暗い海底でずぅっとずぅっと眠っていた。それはもう眠り足りないなんて少しも微塵も思わない長い眠りだったけれど寝ることしかできなかった。周りは魚だらけで話しもできない。いや自分が話をできるかどうかはわからないけれどとりあえず話はできない。話がしてみたい、話がしてみたい。夢の中で思いつつまた眠りにつく。夢心地のような気持ちよさはまったくない。ただ永遠を歩くような寂しさもないので特に辛いという事はない。幸いだ。
ある日流れ着いた遺体が目に付いた。目をあけたのだ。目を開けたらそこにいたのが遺体だった。女の遺体。動く事はできるだろうか・・・自分の体・・・動く。まだまだ自分の命は終わらない。きっとこの体が消え去るまで続くのだろう夢。
彼は遺体を見ていた、触らなかった。ずっとずっと眺めていた。ただ彼がしたことはその遺体を藻でつなげたことだ。動かないように、さらわれてしまわないように。時間は随分たつ。見つめても見つめても彼女に変化はない。そりゃそうだ!なんせ遺体なんだから!
暗い海の底で遺体をみているポセイドン。彼は話がしたかった。彼女と・・・そう彼女と話がしてみたい。どんな言葉を喋るのかは知らないし自分が喋れるかどうか、ましてやどんな言葉を話すのかもわからないし声があるのかもわからない。なにせ喋った事がないんだから。自分の声を考えてみる。どんなものだろう?高いかな?低いかな。あーあー。夢の中で声を出す練習。あーあー。実際に出すのは怖くてまだできないけれど。
喋れたらどんなにすてきなのだろう。どんな話をしようか、だけど僕は何も知らないし。それは当たり前の事なのだけれど(海底から動いた事はないので)話せる事はここをどんな魚が通っていったかということだけだ。僕はそんな話を聞かせてくれるならとても嬉しいけれど他の聞いた人はどう思うのかわからない。気持ち悪いと思うかな・・・怖いな・・・でも、話してみたいな。
他にはどんな話をしようか?その人の話を聞きたい、是非。なんせ僕はここから動いた事がないのだからわからないもの。どうなっているのかなぁ、わくわくする。
彼女は目覚めない。話す相手も見つからない。それは長く長くながくながながながながながく続いていった時間。・・・・・触ってみようか?
・・・・・だめだ、触れられない。緊張するもの。もし動いたら・・・いや動くはずはない、遺体だもの。だけど動く気がする。さらわれはしないけれど波に動く姿は踊っているようだもの。きっと動いてしまう、僕の目から驚きを見せてしまう。それは・・・少し・・・恥かしいじゃないか。あぁどうしよう、どうしたらいいかな。また見つめるしか・・・なくなるなぁ。
1年2年3年4年5年6年7年8年9年10年
見つめてみて彼女を。