2005年08月10日

離島のコミュータ輸送機は双発のレシプロ・エンジン機が担当している2

BN-2A アイランダー 



 英国の航空機設計者デズモント・ノーマンとジョン・ブリテンは,1950年代ころより農薬散布機などの軽飛行機を共同で開発していた.英国ブリテン・ノーマン(Britten-Norman)社は1964年になるとデ・ハビランド・ドラゴンなどの近距離軽量輸送機の後継となる双発ピストン・エンジンの小型輸送機の詳細設計を開始した.同社で2番目に開発した機体だからBN-2と 名付けられ,民間航空会社の注目を集めて同年9月には原型機の試作をはじめて,完成した試作1号機は1965年6月に初飛行した.試作機による飛行試験の 結果,主翼長を修正したり装備するエンジンをアブコ・ライカミングO540(直列6気筒)への換装などを経て,BN-2アイランダーの生産型1号機が初飛 行したのは1967年4月24日で,民間航空会社に納入が始まったのは1967年8月からだった.
 こうしてBN-2アイランダーと名付けられた民間用軽輸送機は低出 力(260馬力/195kW)のエンジンで双発のため低価格で信頼性の高い機体として世界各国で評価されて導入された.輸送能力としては,乗員を含めて 10人を載せて飛ぶことができ,機内の通路を省き5列の座席に対して両側に3個の大型ドアをつけて,乗り降りするなどの工夫により胴体の断面積を減らし, エンジン補機に既成の部品を使うなどしていた.機体構成は,高翼に配置して固定脚として,近距離コミュータ輸送用に多数が使用された.
 1969年以来の製作総数は1200機以上(軍用機タイプも含めて,ルーマニアにおけるライセンス生産300機以上を含める)に達している.
 改良型のBN-2Aは空気力学面の改善と飛行装置の改良により荷物室を変更した機体だが,1969年に初飛行した.
  またブリテン・ノーマン社は,アイランダーの軍用機タイプとしてデフェンダーを開発し初飛行したのは1970年5月20日だった.軍用機タイプのディ フェンダーは,英国空軍・海軍やパキスタン海上保安庁,ベルギー警察,アフリカ諸国などにも納入している.この軍用モデルには軽輸送機兼COIN機として 使用可能なディフェンダーと機首部にレドームを搭載した海上哨戒・捜索救難機のマリタイム・ディフェンダーの2種類があった.
 さらに運搬能力の改善とプロペラの改善により騒音レベルも低下したBN-2Bアイランダーが1978年に登場した.1981年以降はエンジンをターボプ ロップ(Allison 250)に換装したBN-2Tへ移行し65機が製作された.搭載貨物量の増加や航続距離延長を狙った機体拡大版であるディフェンダー4000もアイルラン ド航空隊や英国警察などに少数機が納入された.
 なおブリテン・ノーマン社は1979年9月にピラタス・ブリテン・ノーマン社に改名したが,1998年7月には元の社名に戻したが,2000年4月よりB-Nグループとなっている.
 日本では新中央航空が1972年よりBN-2B-20を導入し,現在でも調布飛行場〜大島,調布〜新島間の離島路線を3機で運航している.またオリエンタル・エア・ブリッジ(「長崎航空」から2001年3月に社名変更)でも1979年にアイランダーを導入し、現在でも長崎空港と離島間を結ぶ路線(長崎〜上五島,長崎〜小値賀)で3機が運航している.あとは琉球エアーコミューター(1985年に設立)が1987年2月より那覇〜慶良間線にBN-2Bアイランダーで運航を開始し,1989年12月には那覇〜粟国線にも就航した.現在もBN-2Bアイランダーは3機が那覇〜慶良間と石垣〜多良間,石垣〜波照間の3路線で運航している


amet1972 at 01:16│Comments(0)TrackBack(0) プロペラ旅客機 | 民間航空機

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