るいくらいふ。...and then, like a rolling stone.

米国留学から今日までの軌跡。途中いろいろ放浪していますが、最近は東京で落ち着きつつあります。映画、カメラ、旅、ダンスなどなど…毎日欲張りに、でもまったり生きています。のんびりと、お茶を片手にお付き合いください。

ドストエフスキーが好きな理由

ソクラテスはこう言った:
もっとも大切なことは、生きることそのものではなくて
善く生きること、美しく生きることである。
-----------------

例えば自分自身がふとした拍子にしてしまったとき
誰かがしているところを見てしまったとき
あぁ恥かしい、みっともない、情けない、と思う行為がある。

そこの感覚が近いか否か、は、
深く長い人間関係を結ぶ上でどれほど大切なことなのだろうか。
そして、より厳しい目を持つ人がいてくれるおかげで
どれほど自分自身を(多少なりとも)律することが出来ただろうか。

そのあたりの感覚は、ずいぶん古風だ、なんて人は私のことを言うけれど
結局は人間としての高潔さに関わってくる問題だと思う。

今この時代において、そこに価値を見出す人は少ないのかもしれないが。

高潔であらんことを軽視されるようになったのはいつからなのだろう。
美しくあらんことを見下されるようになったのはいつからなのだろう。


前に出るとき、後ろに控えるとき。
時機を正しく判断する、慎み深い女性でありたい。

それが私にとって、美しいということ。

永劫回帰という恐ろしさ

なぜこんなにも苛立っているのか、その理由が分かった。

ニーチェは言った。
世界は一度きりではなく、全ての瞬間がまったく同じに永久的にくり返されるのだから
何気ないしぐさのひとつひとつが、とてつもなく重い存在になる、と。

そこでクンデラは言った。
我々の人生はたった一度のことなのだから、ならば人生に何の意味があるのだろう、と。

だが、本当に重さは恐ろしく、軽さは美しいのだろうか?
このうえなく重い荷物は私たちを圧倒し、屈服させ、地面に押しつける。
だが、あらゆる世紀の恋愛詩では、女性は男性の身体という重荷を受け入れたいと欲するのだ。
だから、このうえなく重い荷物はまた、このうえなく強烈な生の成就のイメージにもなる。
荷物が重ければ重いほど、それだけ私たちの人生は大地に近くなり、ますます現実に、そして真実になるのである。逆に、重荷がすっかりなくなってしまうと、人間は空気よりも軽くなり、飛び立って大地から、地上の存在から遠ざかり、もうなかば現実のものではなくなって、その動きは自由であればあるほど無意味になってしまう。

ミラン・クンデラ「存在の耐えられない軽さ」より


その重さが怖ろしくて、逃げたくなる。今はその衝動に駆られているのだ。
だけど逃げることを許してくれないのが永劫回帰。

「軽さと重さなら、私は重さをとる。」
そう言い切った昔の私は、一体どこに行ったのだろう?


…そう言いつつ、やはり私は重さに憧れる。

深夜の雪

あたたかいガスだんろの火は
ほのかに音を立て
しめきつた書斎の電燈は
しづかに、やや疲れ気味の二人を照す

宵からの曇り空が雪にかはり
さつきまどから見れば
もう一面に白かつたが
ただ音もなく降りつもる雪の重さを
地上と屋根と二人のこころとに感じ
むしろ楽みを包んで軟かいその重さに
世界は息をひそめて子供心の眼をみはる

「これみや、もうこんなに積つたぜ」
と、にじんだ声が遠くに聞え
やがてぽんぽんと下駄の歯をはたく音
あとはだんまりの夜も十一時となれば
話の種さへ切れ
紅茶もものうく

ただ二人手をとつて
声の無い此の世の中の深い心に耳を傾け
流れわたる時間の姿をみつめ
ほんのり汗ばんだ顔は安らかさに満ちて
ありとある人の感情をも容易くうけいれようとする

又ぽんぽんぽんとはたく音の後から
車らしい何かの響き

「ああ、御覧なさい、あの雪」
と、私が言へば
答へる人は忽ち童話の中に生き始め
かすかに口を開いて
雪をよろこぶ
雪も深夜をよろこんで
数限りもなく降りつもる

あたたかい雪
しんしんと身に迫つて重たい雪が

(高村光太郎「知恵子抄」より)


光太郎と知恵子の恋の始まり。


欲しかったのは、暖かい雪の重さ。
ただそれだけだったの。

22℃の五月の暖かい雨の中、そんなことを思う。

どさくさに紛れて、ガソリン税廃止公約を廃止。

民主党の公約から、暫定税率廃止がいつの間にやら削除されておりました。
そのほかにも、公約案骨子の変更↓↓

民主党の財政・社会保障公約案骨子
 1、来年度以降3年間は中期財政フレームに沿って財政を運営
 1、その後、抜本的な税制改革(消費税を含む)をできるだけ早急に実施
 1、財政健全化基本法の今国会制定を目指す
 1、子ども手当は満額支給するが、保育施設充実など現物支給も検討
 1、日本年金機構を廃止、機能を国税庁に統合し歳入庁設置を検討
 1、ガソリン税など暫定税率廃止の公約を削除(2010/05/06-21:14)

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010050600971

どこへ行く、日本政府。どうなる、日本の石油業界。

注:今回の日記はあくまでも個人の感想です。
所属する会社の経営方針とは何ら関係ありません。

http://www.meti.go.jp/committee/materials2/data/g100409aj.html

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=620110012&Mode=0

4/9(金)、経済産業省(METI)にて石油分科会なるものが開催された。
その際に利用された資料等が、昨日12日付けでMETIのHPにupされたが…
Big surpriseすぎて、乾いた笑いしか出てこなかったよ。

まさかの日本国政府が、石油業界に対して干渉を行う意図がある旨を発表した。

上記リンクは、石油分科会で採用されたマテリアルと、「原油等の有効な利用に関する石油精製業者の判断の基準」について意見募集の記事。

METIは「石油精製業者が対応すべき措置(案)」として
1) 現在のエネルギー需要を鑑みるに、今後日本の石油精製業者は重質油分解装置の装備率をあげる必要がある。
2) 目標は、装備率を2013年までに13%程度に引き上げること(現状10%)
を、省令に盛り込むとしている。

OK,これからはオイルサンドや超重質油がメインとなることを考えれば、重質油分解装置が必要なのは認めよう、でも、なぜ各工場における重質油分解装置の%を国に指定されなければならない?なぜその%に満たなかった際には、国にペナルティーを支払わなくてはならない?

ペナルティー回避のために、requirementにミートしようとすると
装備率=(重質油分解装置の処理能力)/(常圧蒸留装置の処理能力)
を3%引き上げるしかない。
そのためには石油会社が取れる方法は二つだけ。つまり

・分子の増大=重質油分解装置の新設もしくは増設
・分母の減少=常圧蒸留装置(通称トッパー)の削減

だけど製油所の現実問題、前者はほとんど不可能だ。
そもそも重質油分解装置を作るほどの場所が余っていない。
投資するにしても、1,000億単位のお金が必要となる。
この不景気・国内のdemandが伸びない将来図の中で、誰がやるというのだ?

結局のところ、METIの目的は後者、トッパーの削減(というのが業界の理解)

細かい話は端折るが、METIの言う「石油精製業者は適切に対応せよ」に従うと、最終的に、日本の石油精製工場は全体として1/3から半分程度、消えてなくなるだろう。

装備率の計算自体は、データさえあれば小学生でも出来る計算だし、少し細かくみれば、どこの石油会社がどれだけトッパーを止めなくてはならないかも計算できる。うがった見方かもしれないが、政府がある幾つかの特定の石油会社にプレッシャーをかけたがっているようにも見える。

…いや、正直なところ、実際にプレッシャーをかけるべき石油会社を想定した上でなければ、重質油分解装置の装備率向上なんてフレーズは出てこなかったと私は考えている。

どこをターゲットにしているのか、そんなもの明白だ。
(気になるアナタは、是非公表数字を元に計算してみて下さい)

これは、政府の、石油業界への介入である。
政府の望む業界再編を進めるための布石である。
これから石油業界が厳しい時代に入ると言われている。ならば、そのまま淘汰が進むのを待つのが資本主義ではないのだろうか。弱ければ負ける。強ければ勝ち残る。なぜそこに政府が手を入れるのか、なぜそれが許されるのか?省令により工場の閉鎖が決定したら、雇用はどうなる?国がそこで働く人たちに何が出来るというのだ?株価はどうなる?株主に対してどう責任を取るというのだ?

はてさて。
一応これは、まだ政府の分科会が考える(案)にすぎない。
だけどこんな案がまじめに討論されて、もしも、もしも省令になったときに、これに異を唱えるマスコミ、経済学者、ビジネスマンがどこまでいるのだろうか。

笑い事じゃないよ。そりゃ石油はある種特殊な業界だけど
あの業界に政府が介入したけど、まぁうちの業界は大丈夫、なんて誰が言いきれる?

3年目の正念場。

◆社会人も3年目になりました。

相変わらず新人さんはきません。
3年目の正直。今年は誰か採用してください。

3年目になって、任される仕事は、量も増えたし責任も倍増。

今年はうちの業界の正念場。
私たちの船がどこに向かっているのか、誰もわからないけれど
沈没するなら、私が沈没させたい、と本気で思う。

今年は、部のinterestだけでなく、全体を俯瞰しながら物事を進めていく
そんなリーダーシップを発揮することを目標にする。
木を見て森を見ずになりがちだからこそ、常に大きな流れに着目し続けよう。


◆ウズベキスタン・フェルガナ地方で147名の子どもがHIVに感染

ウズベク留学の友人の日記より。
http://www.ferghana.ru/news.php?id=14089&mode=snews%25D0%25BF%25D1%2580%25D0%25BE%25D1%2584%25D0%25B8%25D0%25BB%25D0%25B0%25D0%25BA%25D1%2582%25D0%25B8%25D0%25BA%25D0%25B5%2520%25D0%2592%25D0%2598%25D0%25A7/%25D0%25A1%25D0%259F%25D0%2598%25D0%2594%25D0%25B0

英語のダイジェスト版はコチラ
http://enews.ferghana.ru/article.php?id=2611

フェルガナの文字を見た瞬間、二人の友人の顔を思い出した。
記事を読んだら、事件が起きた街はナマンガンだった。
そこは留学時代の恋人の美しき故郷。
彼の家族と弟たちが今も住んでいる街。

これが例えばアフリカのどこかだったら、私は正直、何も感じなかっただろう。
残念ながら、そこまで世界に対してシンパシーを持っているわけではないみたいから。
ただ友達や大切な人、そして彼らの大切なものは、私にとっても同じように大切にしたいだけ。

世界を旅する意味はそこにあると思う。
世界を歩いて、話して、友達になって、物事を相対化していく。
多様な価値観を受け入れていく。
少数の価値観を絶対視していては、いつまで経っても争いはなくならない。
でも、友達になったら、戦争なんて出来ないでしょ?

注射器の使いまわしでHIVに感染「させられた」ナマンガンの子どもたち。
時代は2010年。21世紀になってもう10年経つというのに、なんと痛ましい事件だろう。

起きてしまったことは仕方ない。
だけどココから、どう対策が打てるか。
私はこのウズベキスタンに対して何が出来るのか。

結局のところ、私はやはりウズベキスタンという国が好き。
それが結論。

あの国の人たちが好き。歴史が好き。食事が好き。
アメリカ留学の一年より、ウズベクの短い経験のほうが私には換えがたいもの。

私は、私の手の届く範囲を平和にしたいだけ。
世界平和を願うほど人間は出来ていないし、そんな大きな世界は実感できない。
そもそもそんなことは詭弁だ、なんて思っちゃっているし。

だけどarms lengthの範囲内は大切にしたいだけ。
そしてウズベキスタンは、私にとってarms lengthの内側なのです。


今年は私の働いている業界は正念場を迎えるだろう。
それが終わったら、この業界は新しいフェーズに入るのだと思う。
その時こそが、私がこの会社との関係を見直すべき時だと思っている。

これまで出会った人々、ポートランド、韓国、ウズベキスタン、UWED、石油、ファイナンス、資源業界、M&A、ロシア語、economics、イスラーム、日本舞踊、社交ダンス、芸術、グローバル企業、映画、MBF。

今の私を構成する/私が他人よりちょっと誇れるキーワードがこれらだとしたら、これらを一旦集約し、さらに発展させ、私は楽しいし、arms lengthで大切にしたい人々もハッピーになるような仕事・人生。
一年後に今の会社との関係を見直すとき、片手にはそんな仕事や人生の具体的な戦略を持っておこう。

サロンなんて緩やかなことは、まだ早いのかなと思う。
もっと泥臭く生きてもいいのかな、なんて。


…そうか、最後にウズベクを訪れてからもう一年も経つのか。
長かったような、あっという間だったような。

あれからみんな、どんな一年を生きてきたのだろうか。
またウォッカ片手に、踊りながら、みんなと語りたい。

引越しました。

仕事がかなり切羽詰っている中、急遽引越しをすることになったのが2月の始め。
物件探しやら何やらで、この1ヶ月、落ち着く日がなかったのですが
本日、無事に引越しが終わりました。

引越当日で休暇をもらっているにも関わらず、普通に仕事をしていた(そしてこれから仕事に戻る)私はやはりワーカホリックなのでしょうか。単に仕事が遅いのでしょうか。笑。

地元にいるときは引越しに憧れて憧れて仕方なかったけれど
考えてみれば、東京に来てから6年の間に5回も引越しをしたのですね。
そりゃ業者のおじさんに誉められるくらいパッキングも上手になります。

転勤か結婚でもない限り、この家にずっと住む予定です。
今後は麻布十番界隈が地元になりますので、近くに来た際は是非是非お声がけください。
仲の良い友人が揃いも揃って住んでいるので、これから夜も休日も楽しくなりそうです。むふふ。


さ。
結構身体が大変なことになっているけれど、ムチ打って、仕事に行きます。。。

2010 Oscars Nominates

明日のお昼過ぎにはすべて発表です…わくわく(・∀・)

作品賞[Best Picture]
●Avatar/アバター
●The Blind Side/しあわせの隠れ場所
●District 9/第9地区
●An Education/17歳の肖像
●The Hurt Locker/ハート・ロッカー
●Inglourious Basterds/イングロリアス・バスターズ
●Precious/プレシャス
●A Serious Man/シリアス・マン(原題)
●Up/カールじいさんの空飛ぶ家
●Up in the Air/マイレージ、マイライフ

主演男優賞[Actor in a leading role]
●ジェフ・ブリッジス『Crazy Heart/クレイジー・ハート(原題)』
●ジョージ・クルーニー『Up In The Air/マイレージ、マイライフ』
●コリン・ファース『A Single Man/シングル・マン(原題)』
●モーガン・フリーマン『Invictus/インビクタス/負けざる者たち』
●ジェレミー・レナー『The Hurt Locker/ハート・ロッカー』

主演女優賞[Actress in a leading role]
●サンドラ・ブロック『The Blind Side/しあわせの隠れ場所』
●ヘレン・ミレン『The Last Station/ザ・ラスト・ステーション(原題)』
●キャリー・マリガン『An Education/17歳の肖像』
●ガボレイ・シディビー『Precious/プレシャス』
●メリル・ストリープ『Julie & Julia/ジュリー&ジュリア』

助演男優賞[Actor in a supporting role]
●マット・デイモン『Invictus/インビクタス/負けざる者たち』
●ウディ・ハレルソン『The Messenger/ザ・メッセンジャー(原題)』
●クリストファー・プラマー『The Last Station/ザ・ラスト・ステーション(原題)』
●スタンリー・トゥッチ『The Lovely Bones/ラブリーボーン』
●クリストフ・ヴァルツ『Inglourious Basterds/イングロリアス・バスターズ』

助演女優賞[Actress in a supporting role]
●ペネロペ・クルス『Nine/NINE/ナイン』
●ヴェラ・ファミーガ『Up In The Air/マイレージ、マイライフ』
●マギー・ギレンホール『Crazy Heart/クレイジー・ハート(原題)』
●アナ・ケンドリック『Up In The Air/マイレージ、マイライフ』
●モニーク『Precious/プレシャス』

監督賞[Directing]
●ジェームズ・キャメロン『Avatar/アバター』
●キャスリン・ビグロー『The Hurt Locker/ハート・ロッカー』
●クエンティン・タランティーノ『Inglourious Basterds/イングロリアス・バスターズ』
●リー・ダニエルズ『Precious/プレシャス』
●ジェイソン・ライトマン『Up In The Air/マイレージ、マイライフ』

長編アニメ賞[Animated Feature Film]
●Coraline/コララインとボタンの魔女 3D
●Fantastic Mr. Fox
●The Princess and the Frog/プリンセスと魔法のキス
●The Secret of Kells/ブレンダンとケルズの秘密
●Up/カールじいさんの空飛ぶ家

外国語映画賞[Foreign Language Film]
●Ajami(イスラエル)
●The Milk of Sorrow(ペルー)
●Un Prophete(仏)
●El Secreto de Sus Ojos/瞳の奥の秘密(アルゼンチン)
●The White Ribbon/白いリボン(独)

脚本賞[Original Screenplay]
●The Hurt Locker/ハート・ロッカー
●Inglourious Basterds/イングロリアス・バスターズ
●The Messenger/ザ・メッセンジャー(原題)
●A Serious Man/シリアス・マン(原題)
●Up/カールじいさんの空飛ぶ家

脚色賞[Adapted Screenplay]
●District 9/第9地区
●An Education/17歳の肖像
●In the Loop/イン・ザ・ループ(原題)
●Precious/プレシャス
●Up in the Air/マイレージ、マイライフ

美術賞[Art Direction]
●Avatar/アバター
●The Imaginarium of Doctor Parnassus/Dr.パルナサスの鏡
●Nine/NINE/ナイン
●Sherlock Holmes/シャーロック・ホームズ
●The Young Victoria/ヴィクトリア女王 世紀の愛

撮影賞[Cinematography]
●Avatar/アバター
●Harry Potter and the Half-Blood Prince/ハリー・ポッターと謎のプリンス
●The Hurt Locker/ハート・ロッカー
●Inglourious Basterds/イングロリアス・バスターズ
●The White Ribbon/白いリボン

衣装デザイン賞[Costume Design]
●Bright Star/ブライト・スター(原題)
●Coco Before Chanel/ココ・アヴァン・シャネル
●The Imaginarium of Doctor Parnassus/Dr.パルナサスの鏡
●Nine/NINE/ナイン
●The Young Victoria/ヴィクトリア女王 世紀の愛

編集賞[Film Editing]
●Avatar/アバター
●District 9/第9地区
●The Hurt Locker/ハート・ロッカー
●Inglourious Basterds/イングロリアス・バスターズ
●Precious/プレシャス

メイクアップ賞[Makeup]
●Il Divo/イル・ディーヴォ
●Star Trek/スター・トレック
●The Young Victoria/ヴィクトリア女王 世紀の愛

作曲賞[Music (original score)]
●Avatar/アバター
●Fantastic Mr. Fox
●The Hurt Locker/ハート・ロッカー
●Sherlock Holmes/シャーロック・ホームズ
●Up/カールじいさんと空飛ぶ家

オリジナル歌曲賞[Music (original song)]
●"Almost There"『The Princess and the Frog/プリンセスと魔法のキス』
●"Down in New Orleans"『The Princess and the Frog/プリンセスと魔法のキス』
●"Loin de Paname"『Paris 36/幸せはシャンソニア劇場から』
●"Take It All"『Nine/NINE/ナイン』
●"The Weary Kind"『Crazy Heart/クレイジー・ハート(原題)』

音響賞(録音賞)[Sound Mixing]
●Avatar/アバター
●The Hurt Locker/ハート・ロッカー
●Inglourious Basterds/イングロリアス・バスターズ
●Star Trek/スター・トレック
●Transformers: Revenge of the Fallen/トランスフォーマー リベンジ

音響編集賞[Sound Editing]
●Avatar/アバター
●The Hurt Locker/ハート・ロッカー
●Inglourious Basterds/イングロリアス・バスターズ
●Star Trek/スター・トレック
●Up/カールじいさんの空飛ぶ家

視覚効果賞[Visual Effects]
●Avatar/アバター
●District 9/第9地区
●Star Trek/スター・トレック

ドキュメンタリー賞[Documentary Feature]
●Burma VJ
●The Cove
●Food, Inc.
●The Most Dangerous Man in America: Daniel Ellsberg and the Pentagon Papers
●Which Way Home

ドキュメンタリー短編賞[Documentary Short Subject]
●China's Unnatural Disaster: The Tears of Sichuan Province
●The Last Campaign of Governor Booth Gardner
●The Last Truck: Closing of a GM Plant
●Music by Prudence
●Rabbit a la Berlin

実写短編賞[Live Action Short Film]
●The Door
●Instead of Abracadabra
●Kavi
●Miracle Fish
●The New Tenants

アニメーション短編賞[Animated Short Film]
●French Roast
●Granny O'Grimm's Sleeping Beauty
●The Lady and the Reaper
●Logorama
●A Matter of Loaf and Death/ウォレスとグルミット/ベーカリー街の悪夢

ウズベキスタンへ行かれるみなさまへ

最近、仕事・旅行等でウズベキスタンに行かれる方から、質問されることが増えてきましたので、こちらでまとめてお答えいたします。あくまでも、2007-08年の留学、および09年GWに旅行した際の個人的な記憶を頼りに書いていますので、実際と異なる点があった場合もご容赦ください。

◆言語について

私はタシケントにある世界経済外交大学という大学に留学しましたが、そこで出会った大学生達は、たいてい母語、ロシア語、英語、大学で学ぶ言語(留学先の大学では、ドイツ語、日本語、韓国語が人気でした)の4ヶ国語を話しました。

母語は、民族・地域によって違います。
首都タシケントではウズベク語を話す人が多いですが、ウイグル語やタジク語などが母語のため、ウズベク語はわからないという人もいました。特に地域がずれると、母語も大きく変わるようです。東部ナマンガン出身の友人は、南部サマルカンドに行ったとき、現地の子供の言葉が理解できないと言っていました。また、ウズベクは予想以上に多民族国家で、ロシア人、中国人、朝鮮人が混じっていますので、それだけ母語もバラエティー豊かになります。仕事をするならば、やはり共通語になるロシア語が必要かと思われます。

91年の独立以降に学校に通った人は、基本的にロシア語が出来ると聞きました。
上述の通りの多民族国家のため、学校教育はロシア語で行うからです。

ウズベクは農業と鉱業で持っている国ですので、高等教育を受けるよりも就業する人のほうが多いらしく、大学を出るのはかなりのエリート層になるらしいです。(世界経済外交大が特にトップ大学の自負が強かったのかもしれません。)
逆に戦争や旧ソ連支配時代によって学問を受ける機会がなかった人は、ロシア語や英語をあまり理解しないらしいです(町の市場の売り子さんなど。サマルカンド等、観光地は別ですが。)

◆語学学習について

私の使っていたウズベク語の教科書は、青い表紙の「ウズベク語初級」です。
辞書は、タシケントの本屋さんで、ウズベク語ー露語ー英語辞書を5,000cym(スム)で購入しました。
ロシア語は授業では大学書林の「基礎ロシア語」を使っていましたが、これは自習には向きません。自習用には「NHK新ロシア語入門」がオススメです。
ロシア語は、辞書を引けるようになるまでが大変と言われています。まずはNHK新ロシア語入門で学び、辞書が引けるようになってから(=格変化等を理解してから)露日辞書を選ぶのが良いと思います。いくつか出版されていますので、使いやすそうなものをご自分の目で選んで確かめてください。

電子辞書は使わない字引派ですが、ある友人はロシアで英・露の電子辞書を購入し、留学中とても便利だったと言っていました。現在、カシオから露版が出ているらしいです。

◆食事情について

私自身、ずいぶんと変な国ばかり旅してきましたが、アマゾンの森の奥に入った時に初めて体調を崩しただけという強靭な胃腸の持ち主なので、ほとんど参考にならないかもしれません…笑
ウズベク料理に使われる綿花油なるものが、日本人の胃腸にヒットするらしいです。
この綿花油を分解する酵素を、日本人は元々持っていないらしいので、諦めてください。綿花油を使わないで、と言えば普通レストランは快く対応してくれます。
また、全体的に油の多いこってりした料理が多いため、特に旅行中はあれもこれもと食べすぎては、胃が疲れてしまうかもしれませんのでお気をつけください。

ウズベク料理もロシア料理も、野菜がふんだんに使われており、日本人が食べたがる野菜はほぼあります。生活するにも、自炊すれば和食も作れると思います。また、フルーツの種類も豊富で、何より安いです。春はイチゴ、夏はメロン、スイカ。市場に果物がこれでもか!と並ぶ風景は、見ているだけで楽しくなりますよ。
陸続き&シルクロードの長い歴史のためか、マントゥと呼ばれる水餃子や、ラグモンと呼ばれるトマトベースのうどん(?)、サムサというパイ(インドのミートパイ・サモサとそっくり)など、比較的東・南アジアの影響も受けています。
私はパンプキン・サムサやポテトのサムサ、ノン(ウズベクの伝統的パン)、プロフ(ウズベクの人参ピラフ)が好きすぎて、そのためだけにウズベクに行きたいくらいです。

とはいえウズベク料理に飽きたときには、朝鮮系の市場に行ってはキムチを購入したり、近くの朝鮮料理屋さんに出かければ、ご飯を食べることも出来ます。

◆2,3月の服装について

冬はマイナスどこまでいくの?というくらい寒いけれども、夏は夏で、日本より暑かったりします。乾燥しているのでベタベタしませんが、喉をヤラレます。
07年末はここ数年で最も寒かった(マイナス40度までいったとか)と言われていますが、明けて08年の2,3月は、まだ雪は残っていましたが、そこまで厚着しなくても大丈夫でした。私は東京で着る冬の格好に、一枚フリースを羽織って、くらいの格好でテクテク歩いていました(当方、かなりの寒がりですが)ニットの上にダウンジャケットを羽織れば十分かと思います。ただ雪があるので、足元はブーツが良いのでは。コンバースのローカットではさすがに底冷えしてきました。
タシケントは、4月も中旬を過ぎれば、一気に暖かくなります。4月下旬には20度を越えるどころか、30度近くまで気温があがり、暑かった覚えがあります。普通にTシャツ一枚で歩いている友人がいましたが、昼間ならそれも納得な暑さでした。

◆移動手段について

タシケントは街自体それほど大きくないので、中心地に宿を取れば歩き回ることも十分可能です。さすがに新市街と旧市街の間は、歩くよりも地下鉄を利用することをオススメしますが。
バスも走っていますが、あれは街の地図が頭に入っていないと難しいし、料金のシステムがイマイチ理解できないため省略(笑)

* 地下鉄

タシケントは、中央アジアで唯一地下鉄を持つ街です。
料金は、留学中は250cymで1コインだった覚えが…(最早うろ覚え)窓口でプラスチック製のチープなコインを購入します。料金は一律で、自動改札機っぽいものにコイン一つ入れば改札を通れます。朝などは通勤者で窓口が混むので&日本人は素直に列に並んでしまって中々購入できないので、暇そうな時にまとめてコインを購入しておくのが良いかと。最近地下鉄代がとても値上がりしているそうですが。

ちなみに、地下鉄内は有事のための軍事施設の一つのため、写真が一切撮れません(撮るとカメラを没収orデータデリートです)カメラをぶら下げて歩いているのも少し危ないかも。ただ、旧ソ連圏では、地下鉄構内を芸術品で飾る風習があり、タシケントの構内も美しいモザイクや彫刻で彩られています。一律料金なのをいいことに、全部の駅の飾りを見て回ったくらいです。社会主義的リアリズムなので、興味のない人には面白くない絵・彫刻かもしれませんが。

* タクシー

街でタクシーを拾うのは、ウズベク語が話せない人間には無理です。
実のところ、いわゆるタクシーは存在せず、ただ道路で手を上げて待つと、もれなく普通の人が止まってくれます。いわゆるヒッチハイクです。そこでガツッとドアを開けて「アッサラームアレイコム(こんにちは)…」から始まる値段交渉。OKならかなり安く乗せてくれますが、断られることもしばしば。観光地以外のウズベキスタンでタクシーに乗れるかどうかは、ウズ語能力次第です。

* タシケント空港から市内への移動について

えー…っと、ぼったくられます(笑)
上述のタクシーが沢山待ち構えてますが、要交渉。空港に集まっているおじさんたちは一応英語は話せます。が、英語しか話せない旅行者相手では、そりゃもう吹っかけてきます。市内まで$5で行ければ優秀だと聞いたことがあるくらいです。

もしタシケントに知り合いがいれば、素直にお迎えを頼むほうが良いでしょう。
私は毎度お願いしていますが、一度友人が仕事で迎えに来られなかった時には、代わりにその友人の友人(面識なし)が迎えに来てくれていました。ウズベク人は仲間意識が強いジェントルマンが多いので、危険はほとんどありません。

* サマルカンド・ブハラ・ヒバへの行き方

タシケント・サマルカンド・ブハラ間は「思い立ったが吉日」的に行けます。
3都市は三角形のような位置関係で、それぞれ毎日電車が走っていますし、各都市間の乗車時間も8時間程度ですから。一等車を予約してもそれほど高くはありません。
ただし、ヒバは計画をきちんと立てないと、なかなか辛いものがあります。
(09GWに、突然思い立ってヒバまで行ったときの反省です↑↑)

行きは、夜6時半タシケント発の列車でウルゲンチに向かいました。
このブログに書いた記録によると、4人のコンパートメントで、27,000cym.(およそ2,500円くらい。)
チケットは早めの購入をオススメします。前日に行っても、チケットオフィスが明いていない可能性もありますし。どうしてもウズベクのオフィスは、まだまだ旧ソ連時代のお役所仕事然としているところが抜けないので、どこに行っても大抵冷たい対応をされますが、購入時は、ロシア語がわからなかったら、周りにいるウズベク人を巻き込んで通訳してもらってください。

コンパートメントといっても個室ではありません。シベリア鉄道の写真を見ていただくのが一番イメージが湧きやすいと思いますが、間仕切りの中に硬いベッドが上下二段で計四つ並んでいるだけです。通路を挟んで向かい側には、一見二人がけのテーブルセットが、と思いきや、それも夜にはベッドに変身します。車内販売などないことを知らず、私は何も持ち込まなかったのですが、同じ部屋になった家族連れがノンやチャイ(紅茶)、トマト、セサミ、きゅうり、チョコなど、持っている食事を全て分けてくれました。当時は片言のロシア語とウズベク語でしか話せなかったけれど、あの時の感謝は忘れられません。

ウズベキスタンでは、女の子が一人で旅行することが社会的にありえないので(夜に女子学生が学校から家に帰るだけでも、男子が何人かで家まで送り届けるくらい)、外国人の私が、言葉もわからないのに一人で夜を越す旅をしているのが相当目立っていたらしいです。
おかげで英語がわかる学生が何人か通訳に呼ばれ、何組かの家族連れに暖かく迎えてもらいました。みんなが珍しがって、寝たくても寝させてもらえなかったくらいです。なお、電車の中だけで、2人からプロポーズされました。仲良くなったおじさんからは、俺の息子は医者なんだが、嫁がないか?と言われました。
電車は翌日の昼1時過ぎにウルゲンチに到着。電車の遅れはあまりありません。

ウルゲンチからヒバへは、タクシーしか手段がありません。そのためウルゲンチ駅の外は、タシケント空港よりもひどい混雑。もし車内でヒバ出身のウズベク人と仲良くなったら、一緒に連れて行って、とお願いするのが得策です。
タクシーを使う場合は、必ず事前の値段交渉を。私はウルゲンチ駅でタクシーを拾うとき、何故かすっかり交渉のことを忘れており、ヒバの世界遺産イチャン=カラを目の前に、泥沼の事後交渉をやらかしました。ウルゲンチ駅からヒバまで、2-3時間かかったと思いますが、最初は$50からスタート。結局$12で手を打ちましたが、本当は$10もいかないと思います。ガイドブック等を読んで、適切な値段で交渉してください。

ヒバには確か3日滞在したと思いますが、帰りはさすがに疲れて、ウルゲンチ空港からタシケントまで飛行機で帰りました。
きちんと計画を立てず、とりあえずウルゲンチ空港のチケットオフィスに確認に行ったついでにチケットを取ったので、詳しいことは覚えていないのですが…確か週に2-3便、飛んでいたと思います。私は急遽金曜にタシケントの大学に行く用事が出来たので、かなり無理を言って木曜の夜のフライトをブッキングしましたが、直前の予約は本来出来ないそうです。また、正規チケットだからだと思いますが、費用は予想以上に高かった覚えがあります。一万五千円くらいしたかな?
こちらも可能ならば事前に日本で予約しておいたほうがいいと思います。航空券はウルゲンチ空港まで行かないと購入できないとのことだったので、ヒバ滞在中にタクシーと交渉→空港まで行きチケットオフィスでもめる→タクシーでヒバのホテルまで戻る、ことになりました。
ちなみに、通常日本の旅行社のツアーでは、初日にタシケント空港に到着したら、すぐに飛行機でウルゲンチに行き、ヒバを観光した後、順々にブハラ→サマルカンド→タシケント、と電車で戻ってくるらしいです。
For your tip, ウズベクで働いている日本人が言うに、機内でフライトアテンダントに少し賄賂を贈れば、ビジネスにupgradeしてくれるそうです(爆笑)

◆宿について

* タシケント

んー、私は大学近くのホテルに泊まっていたので、なんともいえませんが…
都合がいいのはホテル・ウズベキスタンのあたりでしょうか。場所としてはアムールティムール広場の周り、最寄は地下鉄ティムール駅。近くには他にもプチホテルがいくつかあったと思います。
デデマンは中東エリアによくあるトルコ資本のホテルで、日本人もゆっくりできると思いますが、それなりな値段がしますし、タシケントではビジネスエリアにあって、あまり観光しやすい場所ではないかもしれません。
安宿なら、探せばいくらでもありそうですが、滞在証明書をきちんと発行してくれるホテルに泊まってください。友人宅や出会った人の家に招かれることもよくありますが、個人宅では証明書を書いてもらえないので。

* サマルカンド

サマルカンドでは…マリカ・ホテルに泊まりました。ウズベキスタンで有名なチェーンホテルです。サマルカンドは歩いても観光できますが、車があったほうが観光に便利な街です。そのため、ホテルは多少遠くてもガイドさんにお迎えを頼みました。

* ブハラ

ブハラでは、ホテル・アジアに泊まりました。大型ホテルの、これも確かチェーンだったと思います。旧市街に近く、ホテルの設備も期待以上で、思い出深いのホテルです。
ホテル・アジアよりも旧市街から少し離れると、昔のブハラ様式を残す住宅をホテルに改装して観光客にopenにしている宿もあります。そちらはずいぶん値段が抑えられるようでした。私は夕食だけお邪魔しましたが、家族経営の民宿のようで、雰囲気がとても良かったです。

* ヒバ

ヒバでもマリカ=ホテルに宿泊しました。イチャン=カラ西門の正面で、ホテル内の矢倉からイチャン=カラを見ることが出来ます。イチャン=カラは街自体が世界遺産のため、夜でも門が閉まることはなく、私は夜中も、そして早朝も、誰もいないイチャン=カラをふらふら歩いていました。あの贅沢は代えがたく、そのためだけにもイチャン=カラ近くの宿を取ってほしいと思います。観光客の玄関口になる西門は高いホテルが多いようでしたが、少し南や東にずれれば、もっと安い宿がありました。また、イチャン=カラ内にも宿はいくつかありました。

ウズベクのホテルは、ウズベク人&ロシア系料金と観光客料金が全然違います。また、物価がどんどん跳ね上がっていることもあり、ガイドブック等の料金は信じてはいけません。09GWに行った際には、ウズベク人料金が15,000cym(1,500円程度)のタシケントのホテルが、観光客料金は$60でした。半年前に友人が同じホテルに泊まった際には$35だったらしく、物価上昇にはただただ驚いています。ホテルに関しては、事前にメールしたり、サインする前に交渉してみてください。

◆物価

通貨単位はcym(スム)で、ゼロ一つ取ればだいたい日本円です。
留学中は、毎日かなり豪勢な外食をして、地下鉄に乗って美術館・博物館に行って、お土産を買って…をして、一週間で一万円分程度、というところでしょうか(宿泊費を除く)
夕食を、ファーストフード店で食べたら800cym、大学の学食のプロフ(主食のピラフ)が1,100cym、レストランでドリンク・スープ・前菜・メイン・デザートとお腹いっぱいになるまで食べても5,000cymくらいでしょうか。地下鉄は一回250cym.
ただし09GWに行った際には、地下鉄が確か400cym、学食のプロフが1,600cymくらいまで値上がりしていた記憶があります。どんどん物価は上昇していますので、この数字はご参考までに。

◆ナウルーズ、医療事情について

これはほとんど知りません。。。ごめんなさい。

◆最後に

気付けば私が帰国してからもう2年経ちますので、情報がかなり古くなっていると思います。旅行ならともかく、お仕事等でしばらくウズベキスタンに住まれる方は、必要ならば留学先の大学の友人や、ウズベクに交換留学中/済の日本人の友人、今ウズベクで働いている人などご紹介しますので、是非ご連絡ください。

桃の節句

今日は雛祭りだったのか、と
googleの検索ページを見てはたと思い出す。

よくない、よくない。


さ、仕事に戻りませぅ。

ベニスに死す

この週末、会社に行かないよう、仕事しないよう、必死に努力していました。
月曜からが怖いなーまた徹夜の日々か。
それでも、やっぱり週末は会社に行かないほうがいいですね。
ちゃんと「プライベートな時間」って思えますから。

++++++++

どうしようもなく「ベニスに死す」が観たくなって、土日それぞれ一度ずつ鑑賞しました。
イタリアン・ネオレアリズモは映画の中で特に好きな時代ですが
その中でもビスコンティは別格で好きな監督です。

ナポリの歴史ある貴族に生まれついたこと、「本物」のみを見て育ってきたこと
その彼のネイティブネス(友人の造語)や強烈な美意識が、小道具一つにまで反映されており
その豪華絢爛な世界の中で、惨めなまでに没落していく人々。

ドイツ芸術でも、ロシア芸術でも、退廃、デカダンスの香りがする芸術がとても好きです。
日本の近代文学者なら太宰が圧倒的に好きですし。

爛熟した人・もの・芸術が、崩れ始める。
その瞬間がもっとも美しいと思う。

さて、ベニスに死す。原題Der Tod in Venedig.
原作は有名なトマス=マンの中編小説。新潮社から文庫で出ています。

ディテールに全てが宿っている名作なので、ストーリーをさらりと書くことに抵抗があるけれど
あえて書くならば「限界を感じ始めたドイツ人の老音楽家が、静養にやってきたベネチアで美しいポーランド人少年を見初めた。しかしベネチアには、ひっそりとコレラの脅威が迫ってきていて…」みたいなところでしょうか。

もっとざっくばらんに言えば、「老人グスタフ=アシェンバハが、静養先で若い美しい男の子タージオに出会い、恋をし、ストーカーになる」という身も蓋もない内容だけれども、その裏には作家トマス=マンと監督ビスコンティの芸術、恋、愛、神、美…そういったものへの深い解釈が雄弁に語られている作品なのです。

芸術、美とは。
それは努力や計算で作り上げられる。正しい行いと理論の上に、人の感動する作品が出来ると信じるアシェンバハ。
対する友人アルフレッドは、芸術とは神の采配であり、努力とは無縁のもの。
芸術家は堕落しても良い、悪魔と契約をしてもよい。
その怖ろしい世界の先に美があるのだと説く。

頭で芸術を作ろうとしてきたアシェンバハは、聴衆に受け入れられなくなった自分の音楽から逃げるようにベネチアへ。そんな時に出会ったタージオは、彼にとって、アルフレッドの言う「神の采配」そのものだったのだ。

初めて見たタージオについて、トマス=マンは小説でかく表現している。

まっすぐに、両手を首のところに組み合わせ、足を爪立てたなりにゆっくりとからだを揺りながら、ぼんやりと青い海を眺めている。すると小さな波が打寄せてきて、少年の足さきにたわむれかかる。蜂蜜色の髪の毛はこめかみや首にまきつき、陽光が脊椎の上のほうのうぶ毛を光らせ、肋骨の花車(きゃしゃ)な線と、胸腔の均整のとれた輪郭とが、胴体をわずかに覆っている海水着の下にそれと見てとられ、脇の下は彫刻像のようにまだすべすべしていて、ひかがみは輝き、青みがかった血管はそのからだが何か普通のからだよりも清らかな物質ででき上がっているように思わせる。(P.157)


そしてアシェンバハが、タージオを通じて、(恐らく初めて)美を理解した瞬間のことは、以下のように表現されている。

塑像と鏡。アシェンバハの目は、そこの海辺に立つ高貴な立像を抱きとった。そして抑えがたない恍惚感のうちに、彼はこの注視によって美そのものを、神の思想としての形式を、精神の裡(うち)に生きている唯一の、そして純粋の完全さを――この完全さの、人間の形を採った模像と象徴がここに軽やかに優雅に、われに拝跪せよとばかり打立てられているのだ――把握しえたと信じた。これは陶酔であった。そして老年を迎えたわれらの芸術家は躊躇することなく、いや貪欲にこの陶酔をよろこび迎えた。精神は陣痛の苦しみを味わい、教養は沸きたぎった。記憶は遠い昔の、自分の青春時代に引渡されてしまっていた。そしてそれまではただの一度も自分の炎で燃え上がることのなかった思想を呼び戻した。太陽はわれわれの注意を知的な事柄から官能的な事柄へ転じ向けるといわれているではないか。太陽はわれわれの分別と記憶とを麻痺させ魅了するから、魂は快感のあまり自己本来の状態を全く忘却し、驚きつつ感嘆しつつ、陽光を浴びた事物の中の最も美しいものに縛りつけられたままでいるものだといわれているではないか。いや、魂はただ肉体の助けがあって初めてもっと高い観照へと高まることができるというではないか。まことに愛の神は、愚かな子供たちに純粋形式のわかりやすい姿を教えてやる数学者に劣らぬのである(P.158-159)


アシェンバハの芸術について、ミュンヘン時代、アルフレッドはこう指摘している
「君の芸術の根底にあるものを知っているかね?−平凡だ」
「君の芸術は、既に死んでいる」

けれどタージオと出会ったアシェンバハは、狂ったように神の美=タージオを求めていく。
醜悪な、イタリアの道化と同じ化粧を施し、髪を染め、憧れた美を手に入れるため
今で言うところのストーカーと化していく。
ここあたりの執念はすごい。途中までは完全に所有欲の塊なのだ。その美を自分だけのものにしたいと、「そんな笑顔を他人に見せるな」と一人苦しそうに呟くアシェンバハの、嫉妬にまみれている様は壮絶である。

観光で成り立っているベネチアでは、コレラが流行しているにも関わらずその事実を伏せていた。それを突き止めたアシェンバハは、タージオとその家族が、一刻も早くベニスを離れるよう説得する。このとき初めて、アシェンバハは芸術家に成るのだ。
「美を所有したい」と願うのは芸術家のすることではない。
「自らの魂を削ってでも、美を生み出したい、残したい」と思うのが芸術家である。
一度はベネチアを離れたにも関わらず、タージオと一緒にいたいがためにそそくさと舞い戻ってきたアシェンバハはただの恋に溺れた人間だが、疫病にかかる前に逃げてくれと懇願する彼は、儚いからこそ美しいタージオの美を、少しでも「保存」したいと願う、芸術家の顔になっていた。

ラスト、ビスコンティはトマス=マンの原作にほぼ忠実に映画を終わらせている。
タージオはまるで天使のように映され、それを見つめながらアシェンバハは真夏のベニスの浜辺で、コレラにかかって死んでいく。

これを悲劇と見る人が多いだろうが
私はなんと幸せな人生だろうか!とアシェンバハを羨ましく思う。

ベネチア滞在中、彼は結局一度も音楽に触れないけれども、タージオを愛していると自覚した夜から、彼の芸術の根底にあるものは「平凡」ではなくなったはずだ。代わりに狂気、芸術への渇望、美への醜い執念等が体内に生まれ始め、その扱いに戸惑いながらも、彼は再び芸術家として再生し始める。

ベネチアでの日々、そしてクライマックスのアシェンバハの死は、芸術を理性で捉えようとしてきた人生からの解放であり、芸術を芸術として、美を美として受け入れ、平伏すしか他ない圧倒的な美と遭遇し、結果芸術美に殉じたという、芸術家として最も幸福な中で死を迎えた=永遠になったのだ。

アシェンバハのモデルとなったマーラーの交響曲が流れる中で
白塗した肌の上を、髪の染め粉が流れていく。

あの醜悪な映像の、なんと美しいことか。

社会と繋がる、ということ。

最近、ひどく考え込んでいることがある。
なぜ私は、こうも社会と断絶しているのだろうか?という疑問。
なぜかくも社会と上手に繋がれないのだろうか、という哀しみ。

政治学を学び、Model UNで活動していた大学時代前半は
色々な世界の問題に興味があり、どうにかしたいと本気で考えていた。
水問題、貧困問題、戦争、民族問題。。。

だけど、留学を機に、専攻を映画学に変えて以来、ひどく偏った見方でしか社会と交われなくなってしまったように思う。映画というものは、社会的なテーマを扱いはするけれど、やはり所詮は記録媒体であって、何か新しいもの・ことを提言する手段ではないのだ。

映画学での物事の見方が悪いわけではない。
当時は、フィルムを通して、一度誰かに解釈された世界を分析することで社会と繋がっている感覚が保てたのだから。あの頃は、その方法がもっとも自分と世界との繋がり方として、適切に思えたのだから。

問題は、私自身だ。
社会に出てから、働き始めてから、色々な現実の社会問題と正面きって向き合いたい欲求が復活してきたのに、そのやり方がさっぱり判らなくなってしまった。

それは思っていた以上に、哀しいことなのだ。

ロシア語続行…?

ここ二週間、怖ろしく仕事が忙しかった。。。

特にこの一週間は、朝7時出社朝5時退社、とかが続いて。
家に居られる一時間で、お風呂でゆっくりしようにも
仕事のことがぐるぐるぐるぐる頭の中を回っていて、全く休まらない。

普通に「過労死」って文字が頭をよぎりました(笑)

さすがにほぼ徹夜状態で働くのはもうないと思うけれど
来週もそれなりに忙しいらしく。

せめて週末は穏やかに過ごしたいな、とだけ思うのです。

+++++

さて、慶應外国語学校ロシア語科。
無事に試験に合格し、進級できるとの通知が来ました。

ふー。
よかった。

でも、どうしよう?
ロシア語を引き続き学ぶべきか、否か。

そもそもロシア語を学びたいと思った理由は、今となっては何ら意味をなさないものになったし
もし進級した場合、そのクラスでは新聞等のメディアを使って
現代ロシアについて討論できるようになること、が目標に掲げられている。
それって私のしたいことなのかしら?

私はロシア語を使って何がしたいのだろう?
大好きなロシア文学は、今は辞書があれば読むことは出来る。
(ロシア語は、辞書を引けるようになることが初級者の目標とされている)
仕事でロシア語圏に関わることはまずない(それならアラビア語をやれとよく言われるし)


この二年、必死に積み上げてきたロシア語能力を更に磨いて、活かせる道を探すべきだろうか。
このニッチな言語で、将来何かしら面白い仕事が出来る可能性があるかもしれない。
もしくは、二年間の時間とお金と努力はただのsunk costと認識して
もっとキャリアの助けになることをすべきだろうか。
でも、そもそも望むキャリアとは何だろう?その助けになるスキルって何だろう?

言語はツールにすぎないと徹底的に教育された大学時代。
言語を学ぶことを目標にしたくはない。
身につけた言語で何が出来るのか、何をしたいのか。
そこを突き詰めていくと、結局、私はどうありたいのか、という疑問にたどり着く。

どう生きて、どう死んでいきたいのか。


思考に集中するには、少し時間がなさすぎる。

昭和シェル:川崎の常圧蒸留装置を破棄?

朝、4時半頃に目が覚めたのでふらりとテレビを付けてみたら
NHKの女性アナウンサーがやたらと神妙な顔つきで話していた。

ついに始まったか、と思ったのに
昭和シェル側はさっそくHP上で否認するコメントを発表している。

その広報の動きの早さには驚くが
これをきっかけに石油業界全体の淘汰が進めばいいのに、と本当に思う。

減産でごまかしているだけじゃ、ニッチもサッチもいかなくなる。
みんなで生き残りたいなら、本気で業界全体で話し合って、川崎、東北、堺etc.それぞれの工場エリアを代表する企業を決め、それ以外は製油所を閉める!くらいの覚悟がないと、もはや石油業界に未来はないのではないだろうか?

2010年は荒れに荒れるだろう。
またそうでなくてはならないと思う。

【記者:岡田雄至、佐藤茂】
2月16日(ブルームバーグ):
昭和シェル石油は、国内製油所の精製能力を約2割削減する方針を固めたとの報道について、同社の発表に基づくものではないとしたうえで、「様々な検討はしている」とのコメントを発表した。

NHKは16日、ガソリン需要の伸びが見込めないため、昭和シェルが川崎にある製油所の精製設備を廃棄する方針を固めたと伝えた。昭和シェル石油は京浜製油所扇町工場(神奈川県川崎市)に、同社グループの国内精製能力の約2割に相当する日量12万バレルの常圧蒸留装置を保有している。

人口減少や景気後退の影響で石油製品の需要は減少の一途をたどっている。経済産業省の統計によると、2009年6月に製油所の稼働率は65%まで下落。その後も70%台で推移している。今後も需要回復の見通しが立たないことから、国内石油元売り各社の間では製油所設備を廃棄する動きが加速している。

来春に経営統合する新日本石油と新日鉱ホールディングスは、11年3月末までに計40万バレルの能力削減を計画。さらに、15年3月末までに追加で20万バレルを削減することも予定している。コスモ石油も2月に、4製油所で63万5000バレルある能力の8万バレル(13%)を削減した。5月初めに公表する12年度までの中期経営計画
で製油所の閉鎖を含む抜本的な対策を打ち出すことも計画している。

昭和シェル石油は16日午後3時に、2009年12月期の連結決算を発表する予定。同社は320億円の純損失を予想しており、2期連続の赤字となる見通しだ。

直球勝負

をとつひも 昨日も今日も 見つれども 
明日さへ見まく 欲しき君かも

橘文成(万葉集)

一昨日も昨日も今日も会ったけれども、明日も会いたいあなたさまです。


昔の人のほうが、ラテン系。

バレンタイン

久しぶりに暖かい陽がさした今年のバレンタイン。

物件探しだったり、仕事だったり、同窓会だったり、後輩の就活の指導だったり。
やることいっぱいあったけれど、気付いたら全部ほおって麻布をヒールで駆けていた。
あまりの陽気に、ちょっと汗かいたりなんかして。
なーんで走ってるんだろう、あたし。なんて思いながら。

この春からは、やっぱり麻布に住もう。

暖かい陽射し。
六本木のスタバ。
本。コーヒー。
笑顔。
クローバー。

うん、しあわせ。

+++++

お菓子を作ったことない友達のために、11日の建国記念の日は臨時のお菓子教室を開催。
そこで作ったチョコケーキを彼にあげたら、いたく感激したらしい。

本人は元彼だと主張するけれど、実質付き合っているのと同じ関係の二人。
ハタから見たら、お互いすごく大切にしているのは明らかなのに
なーぜかお互い全然素直にならない、その二人を見て思うのは
人間の関係性に、無理やり既存の名詞でカテゴライズするなんて無意味でしかない、ということ。

いいじゃない、「あなたと私の関係」で。
いいじゃない、そんな、友達です!なんて意地はらなくても。

相手との関係性が大切なんじゃなくて
相手その人そのものが大切。

そう言い切れる、かっこいい大人になりたい。

昨日今日、雪が降るほど寒いけれど

暦の上では、もう春なんですよね。

韓国では、この週末が旧正月です。
本場のお祝いを見たくて、この週末遊びに行く予定だったけれど
決算発表でどうしてもお仕事が抜けられず。
来年の楽しみにします。

春、なんですよねぇ。

寝られぬを しひて我が寝る 春の夜の 夢をうつつに なすよしもがな 
(後撰集)

機会の均等:新卒採用への憤り

夕方、就活をしている友人が、泣きながら電話してきた。
第一希望の企業に、「既卒者は面接しない」と言われた、という。

「もう散々、同じセリフを聞いてきた。また言われた。
この企業で本当に働きたかったのに、また言われた。」

彼女は中学、高校、浪人、大学とずっと一緒の、11年来の友人で
大学を卒業して、出会ってから初めて別々の道を歩きだした。
私は就職、彼女はロースクールで弁護士を目指すことに。

けれど、色々なことがあって、去年の秋に、彼女はロースクールを中退した。
決してポジティブな理由での中退ではないけれど
彼女にとっては本当に切迫した理由で、中退せざるを得なかった。
ロー試験をトップ合格した子だったから、惜しいとしか言えなかった。

そんな経緯を経て、今就職活動に励む彼女を
先に就活をした身から色々アドバイスをしているのだが
新卒という身分でのうのうと就活をした私には知りえなかった
怖ろしい「新卒至上主義」がまかり通っているのを知り
どうにも怒りが収まらず、こんな日記を書いている。

新卒至上主義とは:
次年度三月に卒業予定で、四月から働きます、という学生をやたらと好む日本の風潮

彼女のように大学院を中退すると、学部既卒扱いになる。
OK,そこまでは理解可能だ。

ところが既卒だと、不思議なことにリクナビ新卒をはじめとする就活サイトに登録できない。
すると情報戦でもある就活において、情報アクセスのコストがとんでもなく跳ね上がる。
取れる方法はただ一つ。
インターネットがなかった頃のように、マニュアルで頑張る!しかない。
そこで彼女は各企業に直接連絡を入れ、募集要項等を確認し、説明会の日程を教えてもらう。

「そういうことはネット上のサイトで…」と言って電話を切る企業も多いという。
(企業にとって、それがoppotunity lossだと考えないのだろうか?)

そうこうして、どうにか人事と話したり、説明会に出かけて行っても
今年のこの不況という向かい風もあるけれれど
「新卒じゃないから」と、ESすら受け取ってもらえない。
場合によっては、説明会すら入場拒否。

以前、彼女に百社程度の企業をリストアップしたものを作ってあげたが
この前見たら、ほとんどが横線で消されていた。
何かと聞いたら、問い合わせたら「新卒じゃない人は採用しません」と言い切った会社だという。

新卒主義とは、何が出来るか判らないけれど、この学生に賭けてみよう!という
ある意味会社のギャンブルに過ぎないと思っていた。
でも、そのギャンブルで負けないために、ノイズを排除するために
会社が「新卒」以外をこれほど徹底的に排除しているだなんて
もちろん苦労はしたけれど、のうのうと新卒採用で入社した私には、全く想像できなかった。

新卒主義の理由の一つに、他社文化に染まっていない人間がいい、というものがあるだろう。4月のタイミングで、次の年に一斉に入社する人数を調整できるという人員管理的なメリットもあるだろう。

…その点において、院中退者の何が学部新卒と違うというのか?

ローを中退し、就活を始めたばかりの彼女が「既卒は辛い」と言う度に
「社会にはルールがあって、就活にもルールがある。新卒がどれほど強力な武器か判っているはず。
その上で院を辞めたんだから、甘えず、腹をくくって仕事を探せ」
と私はずっと言っていた。

ほんとにごめん。
現実はそんな精神論の問題じゃないんだよね。
私は精神論の問題としか思っていなかった。
でも現実には、彼女の周りには、物理的な壁が高くそびえているのだ。

読んでもらって、それで落とされたESなら納得がいく。
面接を受けて、自分とその会社がどうやら方向性が違う、と感じれば納得がいく。
だけど、ESを受け取ってもらえない、面接会場に入れてもらえない
新卒採用に応募をして、そんな体験をした就活生はいないはずだ。

そもそも仕事で「使える」能力が何か、が私自身明確に言語化出来ないのだが
新卒至上主義とは、「新卒」のほうが「既卒」より「使える」、という
誰が作ったのか一切不明な前提に完全に立脚している、としか思えない。

大学院を中退した人間と、学部・大学院を一年後に卒業する(だろう)人間。
「どちらも職歴はないけれど、前者は後者よりも仕事が出来ない」
と言い切れる企業だけ、新卒採用をすればいい。
そしてその時、言い切る理由を是非聞いてみたい。

アメリカに本社を持つ弊社グローバルグループの中でも
日本の採用は摩訶不思議と言われている。

私自身、専攻が映画学、でも仕事は財務アナリストという
社内でもずいぶん不思議なキャリアを描いているが
新卒というレバレッジと、「ポテンシャル能力」という不思議な言葉を社長達が知らなかったら
とてもじゃないが今の会社に採用されるなんて無理だったと思う。

だけど今の社名を持っているおかげで
私の社名を面白がってくれる人との興味深い出会いに恵まれ
期待以上に楽しい人生、豊かな日々を過ごしていると実感する。

社名があれば、という意味ではない。
中身のある人間であることは当然の条件だが
所謂サラリーマンなら、少なくとも社名によって、個人名でぶつかるよりも
もっと広い世界と出会う機会をもらえる、と私は肌で感じている。

人脈、機会。
誰もがより良いものに恵まれたいと思う。
そういうものは自分の欲しい人脈や機会を持つ世界に入れば
あとは正のループに入り込むものなのだ。

私はずいぶん幼い頃から、それを直感的に理解していたと思う。
そして、そこに必要なものは、知性と学歴と肩書だと。

私は、自分のいた世界が死ぬほど嫌いだった。
とにかく精神的に成熟した人たちに囲まれて、生きて、死にたいと、ずっと切望していた。
それを手に入れるために、一番手っ取り早い方法が、学歴だった。

高校入学直前、その高校に通っていた兄が言った一言が忘れられない。
「進学校に行けば、matureな人間ばかりかと思ったけれど、そうじゃなかった。馬鹿も山ほどいる。ただ、他の世界にいるよりも、成績で振るいにかけられた所謂「頭のいい」人間の世界のほうが、matureな人間のいる率が高い。確率の問題だ。」
学歴は切符。そこから先は、人間の中身勝負になる。
社名だって、切符だ。

今、ずいぶん自分の人生を楽しんでいるが、それは自分のこれまでの努力の結果だと自負していた。
適切な場所で切符を切って、適切な列車に乗ってここまで来たと。

でも、最近の彼女の話を聞く度、私はただ運が良かっただけなのだ、と心から思う。
たまたま切符が手に入っただけなのだ。
乗換に時間を取られない電車にたまたま乗っただけなのだ。
その偶然すら自分の努力の結果だと思い上がっていた自分が、本当に恥ずかしい。

…主語が私にずれてしまったが
最近の彼女との会話を思い出すに、いつも機会の均等について考えてしまう。

やはり新卒が、という日本の風潮は、諦めて受け入れなければならないと思う。
少なくとも、今のうちは。
でも、新卒valueが特急券の切符だとしたら
せめて既卒には、鈍行でいいから、切符をあげることは出来ないのだろうか?
改札を通ることすら許されないのは、あんまりじゃないか?

「同じ土俵に乗せて、なんてずうずうしいことは言わない。
でも、せめて戦わせてください。」

泣きながら、しゃくりあげながら、懇願するように彼女が言った。

こんな矛盾の中で、私は一体、何が出来るのだろう?

+++++

そんな話を愚痴ったら、twitterで友人が教えてくれた。
人気ブログらしい。

日本で就職できず、追い詰められてしまったニートさんが海外脱出して第二の人生を獲得。
シンガポールでデザインの仕事をしながら日本の会社のおかしさに警鐘を鳴らす有名ブログ→
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/

the fountain of my inspiration

Masa:
You are the fountain of my inspiration and the climax of my ideals.
Jon

白洲次郎が、交際中に正子に送ったセリフ。
これまでは、こんな言葉を送られた正子はなんと幸せな女性だろうか、と思っていたが
最近は、実はそんなfountainを見つけた次郎こそが幸福だったのだろう
と思うようになってきた。

結婚した先輩が言っていたけれど、夫婦でも恋人同士でも
「私のほうが絶対相手のこと好きだけど、それでいいの」
とお互い思っている状態が、一番うまくいくらしい。

トルストイの人生論を読んでいると、先日読んだ哲学の教科書と相乗効果をなしてか
どうにも自我について鬱々と考えこんでしまう。
自我なんてものは、相手ありきで存在するわけで
周りに「私でない人」がいなかったら、私の自我なんて何も意味をなさない。
それってつまりは、相手との関係性次第で、自我なんてものはコロコロ変わるということよね?

あぁ、もう。
意味がわからないことをつらつら書き連ねていきそうだから、今夜はやめよう。
なんだか酷く頭が痛いのです。
まさか、昨日のワインがまだ残ってるわけはない、よね。

25年生きてきて、こうも大きく自分…自我?が揺らぐ感覚は、初めてだと思う。
制御不能なおもちゃに、ひどく手を焼いている感じ。
体内の構成物質が、すごい勢いで入れ替わっている。
それがすごく怖いけど、同時にこの変化が楽しかったりもする。
行き着く先には、どんな景色が広がっているのだろう?

部屋にトルコキキョウを飾ったら、一人の寂しさがやわらいだ。

さぁ、明日から一週間また頑張ろう。
週末の決算発表にむけて、最後の追い込みがあるはず。


今の私は、私の生活は、私の人生は、美しいだろうか?

私の存在意義はどこにありますかと、夜中に泣きながら電話をかけたら
それが美しいか否かを問いながら、自分で決断をして生きてる点だと、言ってくれた人がいた。

どうかそんな私でも、周りにいる大切な人たちの幸せに
少しでいいから、役立っていますように。

Dialogue in the Dark

Keniさんのmixi voiceを読んでびっくりしたのだけど
Dialogue in the Darkの第四期が始まったらしい!

第三期は年末に終了してしまい、残念に思っていたところだから
時間に余裕のあるときに行きたいな。今期、いけるかしら。

真暗闇なんて、直島の南寺以来。
あの時、あの真暗闇の中でアコと自然と手をつないだときに
どんな風にひとと関わって生きていけばいいのか、少しだけ分かった気がしたの。

アンテナに引っかかった方、一緒に行きませんか。
もしくは、あなたの大切な人と訪れてみてください。
Dialogue in the Dark公式HP
http://www.dialoginthedark.com/

和歌

思はぬに 妹が笑まひを 夢に見て 心のうちに 燃えつつぞ居る
家持・万葉集721

自分の感情を、和歌で表現できる女性になりたいと、つとに思う。

自分らしくとか、生きがいとか、やりがいとか…

なんとなく最近人生にモヤモヤしている友人がやたらと多いので:



きみが自分で感じ、きみの魂から迫り出て
聞く人みなの心を根強い興味で打ち負かすのでなければ
きみの思うことを遂げることはできないだろう。

まあ、せいぜいこしかけて、にかわでつぎ合わせたり
他人のごちそうのごった煮をこしらえたり
きみの灰の山の中からとぼしい炎でも吹きおこしていたまえ!

子どもやサルを感嘆させることはできよう
それがきみの口に合うならば。

だが、きみはけっして心に働きかけることはできないよ
本当にきみの心から出たものでなければ。

ゲーテ

仕事納め(二年目)

というわけで、二年目、終了。

昨年の仕事納めは何をしていたのかしら、と思い、日記を読み返してみると
…病んでました笑
正確には、病んでいた中からようやく回復しつつある段階でした。

それでも一年目は、無我夢中にひたすら走っただけだった分、今年よりも精神的に楽な一年だったと思います。

2009年、二年目は、ただただ仕事に悩み続けた一年でした。
仕事のやり方、職場でのあり方、自分の立ち位置。
果たして私は、この会社に貢献できているのだろうか、否か。
ひいてはそれが社会への貢献に繋がっているのだろうか、etc.

プライベートで叩きのめされた分、仕事での成功をやたらと求めていたと思います。
そんな柄でもないくせに。
仕事での成長が判りやすい形で現れない部署だからめげるな、と入社前から散々言われていたにも関わらず、やはり「私は仕事が出来る人間なのか、出来ない人間なのか、この方向性で正しいのか否か」の問いに明確な答え、もしくは指針がない状態が一年近く続くのは予想以上に精神的に辛いものでした。

特に、それがメインの仕事であるにも関わらず、この不況のために、担当部門の投資案件が一件もなかったこと(お金がないって辛いね…泣)、一年目のような大きなM&Aがなかったことはeconomicsやvaluationの勘所を失っていくようで、恐怖でもありました。

どれだけ上司に、お前はそのままで大丈夫だから、と言われても
言葉通りに受け取ることが出来ないほど自分自身に疑心暗鬼になっていました。

特にGWのウズベク旅行から帰国してから秋ぐらいまで、よっぽどダメージを受けていたのか
自分がどんな風に生きてきたのかイマイチ思い出せないのですが、
ロシア語の授業のおかげでずいぶん回復してきました。
皮肉なモンだなぁ。

定期的に、予習→授業→復習→テストのサイクルを繰り返すことは、学校の時間割のような時間を過ごすことが心地良い私にとって、よいリハビリだったと思います。
また、将来のためのロシア語ではなく、単純に、今を楽しむための勉強にシフトできたときから、それまでの半年以上苦しみ続けたものから、少しだけ解放されたように思います。

そして、それは往々にしてルルを始めとした、ロシア語メンバーのおかげだと思っています。
ほんとにほんとにありがとう。
今年出会えて一番良かったのは、間違いなくあなたです、ルルちゃま。

秋以降のポジティブな時期に焦点を当てれば、より自由な人間になってきたと思います。
突然仕事ほっぽって海外遊びに行っちゃったり。
中学生の頃には、とても大人だと思っていた25歳にもあっさりなってしまったし。
大人になったんだなぁ、と。しみじみします。
自分の意志一つで出来ることが、どんどん拡大していく。

ただ困ったことに、今の会社でやりたいことが沢山あって
勉強させてください!という気持ちがあると同時に

東京に戻ってきて早3年半
そろそろ地に足がついてきた感覚から、このままこの土地に絡め取られそうで
それが怖くてどうにか逃げ出そうと考えている気持ちもあります。

東京には、ずいぶん友達が増えたし、MBFを初めとする濃い関係も出来上がったし
そろそろ、息苦しくなってきた。

もし海外を放浪するような仕事をするならば20代のうちに始めたい、と
とある企業の中途採用HPを見ながら思っていたのでした。

3年目になれば転職の可能性がぐんと膨らむ、かも。

どちらにしろ、3年以上の経験を求めるようなところばかりだし。
来年は来年で、違う意味で悩む年になりそうです。

二年目に旅した場所は
ウズベキスタン、強羅、仙台、タイ、大阪・京都
そしてこれからフランス&ベルギー&オランダ。
それなりに遊んだかな。

でも圧倒的に、映画や美術を見に行く時間が減った。
これは精神衛生上よろしくない。

仕事を放ったらかす直前のラインで目一杯遊ぶ、三年目の目標はこれかな。

三年目は、まずはシベリア鉄道でウラジオストックーモスクワ間旅行は決定。
出来ればサンクトペテルブルクでゆっくりしたい。
あとは母をどこか連れて行ってあげようと思う。夏休みにはどこか中東に行こう。
それから、何かダンスを再会しよう。

旅をするのは、非日常を求めて、なんてよく言うけれど
私は自分の「日常」を求めてさまよい続けているのだと思う。
そしてたぶん、これは一生続く。


だけど、居場所って作りあげるものなんだろうなぁ、なんて当たり前なことを
今日付で退職する最高にかっこいい、まるで宝塚の男役みたいに美しい秘書さんが
今さっき、財務・経理・税務・監査部のみんなに大きな拍手をされながら颯爽と退社した姿を見て思った。

彼女からの最後のメール
「退職後は、長年の運動不足の解消を考えつつもなお自由気ままに怠惰な生活にとっぷり浸かるつもりでおります。皆様もどうぞお元気で。」

ただひたすらに美しい人だった。
そして、人の記憶に残る仕事をする人だった。

こういう風になりたいな、と彼女の後姿を見ながら思った。
そう思える人がいるって、やっぱりこの会社、結構いい会社だな、と思ったり。
そんな、ぐちゃぐちゃと揺れ動く二年目でした。

箱根:強羅旅行

来月末に喜寿を迎える祖母のお祝いということで
家族7人(プラス犬2匹)ほんとうに久しぶりにそろって
この週末、箱根は強羅に行ってきました。

紅葉はベストシーズン、温泉はすんごく気持ちよくて、まったりしてきました。

毒舌が飛び交う我が家の会話では、主役である祖母に向かって
この旅行を冥土の土産にしてくれ、とか
遺影を兼ねた写真を撮ろう、とか
まぁ無茶苦茶なひどいことを言っていたわけですが

実際のところ、うちのおばあさまは百まで生きるでしょう。
多少老年らしく大人しくなってくれないと
母親が「私のほうが先に逝くことになるわ」と嘆いておりました。

こうして家族全員揃ってみると、祖母と母の美しさと、姉と私のどこか残念な感じが、改めて明確に対比されて悲しかったです…。

うちの祖母は、孫が言うのもなんですが、本当に美人なんですよ。
背は私と同じくらい、165cmはあるし、とにかくゴージャスでグラマラスでお洒落で贅沢で、若い頃の写真なんてソフィア=ローレンみたい。今でもその片鱗はあるけれど。
その血を継いでいる母親も、昔はとっても美人だったのに…「ハンサムな男って嫌いなのよね」の一言で父親と結婚したがために、娘二人が残念な感じに生まれてしまったわけです。。。あぁ残念(父ごめんw)

自分の反省を踏まえてか、母には旅行中、「結婚するならとにかく顔立ちのいい人と」と言い含められましたが。そもそも結婚できるかが怪しい杉崎家の子供達であります。

さて、24歳で結婚する!と堅く信じていた私も、この旅行中に25歳になりました。
お祝いしてくれたみなさん、本当に本当にありがとうございました。
特にあきちゃんからのメッセージwithチェブラーシカと、そのメールを作成中のあきちゃんを写メったわかなのフライングメールがかわいすぎでした

今年の誕生日を迎えるにあたり、なんだか、かつてないほど、これまで私に関わってくれた人、今を一緒に居てくれる人、私を気にかけてくれた人、全ての人に感謝の気持ちで一杯です。ほんとにほんとにありがとうございます。

四半世紀生きて、これで目出度くアラサーになったわけです。
女は30からがスタートだけど、どの位置からスタートを切れるかは20代の努力次第だと思っているので、残り5年、必死に女磨いていこうと思います。

特に祖母&母との対比で、自分の残念さが浮き彫りになった今回(笑)、顔立ちやスタイルで勝負できないなら、雰囲気とかセンスで戦おうと覚悟した次第であります。

若かりし頃の祖母のゴージャスで大陸的な雰囲気に少しでも近づけるよう、スギサキアミ、25歳、頑張りまーす。そんなわけで、みなさま、どうぞこれからも宜しくお願い致します。

PS
ちなみに大涌谷に犬を連れて行くのは拷問だったらしいです。
プードルが、ずっと鼻が曲がったような顔をしていました。

コレラの時代の愛

気付いたらいつもそろそろ起きる時間。

最近、現代小説を読み出したものだから
ガルシア=マルケスも、これが初めてだけど
最後の最後の最後の最後に、じんわり泣けた。

圧倒的な時間を前にしたら
それ以上はもう何も言えないよ。

人生の終焉を誰と共に迎えたいか
大切にすべき人が誰なのかわからなくなったら、また読もう。

私の本棚では、存在の耐えられない軽さの隣に並べることにした。

…寝ます!

不調の二年目が酔っぱらったついでに、自分のために書く落ちのない徒然草な日記。

久し振りに上司と真面目な話をした本日の飲み。

二年目になってからずっと抱えていたモヤモヤを思い切ってぶつけてみたら
なんとなく進むべき道が見えてきた気がする。

上司曰く、私はいわゆる人間力だけで仕事をしているらしい。

もちろんこれから知識と経験を積む必要があるけど
ビジネスの勘所は悪くないから、そのまま進め、と。
ただ今問題なのは、二年目になって、急に仕事に対して自信を持てなくなったこと。
そしてその私の自信のなさがカウンターパートにも透けてみえていること。
私の発するメッセージは、つまりは上司の意見でしょ、とビジネスラインに受け取られていること。

ああ、上の人って本当によく見てるのだなあと思った。
一年目に大きなM&Aの案件をやり遂げたときはあんなに自分の仕事に自信が持てていたのに。
二年目は、特にこの半年は、とにかく辛かった。

自分に自信がない、という状態が初めてで(普段は無駄に自信に溢れているし笑)
どうやって自信を積み重ねていけばよいのか分からず、迷走してる。

迷走だけはするな、発想が小さくなってつまらない人間になるだけだから
と言われたけれど。

いくらファイナンスの理論を学んでも、実務は全然違う世界にあって
机上の学問では対応できないこと、重大な判断を下すに必要な根拠を
論理的に説明できないこと。
それらを直感で判断するには…
だから、それを直感で判断するだけの自信がなくて自信喪失状態になっているわけで…
という卵とニワトリ状態。

もしかしたら、自信がなくとも自分の意見を押しきる度胸が薄れているのかもしれない。

最近なにか全体的に私らしくない、と思うことが多いけど
それは一番の強みである、肝が据わっていること、腹をくくった時の私の強さ…
それが活かせていないからかもしれない。

だけど、財務が、会社の舵取りを行う部署が
はったりだけで仕事を推し進めて良いのだろうか?
もちろん会社を悪いほうへ持って行くことはありえないけれど
でも合理的な説明が出来ないのに、会社全体の舵を切ってしまってよいのだろうか。
ビジネスは、はったりでもいいから財務の強いメッセージを求めているのかもしれない。

自分の立ち位置、経済思想、将来の予測がはっきりと持てないせいで
社長とのディスカッションも中途半端だ。

私は、この会社を、この業界を、どの道に導きたいのだろうか?

二年目とは思えないほど、よくやってるよ。
と言ってくれた上司を信じて
小さな、砕け散った空虚な自信をどうにかかき集めて、
ハリボテでもはったりでもいいからプロジェクトをまわしていかなくちゃ。
自信の再構築をしないと、本当に近いうちに、自分が潰れる気がする。。。

そして早く、上司たちの思考回路から
アイツは二年目のわりに…というexcuseを抜き取らないと。

そして最近、改めて実感した私の短所。
ほんとに仕事を二割くらいの力でやっている。
よくない、よくない。
毎日120%、150%で働いて途中で息が切れるのは最悪だけど
常に90%くらいの力で仕事に臨むのがベストではないだろうか?

そうしてクオリティをあげつつ余裕を持たないと
次の案件が回ってこないかもしれない。

お前の不幸は、入社時から俺のチームに来たことだ、
と、今日また改めて上司に言われた。
入社したときから言われ続けたけれど、今ならその意味がよくわかる。

従業員でありながら、唯一、そして最も経営側に近いチーム。
会社が何を考えているのか、全てアクセスできるポジション。
ここに一年いて、今後のシナリオを理解している私が
違うチームでそ知らぬ顔して仕事を出来るわけない。
私は、ここで生き残れなかったら、退職しか道がないのかもね。
さすがにそこまで厚顔ではないのですよ。

上司に今日初めて言われたのは
「お前に営利活動は無理だ。金儲けなんて苦痛だろう。」
パンダさんにも何度か同じこと言われてますけど笑

…労働の対価としての賃金と、金儲けは別物だと思う。
うちの会社は、最も清廉な活動の結果生み出したcashに価値が置かれる。
だけど私の知っている方法は、金融という仕組みを利用したcash創出だけだ。
ビジネスではどのようにカネが動いているのかも知らずに
あまりに頭でっかちな仕事をしているのではないだろうか。


飲んでいる途中に、こっそり教えてもらった次の案件。
めちゃくちゃ大きくて刺激的な仕事。
やってみたい。
でも、仕事を取りに行くって、どういうことなのだろう?

マンダリン

木曜から、マンダリンのラウンジでまったり。

こんな時間まで飲んでて大丈夫かあたし、って感じだけど、久し振りに大笑いした。

マンダリンから見える東京の夜景があんまりにも綺麗で
もう少し、ここで頑張ろうと思ったのです。

帰り道のタクシーの中。
左手には品川、会社がみえる。

連休のせいで月曜気分だけど、明日終ったらまたおやすみ!

今日は人生初のお茶だしをしました。
うん、OLっぽい。

さー働くぞぅ。

土曜日 by イアン=マキューアン

イアン=マキューアンの"Saturday"読了。

長い間、行き先を見失った思考回路が
ようやく元に戻るべき場所を思い出した。
そんな気持ち、今。

脳がぐるぐるしてる。
ちょうど、生きることと所有することと消費することの関係性について
ぐるぐる考えていたからかもしれないけれど
久しぶりに心地良い脳の倦怠感が味わえて、しあわせ。

土曜日を愛しく思う。
日曜日とは、また違った意味を帯びてきた。

ロシアと映画とヨガと花火とウズベキスタンとアップルパイ

怒涛の忙しさだった5,6,7月。
どうにか潜り抜けて、お盆休みもまもなく、ということで久しぶりにお仕事が穏やかな日々。

すっかり映画を観にいかなくなってしまったけれど
ウディ=アレンの「それでも恋するバルセロナ」が、渋谷Bunkamuraでは
明日までの上映だそうな。行かなくちゃ。
(新宿や吉祥寺では、まだまだ上映しています)

今週土曜からは、早稲田松竹で、BOY Aと、ダイアナの選択が上映。
これは本当にオススメです。
「自分」で生きることを考えてしまうニ作品。
お時間があれば、是非。

++++++++++

明日、金曜は、お仕事が終わったら映画を観に行って
そのあと最近結婚した先輩の新居@銀座にて
いつものメンバーで久しぶりのまったりパーティー。

土曜は朝からアップルパイを焼いて焼いて
お昼からロシア料理をいっぱい作って
東京湾花火を友人宅タワーマンション22階@お台場から眺めつつ
ロシア人たちとホームパーティー。

日付変わったら、今度はウズベキスタン留学組と誕生日パーティー@渋谷。
日曜はヨガ@目黒と、映画@早稲田松竹。


休日こそが忙しくて、平日のお仕事中こそ
まったり身体を休めている気がしてきたりして。

ヨガを初めて、自分の身体の声を聞くようになって
仕事と、遊びと、休息を、全て全力で取り組むようになってきたのです。

生きてる、感じがする。

タブー

シャングリラでバブリーに、怠惰に
そして破滅的に過ごした週末。

自分の中の、誇りだとか、意地だとか
そういう大切なものが指の間から
ぽろぽろこぼれていった感じ。

最近、自分の欲しいものがよく分からない。
いらないものもよく分からない。
取捨選択が、自分の手で行えていない気がする。


本当に欲しかった人が手に入らなかった

あの経験があまりにも鮮烈すぎて
他のものの意味、意義、価値
なにもかもが分からなくなってしまった。


そんなときは、目に見てわかりやすい価値に惹かれるのかしら。

くだらない、と思いながらも
シャンパンの泡に呑まれていく。


今更、とも思うけど
今でも、あの人が恋しいの。

銀座ロシア祭り

ロシア語のクラスが一緒の人から
銀座でロシア祭りなるものがまもなく開催される!と連絡が入りました

ロシア文化フェスティバル。

2006年から始まった、東京、特に銀座を中心に、関東一円が
ロシア文化に溢れかえるという、素敵なイベントのようです。

そもそも私がロシア語を始めた理由は
近代にピークを迎えた、その豪華絢爛な文化に惚れたから。

贅を尽くしたロマノフ王朝の調度品。
複雑な心理構成をきちんとpoint outする19世紀のロシア文豪たち。
圧倒的な存在感を示すオペラやバレエ。クラシックミュージック。

ロシア語を学び始めてから知った、日本語以上に繊細で、かつ膨大な数を誇る語彙。
チェブラーシカのかわいさ。ロシア人の愛嬌。

6/22から。
メイン会場は銀座松屋で、その他文化活動はそれぞれに合った芸術ホールにて。

あぁ、楽しみ!ほんとに楽しみ!
是非是非みなさん、お誘いあわせの上、ちょっと足を運んでみてください。
フェスティバルのコンテンツはバラエティー豊かだから、きっと興味を引くものがあると思います★

今回こそは美人なマトリョーショカと、かわいいチェブラーシカ人形をゲットした〜い

復活宣言。。

今日は、本当〜に久しぶりにお買い物に行きました
ずっと忙しかったし、買い物にいく気力もなかったからね

あまり時間はなかったけれど
ずっと探していた、理想のサイズと細さのフープピアスをゲットして幸せです

もちろん購入先は毎度の渋谷パピヨネ
私のアクセやかばん、ストールは、98%、パピヨネ産です笑

壬生さん(担当のお姉さん)、いつもほんとにありがとうです

あーしあわせっ
明日は朝からずーっと学校で、夕方はむ組の集まり。
夜は余裕があったら映画にいきたいな。
(レイチェルの結婚が終わってしまう。。。)

帰ったら、仕事の準備しなくちゃ。
月曜はまた社長たちにプレゼンがあるから。あと、ロシア語の予習も。

なんだか、なんていうか、
人生がまた楽しくなってきたよ。
im again getting back my life both in my hands!って感じ。

もう大丈夫。
まだチクリと痛いなにかがあるけれど、私はちゃんと私の人生を生きています。

この確信が欲しくて、大学時代ずっともがいていたんだ。
最も大切だったものを失った今、ようやくその確信が手に入るだなんて皮肉なものだけど。

満面の笑みで「幸せ!」と叫ぶような感覚ではないけれど
でも、今日の私の手中には、しみじみと感じる仕合せがある。

「自分の人生を自分でコントロールしている」
その感覚が、私にとって最も心地良い状態のようです。

タイプ6 統合状態
「世界への自分の関わりは重要ではない、という思い込みを手放す」

うん。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。

デスクの上。

なんだか長かった一週間。
採用活動も大詰めだったし、仕事的にもいっぱい問題が出てきて
久し振りに上司たちも残業するくらい忙しかった。
だからか、今日は朝から、部全体がどよ〜んと疲れております。

そんな空気に耐え切れなくなった私は、ランチ休憩後
会社を抜け出してはDean & Delucaに行き、Candyを大量に買い占め
疲れたオジサマたちにチョコをばら撒いたのでした。
政府の補正予算じゃないけれど、花咲じいさん的気分だったよ

こういう、小さな差し入れって、男性は滅多にしないのね
ずいぶん驚かれたけれど、特に部長の、張り詰めていた空気がふっと緩んだ感じから
女性性というものは、こういう小さなことで場を和ますのが得意で
人間関係の潤滑油になるのだなぁ、なんて思ったりするのです。

++++++++++

ついでにDean & Delucaで、会社用のマグカップを購入(遂に!)
黄色のD&Dモーニングマグ。

会社にある無料ベンダーでは、ついつい付属の紙コップを消費して
いつも紙コップのゴミが積みあがっていたから
マイカップを持ってこないと、とずっと思っていたのに…ずいぶん遅くなっちゃった

デスクに暖色のカップがあると、それだけで和みます。
観葉植物やお花を飾ることは禁じられているから、ずっと寂しかったけれど
これからは黄色マグを中心に、机の上に散らかっている
ハンドクリームとかシュシュとか写真立てとかを鏡とかジュエリーケースとか
インテリア並みにきちんと飾りたいものです。ハイ。

もうすぐフロアのお引越があるから、それを機に、がんばろーっと。
無機質なオフィスを、好きな空間に変えて、効率upを図るのだ

定例会議のあとで

月一の外部会議終了後、今日、予備校ないならデートしようよと上司に誘われ
とあるホテルのラウンジバーで2時間くらい、おしゃべりしてきました

死闘(会議)のあとのアフターヌーンティーは幸せな味でした.。o○o。.★.。o○o。.☆

色〜んなことがあって、ずっと立ち直れなかったんだけど
たぶん私は、ずっと、単に、 こうして静かに誰かとお茶を飲みたかったんだよね。

ようやく、自分が本当に望んでいたことに気づいてあげられたのでした。

上司が、もう仕方ないじゃないか、と言ってくれたとき
なんだかやっと吹っ切れた気がしたのです。

++++++
本題はここから(>ε<)

あの、最近、上司とラブラブすぎてどうしよう、って思ってるんですが笑

上司とは、出張、飲み会、毎日のランチ、今日のデート…毎日一緒で
間違いなく私のプライベートを一番把握している人だし

昨日の学校のこととか、オススメ映画とか、美術展情報の感想を話し合ったりとか
病気になったときはうちまで差し入れ持ってきてくれたりだとか
2ヶ月先まで埋まってるお店に予約を入れて、その日を楽しみに待っているとか…

完全に、彼が理想の恋人じゃないですかっ(>д<)笑

この上司のチームにいる限り、恋人を作るモチベなんて湧かない気がする笑
仮にできても、上司と比べて駄目になりそうな気がする笑

たぶん今、最も思考回路とか趣味とか人生観を互いに理解し合っている男性っていうのが
…上司しかいない…かも…(((( ;゚д゚)))

父親と同い年なんだけどねぇ、上司(>ε<)

上司みたいな素敵な大人になりそうなポテンシャルを持つ人を探そうにも
珍獣すぎて、なかなか一般社会ではお目にかかれない…
あ、だから気があうのか(´∀`*)ナルホド

ジャングルにでも探しに行こうかな笑

それにしても、敬愛とか尊敬と、愛情って、なんて互いに曖昧な概念なんだろう

うれしいノルマ

上司から渡された一通の封筒。
今週中のノルマと言われたその中身は

映画「ハゲタカ」の前売り券でした〜
やったぁ(*´ェ`*)

たぶん、プレゼントとしてもらって嬉しいのは
お花か映画の前売り券じゃないかしら、と思う今日この頃。

なんでも上司の友人が出演しているらしく。

鑑賞レポートを書くように、と言われましたが
あの、映画学的なレポートにすべきでしょうか、
それともファイナンス的なレポートにすべきなのですか。

Comments
  • ライブドアブログ