今年は60代最後の年になる。
この間の寒さで体調を壊し、ブログの更新もままならず日々は過ぎている。
げんきんなもので、暖かい日になると元気が回復する。
これもあれも歳のせいだといってしまえばそれだけのこと。

それにしても「思えば遠くに来たもんだ!」という思いが起きる。
この歳になると、あと何年生きられるんだろうかと
未来に向けて勘定する機会が増える。
だのに、ある時フト!
過去のことを思い出そうとしたら、
ああ、遠くに来たなあ〜と思った。
「思えば遠くに来たもんだ!」とう思いを始めて自覚した一瞬のような気がする。

もうすでに、昨日したことを思い出せない。
朝食べたものを思い出すのに時間がかかる。
そんな状態ではあるが、昔のことで印象的なことは憶えているもんだ。
でもその過去のことが「遠い昔だ」と思ったのは、初めてな気がするのだ。

「思えば遠くに来たものだ!」

最近は「下流老人」から始まり「続・下流老人」そして「貧困世代」と「貧困クライシス」と藤田孝典さんの本を立て続けに読んだ。

これらの本は、もちろん自分がまさに下流老人の入り口にいる自覚があるから読んだのだが、それ以上に、過去の私の問題意識の原点を思い出したり、私の70年近い人生を振り返る機会にもなっているのだ。

かつて私は大学に行くに当たり、なにかになりたいというより勉強がしたいと思った。そしてなぜか、問題意識の初めが「貧困はどうしてあるのか?」だった。福祉関係の学校で私はマルクスをはじめ貧困問題の教授の論文や直に教えを乞うた時期もある。

しかしいざ仕事につくに当たり、生活保護などを扱うケースワーカーになる自信はなく、医療ケースワーカーを目指した。しかしその道も結婚を機に諦めてしまうのだが、そこに流れる問題意識は続いていた。
そんな私には、学生のころから社会に出て活動を始めた藤田孝典さんの行ってきたことは、
手に取るように理解できる。その活動で知った事実、現実を考えて文字にし、このような本にして、世に訴えている(それもわかりやすく)姿は、まるでスーパーマンが出てきたような気分を持つのである。

実際わたし自身が、藤田さんの本で、この間の世の中の変化をまず知らされた。
若者の貧困、奨学金問題など。

若者が正社員になれない時代は自分の息子で実感している。
しかし奨学金の問題は知らなかった。だからその現実に驚いた。

自分はもちろんのこと、息子たちも奨学金にはお世話になった。
息子たちは40歳を前に払い終えたが、今や払いきれない事態になっている現実をしる。正規雇用してもらえないうえに、奨学金という返済を抱えての生活で、結婚など考えられるはずがない。

現代の日本の現実がここまでひどくなっていたとは、さすがに本を読む前までは理解していなかった。藤田さんが学生のころに出会ったホームレスの方の話は、藤田さん自身もショックな出来事であっただろう。そしてそのようなホームレスの方々の変化(今は身なりはそこそこきれいにしているなど)はさらに驚きである。

最近、わたしも用事で山手線に乗りこんだ時、目の前に手荷物をいっぱい持った女性のホームレス風の方が乗っていて、何日もお風呂に入っていないような体臭が立ち込めていて
辛い思いをしたことがある。

藤田さんの本の素晴らしいのは、現実、事実をわかりやすく書いているだけでなく、生活保護の説明や社会保険、社会保障制度などについても簡潔に説明してあることである。

寒い日、これらの本を読み、自分の近い将来の老後問題や安倍政権が続く、この国の将来を考えると、暗く、暗くなり、何か楽しいことを見つけなければと直近の問題に考えが移るのだけれど、お金が満足にない人々(自分も含め)は、春よ早こい!と願うのである。


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