ループ(完)

『……続いて特集です』
 TVの音声に林檎を剥く母の手が止まる。
「TV消そうか」
 母は林檎とナイフを籠に戻すとTVのリモコンを持った。
「いいよ。そのままで」

『ここは今から三十四年前に行方不明になった女の子が十年後、成人の姿で白骨死体となって見つかった場所です。そんなこの場所で、今度は十年前、同じように行方不明になった女の子が見つかりました。女の子の側には……』
『少しややこしい事件ですね』
『そうですね。それではこのボードを使って整理したいと思います』

 TVの中で、私と白骨死体で見つかった女の子との類似点等の話しをしている。

「以前にも同じように試練を与えた子がいた」

 光の中で聞こえた声である。

「彼女は戦うことが出来なかった。自分の心の中に住む自分勝手な魔女と」

 そして最後に「自分の弱さと向き合うことを忘れないように」と聞こえた。

 その声が消えると私はあの場所に倒れていた。

 母はまた林檎を剥き始めている。
「あなたがあの場所で見つかったと連絡がきた時は……」
 母は微笑んでいたが、目には涙が浮かんでいた。
目元にはたくさんのシワが刻まれている。

「ねぇ、退院したら行きたい所があるんだけど」
「いいわよ。どこのお店に行きたいの?今まで買い物に行ってなかったものね」
「ううん、お店じゃないよ」
 私は笑った。

 私は冥福を祈った。
 私と一緒に見つかった赤ん坊の骨が葬られている墓の前だ。
「お前がわざわざ来て他人に手を合わせるとは……おじいちゃんおばあちゃんの時はそんな素振りも見せなかったのに」
 父は驚きを隠せない。
「私だって大人になったのよ」
 父に言い返しながら、悪戯っぽく笑って見せた。
「今度はねー」
 私が言うと「今度こそメインのお買い物かしら?」と母が言う。
「違うよ。今度はおじいちゃんとおばあちゃんの所」
「今度でいいんじゃないか?退院したばかりなんだし」
 心配している父と母を他所に首をふる。
「お礼を言いたいの。もちろん買い物のお礼じゃないからね。今までありがとうって感謝の気持ちを伝えたいの」
 父と母は不思議そうに顔を見合わせていたが、次第に安心した表情に変わっていった。

「早く行こう!」
 急かす私の首には木彫りの救世主がぶら下がっていた。

 私は死刑執行人により牢から出された。そして、昨日の広場へ歩けと言われる。

 広場には大勢の者達が集まっていて騒がしくなっていた。広場の中央には一晩で作り上げたであろう処刑台があった。多くの者達に見えるよう小高く積み上げられた礫の上に十字架が一本刺してある。

「あそこへ」
 私は執行人に誘導され十字架の目の前に立つと、鎖でその十字架に縛りつけられた。

「これより魔女の処刑を執り行う」

 その声に執行人達は私の周りにたくさんの薪を置いた。火がつけられた。
 ゆっくりと煙が上がっていく。炎は高く上がることなく、足下で小さく燃え続けていた。
 苦しい。苦しさの中、顔をあげると、昨日の裁判で私を『魔女』と叫んだ男が、笑いを必死にこらえながら見ている。
 悔しかった。悔しくて「私は魔女ではない!!」と大声で叫んだ。

 急に広場が暗闇に包まれた。空を見ると一面に雲が立ち込めていた。
 私だけが炎に照らされている。

「おい!あれは言い伝えの『救世主』そのものではないのか?」
 その声に広場に集まっていた者達が一斉に騒ぎ出した。
「火を消せ!!早く!」
怒号が飛び交う中、私の意識は遠くなっていく。

 朦朧としていると、またあの綺麗な女の人が現れた。そして「戦いますか?それとも戦うのをやめますか?」と聞いた。
 私は「これからも戦い続ける」と綺麗な女の人を睨んだ。

 広場が光に包まれる。この世界に来る前、私の部屋で起きた時のように……



 

 曹長の話は終わったが、私のお腹の疼きは止まることを知らず動き回っていた。

「マーリュ、イザベルはお主の前に三度現れたか?」
「はい」
「その後、イザベルはどうなった?」
「ドラゴンに胴を奪われました。幼馴染みを助ける為に……そして、私に城主の首をとれと叫びました」

 会場がざわめき出した。

「ドラゴンに胴を奪われ、尚、お主に首をとれと?」
「はい」
 私はうつ向きがちに答えた。あの光景を思い出すのは辛い。
「イザベル、いや、魔女の言葉通りにお主は動いたのだな……」
 私は頷いた。どんな言葉を返しても、私はイザベルの言葉に動かされ、剣を振り落としたことに変わりはなかった。

 沈黙が続き、口を再度開いたのは、進行役の軍曹だった。

「マーリュ、お主を火刑に処する。執行は明日執り行う。マーリュを牢へ」

 私は牢へと歩き出した。誰に縄を引かれることなく。
 その奇妙な光景は周囲の者達を驚かせた。

 私は鍵の掛かってない元の牢に入った。そして、天窓を眺める。小さく切り取られた空は灰色からだんだん真っ黒な色に変わっていった。
 今夜は誰一人この場所に現れることがなかった。
 あの時の綺麗な女の人以外は。

「あなたは戦いましたか?」
「戦いましたか?と言いますが、あなたは初め『私と一緒に戦いなさい』と言いましたよね?」
 綺麗な女の人はその場に立ったまま私をじっと見つめていた。私も見つめ返す。
「そうですか……」
 何かを悟ったように呟くと、先ほどまで私が見ていた天窓に視線を移す。
「あなたはこの先も戦い続けられますか?」
 また、こちらに視線が移った。淀みのない目に吸い込まれそうになる。
 私は答えずに黙っていた。何を答えていいか分からなかったのだ。
 綺麗な女の人はいつの間にか消えていた。

 翌日、死刑が執行された。

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