
※【加筆 2012年9月27日午前1時55分】津田さんがこのエントリへの反論を書いていました。それを読んで、僕の考えをUst生中継で発表しました。そのアーカイブはこちら。
※【訂正 2012年9月26日18時50分】ブログに頂いた津田大介さんのコメントをうけて、一部訂正いたしました。津田さんが知っている事実関係が述べられていますので、お読みください。
プロメテウスの罠が、環境省による「がれきの広域処理」PRの裏側を報じています。
先日は、環境省の仕事を受けた博報堂が、同省の手足となって、メディアに圧力をかけた詳細が報じられました。
▽参考:プロメテウスの罠が暴く「がれき広域処理」世論の作り方 電通・博報堂のメディアコントロール
今回は、多くのネットユーザーから信頼を寄せられている、ジャーナリスト津田大介さんによる「がれき広域処理PR記事」の裏側です。
津田大介さんの記事がどれくらいネット上で評判になったのかを踏まえて、プロメテウスの罠を読んでいきます。
津田大介さんによる「がれき広域処理PR記事」はネットでどれくらい話題になったのか
プロメテウスの罠の記事を読んでいく前に、津田大介氏が「はてな」に書いたがれき広域処理PR記事についてざっくりと整理しておきます。
▼津田大介さんの著書:動員の革命 - ソーシャルメディアは何を変えたのか (中公新書ラクレ)
津田さんの記事は「前編」「後編」にわかれており、
- 前編・・・環境省の言い分がメインの記事
- 後編・・・環境省への批判的な記事
となっています。この2つの記事は、間を2ヶ月程度あけて発表されました(経緯は後述)。
まずは「前編」。
▽参考:2012年3月19日:環境省が推進するがれき広域処理の意味――前編:大量のがれき - はてなブックマークニュース
これがどれくらい話題になったのか。
2012年9月23日午後8時7分現在の数字です。
「後編」は以下のとおり。
▽参考:2012年6月8日:環境省が推進するがれき広域処理の意味――後編:放射性物質拡散の実際 - はてなブックマークニュース
この記事がどれくらい話題になったのか。
前編と後編のソーシャルメディア上での評判を数字で比較すると。
- ツイート・・・2416(前編)→701(後編)
- いいね!・・・1476(前編)→155(後編)
- Google+1・・・79(前編)→27(後編)
- はてなブックマーク・・・824(前編)→340(後編)
ということになります。
記事内容の違いも数値に反映されるでしょうけれども、単純に数値だけを比較すると、環境省に批判的な「後編」よりも、環境省の考え方を十分に伝えた「前編」のほうが、ずっと多くの人に共有されたと言えるのではないかと僕は思います。
つまり、
- 結果的に、環境省の意向が反映された
ということになります。
=====【追記:2012年9月23日午後10時6分】
「PR記事」の説明について、FBにて、京谷六二さんから頂いた意見を加筆しておきます。ざっくりいうと京谷さんは出版業界の内部事情に明るい方です。
『京谷 六二 PR記事と書くからわかりにくくなるのだと思うのです。
あれは広告業界的にはただのタイアップ広告。環境省が博報堂を通してはてなに発注した広告なんです。
したがって、はてなは広告掲載料を環境省からもらっている。その時におそらく、取材費、津田氏への原稿料は別途制作費ということで計上されているはずです。
そして、広告である以上、クライアントが口を出すのは当たり前のこと。一度、仕事を受けて、顎足枕で取材をしたからには、クライアントの指示に従わなくてはいけません。
ただ、そこらへんのニュアンスをはてなが津田氏にきちんと伝えていたのかは問題です。また、津田氏がタイアップ広告というものについて、無知、うぶだった可能性はあります。
私は環境省がこういうことにカネを使うということについては絶対に反対ですが、広告という構図に限って見れば、今回はクライアント、代理店よりも、むしろはてな、津田氏側に問題があったと考えています。
あと、今回のタイアップ広告は随意契約なのではないかと疑ってます(もともと博報堂は環境省に強く、業界的には30億が電通に落ちたのは意外と受け取る人も多いようです)。』
このように、京谷さんが推測を交えて分析しています。
▼京谷六二さんのブログ:誰も通らない裏道
▼京谷六二さんのツイッター:@kappaman
とりいそぎ。
=====【追記ここまで】では、プロメテウスの罠を読んで分析していきます。
プロメテウスの罠の記事を読む
『■がれきの行方:16
ジャーナリストの津田大介は、今年2月16日、博報堂から下請けしたネットサービス会社「はてな」から、広域処理のPR記事をネットに書くよう依頼された。』
津田大介さんに仕事が降りてくるまでの経緯は以下の様なものではないか、と推測できますね。
- 環境省 → 博報堂 → ネットサービス会社「はてな」 → 津田大介
直接には「はてな」からの仕事の依頼という形ですが、どのように博報堂や環境省が絡んでくるのでしょうか。
『 依頼の主な内容はこうだった。
「がれき処理の現場や環境省の担当職員を取材する」
「PR記事であると明記する」
「うそは書かない」
「取材経費と原稿料は、はてな側が支払う」』
博報堂から下請けした「はてな」が、中間マージンを抜いて、津田大介さんに仕事を投げたというふうに推測できます。
『 環境省への批判を交えてもいいといわれ、津田は引き受けた。ツイートについて依頼はなかった。
広域処理問題には関心があった。批判もできるというのがいい。取材したうえで批判もきちんとしよう。』
津田大介さんが仕事を引き受けた際の心境や動機についての説明の箇所ですね。
『環境省への批判を交えてもいい』
といったのは、津田さんに直接仕事を依頼した「はてな」側でしょうか。
記事を読んでいくとわかっていきますが、その後結局「はてな」が津田さんを守りきれなくなっていく様子が読み取れます。
『 宮城県の女川町や仙台市のがれき処理の現状を見に行った。博報堂が報道機関向けに用意した見学会だ。女川町のがれきを引き受けている東京都内の焼却場も取材した。
依頼内容にはなかったが、津田はいつものようにツイッターでつぶやいた。住民の反応を期待したのだ。』
これは、仕事を受けた後に津田さんが行なった振る舞いを説明するパートですね。
『 PR記事は前編と後編の2本寄稿することにした。
前編では、がれきの量が膨大なことを説明し、「広域処理が必要だ」とする環境省の言い分を書く。後編には、放射性物質の拡散への懸念など環境省に対する批判意見を盛り込むことにした。』
2本寄稿することを判断したのは津田さんだというふうに読み取れますがどうなのでしょうか。
- 前編・・・瓦礫の量が膨大であることを説明し、「広域処理が必要」だという環境省の言い分
- 後編・・・放射性物質の拡散の懸念など、環境省に対する批判意見を盛り込む
このようなプランで、津田さんは記事を書こうと決めていたということになります。
だがこの津田さんの思惑は、環境省にうまく利用されたという結果になったのではないか、と僕は思っています。
それについては以下。
『 前編は環境省のチェックをすんなりと通り、3月29日に掲載された。
だが、後編は簡単にはいかなかった。4月16日に提出された原稿は2カ月近く掲載が延びた。環境省から「これでは掲載を認めない」とクレームがついたためだ。』
- 前編・・・3月29日
- 後編・・・4月16日に提出したが2ヶ月近く掲載が伸びた
本来ならば、津田さんは、前編と後編を間を空けずに発表する思惑だったようですね。だけども、環境省からのクレームでストップがかかり、後編の批判記事の掲載が2ヶ月もあとになったわけです。
前編の内容は、環境省の言い分を盛り込んだものなわけで。つまりは広域がれき処理が必要であるという趣旨のもの。これがはてなブックマークでヒットし、大変多くのアクセスを集めていたわけで。そして同時に後編への注目も強くなっていたわけで。
だけども、批判的な後編の記事は、環境省のストップですぐに掲載できなかったわけで。
結果的には、環境省の言い分だけが強い注目を集め、広域がれき処理マンセーという世論を形作っていく要因の1つになったのではないか、と見ることができます。
前編の直後に、批判的な後編が発表されれば、環境省にとって都合が悪かったわけですからねえ。
環境省にとっては、前編だけに注目を浴びさせることはPRに成功した、というわけです。
さて、批判的な後編への環境省のクレームはどんなものだったのでしょうか。
『 問題になったのは、東京大教授の児玉龍彦(こだまたつひこ)(59)へのインタビューだった。児玉は内科医で、学内の病院や研究施設での放射線防護や除染を担当する機関の長もつとめている。
インタビューで、児玉は環境省の「重さ1キロあたり8千ベクレル以下のがれき焼却灰なら埋め立て可能」とする基準とその決め方を「これがすべての間違いの始まり」と話した。
児玉は、汚染がれきを燃やす焼却炉では24時間の放射線量の監視が必要だが、その態勢もとられていないと指摘。「環境省がやっているのはその場しのぎ」と批判した。』
「後編」には、社会的影響力のある児玉龍彦氏による、広域がれき処理批判が盛り込まれていたのですね。これは環境省にとっては困った内容ですから握りつぶせるものなら握りつぶしたいと思って当然でしょう。
で結果として、「後編」の掲載を2ヶ月遅らせることに成功したわけで。後に触れますが、内容の修正を求めることとは別の次元で、2ヶ月掲載を遅らせることによって、環境省と博報堂はメディアコントロールに成功したというわけです。
『 環境省廃棄物・リサイクル対策部は、津田と「はてな」の担当者に記事の書き直しを求めた。環境省の担当職員はつぶやいた。「PR記事なのに、なんでこんなことを載せなければならないのか」(吉田啓)』
ここで、環境省という権力が、「はてな」と津田大介さんに介入していったというわけですね。
▼朝日新聞デジタル:〈プロメテウスの罠〉「大幅修正が必要だ」
『■がれきの行方:17
ジャーナリストの津田大介が、博報堂を通じて依頼された広域処理についてのPR記事執筆は、注文主の環境省から書き直しを求められた。
批判もOKということだったので広域処理への異論も盛り込んだ。それがひっかかった。』
前記事を受けたおさらいの箇所ですので読み飛ばします。
『 環境省が書き直しを求めた文書が手もとにある。
冒頭に「大幅な修正が必要である」とある。以下、A4で7ページにわたって具体的な指示が並ぶ。
低線量被曝(ひばく)の問題で環境省は、東大教授、児玉龍彦の話を「大きな問題」とした。』
当然、クライアントの環境省にとって都合が悪い内容のPRですから、書き直しを求めるわけです。あたり前のことですね。PR記事を書くということは、当然こういうことを想定するべきでしょう。結果として「はてな」は津田大介氏を守りきれなくなっていくわけです(後述)。
『 児玉はこう述べている。
「低線量被曝問題では、よく確率論が話題になりますよね」
「たとえ100人に1人しか病気にならなくても、1人にとっては100%の問題だってことなのです」
「一番難しいのは、100%の問題を抱えている人を減らさなきゃいけないということで、単純に数値で割りきれる話じゃない」』
児玉龍彦氏の言い分は、正論であって、至極まっとうですね。当然こういった意見は多くの人に共有されるべきでしょう。
さてこれに環境省はどのように対処したのか。
『 これに環境省は文句をつけた。
「100ミリシーベルト以下の被曝の健康影響については科学的に証明されたものではなく、政策としての目標であることから、100人のうちの1人にとっては100%の問題とするのは不適当」』
環境省は、「閾値あり」の考え方に従って書け、と「はてな」と津田大介さんに要求したわけですね。
『 低線量被曝については影響が証明されていない、という論理だ。影響が証明されていないのだから、たとえ1人にでも影響が出る、という前提そのものがおかしいということである。
児玉は、影響はゼロではないことを前提に話を進める。それに対し環境省は、事実上、影響はないのだという立場を貫いている。』
「閾値ありVS閾値なし」というバトルが行われたということになりますね。
『 津田は、徳島県のホームページにある「目安箱」にも触れた。その中で徳島県は、1キロ8千ベクレル以下という国のがれきの埋め立て処理基準に疑問を呈し、がれき受け入れは困難との方針を示していた。
環境省はその修正も指示した。』
社会的な動きという「事実」にすら環境省はクレームをつけていたということですね。
『 「内容に問題が多く、これ(目安箱)を紹介することは不適当」
処理基準には特に神経質だ。
「福島県であっても他の県であっても同じ基準を適用することは当然」
「(焼却施設では)排ガス中の放射性セシウムが除去されている」
「広域処理はできるだけ早く行わなければならないものであり、基準の見直しをしている余裕はない」
津田は批判部分を残そうと粘り、交渉は2カ月続いた。(吉田啓)』
津田大介さんは、2ヶ月粘ったということですが、こんなことは美談でもなんでもなく、環境省の思惑通りだったのではないか、というふうに僕は考えます。
- まずは批判的記事の掲載を遅らせる
- できるならば、記事内容を訂正させる
環境省と博報堂が考える優先順位はこんな感じだったのではないか、と邪推しておきます。
▼朝日新聞デジタル:〈プロメテウスの罠〉大臣発言、すべて載せて
『■がれきの行方:18
環境省に、広域処理のPR記事の書き直しを求められたジャーナリストの津田大介は、環境省の言い分を加えるなど構成を変えた。
環境省への批判は残した。記事は6月8日にネットに掲載された。』
環境省(博報堂)のクレームは、どのような結果を生んだのか。
- 環境省の言い分を加えるなど構成を変更
- 批判は残した。
- 2ヶ月間、批判的な記事の掲載が遅れた。
実は、記事の掲載が遅れたことが、僕は最も重大な結果を生んだものだというふうに捉えている。
『 津田は記事の中で訴えた。
「(環境省は)メディアに膨大な税金を投入することでは、がれきに悩む被災地を救うことはできない。多くの人が納得できるよう、情報公開や説明方法の見直しが必要だ」』
だが、環境省は、その後、更に多くの予算を広告代理店に支払って、メディアコントロールを行うことになっていく。
- 2012年3月末まで・・・博報堂 9億6千万円
- 2012年4月から・・・電通 30億円
- 業務は広域処理と除染の広報、除染情報プラザの運営など
ちなみに除染情報プラザの運営は、2012年4月からは電通が14億円で受注し、パソナに丸投げしている。僕は、福島市にある除染情報プラザを見に行ったが、とてもじゃないが、そのような大金が1年に必要だとは思えない程度の事業だった。
話をプロメテウスの罠に戻して。
今回のプロメテウスの罠の取材にも環境省はケチを付けてきたようだ。
『 環境省の対応には、他にも首をかしげざるを得ないことがある。
たとえば環境省は、今回の取材にも条件をつけてきた。』
そうとう朝日新聞のプロメテウスの罠担当者は、腹がたっているのではないか。ここまで書くかと僕は驚いた。
『 今年4月中旬、環境省廃棄物・リサイクル対策部に、広域処理についての取材を申し込んだ。
担当職員に、取材の趣旨や質問の内容を説明した。何度かのやり取りの末、広報室から連絡があった。』
でどうなったか。
『 「本件についてはすべて、大臣が答えることになりました」』
細野豪志環境大臣が、プロメテウスの罠の取材に対して答えることになったという。
取材条件はどんなものだったのか。
『 続けて、大臣の細野豪志が取材を受ける際の条件が示された。
「取材時間は20分とする」
「事前に詳細な質問を提出すること。それ以外には回答しない」』
なんという偉そうな条件を提示してくるのだろうか。
そして、条件はこれだけではなかったようだ。
『 さらに、こんな条件もあった。
「細野の発言はすべて掲載する」
「新聞掲載前に記事を確認する」
広報室に尋ねると、これらの条件は「大臣の意向」だという。
新聞は官報ではない。全発言の掲載や事前検閲など問題外だ。』
これがその通りだとすると、細野豪志環境大臣は、ぶっちゃけ、どうかしているレベルだろう。
『 6月15日。再び担当職員に取材を申し入れた。だが、広報室は対面取材を嫌がり、ようやく文面での受け答えにのみ応じるようになった。
「広域処理の仕組みはどのように決められたのか」
「がれき処理の終了期限を3年以内とした根拠はなにか」……。
広報室を介してのメールのやりとり。回答を得るまでに数週間かかることもあった。やりとりを踏まえ、担当者への直接取材を求めた。ところが広報室は「大変な激務なので取材に応じる時間はない」。』
メールでの返答に時間を割けるならば、とっとと面会して取材を受けたほうが早いではないか。
だが対面取材は、顔色や返答のよどみなどを報じられる可能性も出てくるわけで。環境省にとって分が悪いものであることは明らかだ。
『 8月27日、「発言の全文掲載はできない。記事を事前に見せることもできない」と前置きした上で、再度細野への取材を申し込んだ。
にべもなく断られた。』
プロメテウスの罠の取材から細野豪志環境大臣は逃げたということになる。
『 環境省の広域処理のサイトで、細野はこう語っているのだが。
「国民の皆様から不安の声を多数いただいている現在の状況は、これまでの政府の説明や情報の出し方のわかりにくさが一つの原因だと考えております」(吉田啓)』
この箇所は、僕が先日のブログでも指摘した箇所だ。
▽参考:プロメテウスの罠が暴く「がれき広域処理」世論の作り方 電通・博報堂のメディアコントロール
細野豪志環境大臣は、ご自身の発言をすべて使われるならばOKだが、メディアに自由に書かれるのは嫌だと言っているわけだ。これは、電通や博報堂によるメディアコントロール以上の政治的権力が直接介入するメディアコントロールを行おうとしていることを示しています。
最後になりますが、津田大介さんが、今回プロメテウスの罠の取材を受けて、メディアコントロールの実態を伝えようとしたことは、フェアであるとは思います。
ただし、この取材によって実態が世に出るまでに半年かかっているわけで。その間に、多くの地域で、がれきの広域処理に大変な思いをして反対している住民たちがいるわけで。環境省のがれきの広域処理PRの一端を担った津田大介さんは、住民ではなく、環境省側に立ったわけです。カネを受け取っているわけですから。
さらに、津田大介氏がどの程度の報酬を得ているかについては、報じられていないわけで。そういう意味では、プロメウスの罠が暴いたのは、津田大介さんにとって都合の良い一面にすぎないのではないかと僕は思っています。
津田大介さんの発言を再度引用しておきます。
『 津田は記事の中で訴えた。
「(環境省は)メディアに膨大な税金を投入することでは、がれきに悩む被災地を救うことはできない。多くの人が納得できるよう、情報公開や説明方法の見直しが必要だ」』
津田さんはこのように訴えていますが、それならば、まず手始めに、自分が得た報酬額を情報公開することで、メディアコントロールがどの程度の「カネ」によって行われようとしていたのかを多くの人と共有するのがよいでしょう(すでにしていたならば、ごめんなさいです)。
=====【追記:2012年9月23日21時13分】
情報提供がありましたので、掲載しておきます。
これ、呟きも見てましたが、「取材ができる」事を優先させたのでは?あと報酬は全額どこかに寄付の筈 @zamamiyagarei:『プロメテウスの罠が暴く津田大介を用いた「がれき広域処理PR」の裏側…環境省博報堂によるメディアコントロール』blog.livedoor.jp/amenohimoharen…
— マックさん (@squash_boy_don) 9月 23, 2012
今の段階で提供されている情報を掲載しておきます。
津田さんが「取材ができる」ことを優先してPR記事を書くことを優先させたということと、報酬を寄付したということの2点の情報提供です。
事実関係はこれから調べます。
=====【追記ここまで】
僕は、この件については、当時以下のように発言していたという記憶があります。
「なぜ津田大介さんは、カネを受け取ってこのエントリーを書くのだろうか。カネを受け取らずにご自身のメルマガで書けば、個人的な考え方を個人的な手段によって発表することができたのに。それならば意見の多様性という視点で理解できるのに。」
この気持は、今でも変わりません。
環境省から博報堂を経由して、さらには「はてな」が中間マージンを抜いているという経緯があった上で、津田大介さんは、税金の一部を報酬として受け取って、がれき広域処理の「PR記事」を書くことを了承していたのですから。本人はこの事実を知っていたと僕は仮定して発言しています。
「自由」「透明性」「多様性」を旗印にするネットジャーナリズムは、すでに、買収可能なものである、【訂正:2012年9月26日18時50分】権力にとって取引・利用可能である、【訂正ここまで】ということを津田大介さんは身をもって証明して下さったのかもしれません。
=====【追記:2012年9月24日午前10時1分】
再び、Facebookにて京谷さんにコメントをいただきましたので、参考までに掲載しておきます。
『京谷 六二 「津田記事」は、浅草キッドが柏崎刈羽原発見学に行ったり(掲載は週刊現代)、あるいは女子アナ崩れが原発の安全性をヨイショする記事広告とまるっきり同じ構図で、現にはてなはあのスペースを広告として売っています。これははてなのサイトを見ればわかります(掲載事例集のセールスシートもあります)。
だから広告屋的な感覚からすれば、「あっ、津田大介ってこういう仕事も受ける人なんだ」という程度のことでしかありません。
私は個人的に津田氏が悪いとはぜんぜん思わない。誰がどんな仕事をしようと勝手です。
ただ、広告とジャーナルは別のもの。それだけ(もっともこの2つの区別は、近年、とくにつきにくくなっている)。
http://fusenmei.cocolog-nifty.com/top/2012/04/pr-c428.html』
コメント末のリンク先もご参考下さい。
京谷さんの考え方は、広告業界というビジネスを否定しないが、「広告」と「ジャーナル」を区別しなければいけない、という考え方ですね。視界がクリアーになる意見ではないでしょうか。
もう1つ。これは京谷さんの<推測>による意見です。
『京谷 六二 以下、私の広告営業経験に基づく推測です。
環境省が博報堂を通して「はてな」にタイアップ広告の出稿をすることを決めた。→ 博報堂は「はてな」にどのようなライター起用が考えられるか候補者の提出を求めた。→ その中に津田大介氏の名前があった。(ここでポイントになるのは、「はてな」が広告であることをきちんと津田氏に説明していたのかどうか。通常ならします)→ 環境省は津田氏を希望した。
という流れだと思われます。このようなタイアップ広告を作るときには、次にクライアント(環境省)、代理店(博報堂)、「はてな」広告担当、津田氏を交えてオリエンをします(クライアントが出席しないこともあるが)。
そして、クライアントの要望がいかなるものなのかをヒアリングし、綿密に構成を打ち合わせをした上で、取材→原稿作成となります。その後、クライアントのチェックが入った上でOKとなったものが掲載されます。
あの記事の前編に関しては、それがまことにうまくいき、クライアントも満足した。ところが掲載した途端の反響に津田氏がうろたえた(ここで「広告とは知らなかった」と主張した可能性があると思います。その理由として、確か津田氏は、自分は「はてな」から原稿料をもらうと言っていたかと記憶していますが、そんなのは当たり前です。お金の流れは環境省→博報堂→はてな→津田なのですから)。
結果、後編はクライアントの意向と津田氏の意向がズレてしまい、相当に揉めた、、、ということではないかと。
この推測があたっているのなら、この問題の責任の第一は「はてな」広告担当の認識の甘さ、次いで津田氏の認識の甘さという順になるかと思います。
そしてこの場合、クライアント側が激怒するのは当然の流れです。なにしろ、これは良し悪しを別にして、環境省がカネを出した広告なのですから。
と、まあこういう大人の世界は@tsuda教信者さんにはなかなかわからんかもしれないですね(^_^;)。』
広告の世界における、仕事の発注方法の常識に基づいた<京谷さん推測>ですね。
あたっているのかどうかにはもちろん注目したいですが、それ以前に、クライアントと下請け、そしてライターの関係などはおおいに参考になりますね。
ただし、あくまでまだ全ての真相は明らかになっていない段階です。この推測がどこまで当たっているのか、津田さんの今後の発言に注目しておきたいところです。
=====【追記ここまで】






コメント
コメント一覧 (23)
受け取る側の読者は、単純にそれらの情報を真に受けてはいけないと私は思っています。この記事はなんなだろう、どういう意図があるのだろうということを考えながら情報を見ていかないと、なかなか真実というものは見えてきません。
津田氏が書いた記事についても同様です。読んだ人が、単に津田氏の書いた原稿を云々するのではなく、それが広告であることを認識し、クライアントである環境省の意図がどこにあるのかを読み取って欲しい。その注意を喚起したいがために、このようなことを書いてきたわけです。
以上、長々と失礼いたしました。
誰がどんな仕事をしようが、それはまったく個人の勝手です。
では、何故にこんなことをつらつらと書いているかというと、要するに今回の津田氏の原稿は「広告」だということを言いたいだけなのです。そして、広告である限り、それはジャーナルとはまったく別のものなのです。
このコメント欄の2で「びとう さとし」さんが、
「広告記事と報道記事をわけて考えることが必要だと思いますよ。
新聞や雑誌などで「PR記事」と書いてあるのは、広告(記事です)。私がいた新聞社では、「パブリシティ」「パブ記事」などと呼んでいました。そこにジャーナリズムを求めるのは無理があります。報道記事ではありません。」
とお書きになっていますが、私もまったく同感です。
つまり、タイアップの内容がどんなものであれ、広告である限りはクライアントに必ず意図があるのです。それがどこにあるのか? それを読み取ること、あるいは読み取ろうとすることが大事だと私は考えています。(つづきます)
津田氏は「僕は環境省から直接ギャラをもらったわけではなく、その博報堂のPR業務に協力したはてなから原稿料をもらっています。」と書いています。
このタイアップ広告は環境省が博報堂を通じてはてなに発注しています。
したがって環境省ははてなとの間で合意した広告掲載料を博報堂に払い、博報堂はそこから代理店マージンを引いた金額をはてなに払います。はてなはそのなかから津田氏に対する原稿料を払ったのです。もちろん、はてなへの広告掲載料には原稿料の他に取材費も含まれています。つまり、はてなが支払おうがなんだろうが、原資は税金なのです。
ちなみに、およそどんなタイアップ広告であれ、クライアントが直接、原稿制作に関わった人にギャラを払うことなど絶対にありません。
たとえばファッション誌におけるタイアップで、カメラマン、デザイナー、モデル、ライターなどへのギャラは、すべて編集部が払いますが、そのカネはもともとはクライアントから入ってきた制作費です。
とここまで書けばおわかりいただけると思いますが、税金から掲載料をもらい、税金で取材して、税金で原稿料が支払われるタイアップ広告において、いざとなったら掲載しない、PR記事としてでなく掲載する、自分のブログで発表するなどという選択肢は最初からあり得ないのです。
はてなと津田氏が最終的に、想定した「最悪の場合」のケースを選択しなかったのは、要するにそんなことはできなかったということです。(つづきます)
ここらへんは考え方だとは思います。
確かに正面切って取材を依頼すれば断られるでしょう。しかし、だったらゲリラ的に入っていけばいいわけで、現にそうしている人もいます。
かつて鎌田慧氏は期間工としてトヨタに入り、生産ラインの過酷な労働を自ら経験して『自動車絶望工場』という本を書きました。これについては、その取材方法がフェアではないなどという批判も起きましたが、しかし真実というものが用意された取材では見えないことも事実です。まして原子力というのはもっとも閉ざされた世界なわけです。
話を戻します。
繰り返しいいますが、これはタイアップ広告なので、その内容の良し悪しは別としてクライアントの意向が最優先されます。
「最終的に環境省が折れなければ、掲載しない、もしくは僕のブログで発表するというギリギリの判断をはてな側も覚悟してました。いろいろ直せって言われたところもありますが、直したくない場所、削れない場所は削らなかったので、ある意味では環境省が折れた部分もある、ということです。」
とのことですが、これは環境省が広告としてギリギリ譲歩できる線まで書きなおさざるを得なかったということでしょう。(つづきます)
ところが、はてなは津田氏に対して「単なるPRにはしない。環境省と折り合いがつかなければ最悪の場合、記事をPRではない形にしてでも掲載する。折れないところは絶対折れないから協力してくれ」と言ったとのこと。
これは相当に問題発言で、本来、タイアップ広告を作る上で、媒体社が言うセリフではありません。
では、なぜはてなは津田氏にこのようなことを言ったのでしょう?
まあこれも「邪推」でしかありませんが、環境省といのうは、これまでのはてなのクライアントとは1ランクも2ランクも上の、第一級のクライアントです。そこから問い合わせがあった。たとえていえば、堤防でハゼ釣りをしていたら、いきなり竿先が曲がって黒鯛が食いついてきたようなものでしょう。
となれば、どうしてもこれを釣り上げたい。その条件が津田氏の起用だったので、口説きにかかったのだと思います(担当者は社内から、「絶対にこのタイアップをとれ」と言われたことでしょう)。
これに対して津田氏は「そういうことなら」と受けるわけですが、もしタイアップ広告というものを理解していれば、そんなセリフを真に受けることはないでしょう。(つづきます)
まず、津田氏は、「僕も出版業界に10年以上いる人間ですし、PR記事に対してクライアントが口を出して、その指示に従わなければいけないなんてことは当然知ってますよ。」とお書きになっています。
私は出版業界に1985年から2010年の25年間いましたが(いまもその近くにおります)、広告というものに対する認識をきちんと得ることができたのは、最後の8年弱、広告部に勤務してからでした。
「PR記事に対してクライアントが口を出して~」とありますが、正確な用語を使えば、これはタイアップ広告です(媒体側制作する広告。これに対してクライアント自身が制作するのが純広告)。つまり完全な広告なわけで、そうであれば媒体社側がクライアントの意向に従うのは当然のことなのです。
タイアップというのは、その媒体のデザインなどを踏襲して一回限り作る広告です(純広告に比べて広告色が低く、読者や視聴者からスキップされにくいという特徴があります)。これは前述したように媒体社側が制作しますが、この広告制作過程では、純広告とは比べものにならないぐらい多くの地雷(トラブルの種)があります。
私もずいぶんとタイアップ広告に関わりましたが、打ち合わせから掲載まで、すんなり終わることはまずないのがタイアップ広告で、営業努力の結果、大きなタイアップが取れれば嬉しいのですが、いざ制作となると苦労の連続でした。(つづきます)
・単なるPRにはしないという「事前の約束」が破られたのであれば、それを広く世に出して、環境省やはてな等の問題として発信することが出来た。にも関わらず、それはしなかった。
・前編で出した「都合の良い環境省の言い分タレ流し」を取り下げる、ということすらしなかった。後編を先延ばしにして、環境省の言い分をひたすら頒布することに全面協力した。
津田は買収されたのではない。津田が自己のネットジャーナリズムという看板を売っただけ。俺は幾らで売れたのかを知りたいね。
因みに、朝日新聞もガレキ広域処理の広告を請け負った。おそらく、プなんちゃらの罠、には批判はおろか、その事実すら一行も書いてないだろう。朝日はこういう記事が得意だ。分量5%程度の言い訳、弁明の特集記事。ジャーナリズムやっています、という程度のパフォーマンス特集。「同業者に評判です!」等と無神経に宣伝できる浅ましさ。山下俊一を表彰したのは朝日の息のかかった財団だった。この特集自体に読む価値を感じない。津田は勿論、朝日にジャーナリズムとしての価値を見つけることは出来ない。
大変丁寧な詳細のご説明ありがとうございます。
=====(コメントから引用)
>はてな側から強く依頼され、「単なるPRにはしない。環境省と折り合いがつかなければ最悪の場合、記事をPRではない形にしてでも掲載する。折れないところは絶対折れないから協力してくれ」と言われたので、受けることにしました。PR記事であることは明記するって話ですからね。
=====(コメントから引用)
興味深い内容です。ありがとうございます。
>「自由」「透明性」「多様性」を旗印にするネットジャーナリズ
>ムは、すでに、買収可能なものである、ということを津田大介さん
>は身をもって証明して下さったのかもしれません。
この箇所は以下のように訂正しておきます。
【訂正後】
「自由」「透明性」「多様性」を旗印にするネットジャーナリズ
ムは、「権力にとって取引・利用可能である」、ということを津田大介さんは身をもって証明して下さったのかもしれません。
とはいえ、本エントリーで指摘されているようなことすべてが間違っているとは思いませんし、PR記事をジャーナリストが受けることについて(僕個人は通常のPR記事として受けたつもりはありませんが、それは外部からはそう見られないだろう、ということもわかりますし)倫理上の問題があるという意見もわかります。
ただ、1つだけ先ほども書いた
>「自由」「透明性」「多様性」を旗印にするネットジャーナリズ
>ムは、すでに、買収可能なものである、ということを津田大介さん
>は身をもって証明して下さったのかもしれません。
という1点についてだけ、取り下げていただきたく存じます。僕だけでなく、ネットジャーナリズムの可能性を真剣に考えている人たちに失礼ですから。
長文失礼しました。これで終了です。
コメントをエントリ化して、下記に上げて起きました。読みにくい場合はこちらをご参照ください。
http://tsuda.tumblr.com/post/32319519517/pr
さて、このエントリで僕を批判する依拠としている「プロメテウスの罠」ですが、取材に来た朝日新聞の吉田記者は、取材時に前後編のはてなの記事を「PR記事とは思えない、きちんと取材した、痛快な記事だった」と褒めてくださいました。
僕個人としても、この記事の掲載をめぐるゴタゴタをきちんとオープンにすること自体が、がれき広域処理問題の背後にある複雑さを考えるきっかけになれば、と思って、プロメテウスの罠の取材に協力しています。
吉田記者からはプロメテウスの罠掲載後に、丁寧な謝罪メールを頂きました。自分としてはきちんと取材して書いたつもりだが、思ってもみないネガティブな反応を結果として僕にもたらしてしまっている、と。
吉田記者としては、「こう読み取って欲しい」「ここに反応して欲しい」という思いとはまったく違う部分への反応がツイッター上では予想外に多く見られたようで、意図的な悪意を持った解釈で読み解かれたものが検証も咀嚼もされず拡散していくソーシャルメディアの課題を感じたそうです。
個人的に吉田記者の感じた違和感、課題というのは、本エントリーのような邪推、そして結論ありきで構成された記事も含まれるのだと思います。
>ムは、すでに、買収可能なものである、ということを津田大介さん
>は身をもって証明して下さったのかもしれません。
この結論、物言いは、できれば取り下げるか、謝罪してほしいです。非常に不愉快です。
僕は別にこの問題で「買収」されてませんし、答えられることにはすべて答えています。だから、プロメテウスの罠の取材にもきちんと協力しました。これで「透明性」に疑問があるとか言われたくないです。バカにしないでください。
だから
>あの記事の前編に関しては、それがまことにうまくいき、クライ
>アントも満足した。ところが掲載した途端の反響に津田氏が
>うろたえた(ここで「広告とは知らなかった」と主張した可能性が
>あると思います。
という京谷さんの推測もまったく的外れな邪推でしかありません。彼に指摘されるまでもなく俺は「大人の世界」を知ってますし、そのうえでこの仕事を受けています。ベルギーのリスクコミュニケーションの事例をこの問題に絡めて語っているような人はほかに見ませんし、そういうところの価値もPR記事という形だけにとらわれて見逃されている現状がもどかしいです。
>優先させたということと、報酬を寄付したということの2点の
>情報提供です。
この仕事のギャラは、取材をしたときに感じた「女川のために何かしたい」という気持ちに従い、女川のメディア(女川さいがいエフエム http://onagawafm.jp/)と、女川の学習支援施設(女川向学館 http://www.collabo-school.net/?page_id=13)に、ギャラの全額を等分して寄付しています。
>なぜ津田大介さんは、カネを受け取ってこのエントリーを書くの
>だろうか。カネを受け取らずにご自身のメルマガで書けば、個人
>的な考え方を個人的な手段によって発表することができたのに。
>それならば意見の多様性という視点で理解できるのに。
僕はプロなので、書いた原稿については対価を得たいという話です。でも、単純なPR記事で環境省の望むようなパブをしろっていうなら断りましたよ。個人で取材をするには、時間と手間がかかり過ぎるので、今回中に入ることでそういう取材をある程度効率的にできた。いずれにせよ「最終弁」として、記事は引っ込めることが可能、という条件がはてな側からあったからできたことです。まあ、PR記事という体裁を取っている以上、今回のような批判が出ることはわかりきっていたので、それは甘んじて受けざるを得ないんだろうな、とは思います(腹は立ちますけどね)。
>報じられていないわけで。そういう意味では、プロメウスの罠が暴いた
>のは、津田大介さんにとって都合の良い一面にすぎないのではないかと
>僕は思っています。
で、僕は環境省から直接ギャラをもらったわけではなく、その博報堂のPR業務に協力したはてなから原稿料をもらっています。
さて、いくらか。
前後編合わせてあの記事は大体4万3000字くらいです。
一般的なノンフィクションの原稿料は、400字3000円~5000円くらいが相場(http://www.1book.co.jp/003653.html)なので、通常のルポ原稿として、文字数だけで考えるなら30~50万円くらいがギャラになります。
でも今回はPR記事だから、その相場が高くなって100万とか200万円になるかという問題がある。僕は今回の記事ではてながどれくらいもらったのかはしりませんが、僕に対するギャラはそんなに多くないです。通常の原稿料の相場とは離れてない感じですね。つーか「PR仕事」として考えればめちゃくちゃ安いですよ。はっきりいってかけた労力、そしてこのエントリのように勝手に邪推されてネガティブな情報を流されるリスクとかと比べると全然割に合ってないです。
でもさっきも言ったように僕はがれき問題を調べる手段としてPR記事の執筆をやったので、まあ正直ギャラが0円だろうが10万だろうが構わないわけです。
だから、「津田は金に目がくらんで環境省のPR仕事やった」って論評が一番腹が立ちますね。この仕事でもらえるギャラなんて、自分がやってるメルマガから得られる1カ月の収入のせいぜい5分の1とかそんな程度ですから。そんなはした金得るためになんでわざわざこんな仕事受けたのかって話ですよ。はっきり言って自分にとってはほとんどメリットありませんから。
最終的に環境省が折れなければ、掲載しない、もしくは僕のブログで発表するというギリギリの判断をはてな側も覚悟してました。いろいろ直せって言われたところもありますが、直したくない場所、削れない場所は削らなかったので、ある意味では環境省が折れた部分もある、ということです。
その理由はプロメテウスの罠に書かれている下記の記述と関係してます。
>今年4月中旬、環境省廃棄物・リサイクル対策部に、広域処理に
>ついての取材を申し込んだ。
>担当職員に、取材の趣旨や質問の内容を説明した。何度かのやり
>取りの末、広報室から連絡があった。
>「本件についてはすべて、大臣が答えることになりました」
>続けて、大臣の細野豪志が取材を受ける際の条件が示された。
>「取材時間は20分とする」
>「事前に詳細な質問を提出すること。それ以外には回答しない」
がれき問題を追いかける際、正面切って取材依頼してもこのように断られるのが目に見えています。はてなからの話では、最終的に環境省と折り合いが付かなければ、原稿を出さない、PR記事を載せないorPRにせず取材記事を出すという選択肢もあった。それを引き受ける際の条件にして僕は受けました。PRという形で内部に入らないと取ってこれない情報もあると思ったからです。特にそれまで自分は20km圏内に入ったこともなかったので(何度取材申請しても断られ、フリーの人間が入るのは、一時帰宅の人に付き添う以外の方法はほとんどありません)、取材の過程でそこに入れるのは大きな意味がありました。
その後、後編の記述を巡って環境省との折衝の過程でいろいろな内部の話や情報を知ることもできたので、やったこと自体は後悔してないですよ。ただ、原稿自体は4月中旬には入稿してるので、それが6月まで引っ張られたことについては怒ってますけど。結果的にそれがこのエントリのように、いろいろな邪推を生んでいるわけですしね。
>広告である以上、クライアントが口を出すのは当たり前のこと。
>一度、仕事を受けて、顎足枕で取材をしたからには、クライアント
>の指示に従わなくてはいけません。ただ、そこらへんのニュアンスを
>はてなが津田氏にきちんと伝えていたのかは問題です。
>また、津田氏がタイアップ広告というものについて、無知、うぶ
>だった可能性はあります。
僕も出版業界に10年以上いる人間ですし、PR記事に対してクライアントが口を出して、その指示に従わなければいけないなんてことは当然知ってますよ。
だから一度はこの仕事がはてなから来たとき、無理でしょと断ろうとしました。
ただ、はてな側から強く依頼され、「単なるPRにはしない。環境省と折り合いがつかなければ最悪の場合、記事をPRではない形にしてでも掲載する。折れないところは絶対折れないから協力してくれ」と言われたので、受けることにしました。PR記事であることは明記するって話ですからね。
このエントリ、推測でほとんど書かれてますが、違う部分も多いので事実関係だけ書いておきます。
まず、取材期間は2月から3月にかけてしています。
前編と後編に分けられた理由はメディアコントロールをするとかそういう意図はありません。「単純に予算が期末だったから」というしょうもない理由です。
本来なら、この原稿は前編と後編を分けずに掲載予定でした。しかし、取材が大変だったことと、原稿を書くのにいろいろ調べなければいけないことも多かったこと、レギュラーの仕事などが詰まっていたこともあり、最初の締切だった3月末までに原稿を上げることができなかった。しかし、3月を過ぎてしまうと博報堂との契約期間が終わってしまい(その後電通に引き継がれます)、成果物を納品することができないので、予算が執行できなくなる。それに対応するため、前後編に分けました。前編が3月中に掲載できれば予算執行はできるので、後編が4月に掲載されても問題ない、という判断ですね。
児玉先生への取材は3月6日に行ってます。女川・仙台取材、東京焼却場取材とともに児玉先生への取材は今回最初から決めていた話です。そもそも前後編に分ける予定はなかったので、原稿のプロットは最初から決まってました。前編の反応で否定的なものが多かったから方針を変えたとかそういうことはありませんよ。
当然自分としても後編の原稿が言いたいことなので、そちらの方を多く見て欲しいということもありましたし、分割することはイヤでしたが、締切に間に合わなかったということもあったのでやむなくOKせざるを得ませんでした。
なるほどねえ
変節したんでしょ。
変節したくなくても、原発ムラの回し者から圧力かかる、
つまりいじめられる、
そうすると今までいえてたこともいえなくなる、
そういうところに、今度はまた別の原発ムラの回し者が「こっちに転べば仕事回してやるよ、金やるよ」と言い寄ってくる
すべて 自作自演の日常的なテロ地域
日常的いじめ・恫喝の隣組帝国
猿の惑星 リーベン
朝日新聞で読んだ時も思ったことですが。
これは一面の真理だとは私も思うのですが。
でもTBSの「アッコにおまかせ」による悪意に満ちた初音ミク紹介とか
有ったわけで。
小沢一郎とかも大手マスコミのパッシングを嫌って
自身の発言を素直に届けてくれるネットメディアに頼ったりするわけで。
全発言の掲載はスペースの都合で無理だとしても、取材される側の意向、
権利というのは存在しないのか?という疑問も感じたりします。
とりあえず公権力絡みであれば取材される側の意向を無視していいのか。
例えばカルト宗教取材とかも取材される側の意向に沿ってたらダメだよなとか。
>これがその通りだとすると、細野豪志環境大臣は、ぶっちゃけ、どうかしているレベルだろう。
と記事中で言い切られてますけど、改めて見解を聞かせて欲しいです。
あと、福島原発だったからこそ、この程度で済んだということもわかりました。構造上、設計の無理無理加減から、玄海原発とかもんじゅなど他の原発だったら、日本はおしまいだったとか。
ほんとにどうしたらいいのでしょうか?考えてしまいます。
新聞や雑誌などで「PR記事」と書いてあるのは、広告(記事です)。私がいた新聞社では、「パブリシティ」「パブ記事」などと呼んでいました。そこにジャーナリズムを求めるのは無理があります。報道記事ではありません。
「ジャーナリストの津田大介」と「PR記事」は明らかに矛盾します。
広報コンサルタントの津田大介さん、とかだったなら問題はないのではと思います。
その上で、ざまあみやがれさんの長い検証記事(ご苦労様でした)を見て思ったことは、以下の3点です。
◇はなてブックニュース(こういうのがあるんですね)の広報記事の冒頭にある「(※この記事は環境省の提供によるPR記事です)」の表記がいつからあるのかが、重要になりますね。最初からあるのか、問題になってから後付けしたものなのか。
>2本寄稿することを判断したのは津田さんだというふうに読み取れますがどうなのでしょうか。
◇提案はしたかもしれませんが、判断したのは「はてな」か元請け博報堂(か環境省)でしょう。
>『 津田は記事の中で訴えた。
「(環境省は)メディアに膨大な税金を投入することでは、がれきに悩む被災地を救うことはできない。
◇津田さんも一味なのに批判するってのは、よくわからない。
「プロメテウスの罠」の今のシリーズを書いている吉田啓さんにしても、ネットメディアを貶める意図が見え隠れする文章と感じます。環境省の担当職員の名前も書いてありませんしね。
吉本と一緒。大政翼賛会だぞ。
去年の枝野コミケ演説もニコ動が中継してた。
東電会見中継もニコ動が最初に引上げた。
表に出る話とは裏腹で、相当儲かってるらしい。