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皆さんこんにちは。座間宮です。ここ最近は日本選挙新聞を月イチで発行しつつ、全国を選挙のお勉強会で回る毎日です。毎回、主催者の方から、色んなお題をいただき、それを調べて研究させていただいております。今回は、愛知県の女性主催者の方から、ナチス時代のドイツの選挙について教えてほしいというお題を頂いて、資料を作りました。上記は、第一次世界大戦(1914-1918)後の「ワイマール憲法」(1919-)のもとでの、選挙の各政党の得票率のグラフです。

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このグラフを私の知人でありドイツ人とのミックスの小野寺徹氏に見せたところ、「ドイツ人もこんなのを見て学んでいない」と驚いていました。ドイツ人は、ワイマール憲法が停止した1933年以降のヒトラーの時代を「ドイツではない」という大前提を強調されて、学ぶのだとのこと。

それで、この時代の投票率を見てみましょう。インターネット上では、ヒトラーは人々の無関心が作り上げたというふうに言われますが、投票率はどうなっているでしょうか。
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なんと、ナチ党が登場してから投票率はあがっているのですね。投票率の上昇を関心の高まりと捉えるならば、関心が高まってナチ党が力をつけた、と言える状況がわかります。ナチ党の独自の組織形態については、様々な書籍や論文があがってますので、そちらを参考にしてください。

また、ナチ党以外の政党が多数存在し、小党分立の状況となっており、ナチ党に抗う力が分散されていることも特徴です。

これらの時代を経て、ドイツは戦争に負け、その後どういう選挙が行われていたのか。こちらもつい関心を持ったのでグラフ化してみました。
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これが、第二次世界大戦後のドイツの選挙の各政党の得票率です。この時代は、大雑把に大きなルールが課せられました。「5%未満の得票率の政党には議席を与えない」というルールです。例外規定もありますが。このルールを作ると、原則、グラフ上の細かな政党には議席が与えられないということになります。なぜそういうルールになったのか。

今一度、ワイマール憲法化のドイツの選挙の状況を比較してみてみましょう。
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ワイマール憲法施行直後の選挙において、どの政党も20%を超えるような大きな政党になっていません。沢山の政党があらわれる多様性の時代であり、小党分立の時代であるともいえます。1928年の社会民主党(左の青)だけがちょっと大きくなっていますが。

グラフ帯右の真っ黒がナチ党です。ドイツの名前は「国家社会主義ドイツ労働者党」ですから、労働者の政党ですよというアピールがきちんと含まれています。ナチ党の登場から投票率は徐々に上がり始め、労働者の政党である社会民主党の得票率の減り始め、小さな政党を飲み込んで、ナチ党は力を増していく過程がわかると思います。

つまり、戦後の「5%未満の得票率の政党には議席を与えない」というルールは、小党分立をさけナチ党の台頭を許さないためのルールであり、多様性を議席にしているルールと言えます。
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ほら、これだけ、2大政党制がしっかりアレば、ナチ党の台頭が極めて難しいことがわかりますよね。

愛知県のかたの依頼で、私も世界の選挙により関心をもつことができました。歴史を選挙でかんがえる大変意義深い研究課題です。

今後、同様に世界か刻々の選挙をグラフ化して、私達に生かせるようなお勉強会をしてまいりますので、楽しみにしてくださいね。

尚、私のお勉強会は、誰もが主催することができます。ここから、企画書やスケジュールをチェックしてみてください。

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