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ここ数日、福島県南相馬市で「黒い粉」に関する情報が飛び交っています。

大山こういちさんのブログによると、セシウム134と137を合わせると、1,089,612 Bq/Kg とのことです。

南相馬市の路上などそこら辺に普通にある「黒い粉」は、こんなふうに存在しているとのこと。


座間宮ガレイの著書一覧


黒い物質なら|消えない夜さんのぶろぐ

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パッと見、一瞬わからないですけれども(実際に見たら違和感があるのかもしれません)、これが相当な量の放射性物質を含んでいるようです。

これをきちんと科学者に調査を依頼したようです。

南相馬市 大山こういちのブログ : ☆時は来た!「全国第拡散」!!

『お送りいただいた土壌ですが:

Cs-134  485,252 Bq/kg
Cs-137  604,360 Bq/kg

TOTAL 1,089,612 Bq/Kg

山内知也』

神戸大学の山内知也教授の調査結果を大山さんが発表したのですね。

キログラム当たり110万ベクレルです。

この大山さんは、この黒い粉が、以下のものとそっくりだとしています。

原発はいますぐ廃止せよ 南相馬の黒い粉の正体は? 3号機の核爆発から飛んできた?

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ちょっとこの画像の出所がわからないのですけれども、粉のすぐ脇にある耳栓みたいなのがおそらく燃料ペレットなのではないかと。でこの黒い粉はなんなのか、画像 からだけではわからない。こういう時に、この画像の取得先のリンクを紹介してあれば、すぐにわかるんですけれども。ご存知の人がいましたら、是非教えてください。

余談ですが、情報が精査できるように公開してあるかどうかが、信頼性のカギだと僕は思っていたりします。画像一つ載せることでも、取得先を示すことで、情報の正確性や伝わり方が変わると思うのですよね。素人でもできることなので、おすすめしておきます。

で、この黒い粉が、3号機の爆発が由来なのではないか、と疑う人が増えています。がまだ断定されているわけではありません(かと言って僕は否定したくてこう書いたわけではありません)。

一方、3号機由来ではないと主張する人もいます。

僕はこの「黒い粉」に関する情報をほとんど追いかけられていなかったので、何かしらみなさんから情報提供をいただけると嬉しかったりします。

話は変わります。

ここからは、上と切り離して、お読みください。

3号機と言えば、最初の水素爆発のあとに、2011年3月21日に、大量の放射性物質をばらまいたことがデータで判明しています。専門家やブロガーたちは、これを、検証しています。

これから紹介する、3号機の21日の爆発と再溶融に関する分析の3つのリンクは、つい先日、ブログのコメントにて読者さんに教えていただいたものです。まとめてご紹介させていただく次第です。

(実は、ここから下をメインに書くつもりだったのですが、導入で黒い粉に触れないわけにはいかず、長々書き続けてしまった次第です)

3号機21日の爆発と再溶融の検証:田辺文也氏

少し見えてきた福島原発事故の真相 ── 田辺文也と早川由紀夫の研究成果で: Report 3

これによると、2011年3月21日の政府・東電の発表は、以下のようなものだったとのこと。

『東電の公表データによると、その後20日までの3号機への1日当たりの注水量は300トンを維持しており、溶融した核燃料は圧力容器の底で冷えて固まりかけていたと考えられる。

ところが、21日から圧力容器内の圧力が急に高まって水が入りにくくなり、そのため注水量は21~23日は24トン、24日は69トンと激減した。

その間、21日15:55に3号機から「やや灰色がかった煙」が発生、23日16:20には「黒煙」が噴出して23:30頃まで止まらなかった。

この事態について、政府・東電は、「炉の状態は詳しくわからないが、溶けた燃料の大部分は圧力容器の底に止まっているが、燃料の一部は格納容器に落ちてゴムや潤滑油などへ引火して黒鉛を出した」と説明していた。』

これについて、しばらくたってから、検証して新たな事実を発表した人物がいた。田辺文也氏だ。

『▼実際、21日01:00~03:00頃に圧力容器の圧力が約110気圧まで急上昇しており、冷却不足のため何らかの爆発的な現象が起きたらしい。圧力容器内で固まっていた核燃料の塊が割れて内部から流れ出た溶岩状の高温物質が水に触れて大量の水蒸気を発生させた可能性がある。これが再溶融の始まりだろう。

▼これによって大量の放射性物質が放出され、また核燃料の大半は圧力容器の底を破って格納容器に落ちた(メルトスルー)と推測される。

黒煙は、溶けた燃料が格納容器のコンクリートと触れて起きる「コア・コンクリート反応」の可能性があり、これは炉心溶融後も冷却不足が続いた場合の典型的なシナリオである。』

ヒューマン・エラー―誤りからみる人と社会の深層 (ワードマップ)

東電の発表とは余りに大きな開きがある。

また、上記の記事では、早川由紀夫氏のマップについても引用している。

『(4) 柏ルート──3月21日の黒煙=再溶融開始に前後して、同日06:00頃に水戸沖、09:00頃に柏、さらに流山、三郷から東京、川崎沖に達した。21日 から23日には、関東地方で強い雨が断続的に降り、北から来た放射能雲と南から来た湿った空気とがぶつかって、その放射能の濃度と雨の強さによって東葛地 方や霞ヶ浦のホットスポットが形成された。』

早川氏は、今や、ツイッター上で、言葉にて激しく自説を発表していますねえ。

で、これら専門家と同じことを、多くのブロガーさんが、個人個人でデータを集めたりしながら検証しています。

しかも、上記の朝日新聞の報道より早くにです。

僕も当時はどれも目を通した記憶があります。

放射性核種のデータを用いて検証

Space of ishtarist: 2011年3月20日、隠蔽された3号機格納容器内爆発

『と ころが、もっとも重要な放射能汚染は3月21日に起きていることは、あまり一般には知られていません。その汚染源が3月20日-21日にかけての3号機格 納容器内爆発であること、それを東電・政府は当然知りながら、隠蔽していること―これがほぼ「事実」であると断定できるだけの判断材料がすでに揃いまし た。』

と記して、図表で細かく分析している。

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『図1 全国の放射線量 3月15-5月2日

これを見れば全国、とりわけ関東地方で、まったく同型のグラフの動きが確認できます。15-16日に非常に大きなピークがありますが、それは直後に急降下しています。それに対して、21日にピークがありますが、それは漸近線を描いて下がっていっています。これらピークが福島第一原発由来のものだとすると、両者の違いに関する解釈は、論理的には二つありえます。一つは、21日以降、恒常的に福島第一原発から放射性物質が放出されている可能性です。もう一つは、21日に後者で放射性物質が地表に降下して、それが空間線量に影響を与えている可能性です。もちろん、この二つが複合していることも十分ありえるでしょう。』

慎重に、論理的に分析を進めていますね。

核種の分析もしています。

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各種ごとに違う色の線になっています。上部にどの核種がどの色7日が書かれています。

『諸々の研究機関による核種分析により、15日と21日では、その主成分が異なることが判明しています。15日は、キセノン133など人体に軽微な影響しかない希ガスが主ですが、21日のフォールアウトでは、セシウムやヨウソ・テルルなどが主体であることが判明しています。15日に希ガスが多かったのは、原因が2号機のサプレッションチェンバーの破損であるため、放射性物質が一度水を通してから放出されたためであると考えられます。すなわち、事実上、ウェットベントをしたのと同じ効果があったのではないでしょうか。』

引用した部分はほんの序の口です。リンク先に、詳細なデータが揃っています。

お次は、3号機の爆発で放出されたとされる放射性物質の降下について、気象状況から分析したブログです。

気象データによる検証

このブログでは、もちろん放射性核種の拡散データからも検証をおこなっています。その中に、気象状況のデータからの検証がまとまっていましたので紹介しておきます。

【みんカラ】 chocovanillaのページ|ブログ|chocovanilla - 車・自動車SNS(ブログ・パーツ・整備・燃費)

■午前3時頃、停滞前線の活発化が見られる。

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■4時頃には帯状の雨雲を形成し、前線の活動は活発化する。

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拡大するとこのようになる。

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■前線に沿って、プルームは東葛地域へと移動したと思われる。
恐らくルートは、鉾田→土浦→柏→金町、と土浦以降、
常磐線沿線を移動したと想像される。

■一方雨は、午前5時では殆ど降っていない

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■午後6時一部で降りだす

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■午後7時には関東全域で雨が降り出した。

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ざっとこんな感じです。

取り急ぎ。

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