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今回紹介する動画を見終わった時、皆さんはインターネットがあってよかった、と思うだろう。

祝島は対岸に作られる上関原発の建設に反対し続けている。30年以上にわたって反対し続けている。

あなたの30年後は何歳だろうか。今20歳ならば、50歳になっている。今生まれた子どもは30歳になっている。30年はそういう長い年月だ。

巨大な電力会社の作業船の進入を防ぐために、海の上に小さな船をくっつけて並べる漁師たち。中国電力の責任者をやり込めるお母さんたち。動画の中の祝島の人たちのなまりのある言葉を耳にしたときあなたの心は震えるだろう。それを確かめることは、3.11以降原発に関心を持った人々にとって考えを深めることになる。推進派、反対派ともどもいっぱいやりながらのんびり見ると良い。

これから観ていただく動画は「祝島(いわいしま)」の人々です。私がこれらの動画を紹介しようと思った理由の1つは、動画の多くは、福島原発が起きる以前に撮影されたものだからです。

事故が起きてから「原発反対」と叫ぶ人々と、「祝島」の人々の間にはどんな違いがあるのでしょうか。そしてどんな共通点があるのでしょうか。

「祝島」のひとたちが抵抗している動画を見れば、反原発運動の最前線の状況を学べます。そしてなにより「祝島」の人たちの幸福度を感じることでしょう。今幸せだからその土地を守るというシンプルな気持ちから生まれる抵抗をみると、東京に住む私は本当に幸せなのだろうかという問いを付きつけられるのです。

そんな「祝島」の人々について、小出裕章氏は以下のように述べています。

『 40年にわたって原発問題に警鐘を鳴らしてきた京都大学原子炉実験所の小出裕章助教は、以前から「上関原発の建設は実現不可能」と断言してきた。その根拠とは何なのか?
 「今まで上関に原発が建てられなかったのは、祝島の島民が行政・電力会社の圧力に屈せずに反対してきたからです。単純なようですが、彼らがお金の誘惑に屈せず、自然とともに生きる島の暮らしを貫く限り、上関に原発はできないと考えていました。
 原発を受け入れると、補助金事業などで一時は潤いますが、豊かな自然環境を壊された地元は、農業・漁業・観光産業が衰退してしまいます。賛成派と反対派の争いのなかで、地域の繋がりまでも失ってしまう。そして何もなくなった住民たちは、生活のためさらに原発を欲しがる…。こうして、原発依存からずっと抜け出せなくなってしまうのです。
 祝島の人々のように、一時のカネに左右されず、まっとうに生きること。子供たちに残したい地元の姿を想像すること。それを目指すだけで、原発は不要になります」』
引用元:行政・中電の圧力、カネの誘惑にも屈せず…原発と闘う祝島 – ZAK×SPA! – ZAKZAK

以下、動画を並べます。

上関原発:「祝島は海を売っちょらん。中電の海じゃない。帰れ」2009.9.15

祝島のおかあさんの声 09.10.1 田名埠頭

「私をここに埋めてください」 上関原発 抗議行動 2009.11.8

工事中に聞いた中国電力社員の本音 100416

上関原発 中国電力の問題発言 2010.4.5~6

祝島の80歳女性が蹴られる 2010.6.1

【リンクして伝えて下さい!】祝島のお母さん 28年間の想いを国へ

飯田哲也:祝島の激突にみる電力会社の非合理と民主党の失敗

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