死顔

作家の吉村昭氏が癌で入院していた病院を抜け出してまで推敲していた短編
小説が遺作となった『死顔』であった。その死に様は壮絶であった。死を覚悟
で自宅へ戻った5日後、腕の点滴を抜き、「俺死ぬよ」と喉のカーテーテルポート
を外して亡くなった。
後日私は吉村宅を訪れ、妻の津村節子さんにその経緯を聞いた。
「死は3日間伏せて、なるべく早く焼骨して、死顔は家族以外に見せるな」と
いうのが遺言であったという。別れ際に「でも死顔はよかったでしょう」と聞くと、
津村さんは「ええ、とても・・」と涙ぐまれた。

中野孝次の死顔について妻の秀さんが文芸春秋(2006年7月号)で次のよう
に語っている。「中野の死顔は、妻が言うのもなんですが、たいへんきれいな
見事な顔でした。主人は生前、死んだら後のことについて自ら記した『死に際し
ての処置』という遺書のような文を残していました
『死顔というのはろくな顔であるはずがないから、他人には絶対見せたくはない』
とありました。でもあれほど見事な顔だったら、お世話になった皆さんに見てい
ただきたかったと思いました」

著名な作家や知識人が、なぜ「死顔はろくなものでない」と思ったり、「死顔を見
せるな」と言ったりするのだろう。仮面をつけて突っ張って生きてきたのが暴かれ
るとでも思うからだろうか。私は納棺夫として多くの死顔を見てきたが、どんな死
に方をしても硬直前の死顔は<安らかで美しい>と思った。
「死の瞬間」の著者キューブラー・ロスも「死を待つ人の家」のマザー・テレサも
死者の顔に<神々しさ>さえ感じとっておられた。


『納棺夫日記』青木新門のHPより

*死後のことを思い煩う必要はないのですが、特にその死顔が気になる方には、この真実を伝えたい。付け加えるならば、死後のことは縁ある人達に任せればよく、今生において努めることは、縁ある人を日々大切にし、己の思いを伝えること。

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