暑い中、訪れてくださる方に「ありがとう!」

 さてここしばらくの間、目の疲れもあるのですが、少し気分はロウだったような気がします。問題は「知ること」だけではダメ!「知らせる」にはどうしたらよいかで試行錯誤の日々を送っていた気がします。知らせる行動力にイマイチな性格のためでしょう、どうも思うように行動できなくてはがゆいのです。そしていつものことながら、納まるところ落ち着くのです。「出来ることをする!」それしかないではないか。
 
 さてここの所映画づいています。「スカイ・クロラ」:http://sky.crawlers.jp/index.htmlキルドレを知っていますか http://blog.livedoor.jp/amaki_fan/archives/51470581.html「東京原発」:「東京原発」をDVDで見る http://blog.livedoor.jp/amaki_fan/archives/51473397.html

 そして昨日はこれもDVDですが「六ヶ所村通信no.4」をみました。これは「六ヶ所村ラプソディー」の鎌仲ひとみ監督による、その後の六ヶ所村の取材スケッチです。2007年8月から2008年2月までです。

 映画はいつの時もそうですが、見る人によってその印象箇所は違うものです。昨日のわたしは、まさにその典型に思います。今日はそのことを書きたいのです。六ヶ所村やその周辺へはもうすでにアクティブ稼働が始まっていて核燃料再処理工場から放射能が海へ山へ放出されています。その青森の地で反対運動をしながら、農業を続けている方達がいます。十和田市で無農薬・有機でお米を13年間作ってきた苫米地ヤス子さん、その人の悩みが描かれていました。

 苫米地ヤス子さんは生産者へ無農薬のお米を直接届ける方法で米作りしている。それだけに今後、この土地で責任ある米をどのように作ってよいかを試行錯誤している。今年の米は肥料を使わず作ってみたそうです。なぜそうしたか?「六ヶ所村no.2」にそのあたりの苦悩が描かれている。http://jp.youtube.com/watch?v=TAovoxW2XvMその結果、米の量が減った。その原因が田んぼの雑草にあるのではないか、と思うと語る。隣の田んぼの農家は除草剤を播くので草を取るのに田んぼに入らなくてもよく楽だという。

 子どもの頃、田植えを手伝うのは当り前の生活体験を持つ私には、除草剤を田んぼのまわりに播くことを知っただけでも、たいへんショックなのに、田んぼの草取りをしなくて済むために田んぼにも除草剤を・・・!?そんな現実が信じられますか。少し話がそれてしまいました。

 苫米地ヤス子さんは来年米作りを続けるか悩んでいます。映像は奈良に変わります。奈良に田んぼを耕さないで米作りをしている人がいます。その人の話とお米を見るための旅です。丁度私も田んぼを耕さずにお米を作るということを少し前に名古屋訴訟の会で知り合った方が教えてくれました。しかしそのことの勉強は忙しさに紛れて横に置いていました。

 苫米地ヤス子さんは奈良でお米は雑草の中で初めて丈夫な米となることを教えてもらう。雑草が米の収穫を減らす原因と考えていたのですから、おそらく目からウロコだったでしょう。その理屈の説明は省きますが、奈良で収穫前にイネを眺めて、苫米地ヤス子さんは驚くのです。イネの紅葉を見たのです。

 わたしはいつもながら直感なのですが、雑草に大事なキーワードがある気がします。雑草を大事にするか、除草剤で殺すか!?

 苫米地ヤス子さんは放射能まみれになる可能性がある環境で責任ある米作りを考え続けている。放射能に弱い子供たちへどうやって米を届け続けることが出来るか。

 ふと、米を作り続けて一生を終えた母を思う。母親があの地に暮らしていたらどうしただろうか。父親はお上に楯突くな人でしたが、母は、正義感が強く、賢くもあった。無農薬の野菜は最後まで作っていた。そんな母が、彼の地でどのように生きたかを想像すると苫米地ヤス子さんはまるで母親とダブルのです。