32万部売れたそうです。

読売新聞が記事にしています。

格差、環境を問い直す「資本論」…コロナ禍で関連本が人気
2021/07/01 15:00
https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20210701-OYO1T50019/

「資本論」の関連本がブームとなり、特設コーナーを設ける書店も(6月28日午後、大阪市浪速区で)

 19世紀半ばに出版された思想家、カール・マルクスの「資本論」への関心が高まり、関連する書籍が人気を集めている。コロナ禍を機に、改めて、経済格差や環境問題が意識されていることが背景にありそうだ。

 「資本論」「マルクス」「資本主義」――。

 大阪市浪速区の大型書店「ジュンク堂書店難波店」の特設コーナーでは、新書から単行本まで、複数の関連書籍が紹介されている。福嶋聡店長(62)は「これまで、経済本に関心がなかったような若者らも買っていく」と驚く。

 特に、昨年9月に出版された大阪市立大の斎藤幸平准教授による「人新世の『資本論』」は、経済関連では3万〜5万部がヒットの目安という新書では、異例の30万部超の売れ行きだ。環境に負荷をかけながら成長を求める資本主義は、格差や自然破壊などの問題を解決できないとして「脱成長」を論じ、話題となった。

 斎藤准教授は「コロナ禍による経済の混乱や世界中で多発する自然災害を目の当たりにし、差し迫った問題として、メッセージが響いているのでは」と話す。

 同書は、1年間に刊行された全ての新書から「最高の一冊」を選ぶ「新書大賞2021」(中央公論新社主催)も受賞。若い読者らからは、「未来のために考え方を改めたい」「本当の豊かさを作ろうという主張に共感した」といった声が上がっているという。

 ほかにも、現代の労働のあり方を問う「ブルシット・ジョブ」(デヴィッド・グレーバー著)など、海外の著者による書籍も好調だ。資本論を丁寧に解説し、関連本ブームのきっかけの一つとなった「武器としての『資本論』」(白井聡著)の担当編集者は「社会問題への危機感を自分の問題として捉え、背景を読み解きたいと手に取る人が多そうだ」と分析している。


《関連記事》(ものすごくわかりやすい対談!)
<コモン>の解体で僕らを苦しめる「資本主義」から降りる方法とは?【対談】斎藤幸平×いとうせいこう<前編>
https://www.excite.co.jp/news/article/Shueishapn_20210128_112848/
2021年1月28日 06:00

斎藤幸平氏(左)といとうせいこう氏(右)あらゆる人が必要とする水や電気、自然などの<コモン>を囲い込み、地球環境を壊してまで利潤を追求する「資本主義」から降りたほうが、僕らは豊かになれるのではないか?
16万部のベストセラーとなっている近著「人新世の『資本論』」(集英社新書)の著者であり大阪市立大学大学院准教授の斎藤幸平氏が、本著で提言するその考え方と方法に関して、メディアを横断して活躍するクリエイター・いとうせいこう氏と語り合った"未来を取り戻す"ためのポジティブな方法とは? その対談記事の前編を掲載する。

SDGsは大衆のアヘンである

いとう 斎藤君の新著『人新世の「資本論」』は、冒頭から読者に厳しい現実を突きつけています。気候変動をめぐって各国政府や企業が様々な対策を打ち出していますが、これでは気候変動に全く太刀打ちできないというのが斎藤君の議論です。何しろSDGs(持続可能な開発目標)は「大衆のアヘン」であるとまで言っちゃっているわけですからね。

斎藤 それくらい今の危機の深刻さについての警鐘をガツンと鳴らしたかったんです!

いとう マルクスは宗教を人々の苦悩を和らげる「大衆のアヘン」だと書きましたが、SDGsもまた、自分たちが気候変動問題に取り組んでいると思い込み、辛い現実から目をそらす役割を果たしているという意味で、現代版の「大衆のアヘン」にすぎない。マルクスが「ゆえに宗教はなくならない」と言っている通り、気候変動もなくならないということになる。斎藤君はその理由をロジカルに説明し、予想される反論を一つ一つ取り上げ、完膚なきまでに潰しています。

冒頭からこんな重いパンチをドスッと叩き込んでくる新書はなかなかない。「私たちにはこんな地獄が待っているのか」「斉藤君、ちゃんと後半で解決策を提示してくれるんだろうね」と思うくらい重々しかった。

斎藤 新書なのに...。前半は重いとよく言われ、その長さや内容については、編集者といろいろやり取りもありました。

いとう しかし、これは僕たちにとって必要なプロセスです。タバコをやめるときに、ニコチンを抜くときの感じに似ています。僕たちは長い間「大衆のアヘン」を吸ってきたので、その分アヘンを抜くには時間がかかるわけです。冒頭の厳しい話に耐えることは、まさにアヘンを抜くための作業で。読者には「とにかく一度この現実を受け止め、落ち込んでください」と言うしかない。でも、その先に未来を取り戻す方法がしっかり書かれている。

斎藤 そんなふうに読んでいただけてうれしいです。でも本当におっしゃる通りで、実際、私たちにいま必要なことは、現実や科学者の警告を受け止めることです。そうしなければ何も始まりません。今多くの企業が盛んにSDGsを掲げていますが、SDGsの行動指針をいくつかなぞったくらいでは、今私たちの社会が直面している危機は止められないところまで来ています。

レジ袋削減のためのエコバックを買ったり、ペットボトル入り飲料を買わないようにマイボトルを持ち歩いたり、ハイブリッドカーを買ったところで、問題は解決しません。必要とされているのは、もっと大胆なアクション、つまり、利潤追求のためなら環境を犠牲にしてもかまわないという資本主義そのものに挑むことなのです。

いとう それなのに、「SDGsのバッジをつけていれば大丈夫でしょう」という程度の話になっていますからね。

斎藤 そうなんですよ、もちろん、SDGsは「大衆のアヘン」だという私の言葉を聞いたら、企業のなかでSDGsに一生懸命取り組んでいる人たちは「俺たちは真面目にやっているのに」とイラッとするかもしれません。

でも、感じていたもやもやがすっきりしたといってくださるビジネスマンの方も結構います。つまり、彼らも内心、SDGsだけで気候変動に立ち向かうことはできないと、その限界に気づいているのではないでしょうか。現実と向き合うと、もっと抜本的なところから変化を起こさないといけなくなることがわかっているからこそ、それをごまかしてSDGsに逃げ込んでいるのです。

端的に言えば、経済成長と環境保全は両立しない。だったら、自然の限界のなかで、どれだけ豊かに暮らせるかを考えるしかないんです。

いとう そうそう。そして、むしろ資本主義からおりたほうが豊かになるというのがこの本の言っていることですよね。満員電車の苦痛に耐えて出社して、長時間働かされて、なのに、雇用も不安定で自殺者がこんなに多い。そのこと自体が、もうおかしいからね。

斎藤 資本主義のもとで経済成長を求めていれば、それが自動的に豊かさをもたらしてくれた時代は終わったんですよ。むしろ、資本主義のせいで、苦しくなって、貧しくなっている。そんなつらい思いをしながら地球を壊している。資本主義のそういう側面に気がついてくると、じゃあもっと別の社会に移行しなくっちゃいけないことが分かってくる。それもこの本で言いたかったポイントです。

■<コモン>の再建で社会が変わる

斎藤 気候変動の話に戻ると、じつは私も少し前まで、「資本主義をある程度制御すれば、経済成長や生産力の上昇を実現しつつ気候変動問題を解決できるのではないか」と考えていました。だから、この本を書きながら、環境危機についてのいろいろな論文や書籍を読んで、思っていた以上に厳しい現実を突きつけられたときは本当に辛かった。

実は、そういう論文を読むようになったきっかけは、グレタ・トゥーンベリさんのアクションなんです。彼女が訴える環境危機の深刻さには明るいところが一つもない。いかに大人達が地球を壊すことに加担しているか、と彼女は厳しく訴えていますよね。それを聞いて、僕もこれまでの自分の行動や認識がいかに甘かったかを心から反省したんです。 

しかし、その現実を直視したことで、経済成長とは違う、豊かさをもたらす方策にやっと気づくことができた。

いとう それが、あらゆる人が必要とする水や電気、環境などの<コモン>をみんなで管理しようという方法ですよね。

斎藤 ええ。あらゆる人々の生活に必要なものを資本主義は、囲い込んで、むしろ希少性を作り出していく。マルクスが論じているように、資本主義の歴史的起源は囲い込みによる独占、つまり <コモン>の解体なわけです。そうすると、経済成長はするんだけれど、多くの人はそれまでの生活の基盤を失って、むしろ貧しくなっていく側面があるのです。

資本主義の発展の歴史において、囲い込みは様々な形で繰り返されてきたわけですが、ここにきて、資本主義が行き詰まるなかで、ついには水や苗といった命の根幹部分のところにまで、商品化の力が及んできている。でも、水道の民営化とか種子法の廃止などに対して、各地では反対している人がいて、〈コモン〉を再建しようとしているわけです。

そういう試みが希望だし、地球を壊してまで利潤を追求する資本主義の動きにブレーキをかける契機になるはずなんです。さらに言えば、地球そのものが<コモン>であるという視点が、環境問題解決への第一歩でもある。

■ジェネレーション・レフトの反逆

斎藤 グレタさんたちがスローガンにしている「システム・チェンジ」も、資本主義を止めてくれ、ということでしょう。

グレタさんのように1990年代後半から2000年代に生まれた人たちは「Z世代」と呼ばれていますが、新自由主義による格差拡大や環境破壊を体感しながら育った世代ですから、このまま資本主義を続けても明るい展望はないことを肌身に感じている。それどころか、大人たちの尻拭いをしなければならない未来が待っていることも分かっている。

いとう 子どもの授業参観に出たときに、「このままだと地球はもうもたないよ」という話を先生が教えていて衝撃的だったんだけど、そんな話を聞いて育たなくてはならない子どもたちに対する責任をものすごく感じたました。彼らは未来の明るいイメージをあらかじめ奪われて育つ。

斎藤 僕も子どもが二人できて、そのことへの責任をすごく感じるようになりました。自分は自然の豊かさを享受できたけれど、これからの世代はそうじゃなくなるかもしれないということに強い罪悪感を感じています。

実際、地球の壊れる未来の当事者である若い世代は、社会に対して強い憤りや恐怖を感じている。けれども、同時に、自分たちの手で何とかしようという決意を持っているのです。そのうえ、Z世代はデジタル・ネイティブで、最新のテクノロジーを自由に扱いながら世界中の仲間たちとつながっています。だから、「未来のための金曜日」などが、世界的なムーブメントになった。

気候危機だけじゃありません。テニスの大坂なおみ選手が全米オープンの大会中、「ブラック・ライブズ・マター」を訴え続けたことが話題になりましたが、彼女も「Z世代」です。他にも#MeTooなど、社会をいい方向に変えるために、自分の意見を恐れず発信することがZ世代の特徴です。

Z世代が社会に登場し、冷笑的な大人たちの価値観にNOを突きつけるようになっていることは、一つの希望と言えます。そんな若者たちの姿を見て、同世代でも一緒にアクションを起こす学生たちも出てくるだろうし、なにより、私たち大人たちが価値観をアップデートしていく必要があるなと感じています。自分たちが作り出した問題を若者に押し付けておくわけにはいかないですからね。『人新世の「資本論」』で、少数派になることを知りながら、「脱成長」を敢えて掲げたのも、Z世代の声を踏まえての私なりのアップデートだし、彼らとの対話を続けていきたいです。

■マイノリティの自覚が強さを生む

いとう 僕の世代は学生運動が終わったあとの「シラケ世代」で、ノンポリがたくさんいました。それに対して、Z世代は自分の意見を持っており、僕の世代とはずいぶん違います。僕も彼らのムーブメントは後押ししたいと思っています。

その際に重要なのは、自分たちがマイノリティであることを自覚することだと思います。これは若い人たちによく言っていることなのですが、大きなムーブメントの中に身を置くと、自分たちがマジョリティであるかのような幻想を抱きがちです。しかし、Z世代の人たちは明らかにマイノリティです。マイノリティが自分たちをマジョリティと思い込み、社会運動に関わると、「なぜこんなに一生懸命やっているのに、社会は変わらないのか」といった壁にぶち当たることになります。そこで鬱屈し、やる気を失ってしまうようなことは避けなければなりません。

政治や社会を変えることは、そう簡単なことではありません。選挙に行ったり、デモをすれば変わるわけではない。マイノリティがマジョリティを変えることは非常に困難です。

しかし、マイノリティが社会を変えてきたことも事実です。マジョリティならそもそも社会を変える必要がないですからね。

だからZ世代に必要なのは「マイノリティ学」かもしれません。マイノリティとはなにか、他のマイノリティの人たちをどのように理解するか、それぞれのマイノリティの間にヒエラルキーを作らないためにはどうすればいいか、こうしたマイノリティ学がZ世代に必要とされていると思います。

斎藤 いまは人口からすれば若者というだけでマイノリティですからね。

いとう そうなんですよ。若い人たちは必然的にマイノリティです。であれば、マイノリティであることをプラウドできなければならない。ジェームス・ブラウンが「アイム・プラウド・アイム・ブラック」と言ったけども、「アイム・プラウド・アイム・ヤング」と言わなければならない。

斎藤 そうですよね。そして白人もブラック・ライヴズ・マターに加わっているように、大人たちも、子どもたちの訴えを真摯に聞いて、抜本的な気候変動対策を求める声に加勢し、その運動をマジョリティに変えていかないといけないですね。

※対談の【後編】は明日29日(金)に配信します。

<コモン>の解体で僕らを苦しめる「資本主義」から降りる方法とは?【対談】斎藤幸平×いとうせいこう<後編>
https://www.excite.co.jp/news/article/Shueishapn_20210129_112849/
2021年1月29日 06:00

(一部省略)

■小さな成功例を積み重ねる

斎藤 今の日本社会では、環境問題にしても、やはり声をあげて変えていくという人は少数派。なかなか人が集まらなくて、こんなことをして意味があるのか、と感じてしまう人も多いと思います。

いとう 社会や政治を変えていくためには、小さな成功例を積み上げていくことが大事なんですね。大きな成功は求めなくてもいい。小さくてもいいからできることをやっていく。そうすると、ある日突然、社会や政治は変化します。

たとえば、世田谷区や渋谷区には同性カップルをパートナーシップとして公認する仕組みがあります。最初の一歩は2015年のことですが、世田谷区と渋谷区がこの仕組みを編み出すとすごい速さで広まって、いまでは全国でたくさんの自治体が採り入れている。国会ではお堅い議員たちが「夫婦別姓反対」などといまだに言っているけども、実は目立たないところで大きな変化が起こっているのです。

斎藤 ひとつ成功モデルがあれば、みんなそれを<コモン>(=共有財産)にして、真似できるわけですね。

いとう このことはすごく僕は重要だと思っていて。見えない変化というものが、実はもう起こっているはずだと思ってよく見直すと、ここにもあるでしょう、ここにもあるでしょう、って気づくんです。日本は生きづらいと言われるけれど、もっと楽になる方法がこんなにある。自由や多様性って一生懸命言うけど、実はもう始まっていることがある。

斎藤 そう、それがこの本の後半で言いたかったことです。いろんな試みや運動はすでにたくさん始まっていて、しかも本当はすべてつながっている。

たとえば、水道の民営化に反対するのも、種苗法の改正に反対するのも、いままでバラバラの運動だったけど、<コモン>という言葉を通じてみると、じつは地続きの問題なんですよね。前半でも話したように、<コモン>とは社会的に共有され、管理されるべき富のことですが、水も種子も電気も<コモン>だと気づくことで、いろんな運動がつながっていけるはずです。

■村(ソン)とワーカーズコープ

いとう 成功例は小さくてもいいからあると、途端に社会が変わる。まず成功例をつくって、それがつながっていることがわかる、あるいはネットワークして見せるということが多分、大きな変化の実現に向けて大事なことだと思います

最近私が注目しているのは、「スノーピーク」というアウトドア用品の企業です。いまの社長は創業家3代目の32歳の女性で、「今後スノーピークはどういうことをしていくつもりですか」と聞いたところ、彼女はスノーピークの商品などで生活できる「村」を作りたいと言っていました。これはすごく面白いと思った。

普段は会社に勤めながら、週末だけ「村」に来て畑を耕したり、食物を育てたりする。これは斎藤君が『人新世の「資本論」』で強調している〈コモン〉に近いと思う。かつて武者小路実篤が「新しい村」を作ろうとしていたけれども、いまはアウトドア会社がこうした挑戦をしているのです。斎藤君は何か注目しているムーブメントはありますか?

斎藤 私が着目しているのはワーカーズ・コープ(労働者協同組合)です。ワーカーズ・コープとは、資本家や株主なしに、労働者たちが共同出資し、生産手段を共同所有し、共同管理することを目指した団体です。どのような仕事を行ない、どのような方針で実施するかも、労働者たちが話し合いを通じて主体的に決定します。

私は以前、ワーカーズ・コープとして林業に取り組む人たちに取材しましたが、彼らはみんな話し合いながら、短期的な儲けではなく、地域にとって役立つ仕事は何かを考えながら、主体的に仕事に取り組んでいました。別のところで働いていた頃は、振り分けられた仕事をすることが当たり前だと思っていたけれど、自分たちで仕事を仕立てるところから始めるのは大変だが、やりがいがあると言っていたのが印象的でした。

また、市民の人たちが協力して出資を募り、自分たちで太陽光パネルを設置する奈良県の市民電力の取り組みも面白かったですね。これなら環境に優しいだけでなく、電気代は関電(関西電力)に持っていかれずに地元にとどまる。そのお金が雇用を生むし、企業の利潤は、再び街のために使われる。環境、経済、社会の相互作用が加速していきます。

いとう 自然エネルギーには様々な試みがありますね。「みんな電力」という企業が、津波の被害にあった土地を活かした発電所や、最先端の技術を駆使した海の上の発電所など、日本各地の様々な自然エネルギーの発電所と契約し、それを細かく拾って利用者に供給するという仕事をしています。

彼らは「ソーラーシェアリング」にも取り組んでいます。ソーラーシェアリングとは、農地を潰して太陽光パネルを設置するのではなく、農地の上に幅の狭いソーラーパネルを置き、下の土地にも日光を届かせる方法です。農業を行いながら太陽光発電を行なう。

僕は先日も、彼らが千葉でやっているソーラーシェアリングを見せてもらったのですが、そこでは農業自体に関しても面白い実験をしていました。いま彼らがやっているのは「不耕起栽培」です。これは、畑を耕さず、土の中にいる微生物を増やして収量を上げるという栽培方法です。彼らはみんな本当に楽しそうに畑仕事をしている。と同時に太陽光発電をしている。こうしたネットワークがどんどん広がっていけばいいなと思っています。

■人々をエンパワーする一冊の本の力

いとう 今後、僕が盛り上げていくべきだと考えているムーブメントのひとつは、読書会です。みんながそれぞれ自分が読んだ本を持ち寄り、「自分はこの本をこう読んだ」「自分たちにはこういうことができるのではないか」といった話をする。SNSも大きな影響力があるけども、やはり実際に集まって読書会をすることが重要です。SNSは読書会を呼びかけるためのツールとして使用すればいい。読書会を開くのにはそれほど手間がかかりません。2人集まれば読書会になりますから。

斎藤 それも〈コモン〉ですね。

いとう そうそう。知の〈コモン〉です。斎藤君の本についても読書会をどんどん作っていけばいいんですよ。そうした動きを全国に広げていく。たとえば、読書会で議論したことは、ちょっとした走り書きでもいいから、SNSにあげてもらう。そうすれば、読書会をした人たちも「こういうことを考えているのは私たちだけじゃないんだ」とわかります。いまは人々が分断されてしまっているから、自分たちの動きはつながっているということを可視化していくことが大切です。

斎藤君が『人新世の「資本論」』を新書という形で出したのも、社会運動を起こしたいからでしょう。この本はすごく内容がきっちりしていて、後に翻訳して世界に向けて発信していこうとしているのがわかります。斎藤君が世界の中で勝負していることがよくわかる。

しかも、この本にはマルクスに関する大発見が記されています。だから普通だったらハードカバーにするはずなのに、あえて新書にしている。そこには斎藤君の判断があったに違いないんですよ。

斎藤 そうです。私はこの本でマルクスの晩年のノートに基づいて新しい解釈を打ち出しましたが、単にマルクスの話をして終わりという本にはしたくなかった。なぜ私がマルクスを研究しているかというと、世界を変えたいからです。マルクス自身がそう願っていると思います。

グレタさんをはじめ若い人たちが一生懸命運動に取り組んでいるのだから、それに応えるようなビジョンを打ち出さなければならないという思いもありました。また、日本では気候変動への関心が驚くほど低いので、そうした状況を変えたかった。

そのためには、書店で気軽に手にとってもらえる本にしなければなりません。新書にしたのはそういう理由からです。新書にしたおかげで若い人たちにも手にとってもらえているようです。

いとう 私も物書きとして、学者の人たちが新書を書くことが大変だというのはよくわかります。特にマルクスがテーマとなれば、一般向けに書き下ろすのは相当大変だと思います。専門用語ばかりで難しすぎると、読者は手にとってくれませんからね。しかも、新書が書店に配本されるときは、とんでもない本と一緒に並べられる可能性だってあります。

斎藤 橋下徹の新書の横に置かれているかもしれない(笑)。

いとう そうそう。学者なら「人文科学」の棚に置かれる前提で、マルクスの読み方だけ書いていたほうが、本当は気分がいい。だけど、斎藤君が新書を出して、そうじゃないところで勝負をしようとしたこと、その腹のくくり方が、第一に感動的なことだと思っていて。

斎藤 ありがとうございます。

いとう 実際、あっという間に16万部も刷られ、この本を読んで動き出したくなった人がまだ読んでない人に熱く勧めたり。そういう現象があちこちで起きているでしょ。

斎藤 そうなんです。

いとう 斎藤君のこの本そのものが一つのムーブメントになっているし、なるべきなんですよ。

●斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx's Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初歴代最年少で受賞。編著に『未来への大分岐』など。

●いとうせいこう1961年生まれ。編集者を経て、作家、クリエイターとして、活字・映像・音楽・テレビ・舞台など、様々な分野で活躍。1988年、小説『ノーライフキング』(河出文庫)で作家デビュー。『ボタニカル・ライフ―植物生活―』(新潮文庫)で第15回講談社エッセイ賞受賞。『想像ラジオ』(河出文庫)で第35回野間文芸新人賞を受賞。近著に『「国境なき医師団」になろう! 』(講談社現代新書)など。

■斎藤幸平「人新世の『資本論』」(集英社新書刊・本体1,020円+税)

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