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チェルノブイリ事故の5年後を記したドキュメンタリー「チェルノブイリ小児病棟~5年目の報告~」を文字に起こしていく。第1回目は、白ロシアの子どもの状態。広島大学原爆放射能医学研究所の佐藤幸男氏ら3人の医者が現地を訪れ調査と診察に当たる様子を伝えています。急性白血病をはじめ、血液疾患や甲状腺疾患など、受診に来た子供たちの中には、複数の病気を持つ子どもが少なくありませんでした。

(文字おこし、はじめ)

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45)

急性白血病の疑いがある一人の男の子が小児病棟に運び込まれました。

19)

「いい?これからマスクをつけるの。こわくはないわ」

37)

(男の子が頷く。)

「泣かないでね、男の子でしょ?」

09)

この子は6歳、放射能汚染地帯に住んでいます。

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10)

半月ほど前から微熱が続き、関節の痛みを訴えていました。

18)

村の診療所で血液検査を受け、白血球が異常に多いことがわかりました。

49)

入院したその日、ただちに骨髄液を採取、がん細胞がないか調べました。

10)

検査の結果急性白血病とわかりました。治療は一刻をあらそいます。

10)

抗がん剤による治療が始まりました。

09)
25)

放射能汚染地帯では今、身体の異常を訴える子供達が増えています。

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母「苦しくない?がまんしようね」

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「こどもには罪はないのにどうしてこんなに苦しむの・・・」

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57)

「この子は私の全てなんです。」

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【白ロシア共和国】

25)

ソビエト白ロシア共和国、チェルノブイリ原子力発電所の事故で放出された放射能は広島型原爆の500発分にあたります。

その70%が白ロシアの大地に降り注ぎました。事故から5年、今もなお放射能は消えていません。

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これは今年4月、ソビエト政府が発表した放射能汚染地図です。白ロシアのおよそ4分の1が日本の安全基準では人が住めない強い放射能に汚染されています。

57)

しかし白ロシア共和国政府が住民の避難計画をすすめているのは、ピンクと赤で示された、特に汚染がひどい地域に住む20万人だけです。汚染地帯全体では今も220万の人たちが暮らしています。

20)

【ミンスク空港】6月上旬、世界初の被爆地広島から3人の医師が白ロシアを訪れました。広島大学原爆放射能医学研究所の医師達です。

12)

【広島大学原爆放射能医学研究所 佐藤幸男教授】

佐藤教授は、母親が放射能を浴びた場合どのような遺伝的影響があるかを研究してきました。

36)

【木村昭郎講師】木村講師は大学病院で被爆者の治療にあたっています。

17)

【小熊信夫助教授】

小熊助教授は血液学が専門です。戦後被爆者の間で増加した白血病と放射能の関係を研究してきました。

3人は広島での経験を生かし、汚染地帯の子供達に何が起きているのかを調査することになりました。

28)

【白ロシア共和国 ブラーギン】

12)

3人がまず訪れたのはチェルノブイリ原発からおよそ北へ60キロ、ブラーギンの町です。

25)

日本の安全基準の20倍から30倍の、高濃度の汚染地帯の中にあります。ブラーギンでは事故直後から住民の避難が続いています。4万人だった人口は、今では2万3千人になりました。計画によれば、2年後には住民の全てが避難し、町は地図から消えることになっています。

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【ブラーギン地区病院】

ブラーギン地区病院です。事故当時81人いた医師も放射能の影響を恐れて次々に避難し、今では30人たらずになりました。

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23)

この病院では医薬品や注射器などの医療機器が不足しています。患者達に行き届いた治療ができないのが医師達の悩みです。

14)

「この薬は必ずこどもたちのために役立てます。」

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02)

佐藤教授らは現地の医師達と協力して、子供達の集団検診を行いました。健診は二つの病院で3日間に渡って行われました。

13)

被爆地広島の医師に診てもらえると聞いて、予想を上回る110人の子供達が母親に連れられてやってきました。

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21)

健診を前に日本から用意してきた問診カードが配られました。

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質問は、事故当時住んでいた場所、家族構成、病歴など、15項目にのぼります。

01)

子供1人1人についての放射能の影響を多角的に捉えようというものです。

51)

健診は、問診カードと、病院に保管されていたカルテを照合しながら行われました。

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07)

健診をすすめていくうちに、頚のリンパ節が腫れている子供が多いことがわかりました。リンパ節の腫れは、身体の異常を示す兆候です。

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「はれてますね、やっぱり、リンパ節が。両方に10個ずつくらいあるな、小さいのが。前、前からですか?ずーっともう?」

「チェルノブイリの事故・・と思います。」

この子は甲状腺が腫れていることがわかりました。肥大した甲状腺はがんになっているおそれがあります。

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「このあたりが心配なんですが、どうでしょうか?」

08)

「あのー、ま、全く安全とはいえないけども、まだあの、ほんの、ちーいさいですよ、ここ。ここ、あとここもちょっと腫れて、ここ、ちいさいですけどもね、今急にあのー、バイオプシー(生検)したりすぐ手術することはない。」

26)

「どうか、この子を助けてください。」

12)

彼女の子供はこの春、甲状腺がんと診断されました。しかし、どうしても信じられない、もう一度広島の医師に診て貰いたいと子供を連れてきたのです。

42)

「組織を採ってね、どうも診断が確かでないみたいなんでね、これは標本を借りて頂いて、日本に持ち帰って専門家で正しい診断つけて、あのー、あげようということで、ちょっと話、すすめたんです。」

05)

「病気とわかったのは2ヶ月前です。」

15)

「でも、リンパ節は事故直後から腫れました。」

27)

「チェルノブイリの事故のせいです。」

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43)

これは診断を受けた子供達、110人の問診カードです。子供達の大半が、なんらかの病気を抱えていることがわかりました。

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血液疾患と甲状腺疾患が目立ちます。中には1人でいくつもの病気を抱えている子供もいました。

【検診結果】

広島の医師達がまとめた検診結果です。

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【受診者 110人】

受診者110人のうち、【血液疾患 27人 25%】貧血や白血球の減少など血液疾患が27人、4人に1人の割合で見つかりました。

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【甲状腺疾患 62人 56%】

更に甲状腺肥大など甲状腺に異常がある人は、半数を超える62人にものぼりました。

(文字おこし、ここまで。続きは下のエントリーからどうぞ。)

※このエントリーの文字おこしは有志の方に手伝っていただきました。ありがとうございました。

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(続き、など関連エントリー)

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ドキュメンタリ「チェルノブイリ小児病棟~5年目の報告~」【全動画&全内容テキスト化】

(参考動画)