雨はやむ(完)

 「いちかはね、双子の妹として産まれたの」
 「そうみたいだね」
私はうつむきながら答えた。
 叔母は大きく息をすると
「あなたのお父さん、お母さんはあなたを置いて村から出ていかなければならないことを抗議したわ。村から出ていくのは構わないけど、あなたを置いて行くなんて絶対に嫌だと。でも、村の人たちは誰一人許してくれなかった」
そう話した。
 涙をこらえた。叔母は話を続ける。
「あなたの家族は隣の市に住んでるの。村の決まりを覚えていれば、明日、あなたの姿を見に村の奥の小高い山に来るはず」
 叔母はそれ以上のことは話さず、奥の部屋に入って行った。

 私はこれからどうなるのだろう?私の家族は来てくれるの?叔母や友達にはもう会えなくなるの?

 布団に潜ってもいろんなことが頭をよぎって眠れない。
 外は徐々に明るくなっていった。

 「いちか様お迎えにあがりました」
 用意されていた純白の服に袖を通していると、村に住む長寿達が現れた。

 私は長寿達が担ぐやぐらに乗り、ユラユラ揺られながら村の奥にある洞窟の前まで連れていかれた。
 やぐらを担いでいない長寿達は洞窟の入口になる扉に手をかけた。一斉に扉を押し開く。
扉はミシミシいいながら開いた。
 扉が開くとまたやぐらは暗がりの中へ動き出した。暗がりの奥に光が見える。どんどん近づき光の中に入った。
「眩しいっ」
私は目を瞑る。そして再び目を開くと一面緑色の田があった。
「九月なのに?」
不思議だ。九月なら稲も黄金色になりつつあるのに。
 そんなことはよそに長寿達が私をやぐらから降ろした。あの建物に入るようしわしわの手で指を指す。
こくりと頷き建物に入った。

 お父さんとお母さんは来てくれていたのだろうか?

 今となっては分からない。
 そして儀式が始まった。


 あれから十四年。
 今年はいろんなことがあった。

 「一度ここに来たことがあるんだ」
 小高い山で出会った優しそうな笑顔の男はそう言った。
 「君に一目惚れしたんだ。結婚前提にお付き合いしてくれませんか?」
男の顔は太陽の光を浴びてキラキラ輝いている。
 男はそっと私の手のひら小箱をそっと置き
「返事はまた今度」
と去っていった。

 一度来たことがあるんだ……
 私のお兄ちゃんかもしれないんだ……

 翌週、男は緊張と笑顔を混ぜ合わせた表情で現れた。
 顔を合わせるとすぐに
「あなたと私は双子かもしれないから」
と言った。
 男は何も言わず去っていった。

 次に現れた男は『一佳』という名前だった。
 雨宿りで車に乗せてもらった時、免許証が助手席の足下に落ちていたのだ。

 名前も隣の市も誕生日も一緒。

 あの時、私は何も言えなかった。

 私はあなたの妹です。
 プレゼントありがとうございます。
 お父さん、お母さんは元気ですか?
 私は元気だと伝えてくださいね。


 私は大きく息をし、洞窟をじっと見つめた。
 あの暗闇の中からやってくる見知らぬ結婚相手が来るのを一人待ち続けた。

 お父さん、お母さんそしてお兄ちゃん。
私は今日、村の掟に従い見知らぬ人のもとに嫁ぎます……


 「はーい皆さん、これから全校集会をしますよ」

 「えーっ、もう帰れるんじゃないの?」

 私達、四年生のクラスはブーブー言いながら教室から体育館へと歩いた。
 体育館につくと他の学年はすでに並んでおり、早く帰りたそうにしていた。
私達のクラスもいそいそと並ぶ。

 壇上に人が立った。
いつもなら校長先生が立つ場所なのに、学校では見慣れない人が立った。一瞬ざわついた。

 村長だ。

 村長は壇上から私達を見渡し話を始めた。

 「皆さんは村のきまりを知っているかな?この村には『白神様』がいらっしゃいます。『白神様』がいらっしゃった家は繁栄し、素晴らしい恩恵をうけられるのです。」

 「何それ?」
 「おばあちゃんから聞いたことある」

子供たちはざわついたが、村長はお構い無しに話を続けた。

 「今年、いや明日、『白神様』は現れます。この村で男、女の双子で産まれたうちの女の子、その子が『白神様』となるのです」

 村長が私を見ているような気がした。

 「『白神様』になるには、齢が十になった日、村の奥の洞窟をくぐり、先代の『白神様』と過ごさなければなりません。齢が二五になった時、家の繁栄を願う者が迎えに行き、そのままその者の家に嫁ぐのです」

 「齢が十って、十歳だろ?四年生の誰かだ」

誰かが小声で言ってる。

 「まさか自分じゃないよね?」

 父も母も知らないし、ましてや双子の兄なんているかいないかなんて知らない。

 「いちか様、どうぞこちらへ」

村長は私を壇上へ上げた。

 何?どういうこと?私の頭の中に疑問がどんどん現れてきた。顔が青ざめる。急に不安になった。

 「白神っていうわりに、色が黒いじゃん」

 一人が大声で話した。
 私は暗くなるまで毎日外を走り回ったり、木に登って遊んでいた。おかげで女の子の欠片もなく、色黒なやせっぽちになっていた。クラスのみんなには『木炭』と呼ばれている。

 「『白神様』になんてことを!『白神様』は明日洞窟をくぐります。みなさん、少しの間お別れしましょう」

 呆然とした私を村長はぴったりと付き添い、叔母の家まで送り届けてくれた。今思えば逃げられないように見張っていたのかもしれない。

 叔母は私を赤ちゃんの頃から育ててくれている。いつもニコニコ微笑み、怒ったり泣いたりしているところを見たことがなかった。

 「いちか、もうお別れなのね」

 叔母は涙を堪えようと上を見上げていた。
 夢じゃない!現実だ!

 叔母は涙をためたまま微笑み、私の家族について話を始めた。

 

 『いちか』と出会った翌日、オレは家へと帰ってきた。

 「まさか、まさかね」
ひきつりながら笑っている。
 畳の上に寝転びながら天井を見つめ考えていた。
 答えは見つからない。
 もしかしたら父が知っているかも……
あり得ない期待をする。いてもたってもいられず、父がいるスミレの家に向かった。途中、父の好きなお菓子を買う。

 「あら、こんにちは」
施設長が声をかけてきた。オレは軽く会釈をすると
「父は?」
と尋ねた。施設長はフフッと微笑み
「元気いっぱいよ」
と答えた。

 父の居室近くまで来ると聞き覚えのある声が廊下を賑やかさせていた。
「ご飯はまだか」
「食べていない」
「早くしろ」
父の罵声だけがオレの耳の中に入ってきた。
目を瞑る。
 二年前と同じだ。ボケても一緒に暮らしていこうと心に誓ったが、鳴り止まないこの声、罵声にオレは逃げだした。
 大きく深呼吸をする。
「よし」
と気合いを入れるとドアをノックした。ドアを開ける。 父をなだめていた職員さんが
「こんにちは」
と微笑み、父に向かって
「息子さんがいらっしゃいましたよ」
と優しく声をかけた。
 セピア色をしていた瞳が徐々に黒い瞳に戻って行き、こちらを向いた。
「オレの息子」
泣き出しそうな顔で叫ぶ。
「父さん、元気だった?今日は父さんの大好きなお菓子を持ってきたんだよ」
手近にあった椅子を引き寄せて座り、お菓子を広げた。 職員さんは気を利かせてお茶を二つ用意してくれた。
 父はお菓子を一つ摘まむと大きな口を開けて食べた。「うまいなぁ」
父が微笑む。オレもつられて微笑んだ。
 お菓子は父が一人で全部食べてしまった。まだ足りないと不満そうな父。そんな父に『いちか』についてきいても何も分からないだろうと悟った。
「また、お菓子持ってくるからね」
と父に言う。
 お茶のコップを二つ持ち居室から出ると、施設の事務所に向かった。

「ごちそうさまでした。父をお願いします」
コップを置き帰ろうとすると、施設長が
「あの、この間服を持ってきてもらったばかりなんだけど」
と声をかけてきた。
 近頃の父はますます汚すことに拍車がかかり洗濯が間に合わず着る服がないとのことだ。

「まだあるかな?」
家に帰るとさっそく父の衣装ケースをあさった。一枚。また一枚。最後には衣装ケースごとひっくり返した。
 ひっくり返したケースを上に持ち上げると、古ぼけた見慣れない本が出てきた。
「なんだこれ?」
表紙は汚れていて読みにくかった。
「んーと、『し×○み村の掟について』」
伝説かなんかを詳しく書いてあるやつか?
 ページをめくろうとするがページとページが貼り付いている。開けたページも何かに滲んでなかなか読めない。
 滲んでいない文字をより集めて読んだ。

『双…産まれたなら一人…置いて村を出…いけ。
同じ血を混ぜ……よう名を二人で分け与えよ
その子、十まで育っ………に住まわ…よ
神……に行く姿……から見つめよ
……二五になりさ…嫁が…よ』

 開けたページの中で読めたのはこのくらいだ。
 本を閉じようとすると、本にはさまっていた紙が落ちた。
茶色く変色した紙は今にも破けそうだ。
そっと開いてみる。開いてみると二枚重なっていた。
 命名用紙だ。父の字でオレの名前が書いてある。

『一佳(かずよし)   平成〇年九月二五日生』

今日は九月二四日。明日はオレの誕生日だ。
ふと笑い、次の用紙を見た。こちらも命名用紙だ。父の字で書いてある。

『一佳(いちか)   平成○年九月二五日生』

 名を二人で分け。二五の誕生日。

 バラバラになっていたパズルのピースがあわさっていく。

 目の前が暗くなった。

 翌日、オレはまた父の好きなお菓子を持ってスミレの家に向かった。
 居室には昨日賑やかにしていた父はおらず、にこやかな父がいた。
 手近にあった椅子を引き寄せ座り、父にお菓子を渡す。
父はまた大きな口を開けて食べ始めた。
 「父さん、オレ、今日誕生日なんだ。それから『いちか』に会ったんだ。彼女は元気だったよ」
 そういうとオレは顔を父のベッドに埋めた。
 涙が溢れてきた。
 父はそんなオレを気にすることなくお菓子を食べ続けていた。

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