピールに使ったようにしか見えない。

 いずれにせよ、3年4カ月は、過去40年の邦人誘拐事件としては最も長い拘束期間だ(北朝鮮による拉致被害者は除く)。これほどの長期間、同胞を救えなかったという事実をこそ直視し、後藤健二さん・湯川遥菜さん事件のときのように、政府の検証委員会あるいは第三者委員会による総括をすべきだろう。

危険地から横並びで引き揚げる組織メディアの多くの記者たち

 もうひとつ、安田さんの拘束があらためて浮かび上がらせたのは、危険地取材での組織人/フリーランスの「棲み分け」問題だ。

 ジャーナリストが現場に行くことに理由は不要という意識は、かつてはメディアで働くだれもに共有されていた。ベトナム戦争では数多くのジャーナリストが現地入りし、結果、14人が命を落とした。そのなかには日経新聞や共同通信、フジテレビの記者やカメラマンも含まれる。

 しかし、多くの人が感じているとおり、近年、戦場や紛争地で亡くなったり不慮の事故にあったりするのは、フリーランスや独立系メディアのジャーナリストばかりだ。

 「9・11」後のアフガニスタン戦争やイラク戦争、その後の自衛隊サマワ宿営地の取材では、属する新聞社やテレビ局の業務命令によって、記者やディレクターが(多くの場合「横並び」で)現場から引き揚げ、フリージャーナリストが居残るという光景が繰り広げられた。

 紛争地だけではない。福島第一原発事故時も、政府の避難指示範囲が広がるにつれ、会社員である組織メディアの記者らは、東京本社の指示で一斉に現場をあとにした。本人がいかに不本意でも、労働法規その他で社員に危険を負わせるリスクを冒せない会社の判断には、とりあえず従うしかない。

 このようにメディア企業のリスク管理への意識が大きく変わったのは、報道関係者も多数犠牲になった1991年の雲仙普賢岳火砕流事故がきっかけとされる。

「危険取材をフリーに押しつけている」という大手メディアに対する批判があるが、実際のところ、テレビ局や新聞社が、社員を派遣できない所の取材を外部に任せることはない。当たり前だが、依頼すれば責任が生じ、万が一の際に批判を受けることは避けられないからだ。

 多くのジャーナリストの現場ルポをテレビ局に紹介して放映してきた制作会社ジン・ネット代表の高世仁氏は、「危険地」を「テレビ局が事前に制作を発注してくれない取材地」と定義する。戦場や紛争地の取材は局に企画を出しても発注書や契約書が下りることはほとんどなく、まさに自己責任で取材した成果物を持ち込み、局側に「買う」か「買わない」か決めてもらうしかない。危険地取材は「売れない」危険も背負わねばならず、取材経費さえ取り戻せない場合も少なくないという。

危険地取材の要件

 「安田純平さんを忘れないで」で論じたが、ジャーナリストの現場取材に対する市民の目は厳しさを増しており、それに乗じるように、政権の報道への圧力・統制が強まっている。組織メディアが危険地取材の決断に踏み切るための環境は、より悪化しているといえる。このままでは危険地取材が細り、取材ノウハウも失われかねない。

 1994年に取材途中の飛行機事故で不慮の人となったフジテレビの入江敏彦カイロ支局長は、生前にのこした論文で、万が一の危険を伴う取材には以下の要件があるとしている。

1. 本人がその取材を行う意思があるかどうかの確認
2. 死亡・負傷時の保険の確認
3. 訴訟問題のクリア(死亡、負傷した際も会社相手に訴訟を起こさない旨の誓約書)
4. 遺族に対する補償制度の完備
5. 危険に見合った手当
6. 現場での判断を優先させるシステム(現場で危ないと判断した場合は本社が強制できない。結果的に安全であってもその判断をもって処罰の対象としない)
7. 事故が発生した際、直接指示をした東京側の人間への責任の回避(万が一死亡することがあっても取材を命じた者の責任としない)

 そのうえで、「死亡者や負傷者が出てもこれを甘受する態度が必要だ。同業他社や雑誌などのマスコミが騒ぐことがあっても、条件は上記のとおり、取材するかしないかは本人の判断と責任ということで本社が動揺してはならない。その屍を乗り越えて取材を続けていく決意が本社にないなら、安易に危険取材などすべきではない」と記している。

 もちろん、テレビ局や新聞社、通信社のなかにも、果敢に現場に何度も足を運んでいる記者は多くいる。組織メディアを批判しフリー記者との対立を煽るのはこの稿の目的ではない。

 ことなかれに陥らず、的確に状況を見極め、必要なら恐れず決断を下す。こうした難しく重い判断を重ね積み上げていくには、組織人かフリーランスかという垣根を越え、取材ノウハウを共有していくしかない。

 過去にジャーナリストが巻き込まれた事件や危険な体験を検証して教訓とし、危機管理について議論や研修をする――そんな仕組みを、日本記者クラブや日本新聞協会、日本民間放送連盟などが協力して構築していくべきだろう。

 後藤健二さんの事件の際は、殺害映像が流れた途端、報道が「自己責任」批判の弾劾調のものから、足跡を追悼する美談調のものに一転した。2004年にイラクで武装組織に襲撃されなくなった橋田信介さんと小川功太郎さん、2007年にビルマで政府軍兵士らしき男に射殺された長井健司さんについても、追悼報道が落ち着くと、当初あった「避けられた死」だったのでは、という疑問はメディアから姿を消した。取材経験への過信はなかったか、日程の組み方に無理はなかったか、状況判断に誤りはなかったかという検証は、その後ほとんどなされていない。

 安田さんの拘束をめぐっても、トルコ国境からシリアに入ってすぐ、一緒にいた案内人かコーディネーターが裏切ったのではないか、という指摘がある。本人の証言を待ち、体験を今後の報道活動のために活かしたい。

「自衛隊のいるサマワ」から撤収した過去を忘れるな 

防衛省が今年公開した自衛隊イラク派遣時の日報は、「非戦闘地域」とされた2004〜06年のサマワ周辺の深刻な治安情勢と、29人という自殺者をだした隊員の過酷な任務の実態を伝えていた。

 しかしこの現実を、日本の大手メディアは当時ほとんど把握していなかった。

 2004年3月に防衛庁と日本新聞協会、日本民間放送連盟が合意した取材ルールでは、自衛隊側が宿営地での取材便宜を図る一方で、様々な取材規制・報道規制が定められた。外務省の退避勧告も続き、多くの組織メディア記者は2004年中にサマワから撤収した(イラク国内にはNHKや朝日新聞などの記者が残り、その後も情勢を伝えた)。

 国民の目から遠ざけられた「復興支援」「後方支援」の実態を監視し伝える報道がもっとあれば、安保法制の帰趨は少しは変わっていただろうか。

 さきの大戦のことを持ち出すまでもないだろう。情報の空白は、国を誤らせる。

 危険地取材の意義、安田さんの行動の意味が、少しでも多くの人に伝わらんことを。
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財務局OBらが実名で“森友問題の真相究明”訴え

財務局OBらが実名で“森友問題の真相究明”訴え

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2018/10/25 に公開

財務局のOBらが森友問題の真相究明を求めた。 25日午後4時前、勢ぞろいした6人の男性。彼らは全員が各地の財務局の元職員だ。財務省の下部組織だっただけに内部事情には詳しい。森友問題の真相究明は今のままでは不十分だと今回、顔と名前を出しての取材に応じた。


財務局OBから批判 麻生大臣「そういった意見も」(18/10/26)


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2018/10/26 に公開

麻生財務大臣は、森友問題で国税庁長官を辞任した佐川氏を「有能だった」と評価した自らの発言に対して財務局OBから批判が出ていることについて、「そういった意見もあると思う」と述べました。

東海第二原発再稼動 反対!の情報と方法

★東海第二原発再稼働に「NO」 茨城・那珂市長(18/10/24)
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★NHKニュース 茨城 NEWS WEB
https://www3.nhk.or.jp/lnews/mito/20181022/1070004488.html
東海第二再稼働 那珂市反対表明

10月22日 20時48分

東海村の東海第二原発をめぐり、那珂市の海野徹市長が再稼働に反対する意向を初めて示しました。
再稼働の際に事業者が「実質的な事前了解を得る」とする協定を結んだ6つの市と村のうち、再稼働反対を表明したのは那珂市が初めてです。

東海村の東海第二原発は来月、運転開始から40年という期限を迎えるのを前に、国の新しい規制基準の審査に合格するなど、再稼働の前提となる審査が進んでいます。

那珂市の海野市長は22日、NHKの取材に対して「完全な安全対策や避難計画は現実的に不可能で、事故が起きた場合は農業が主な産業である那珂市にとって影響は甚大だ。このリスクがある限り再稼働すべきではない」と述べ、原発の再稼働に反対する意向を初めて示しました。
そのうえで「原発の運転延長が認可される見通しが立ったこのタイミングで意見を表明しておくべきだと思った」と話しています。

東海第二原発の再稼働をめぐっては、事業者の日本原子力発電と那珂市を含む6つの市と村が再稼働の際に「実質的な事前了解を得る」とする全国で唯一の協定を結んでいて、このうち再稼働反対を表明したのは海野市長が初めてです。

実質的な事前了解権を持つ那珂市が反対を表明したことで、今後、東海第二原発が再稼働を目指す場合、どのような影響を与えるのか注目されます。



★10月26日金曜 (茨城しか見られないかも)
NHK総合1
午後7時57分〜 午後8時42分
検証「原子力発祥の地」はいま
http://www4.nhk.or.jp/P2832/

東海第二原子力発電所が11月で運転開始から40年を迎える。原発を含め原子力関連施設が全国最多の茨城県。避難の課題や放射線教育のあり方など原子力について考える。

東海第二原子力発電所が11月で運転開始から40年を迎える。現在、再稼動の前提となる国の審査が進められているが、安全対策や避難の課題、放射線教育のあり方などが注目を集めている。また茨城県は原発を含めた原子力関連施設が全国で最も多い。施設や放射性物質を安全に管理できる人材確保も課題となっている。「原子力発祥の地」といわれる茨城県。私たちは原子力とどう向き合っていけばよいのか?視聴者の意見も交えて考える

【ゲスト】東京大学総合防災情報研究センター准教授…関谷直也,【司会】水戸局アナウンサー…森花子,杉岡英樹,【記者】水戸局記者…秋山度


★署名活動や情報は──

とめよう!東海第二原発 首都圏連絡会
https://stoptokai2-shutoken.jimdofree.com/

▼署名にご協力ください「東海第二原発の運転延長・再稼働反対署名」
http://saitama.seikatsuclub.coop/news/2018/10/-40309620-6101127-40108421022.html

決意をもって書かれた作品 太田愛著 『天上の葦』(KADOKAWA)  ネタバレ注意(街の弁護士日記 SINCE1992at名古屋)

最近はもっぱら『石原吉郎』氏の本を読んでいる。
以前読んでこのブログでも取り上げたが、その時には気づけなかったこと
今ならわかる、見たいなことが起きている。

で、私の中の危機感では関連するものを見つけたので
今日は取り上げてみたいと思う。
以下転載。

2018年9月23日 (日)
決意をもって書かれた作品 太田愛著 『天上の葦』(KADOKAWA)  ネタバレ注意
http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2018/09/post-d735.html

えん罪を扱ったミステリーということで興味を持った「幻夏」(KADOKAWA)を読むまで著者の名前も著書も知らなかった。

著者太田愛は、もともとはテレビ番組の脚本家で、テレビドラマ「相棒」の脚本家の一人である。「相棒Season8」から参加し、「相棒 劇場版検廚鮹甘、正月スペシャル版も4年手がけている「相棒」シリーズの中でも、実力派人気作家の一人である。
いうまでもないが、「相棒」は、平日昼間の再放送がドラマ部門の週間視聴率ベスト10に入るようなお化け番組である。

「天上の葦」が扱うのは、マスコミと権力の関係である。

出版社によるタイトルの紹介の範囲で言うと、もう、ここですでに、ネタバレになってしまう。


「天上の葦(上)」

生放送に映った不審死と公安警察官失踪の真相とは?感動のサスペンス巨編!

白昼、老人が渋谷のスクランブル交差点で何もない空を指さして絶命した。正光秀雄96歳。死の間際、正光はあの空に何を見ていたのか。それを突き止めれば一千万円の報酬を支払う。興信所を営む鑓水と修司のもとに不可解な依頼が舞い込む。そして老人が死んだ同じ日、ひとりの公安警察官が忽然と姿を消した。その捜索を極秘裏に命じられる停職中の刑事・相馬。廃屋に残された夥しい血痕、老人のポケットから見つかった大手テレビ局社長の名刺、遠い過去から届いた一枚の葉書、そして闇の中の孔雀……。二つの事件がひとつに結ばれた先には、社会を一変させる犯罪が仕組まれていた!? 鑓水、修司、相馬の三人が最大の謎に挑む。感動のクライムサスペンス巨編!


「天上の葦(下)」

日常を静かに破壊する犯罪。 気づいたのは たった二人だけだった。

失踪した公安警察官を追って、鑓水、修司、相馬の三人が辿り着いたのは瀬戸内海の離島だった。山頂に高射砲台跡の残る因習の島。そこでは、渋谷で老人が絶命した瞬間から、誰もが思いもよらないかたちで大きな歯車が回り始めていた。誰が敵で誰が味方なのか。あの日、この島で何が起こったのか。穏やかな島の営みの裏に隠された巧妙なトリックを暴いた時、あまりに痛ましい真実の扉が開かれる。

―君は君で、僕は僕で、最善を尽くさなければならない。

すべての思いを引き受け、鑓水たちは力を尽くして巨大な敵に立ち向かう。「犯罪者」「幻夏」(日本推理作家協会賞候補作)に続く待望の1800枚巨編!

登場人物は、いずれも組織から外れるような、一癖ある人物で、テーマの深刻性や、スリリングな展開とは別に、ユーモアもふんだんに盛り込まれている。

「相棒」好きであれば、多分、面白く読める極上エンターテイメントになっている。

ブックレビューの満足度も高い。


さて、本題である。

「相棒」の脚本がメインの仕事であったように、著者は、マスコミ業界に極めて近い人である。

その著者が、権力とマスコミの関係を真っ向から問題にするのは、著者にとって、損はあっても得なことは何もない。

当然、著者の頭にも、ドラマの脚本を「干される」可能性があったと思う。

現に作中で示されるマスコミに対する著者の認識は、極めてリアルで、マスコミの計算高さも冷たさも十分に知り尽くしている。

そう、この作品は、勇気を持って、書かれたものなのだ。

本作執筆の動機を著者は次のように述べている(ダビンチニュース2017年2月23日)


実社会で起きている異変。今書かないと手遅れになる

構想の発端について太田さんはこう語る。

「このところ急に世の中の空気が変わってきましたよね。特にメディアの世界では、政権政党から公平中立報道の要望書が出されたり、選挙前の政党に関する街頭インタビューがなくなったり。総務大臣がテレビ局に対して、電波停止を命じる可能性があると言及したこともありました。こういう状況は戦後ずっとなかったことで、確実に何か異変が起きている。これは今書かないと手遅れになるかもしれないと思いました」

この作品は、今、世に出さなければならないという、駆り立てられる思いから、生まれた作品なのだ。著者自身が「干される」ことも覚悟してもなお「書かなければならない」との思いから世に問われたのである。

著者は、今の状況を1930年代と重ね合わせている。

作中には瀬戸内の島の老人から聞いた話を伝える次のような部分がある。

「曳舟島の老人たちから聞きました。まるで空気が薄くなるように自由がなくなっていったあの時代のことを。着たいものを着る自由、食べたいものを食べる自由、読みたいものを読む自由。気づいた時には誰も何も言えなくなっていた。思ったことを口にしただけで犯罪者とみなされる時代が来るとは、誰も思っていなかった。」

世の中の空気が変わり始める異変が起きてから、破局に至るまでこれを止めることができる時間は、さほど長くない。
言論の統制が極限化した当時を、マスコミの記者として生きた老人はこう語る。

「しかし、いいですか、常に小さな火から始まるのです。そして闘えるのは、火が小さなうちだけなのです。やがて点として置かれた火が繫がり、風が起こり、風がさらに火を煽り、大火となればもはやなす術はない。もう誰にも、どうすることもできないのです」

今は、まだ火は小さい、しかし、一刻の猶予もならないという切迫した思いが著者を本作に向かわさせたのだ。

マスコミの直近で仕事をしているだけに、権力がマスコミに対して持つ強大な力に対する認識も冷静だ。

この作品は、公安(背後の政治家)と、民放テレビ局が立ち上げを予定している、看板報道番組との確執を物語の軸に据えているが(完全にネタバレしている)、番組一つをつぶすくらい権力にとって造作もないことが前提とされている。
番組をつぶすのではなく、今後、そのような番組が出てこないようにするために画策する公安と、これと対決する主人公たちの姿を活写したものだ。
(構造としては、、前川喜平に関係した者をつぶすのではなく、今後2度と前川喜平のような官僚を出さないことを目的とする今回の粛清事件と極めて類似している)

マスコミに対する冷めた目と同時に、作品には、マスコミの人々に対する尊敬も示されている。

「日本にも良心的なプロデューサーやディレクター、ジャーナリストは大勢いるんだけどね」 

そう、マスコミで仕事をしておられる方々、あなた方に向けて、この愛に満ちた物語は紡がれたのである。

マスコミで仕事をされている方々、是非、手にとってくださいな。

そして、著者の勇気を受け取って、今、あなたにできることを是非、実行してくださいな。

火が小さな内に、大火となって、もうどうしようもなくなってしまう、その前に。

なお著者のこの作品に込めた思いは、「太田愛 公式サイト」にリンクが貼られている、「久米宏 ラジオなんですけど」(2018年4月21日)でも聞ける。
『国が危ない方向に舵を切る兆しは「報道」と「教育」に顕れる / 脚本家・太田愛さん』

「天上の葦」が大ベストセラーに化けてくれますように!!
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<地方選>自民支援候補が相次いで敗北、党内に警戒感(毎日新聞)

<地方選>自民支援候補が相次いで敗北、党内に警戒感
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181022-00000088-mai-pol
10/22(月) 21:08配信

毎日新聞

 自民党が支援する候補が地方選で相次いで敗北し、党内に警戒感が広がりつつある。21日投開票の那覇市長選で与党系候補が敗れ、沖縄県では知事選から3連敗。千葉、兵庫両県でも計2市長選を落とした。地元の保守分裂という「不運」もあったが、国政の与野党対決を持ち込まれての敗戦続きで、2日の内閣改造・党人事で発足した新執行部は、来年の統一地方選と参院選に向けて立て直しに躍起だ。【竹内望、浜中慎哉】

 「国政は国政でしっかり運営したい。地方の首長選は政党選挙ではない」。自民の萩生田光一幹事長代行は22日の記者会見で、相次ぐ敗北は政権運営に影響しないと強調した。

 だが実際には9月の党総裁選で安倍晋三首相が3選して以降、地方選の悪循環に歯止めがかからない。沖縄県知事選(9月30日投開票)で敗れ、「選挙の顔」としての首相の力を疑問視する声が出る中、首相は信頼する甘利明氏を選対委員長に据え立て直しを期した。

 ところが沖縄県では豊見城(とみぐすく)市長選、那覇市長選と、玉城デニー新知事が推した候補に与党系が連敗。さらに、沖縄以外でも今月14日の千葉県君津市長選と21日の兵庫県川西市長選で敗れ、「悪い流れ」(自民党中堅)は止まらなかった。

 豊見城と君津では保守系候補が分裂して共倒れしており、自民党内には「野党がうまくいっているわけではない」という楽観論もある。ただ、与党系が敗北した地方選はいずれも、立憲民主など主要野党が連携して対立候補を支援した。2016年の前回参院選で、全国32の1人区(改選数1)で野党統一候補が11勝と善戦したことと重なる。自民の閣僚経験者は「来夏の参院選でも野党に一本化されたら、目も当てられない」と話す。

 今後も悪循環を断ち切れる保証はない。新潟市長選(28日投開票)も、自民の元参院議員と元市議が保守分裂選挙に陥った。自民選対は「一本化すれば勝てる」とみていただけに、「敗れれば甘利氏の調整力に疑問符が付く」(党幹部)との声も漏れる。山梨県知事選(来年1月27日投開票)でも、保守系の現職に対し、自民の元衆院議員が出馬を表明。地方選を取りこぼす展開が続けば、首相の求心力がじわじわ低下する可能性もある。

最終更新:10/22(月) 23:13


<<関連記事>>

沖縄知事選  自民の「勝利の方程式」が崩壊した理由(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20181003/rky/00m/010/004000c?inb=ys

2018年10月3日

 投開票日まで1週間に迫ったころ、佐喜真淳氏の選対会議は紛糾した。月内4度目、選挙期間中3度目となる菅義偉官房長官の沖縄入りが検討されたが「入れるべきだ」「やめた方がいい」と意見が割れた。結局、台風もあり見送られたが、安倍官邸主導の選挙戦を象徴する場面だった。

 政府と連携し経済振興を主張した佐喜真陣営。名護市長選を勝利に導いた菅氏主導の自民、公明、維新による「勝利の方程式」で臨んだ。選挙戦で佐喜真氏は「辺野古」への言及を避け続けたが、当初は「東京の意向」(陣営関係者)で基地問題に一切触れず「普天間」に言及しない案も検討された。強い影響力がある菅氏だが、新基地建設を強行する安倍政権の象徴的存在で陣営内部からも「イメージが悪すぎる」と指摘する声が相次いだ。

 菅氏にとどまらず佐喜真氏の応援弁士を巡っては、効果を疑問視する声もあった。元沖縄担当相の小池百合子東京都知事が来県して実施した応援演説は、二階俊博自民党幹事長に恩を売るためとみられている。石破茂氏も来県して演説したが、総裁選後の「党内融和醸成のため」(陣営関係者)と指摘されている。自主的に支持固めに回る議員が多い中、片山さつき氏は陣営に遊説日程を「丸投げ」(同)し、陣営スタッフは調整に追われた。

◆期日前ノルマに不満噴出

 官邸主導の選挙戦が進む中、東京から投入された議員団への批判も渦巻いた。企業を回った自民党国会議員が予算獲得をアピールすると、企業経営者からは「金の話ばかりするな」と苦言を呈された。また企業や団体にはノルマを設定して、期日前投票を報告するよう指示したが、締め付ければ締め付けるほど陣営への不満や反発の声が噴出した。バブル期を超える空前の好景気に沸く県内で、目玉に欠ける佐喜真淳氏の経済政策は色あせて映ったようだ。繁忙期さなかの選挙戦に、実動部隊となる企業の動きは鈍った。

 さらに統一地方選とセット戦術を組んだものの、地方議員は自身の選挙に注力した。超短期決戦では街頭の訴えも重視せざるを得ず、自民党得意の「ステルス選挙」も十分に取り組めなかった。

 公明の支持母体である創価学会は県内に数千人規模とされる大勢の人員を投入。選挙期間中3度沖縄入りした小泉進次郎氏の街頭演説会のうち2回で支持者を大勢動員した。県外からも電話作戦で佐喜真氏への投票を促すなど総力戦を展開した。その中で一部が玉城デニー氏支持へ流れたことが注目されるが、自民党本部関係者からは母数の大きい自民の支持基盤を固め切れず「自民の負けパターンだ」との嘆きも漏れる。

 維新も前回知事選に出馬した下地幹郎氏が前回得票した約7万票を「佐喜真氏へ」と明示し、期日前投票を促すなど支持固めを進めた。知事選の功績次第で次期衆院選に向けて下地氏の自民復党や推薦もささやかれる中、独自の決起大会を開催した。そこにはかつて敵対した元知事の仲井真弘多氏も出席し「保守融和」を演出するなど佐喜真氏の支持拡大に奔走した。それでも最終的に佐喜真氏に上乗せできたのは約4万票と見られており、維新幹部も「限界だった」と吐露した。

 結局、佐喜真氏を推薦する各党から数千、1万といわれる人員が動員されたが、菅氏主導の「勝利の方程式」は崩壊した。1日の会見で知事選について問われた菅氏は「政府としてコメントすべきでない。いつもの首長の選挙と同じだ」と平静を装った。

 1日夜、総括会議を終えた自民県連幹部は「官邸は沖縄のことを分かっていない。県民は賢明な判断をしたかもしれない」とつぶやいた。

 (’18知事選取材班)

(琉球新報)


故・翁長雄志前沖縄県知事の県民葬で菅官房長官に投げつけられた罵倒が意味するもの
https://hbol.jp/176947

2018.10.22

菅野完

菅官房長官への罵倒が意味するもの


「嘘つき!」「帰れ!」「卑怯者!」――。

 9日に執り行われた、故・翁長雄志前沖縄県知事の県民葬で、安倍晋三首相の弔辞を代読する菅義偉官房長官には、数々の罵声が浴びせられた。

 内地の人々からすれば、「厳粛たるべき葬儀の場で、罵声を浴びせるとはなにごとか」と眉を顰めたくもなる出来事なのかもしれない。

 しかし、沖縄知事選の前後、現地を取材して感じた、「菅官房長官の沖縄での嫌われっぷり」から考えれば、あの罵声はむしろ当然の結果だった。


 現地で取材して驚いたのは、新しく知事に選出された玉城デニー氏の支持者だけでなく、とりわけ支持する先のない、いわゆる「無党派層」も、そして驚くべきことに、熱心に自民党側の候補である佐喜真淳氏を応援する人でさえも、異口同音に「菅官房長官への怨嗟の声」をあげることだった。

 今回の知事選で、自公両党の候補である佐喜真陣営は「対立から対話へ」を標語として戦った。その佐喜真陣営に属する、とある地方政治家は、選挙後のインタビューに「何よりの失敗は、菅さんと佐喜真候補を並べて打ち出したことですよ。熱心に自民党の応援をしている人でさえ、菅さんだけは毛嫌いするのに。菅さんこそが“対立”の象徴だから当然ですよね」と答えてくれた。

 菅義偉はこれまで、沖縄からの要望を受け付ける窓口でありながら、「ことごとく沖縄の要求を蹴る」という態度を一貫して示してきた。死の直前に翁長雄志が、政府に対して剥き出しのファイティングポーズを取ったのも無理はない。

 知事選で惨敗を喫した佐喜真陣営の選挙は、その菅義偉が取り仕切っていた。おそらく菅には「自公両党の力を結集させる技量は、俺にしかない」という自負があったのだろう。だが自分が沖縄で「対立の象徴」として受け止められている自覚に欠けていた。菅が仕切る以上、沖縄知事選での自民党の敗北は半ば必然だったのだ。


いまだ沖縄に真摯に向き合わない安倍政権

 しかし、あれほどまでの惨敗の後も、安倍政権は玉城新知事と対談こそすれど安倍総理は原稿を読むだけに終始し、真摯に向かい合うことを避け続けている。

 そしてその意思表示であるかのように、翁長雄志前知事の県民葬に菅義偉を総理の名代として送りこんだ。官邸とてバカではない。知事選の敗因が「菅義偉という人物」「菅義偉の選挙の下手さ」にあることは知悉(ちしつ)しているだろう。にもかかわらず菅を送るとはこれ以上ないほどの、沖縄に対するイヤガラセだと言うほかはない。

 県民葬で菅義偉に叩きつけられた「嘘つき!」「帰れ!」「卑怯者!」という言葉の一つ一つは、沖縄の人の嘘偽らざる心の声だろう。

 その心の声を、もうこれ以上、無視するわけにはいかないはずだ。

【菅野完】
1974年、奈良県生まれ。サラリーマンのかたわら、執筆活動を開始。2015年に退職し、「ハーバービジネスオンライン」にて日本会議の淵源を探る「草の根保守の蠢動」を連載。同連載をまとめた『日本会議の研究』(扶桑社新書)が第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞を受賞。最近、どこよりも早く森友問題の情報を提供するメルマガが話題(https://sugano.shop/

― なんでこんなにアホなのか ―
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なぜ、山梨県は「長寿」なのか?AIの分析でわかった衝撃の理由(MAG2 NEWS)

なぜ、山梨県は「長寿」なのか?AIの分析でわかった衝撃の理由
https://www.mag2.com/p/news/373428
2018.10.18 
廣田信子『まんしょんオタクのマンションこぼれ話』


長寿大国日本、その秘訣は今まで運動や食事等の面から語られるのが一般的でしたが、AIが分析したところ「読書」という斬新な結果が生まれたそうです。今回の無料メルマガ『まんしょんオタクのマンションこぼれ話』では、著者でマンション管理士の廣田信子さんがその詳細を紹介するとともに、固定観念なしのAIが先に解析、人間が後で解釈する方法が主流に代わるだろうと考察します。


健康寿命には「運動よりも食事よりも〇〇が大事」

こんにちは!廣田信子です。先日放映されたNHKスペシャル「AIに聞いてみた どうするのよ!日本」の「健康寿命」に関するAIの分析がすごかったです。見られた方も多いと思いますが、これは書かずにはいられません(笑)。

日本人の平均寿命は、男性81.09歳、女性87.26歳。これに対して、健康寿命は、男性72.14歳、女性74.79歳。「健康寿命」とは、厚生労働白書では、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されています。この差が10年あるのです。特に女性は、寝たきりや介護が必要な状態が長いのです。で、国の経済を考えると、この最後の10年間にかかる医療費は1人の人生の半分に当たるのです。この間の年間の医療費・介護費は5兆円にのぼるといいます。

で、健康寿命を延ばすことが国を挙げての大命題で、様々な取り組みがされていますが、さらに、何かよい方策がないか、今回、AIが分析を行ったら、びっくりする結果が出たのです。


分析したデータは、北海道から沖縄まで、延べ41万人の高齢者へのアンケート結果です。600以上の様々な角度からの質問項目について、10年以上追跡調査したものです。これに関して、AIが人間には不可能な膨大な分析を行ったのです。1つの質問の回答と他の質問に対する回答との関係を18万通り調べ上げたのです。そこには、思いもかけない健康長寿の秘密がありました。

まず、健康寿命を延ばすためには、「運動よりも食事よりも〇〇が大事」ということがわかったといいます。で、〇〇に何が入るか…です。それが、あまりにも意外だったのです。私は、〇〇は、「人とのふれあい」とか「会話」かな。でも、そんなに意外じゃないし…と思って聞いていたのですが、何と〇〇は…「読書」だというのです。

えっ、「読書」?体動かさないし、一人でするもので会話もないし…と、半信半疑。それは、名だたる研究者の方々も同じで、この結果を聞いて、みなさんから「お〜」と驚きの声が。質問への回答を健康要素(自分は健康だと回答している人の回答)不健康要素(自分は不健康だと回答している人の回答)に分け、各回答がどちらに結びついているかを調べているのですが、読書(本や雑誌を読む)は、健康要素119と結びつき、不健康要素0という完璧な健康要素なのです。運動、食事に比べても断トツなのです。


で、本当なのだろうかと全国で一番健康寿命が長い(男性1位、女性3位)「山梨県」を調査。実は、なぜ山梨県民の健康寿命が長いのかは県の担当者も分かっていなかったのです。そこで分かったのは、驚くべき結果です。なんと、山梨県は、人口に対する図書館の数が断トツで全国1位なのです。人口10万人に対する図書館の数は全国平均が2.61のところ、山梨県は6.59なのです。さらに、山梨県は、図書館司書の普及率が全国トップクラスで、戦後早い時期に学校に司書を配置し、子どもの時から読書の習慣を身につけさせているのです。これに対して、運動の実施率は、山梨県は全国最下位だと言います。読書と健康寿命が結びつきました。このAIの分析を聞いて、山梨県の健康福祉課の職員の方々もびっくり。

この理由を専門家が推測しています。
•図書館に行って本を探すことが運動になっている
•知的な刺激を受けている
•過去の記憶を呼び覚ますことにつながる
•読書によって心が動き、それが行動につながる
•そもそも、本を読むということは、それだけの活力があって、知的好奇心があるということ

等々です。この結果を受けて、調べると、読書をしている人と、しない人とでは平均寿命が2歳以上違うという論文があったり、なぜかわからないけど、図書館の近くに暮らす人は、要介護リスクが低いという調査結果があった…といいます。行政としては、図書館をつくることで要介護を減らせるなら、介護や医療に比べて、格段に安い費用で対策できる…と注目することでしょう。今後、図書館整備が進みそうです。

私は、いろいろなことを思いました。まず、AIの固定概念にとらわれないビックデータ分析力のすごさです。すでに、いろいろな分野で、判断をAIにゆだね始めています。なぜ、そう判断したのか分からない不安がありましたが、AIの分析、判断力はやはりすごい能力なんだと、認識しました。これからは、AIが分析した結果の理由付けを、後から人間がいっしょうけんめいする…間違いなくそうなっていくのでしょう。

それから、身近な事例からの実感として食べるものに気を使い、運動をしっかりして健康のために毎日を暮らしているような高齢者の方と、高齢になっても、仕事や研究、地域や管理組合のことを考えるのに忙しく、なかなか改めて運動教室に行けないし、人とたのしく外で飲食する機会が多くて…という人と、そんなに差がないというか…どちらかというと、後者の方が認知症にもならないし、健康寿命が長いように感じていましましたが、それもありということが、AIによって立証された気がします。

そして、個人的には、運動より本を読むことの方が好きでもいいんだ〜と、妙にうれしくなって、だからといって運動しなくていいわけじゃないよ…と慌てて自分に言いました。読書がやめられなくてウォーキングをさぼる理由に、AI分析を都合よく使いそうなので(笑)。



<関連記事>
NHKスペシャル:AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン 
https://www.nhk.or.jp/special/askai/

見た見た!
私も驚きました。
読書が健康寿命に良いとは気がつきませんでした。AIすごいと正直見直した。
私は山梨県の事情は知りませんが
次に健康寿命が長い愛知も確かに図書館多いと思います。
懐かしい名古屋で実感したものです。

最近では頻繁に尋ね人(まちによる)の放送があるし、私達団塊の世代が70代に入ってきましたし、自分の身体も気力ではなんともならなくなってきたし、周囲を歩く人たち見るにつけと老老介護の先行きどうなるんだろうと思う。

私も介護の仕事で少しお疲れだからかもしれない。気分転換しよっと。
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知事、民意基づき「新基地反対」 国は「辺野古」変えず 玉城知事・安倍首相初会談(琉球新報)

知事、民意基づき「新基地反対」 国は「辺野古」変えず 玉城知事・安倍首相初会談
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-817937.html
2018年10月13日 05:00


 故翁長雄志氏の遺志を受け継ぐと訴え、県知事選で当選した玉城デニー知事が12日、首相官邸で安倍晋三首相や菅義偉官房長官との初会談に臨んだ。名護市辺野古の新基地建設を巡って双方が「対話」を求める中で、玉城氏は「民意」に基づき反対の考えを示したが、首相は「沖縄に寄り添う」と説明しつつ移設を進める政府の立場は変わらないと伝えた。首相は翁長氏との初会談まで4カ月かけたのとは対照的な低姿勢を示したとはいえ、歩み寄りは見られず、対話の行き着く先は見通せない。


 「もやもやしたものがあった」

 会談で首相は、翁長氏の知事就任後約4カ月、会談に応じなかった事情をこう表現した。自民党県連幹事長も務めた“身内”でもある翁長氏が政府方針に異議を唱え、知事になり対立を深めたことへの感情を説明したとみられる。その上で、もともと政党や政治的立場が異なる玉城氏の印象の違いを語り、対話の姿勢を見せたという。

 ただ、首相が玉城氏との会談の要望に早い段階で応じた理由はそれだけではない。対話姿勢を打ち出さざるを得なかったのは、2度にわたる選挙で示された移設反対の民意を無視できなかったことが大きく影響している。

振り出し

 政府関係者は「知事選で振り出しに戻された気持ちだ。辺野古の方針で折り合えない以上、対話なき対話だ」と語った。

 政府が対話姿勢を打ち出しているとはいえ、辺野古移設に関する方針を変える考えはない。菅氏は会談後、県の埋め立て承認撤回への政府の対抗措置について、玉城氏に「処分理由の精査を行っている」と伝えたことを会見で明らかにした。防衛省幹部は「民意は重要なファクター(要素)だが、全てではない」と強調し、移設を進める必要性を語った。

揺さぶり

 知事就任から9日目で実現した官邸との対話について、県庁内では期待感と警戒感が交錯した。

 玉城氏が会談で増額を求めた沖縄関係予算は、対立を背景に翁長県政で減り続けた。県幹部は「『県政不況』をつくろうとしたのは見え見えだが、これが続けば地元の自民党県連や経済界も干上がってしまう」と語り、政府の対応に変化が出る可能性を指摘する。

 政府が「対話」を強調する一方で、菅氏が辺野古移設と在沖米海兵隊員のグアム移転が「結果的にリンクする」(10日の会見)と発言するなど、新県政に揺さぶりを掛ける動きも浮上している。

 日米は2012年に辺野古移設とグアム移転を切り離して進めることで合意したが、政府が今後、辺野古移設が実現しなければグアム移転も進まないとして県政に“責任転嫁”する可能性がある。普天間飛行場の「5年以内の運用停止」について、翁長県政になって辺野古移設への協力が得られないことを理由に政府が実現を困難視したのと同じ手法とも言える。

 基地政策に関わる別の県幹部は、県の埋め立て承認撤回から1カ月以上が過ぎても政府が対抗措置を取らないことに関し「丁寧に時間を置いて沖縄県に説明したという姿勢を見せたいのだろう」と推測。豊見城、那覇と続く市長選にも配慮したとみて、両市長選後の政府の動きを警戒する。 (与那嶺松一郎、當山幸都)

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安倍総理と玉城知事が初会談 基地移設で溝埋まらず(*記事追加)

安倍総理と玉城知事が初会談 基地移設で溝埋まらず(テレ朝)
(18/10/12)
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安倍首相と会談 玉城沖縄県知事がコメント(日テレ)
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20181012-00000044-nnn-pol
10/12(金) 14:51配信

12日、首相官邸で安倍首相と会談をした玉城デニー沖縄県知事が記者団の取材に応じた。(詳しくは動画で)


異例、安倍首相のスピード会談の狙いは? 沖縄・玉城知事と30分【深掘り】((沖縄タイムス)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/329257
2018年10月13日 08:52

 玉城デニー沖縄知事が就任からわずか9日目にして安倍晋三首相と会談した。翁長雄志前知事は、政府高官に会うのに就任から約4カ月を要するなど首相が政権に批判的な立場の首長と就任直後に会談するのは異例。辺野古新基地建設へのスタンスを巡っては県と国は平行線をたどるが、沖縄に配慮する姿勢を全国に示すことで、来年の統一地方選や参院選への影響を抑える狙いがあるとみられる。(東京報道部・上地一姫、大城大輔、政経部・銘苅一哲、大野亨恭)


 知事と首相の会談は当初15分の想定だったが30分に延びた。その後、衆院議員時代に活動をともにし知事選で支援を受けた国政野党を訪ねた玉城知事は、首相の言葉として「元々自民党にいた翁長前知事が向こう側にいったという意味では、非常にもやもやがあった。(玉城知事は)最初から立場は違うが穏健に国会活動していた」と伝えられたと紹介し、今後の対話に自信をみせた。

 だが「首相が面会を急いだのは、国内世論を意識した結果だ」。自民党幹部は、玉城氏就任の翌週という「スピード会談」実現の背景をこう解説した。安倍首相は24日召集の臨時国会で改憲論議の加速を目指す。悲願の憲法改正を実現するためには、安定した支持率が欠かせない。

 政府が全面支援をした候補を玉城知事が破ったことで、水面下で支援した野党は安倍政権の姿勢を追及しようと手ぐすねをひく。政府関係者は「一度会えば、野党に痛くもないことをつつかれることはなくなる」と説明する。

 また基地問題は「沖縄の問題」と矮小(わいしょう)化し、本土への飛び火を押さえ込めば「大勢に影響することはない」(党関係者)との見方だ。幹部の一人は「まずは対話する姿勢を見せておけば本土に『同情論』は広がらない。きょうの面会は4年前の反省を踏まえ、大成功だ」と胸をはった。別の関係者も「知事選で沖縄への関心は薄れた。基地問題も振興策も政府が沖縄のためと思うことをやるまで」と説いた。政府高官は今後の対談について「しばらくない」と話す。

対抗措置の時期

 対話の場は持てたが辺野古では互いの立場を主張し合うにとどまった。防衛省幹部は「こうなるしかない。必要なのは普天間をどうするかという解だ。民意も重要なファクターだが、それだけでは決められない」と話した。一方、県幹部は「前県政で撤回に踏み切ったので、ボールは政府にある」と述べ、撤回に対する執行停止など法的な対抗措置のタイミングを気に掛ける。県庁内では14日の豊見城市長選や21日の那覇市長選までは対抗措置を見送るとの見方がある。県首脳も「那覇市長選までは動けないだろう。ただ、時期が遅れるほど、執行停止の要件となる緊急性の根拠は薄れる」と指摘した。

 玉城知事は自由党の小沢一郎代表に「私たちの船出は始まったばかり。代表、まだまだ引退できませんよ」と水を向け、共産党では「将来の政権交代を目指す歩みに、微力だが加わることができれば」と野党共闘を後押しする考えを表明した。志位和夫共産党委員長は「政権交代できたら沖縄問題はいっぺんに解決する」と応じた。

 玉城知事は、国会との連携など経験を生かし翁長前知事とは異なる方法で辺野古問題の打開策を探る。


首相が沖縄知事と初会談 政府、ひとまず対話姿勢 (日経)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36425180S8A011C1EA3000/
2018/10/12 20:33

安倍晋三首相は12日、首相官邸で沖縄県の玉城デニー知事と会談した。玉城氏は米軍普天間基地(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画に反対する考えを伝達、首相は引き続き計画を進める意向を示した。政府と沖縄県の隔たりは大きいものの、政府は早期の会談に応じることで、ひとまず対話姿勢を見せた。

首相が玉城氏と会うのは4日の知事就任以降初めて。菅義偉官房長官も同席した。

玉城氏によると、首相は会談で辺野古移設を巡り「これまで進めてきた政府の立場は変わらない」と語った。玉城氏は9月の知事選を踏まえ「辺野古の新基地建設は認められないという民意が改めて示された」として反対を表明した。

辺野古問題は平行線だったが、首相は沖縄に配慮する姿勢も示した。「基地負担軽減に向けて着実に結果を出していきたい」と強調し「沖縄の振興に力を入れていく」とも伝えた。会談は当初15分の想定だったが、約30分に延びた。玉城氏は会談後、首相官邸で記者団に「対話の第一歩が踏み出せた」と語った。

玉城氏は11〜12日に都内で自民党の二階俊博幹事長や岩屋毅防衛相らと相次ぎ会った。安倍政権に批判的な知事の就任直後に、政府・与党幹部がこうした対応を見せるのは異例だ。

辺野古への移設反対派だった故・翁長雄志氏が知事に就任した4年前は首相や官房長官と会うのに約4カ月を要した。今回、政府が早期に玉城氏と会談したのは、移設反対の民意が2回連続で示されたことへの危機感の表れともいえる。

来年には統一地方選、参院選を控える。来年4月以降には衆院沖縄3区の補欠選挙も予定されている。沖縄への対応次第では「地方軽視」との批判につながりかねない。

ただ、日米両政府は普天間の移設先は辺野古が「唯一の解決策」と確認しており、基本方針に変わりはない。玉城氏は政府や米国の双方に辺野古反対を訴え、世論の支持を得たい考えだ。12日の国民民主党の幹部らとの会談では、11月に訪米する意向を示した。

今後の焦点は、翁長前県政による辺野古の埋め立て承認撤回への政府の対応だ。政府は中断している工事再開に向けて法的な対抗措置をとる方針だ。法廷闘争に発展すれば対話ムードが崩れかねず、政府は世論を見極めながら時期を探る。菅官房長官は、12日の記者会見で対抗措置の次期について「精査している段階だ」と述べるにとどめた。

沖縄振興予算も焦点の一つだ。19年度予算の概算要求で内閣府は3190億円を計上している。玉城氏は首相との会談で要求以上の額を配分するよう求めた。

「翁長さん目指した大きな木に」式辞全文(毎日新聞)

沖縄知事県民葬
「翁長さん目指した大きな木に」式辞全文

https://mainichi.jp/articles/20181010/k00/00m/010/090000c
毎日新聞2018年10月9日 20時39分(最終更新 10月9日 21時51分)

 8月8日に膵(すい)がんのため67歳で亡くなった翁長雄志(おながたけし)前沖縄県知事の県民葬で、後継として初当選した玉城(たまき)デニー知事が行った式辞全文は以下の通り。


 本日、菅義偉内閣官房長官をはじめ、ご来賓の方々のご臨席を賜り、ご遺族並びに県民多数のご列席を得て、ここに故翁長雄志元沖縄県知事の県民葬を執り行うに当たり、145万県民に代わり謹んで哀悼の意を表します。

 生ある者は必ず滅するとは申しましても、この度の突然の訃報に、私たち県民一同、いまだに信じられない気持ちであります。

 まだ67歳とお若く、県知事として更なるご活躍が期待されていた翁長雄志さんを、今ここに御霊(みたま)としてお迎えしなければならなくなったことは、誠に残念でなりません。

 『芯や天冠(てぃんか)みてぃ、枝(いだ)や國廣(くにふぃる)ぎ、根(ふぃじ)や地(じ)の底(すく)に、果てぃん無(ねぇ)らむ』

 「幹は天にも達し、枝は国中に広がり、根は地の底に果てしなく張り巡らされている」

 生前、翁長雄志さんは、毎朝、知事公舎にあるガジュマルの木の前で、根元に置かれた陶板に刻まれたこの琉歌を口ずさみながら、深呼吸することを日課とされていました。

 「この琉歌の木のように、誇りある豊かな沖縄にしたい。そして、自分自身も、この木のような存在でありたい」。そう、胸に刻みながら、県庁に向かわれていました。

 翁長雄志さん。あなたは本当に、この木のように大きな、大きな存在でした。

 翁長雄志さんは、終戦から5年後の昭和25年に、旧真和志村、現在の那覇市大道でお生まれになりました。元真和志村長の翁長助静(じょせい)氏を父に持ち、兄の助裕(すけひろ)氏も県議会議員を務めるなど、政治家一家に育ったこともあって、幼い頃から政治家になることを志し、那覇市議会議員に初当選した昭和60年から、本格的に政治の道を歩み始めました。

 那覇市議会議員、県議会議員を歴任された後、那覇市長として14年間、市民との対話を重視し、人と人とが支え合う「協働のまちづくり」にご尽力なされました。

 また、市長在任中、沖縄の歴史認識にかかわる教科書検定問題など、沖縄が断じて容認できないことについては、県民の心を一つにして国に訴えるため、多くの県民が参加した県民大会の先頭に立たれました。

 私も国会議員として参加したオスプレイの配備撤回を求める東京要請行動においては、沖縄県内の全ての市町村長と議会議長をはじめ、超党派の沖縄選出国会議員、県議会議員が参加しました。これらのオール沖縄の取り組みは、翁長雄志さんがいなければ、実現することはなかったでしょう。

 その後、沖縄県知事に就任してからは、「経済」「幸せ」「平和」の三つの視点から、沖縄の未来を切りひらくためのさまざまな取り組みを行いました。

 基地問題では、辺野古に新基地を造らせないことを県政運営の柱に掲げ、埋め立て承認の取り消しなど、あらゆる手法を駆使して新基地建設の阻止に取り組まれ、国と対峙(たいじ)しながらも沖縄の民意を強く訴え続け、多くの県民の共感を得ました。

 一方で、米国や国連に足を運び、沖縄に米軍基地が集中している現状を国際社会に訴えるとともに、全国知事会を通じて日米地位協定の改定を国に求めるなど、基地負担の軽減にご尽力なさいました。

 また、沖縄振興基本方針にもあるように、沖縄はアジア・太平洋地域への玄関口として大きな潜在力を秘めており、沖縄の持つ潜在力を存分に引き出すことが、日本再生の原動力となることから、「沖縄県アジア経済戦略構想推進計画」を策定し、アジアのダイナミズムを取り込むことで、入域観光客数の大幅な増加や、完全失業率及び有効求人倍率の改善など、経済面でも多くの成果を挙げました。

 さらに、「沖縄子どもの未来県民会議」を設立するなど、貧困の連鎖を断ち切るのは大人の責任であるとして、子どもの貧困問題の解消に心血を注がれました。

 翁長雄志さんは、沖縄県民が自ら持ってきたわけではない「基地」を挟んで、「経済」か「平和」かと、常に厳しい二者択一を迫られてきた沖縄の現状に終止符を打ち、県民が心を一つにしてさまざまな困難を乗り越えるため、イデオロギーよりアイデンティティーを大切にしていこうと訴え続けました。

 そして、県民一人一人が誇りある豊かさを手に入れることを真剣に考え続けていました。

 その強い思いは、私たちの胸の奥に、強く刻まれています。

 沖縄は、今まさに、東アジアの中心として世界に枝を広げ、人々を魅了してやまない伝統文化と多様な個性が輝く場所として根を張ろうとしており、翁長雄志さんの目指した大きな木になるため、一歩一歩着実に発展を続けています。

 我々沖縄県民は、翁長雄志さんの遺志を引き継いで、ウヤファーフジ(祖先)を敬い、自然を愛し、他者の痛みに寄り添うチムグクル(真心)をもって自立と共生の沖縄を創りあげ、生まれてくる子どもたち、明日を担う若者たちに、平和で豊かな誇りある沖縄を託せるよう、一丸となって努力し続けることをお誓い申し上げ、式辞といたします。

 うまんちゅぬちゃーが ちばとーみしぇーるしがた みーまんとーてぃ くぃみそーり(沖縄県民が頑張っている姿を見守っていてください)

 平成30年10月9日

 県民葬実行委員会委員長

 沖縄県知事 玉城デニー


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玉城デニーを勝たせた「翁長の幽霊」、呼び覚まされた沖縄の怒り(現代ビジネス)

玉城デニーを勝たせた「翁長の幽霊」、呼び覚まされた沖縄の怒り
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57768
そして、キーマンが明かした今後の課題

石戸 諭 記者・ノンフィクションライター


翁長雄志・前沖縄県知事の急逝を受けて行われた沖縄県知事選は、翁長氏の後継・玉城デニー氏の圧勝で幕を閉じた。この勝利に翁長氏の死が大きく影響していたことは間違いない。

しかしそれは、単純な「弔い選挙」で片付けられる話ではない。翁長氏の死によって、これまで眠っていた沖縄県民の怒り――「沖縄をなめてはいけない」――が呼び覚まされ、今回の大勝に結びついたと考えられるからだ。翁長氏の死は、一つのきっかけだった。

一方で、さっそく玉城陣営=「オール沖縄」の課題も見え始めている。翁長氏の遺志のもとに集った人々は、本当に結束を続けられるか――玉城陣営で尽力した沖縄財界のキーマン、呉屋守将・金秀グループ会長の言葉からはそんな心配が透けて見えた。

ノンフィクションライター・石戸諭氏による、本土と沖縄の「これから」を考えるための選挙ルポルタージュ。

第一回 「翁長君は誤解されている」元知事が明かす沖縄、不条理の正体
第二回 なぜ沖縄県知事選の世論調査は「あてにならない」と言われるのか

 異例の「ポスター貼り替え」の意味

圧倒的な勝利を収めた玉城デニー陣営のポスターが慌ただしく張り替えられたのは、選挙戦も終盤にさしかかろうとする時期だった。

9月30日の投開票を前に、しかも勝者となる陣営が選挙期間中にポスターを差し替えるというのは極めて異例のことである。

他の選挙ではほとんど聞いたことがない上、さらに新たに作成されたポスターも異例としか言いようがないものだった。

初期のキャッチフレーズ「新時代沖縄 NEW ERA OKINAWA」を引っ込め、「翁長知事の遺志を引き継ぐ」を新たなキャッチフレーズとして採用し、演説する在りし日の翁長雄志の姿が玉城の右肩に印刷された。

任期途中の8月に急逝した翁長の後継者であることを強調した、事実上「死者」との二連ポスターである。


異例はまだまだ続く。ポスター張り替えを嫌がる声が陣営で上がらなかったことだ。

政権与党の全面バックアップを受けた、佐喜真淳陣営が選挙事務所を構えたのは、那覇市のメインストリート。中をのぞくと、全国から動員された関係者がきれいに区分けされた机に張り付き、1日中電話をかけ続けるグループがいる。

対する玉城陣営はどうかといえば、那覇市の外れ、道路に面した場所すら事務所として確保できず、路地を一本入ったところにひっそりと事務所を構えていた。ボランティアが狭いスペースを分け合い、ある人は電話をかけ、あるグループはビラを整理する。


単純な人手の数ときれいに役割分担された事務所内外での活動を組織力と呼ぶならば、その差は歴然としていた。

普通であれば、ポスターを張り替えるのは労力も手間もかかる。限られた人数であればなおのこと、不満の声が出るのが道理だ。

ところが、玉城陣営に集った人々はむしろ喜んだ。「これを待っていた」「翁長さんの遺志を継ぐってもっと言ってほしいんだ」。

陣営幹部は取材に一段と声を張り上げて、こう語るのだ。

《選挙戦の期間中に、これしかないと思って切り替えた。9月22日にあった総決起集会。そこで(翁長の妻)樹子(みきこ)さんが壇上に立って訴えたんです。

誰一人、席を立とうとしなかったのを見て、戦略を切り替える時だと思った。翁長知事がずっと言ってきた「辺野古に新しい基地を作らせない」「ウチナンチュのことはウチナンチュが決める」「イデオロギーよりアイデンティティ」……。

翁長さんの遺志を継ぐ。これが方針になり、きょうで結果も出た。》

「玉城デニー」という候補以上に、「翁長」が前面に出てくる。選挙戦の主役は名実ともに急逝した「翁長」、より正確にいえば翁長という死者の遺志=「幽霊」になっていた。


 崩壊寸前、のところから

翁長がまとめ上げたオール沖縄は、あと一歩で崩壊寸前のところまで追い込まれていた。

少しばかり歴史を振り返ってみよう。自民党沖縄県連の雄だった翁長が普天間飛行場の辺野古移転を巡って反対を打ち出したのが2014年の県知事選だった。

自民党の支持基盤だった経済界の一部、そして革新陣営を巻き込む形で知事選を圧倒的な票差で勝利した。

沖縄で続いた保守・革新の対立に終止符を打ち「オール沖縄」で戦う。これが翁長らを支えたストーリーだった。ところが、この選挙をピークに翁長を支えたオール沖縄はジリ貧の戦いを強いられることになる。


勢いには徐々に陰りがでて、辺野古移設が「唯一の解決策」「粛々と進める」という安倍政権の交渉術を前に手詰まり感が出てきた。政府はさらに沖縄振興予算の減額という揺さぶりをかける。

2018年に入ってからも、絶対に落とせないと言われた名護市長選で、自民・公明が推す候補に敗れた。内部からも「我慢の限界」とばかりに飛び出す人たちもでてきた。

前回知事選と同じ枠組みで戦うことすらできず、もはや打つ手なし。オール沖縄の二期目は厳しいという見方が強まっていた。取材を重ねていた地元紙記者の分析を聞いてみよう。

《争点となった辺野古移設問題で革新系の候補ならいざしらず、バリバリの自民党出身で沖縄の政治を知り尽くしている翁長さんが知事に就任したことが政府は相当、嫌だったのでしょう。

なんとしても、二期目は防ぎたい。

オール沖縄も亀裂が入りかかっていましたから、これは自民・公明・維新のブロックで勝てると思っていたでしょう。成功体験となった名護市長選と同じように戦えばいけると踏んでいた。》

大きな誤算が生じたのが、すい臓がんで闘病を続けていた翁長が迎えた突然の死、そして後継について語っていた音声データの存在だった。

《翁長さんの死は……。こういうと語弊があるかもしれませんが、あまりに劇的でした。多くの県民の心を打った。基地問題で国と最後まで対峙して、沖縄のために働き闘病していた。このことは思想信条を超えて誰もが批判できないことです。》

彼は左手の人差し指を突き立て、振り子に見立てながら左右に指を傾ける。

《8月8日で県民の意識は変わった。もうオール沖縄路線ではダメかもと、政府側に振りかけた振り子がもう一度、翁長さんのほうに振れてきた。》

語りながら指はゆっくりと右側へ軌道を描き、急なスピードで左に動いていた。

ひとつの事実として、対立候補で自民・公明が擁立した佐喜真淳氏も、翁長氏の名前をあげての批判は慎重に避けていたことを記しておく。掲げたキャッチフレーズ「対立から対話へ」も、誰が対立していたのかは明確には口にしない。せいぜい「この4年で(辺野古移設問題を巡る国との)法廷闘争に明け暮れていた」と言ったくらいである。

内部分裂の火種になりかねない後継争いも翁長自身が終止符を打った。音声データの中で名前が上がったとされる一人が玉城デニーだったことには多くのメディア関係者も驚き、そして政治的に納得する一手だったと唸ることになる。

長く沖縄政界を取材してきた地元紙幹部の証言――。

《玉城さんの名前を聞いた時には驚きました。あっ、その手があったんだと。正直、僕はまったく想定しないなかった。候補とも考えていなかったですね。

確かに、考えてみれば戦後の沖縄の歴史を体現するような人なのです。米軍兵士の父と沖縄の母の間に生まれ、沖縄で生きてきた。しかも明るい性格で、国政選挙もしっかり勝ち抜いてきている。革新色も薄く、この人ならと保守層も納得もできる。

さすが政治家・翁長雄志だと思ったものです。》

この戦略が嫌だったのは自民・公明だろう。彼らは結局、玉城ではなく翁長と戦うことになってしまったからだ。

佐喜真サイドは戦略的に辺野古移設への賛否を最後まで示さなかった。示せずに論点を「対立か対話か」に持っていこうとしたが、それも不発に終わった。

対話ができるかどうかは相手次第であり、力関係のなかでの対話とは一方的に許諾を迫るための儀式にすぎないことを翁長の死が示していたからだ。

玉城陣営は選挙戦の最後まで「翁長」に全面的に頼ることになった。彼のキャッチフレーズであった「イデオロギーよりアイデンティティ」をより強調し、「翁長の遺志」を継ぐことを訴える戦略である。


 半信半疑

玉城陣営が事務所近くの施設に構えた開票会場――。9月30日19時を過ぎる頃にはメディアの数は膨れ上がり、身動きすらとりにくい状況になっていた。

各社の出口調査は概ね出揃い、かつ同じ傾向を示していた。玉城優勢。それも圧倒的優位と数字は語っていた。通常の選挙ならすぐにでも打てるはずの開票即当確を打ったのがテレビ朝日系列、そして朝日新聞だけだったことにも理由はある。

結果的に見れば、数字は嘘をついていなかった。ほぼ出口調査通りの傾向を示したのだ。しかし、《出口調査で玉城が圧倒的リードとなったことで、かえって不安になるんだ》と漏らす記者もいた。

原因は前回のルポでも書いた名護ショックである。オール沖縄が推した辺野古移設反対派が世論調査でリードしていた名護市長選で、勝敗だけでなくデータ的にも世論調査と真逆の結果が示されたことで、沖縄のメディアは過度に慎重になっていた。

それは陣営も同じで、朝日グループが当確を打っただけでは彼らも動かない。開票が始まる20時直前に会場に入った玉城デニー本人も表情を崩すことはほとんどなかった。

最前列に座り、4つ並んだテレビをじっと見つめる。腕を組み、時折天井を見上げる。緊張をほぐすように腕組みをほどき、腕を回す。突発的に起こるデニーコールに両手を振って応えては、まだ当選が決まっていないから「抑えて、抑えて」とジェスチャーをしていた。

開票から1時間もしないうちに別の一社が当確を打ち、NHKが優勢を伝えるニュースを流すと、さすがに多少の余裕を持ったのか笑顔も見られるようになった。

午後9時半過ぎ、NHKが当確を打つと陣営からは歓声が沸き起こった。玉城は自ら先頭に立ってカチャーシーを踊り、それを支援者が取り囲む。彼らは一緒に踊り、喜びを表現した。


玉城は興奮気味に言葉を重ねる。

《示された民意に翁長知事がほっとしていると思います。翁長知事が築いた礎を継承したい。発展を翁長知事に約束したい。》

《政府と対峙することは難しくない。我々の民意に沿って政府が判断すれば良い。》

《辺野古の新基地建設は絶対に認めない。いま止めることが私たち責任世代の行動です。翁長知事の遺志をしっかり継いで、体を張って主張する。》

《普天間飛行場は閉鎖・返還こそが道理。代わりに新しい場所を作れというなら、どうぞ日本が全体的に考えてどこに持っていくか考えてください。》

《多くの国民がいらないというなら、米軍の財産はアメリカに引き取っていただく。それでいいのだと思います。》

一つ一つの言葉に拍手が沸き起こる。つい数ヵ月前まであった深刻な課題はどこかに消えていったように見えた。

だが、本当にオール沖縄に課題はないのだろうか。当選直後に表情を崩さないまま「嬉しさ半分、厳しさ半分」と語った人物がいた。

沖縄経済界の大物、金秀グループ会長の呉屋守将である。

翁長知事誕生を後押しし、翁長自身が後継候補の一人にあげた政財界のキーパーソンだ。彼は名護市長選の後、敗北の責任を取るとして、翁長の支持組織「オール沖縄会議」の共同代表を辞任している。

ところが今回の選挙では再びマイクを握り、玉城当選を支えた。呉屋は選挙期間中に私たちの単独インタビューに応じた。

そこで語られた内容はオール沖縄、そして玉城県政が今後直面するであろう課題を指摘したものだった。彼は選挙戦の最初から最後まで「熱狂」と距離を置き、経営者らしい冷徹さをもって情勢を分析していた。


 財界のキーマンの独白

金秀グループの誕生は1946年に遡る。

沖縄戦で多くの県民が犠牲になり、終戦後もその傷が生々しく残っていた。そんな時期に、西原村(当時)我謝の集落で、農機具を作っていた鍛冶屋がいた。

グループの創業者で、呉屋会長の父・秀信だ。太陽が空に昇る前から金属を叩き、西原村の農民たちのために農機具を販売した。これが原点である。秀信は19歳にして社長に就任し、米軍関係の工事も受注しながら企業は成長を続けていった。

彼らもまた過酷な沖縄戦後の歴史を生きぬいてきた。その後を継いだのが息子の呉屋だった。グループの事業は好調で、来年2019夏にはフランチャイズ契約を結んだセブンイレブンの沖縄初出店が控えている。

呉屋は辺野古移設への反対を明確にし、市民集会などでも発言することから革新だと言われる。だが、本当にそうなのだろうか。

沖縄経済界には1998年の県知事選以降、経済界の集票を担当する六社会というグループがあった。金秀もメンバーだった。

沖縄の経済界は自民党の支援も受けながら、政治に深く関わってきた歴史がある。基地反対派の大田昌秀県政から1998年に県政を奪還した稲嶺恵一は、沖縄の石油企業「りゅうせき」の創業者一族であり、その後を継いだ仲井真弘多は沖縄電力の会長(当時)だった。

いずれも六社会が誕生をバックアップしている。

ところが前回の知事選では六社会を離脱してまで翁長を推した。仲井真陣営からは公然と「翁長が知事になれば不況になる。革新不況がやってくる」と言われた中での支援表明だった。

《基本的に基地は経済発展の妨げなんですよ。沖縄に最低限、どのくらいの基地が必要かは議論がわかれるので、これは議論をしたいと思っています。

でも、沖縄は基地依存経済だなんていう人は、那覇新都心を見てほしい。小禄の再開発をその目で見てほしい。そこにあった米軍基地と比べて、どっちが雇用を生んでいるか。どっちが経済効果があるのか。こちらには論より証拠がある。

私たちが作りたいのは、日本のどこにもない沖縄県なんですよ。観光業が好調なのも平和だからできること。私はそこを企業経営でバックアップしたいんですよ。政治家は支えても、自分が政治家になるつもりは毛頭ないんです。》

呉屋は時に舌鋒鋭く、間違っているものは間違っていると指摘する。今回の県知事選こそ勝ったが、名護市をはじめ首長選で敗れたオール沖縄についても同様だ。

一人称は「私」から「僕」へと変化する。

《地方の首長選でも「辺野古移設反対」を掲げて勝とうなんて大きな間違い。県民の意思は4年前の選挙でも示されている。それを踏まえて、今回の候補者は何をやるのかを語らないといけない。

僕が「オール沖縄会議」の共同代表をやめたのは、名護市長選の呆れた選挙戦術、選挙対応がきっかけ。これで本当に名護市民に対して申し訳ないという気持ちはないのかと聞いても、誰一人として反省の弁がない。

こんな低落は僕の企業人としてのプライドが許さないよ。でも、翁長さんがこんなことになると知っていたら、共同代表をやめるわけにはいかない。どんなことがあっても僕はやめずに留まったと思う。

僕の辞任が死期を早めたとしたら、申し訳ないなと今でも思っています。》

その罪滅ぼしの気持ちなのだろう。呉屋は今回の選挙に並々ならぬ気概で臨んでいた。

今年9月に入り金秀グループ主催のゴルフコンペがあった。参加者は沖縄の名門ホテル・沖縄ハーバービューで開かれた懇親会で驚くことになる。乾杯の音頭をとったグループの幹部が「まず翁長知事に黙祷を捧げましょう」と促したからだ。参加者には経済界の関係者もいる。当然ながら少なくない数は、佐喜真氏支持に回るだろう。

参加者の証言――。

《あぁ、これは呉屋会長の指示だなと直感しました。今回の選挙に賭ける本気度を示している。いくら政治的な心情が違っていても『殉職』とも言える形で亡くなった翁長さんへの黙祷を拒否する人はいません。

正面からの批判もできない。二人三脚で戦ってきた翁長さんの遺志を継いでいくというメッセージですよね。》


 「イデオロギーの前に、尊厳が傷つけられている」

呉屋が考える翁長の遺志とは何か。呉屋の話はオール沖縄とは何か、にまで広がっていく。

《イデオロギーの前にウチナンチュの人権、尊厳、プライドが傷つけられている。また新たに大きな基地を国が押し付けようとする。

今で言う強大なパワハラでしょ。理不尽なことを押し付けられるのに黙っていていいのか。もう黙っていないでウチナンチュ立ち上がろうよっていうのが「イデオロギーよりアイデンティティ」なんですよ。

僕の立ち位置は全然ぶれない。これは人権問題なんだと思っている。最低限の人権がないと経済だってうまくいかないでしょ。

アメとムチでいつまで沖縄がいじめられるのか。いい加減にしてくれと。自分たちのことは自分たちで決めたいんだということですよ。

対話、対話っていうけど対話というのは小さな声を汲み取ってこそ対話でしょ。知事が会いたいというのに4ヵ月も無視したのは誰なの。沖縄に対立と分断を持ち込んだのは誰なの。

沖縄の苦労に思いを寄せてくれる政治家もいたのに、いまの政権にはない。常に上からやってくる。》

彼が重んじるのはプライドである。自民党を支持しておけば、米軍基地を受け入れておけば沖縄の経済は安泰だ。そんな時代は終わりつつあるという。

《僕は商売人だから人権尊重・自由・平和。僕にとってはこれが一番大事。翁長さんになれば不況になるって言われたけど、観光が伸びたじゃない。これも論より証拠。

僕には土建屋としての夢がある。それはね、米軍基地の撤去工事をやること。僕がある選挙で応援演説したときに一番、受けたね。

(立候補者が)「金秀グループは米軍関連の工事はしない」っていうから、慌ててマイクを取り返して、「我々は米軍工事をやります。撤去工事をやるんです」って言ったの。

沖縄県民の所得は低いでしょ。ずっと全国最下位の216万。今までの政権が沖縄のために何をしてくれたんですか。政権の言う通りにやっていたから最下位なんですよ。沖縄のポテンシャルは観光にもサービス業にもありますよ。

無批判に従属するだけではダメなんですよ。》


 「熨斗つけて、基地はお返しします」

あぁそういえば、と呉屋はこんなエピソードを披露してくれた。全国から建設業界の集まりで、ある自治体の代表とのやり取りである。

《「呉屋さん、沖縄でいろいろ騒いでいるみたいだけど、沖縄は基地経済でしょ」。で、僕は言うわけ。

「はぁそうですか。では熨斗つけて基地をお返しするので、お引き取りください。こちらは喜んでお渡ししますよ」

現実にできるかどうかは別の問題として、そこまで言うならどうぞ基地と予算を一緒に持っていてください、というのが僕の気持ちですよ。

僕も翁長さんも、沖縄の米軍基地即時全面撤去なんて一言も言ってない。最低限の防衛力、防衛機能はあってもいいと思っていますよ。でも、それがなんなのかを本当に検証したということは聞いていない。

その結果、沖縄の応分の負担がこれだからと言われたら負担は必要でしょ。それを示した上で、議論したいのになんでもかんでも沖縄に押し付けようとする。

ここはゴミ捨て場じゃないんだと言いたいですね。》

ここまで聞いて、翁長と呉屋がタッグを組んだ理由がようやく見えてきた。彼らは基地問題を観念的な「平和」問題として考えていない。プライドの問題として考えている。

これだけの理不尽を押し付けられて、それを断ろうとすればお金を削るとちらつかされる。ある人たちは「問題を解決するためにやせ我慢をしよう」と言い、ある人たちは「今日、明日の食事が大切だから受け入れよう」と言う。

この構造にプライドを傷つけられている。誇りを取り戻そうじゃないか、食べていく方法は他にもあるではないか。もう絵空事ではない。好調な観光業、それに付随するサービス業、返還されたほうが大きい経済効果――。彼は経済人として、経済のリアリズムから動き始めた現実にこそ目を向けよと言ってきたのだ。

厳しさ半分、と呉屋が言ったのは「翁長の遺志」で覆い隠されたが、国と対峙することは難しいと知っているからだろう。

その時にこそ、大事なのは「遺志」を超えたビジョンなのだと思うのだが、オール沖縄にそれは見えてこない。

 「隠れ玉城支持者」の存在

日付が変わった10月1日午前2時前に開票を確認した。玉城が獲得した最終票数は39万6632票、得票率は55%に達していた。沖縄県政史上に残る圧勝である。

玉城票の特徴は事前の予想よりもはるかに「取れすぎたこと」だ。言い換えれば、彼は勝ちすぎた。なぜこんなことが起きたのか。

沖縄を取材するメディアが最後まで読み違えたのは、出口調査で浮上した「隠れ玉城支持者」の存在だった。自民党支持者の2割以上、公明党の支持者の25%前後が流れていた。

政権与党・公明党の支持母体にして、佐喜真陣営支持に回った創価学会は特にこの選挙に力を入れていると言われていた。

ところが蓋を開けてみると、かなりの数を固めきれずに取りこぼしていた。玉城の遊説会場には創価学会のシンボルである三色旗がいたるところに見られた。

創価学会員の中には玉城陣営の選挙運動の中核として関わった人もいた。

《公明党は「平和の党」だって言ってるのに、なんで辺野古に新基地を作るかどうか明言もできない人を支援するって言えるの。そんなの筋が通ってないじゃないか。そう思いませんか?》

まくしたてるように思いの丈をぶつける彼の声を聞きながら、彼らが本当に支持していたのは、玉城ですらなかったと言えるのかもしれないと思った。

《単なる弔い、単なる玉城支持ではこの票は説明できない》と語ったのは地元紙の記者だ。彼は言う。

《人の懐に手を突っ込んで、基地との取引材料にしようとする政府や与党の姿勢そのものに違うと言いたい怒りがあるんだ。そうとしか言いようがない。》


 プライド

2017年12月に争点となった普天間飛行場に所属する大型輸送ヘリが、宜野湾市内の小学校の運動場に窓を落下させた事故が起きた。そこで取られた「対策」は運動場内に児童が避難するための避難所を作ることだった。

なぜ小学校の上をヘリが飛ぶことはやめてほしい、とこれだけが叶わないのか。

普天間飛行場を返してもらったとして、なぜ辺野古に代替施設を作るのが「唯一の解決策」なのか。国防が大事なことはわかっている。だから沖縄は基地を受け入れているのに、なぜ代替施設が他県ではいけないのか。

辺野古移設を受け入れる県政だと国から「有史以来の予算」が付き、反対する県政だと減額されるのか。

「なぜ」と理不尽の積み重ねに耐えきれなくなった人々がいる。

彼らは抱く思いは、翁長や呉屋が強く訴えた「ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をなめてはいけない)」という言葉に象徴される感情、プライドを傷つけられたという思いそのものである。

結局、この選挙の勝者は残存するオール沖縄勢力でも、玉城でもなかった。勝ったのは急逝した翁長雄志の「幽霊」であり、「幽霊」が呼び覚ました「怒り」だ。

勝ちすぎた理由はそれが大きい。だからこそ課題もすぐにやってくる。

「幽霊」は対立する問題に対して、ある時は正解を知っているものとして立ち現れる。「課題はあるが、彼はこう言っていたのだから頑張っていこう」と、人々は「幽霊」の遺志のもと、結束することもできる。

だが「幽霊」は遺志の解釈を巡る争いを諌めることもできなければ、和解を仲介してくれることもない。つまり、内部にある課題は残ったままなのだ。

いみじくも呉屋はこうも言っていた。《選挙だけが問題なのではない。これからが本当の問題なのだ》、と。
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麻生氏の続投 こんな土台でいいのか

麻生氏の続投 こんな土台でいいのか  朝日新聞 社説
https://www.asahi.com/articles/DA3S13699019.html?ref=nmail_20180928mo

2018年9月28日05時00分

行政の信頼を失墜させた組織のトップを、そのまま続投させる。そんなゆがんだ人事の先に、まっとうな政治が実現するとは思えない。

 安倍首相が米ニューヨークでの記者会見で、来月2日に内閣改造を行い、首相官邸の要である菅義偉官房長官とともに、麻生太郎副総理兼財務相を続投させる意向を明言した。

 「平成のその先の時代に向かって、新たな国づくりを進めていく」。そう語り、麻生氏に「土台」として政権を支えてほしいとの考えを示した。

 自民党総裁選で3選し、新たな3年の任期を得た首相が一歩を踏み出す人事である。長期政権の弊害に真摯(しんし)に向き合い、失われた政治の信頼を回復させる。その覚悟を、具体的な顔ぶれで国民に示せるかどうかが問われている。

 決裁文書の改ざんを生んだ森友学園問題、事務次官が辞任に追い込まれたセクハラ疑惑……。財務省を舞台にした数々の不祥事は、すべて麻生氏のもとで引き起こされた。

 その政治責任をとらなかった麻生氏の留任を真っ先に表明する。総裁選の論功行賞や、政権内の力関係のバランスが崩れることを恐れた内向きの判断ではないか。

 麻生氏は、総裁選で石破茂・元幹事長が地方票の45%を得たことについて「どこが善戦なんだ」と言い放った。首相への批判票ともいえる地方の声を切り捨てるかのような言動は、安倍1強政治のおごりそのものに見える。その麻生氏を無条件で登用するなら、首相もまた批判を受け止めているとは言えない。

 さまざまな政策課題に取り組む前提として、首相に求められているのは、何より公平・公正な行政の実現だ。

 財務省による文書改ざんの動機について「それが分かりゃ苦労せん」とうそぶき、当時の理財局長で国会でうその答弁を重ねた佐川宣寿(のぶひさ)氏を「適材適所」とかばい続けた麻生氏の続投は、明らかにそれに逆行する。

 内閣人事局の発足などで、官僚の幹部人事を一手に握る首相らに、権力の集中が進む。だからこそ責任も重みが増している。その自覚を首相が自ら示さなければ、政治の劣化は拡大する一方だろう。

 来年秋には消費税の10%への引き上げがある。財政再建の先送りも許されない。いずれも財務相が司令塔となる課題で、野党の協力や国民の幅広い理解を得る努力が欠かせない。

 その任に麻生氏がふさわしいとは到底言えない。



麻生財務相の処遇 再任の理由が理解できぬ  毎日新聞 社説
https://mainichi.jp/articles/20180928/ddm/005/070/163000c

毎日新聞2018年9月28日 東京朝刊

 安倍晋三首相が10月2日に内閣改造を行い、麻生太郎副総理兼財務相と菅義偉官房長官を再任することを表明した。

 今回の内閣改造は自民党総裁選で首相が3選されたのに伴うものだ。首相は「しっかりとした土台の上に、できるだけ幅広い人材を登用していきたい」と語っていた。

 首相は両氏を「土台」と位置づけたわけだが、麻生氏については財務省不祥事の政治責任をとっていないことを指摘しなければならない。

 森友問題で財務省は公文書を改ざんし、1年以上にわたって国会を欺いていた。前代未聞の不祥事だが、麻生氏は職員の処分だけで幕引きを図り、真相究明も棚上げ状態だ。

 内閣改造は麻生氏の責任問題にけじめをつける機会となり得る。にもかかわらず再任するのは、不問に付すとわざわざ宣言するのに等しい。

 麻生氏は閣僚としての資質を疑わせる失言も繰り返してきた。

 財務次官のセクハラ問題では「セクハラ罪という罪はない」と言ってかばった。「G7(主要7カ国)の中で我々は唯一の有色人種」という事実誤認の発言までしている。

 「何百万人も殺しちゃったヒトラーは、いくら動機が正しくてもダメなんだ」というナチス・ドイツのユダヤ人迫害を理解するかのような昨年の失言は、政権の国際的な信頼を揺るがしかねないものだった。

 それでも首相は麻生氏を続投させるという。「アベノミクスを二人三脚で進めてきた」と語っており、この点を理由として説明したいようだ。だが、アベノミクスの中核は日銀による金融緩和であり、デフレ脱却の物価目標も達成できていない。

 本当に余人をもって代え難いのかは疑問である。

 麻生氏は森友問題で矢面に立たされても首相を支える姿勢を崩さなかった。首相と麻生氏が個人的な信頼関係で結ばれていることはわかる。

 だからといって、納得のいく説明なしの再任は内向きの人事だ。

 自民党総裁選の党員票で石破茂元幹事長が45%を得たのは、森友問題を含む首相の政権運営に対する「批判票」と受け止めるべきだ。

 だが、麻生氏は「どこが(石破氏の)善戦なんだ」と意に介さない。首相も同じ認識なのだろうか。


安倍首相がNYで"麻生留任"を語った背景 PRESIDENT Online
https://news.goo.ne.jp/article/president/bizskills/president_26309.html

自民党総裁選で3選された安倍晋三首相は、9月23日に米ニューヨークに向かい「国連外交」を展開して28日、帰国した。米国滞在の締めくくりとして26日(日本時間27日朝)、内外記者会見に臨んだ安倍氏は、内閣改造を10月2日に行い麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官ら骨格を維持する考えを語った。麻生氏らの留任は大方の予想通りではあるが、外国で、外国メディアも集まった場所で発信するニュースとはとても思えない。ドメスティックな話をニューヨークで発信した理由は何だったのか――。

■「10月2日に党役員人事・内閣改造を行います」と表明

日本時間の9月27日午前7時過ぎ。安倍氏の記者会見はNHKで生中継されたので、見た人も多いだろう。

「今年も世界のリーダーたちが集まるここニューヨークにやってきました」と切り出した安倍氏は、日米首脳会談の成果や北朝鮮による拉致問題の解決への決意を語り、最後に「10月2日に党役員人事・内閣改造を行います。日本の新たな国づくりに向けて力強いスタートを切りたい」と語り冒頭発言を結んだ。その後、記者との質疑に移った。

この会見の数時間前、安倍氏はトランプ米大統領と会談。関税交渉について新しい枠組み「日米物品貿易協定(TAG)」の協議に入ることで合意していた。日本政府はこれまで、日米2国間による自由貿易協定(FTA)の交渉入りだけは回避したいとしていた。一方的に米国への譲歩を迫られる展開になりかねないからだ。

日本政府は「TAGはFTAとは別のもの」と強調する。しかし会談後、AP通信は「日米はFTA交渉入りで合意」と速報を世界に発信している。

どちらが正しいか。安倍氏の会見は本来ならこの1点に集中してもおかしくなかった。

最初の質問者が2問聞いた。1つ目は当然ながら日米首脳会談の受け止め。つけ加える形で人事の見通しを聞いた。安倍氏は「(TAGは)包括的なFTAとは全く違う」などと政府の立場を説明はしたが、むしろ回答には改造人事の方に時間を割いて答えた。そこで出た発言が「菅義偉官房長官、西村康稔、野上浩太郎の両副長官、麻生副総理にもしっかりと支えていただきたい」だった。

■外国での会見で改造人事が発信されるのは珍しい

麻生氏の留任は、問題が大きい。「森友問題」にかかわる文書改ざんや次官のセクハラ問題で説明責任を十分果たさず、管理責任も取っていない麻生氏が改造後も続投することに違和感を持つ国民は少なくないだろう。だが、この原稿では、その点には深入りせず、あくまで「なぜこの日語ったのか」を考えたい。

内外記者会見は本来、首相の外遊を総括して行われるもの。日本メディアだけでなく外国プレスも参加する。当然その外交問題が主議題になる。

国内問題も質問に及ぶこともたまにはあるが、往々にして「帰国後、考えたい」などつれない回答にとどめることが多い。今回のように具体的な人事に言及することは、珍しい。

このことについて安倍氏ともつきあいのある自民党議員の1人は苦笑いしながら明かす。

「日米首脳会談で、貿易問題についてトランプ大統領から相当やり込められたのだろう。それをそらすために、人事の話題を提供したのではないか。安倍氏の常とう手段だ」

マスコミの関心を日米首脳会談からずらすため、閣僚人事でニュースを意図的に発信したというのだ。

■安倍首相が国会などで駆使する「ご飯論法」

マスコミはこの会見をどう報じたか。一報を知らせる27日夕刊は、各紙一斉に日米首脳会談で物品貿易協定の交渉入りを1面トップで報じたが、それに続く扱いで「麻生氏の続投明言」(朝日)、「麻生・菅氏ら留任」(毎日)、「首相『2日に内閣改造』」(読売)、「来月2日に内閣改造 首相表明、麻生・菅氏は留任」(日経)と1面で改造情報を報じている。

人事についての発信がなければ、この部分も貿易関係の解説記事が載っていたであろうことは想像に難くない。そういう意味で、安倍氏の発信は効果があったということになる。

翌日朝刊では、政権に批判的な朝日新聞や東京新聞が、一連の不祥事の責任を取らずに麻生氏が留任することの問題点を指摘する記事を載せている。政権にとってありがたい記事ではないが、それでも、貿易問題で米国に押し込まれた記事ばかり並ぶよりは「まし」なのではある。

安倍氏は国会などで「ご飯論法」を駆使すると言われる。「朝ご飯を食べましたか」と聞かれた時、「ご飯は食べてません(パンは食べています)」というような回答で追及をかわす手法だ。人事の情報を出して貿易問題の追及をかわすのは「ご飯論法」の発想と似ているともいえる。

■日本の政治メディアは政局や人事ばかり

日本の政治記者は、権力闘争などの政局や人事ばかりを追いかけ、外交や政策問題については弱いと指摘されて久しい。ニューヨークで行われた内外記者会見と、その報道ぶりをみていると、日本の政治メディアの問題は引き続き残っているようだ。そして安倍氏はそこを巧みに利用している。

安倍氏の首相在職日数は、憲政史上最長も射程に入りつつある。その長期政権を支えているのは、安倍氏に操られている日本のメディアでもあるのかもしれない。

(プレジデントオンライン編集部 写真=AFP/時事通信フォト)
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<森友公文書改ざん>自殺職員の父と財務省OBが決意の告白(テレビ東京)

<森友公文書改ざん>自殺職員の父と財務省OBが決意の告白

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[WBS] 森友問題公文書改ざん!自殺職員の父が語る遺書
http://lovely-lovely.net/business/mof
2018/9/26 ワールドビジネスサテライト ラブリーラブリー ※文字起こし

森友学園を巡る国有地の売却問題。

この問題が明らかになってから1年半余りが経ちますが国有地の8億円もの値引きは適正だったのかなどいまだ疑問は残ったままです。

こうした中、関係者がその重い口を開きました。

こちらは財務省近畿財務局などのOBの皆さんです。

この問題を風化させてはならないとお集まり頂きました。

そして一方、こちらは公文書の改ざんをさせられ自ら命を絶った近畿財務局の職員の父親です。

今回始めてテレビのインタビューに応じました。

テレビ東京の単独取材です。


自殺職員の父が語る遺書

ここに自ら命を絶ったAさんの父親が一人で暮らしています。

1人で責任を負う必要はないのに、なんで死ななければならなかったか。

日にちもたったから薄らいできたけど、改ざんを指示した相手ははっきりわかりませんけど腹が立って、そればっかり頭から離れなかったです。

4年前に妻が亡くなり、Aさんが心の支えだったといいます。

親がいうのもなんですけど曲がったことが嫌いで、まっすぐな性分。小さい時から。

Aさんが体調を崩し仕事を休んでいると聞いたのは去年の秋頃のことでした。

「夜中の1時か2時に帰ってくる」と嫁が言っていました。

この頃がまさに公文書の改ざんをさせられていた時期だったのです。

そして今年3月、自ら命を絶ったAさんは遺書を残していました。

上司に言われることを反対するわけにもいかないし、上司に言われた通りに書き換えたと遺書に書いてありました。

7枚か8枚のレポート用紙に書いてありました。

「改ざんをさせられたことで亡くなったと考えているか?」

そうそう。

それを書いたことは本人の負担になったと思います。

父親が大切にしているものがあります。

書道が趣味だったというAさんの作品。見ると思いがこみ上げます。

わけのわからないことに巻き込まれた感じでしょう。

下っ端の方で仕事していたものにとっては。

財務省に入った自慢の息子はなぜ死ななければならなかったのか、いまも問い続けています。


財務局OBが決意の告白

一方、大阪に集まったのは近畿財務局のOBなど6人。

顔出し、実名で取材を受けるのは今回が初めてです。

2年前まで近畿財務局で働いていた田中朋芳さん、

国会が閉会したら皆さん関心持たなくなってくる。

そうなってほしくないということでインタビューに答えた。

伊藤邦夫さん、

本省の幹部が一切責任を取らない中で現場の職員だけが苦しんでいる。

そして最悪の事態。仲間が自死に追い込まれた。

Aさんの同僚だった喜多徹信さんは亡くなる前の様子を現役の職員から聞いていました。

2人の職員から電話をいただいて、彼が改ざんの仕事をやらされる中で100時間を超えるような残業。

追い詰められて顔が変わってしまった。

Aさんが亡くなった後、近畿財務局では異例の対応がなされていたといいます。

通常、亡くなられたら通夜はどこでやるとか情報が流れるが、それがなかった。

当局としても異常な扱い、特別な扱いをしていた。

2017年2月、安倍総理、

私や妻が関係していたということになれば総理大臣も国会議員も辞めるということははっきり申し上げておきたい。

森友学園への国有地売却問題、小学校の名誉校長は安倍昭恵総理夫人でした。

鑑定価格9億5,600万円の土地が地下のゴミを理由に値引きされ1億3,000万円余りで売却されていたのです。

当時の財務省の佐川宣寿理財局長は、

交渉記録はございませんでした。

記録は残っていない。

財務省OBは佐川氏らの国会答弁を複雑な思いで見ていたといいます。

佐川さん、うそついたらあかん、文書っていうのはそんなもんじゃない。

記録が全然ないなんてうそつくな、歯がゆい思いがして。

財務省は残っていないとしてきた交渉記録、およそ950ページを公表。

驚くことに決裁文書のおよそ300ヵ所が改ざんされていたのです。

OBたちはやむを得ず情報を非公開にすることはあっても文書の改ざんは考えられないといいます。

普通は「のり弁」ですよね。黒塗りにする。

情報開示請求されたら黒く塗ってコピーをとって情報開示してました。

たとえベタ塗りでも元を変えてしまうのは考えられない。

内藤宗助さん、

記録文書ですから、あとから直したら歴史が全然つながらないことになる。

だから、それを直すのはわれわれの常識ではありえない。


森友問題「野党合同ヒアリング」

9月18日、国会内で行われた会合。

いまも野党による財務省などへの追求は続いています。

国民民主党の山井和則議員、

安倍昭恵夫人の話が初めて籠池氏から出た時の交渉記録はいつになったら出てくるんですか。

財務省理財局の嶋田俊之課長、

まだ見つかっていない。

事実解明が進まない中、野党が情報公開を求めた森友問題に関する文書について先月、役所が次々と不開示という決定を出したのです。

9月5日、財務省を訪れたのは立憲民主党の川内博史議員。

国有地売却の際の打ち合わせ記録や国会の答弁書などの公開を求めたものの何一つ開示されなかったことを不服だとして申し立てを行ったのです。

何も答えない、資料も出さないと政府として決めているのかもしれないが少しでも真実を明らかにしたい。

財務省は記録を公表するべきか否か審査会が調査し90日以内に判断を示すとしています。

財務省OBは異例の土地取引や文書改ざんにはある力が働いたと見ています。

8億円の値引きは自分の仕事と照らしても極めて異常すぎる。

政治家の関与はありうる。私も実際体験した。

できることとできないことがある。そこはきちっと使い分けてきた。

今回は底が抜けてしまった感じ。

「公務員の判断で文書の改ざんはありえないか?」

ありえない。

財務省は改ざんは「国会が紛糾するのをさけるため」だったと結論づけました。

およそ20人を処分したものの麻生太郎大臣は続投。

処分を受けた当時の岡本官房長は事務方トップ、次官に昇進しました。

安田滋さんは、

処分の内容は思っていたより軽い。処分された幹部が人事異動で出世をしていく。

財務局の職場の締め付けはどんどん厳しくなってくるだろう。

最強官庁といわれる財務省による前代未聞の不正はいまだ多くの疑問が残されたまま・・・

現役の職員は固く口を閉ざしています。

内部告発をやれという声もあるけれど、現役の職員はこれからの公務員人生をすべて捨てるくらいの勇気がなければできない。

OBたちがいま懸念しているのは今後の公文書の扱われ方だといいます。

小濱達男さん、

今後はおそらく公文書を改ざんしないと思う。

しかし作るときの公文書そのものが、うその公文書を作ることになる。

私たちは行政がゆがめられるという危険性を感じる。

疑惑をすべて明らかにし、二度とこのような問題が起きないために6人は全国の財務局OBに協力を呼びかけています。


<関連資料>
http://www.asyura2.com/18/senkyo251/msg/367.html

沖縄県の『地位協定ポータルサイト』がすごい!!

<街の弁護士日記 SINCE1992at名古屋>より
http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2018/09/post-04b1.html

2018年9月19日 (水)

沖縄県の『地位協定ポータルサイト』がすごい!!


日米地位協定について沖縄県が、他国の地位協定と比較する中間報告書を今年3月に公表している(「他国地位協定調査 中間報告書」)。
この報告書が掲載されているのが沖縄県の『地位協定ポータルサイト』だ。


このサイトは内外の米軍地位協定に関わる資料を集積し、頻繁に更新されている。
各国の地位協定の運用を理解するには、各国の国内法も収集する必要がある。
このサイトには、たとえばドイツの航空交通法や航空交通規則、ラムシュタイン空軍基地における米軍に対する詳細な指令書まで、すでに翻訳されている。
他にイタリア、韓国、フィリピン、イラク、アフガニスタンの地位協定が翻訳され、紹介されている。


しかも、これらの翻訳は、非常に優れている(と、『2級国民(注:この国では英語に堪能でないものは2級とみなされるようになった)』のマチベンには見える)。
最新のアップは米国の「安全保障諮問委員会」のレポートであり、そこには「その国にいる人はその国の法律が適用されることが国際法上のルールであることが認められている。」と、『駐留米軍治外法権』が国際法上の原則であると主張する、外務省が見たら真っ青になるようなことが米国政府機関の見解として紹介されている。

沖縄県が、これほど真剣に日米地位協定に向き合っているのは、日米地位協定が他国に例を見ない日本国の主権を侵害する内容だからだ。

沖縄は、このことを広く訴えて、地位協定の改定を実現し、日本国の主権を回復しようとしている。

本土に踏みつけにされた沖縄が、最も真剣に日本国の主権の回復を求めていることに複雑な思いを禁じ得ないが、今や国家主権の問題に真正面から向き合っているのが、沖縄県であることは紛れもない事実だ。


主権の回復を快く思わないのが、皮肉にも我が国の中央政府である。
今、沖縄県で闘われている知事選挙は、日本の主権回復をかけた闘いでもあるのだ。


「他国地位協定調査中間報告書」は、国内法の適用・基地管理権、訓練・演習、警察権、米軍機墜落事故に対する対応といった諸点を中心に、駐留米軍の数が多く、日本と同様に米軍機墜落事故の被害を受けている、ドイツ、イタリアの米軍地位協定及びその実施細目にわたって、現地調査も含めてまとめたものだ。

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琉球新報2018年3月30日より


「あいち沖縄会議」という団体から、この中間報告書の学習会の講師にお招きいただいて、読み散らかしていた地位協定に関する文献も含めて、中間報告書を読み込んでみた。

日本にいると、当たり前のように思われている米軍基地の基地内の治外法権もこれらの国では当たり前ではない。むしろ国内法が及ぶことを当然として、その遵守を徹底することに意を使っている。
イタリアに至っては、米軍基地の管理者はイタリア軍司令部であるとされている。そしてイタリア軍司令官は、イタリア国の主権を擁護するものとされている。

ドイツやイタリアでは、基地の外での訓練・演習は、当然に国内法の適用を受ける。ドイツでは、訓練区域における訓練すら当局に通知して承認を受ける、域外の演習となれば、国防大臣の許可を要する(以下のグラフは中間報告書で紹介されたドイツの低空訓練時間の推移)。

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米軍機墜落事故に当たって、残骸に指一本触れさせない日本と違い、ドイツやイタリアの軍や警察が排除されることはない。
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朝日新聞2017年10月29日


日米地位協定を他国の地位協定と比較することによって、日米地位協定の異常さを浮き彫りにするという沖縄県の意図は的確なもので、7月27日、全国知事会において全会一致で「米軍基地負担に関する提言 」が採択された。

日米地位協定は締結以来、一度も改訂されていない。

運用を改善するというのが、政府の立場である。しかし、実態は違う。
米軍の軍事演習等は、地位協定が締結された1960年当時は演習区域のみにおいて行い、事前に政府に通知され、関係自治体に通達することとなっていたのが、もはや日本側に通報されることはなく、日本側としてもこれを求めないこととなってしまっている。

射撃や爆撃を伴わない限り、米軍は好き放題に訓練できるという現状は、日米地位協定の運用の改悪により、もたらされたのだ。

事故機に指一本触らせないと運用も、旧安保条約・行政協定当時より改悪された運用の結果だ。

ジョージ・ブッシュ政権で国務長官を務め、強硬派で知られる、コンドリーザ・ライスすら、日本と韓国に軍を置く「太平洋軍司令部は昔から植民地総督のような存在」だと、米軍支配の異様性を認めている(矢部宏治『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』 講談社現代新書)。


地位協定の問題は、まさに日本の主権と独立に関わる問題なのだ。


沖縄県は、日本の独立と主権の問題に真正面から取り組んでいる。


その努力が、標題とした「地位協定ポータルサイト」である。
この情報提供が、地位協定に対する理解の飛躍的深化をもたらすだろう。


これは、沖縄県による一つの達成であると言ってもよい。


自公が組織を上げて強力にてこ入れする佐喜真候補が知事となれば、このポータルサイトの存続すら危ういだろう。

日本の独立という課題は、さらに遠のくことになりかねない。
辺野古新基地問題だけではない、日本国の主権回復のためにも玉城デニー氏の当選を願わずにはいられない。
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正体を隠して活動する日本会議の「カルト性」(ハーバー・ビジネス・オンライン)

少し前の記事になりますが、安倍総裁3選後を考える上で、貴重な記事と思われる。

正体を隠して活動する日本会議の「カルト性」
https://hbol.jp/173398

菅野完   2018.08.24


休暇中の安倍首相が8月20日に東京に戻った「目的」

【午前】
山梨県鳴沢村の別荘で過ごす。

【午後】
4時46分、公邸。
5時59分、自民党本部。党の地方組織の会合向けビデオメッセージ収録。
6時36分、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ。宴会場「鶴の間」で「第3回アジア地方議員フォーラム日本大会」に出席し、あいさつ。
8時35分、山梨県富士吉田市の「焼肉バル秀」。成蹊大時代の友人らと食事。昭恵夫人同席。
11時2分、別荘。

 各紙が伝える8月20日月曜日の首相動静の内容だ。

 興味深いのはこの日、安倍晋三が山梨と東京を往復していることだろう。つかの間の夏休み、ゆっくり羽を伸ばせるチャンスを潰してわざわざ東京に出向き、また山梨に戻っている。よほどなにか大事な用事があったに違いない。

「5時59分、自民党本部。党の地方組織の会合向けビデオメッセージ収録」

 この予定は、撮影クルーを山梨に呼べば対応できる。わざわざ東京に戻る必要もない。


「6時36分、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ。宴会場「鶴の間」で「第3回アジア地方議員フォーラム日本大会」に出席し、あいさつ」

 夏休みを中断しわざわざ山梨から東京に戻ったのは、このイベントに出席するためだと見るのが自然だろう。

 この会合への出席は、既に、時事通信が記事化している。

「安倍首相、日本会議の会合出席=静養中に一時帰京」(時事通信)

 注目すべきは、この記事で時事通信が「第3回アジア地方議員フォーラム日本大会」を「日本会議の会合」と断言していることだ。あくまでも同会合の主催者は「第3回アジア地方議員フォーラム日本大会実行委員会」であり主催者名義に日本会議の名前は出てこない。

 時事の記事にはこうある。

“安倍晋三首相は20日夜、東京都内のホテルで、保守系団体「日本会議」などが開いた「アジア地方議員フォーラム日本大会」に出席した。”

 時事の記事らしく、論評や評価を加えず淡々と事実のみを伝える書きぶりではある。しかしもしこの記事が「事実の羅列」であるならば、時事通信は「第3回アジア地方議員フォーラム日本大会実行委員会が主催者だが、この会合は日本会議の会合なのだという事実」を押さえていたということになる。

 同会合の正式なパンフレットの表紙がこれだ。

 主催にも、共催にも後援にも日本会議の名称は出てこない。

 しかしこれは表向きの姿。別のパンフレットをみてみよう。

 表紙に堂々と「日本会議地方議員連盟設立10周年記念企画」と明記してある。むしろ「アジア地方議員フォーラム日本大会」の名称より大きいぐらいだ。

 また、このパンフレットの裏面には申込先・問い合わせ先として、堂々と日本会議の名前が出てくる。

「ご協賛窓口」としてあげられている東京都千代田区平河町の住所も電話番号も日本会議のものに間違いない。

 ここまで「証拠」がそろっていれば、時事通信が同会合を「日本会議の会合」と断ずるのもむりはなかろう。


司会の後ろにいた、「日本青年協議会」の人物

 また、この会合の運営自体も日本会議のメンバーによって行われている形跡がある。

 同会合の司会を務めたのは、小林ゆみ・杉並区議。小林区議といえば杉田水脈発言について「言葉だけ切り取らずに文脈を見ると、あの『生産性』は『子供を産めるかどうか』という意味だとわかります。言葉を文脈から切り取り、感情的になり過ぎてはいけませんね」と、何が問題かを全く理解していないコメントを出しかえって杉田議員以上の頭の悪さをしめしてしまったことは記憶に新しいが、どうやらやはり、少し脇が甘いようだ。

 小林区議は同会合が開催された20日21時30分、「アジアの地方議員の皆様をお招きしてのフォーラムが、本日一部終了いたしました。なんとか司会を乗り切りました!」と誇らしげにツイートしているが、このツイートに添付された写真が興味深い。

 小林区議の背後に写り込んでいる白髪の紳士は、日本会議の本体であり日本会議の事務方をになう日本青年協議会の中山直也氏である。

 中山氏はいつものように、裏方として同会合の進行を差配していたのだろう。日本会議の会合を取材したことのある人間であれば、「ああ。あそこに中山がいる。これ日本会議なんだな」とすぐわかったはずだ。パンフレットの内容、イベント運営の実態、どの側面からみても、時事通信が同会合を「日本会議の会合」と断じたのは正解だ。

 本稿は、「安倍首相が日本会議の会合に出席した」ことを問題視するものではない。それ自体は、法的にも倫理的にもなんら問題はない。さらにいえばそんなことは日常茶飯事であることも事実だろう。自民党の正式な会合でも閣議ではおとなしい安倍が、日本会議の会合か産経新聞の読者サークルである「正論懇話会」などお仲間に囲まれた場所にでると怪気炎をあげることも以前からの傾向だ。

「総理の出席」自体にもし問題があるとすれば、いかがわしい連中の会合に出席したことぐらいだろが、かくいう私もいかがわしさでは人後に落ちないし、日本会議がいかがわしいからといって、総理の出席をとめられるわけでもない。

「日本会議の会合に首相が出席した」ことをあげつらっても、単に「安倍晋三の目には日本会議の連中がまともな連中に映るらしい」と、我が国の宰相の人の見る目のなさを嘆くぐらいが関の山だ。

 今一度、前掲のパンフレットを見ていただきたい。「後援」の欄に、経済産業省、外務省、そして文部科学省の名義がつらなっている。問題はここだ。


「日本会議」の名を出さずに後援を申請していた!?

 いわずもがな、日本会議は政治団体ではない。日本会議は法的には任意団体であり、一般的な言葉でいえば「市民運動グループ」「活動家の集団」だ。日本会議の法人資格から考えれば、日本会議のイベントに各省庁が後援を出すことはなんら差し支えないとはえいる。ただしこれは原理原則の話。「どこぞの市民グループが主催する前川元文科省事務次官の講演会にも、申請がありさえすれば、どの役所も後援する」ということは事実上ないわけで、後援実施の可否は「申請がありその申請書の内容に問題がなければ原則的に全てのイベントを後援する」ではなく、「申請があれば、申請者の日頃の主張や活動を勘案してから決断する」という判断で動いているのは明らかだ。

 つまり、経済産業省も外務省も文科省も、「申請者の日頃の言動、活動内容をみて後援するに差し支えない」という判断を下したことになる。

 日本会議が日頃から改憲を主張し、これまでも「教育基本法改正運動」や「国旗国歌法制定運動」「元号法制定運動」などで実績をあげている活動家グループであることは、すぐ調べればわかる。拙著『日本会議の研究』刊行以降、彼らの実態も様々なメディアで報じられているわけで、役所がそれを知らないはずもない。となると、「役所は日本会議がそうした活動家の集団であることを知って後援したのか?」という疑問がわいてくるのが自然だろう。

 そこで、後援の名義が出ている、経済産業省 外務省 文科省それぞれに、「第3回アジア地方議員フォーラム日本大会を後援したのは事実か?」「この会合が実質的に日本会議の主催であることを知っていたのか?」について問い合わせてみた。

 経済産業省と外務省からは未だ返答はないものの、文科省の担当者は電話による取材で後援に至った経緯を素直に解説してくれた。

 文科省の担当者によると、この会合に対する後援申請は昨年末に出されたのだという。申請者の名義は「第3回アジア地方議員フォーラム日本大会実行委員会」。連絡先の電話番号や住所は、同委員会会長の松田良昭・神奈川県議のもので、すべて神奈川県内のものだったという。

 昨年末の申請書受理後、実行員会の担当者と称する人物と何度かやり取りしたが、文科省の担当者によるとこの実行委員会側の担当者は松田県議の秘書と思しき人物であったらしい。つまり、後援の申請段階では、日本会議の会合である旨の情報が添えられていなかったということになる。

 文科省としては、神奈川県議からの申請をうけあくまでも「アジアの地方議員と日本の地方議員の交流」とのことで後援の実施を判断した格好だ。

「パンフレットの表紙には、“日本会議地方議員連盟設立10周年記念企画”と大書きしてあるが、この情報さえ申請時にはなかったのか?」と重ねて確認したが、文科省の担当者は「申請書を見る限りその記載はない」と断言する。「となると、日本会議は御省を騙したということになりますね?」と水を向けると、文科省の担当者氏は「騙したかどうかはあれですけど、そういう企画であれば、事前に教えて欲しかったなというのはあります」と素直に述懐した。

 この文科省の見解は当然だろう。行政機関が活動家グループのイベントを後援するとは考えがたく、日本会議のイベントであると事前に申請があれば後援として名義を出すはずがない。

 一方の日本会議の見解を問うため、こちらも電話による取材を実施したが、「菅野完です」と名乗ったところ、「あなたに答えることはありません」と一方的に電話を切られた。

 先述したとおり、経済産業省と外務省からは未だ返答はないものの、おそらく後援の申請をする書面の内容は文科省に出されたものと大差はないはずだ。日本会議の名前を伏せて申請をしている以上、各省庁が後援名義を出すとの判断を下したのも無理はない。

 となると、問題は役所の判断にあるのではなく、日本会議がまたぞろ正体を隠して活動していることに絞られる。

 そしてこの「正体隠し」こそが、日本会議がカルトたる所以であり、社会として日本会議を監視しなければいけない理由なのだ。


正体を隠して活動するのはカルトの常套手段

 カルトとはその教義や戒律の内容や過激さのみで定義されるものではない。イワシの頭を拝めば幸せになると信じようと、壺を買えば先祖供養になると信じようと、あるいは「こんな世界、一回地獄の業火に焼かれてしまうべきだ」と主張しそれを信じようと、それ自体は教えを説くものとそれを信じるものの自由である。

 カルトのカルトたる所以は、こうした教義にではなく、その勧誘手法にある。

 カルト教団は決まって「手相の勉強をしませんか」「自己啓発のためにこの本を読みませんか」「自然保護活動に参加しませんか」と、自分たちの正体を秘匿して勧誘活動を行う。そして、勧誘された者の周りに次第に濃厚な人間関係や金品の貸し借りなど「抜け出せない雰囲気」を構築していく。教団の正体が明かされるのは勧誘された者がもう完全に抜け出せない状態に陥ってからだ。

 今回、日本会議が各省庁に対して行った行為は、構造としてはこのカルトの手口と全く同じといえよう。各省庁への後援申請時に自分の正体を明かさず後援決定後にぬけしゃーしゃーと「日本会議地方議員連盟設立10周年企画」と打ち出す行為は、「自然保護活動に参加しませんか?」と勧誘した者に壺や墓石のたぐいを売りつける行為と何が違うというのか。

 カルトの勧誘に乗ぜられた者は、いずれ勧誘の当初の謳い文句が虚偽だったことに気付く。宗教の勧誘であれば応じなかったのに、この教団の勧誘だと知っていれば話を聞くことさえなかったのにと後悔しても、もう抜け出せない。勧誘された者の周囲には、抜き差しならない人間関係や金銭や物品の貸し借り、時には住居の提供なども含めて、「小さな社会」ともいうべき濃密な空間が構築されてしまっている。そこに一度陥った者が抜け出すのは、容易ならざることだ。そしてその「小さな社会」は、その社会の中でしか通用しない論理と倫理観で動きつづけ、社会との齟齬が蓄積していく。そしてその種の小さな社会は、いずれ破綻し大きな破局を迎える。

 日本会議の問題点はまさにここにある。


「小さな社会」が日本全体を飲み込もうとしている

 今回の「第3回アジア地方議員フォーラム日本大会」で明らかになった日本会議の「正体隠し勧誘」はこれまで彼らが多用してきた手法の一形態でしかない。彼らは常にこの手法を使う。

 憲法改正運動で日本会議の名前を出さず「美しい日本の憲法をつくる国民の会」と名乗るのはその最たる事例だろう。そしてその日本会議そのものが、「生長の家」原理主義者で構成される極右団体・日本青年協議会によって運営されているものだ。警察公安がカルト宗教や過激派を監視するときに使う用語を用いれば、「第3回アジア地方議員フォーラム日本大会」も「美しい日本の憲法をつくる国民の会」もそして日本会議そのものも、日本青年協議会の「フロントサークル」にすぎない。ここには、二重三重の「正体隠し勧誘」の構造が存在している。

 そしてこの構造が及ぶのは、なにもメディアが取り上げる今回のようなイベント事や「保守系市民団体」の活動にとどまらない。猖獗を極める「保守論壇」なるものそのものが、この二重三重の「正体隠し勧誘」の構造に支えられているではないか。さまざまな論者が指摘する社会の右傾化、論壇の右傾化とは、畢竟、日本青年協議会およびその周辺の人々の「小さな社会」が日本の社会全体を蝕んでいく姿にほかならないのだ。

 50年前、新興宗教の学生運動としてスタートした日本青年協議会は、「正体隠し勧誘」を駆使して、その「小さな社会」を拡大し、平然と中央省庁を「正体隠し勧誘」で騙すまでになった。彼らの「小さな社会」はここ20年で日本の社会の随所に進出し、言論、政治、市民運動などさまざまな分野で中核となり、いまや政権を支える一翼を担うまでに成長した。

 人民寺院、オウム真理教などなど、「小さな社会」が外部の社会との軋轢を蓄積し破滅的な最期を迎えた事例は枚挙にいとまがない。日本青年協議会とその周辺の人々が構築した「小さな社会」が、どんな破滅を迎えるか、彼らの「小さな社会」が中央省庁を騙すまでに大きくなったいま、想像するに恐ろしいとしか言いようがあるまい。

<取材・文/菅野完>
すがのたもつ●本サイトの連載、「草の根保守の蠢動」をまとめた新書『日本会議の研究』(扶桑社新書)は第一回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞に選ばれるなど世間を揺るがせた。現在、週刊SPA!にて巻頭コラム「なんでこんなにアホなのか?」好評連載中。また、メルマガ「菅野完リポート」(https://sugano.shop)も、目下どこよりも早く森友問題などを解説するメディアとして注目されている。

菅野完
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安倍総理3選決定。前日に行われた「秋葉原演説の光景」は向こう3年の日本の社会になるのか(ハーバービジネスオンライン)

安倍総理3選決定。前日に行われた「秋葉原演説の光景」は向こう3年の日本の社会になるのか
https://hbol.jp/175242

選挙ウォッチャーちだい

2018.09.21


 安倍応援横断幕 安倍晋三総理が総裁選3選を果たした9月20日の前日――。

 9月19日午後5時に、安倍晋三総理が「総裁選最終日に秋葉原で街頭演説をやりたい」と言い出したそうで、いつものように秋葉原駅電気街口のガンダムカフェの前で、あまり大きく告知もされないまま、街頭演説会が開催されました。

 その様子を見てきたので、すでに総裁選が決着したあとではありますがリポートしたいと思います。


一般人を締め出す形で行われた演説会

 仕事帰りのサラリーマンが立ち寄れて、かつ明るい時間に設定しようと思ったのだと思いますが、やはり午後5時だと普通のサラリーマンが駆けつけるのは難しいため、ほとんどが自民党から動員をかけられた人たちでした。

 行ってみて驚いたのは、誰もが自由に見られるのではなく、自民党員しか入れないエリアを設け、一般人が外に閉め出されるスタイルで行われていたこと。まさに今の安倍政権を象徴するような構図ですが、自民党総裁選は自民党員にしか選挙権がないため、一般の人には無関係。だから、自民党員しか見られないことは理にかなっていると言えばそうなのですが、これは政治活動の一環として行われており、政治活動として公共の場を占有しているのであれば、一般人が排除されるというのは、やはりギリギリアウトではないでしょうか。しかし、憲法すら守ろうとしない安倍政権なので、こんな細かいルールが守られるはずがありません。


「五輪ボランティアは1000円の交通費が出る!」と橋本聖子

 さて、安倍晋三総理の街頭演説にどんな議員が登壇したのかと言うと、司会は元テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代さん。話の「つかみ」は、橋本聖子さん。このほど無給ボランティアの批判が殺到したため、渋々、1日あたり1000円の交通費を、「いつもだったら500円しかあげないところですが、今回は特別に、オリンピック限定特別支給の1000円ですよ」的なテンションで、オリジナルのプリペイドカードに入れて差し上げる(記念に取っておく人が続出することを狙って実質的なお金を払いたくないスタイル)ことで話題の東京オリンピックの話です。

 続いて、URをめぐる口利き疑惑(不起訴)が発覚した頃から露出を自粛していた甘利明さんが、堂々と登壇し、何を言うかと思ったら「アベノミクスはもう8割まで来ている、あと一押しだ」という話をしました。最近、この手のことを言う自民党議員が多いのですが、8割でコレだと、残りの2割を足したところで大したことがないことになってしまうのですが、この人たち、大丈夫なのでしょうか。

 「まだまだ実力の1割も出していない」と言われたら、ドラゴンボールみたいに「な、なんというポテンシャル!」と驚く中二病の人もいたかもしれませんが、これで8割だとすると、残り2割を足したところで先が見えています。それどころか、モテないオジサンがやり手のキャバ嬢を口説いているようなもので、「あと一押しでイケる!」と言いながらお金だけ使わされているのではないでしょうか。このままだと損失ばかりが大きく、最終的に何も手に入らない上に、その“キャバクラ代”は僕たちの税金なんですけど。

 その後に登壇した岸田文雄さんはギリギリまで総裁選に立候補しようか迷いに迷っていたくせに、今さら「ずっと安倍総理しかいないと思っていた」と言い出しました。本当にそう思っているなら、総裁選に出馬するのかを聞かれた時に、真っ先に否定し、「安倍さんしかいない」と言えばよかったのに、最後の最後に長いものに巻かれて「ずっと安倍総理しかいないと思っていた」と言っているのですから、岸田派の皆さんが天下を取る日は永久に来ないことでしょう。まるでドラマのような人間模様を見せつけられていますが、こんな話はドラマの中だけで十分です。

 皆さんお待ちかねの安倍晋三総理の話の前に、やはりこの人も話します。

 マフィア(風ファッション)とヒトラーにこだわる日本の副総理大臣、麻生太郎さんです。この頃から会場に駆けつけた「こんな人たち」の「安倍やめろコール」がどんどん大きくなり、秋葉原の改札口に近いところでは「安倍やめろ」のコールで、麻生太郎さんが何を言っているのかが聞こえないほどでした。

  「こんな人たち」とは、2017年の東京都議選の際、秋葉原で安倍晋三総理に抗議する人たちに向かって、指を差しながら「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言ったため、アンチ安倍晋三の人たちを指す言葉です。

 実際、その東京都議選では都民ファーストの会が旋風を巻き起こし、こんな人たちに負けちゃったのが安倍晋三総理のスゴいところなんですが、今回も「安倍やめろ」のコールにムカついた麻生太郎さんが、明らかに「安倍やめろコール」をしている人たちに向かって、「覚悟があるのか!」と迫り、「覚悟のない人たちに日本の舵取りを任せるわけにはいかない」と言い切りました。


「アベノミクスのおかげで発泡酒がビールに変わった」

 そして、いよいよ皆さんお待ちかねの安倍晋三総理の話だったのですが、相変わらず「アベノミクスのおかげで発泡酒がビールに変わったと喜んでいた」というビミョーな話をドヤ顔で語っていました。自分たちは赤坂自民亭で獺祭や賀茂鶴を飲んでいるのに。

 データ上は貧富の差が開くばかりなので、ビールはビールでも発泡酒が「第3のビール」に変わった世帯のほうが多いはずですが、例外的に発泡酒がビールに変わったレアなケースがあったとして、アベノミクスの成果というのはその程度なのでしょうか。だとすると、安倍晋三さんの3選は、めちゃくちゃヤバいです。発泡酒からビールに昇格し、1本あたり数十円の贅沢を楽しめるようになったものの、来年10月には消費税が10%になりますし、すべての商品の値段が2%上げようとしているので、ビールが発泡酒に逆戻りするどころか、発泡酒さえ飲めなくなってしまうカウントダウンが始まっているのです。

 「アベノミクスのおかげで2台目の車を買っちゃったよ」ならともかく、たかだか数十円のビール昇格に感謝感激し、思わず安倍晋三総理に駆け寄って手を握り、喜びを伝えてきた(本当にいたのかどうかが怪しい)工員さんとやらを、天国から地獄に突き落とす消費税10%。安倍晋三総理は3選の際には予定通りに進めると言っていますので、ビールに昇格で安倍晋三総理に喜び勇んで握手を求めてきたという工員さんは、来年、安倍晋三総理を恨むことになるかもしれません。

 しかし、「その工員さんを地獄に落とすなよー!」なんてヤジを飛ばしたら、すぐにムカついてしまう安倍晋三総理なので、また「こんな人たち」と言って指を差しかねません。なので、安倍首相から抗議する人たちが見えないように、みんなで旗を掲げて隠してあげていました。しかも、今回はそれだけでは隠しきれないと思ったのか、「がんばれ、安倍晋三」と書いた巨大なブルーシート製の横断幕で、安倍晋三総理に抗議する人たちを覆い隠す始末。ここまでやらないと安心して街頭演説できない総理大臣が、ロシアのプーチン大統領と会談に挑んでいたのです。本当の「おそロシア」はここにあったんじゃないかという話です。

 なので、街頭演説会が終わった後は「何してくれんねん!」と抗議する人たちと、ブルーシートで覆い隠した自民党のオッサンとで、「第1回・ブルーシート横断幕綱引き大会in秋葉原電気街口」が開催されることになりました。都合の悪いものに蓋をするのは安倍政権のお家芸ですが、まさか抗議する人たちをブルーシートで覆い被すとは思いませんでした。もちろん、これが安倍晋三総理の直接的な指示だったとは思いませんが、安倍晋三総理を支持する人たちの忖度が、こうした安倍政権の体質そのものではないかと感じさせられました。


集まっていた安倍政権支持者の姿

 そして、昨今の安倍政権がどのような人たちに支持されているのかと言うと、TBSだけを名指しで偏向報道だと言ったり、池上彰さんに「お前は日本の恥だ」と言ったりする人たちなのですが、いよいよどんな主張を始めたのかと言うと「核戦争には慣れている、試してみるか?」です。とうとう核戦争をやってやろうかという人たちまで現れ、ネトウヨは進むところまで進んでしまったのです。沖縄県知事選でも「玉城デニーさんが知事になったら、沖縄はウイグルになる!」と言っている人たちがたくさん現れる始末なので、もともと斜め上に向かってぶっ飛んでいた人たちですが、とうとう大気圏の向こう側に行きつつあるのかもしれません。


「自由」と「民主主義」の行方

 安倍晋三総理は動員された自民党員に囲んでもらい、一般人を排除した末、抗議する人たちに蓋をして演説をしていました。一方、石破茂さんはいかにも上品そうな奥さんと一緒に、自民党員でなくても自由に見られる街頭演説を展開していました。

 自由民主党の総裁選ですが、どちらに「自由」と「民主主義」があるのかは、街頭演説を見るだけで一目瞭然です。自由も民主主義も存在しない総裁が選ばれ、それがすなわち日本の総理大臣だということになったわけですが、日本は向こう3年、今まで以上に自由や民主主義が失われることになるでしょう。しかし、今の日本は、核戦争を望む人が堂々と大きな看板を掲げて街を歩き、こういう人が、自民党員しか入れないゾーンに入り、抗議する人たちが排除されてしまうほど無知が進んでいるのです。

 「自由」や「民主主義」が何なのかを大半の自民党議員すら知らないという国。いつしかこんな日本が立て直される日は来るのでしょうか。

<取材・文/選挙ウォッチャーちだい(Twitter ID:@chidaisan)>
ちだい●選挙ウォッチャーとして日本中の選挙を追いかけ、取材活動を行う。選挙ごとに「どんな選挙だったのか」を振り返るとともに、そこで得た選挙戦略のノウハウなどをTwitterやnote「チダイズム」を中心に公開中。立候補する方、当選させたい議員がいる方は、すべてのレポートが必見。
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