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浪江町に結果伝えず 11年3月13日の線量測定(福島民友ニュース)

『平野博文文部科学相は10日の参院予算委員会で、文科省が2011年3月13日に浪江町の放射線量について、海側と山側をモニタリングカー(測定車)で計測していたことを明らかにした。』

水素爆発の翌日には、モニタリングカーで調べていたと。これがなんと今になって明らかにされているわけですね。ちょっと驚きです。

なんてったって、米軍機による調査よりも早いわけですから。

『測定結果は15日までに政府の現地対策本部に報告したが、浪江町の馬場有町長には伝えられなかったという。計測結果が町に伝えられていれば、避難の判断に有効に役立てられた可能性があり、平野文科相は同省で経緯を調査する方針も示した。』

当然浪江町役場にも伝えられていないわけですね。

  • 3月11日 地震
  • 3月12日 水素爆発
  • 3月13日 文科省、浪江町をモニタリングカーで計測
  • 3月15日 計測結果を政府の現地対策本部に報告

政府はかなり迅速に動いていたということになります。

『同省はこれまで、11年3月15日午後8時すぎに、福島第1原発から約20キロの同町北西部、大柿ダム周辺の国道114号で測定車を使って測っていたことを公表。緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による予測結果を基にした判断だったことも明らかになっている。』

SPEEDIの結果を測定場所の選定に生かしていたことは、強い批判を受けていました。

  • 3月15日午後8時過ぎ 浪江町北西部、大柿ダム周辺の国道114号でモニタリングカー測定

だけどもこれより早く、すでにモニタリングカーで測定してたわけですね。

『しかし、これより早く、1号機原子炉建屋が水素爆発した翌日には測定車を現地に入れ、実測値を入手していたことになり、情報提供と住民避難への姿勢があらためて問われそうだ。(2012年7月11日 福島民友ニュース)』

つまり、SPEEDIのシミュレーション結果が住民避難に生かされないことは批判されましたが、モニタリングカーでの実測もまた生かされなかったわけです。

ただし、このモニタリングカーの実測の結果は、報道では伝えられていません。

木野龍逸さんのツイッターを追いかけると、いつもかなり細かい指摘がされています。フォローするだけではなく、お気に入りにしてブラウザの立ち上げ画面に設定するぐらいがよいと思います。
この木野さんの問いかけへの答えも寄せられています。

福島県の災害対策本部にも伝わっていた可能性があるとの指摘。これが事実だとすると、なぜか浪江町には伝えられなかったということになる(混乱はあっただろうが)。

また、米軍機の測定よりも早く、文科省が実際に測定をしていたとの指摘。

米軍機の測定はいつか。

▼参考:米エネルギー省「汚染地図」 霞ヶ関が隠蔽 そもそも外務省はなぜ政府に伝えなかったのか

朝日新聞デジタル:米の放射線実測図、政府が放置 原発事故避難に生かさず - 政治

TKY201206170386

『『東京電力福島第一原子力発電所の事故直後の昨年3月17~19日、米エネルギー省が米軍機で空から放射線測定(モニタリング)を行って詳細な「汚染地図」を提供したのに、日本政府はこのデータを公表せず、住民の避難に活用していなかったことがわかった。』

  • 米軍機の空からのモニタリング 3月17日〜19日

ここまで広範囲の測定はモニタリングカーでは難しいでしょうが、米軍よりも迅速に文科省が動いていたことがわかってきています。

測定は迅速に、公開は遅く、という結果になっています。

この国はどうも「公開」が苦手なようですね(海上自衛隊いじめ調査もそう)。

取り急ぎ、2012年7月11日23時06分現在の情報を共有します。