02)

2011年8月13日、沖縄県にて行なわれた小出裕章氏の講演(動画はこちら)の中で、2004年8月13日におきた事故、米軍ヘリが沖縄国際大学に墜落した際に放射性ストロンチウムを焼失あるいはまき散らしたことについて説明しています。小出氏は事故直後に沖縄に足を運び調査にあたったとのこと。その箇所のみを書き起こしました。

選挙JOCKEY!!vol.4 おいおい福島県知事選スペシャル!!
ユダヤ人 (講談社現代新書)
上田 和夫
講談社
売り上げランキング: 24,781

※初稿です。誤字脱字はこれから修正いたします。

(書き起こし)

44)

小出裕章「これは皆さんの街、ですね。えー普天間の基地がずーっとひろ、この奥まであって。本当にこの街の中にこんな基地がそこらじゅうにあるというのが沖縄の皆さんの現実、になっています。

39)

えーそして、丁度今から7年前、今日、7年前の今日、この出来事が、起こりました。えー多分みなさんは私以上にご記憶だと思いますけれども。沖縄国際大学に米軍のヘリコプターが墜落して、墜落直後に消防隊が来て火事をけしているというそういう時の写真です。

11)

現場はこんなですね。

21)

国際大学の校舎の横にヘリコプターがこんなふうにおっこっている、おっこったわけですね。これがヘリコプターが落ちて、すぐに米軍が国際大学の敷地に入ってきまして。米軍が国際大学を封鎖してしまった、わけですね。

39)

国際大学といういわゆる私立大学ですけれども、そこの職員すらが現場にはもう行かれない。米軍がもうすべてそこを支配するというそういう状況があらわれ、ました。

25)

そのなかでどんなことをしていたかというとこんなことをしていた。

15)

これおわかりになるでしょうかみなさん、ここにヘリコプターの残骸があるのですけれども。ここで米軍の関係者がなにやら作業をしている。これは実は放射能の検知器です。これをもっているのは。普通の皆さんはこういう検知器を見ないだろうと思うけれども。

07)

私は毎日こういう検知器を使って仕事をしている人間で、あ、放射能をはかってると、すぐにわかり、ました。なんで米軍のヘリコプターが落っこちて放射能の調査をしなければいけないか、私はいぶかり、ました。えーそして調べてわかったことがあります。

23)

米軍ももちろん放射能の調査をして、そのあとにこんな、えー出で立ちの防護服を着た人たちがやってきて、液体を撒いているのですね。これは多分、こ の一帯に放射性物質が散らばってしまっていてそれが空気中に飛び出さないように、多分、ゴム、ゴム状の何かの液体というものをかけて、飛び散らないような 作業をするということをやっていたのだと思います。そして放射能の正体はこれです。

21)

これはヘリコプターのぐるぐる回転するブレードと言っている翼ですね。あ、3本分映っているのですけれども。そのこれのここの位置になにやら変なものがついていて。

02)

ちょっとちいちゃくて見えにくいんですけれども。ここに放射能のマークが付いている、のです。ここですね。ここのところ。つまり個々の中に放射能が入っているということがわかり、ました。

14)

この放射能はなにかというと、ストロンチウム90という放射能なんですが、それがどうしてこの場所にあったかというと、このブレード、ヘリコプター の翼は実は中空なんだそうです。私はそれまで知りませんでしたけれども中空になっている。そしてここから放射線が出て、えー、翼の、たい、反対方向でいく つ放射線が飛んで来るかということを数えているのですね。そしてブレードにもし傷でも入ると中空だったところに空気が流れこんでくると。そうすると放射線 が遮られて、えー放射線検知器に飛び込んでくる放射線の数が減ると。それで初めてどのブレードに傷があるかどうかということがわかると。

03)

それでまあ事故がないようにしようというために、これを付けていた、んですね。この翼は6こ、えー回転する翼が6個あったんですが。そのうちの1個分のこれが無くなってしまった。

35)

ヘリコプターが落ちて火事が起きたときにどこかに、えー、融けて、あるいは飛散して無くなってしまったと、いうことがどうも起きたらしい。のです ね。そのために米軍は放射能の調査をして汚染が拡大しないように飛散防止剤を撒いて、そして最後には現場の土をごっそりと持ち去ってしまい、ました。普天 間の基地の中に。その間、日本の警察はなんにもできない。むしろ周辺に、沖縄国際大学の人たちが来る、沖縄の人たちが集まってくると、日本の警察は米軍と の間に入って米軍の行為を守るというようなことをやりながら、えー、米軍を助けたわけです。そして米軍は一切の現場の証拠を持ち去って、普天間の基地に もってってしまったということになりました。

38)

でも、えー米軍が出している資料等を調べるとその放射能というのはストロンチウム90だということが、わかりました。そしていったい、無くなった1この、先程見ていただいた容器の中にどれだけのストロンチウムが入っていたかというと、

05)

500マイクロキュリーと、いうぐらいの、えーストロンチウムが入っていた。重さにすると3.6マイクログラムと、いうんですけれども、大変少な い、えー重さで言えば100万分の3グラム4グラムというように手に乗っけても決してわからないというぐらいの少ない量だったんですね、重さで言えば。で もそれは放射能であるがために大変な毒物でした。

46)

一般の皆さんが1年間に体の中に取り込んでいいというストロンチウムの量というのは0.00653マイクログラムという量ですから。3.6マイクログラムなんていうのは大変少ないと私は今言ったわけだけれども。

19)

これだけでも550人分。今日この会場に集まってくださっているほとんど全員が1年分の被曝をしてしまうというぐらいのストロンチウムがそのあの 日、7年前のあの日に沖縄国際大学で撒き散らされて、えー、一部は飛んでいっちゃったんだろうけど、だろうしほとんどのものは米軍がごっそりと土ごともって帰った、いうことになったんだと思います。

(書き起こし、1:03:05まで)

※以下の書籍は公演中に小出氏が紹介していたものです。

okikokudaigaamerikanisenryousaretahi

スポンサードリンク
  

Facebook、Twitterでブログ「ざまあみやがれい!」を読もう!