アリスとテレスにおまかせ?(完)

 父さんの墓の前にはフルールが立っていた。何をするわけでもなく、ただ墓の前に立っていた。
フルールの顔色は悪く、あの時、ミルズへと引き込んだ腕のように青白かった。
 近づき声をかけようと、一歩踏み出そうとすると、アリスに「お母様を連れて参りますわ」とテレポートを使った。
 オレとキーファはフルールがどこかへ行ってしまわないよう木の陰から監視を続けた。
 フルールはいつまでもその場に立っており、アリスは一時間以上立っても戻ってこなかった。
「おい、あのアリスって奴、逃げたんじゃないのか?」
「そんなわけないよ」
「でもさ」
「お前の母さんなんだろ? 信じろって」
「それ止めろよ。俺はあいつを母親とは認めてないんだから」
「いやいや、認めろよ」
「イヤだ」
 木の陰で騒いでいると目の前に人影が現れた。
「アリス、やっと……」
振り向いたオレ達の前には、見張っていたはずのフルールがいた。
「や、やあ、フルール」
必死に作った偽物の笑顔は青白いフルールを怒りの目にさせた。
「ヴヴヴヴヴヴヴ」
低い声で唸るフルールにキーファは「良かったらこれどうだ?」と、お香を取り出した。
「なんだよ! それ!」
「いや、ストレスにいいって…… 『きゅうす』で売ってたからさ」
「そんなのフルールに効くわけないだろ!」
「いや、これに興味もったら逃げるチャンスあるだろ」
 キーファはお香に火を着けると「ほら」とフルールに差し出した。
 フルールは青白い手でお香を受け取る。
「やった!」
 オレ達は立ち上がり逃げようとしたが、このお香の抹茶の香りに落ち着いてしまい、その場に三人で座り込んでしまった。
「落ち着くな」
「ああ、落ち着く」
「ヴヴヴ……」
「アリスとテレス、遅いな」
「うん、遅い」
「ヴヴヴ……」
 空や海の色が徐々に暗くなっていく。
 そんな中、一瞬光り、やかましい口調が飛び交い始めた。
アリスとテレスだ。二人は何か揉めているようだ。
「どうしたの?」
「フラウさん、お聞きになって」
 アリスは一目散にこちらへ駆け寄った。
「お母様ったら、フルールさんを元に戻すためのレシピを使いたくないって言い始めたんですの」
「えっ? どういうこと?」
「その魔剣を使うのですが、それを使うと今までの経験が元の場所に戻るからイヤですって」
「意味がわからないんだけど」
「だから、一気に年をお召しになるのですわ。実年齢の姿に戻るのですわ」
「別にいいんじゃないの? そんなの」
 オレはテレスの方を向いた。
「イヤでち。お肌すべすべが、しわしわになるなんてイヤでち!」
「いや、だって若い者を助けるって」
「その時はこの事を知らなかったんでち!」
「初めて使うレシピだから、門外不出の本を読み直して知ったようですわ」
 アリスは腰に手を当て首を横に振った。
「それじゃあフルールが……」
「いや、大丈夫そうだぜ」
 キーファが呟いた。
 横に座っていたフルールを見ると、顔色が徐々に良くなっていっている。
「なんで?」
 フルールは急に背伸びをし「あれ? 兄さんにキーファ…… こんな所でどうしたんだい?」と不思議そうにしている。
「フルール! お前大丈夫なのか!」
「大丈夫もなにも、この通りだけど?」
「やっ、ヤッタア! フルールが元通りになった」
 オレはフルールに抱きついて喜んだ。
「やったなフラウ」
「キーファ、ありがとう」
 オレはキーファと握手をした。そこへ、アリスとテレスの手が現れる。
「私達のお陰でもありますわよね。魔剣でフルールさんを傷つけることなく、助け出せたのですから。まさに『アリスとテレスにおまかせ』ですわ」
 アリスとテレスは、オレ達の冷たい目に気づくことはなかった。
「どっちかというと、キーファのお香のお蔭じゃ」
「ま、いいんじゃねーの。旅に出れたのはテレスのお陰ってこともあるし……」
 なんだかんだ言っても、テレスには魔剣でお世話になり、アリスにはミルズから脱出させてもらった。色んなことも教わった。
「そうだな。さあ、みんなでハウルールへ帰ろう」
 オレ達はそれぞれ頷くと、アリスのテレポートでハウルールへ飛んだ。



「キーファ、キーファじゃないか!」
 倒れていたのはフルールではなく、キーファだった。
「み、水を……」
 脱水症状をおこしているのであろう、顔は赤く、体は熱くなっていた。
「日陰へ」
 アリスに言われ、キーファを運ぼうとするがなかなか運べない。
「もう、仕方ないわね!」
 アリスは休むのにちょうどいい日陰まで走ると、そこからテレポートを使ってキーファの元へ戻ってきた。そして、キーファの腕を掴む。
「や、やめてくれー」
「助けてあげるのでしょ」
 アリスはテレポートを使い、さっきの日陰にキーファを移動させた。
「た、助かった……」
 キーファのその言葉には色々な意味が含まれていたに違いない……
 バックから水筒を取りだし、キーファに与える。
 喉を鳴らしながら、キーファは一気に水を飲み干した。
「あまり良くない水分摂取ですわね」
「喉が乾いていたんだ、仕方ないだろ!」
 アリスはむすっとした表情だ。
「別にいいですけど…… ところでなぜこんな所にいらっしゃるの?」
「別にいいだろ」
 顔を背けたキーファにアリスは「助けてもらってその態度とは、ご両親の顔が見たいですわ」と語った。
「うるせーっ! その親を捜してるんだよ! これで文句あるか!」
 アリスはきょとんとした顔で「そうでございましたの」と言った。
「で、旅のパートナーさんは?」
 キーファは口を尖らせると「いねえよ」と言い、アリスから二つ目の水筒を奪い取った。
 どうやら決まりを犯してまで、両親を捜す旅に出たようだ。
「馬鹿ですわね……」
「馬鹿とはなんだ! 馬鹿とは!」
「キーファ、あなたに真実を」

(真実?)

「キーファ、あなたの両親は……」
「両親は?」
 オレとキーファは固唾を飲んだ。
「クロスさんと私ですわ」
「はあ?」
 アリスは笑いを堪えている。
「嘘つくな!」
 怒るキーファに「本当ですわ」とアリスが言う。
「クロスさんに確認しましたの。あなたは私が旅立つ前に出産し、クロスさんに預けた子だって」
「いや、俺の両親は旅の冒険者だって…… だから、危険な場所に行くのに預けられたって……」
「半分本当で半分嘘ですわ」
 堂々と答えるアリスにオレもキーファも拍子抜けしてしまった。
「それじゃあ、テレスはキーファのおばあちゃんになるのか?」
 徐々に笑いが込み上げてくる。
「なんだよ、それ! 訳わかんねーよ!」
 キーファは一人で怒り続ける。
「おうち、ハウルールに帰って、クロスさんに確認すればよろしいですわ」
「イヤだ。絶対にイヤだ。俺の両親は旅の冒険者だあ!」
 叫ぶキーファにアリスが一言。
「諦めなさい」
 オレは笑いが止まらない。
 キーファに騙されたのは、すごく気分が悪かったが、今のキーファを見ていると、これほどオレのは酷くないって感じがしたからだ。
「おいフラウ、もう笑うなっ」
「うん、分かった分かった」
 笑いをなんとか堪えると、ハウルールへ帰りたがらないキーファを含め、まもなく辿り着くであろう、父さんの墓へと向かった。

 テレスがいないとこうも違うもなのか、進み具合が全くといって違う。
「やっぱり違いますわね。お母様がいないと」
「そうだな」
「気分が晴れ晴れしますわ」

(そっちか!)

「まあ、遅くとも三日も歩けば着きますわね」
 アリスはホントに晴れ晴れとした気分なのだろう、時折鼻歌やスキップが入る。
「そんなにテレスとの旅はイヤだったのか?」
 つい溢れてしまった質問にアリスは「そんなことないんですけどね」と答える。
そう言われると「そうなんだ」としか答えられなかった。

「あら、もう夕日が沈みますわ。ハウルールへ帰りましょ」
 アリスはオレを手招きすると、いつものショートカット機能でハウルールへ飛んだ。

「ただいまですわ」
「アリス、おかえり」
 腕によりをかけたのであろう、テーブルの上には色とりどりの夕食が乗っている。
「アリスが好きなものをいっぱい作ってみたんだ」
「ありがとうですわ」
 アリスはどれから食べようか目移りさせている。
「さて皆さん、席につきましたか?」
「はーい」
 ハウルールの子供達も一緒だ。
 以前はここにフルール、そしてキーファもいた。

(フルールはまだお墓の前にいるんだろうか)

「いただきまーす」と食べ始めたアリスに「夜も歩かないか?」と提案した。
 アリスはオレの気持ちを察したのか「そうですわねー」と考え始める。
「いや、それはダメです」
 慌てて反対したのはクロスだった。
「夜に女の子が出歩くなんて……」

(いや、見た目そうでも中身はおばさんだから……)

「もう、クロスったら大丈夫ですわ。私これでもミルズでずっと生活してきましたのよ」
「でも……」
「参りましょ、フラウさん。クロスにお母様、次に来る時はお墓に着いた時ですわ」
 アリスは席を立つとまたオレを手招きし、テレポートを使った。

 月明かりが眩しい草原に到着した。
「フラウさん、助かりましたわ」
「えっ?」
「クロスさんのお料理って、高カロリーなので、すぐに太ってしまいますの」
「そう?」
「ええ、私、彼と暮らしてからかなり太ってしまい、ミルズダイエットで今はこんなに理想の体形ですの」

(アリスにかかれば、さ迷う世界ミルズも、ダイエットするジムのようになってしまうのか……)

 アリスは今夜食べた分を消費させようと思ったのか「今夜はこのまま歩きましょう」と言ってくれた。こちらとしては願ったり叶ったりだ。
「でも、眠くなったら教えてくださいね」と付け加てくれた。そんなことを言われたら、優しかった母さんを思い出してしまう。
「大丈夫。眠くなんかならないさ……」
 数分もしないうちに、その言葉は完全に嘘になり、オレは目を擦りながら、迷子になったりしないようアリスの服を掴んでいた。
「眠いのでしょ?」
「いや、まだ眠くないっ」
 まるで大晦日の子供のようだ。
「分かりましたわ。私が眠いので今日はここで休みましょ。ちょうどいい木もありますし」
「もう…… しょうがないなぁ……」
 オレはアリスが用意してくれた寝袋に入ると記憶が遠退いていった。
「おやすみなさい……」
 アリスの声が途切れ途切れに聞こえた気がした。

 夜も歩いたお陰で、あと十キロない所までやって来ていた。
「もうすぐですわね」
「うん……」
 オレってやっぱり子供だな。疲れるとすぐに眠くなる。ミルズにいる時は平気だったのに。
 アクビをしながら歩くオレにアリスが笑う。
「なんだよ!」
「いいえ。やっぱり風に当たると疲れますものね」
 暑い日差しの中、時折吹く風は生暖かく、生臭い感じがした。
「海が近いのですね。潮の香りがしますわ」
 確かに、生臭いのに混じって潮の香りもする。
あまり深呼吸したくない風に体力を奪われていると、目の前に絶対と言っていいだろう、体力を奪われてた人が倒れていた。

(まさかフルール?)

 オレとアリスは顔を見合せ頷くと、その人の所まで走り出した。

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