2006年01月25日
前々からエキサイトブログに移動しようかなと、思っていたのだけれど、今回の騒動はいい機会だし、この騒ぎに便乗してエキサイトブログに移動することにします。
ここは、写真も大きくのるし、コメントが管理人にしか読めないようにすることも出来るので、気軽にコメントしていただけるかな?と。
相変わらずのマイペース更新ですが、お許しを〜。
結婚式の時のケーキの写真を載せました。
本来は3段重ねだったのですが、これは一番上の層です。
今までリンクをしてくださった皆様、お手数ですがリンクのURLを変えていただけると嬉しいです。
こちらが新しいアドレスです。
*注意* ここでのアドレスが間違っていたようです。 上に新しくリンクを張っておきました。お騒がせしてすみません。
ここは、写真も大きくのるし、コメントが管理人にしか読めないようにすることも出来るので、気軽にコメントしていただけるかな?と。
相変わらずのマイペース更新ですが、お許しを〜。
結婚式の時のケーキの写真を載せました。
本来は3段重ねだったのですが、これは一番上の層です。
今までリンクをしてくださった皆様、お手数ですがリンクのURLを変えていただけると嬉しいです。
こちらが新しいアドレスです。
*注意* ここでのアドレスが間違っていたようです。 上に新しくリンクを張っておきました。お騒がせしてすみません。
(04:26)
2006年01月17日
12月26日は、義兄の家族がアレキサンドリアに到着。
義兄には、今回アレキサンドリアで初めて会ったのだけれど、本当に落ち着いていて温厚な人、でもすっごく切れ者。
そして義兄は、かなり背が高い、義兄のお父さん、弟も背が高かった。
やっぱり遺伝ですな〜。
義兄の弟はフランス人の彼女(婚約者だったかも)がいて、この彼女が気さくな感じですっごく可愛かった〜。
まさしく、グローバルな家族ができあがってきてますな〜という感じでした。
結婚式の時の写真を見ると、その感じが良く伝わってくる。
昨日は長文だったので、今日は短めで失礼!
義兄には、今回アレキサンドリアで初めて会ったのだけれど、本当に落ち着いていて温厚な人、でもすっごく切れ者。
そして義兄は、かなり背が高い、義兄のお父さん、弟も背が高かった。
やっぱり遺伝ですな〜。
義兄の弟はフランス人の彼女(婚約者だったかも)がいて、この彼女が気さくな感じですっごく可愛かった〜。
まさしく、グローバルな家族ができあがってきてますな〜という感じでした。
結婚式の時の写真を見ると、その感じが良く伝わってくる。
昨日は長文だったので、今日は短めで失礼!
(17:00)
2006年01月16日
これは、ちょっと旅行記の時間の流れに逆らっているのだけれど、急に思い出したので、忘れないうちに書いとこうと!!
わが両親・祖父母をホテルに出迎えに行く時に、私とファハトと義父の友人サミールさん(通称 サム)とで出かけたことは以前に書いたとおり。
今日は、このサムと祖父の小話を少し書いてみようかなと。
まずは、わが祖父のことから少し。
今回のエジプトでの結婚式に来るか来ないか、最後まで返事を渋っていたのは祖父であった。
もう77歳になって、さすがに12時間以上にのぼる飛行時間と祖父の弟が病気にかかったのは、祖父の決断を鈍らせていたみたい。
それとは正反対にうちの祖母は、最初から来る気満々で、旅行に向けてより若返ったような気もしないでもなかったかも。
来ないかも?と言っていたのだけれど、私が手紙を書いて来て欲しい旨を伝えてからは、気持ちが吹っ切れたのか来ると決心してくれた。
その分、母の方が祖父母の健康面の心配でストレスが溜まっていたような気がしないでもないけれど。
私が初めてサムを見たときの感想は、とにかく体格の大きいがっしりした人だし、あまり笑わないし、ちょっと怖いな〜と言う感じだった。
私の英語力があまりなくて、会話の感じからどういう人か掴みづらかったというのも理由のひとつにちがいない。
でも、共に1日2日と過ごし、みんなでショッピングモールに出かけた時のことだ。
みんなご飯を食べ終えて、まったりとしていたところで、うちの祖父が帰り支度をして突然席から立ち上がってボーっと立っている。
どうかしたの?と聞いても、別に何でもないというし、どうしたものかと思っていたら、突然サムも立ち上がって祖父を連れてどこかへ行ってしまった。
後に残された私達は、ボーゼンと見送るばかり。
だって、サムは英語とアラビア語が話せて、わが祖父は日本語だけ。
どうやって会話するのさ?
しばらくたって、帰る時間になったから義父がサムと連絡を取って、サムと祖父は戻ってきた。
何してたの?と聞いたら、2人でカフェに行ってコーヒーを飲んだというではないか!?
何か話をしたの?と聞くと、いいや 何も話さなかったと。笑
これ以来、わが両親と祖父母が滞在中、サムは本当によく気を配ってくれた。
結婚披露パーティの時のビュッフェでも、4人分の料理をわざわざ取って席まで運んできてくれたのだ。
祖父にとって本当にこのエジプト旅行は、かけがえのないものになったようで、エジプト旅行の中で一番良かったのは、人が親切にしてくれたところだそうだ。
この旅行中、本当に祖父はどうしたの?というくらい良く食べ(基本的に小食)、元気溌剌だった。
旅行から帰った後は、妙に自信がついたようで、また海外への長旅もしてもいいかな?とういう勢いらしい。
孫として、祖父が若返ってくれることは大歓迎だ。
本当に祖父がサムと出会ったこと、エジプトまで来てくれたことに感謝したい。
*プラネタリウムとダイニングテーブルと椅子の写真をアップしました。
わが両親・祖父母をホテルに出迎えに行く時に、私とファハトと義父の友人サミールさん(通称 サム)とで出かけたことは以前に書いたとおり。
今日は、このサムと祖父の小話を少し書いてみようかなと。
まずは、わが祖父のことから少し。
今回のエジプトでの結婚式に来るか来ないか、最後まで返事を渋っていたのは祖父であった。
もう77歳になって、さすがに12時間以上にのぼる飛行時間と祖父の弟が病気にかかったのは、祖父の決断を鈍らせていたみたい。
それとは正反対にうちの祖母は、最初から来る気満々で、旅行に向けてより若返ったような気もしないでもなかったかも。
来ないかも?と言っていたのだけれど、私が手紙を書いて来て欲しい旨を伝えてからは、気持ちが吹っ切れたのか来ると決心してくれた。
その分、母の方が祖父母の健康面の心配でストレスが溜まっていたような気がしないでもないけれど。
私が初めてサムを見たときの感想は、とにかく体格の大きいがっしりした人だし、あまり笑わないし、ちょっと怖いな〜と言う感じだった。
私の英語力があまりなくて、会話の感じからどういう人か掴みづらかったというのも理由のひとつにちがいない。
でも、共に1日2日と過ごし、みんなでショッピングモールに出かけた時のことだ。
みんなご飯を食べ終えて、まったりとしていたところで、うちの祖父が帰り支度をして突然席から立ち上がってボーっと立っている。
どうかしたの?と聞いても、別に何でもないというし、どうしたものかと思っていたら、突然サムも立ち上がって祖父を連れてどこかへ行ってしまった。
後に残された私達は、ボーゼンと見送るばかり。
だって、サムは英語とアラビア語が話せて、わが祖父は日本語だけ。
どうやって会話するのさ?
しばらくたって、帰る時間になったから義父がサムと連絡を取って、サムと祖父は戻ってきた。
何してたの?と聞いたら、2人でカフェに行ってコーヒーを飲んだというではないか!?
何か話をしたの?と聞くと、いいや 何も話さなかったと。笑
これ以来、わが両親と祖父母が滞在中、サムは本当によく気を配ってくれた。
結婚披露パーティの時のビュッフェでも、4人分の料理をわざわざ取って席まで運んできてくれたのだ。
祖父にとって本当にこのエジプト旅行は、かけがえのないものになったようで、エジプト旅行の中で一番良かったのは、人が親切にしてくれたところだそうだ。
この旅行中、本当に祖父はどうしたの?というくらい良く食べ(基本的に小食)、元気溌剌だった。
旅行から帰った後は、妙に自信がついたようで、また海外への長旅もしてもいいかな?とういう勢いらしい。
孫として、祖父が若返ってくれることは大歓迎だ。
本当に祖父がサムと出会ったこと、エジプトまで来てくれたことに感謝したい。
*プラネタリウムとダイニングテーブルと椅子の写真をアップしました。
(00:08)
2006年01月14日
結局、24日に到着予定だった両親も25日になってからの到着。
2日続けて午前様。
明日こそは0時までには眠りたい、それが心からの願いだわと呟きつつ眠りについた。
25日は、両親・祖父母が初めて義父母のマンションを訪ねる。
部屋の中を案内して、窓からの眺めを堪能。
この後は、義父の友人の家へ行って昼ごはんをと言っていたのだけれど、予定がコロコロ変更。
なんせ大人数のグループなものだから、足がない。
車を用意するだけで、一苦労。
結局、軽くサンドイッチを食べて、ショッピングモールへ行くことに。
こういうモールは、エジプトでは珍しいものらしい。
普通の街中には、小さな店が山ほど軒を連ねていて、とっても騒がしい感じ。
そこで、店をチョロチョロ冷やかして、その後食事をとりました。
沢山のファーストフード店が軒を連ねていて、やっぱりこういうのはどの国でも人気なのね〜と実感しました。
そして、両親・祖父母をホテルに送って行ってから、私達も家路へ。
その後、義父の友人の家へお茶にお呼ばれに。
なんだか後から後から、どんどん友人が増えていって、結局今回も家路についたのは、午前を回ってから。
義父の友人達は、どの人もみんな面白くて冗談好きでとても楽しい時間を過ごせたのだけれど、この時点で3日続けての午前様はさすがに私の体の限界に近づけてくれたような気が。
アラブ系の国では、大体パーティなどの始まりは11時から位で朝方まで宴はたけなわってのが一般的らしい。
みんな夜型人間なのね。
基本的に朝方人間の両親の元に育った私には、中々きつい習慣でした。
2日続けて午前様。
明日こそは0時までには眠りたい、それが心からの願いだわと呟きつつ眠りについた。
25日は、両親・祖父母が初めて義父母のマンションを訪ねる。
部屋の中を案内して、窓からの眺めを堪能。
この後は、義父の友人の家へ行って昼ごはんをと言っていたのだけれど、予定がコロコロ変更。
なんせ大人数のグループなものだから、足がない。
車を用意するだけで、一苦労。
結局、軽くサンドイッチを食べて、ショッピングモールへ行くことに。
こういうモールは、エジプトでは珍しいものらしい。
普通の街中には、小さな店が山ほど軒を連ねていて、とっても騒がしい感じ。
そこで、店をチョロチョロ冷やかして、その後食事をとりました。
沢山のファーストフード店が軒を連ねていて、やっぱりこういうのはどの国でも人気なのね〜と実感しました。
そして、両親・祖父母をホテルに送って行ってから、私達も家路へ。
その後、義父の友人の家へお茶にお呼ばれに。
なんだか後から後から、どんどん友人が増えていって、結局今回も家路についたのは、午前を回ってから。
義父の友人達は、どの人もみんな面白くて冗談好きでとても楽しい時間を過ごせたのだけれど、この時点で3日続けての午前様はさすがに私の体の限界に近づけてくれたような気が。
アラブ系の国では、大体パーティなどの始まりは11時から位で朝方まで宴はたけなわってのが一般的らしい。
みんな夜型人間なのね。
基本的に朝方人間の両親の元に育った私には、中々きつい習慣でした。
(17:02)
2006年01月13日
今日もエジプト旅行記の前にまったく違った話を。
以前、友達が結婚祝いにと送ってくれた荷物の中に大人の科学という本と付録が入っていました。
付録には、自分で作成するプラネタリウムが付いていました。
エジプトに行く前に、自分で作り始めたものの作成するのにドライバーが必要で、その頃我が家にドライバーや金槌といった工具の類は一切なかったもので、途中まで作って放置していたのですが、先日IKEAで工具セットを買ったので早速再び作り始めることに。
一人で黙々と作っていたのですが、作っている間、違う部屋にいたファハトが何度か訪ねてきたのですが、さっきいた場所から一歩も動いてないよ!というくらい熱中してました。
出来上がりは、なかなか上々で自分でも満足。
また、本当にキレイなんですよ、このプラネタリウム。
部屋を真っ暗にして、スイッチをいれると部屋中にあふれる夜空。
本当にしょうちゃんに感謝です。ありがとう〜〜
今日こそは、エジプト滞在記の続きを書く予定ではありますが、予定は未定でございます。
以前、友達が結婚祝いにと送ってくれた荷物の中に大人の科学という本と付録が入っていました。
付録には、自分で作成するプラネタリウムが付いていました。
エジプトに行く前に、自分で作り始めたものの作成するのにドライバーが必要で、その頃我が家にドライバーや金槌といった工具の類は一切なかったもので、途中まで作って放置していたのですが、先日IKEAで工具セットを買ったので早速再び作り始めることに。
一人で黙々と作っていたのですが、作っている間、違う部屋にいたファハトが何度か訪ねてきたのですが、さっきいた場所から一歩も動いてないよ!というくらい熱中してました。
出来上がりは、なかなか上々で自分でも満足。
また、本当にキレイなんですよ、このプラネタリウム。
部屋を真っ暗にして、スイッチをいれると部屋中にあふれる夜空。
本当にしょうちゃんに感謝です。ありがとう〜〜
今日こそは、エジプト滞在記の続きを書く予定ではありますが、予定は未定でございます。
(00:10)
2006年01月12日
今日は、ちょっとエジプトネタではなくて我が家のネタで。。
時間があれば、今日中にもう1つエジプト旅行記を更新します。
今日は午後から夫と共にIKEAへ行って、ダイニングテーブルと椅子を買ってきました。
引っ越してから随分たつのにいまだに買ってなかったのか!?と言われそうですが、夫の方も忙しくてなかなか行けなかったんですよね。
でも、ようやく買うことができました。
白くて丸い4人がけのダイニングテーブルとおそろいの白色の椅子は、とても可愛くてかなり満足な買い物です。
部屋もようやく部屋らしくなったな〜って感じです。
でも、この椅子とダイニングテーブルを2人で電車と地下鉄で持ち帰るのは、とっても重かった。
でも、親切な人が2人もいて運ぶのを手伝ってくれました。
有り難い
時間があれば、今日中にもう1つエジプト旅行記を更新します。
今日は午後から夫と共にIKEAへ行って、ダイニングテーブルと椅子を買ってきました。
引っ越してから随分たつのにいまだに買ってなかったのか!?と言われそうですが、夫の方も忙しくてなかなか行けなかったんですよね。
でも、ようやく買うことができました。
白くて丸い4人がけのダイニングテーブルとおそろいの白色の椅子は、とても可愛くてかなり満足な買い物です。
部屋もようやく部屋らしくなったな〜って感じです。
でも、この椅子とダイニングテーブルを2人で電車と地下鉄で持ち帰るのは、とっても重かった。
でも、親切な人が2人もいて運ぶのを手伝ってくれました。
有り難い
(02:19)
2006年01月10日
毎日、更新しようとは思うものの、毎日更新するのって難しいですね。
さて、忘れないうちにエジプト滞在記を。
24日は、朝10時ごろまでぐっすり寝て、シャワーを浴びて遅い朝食を食べる。
これといって何をしたわけではないけれど、マンションから見える景色を堪能したりして夜までまったり。
このマンションの部屋は、窓から見える海の景色がすごく美しくて、それを気に入った義母がこの部屋にすると決めたそう。
さすがにキレイでした。
夜からは、わが両親、祖父母が到着するというので、ホテルまで迎えにいって待っていました。
両親、祖父母は、12時間以上かけてカイロまで来た後、義父の手配してくれた車にのって2時間半の道のりを経てアレキサンドリアに着く予定だったのだけれど、ドライバーが道に迷って3時間半も車に乗っているはめに。
おかげで私と夫と義父の友人サミールさんは、ホテルのラウンジで1時間以上待ち続け、本当なら1時間ほどあとにカイロからアレキサンドリアに来るはずだった義姉夫婦が先に家に到着してました。
でも、両親だけでなく祖父母まで来てくれるたので、嬉しいと同時に健康面で心配していたのですが、無事到着してくれて本当によかったです。
さて、忘れないうちにエジプト滞在記を。
24日は、朝10時ごろまでぐっすり寝て、シャワーを浴びて遅い朝食を食べる。
これといって何をしたわけではないけれど、マンションから見える景色を堪能したりして夜までまったり。
このマンションの部屋は、窓から見える海の景色がすごく美しくて、それを気に入った義母がこの部屋にすると決めたそう。
さすがにキレイでした。
夜からは、わが両親、祖父母が到着するというので、ホテルまで迎えにいって待っていました。
両親、祖父母は、12時間以上かけてカイロまで来た後、義父の手配してくれた車にのって2時間半の道のりを経てアレキサンドリアに着く予定だったのだけれど、ドライバーが道に迷って3時間半も車に乗っているはめに。
おかげで私と夫と義父の友人サミールさんは、ホテルのラウンジで1時間以上待ち続け、本当なら1時間ほどあとにカイロからアレキサンドリアに来るはずだった義姉夫婦が先に家に到着してました。
でも、両親だけでなく祖父母まで来てくれるたので、嬉しいと同時に健康面で心配していたのですが、無事到着してくれて本当によかったです。
(21:42)
2006年01月08日
無事、トランクを空港の外へ運び出すと、空港の外には沢山の人が!!
どうやらアレキサンドリア空港では、到着する人を待つ人たちは空港内へ入れないみたい。
みなさん、寒空のなか到着する人を待っていました。
私達は、2台の車に乗り込んで家路を目指しました。
さすがに午前3時くらいの街並みは、街灯に照らされつつも暗かったです。
これが私が体験した初めてのエジプトの街でした。
街を見たときは、当たり前だけどアラビア語ばっかりだ〜とか、高層ビルが多いな〜と思いました。
ちなみに、この高層ビルすごく古そうだけど大丈夫??ってのもよく思いました。
そうこうしている内に、義父母のマンションに到着。
また、このビルまだ完全に出来上がってないみたいで、特にエントランスの部分だけみたら廃墟の様。
この建物といわれた時は、かつがれてるんだわと本気で思ったけど、みんなが荷物を持って入って行くのを見たときは、マジ!?とこの目を疑いました。
きっと真っ暗な朝方だったのも、そう思わせるのを助けてくれたんだと思う。
2つあるのに1つしか動かないエレベーターに乗って部屋へ行くと、義母が起きていて、出迎えてくれました。
部屋の中はすっごくキレイで感動した覚えが。
それから、部屋の説明をいろいろしてもらって、お土産を渡して、やっとベッドに入ったときは午前4時をまわっていたような。
こうしてエジプト到着1日目は、過ぎていったのでした。
どうやらアレキサンドリア空港では、到着する人を待つ人たちは空港内へ入れないみたい。
みなさん、寒空のなか到着する人を待っていました。
私達は、2台の車に乗り込んで家路を目指しました。
さすがに午前3時くらいの街並みは、街灯に照らされつつも暗かったです。
これが私が体験した初めてのエジプトの街でした。
街を見たときは、当たり前だけどアラビア語ばっかりだ〜とか、高層ビルが多いな〜と思いました。
ちなみに、この高層ビルすごく古そうだけど大丈夫??ってのもよく思いました。
そうこうしている内に、義父母のマンションに到着。
また、このビルまだ完全に出来上がってないみたいで、特にエントランスの部分だけみたら廃墟の様。
この建物といわれた時は、かつがれてるんだわと本気で思ったけど、みんなが荷物を持って入って行くのを見たときは、マジ!?とこの目を疑いました。
きっと真っ暗な朝方だったのも、そう思わせるのを助けてくれたんだと思う。
2つあるのに1つしか動かないエレベーターに乗って部屋へ行くと、義母が起きていて、出迎えてくれました。
部屋の中はすっごくキレイで感動した覚えが。
それから、部屋の説明をいろいろしてもらって、お土産を渡して、やっとベッドに入ったときは午前4時をまわっていたような。
こうしてエジプト到着1日目は、過ぎていったのでした。
(19:12)
また今日も、書き遅れてしまった。。泣
さてさて、無事トランクを受け取った私達でしたが、気づいた時にはトランクはトローリーに乗せられ、空港で働いている知らないおじさんが運んでました。笑
どうやらエジプトでは、空港で働いている人がトランクを運ぶことになっている様。
そして、それに対してチップをあげるようです。
エジプトの貨幣はエジプトポンドで、価値は1ユーロがエジプトポンドでは7ポンドほど。
1ポンドは、時によって変わるでしょうが日本円で20円ほどでしょうか。
日本に比べると、本当に物価が安いのです。
エジプトに旅行に行く前に、義父に教わりました。
エジプトでは、色々な場所でちょっとしたチップをあげるものだと。
トイレに行けば、トイレで働いている人に1〜3ポンドほどをチップとして渡す、車を道に駐車するときに、その道に立っていて駐車を誘導している人がいる、その人にもチップを渡す。
そうしたチップを渡すことで、その人たちの生活が成り立っているのだと、そしてそうするのがエジプトなんだと。
私自身はエジプトのことを多く知りません。
ですから、これは私自身の体験と義父から教えてもらったことを元に書いています。違った意見をお持ちの人もいらっしゃるかもしれませんが、あしからず。
さてさて、無事トランクを受け取った私達でしたが、気づいた時にはトランクはトローリーに乗せられ、空港で働いている知らないおじさんが運んでました。笑
どうやらエジプトでは、空港で働いている人がトランクを運ぶことになっている様。
そして、それに対してチップをあげるようです。
エジプトの貨幣はエジプトポンドで、価値は1ユーロがエジプトポンドでは7ポンドほど。
1ポンドは、時によって変わるでしょうが日本円で20円ほどでしょうか。
日本に比べると、本当に物価が安いのです。
エジプトに旅行に行く前に、義父に教わりました。
エジプトでは、色々な場所でちょっとしたチップをあげるものだと。
トイレに行けば、トイレで働いている人に1〜3ポンドほどをチップとして渡す、車を道に駐車するときに、その道に立っていて駐車を誘導している人がいる、その人にもチップを渡す。
そうしたチップを渡すことで、その人たちの生活が成り立っているのだと、そしてそうするのがエジプトなんだと。
私自身はエジプトのことを多く知りません。
ですから、これは私自身の体験と義父から教えてもらったことを元に書いています。違った意見をお持ちの人もいらっしゃるかもしれませんが、あしからず。
(01:35)
2006年01月06日
昨日は、荷物の整理をしたり食料の調達をしていたら、日本時間では次の日になってしまいました。
明日、更新すると言っていたのに、すっかり遅くなってすみません。
これから、覚えている範囲でエジプト旅行記をお伝えします。
大体6〜7時間の飛行を終えて、12月24日の午前2時頃に無事アレキサンドリアに到着しました。
アレキサンドリアの空港は、小さくてあまり近代的ではありませんでした。
これが、空港!?と驚いたのを覚えています。
残念ながら写真は、あくせくしていて撮っていません。
飛行機を降りて、バスで空港の建物まで行き、パスポートの検査のところまで行ったところで、義父発見。
普通ならこんな中まで入って来れないはずだから驚きつつ、再会のハグをかわし義父と一緒に来ていた友達を紹介してもらう。
このお友達は、エジプトの大臣などの警備をしているお偉いさんらしく、この人のおかげで空港の内部まで入れたらしい。
恐るべし人脈。。
義弟は、まだエジプトのビザを取ってないから、ビザの列に並ばなきゃいけなかったんだけど、このお偉いさんのおかげで並ばずゲット。
そして、パスポートの検査の列も素通りして、なんだかVIP待遇でパスポート検査も終え、トランクを受け取りに行きました。
でも、さすがにトランクまではVIP待遇で運んでくれることはなかったので、普通に待ってました。
どうやらこの権力を傘にしたVIP待遇がたたったのか、トランクはなかなか出てきませんでした。
おそらく、後からトランクを取りに来た人より遅く出てきた気が。。。
長くなったので、続きはまた明日。
明日、更新すると言っていたのに、すっかり遅くなってすみません。
これから、覚えている範囲でエジプト旅行記をお伝えします。
大体6〜7時間の飛行を終えて、12月24日の午前2時頃に無事アレキサンドリアに到着しました。
アレキサンドリアの空港は、小さくてあまり近代的ではありませんでした。
これが、空港!?と驚いたのを覚えています。
残念ながら写真は、あくせくしていて撮っていません。
飛行機を降りて、バスで空港の建物まで行き、パスポートの検査のところまで行ったところで、義父発見。
普通ならこんな中まで入って来れないはずだから驚きつつ、再会のハグをかわし義父と一緒に来ていた友達を紹介してもらう。
このお友達は、エジプトの大臣などの警備をしているお偉いさんらしく、この人のおかげで空港の内部まで入れたらしい。
恐るべし人脈。。
義弟は、まだエジプトのビザを取ってないから、ビザの列に並ばなきゃいけなかったんだけど、このお偉いさんのおかげで並ばずゲット。
そして、パスポートの検査の列も素通りして、なんだかVIP待遇でパスポート検査も終え、トランクを受け取りに行きました。
でも、さすがにトランクまではVIP待遇で運んでくれることはなかったので、普通に待ってました。
どうやらこの権力を傘にしたVIP待遇がたたったのか、トランクはなかなか出てきませんでした。
おそらく、後からトランクを取りに来た人より遅く出てきた気が。。。
長くなったので、続きはまた明日。
(04:05)