多忙なワーキングマザーでもある佐藤さんとは、今まで夜会うことが多かったが、
お互いのオフィスが近いので、たまには場所を静かなところにしようとなった。
肌寒い曇り空の昼過ぎだったが、平日で自然教育園に来ている人も少なく、池には白鷺が一羽と鴨のつがいがのんびり餌を探していた。ひととおり園内を歩いた後、彼女から最近担当したという『野の花だより三百六五日』（上）（文・池内紀／ 画・外山康雄）をいただいて、思わずびっくり。この場所にとてもふさわしいタイトルの本だったからである。
まず、ご存知ない方のため、かんたんにこの自然教育園を紹介する。ここは都内では数少ない自然の草花や木々を集めた植物園で、五感を快適にしてくれる隠れたスポットのひとつである。
プロのカメラマンが四季折々に撮影に来るのはもちろんだが、最近は若いカップルだけでなくデジカメを持った中年男女や、ビジネスマンがひとりで仕事の合間に訪れる。また、年配の数人の男女が俳句を詠みに来るなど季節を体感できる貴重な場所である。
『野の花だより三百六五日』（上）
自然教育園
自然教育園のしゃが
自然教育園のにりん草
実は私は十数年前当時東大の教授であった池内先生を、東大に訪ねたことがあった。そのいきさつはこうである。
旅行会社の知り合いから｢ドイツのルフトハンザ航空とテレビ朝日番組とタイアップした企画で、晩秋（クリスマス前）のドイツへ観光客を呼ぶ企画を立案中｣で、テーマをさがして欲しいという。
全然知識のなかった私は｢ドイツの晩秋の魅力｣を考えるため、書店や図書館にでかけた。その結果、池内先生はドイツ文学がご専門で、ドイツに関するエッセーも書かれていることが分かった。
厚かましくも私はダイレクトに東大の先生に電話をして、事情を話し｢ドイツの晩秋の魅力を教えていただきたい｣とお願いした。この時私は断られたら、次の方策を考えようと思っていた。ところが先生から｢ええ、いいですよ｣とありがたい返事をいただいた。
東大へ行くと、薄暗い部屋に先生が迎えてくださり、秋冬のドイツは｢外は日本よりずっと寒いので室内のシーズンが始まります。あちこちで社交パーティが開かれ、オペラや演劇などが活発になる大人のシーズンです｣と教えてくださった。
私は仕事の報酬の一部として、この企画のツアーに参加し、先生が教えてくださったヨーロッパ社会の懐の深さのほんの一端に触れる機会を得た。
以来、私は密かに池内先生のファンになった。
先生のゲーテの翻訳などはまだ読んでいないが、時々エッセーは読む機会がある。また、ご存知の方もいると思うが、NHKFMラジオで日曜喫茶室という長寿番組があり、先生はそこの準レギュラーとして出演され、ドイツ文学だけでなく旅や音楽など幅広い教養を分かりやすい語り口で話してくださるので、私は楽しみにしている。
いただいた『野の花だより三百六五日』（上）は、四月から十月までの野の花をカレンダーに沿って、ほぼ毎日一種類ずつオールカラーのきれいなイラスト入りで解説している。
ページをめくっていくと、知らない名前の花が多いが、先生のさりげなく、しかし味わい深い解説を読むと、野外に出かけるときはこの1冊を持って行こう。野外に行く機会の少ない大人にも、しゃれたエッセーである。
数日後、この本がきっかけでまた自然教育園に出かけた。
先生のように野山へ足のばすのは無理な私だが、みじかなところで、野の花や子育てが始まるらしい鳥のさえずりを聞き、季節の花やあざやかな木々の若葉、昆虫や鳥と、｢時は春たけなわ｣を十分に味わった。
自然教育園の木々の若葉
自然教育園のやまぶき草
