かのじょやさん(完)

 私、翠川は御嬢様『美月さくら』の執事でございます。
 今回、さくら御嬢様の仕事を御手伝いさせていただくことに……いえ、監視、監督することになりました。

「つまんない」
これは、御嬢様の口癖であります。たいてい、飴を舐めている時に発せられる言葉、仕事がない時によくおっしゃいます。

 そもそも『かのじょやさん』とは、幼少の頃から大学をお出になるまで、超御嬢様学校に通われ、ご学友は勿論、職員までも女性。御通学もすべて送り迎えだったゆえ、男性と関わることがございませんでした。
 その為『恋愛してみたい』『でもなんか怖い』『役だったら演劇部での経験が』と、無理矢理作った仕事でございます。

『仕事』
御嬢様は仕事とおっしゃっていましたが、これは全て、この翠川が作成した台本によるもの。
 文字通り、演劇部の経験が役立ったことは、御嬢様には内緒でございます。

『もう一度』
 こちらは急ごしらえでした。
 私の友人が「娘が彼氏と別れた事を後悔しているようだ」とおっしゃってらしたので、娘さんにお会いし「元彼の気持ちを確かめましょう」と促し、了承を得たのでございます。
 ターゲットが『美月グループ』傘下の会社勤めで助かりました。
 急いで、さくら御嬢様の職場を作り、近所の住人を社長として演技してくれと頼んだものの、取引先としてターゲットが現れてくれなければ無駄に。
 ここは『美月グループ』の力で、ターゲットの上司を利用しターゲットを誘導。
 あとは、証拠隠滅で建物を壊させていただきました。犬の散歩で『元社長』がターゲットに近づいた時は焦りましたが……
 この後、お二人様はまたお付き合いを始められたようです。


『別れ屋さんになる?』
 こちらは女性三名様の御依頼でした。
 彼氏が三股。しかも相手は姉妹。
 上の階にある探偵事務所と勘違いされて、御嬢様の事務所のインターホンを押されたのがきっかけでございました。
勿論、御嬢様不在の時でございます。
 この仕事では、胸にたくさんのシリコンパットを入れていた御嬢様が印象的でした。
 この三名様、今はそれぞれ別の彼氏様が出来たとのこと。良かったです。


『二人の許嫁』
 こちらは両家の方に会わせる機会を作るように命じられたものです。
 ユウヤ様が多忙過ぎてほとほと困っておりましたが、めでたく(?)入院されたので運が良かったかと。
 ユウヤ様の『会わせられる』という勘が働いたことも手伝って、上手く行きましたねー。フフフ。


『マリッジブルー』
 御依頼の二人は美月家の使用人でございます。
 もともとご一緒になられる予定でしたので、御嬢様の為に演技していただきました。
 全てが上手く行くかと思われた時にイレギュラーの雪野様。台本にはなくどうしようかと思っていましたが、『恋路には邪魔が付き物』。二人の関係を強くしてくれました。
 それから、御嬢様が壁に投げつけた指輪。そちらは元の位置にこっそり戻してあります。

 このまま二人は御結婚されるのか?『ウエディングプランナー』となり働くのか?それとも、その両方か?
 翠川は楽しみでございます。

 ここは『美月総合病院』。さくらの家のグループ傘下の病院だ。
 僕はまた過労で倒れたようだ。
 ドアをノックする音が聞こえる。反射的に「どうぞ」と答えた。
 雪野だ。
 彼女は僕の優秀な秘書だ。以前入院した際も上手く取り仕切ってくれた。信頼のある秘書だ。
 でも、最近は何かとよそよそしい。どこかの会社から引き抜き話でもきているのだろうか?それとも……
「雪野さん」
「何でしょう?」
「さくらの連絡先は分かったかい?」
 花を活けていた彼女の手が一瞬止まった。そして何もなかったように「いえ、あのビルの一室を引き払ってからの足取りはつかめていません。お仕事のホームページも閉鎖されたようですし」と言い、花を活け続けた。
「そうか」
 さくらの居場所は父に聞けばすぐに分かることだったが、許嫁としてさくらに会うのではなく、恋愛としてさくらに会いたかった。
 退院したら、さくらを探そう。今度はちゃんと連絡先を交換して、あの指輪のサイズを一緒に直しに行こう。

「ところで雪野さん。さくらは何であの仕事を辞めたか分かる?」
 この質問には動揺を隠せないようだ。
「さ、さぁ」
 声が震えていた。何か知っている。
「雪野さん、何か知っているんだろ」
 冷静な口調で尋ねると、彼女は真剣な眼差しで「私では駄目なのでしょうか」と訴えた。

 彼女の気持ちはうすうすと分かっていたけど、まさか僕に気持ちを伝える前にさくらを遠ざけるとは……
 謝りに行くと出ていったが、さくらにその気がなければこのまま会うこともなくサヨナラか。
「辛いな」
 ため息をつくと胸が痛くなってきた。
 さくらのこと本当に好きなんだな。

 トントン……
 ドアがノックする音が聞こえた。反射的に「どうぞ」と答えた。
「やぁ、さくら」


 僕とさくらの気持ちを確認させてくれた、彼女は『もう一つのかのじょやさん』だ。



 

 披露宴からの帰り、私は車を運転する翠川に話しかけた。
「私、このままじゃ駄目だと思うの」
 翠川は無言で運転し続ける。
「それでね、今日の披露宴を見て、私も花嫁さんや花婿さんと一緒にみんなに喜んでもらえる披露宴とかを作る仕事がしたいなぁって」
「ウェディングプランナーでございますか」
「そう、それよそれ!」
「たくさんの知識が必要とされますよ」
「うん、分かってる」
 これから少しずつ勉強しよう。たくさんの人達の幸せを見れる素敵な仕事だもの。

「そこに車を寄せてもらえるかしら?」
 翠川に声をかけ、本屋の前に車を停めてもらう。
 車から降りると「今日はもう帰っていいわ。本屋さんで参考書買ってから帰るわね」と笑顔で言った。
「はい、ではお気をつけて」
 翠川の車が走り出すのを見送ると、本屋の中へ入っていった。

「ふーん、必ずしも資格が必要って訳ではないのね」
 本には知らないことがたくさん載っていた。
「最初はこの本から!!」
 悩みに悩んで選んだのは一番薄い本だった。
 レジで会計を終え、マンションに向かって歩き出す。
 しばらく歩いていると、背後に気配を感じた。
ゆっくり歩いても小走りになっても誰かついて来ている。
 ウソでしょ?
 辺りは薄暗くなっていたが、ここはまだ車通りの激しい道だ。心配はいらない。それでも緊張して歩く。
 やっぱり翠川に待っててもらえば良かった。
 私は急いで手を挙げ、タクシーを捕まえた。
「えっと、すぐそこなんですけど」
 タクシーに乗り込むと早口で運転手に伝えた。
 運転手は不服そうな顔をしている。
 私は言い訳がましく「すぐそこなんですけど、そこから横道に入ると暗くて恐いんですよ。いつもなら走るんですが、この格好じゃ」と、ドレスに目を落とした。
「はいよ、そこの道に入るのね」
「はい、お願いします」
 タクシーはすぐ、マンションに到着した。
 遠回りしてもらえば良かったか?焦ってそこまで頭が回らなかった……
 私は申し訳なさそうに「お釣りはいいです」とお札を置き、いそいそとマンションに入った。
 オートロックを開け、エレベーターを呼ぶ。
 早く、早く来て!!
 エレベーターが到着し乗り込む。ドアが閉まろうとすると「待って」と手でドアを抑えられた。
 ドアを抑えた人物は下を向いたまま息切れしている。
 私はエレベーターの隅に寄り、買ってきた本を盾に身構えていた。
 顔をあげた。
 雪野さんだった。




「どうぞ」
 私は雪野さんを部屋に通した。雪野さんをリビングのソファーに座るよう促す。この時ばかりは、促されるまま無言でソファーに腰かけた。
 着替えを済ませ、お茶を用意し、雪野さんに差し出した。
「今日はどのようなご用件で?」
 私は冷静に話しかけた。
「あれ以来、私は彼の前から消えたわ。消えたというか彼とあなたが消えた」
 私はお茶を一口飲んだ。
 雪野さんは下を向いたままだ。しばらくすると小声で「ごめんなさい」と言った。
「えっ?」
「ごめんなさい」
今度はハッキリした声でこちらに向かい謝った。
「なんであなたに謝られなくちゃならないの?」
「なんでって……」
また小声になる。
 私はイライラしてきた。追い返そうかと立ち上がる。
「あの、私じゃ駄目なんです」
雪野さんは涙目でこちらを見つめた。



 私は病院に足を運んだ。ユウヤと出会った病院だ。
 タクシーに門の前で降ろされ分かったことがある。
『美月総合病院』
 うちのグループ傘下の病院だった。
 そりゃ、顔パスだわ……
 院内に入ると「失礼ですが、もうすぐ面会時間が……」と声をかけられ振り向くと、いつぞやの警備員が立っていた。
「これは失礼しました」
 警備員は一礼した。
 特別室に向かう。以前来た時と変わらず、ふかふかの絨毯が私の足音も鼓動の音も消し去った。
 トントン……
 ドアをノックすると「どうぞ」と懐かしい声が聞こえた。
 ドアを開ける。
「やぁ、さくら」
 ユウヤが笑顔で出迎えてくれた。
 涙が溢れてきた。

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