2005年07月14日

地域の定期航空路線向けの小型旅客機によって民間航空はスタートした2

DH104ダブ小型双発旅客機



   
  英国の小型旅客機デ・ハビランドDH104ダブは,日本ヘリコプター輸送(全日空の前身)の主力旅客機(10席)として,1953(昭和28)年12月に東京〜大阪間の貨物郵便機として運航がスタートし,翌年からは旅客輸送にも使用された.
 日本ヘリコプター輸送のデ・ハビランド・ダブ小型双発旅客機(ジプシー・クィーン空冷式倒立直列6気筒340馬力エンジン)の定期路線デビューは,日本 人操縦士による第2次大戦後初の定期航空輸送が1953(昭和28)年12月15日より始まり,同じ日に極東航空(ANAのもう一つの前身)のダブ旅客機 が大阪を出発して,経路途中の静岡県焼津上空で,互いのダブ機は,翼を振って合図してすれ違ったという.
 英国ブラバゾン委員会の仕様にもとづいて設計し,DH104ダブ試作1号機は1945年9月のデ・ハビランド社の創立25周年記念日に初飛行した. 1950年代前半にはヨーロッパ,アメリカを始め,世界中の民間航空で運航された.こうしてデ・ハビランドDH104ダブは1945年〜1967年までに 542機が生産された英国のベストセラー民間旅客機となった.
 第2次大戦後の航空再開に伴う民間旅客機の機種選定にいろいろな課題を残しながらも,英国から地域における旅客輸送や新聞社の取材用途を担うためデ・ハビランドDH104ダブ(滑走距離720m)を各型合わせて8機が導入された.
 日本民間航空で使用する地域の飛行場は,旧軍関係の飛行場がほとんどで,滑走路長が800〜1500m程度で鋪装もしてない整地しただけの「広い空き 地」程度の飛行場が多かった.これでは民間航空が解禁になっても,いきなり大型旅客機による大量輸送というには,まだ飛行場の環境が整っていなかった.そ んな状況で民間航空に参入する航空会社は競争の中から地域の飛行場や設備に合った旅客機を選定し,英国のデ・ハビランド社製「ダブ」,「ヘロン」,ハンド レページ社「マラソン」のような価格も手ごろな小型の旅客機をまず導入した.
 その後主要空港の整備が進むとともに,国策会社の日本航空がDC-4のような4発大型旅客機を導入してノンストップで主要空港を結ぶ定期路線を運航し始 めるようになると,島伝いのように地域空港を結ぶ民間航空会社とは,旅客輸送競争で差がつくのは明らかとなった.そこで国策として日本航空と民間航空会社 の2本とする構想案が出て,民間航空会社の統合合併により全日空が誕生した.


amet1972 at 01:00│Comments(0)TrackBack(0) プロペラ旅客機 | 民間航空機

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