隗より始めよ・三浦淳のブログ

15年近く続けてきたサイト「新潟大学・三浦淳研究室」が、WindowsXPへのサポート中止により終了となったため、その後続ブログとして立ち上げたのが、この「隗より始めよ・三浦淳のブログ」です。 旧「新潟大学・三浦淳研究室」は以下のURLからごらんいただけます。 http://miura.k-server.org/Default.htm 本職はドイツ文学者。ドイツ文学内に登場する女性像について一般人向けに分かりやすく書いた『夢のようにはかない女の肖像 ――ドイツ文学の中の女たち――』(同学社、1500円+税)、そしてナチ時代における著名指揮者とノーベル賞作家の対立を論じた訳書『フルトヴェングラーとトーマス・マン ナチズムと芸術家』(アルテスパブリッシング、2500円+税)が発売中です。 なお、当ブログへのご意見・ご感想は、メールで以下のアドレスにお願いいたします。 miura@human.niigata-u.ac.jp

読書と映画については★で評価をしています。☆は★の半分。
★★★★★=最高、★★★★=かなり良質、★★★=一読・一見の価値あり、★★=芳しからず、★=駄本・駄作

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評価 ★★★☆

 フランスの作家アンドレ・ジイド(1869~1951、最近はジイドではなくジッドと表記されることが多いが、ここでは本の表記に従う)は1925年にコンゴ旅行に出発した。彼が56歳の時のことである。かねてからアフリカ旅行に憧れていた彼だったが、実現するまでにはかなりの年月が必要だった。本書はジイドが約7ヵ月にわたり、当時フランス領だった赤道アフリカ地域を旅行した際の記録である。

 私が7年前に岩波文庫の復刊で入手しておいた本書を読む気になったのは、必要があって読んでいる研究書でこのジイドの紀行文が俎上に載せられていたからである(Hilaire Mbakop: Normen und Grenzen der Kritik und des Engagements in den politischen Schriften von Heinrich Mann und André Gide zwischen 1923 und 1945. Frankfurt am Main 2003〔ヒレール・ムバコプ『1923年から1945年にかけてのハインリヒ・マンとアンドレ・ジイドの政治的な文書における批判とアンガージュマンの規範と限界』〕)。ポストコロニアリズムの視点から、反ファシズム作家として名高いハインリヒ・マンとジイドの植民地主義思想を批判した書物である。

 上述の研究書は、ジイドはこの紀行文でフランスが植民地で行っている不正には厳しい態度をとっているが、植民地主義そのものは容認しているとして批判している。

 たしかにジイドはフランスの植民地主義そのものを批判することはしていないが、現代的な価値観でそのことを論難するのは教条主義の弊をまぬがれないのではないか。本書を読めば、ジイドは白人による現地人の不正な扱いや虐待や詐欺などに対して逐一批判を行っているし、必要な場合は現地の管理にあたる白人に訴えを行っているし、途中で人夫として使った現地人には金銭的な配慮は十分にしている。上記研究書では、ジイドがチポワと呼ばれる運搬カゴ(現地人4人で担ぐ)に乗っていることまで批判しているのだが、大部分の行程は自動車も使えない道であり、初めてアフリカにやってきた当時56歳のジイドが、現地人と同じくすべての行程を自分の足で歩くべきだというのはいささか無理な要求であろう(ジイドもいつもチポワに乗っていたわけではなく、それなりに歩いてもいる)。

 アフリカの風景や現地人の様子を描くジイドの筆は実に生き生きとしている。美しいと感じたところは素直に称賛し、逆に醜悪と感じられたところについても率直にそう書いている。アフリカ出身者からすれば偏見が混じっているということにもなろうが、作家として感じたとおり、思ったとおりを記録に残したジイドの紀行文は、現代人が読んでもそれなりに面白い。またフランス支配下のアフリカの植民地に様々な問題があったことも十分に伝わってくる。(ジイドは本書刊行後、そこに記した企業の不正に関して、企業からクレームをつけられている。)

今月17日付け産経新聞の記事から。

 http://www.sankei.com/life/news/170317/lif1703170011-n1.html
 2017.3.17 07:25
 アジア大学ランキング、東大が7位を維持 日本の大学は中国に押され順位下がる 英誌が発表

 英教育誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションは15日、中東を含むアジアの今年の大学ランキングを発表し、日本で唯一トップ10入りした東京大は昨年と同じく7位となった。同誌によると、100位内に入った日本の大学は昨年から2校減少し、12校だった。

 同誌は「アジア随一の大学大国」と日本を評価する一方で、中国などの勢いに押される形で日本の多くの大学が順位を下げたことを懸念。原因について資金不足のほか、海外の研究者との協力が弱い傾向にあると分析した。

 京都大は昨年の11位から14位に。東北大(26位)、東京工業大(30位)、大阪大(32位)、名古屋大(35位)、筑波大(56位)、北海道大(58位)、首都大学東京(69位)などがいずれも昨年から順位を下げた。

 一方、100位内で順位を上げたのは豊田工業大(40位)、九州大(45位)、東京医科歯科大(51位)。

 1位は今年もシンガポール国立大。2位以下は北京大(中国)、清華大(中国)、南洋工科大(シンガポール)、香港大と続いた。

 同誌は論文の影響力や国際化の度合いなど13の指標で調査している。(共同)

                          

 上の記事では分からないが、以下のURLには、アジア大学ランキングで100位までに入っている学校名がすべて載っている。

      http://hot-topic-news.com/asia-university-rankings-2017

   そこから分かるのは、10位以内に日本の大学は東大しか入っていないが、中国は2校、韓国は3校入っているという事実である。
 20位以内で見てみても、日本は京大が加わるだけで合計2校だが、中国は6校、韓国は5校入っているのである。
 100位以内なら? 日本は12校だが、中国は23校、韓国は15校。日本はどこから見ても負けている。

 最近、囲碁の世界では日本は完全に中国と韓国の後塵を拝しているけれど、学術においてもこの両国に追い抜かれているという事実をここから読み取らなくてはならない。

           

 そしたら、一昨日の読売新聞に、日本の科学研究が失速しているという記事が載った。

 http://www.yomiuri.co.jp/science/20170324-OYT1T50042.html?from=ytop_main1
 論文数減少「日本の科学研究が失速」…英誌警鐘
 2017年03月24日 10時46分

 日本の科学研究が失速している――。

 英科学誌ネイチャーは、日本の科学研究の現状をまとめた23日の別冊で、そうした分析結果を発表した。日本の研究者による論文数は最近5年間で8%減少するなど停滞が著しく、同誌は「今後10年で成果が上がらなければ、研究で世界トップ級の地位を失いかねない」と警鐘を鳴らしている。

 同誌や米科学誌サイエンスなど、自然科学系の主要学術雑誌68誌に掲載された論文を対象に分析した。その結果、日本の大学・研究機関に所属する研究者が著者の論文数は、2012~16年の間に8・3%減少。中国、英国がそれぞれ47・7%、17・3%増えたのとは対照的な結果となった。

(以下、略。これ以降は、登録者でないと読めません。)

            

 このブログでは何度も言っていることだけど、そもそも国立大学の独法化が間違いだったのだ。高等教育にかけるお金が先進国としては国際的に見てもダントツで少ないこともかねがね指摘されているとおり。

 なのに、政治家は何もしない。マスコミも、特に保守系の雑誌なんかはは危機感を全然抱いていないようだ。バカか、お前たちは!と叫びたくなるんだけどね。

 もっとも、大学人ももっと叫んだほうがいいと思うぜ。学術研究と軍事技術なんてものにかまけているより、日本の大学がいちばん基本的な部分で危うくなっている事実をなぜ声を大にして叫ばないのか。

 政治家も研究者もバカばかり、なんでしょう、日本は(嘆息)。

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今年映画館で見た39本目の映画
鑑賞日 3月16日
TOHOシネマズ・シャンテ (日比谷)
評価 ★★★

 韓国映画、パク・チャヌク監督作品、145分。

 朝鮮半島が日本領だった時代を舞台に、膨大な蔵書を誇る邸宅で叔父と一緒に暮らす日本人令嬢(キム・ミニ)と、彼女に仕える現地人の少女(キム・テリ)、および令嬢に近づこうとする結婚詐欺師(ハ・ジョンウ)の物語。

 ・・・第一部は、要するにそういうストーリーなのだが、第二部以降は多元的な展開となる。といっても視点人物により物語が多角的に語られるというのではなく、筋書きが少しずつ変わってくるのである。この辺をどう受け止めるかが、評価のカギになろう。

 邸宅には膨大な蔵書を誇る書斎があるのだが、せっかくのこの設定が十分に活かされていないのが気になった。主演女優ふたりは、レズ・シーンを含めて熱演。最近日本の女優って映画であまり脱がないけど(というよりAVでジャンルが分離しちゃっているからかなあ)、韓国女優を見習いましょう(笑)。

 東京では3月3日の封切だったが、新潟市では今のところ上映予定がないようだ。

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今年映画館で見た38本目の映画
鑑賞日 3月16日
TOHOシネマズ・シャンテ(日比谷)
評価 ★★★★

 英米合作、ジェフ・ニコルズ監督作品、123分、原題は"LOVING"で、これはLOVEの動名詞や現在分詞ではなく、主人公夫妻の姓である。邦題の副題にはその辺の含意がある。

 実話をもとにした映画。1950年代のアメリカ・ヴァージニア州には異人種結婚禁止法が存在した。しかし左官業をしている白人青年は黒人女性と恋愛関係になり、彼女が妊娠したことを機に結婚を決意。といっても州内では結婚式は不可能なので、首都のワシントンDCでの挙式となる。

 ところがヴァージニア州ではたとえ他州で結婚式を挙げても異人種が一緒に結婚生活を送っているだけで法律違反となる。夫妻は逮捕され、弁護士の努力で保釈されるが、州の裁判では有罪となり、他州での生活を余儀なくされる。けれども都会では子育てが思うようにできないということで、夫妻はこっそりヴァージニア州に舞い戻るのだが・・・

 テーマが人種差別で、後半は裁判闘争になるのだが、派手な演出は避けて淡々とした展開になっている。あまり映画を見慣れない人にはそこが食い足りないということになるかも知れないけれど、むしろ夫婦の仕事や生活や子育ての様子をしっかりと描き出しているからこそ、二人の結婚生活を認めないヴァージニア州の法律の異常さが観客にも納得できるのだと思う。

 二人は人権派弁護士や進歩的マスコミの助けを借りて連邦最高裁での裁判にまで持ち込むのだが、しかしいわゆる闘士タイプではなく、人前に出ることを好まなかった。二人のそうした人柄に添うようなこの映画の作りに敬意を表したい。

 東京では3月3日の封切だったが、新潟市では例のごとく今のところ上映予定がない。良心的な劇場の勇断を望む。

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3月15日(水) 午後7時開演
浜離宮朝日ホール
1階20列16番、6500円

  上京して3日目に聴いた音楽会。
 前売券は買っていなかったが、当日会場に電話したら当日券があるとのことだったので、行くことに。
 満席ではなく8~9割程度の入り。
 ピアノを習っているらしい小さな女の子も母親と一緒に来ていた。

 ダルベルトのリサイタルは4年ほど前に東京の王子ホールでオール・シューベルト・プロデ聴いているが、その時は満席だった。今回はちょっと渋いプログラムなので満席にならなかったのかも。

 フォーレ: バラード 嬰ヘ長調 op.19
 フォーレ: ノクターン 第7番 嬰ハ短調 op.74、第13番 ロ短調 op.119
 フランク: 前奏曲、コラールとフーガ
 (休憩)
 ブラームス: 4つのバラード op.10
 ブラームス: パガニーニの主題による変奏曲 op.35 第1巻&第2巻
 (アンコール)
 ドビュッシー: 「子供の領分」より「グラドゥス・パルナッスム博士」

 前半はフォーレとフランク。フォーレのピアノ曲はピアノの演奏会でもなかなか聴く機会がない。もっと多く取り上げられてもいいと思うのだが。
 といっても、フォーレのピアノ曲が私に分かっているかというと、うーん・・・という感じ。聴くのは嫌いではないけれど、何かもう一つ掴めないところがある。惹かれるのだけれど永遠に掴めない・・・好きなんだけど近づけない美女、みたいな感じかなあ。特にフォーレ3曲目の晩年のノクターンなんかは近づけない感が強い。
 吉田秀和は昔、クラシックの名曲を300曲選ぶ本を書いたが、しばらくして全集に再録するときに、「フォーレのピアノ五重奏曲第2番は入れるべきだった。勉強が足りませんでした」という一文を追加した。フォーレ晩年の室内楽やピアノ曲は容易に近づけない性格を持っているのかも知れない。
 これに比べると、フランクの曲は分かりやすいというか、作曲家の意図がわりに見えやすい気がする。バッハやベートーヴェンの影響が見えるからかも知れない。

 後半のブラームス。最初の4つのバラードは若い時分の曲だけど、非常に静かで内省的な弾き方をしていた。かなり派手目に弾いてもいい部分もあるのだが、敢えてそうしないでいるよう。その代わりというべきか、パガニーニの主題による変奏曲では技巧を遺憾なく発揮していた。

 アンコールは1曲だけ。
 このあと、CD購入者にはサイン会もあったが、私はそのまま会場をあとにした。こういう曲目でのピアノリサイタルが新潟でも開かれればいいのに、と思いながら。 

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今年映画館で見た44本目の映画
鑑賞日 3月23日
シネ・ウインド
評価 ★★★★

 鑑賞した順序が前後しますが、いい映画なので先に紹介します。
 
 フランス映画、ロシュディ・ゼム監督作品、119分、原題は"CHOCOLAT"(ショコラ)。
 実在の道化師コンビをもとにした物語。19世紀末から20世紀初頭のフランスが舞台。

 白人のフティット(ジェームズ・ティエレ・・・チャップリンの孫にあたる)は田舎回りのサーカスで道化師をしているが、一人での演技に行き詰まりを感じ、たまたま同じサーカスにいた黒人ラファエル(オマール・シー)とコンビを組むことを思いつく。黒人の芸名をショコラ(チョコレート=黒人の肌の色を暗示)として始まった二人の道化芝居は大人気を博し、やがて二人は花の都パリの一流サーカスで芸を披露することに。

 しかしかつて植民地から逃亡してフランスにやってきたショコラは身分証明書を持たず、ために牢獄にぶちこまれてしまう。興業主の手配で何とか釈放されたものの、次第に黒人をいじめる筋書きの道化芝居に疑問を感じるようになっていき・・・

 ショコラとフティットは実在の道化師で、映画ができた初期の時代に活躍したので映像も残っており、この映画の最後でその一部が映し出されている。長らく忘れられた存在だったショコラについては、現在は(不明の点も多いようだが)伝記も出ており、邦訳もある(『ショコラ――歴史から消し去られたある黒人芸人の数奇な生涯』集英社インターナショナル)。

 パリ警察の露骨な黒人差別や、20世紀初頭にパリで開かれた植民地博覧会(黒人を動物扱いしている)の模様などが目を惹くが、同時にフティットが芸者ガールに扮するシーンもあって、道化芝居がオリエンタリズムをも取り込んでいた様子が日本人からすると興味深い。ショコラを啓発するハイチ出身の黒人知識人も登場する。

 だが、これは単に黒人差別を告発した映画ではない。白人のフティットは舞台を降りた日常では生真面目な暮らしをしており、絶えずネタを考えている様子からは道化役者の持つ悲哀や苦悩が伝わってくる。ショコラが酒や賭博や女、また当時は贅沢品だった自動車などにカネをつぎ込んでいるのに対し、フティットには浪費癖がまったくなく、また作中には彼がゲイであることを暗示するシーンもある(これが事実なのかフィクションなのかは不明)。芸人というものが持つ宿命を広く捉えた映画になっているのだ。

 大人の映画ファンには是非にとお薦めしたいが、私が見たシネ・ウインドの夜の回は客が3人(私を入れて)しかいなかった。新潟の映画ファンは何をやっているのか!?

 東京では1月下旬の封切だったが、新潟市では8週間の遅れでシネ・ウインドにて上映中、3月31日(金)限り。

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今年映画館で見た37本目の映画
鑑賞日 3月15日
シネマート新宿
評価 ★★☆

 韓国映画、ナ・ホンジン監督作品、156分。

 現代の韓国の田舎町を舞台に、家庭内の殺人事件が頻発し、謎の日本人に嫌疑がかかっていく過程を描いている。その謎の日本人を國村隼が演じているので話題に。

 何て言うんだろうか、呪いだとか悪魔の手先だとか、そういうこの映画の内容をそのまま受け入れられる人には面白いんだろうと思う。しかし大昔の物語ならいざ知らず、いくら田舎町とはいえ現代韓国が舞台で、しかも主人公(クァク・ドウォン)は警察官という職業なのに、そういうふうな筋書きで物語が展開されるのには、私としては違和感があった。警察官ともあろう者が、呪術だとか霊媒師だとかを最初からそのまま受け入れていいのか??

 だれが事件の黒幕なのか最後近くまではっきりしないし、作り手ははっきりさせようとも思っていないようだ。内容が内容だからはっきりしなくても構わないのかも知れないけれど、作品の作りそのものがいい加減だからじゃないか、というのが私の感想。韓国映画なのでシーンごとの迫力はかなりあるけれど。

 東京では3月11日の封切で、新潟市では今のところ上映予定がないが、長岡市ではTジョイ長岡での上映(5月)が予定されている。

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評価 ★★★

 最近出た新書。著者は神戸女学院大卒、南アフリカ・ケープタウン大修士(国際関係)、国連ボランティア、国連難民高等弁務官(UNHCR)職員をへて、現在は立教大特任准教授。

 本書は世界各地で大量に生まれている難民の実態、およびその難民対策を行うべき国連やUNHCRやNGOが必ずしもうまく機能していない実情を報告したものである。

 「はじめに」で断っているとおり、難民にテロリストが紛れ込んでいるとか、難民を装ったほうが好都合だから不必要に難民を装うというケースもあるわけだが、本書はそのような例は除外し、あくまで正統的な難民が「国際社会」からまともな扱いを受けていない実態を告発することを主目的にしている。著者自身かつてボランティアやUNHCR職員として難民に接したが、十分な認識を持たなかったので後から考えるとかなり問題のある対応しかできなかったことが反省されるという。

 本書はアフリカを主舞台として、難民をめぐる様々な問題点を数多く指摘しており、複雑でしばしば現在でも実態がよく分からない問題の所在を初めとして、アフリカ各国政権の思惑や、UNHCRの上層部が出世しか考えず難民の問題に真摯に対応していないとか、先進国にとって都合のいいような処方箋しか出していないとか、NGOがしばしば政府と、或いはCIAのような諜報機関と連携して仕事を進めているとか、日本のNGOや政府の難民対策はアメリカの真似をしているだけで独自の立場を構築していないとか、とにかく数多くの論点を提供している。

 特に、難民を帰国させるにあたっての問題点は重要である。帰国の条件が本当には整っていないのに帰国を強制したり、受け入れる本国の政権の思惑(場合によっては帰国した難民が収容所に入れられたりきつい労働に廻されることもある)を考慮していなかったり、考えるべき点は多い。つまり、難民の数を減らせばそれでいい、というものでもないわけだ。

 というわけで色々と教わるところも多い本なのだが、合わせて欠点も指摘しておかなければならない。

 まず、著者の説明がしばしば不親切であることだ。アフリカ各国の内部事情などはまず丁寧に、また或る程度過去の歴史をたどってもらわないと普通の日本人には理解できないわけだが、著者は自分が分かっていることは読者にも分かっているという前提で文章を書いているようで、伝えたいと思っているらしい事柄が読者に伝わってこない。

 特にルワンダの実情については、著者も触れているようにルワンダ虐殺を扱った映画が2本西側で作られ、虐殺が民族間の対立によるものだと一般には理解されている(私もそういう理解だった)わけだが、著者によると実態はかなり複雑で内部の政治的対立をも含んでおり、またどちらの民族が加害者でどちらが被害者なのかについても一般の理解とは逆の説もあるのだという。加えてルワンダと隣接国家との関係も絡んでくる。このあたりについては、ルワンダ問題としてまとめて、一から順序よく説明したほうが読者には親切だと思うのだが、著者は切れ切れに、色々な箇所でルワンダ虐殺問題に触れており、読者からするとルワンダ問題の全体像をうまくまとめて理解することが難しい。

 それとも絡むが、著者の説明そのものが妥当かどうか首をひねる部分も多い。例えばベトナム戦争後のベトナムから大量のボートピープルが脱出した問題で、著者はわずか半ページほどの記述で済ませており(53ページ)、しかも書き方があまり説得的ではなく、本当にボートピープルの問題を分かって書いているのかと疑問を覚えてしまう。

 同様に、著者の「国際社会」への批判は、難民を救うべきだという前提だけが強調されるあまり、不当に厳しくなっている。例えば難民を必要以上に「かわいそうで貧しい」というイメージで捉えるのは商品化だとしているのだが(95ページ)、寄附金を一般人から集めたり、税金を難民対策に使うことを一般市民から認めてもらうためには、或る程度はそういうイメージ戦略も必要なのではないか。専門家からすれば「難民を正しく捉えていない」ことになっても、正しく捉えた結果がカネの不足につながったら元も子もないのである。

 もう一例挙げるなら、1996年にルワンダ難民が故国と逆方向に逃亡していた際にUNHCRが現地人に対してルワンダ難民の所在を教えてくれたら10ドルの賞金を出すと申し出たという一件に触れて(98ページ)、著者は難民の命がたった10ドルと憤慨しているのだが、私は読んでいてよく理解できなかった。別段、難民一人を奴隷状態から解放すれば10ドルというのではなく、居場所に関する情報提供に過ぎないのだし、著者も認めているとおり現地人からすれば10ドルは大金なのである。何が問題なのか、分からなかった。

 このように、本書には、説明不足のためか、著者の勝手な思い込みのためか、読んでいて説得力に欠ける部分が少なくない。

 加えて、著者の文章はしばしば日本語としておかしい。

 例えば著者は「人口支配」という言い方を何度かしているのだが(216ページなど)、この言い方の原語は何だろうか。日本語で「人口」といったら普通は住民の数という意味である。そこからすれば「人口支配」とは住民数を自分の都合に合わせて増やしたり減らしたりする、という意味にしかならないと思うのだが、どうだろう。前後関係からすると、著者は要するに「特定の民族や人間集団を支配」という意味で用いているらしいのだが。

 これ以外にも、文章のいわゆる「てにをは」がおかしいところが目立つ。一例だけ挙げると、「しかしその声明を聞いたルワンダ難民は、UNHCRがRPF〔ルワンダ愛国戦線〕側にいることを再確認し、UNHCRの信用を完全に失った」(234ページ)。言うまでもなく、この文章の後半は「UNHCRに対する信頼感を完全に失った」とするべきだろう。

 こういう箇所が結構あって、著者の日本語を書く能力が低くても(他に評価すべき点も多いから)別に構わないのだが、ちくま新書の編集者(著者のあとがきによると松田健という人らしい)がこういう箇所はちゃんとチェックして直しておくべきだろうに、そうしていないのは職務上の怠慢だと言わなくてはならない。

 まとめて言うなら、本書は(特にアフリカの)難民の複雑な実情や、アフリカ各国の錯綜した事情を知るために有用だが、説明が体系的に整理されておらずしばしば断片的であり、また著者の判断が正しいかどうか疑われる箇所も少なくないので、用心して読むべき本だということである。

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今年映画館で見た36本目の映画
鑑賞日 3月15日
神保町シアター
評価 ★★☆

 漱石の『坊っちゃん』の映画化。1953年公開、モノクロ、丸山誠治監督作品。
 坊っちゃんが池部良、山嵐が小沢栄、赤シャツが森繁久弥、たぬき(校長)が小堀誠、うらなりが瀬良明、野太鼓が多々良純、マドンナが岡田茉莉子。

 原作を知って鑑賞すると、原作と同じ箇所とそうでない箇所とが分かってそれなりだが、今どきの若者は『坊っちゃん』すら読んでいない人間が多いから、どうかなと思う。例えば主人公の手の甲に切り傷の跡があるのはなぜか、原作を読んでいないと分からないだろう。

 原作では山嵐は独身だったはずだが、本作品では妻帯者になっている。また原作ではマドンナは主人公が一度姿を見ただけで、あとは世間の噂話として出てくるだけだが、さすがに映画ではそうはいかず、ここではマドンナが坊っちゃんにプレゼントをくれたりする。また、最後に坊っちゃんからの忠告で、マドンナは赤シャツとの関係を見直すという筋書きになっている。

 その赤シャツ役の森繁久弥が好演。彼が自宅でクラシック音楽(甘いヴァイオリン曲)を聞かせてマドンナの気を惹くシーンがある一方で、赤シャツに田園交響曲を聞かされた坊っちゃんが退屈してしまうシーンもあり、西洋クラシック音楽が帝大卒のインテリである赤シャツと親和性が強いけれど、「江戸っ子」であり物理学校卒の坊っちゃんにとってはそうではない、という暗示になっているのだろう。

 ちなみに本作品では赤シャツは京都帝大の出身になっている。漱石は旧制松山中学に帝大卒の学士として赴任したわけだが、これは明治28年(1895年)のことで、当時は帝大といったらのちの東京帝大しか存在しなかった。『坊っちゃん』の発表は明治39年(1906年)。京都帝大の創立は明治30年(1897年)、現在の文学部にあたる京都帝大文科大学の設立は明治39年(1906年)だから、『坊っちゃん』の発表と同年のことであった。

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今年映画館で見た35本目の映画
鑑賞日 3月15日
新宿武蔵野館
評価 ★★

 カナダ・フランス合作、グザヴィエ・ドラン監督作品、99分、原題も邦題に同じ(JUSTE LA FIN DU MONDE)。

 長らく故郷に帰っていなかった青年が、自分の最期が近いことを悟って、久しぶりに故郷の実家に戻ってくる。実家には、まだまだ元気な老母、兄とその妻、妹が住んでいる。

 青年としては、過去は過去として彼らと和解したいという気持ちで帰郷したのだった。しかし、実家では老母と妹の対立、弟に突っ慳貪な態度をとる兄、控え目でこの家に馴染めていないらしいその妻などの様子が嫌でも目に入ってきて、和解を望む青年の希望には程遠い家族間のごたごたが露呈する・・・

 無神経で人格もできていない人たちの口げんかや空疎なやりとりが延々と続く映画。こういう映画、好きな人もいるんだろうけど(何しろカンヌ国際映画祭でグランプリをとったほか、他の映画祭でも受賞しているそうだから)、私は見ていてうんざりした。こういう映画を評価する人間は、私とは何かが根本的に違うのだろう。

 控え目な兄の妻を演じるマリオン・コティヤールが唯一の見どころか。嫁さん役が美人だなと思いながら見ていたが、エンドロールでコティヤールと知り、びっくり。こないだ『マリアンヌ』でブラピの奥さん役をやっていたときとは感じが全然違っていたので。

 東京では2月11日の封切だったが、新潟市では今のところ上映予定がない。持ってこなくても別にいいんじゃないか。

 蛇足ながら、改修後の新宿武蔵野館に今回初めて入ったけど、椅子が上質になったくらいで、あまり大きな変化はないみたい。

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3月14日(火) 午後6時30分開演
新国立劇場オペラパレス
3階2列6番 Bランク 15120円、パンフレット 1000円 

 ドニゼッティの代表作『ルチア』だが、生で聴くのは初めてである。パンフレットによると、新国立劇場では2度目の上演になるようだ。といっても前回の上演は10年以上前のことである。

 ルチア: オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(ソプラノ)
 エドガルド: イスマエル・ジョルディ(テノール)
 エンリーコ: アルトゥール・ルチンスキー(バリトン)
 ライモンド: 妻屋秀和(バス)
 アルトゥーロ: 小原啓楼(テノール)
 アリーサ: 小林由佳(メゾソプラノ)
 ノルマンノ: 菅野敦(テノール)

 演出: ジャン=ルイ・グリンダ
 舞台監督: 村田健輔
 指揮:ジャンパオロ・ビザンティ
 東京フィルハーモニー交響楽団
 新国立劇場合唱団
 グラスハルモニカ: サシャ・レッケルト

 第一幕は海岸部で波が高い岩場に押し寄せるところから始まる。映像装置を用いて映画のようにリアルな波が再現され、ざあざあという音も入っている。この辺は、新国立劇場の装置および最近の技術的進歩によってオペラ舞台の表現が飛躍的に向上しているということであろう。海外オペラの引っ越し公演でも高度な技術が使われる場合はあるが、新国の場合はやはりオペラ専用劇場ならではの強みがあると思った。なお、この波の表現は後のほうでも引き続き用いられ、作品全体を統一する役割をも果たしていた。

 ヒロインのルチアと、ルチアに政略結婚を押しつけようとする兄エンリーコ、エンリーコの仇敵ながらルチアと愛し合っているエドガルドの、一種の三角関係を描いたオペラ。
 まず、悪役ながら兄エンリーコを歌うルチンスキーのすばらしい歌唱が第一幕から目を惹いた。エドガルド役のジョルディも負けずに朗々としたテノールを披露する。

 他方、ヒロインを演じるペラチャッコ=マリオッティの歌は、最初はやや線が細いように思われた。侍女役の小林由佳と一緒に登場するのだが、小林のほうが声量が上に聞こえたのである。しかし場面が進んで高揚したアリアを披露する段になるとペラチャッコ=マリオッティの声量は一段階上がる。普通の歌唱とクライマックスとでちょっと声量に差がある歌手なのであろう。

 これ以外の歌手も一定レベルで、ひどいなと首を振りたくなるような歌手はいなかった。

 オケの演奏も充実していたが、ところどころで歌手の歌を食うような大音量を出していたのが疑問。指揮者の問題かも知れないが。

 また本公演では第三幕でグラスハルモニカが使われていた。パンフによると普通の公演では別の楽器で代用されることが多いとか。もっともグラスハルモニカの音色には好き嫌いもあって、故・大木正興氏は頭がおかしくなりそうな音色と評していた。

 前日(ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団公演)に続いて聴衆のマナーがイマイチだったのが残念。私の左後ろのほうにすわっていた客が第一幕でポリ袋の音をがさがさと響かせ続け、挙げ句の果てに袋(チラシが沢山入っていたのだろう)を落とす始末。袋は床から一段低い前列に滑り落ちていったようで、休憩時間に「拾って下さい」と頼んでいた声から判断しておばさん、もしくはおばあさんだろう。さいわい第二幕以降は静かになったが。

 ともあれ、全三幕、休憩時間を入れると三時間半近い公演を十二分に楽しむことができた。このオペラが今回の上京の主目的だったので、大満足である。

 やはり新国立劇場のオペラ公演はすばらしい。歌手のレベルが高いし、演出や、それを実現する装置も充実している。オペラ専用ホールならではであろう。海外オペラ劇場の引っ越し公演ではなかなかこうはいかない。おまけに海外オペラの引っ越し公演は、一流どころだと目玉が飛び出るようなチケット価格。今秋来日するバイエルン国立歌劇場の『タンホイザー』なんかBランクで5万円以上もする。それに比べれば、新国はBランクなら1万円台で済むし、またBランクで鑑賞には十分なのだ。私のように財力のない人間には大助かりである。

 また、新国のオペラはパンフレットも1000円と安いし、それでいて色々な情報が盛り込まれているので勉強になる。今回も、出演者、筋書きや聴きどころの紹介以外に、ドニゼッティとベッリーニの関係を考察した文章や、「ベルカントの特質と狂乱シーンの変遷」、そして「日本における「ルチア」上演史」といった文章も入っていて、盛り沢山。海外オペラの引っ越し公演パンフがろくに中身もないのに2000~3000円もするのとは大違い。

 これで新国が新潟にあれば言うことなし、なんだがなあ(笑)。

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3月14日(火)午後2時開演
新国立劇場小劇場
1階D4列14番、Aランク 6480円、パンフレット 800円

 上京する計画を立てている途中でこの演劇の上演を知り、ちょうどこの日に新国立劇場で午後6時30分からオペラを鑑賞する予定だったので、時間的にもちょうどいいということでこちらも鑑賞することに決めた。三島にこういう演劇作品があることも知らなかったので、あらかじめ読んでおくつもりでいたが、時間がなくて第一幕しか読めずに実演を鑑賞。

 三島がこの作品を発表したのは昭和30年。敗戦後の混乱が一段落し、日本人の暮らしも落ち着きを取り戻した頃である。また三島は昭和26年末から半年間、朝日新聞特別通信員として世界旅行を行っている。言うまでもなく当時は今と違って一般人の海外渡航や外国旅行は困難な時代であり、この旅行は三島の文学活動に大きな影響を及ぼした。

 この演劇もその影響による作品であり、ブラジルの日系人社会を背景にしている。三島自身、世界旅行でブラジルを訪れた際に、学習院時代に同窓だった日本人の世話になっている。この人物はもともと皇族・東久邇宮稔彦(敗戦直後に首相となっている)の四男で、皇籍離脱後の昭和26年にブラジルに渡ってブラジル総領事未亡人の養子となり、未亡人の広大な農園を引き継いだ。三島のこの演劇作品に出てくる邸宅とコーヒー農園は、三島が世話になったこの人物の邸宅と農園をモデルにしているという。

 タイトルは邸宅の庭にあるうずたかい白蟻の巣のこと。巣を作った白蟻はすでにこの巣からは姿を消しているのだが、またいつか戻ってくるかも知れないという含意がある。
 筋書きは、邸宅の当主である中年の日系人・刈屋義郎が、妻と運転手の不倫を知りながらそれをとがめ立てもせずに一種諦念の中で生きている様子と、運転手の若妻・百島啓子がこうした状況に耐えられず、当主に訴え出ることから生じる波紋がメインである。中年の刈屋とその妻が「古い血」、運転手と若妻が「新しい血」と呼ばれていて、敗戦後の日本の世代交代をもうかがわせるけれど、ストレートに「新しい血」を讃美するような展開には無論なっていない。また「日本に帰りたい」が口癖の仲買人・大杉が、いざ帰国が実現しそうになると態度を翻すシーンには、のちの『サド侯爵夫人』のラストが重なって見える。

 パンフレットは、演出家や役者の紹介だけでなく、初演当時に三島が書いた文章および福田恆存による劇評の再録、山中剛史による丁寧な作品解説、そして二宮正人による日系ブラジル人の歴史紹介もあって、色々と勉強になる。 

 配役は下記のとおり。登場人物が少ないのは、三島に新作の注文を出した青年座からそういう配慮を求められたからのようである。当主である刈屋の諦念・闊達さを出している平田満と、見せかけの平和を壊そうとする若妻を演じる村川絵梨がいずれも適役だったが、発音の聞き取りやすさでは当主の妻役の安蘭けいが一番だった。
 
 なお作中には、今は「差別用語」として事実上の禁句になっている「めくら」という言葉も二度出てくる。原作どおりに使われていたのは結構なことである。

  刈屋義彦=平田満
  刈屋妙子=安蘭けい
  百島健次=石田佳央
  百島啓子=村川絵梨
  大杉安之助=半海一晃
  女中きぬ=熊坂理恵子

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今年映画館で見た34本目の映画
鑑賞日 3月14日
シネマカリテ(新宿)
評価 ★★★★

 印・仏・英合作、ダニス・タノヴィッチ監督作品、90分、原題は"TIGERS"。

 パキスタンで実際に起こった事件をもとにした社会派映画。
 世界的な大企業が赤ん坊向けの粉ミルクを途上国で大々的に売り出そうともくろんだ。そのためには医師などへのワイロも辞さない。セールスマンとして雇われた地元の青年は最初は上役の指示どおりに動いて多大な業績を挙げていた。

 しかし、粉ミルクの使用は清潔な水があるということが前提になっており、途上国ではこの前提自体が成り立たない。結果として粉ミルクで育てられた赤ん坊は・・・。だが大企業は粉ミルクの販売をやめないばかりか、途上国の政治家に働きかけて事件をもみ消そうとする。青年は世界的大企業のやり口を知り、告発に乗り出すが・・・

 この映画は単に世界的大企業を告発した作品ではない。映画を作る過程自体が作品化されていて、そこで映画作りが営業妨害だとして大企業から訴えられる可能性などにも言及されている。世界的大企業の横暴だけでなく、映画を作る側の思惑や右往左往ぶりなども面白く、二重に楽しめる。

 東京では3月4日の封切だったが、新潟市では例によって今のところ上映予定がない(盛岡、仙台、長野、松本、金沢などでは上映予定がある)。良心的な映画館の勇断を望む。

・12月5日(月) 産経新聞インターネットニュースより。

 http://www.sankei.com/world/news/161205/wor1612050001-n1.html
 2016.12.5 00:00
 シー・シェパードの新型船、日本の調査捕鯨船団妨害に出港 豪州から南極海へ

 反捕鯨団体「シー・シェパード」の新型船「オーシャン・ウォリアー」が4日、オーストラリア南東部タスマニア島ホバートの港から南極海に向けて出発した。日本の調査捕鯨船を追跡、妨害する狙い。来年3月まで活動する見通し。

 出発に先立つ3日、マイヤーソン船長はホバートで地元メディアに「われわれの船の中で最も速い」と語り、追跡に自信を見せた。船長は、クジラと調査捕鯨船の間に割って入り放水砲で視界を遮ったり、クジラを船に積み込ませないよう邪魔したりすると宣言している。従来のスティーブ・アーウィン号とも途中で合流する。

 日本の調査捕鯨船は11月中旬までに、山口県などから出港した。水産庁は監視船で警戒に当たる。日本は昨年から調査捕鯨を再開している。(共同)


・12月11日(日)  産経新聞インターネットニュースより。

 http://www.sankei.com/west/news/161211/wst1612110020-n1.html
 2016.12.11 11:46
 シー・シェパード幹部を入国拒否 和歌山県太地町で悪質な嫌がらせ

  和歌山県太地町で行われているイルカ漁をめぐり、現地で妨害活動を続けている反捕鯨団体シー・シェパード(SS)の幹部が関西国際空港で入管当局に拘束され、入管難民法の規定に基づき、入国拒否の措置を受けていたことが10日、分かった。SS幹部は訪日目的を「観光」などと申請。法務省はこの幹部がすでに太地町で妨害活動を行った過去があることなどから、虚偽の可能性が高いと判断、入国を拒否した。

 関係者によると、この幹部は9日に入国を試みたが拘束され、10日夜、関空から出国したという。

 警察庁などの調べによると、この人物はSS英国支部の幹部で、SSがかつて南極海で日本の調査捕鯨船を妨害した際に加わった船舶の船長を務めており、SSの創設者で国際手配されているポール・ワトソン容疑者(66)の側近とされている。

 幹部は今年9月のイルカ漁解禁にあわせて来日し、11月下旬まで太地町に滞在。太地町でのSSのイルカ漁妨害キャンペーンのリーダーとして数人の外国人活動家を率いて、漁師らを無許可で撮影した写真をネット上に掲載するなどの嫌がらせを行っていたという。

 さらに、この幹部は、デンマーク・フェロー諸島で行われている捕鯨をめぐっても、現地でのSSの妨害キャンペーンに参加。違法行為で立件され、罰金刑を受けていたという。

 法務省はこれまでも、太地町で違法行為や悪質な嫌がらせを繰り返すSSの活動家ら数十人を入国拒否にしている。昨年8月にも韓国・釜山から福岡に航路で入国しようとしたノルウェー人の女性活動家を入国拒否にした。この活動家も訪日目的を「観光」と申請していた。


・12月14日(水)  毎日新聞インターネットニュースより。
 
 http://mainichi.jp/articles/20161214/ddl/k30/040/452000c
 鯨とともに生きる 日本遺産PR ロゴとコピー完成 /和歌山
 毎日新聞2016年12月14日 地方版

 熊野灘捕鯨文化協議会は、今年4月に認定された日本遺産「鯨とともに生きる」のキャッチコピー「くじらと人の物語」と、波間に浮かぶ鯨をあしらったロゴマークを発表した。今後、さまざまなPR活動で統一的に使用する。

 キャッチコピーは、鯨とともに生きてきた熊野灘の人々の物語を伝えたいという気持ちを表現。ロゴマークは鯨の背景に、熊野灘の豊かな湾と捕鯨船を表現し、「日本遺産 鯨とともに生きる」の文字が添えられている。

 日本遺産は、地域の歴史的建造物や伝承、風習など有形、無形の文化で構成する「物語」を通じて地域活性化を図る取り組み。「鯨とともに生きる」は、串本町の「河内(こうち)祭の御舟行事」や太地町の「太地のくじら踊」など4市町の19件の文化財で構成されている。【阿部弘賢】


・12月19日(月)  産経新聞インターネットニュースより。
 
 http://www.sankei.com/west/news/161219/wst1612190016-n1.html
 2016.12.19 08:56
 捕鯨批判に反証…「日本が汚名着せられている問題に向き合いたい」ビハインド・ザ・コーヴの八木監督トークショー

   和歌山県太地町のイルカの追い込み漁を批判的に描いた映画『ザ・コーヴ』への反証として制作されたドキュメンタリー映画『ビハインド・ザ・コーヴ 捕鯨問題の謎に迫る』(八木景子監督)が18日、同県串本町の串本文化センター大ホールで上映された。その後、「クジラと共に生きる」をテーマに八木監督らのトークショーが開かれ、映画制作への思いを語った。

 13日に米国から帰国したばかりという八木監督。映画制作のきっかけについて、「日本は、南極海での調査捕鯨について国際司法裁判所に訴えられ、敗訴までした。それに対して『WHY(なぜ)?』の気持ちがあった。はっきりした答えがあれば、映画は作らなかったと思う」と話した。

 映画を制作するため、太地町にやってきたが、現地の反応は真逆だった。地元の人たちはマスコミ嫌いになったのか、取材にまったく答えてくれなかった。現地に乗り込んでいた反捕鯨団体「シーシェパード」のメンバーの方がむしろ、フレンドリーに接してくれたという。

  映画を制作し、上映するにあたり、最も感じたのは「何も言わない」という“文化”。言わないことで、起きている問題を回避しようとする。「まさに、今の日本の国際社会での立ち位置を表している。それは日本政府が思っているより、根が深いのかもしれない」。アメリカでの上映を「まずい」と警告したのは、日本人だったという。

 今回の映画制作で「今度は慰安婦問題をやってほしい」などの意見もあるという。「日本が汚名を着せられている問題に向き合って行きたい」との希望は持っているものの、「今はこの映画をいかに世界で観てもらうかを考えていきたい」と話していた。


・12月23日(金)  産経新聞インターネットニュースより2件。
 
 http://www.sankei.com/west/news/161223/wst1612230063-n1.html
 2016.12.23 20:02
 捕鯨批判の米映画に反論 八木監督が長崎で討論会「捕鯨発信すべき」

  和歌山県太地町のイルカ漁や捕鯨を批判した米ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」に反論する映画「ビハインド・ザ・コーヴ」の八木景子監督を招いた討論会が23日、鯨食文化が盛んな長崎市であり、八木監督は「クジラが絶滅の危機にあるとの誤った情報を是正し、捕鯨は良いことだともっと発信するべきだ」と述べた。

 討論会は、捕鯨について考えてもらおうと市民有志が主催し、市民ら約150人が集まった。冒頭に上映された「ビハインド・ザ・コーヴ」では、1970年代に米国がベトナム戦争への批判をかわすため、国連で日本の捕鯨を問題視したことなどが指摘された。

 その後、会場で八木監督のほか、鯨肉卸業者らがクジラを食べる文化を伝える工夫などを紹介し合った。長崎県で食育活動に取り組む川島明子さんは「クジラの値段が上がり、食べる機会が減っている。みんなで食べたいという意思表示をして、捕鯨を後押ししていくことも大切だ」と呼び掛けた。


 http://www.sankei.com/world/news/161223/wor1612230044-n1.html
 2016.12.23 21:54
 日本の調査捕鯨妨害を宣言 南極海でシー・シェパード

 反捕鯨団体「シー・シェパード」のオーストラリア組織などは23日、シー・シェパードの妨害船が南極海で日本の調査捕鯨船団のうち1隻を発見したと明らかにし、調査捕鯨妨害を宣言した。

 同組織によると、妨害作戦に新たに投入した新型船「オーシャン・ウォリアー」が日本の船を発見したという。新型船の船長は「近くに残りの日本の船団がいるはずだ」と述べた。 これに先立つ19日、米国務省は反捕鯨のオーストラリア、オランダ、ニュージーランドとの連名で「死傷者を出しかねない活動を非難する」とした声明を発表した。(共同)

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3月13日(月) 午後7時開演
すみだトリフォニーホール
2階正面2列目右寄り Sランク 11000円

  ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(Konzerthausorchester Berlin)は1952年創設、かつてはベルリン交響楽団(Berliner Sinfonie-Orchester)と言っていたものが、2006年に現在の名称に改められた。ベルリンのコンツェルトハウスを根城に演奏活動を行っている。

 ベルリンのコンサートホールというとベルリン・フィルの根城であるフィルハーモニーが有名であるが、コンツェルトハウスはフィルハーモニーと違って伝統的なシューボックス型のコンサートホールであり、私もかつて訪れたことがあるけれど、内部装飾も伝統的で、モダンなフィルハーモニーとは対照的。ただし私がこのオケを聴くのは今回が初めて。

 今回の指揮は、かつてこのオケの首席指揮者を勤めたエリアフ・インバル。
 弦楽器の編成はフル。向かって左から右へ行くほど低音になる配置で、16-14-12-10-8。
 会場は9割程度埋まっていた。

 ワーグナー: 楽劇「トリスタンとイゾルデ」より"前奏曲と愛の死"
 (休憩)
 マーラー: 交響曲第5番

 前半のワーグナーは、過度な思い入れを排した、ワーグナーとしてはややあっさり味の演奏かと。オケのせいか会場のせいか、或いは私の座席の位置のせいか、弦楽器がフル編成のわりには弦の響き、とくに高音の響きがイマイチだったような気が。この印象は、後半でも多少は感じられた。

 後半のマーラー。最初のトランペットの響きが素晴らしい。突き抜けるような音色で、むろんいささかも危なげのない演奏。先手必勝という言葉が思わず頭に浮かんだが、それくらい見事だった。演奏が終わったあと、指揮者が真っ先に立たせたのがこのトランペット奏者で、会場から盛大な拍手を送られていた。
 これに限らず、金管や木管の音色が全般的に充実していて、聴衆を惹きつけていた。弦も、前半よりは乗ってきたかなという感じで、盛り上がるべきところでは十分に盛り上がっていた。

 ちょっと残念だったのは、私の後方の座席でおしゃべり、というか独り言を周囲に聞こえるような声で発する老人がいたこと。第1楽章でしゃべり出したので、近隣の客が「しいっ」と注意したが、第3楽章の途中でまたしゃべり出したので、今度はその客が「うるさいなあ、静かにしろよ」と露骨に注意。日ごろ演奏会などに来ない客だったのか、或いは老齢で耄碌して自制心がなくなっているのか分からないが、社会の老齢化が進むとこういう現象も増える可能性があるかも。

 それはさておき、演奏が終わると盛大な拍手と喝采。何度か指揮者が呼び出された後、奏者たちが退場してもなおも拍手が続いていたので、インバルがひとりで舞台に現れて手を振り、喝采を浴びていた。それだけ高揚した演奏会だったということであろう。

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今年映画館で見た33本目の映画
鑑賞日 3月13日
ユーロスペース (渋谷)
評価 ★★

 カナダ・ラオス合作、ジェイミー・M・ダグ監督作品、88分、原題は"RIVER"。

 NGOの医療活動を行うためにアメリカ人の医師(ロッシフ・サザーランド)がラオスにやってくる。たまたま休暇中に酒を飲んで宿に帰る途中、外国人の男が現地人の女に暴行している現場を目撃、男を制止しようとした医師は酔っていたこともあり、過剰な暴力を振るって男を殺してしまい、おまけに意識を取り戻した女からは暴行犯と誤解される羽目に。パニックに陥った医師は遁走を企てて・・・

 アメリカ人医師がアクシデントから東南アジアで複数国を右往左往する逃亡者になる、というお話。原題はラオスとタイの国境にあるメコン川を指している。途中出てくる東南アジアの風景がちょっと興味深い。

 しかし全体の筋書きは安易だし、結末も安易。もうちょっとひねった映画にできなかったものか。

 東京では3月11日の封切。新潟市には今のところ来る予定はないが、この出来では無理に持ってくる必要もないだろう。

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評価 ★★★☆

 出たばかりの新書。著者は1983年生まれ、中央大文卒、大阪大大学院博士課程修了、博士(人間科学)、哲学・思想史専攻。
 
 本書はタイトルどおり、アナーキズムの入門書である。アナーキズムを紹介した本としては、同じちくま新書から浅羽通明の『アナーキズム』が2004年に出ているが、あれは日本のアナーキズムを紹介した本だったのに対し、この森元斎の本はヨーロッパのアナーキズムを紹介しているので、両方読んでおけばアナーキズム理解は万全ということになろう。

 本書は、プルードン、バクーニン、クロポトキン、ルクリュ、マフノの生涯と思想を、各人に一章をあてて紹介している。特にルクリュとマフノは日本では知名度が低いので(私も本書を読むまで名前すら知らなかった)、その意味でも貴重な本となっている。

 アナーキズムとは要するに無政府主義だから、基盤にあるのは共産主義的な平等社会の思想ではあるが、マルクス=レーニン主義のような国家を基盤とした共産主義は認めない。国家はあくまで抑圧機関というのがアナーキズムの考え方である。

 実際、この本では国家を基盤とした共産主義を構想したマルクスがいかにアナーキストを(思想的・組織的に)抑圧したか、ソ連を(暴力革命により)成立させたレーニンがいかにウクライナのアナーキストをむき出しの暴力で弾圧したかが語られている。

 著者の語りは平易で、日ごろ思想関係の本なんか読まないという人でも十分に理解できる。

 私の感想だが、アナーキズムを基盤とした社会は、特定の産業構造や時代相のもと、つまり限られた条件下で限られた地域に一時的に成立することはあっても、(たとえば国家や州のように)広い面積を持つ社会において恒常的に成立することはあり得ないのではないか。やはり人間は動物とは違って国家を媒介しないと生きられないようにできているのだと思う。

 ただし、それはアナーキズムが思想として無効だということを意味しない。現実化することはできなくとも、思想としては存在することが可能という場合もあるからだ。例えばマルクス=レーニン主義によるソ連の粛清や抑圧を批判しようとするとき、アナーキズムは有効な武器になる。逆に新自由主義路線のグローバル化によって格差が拡大している現代社会を批判しようとするときにも、人間の平等を思想の中心に据えているアナーキズムはやはり武器として使えるはずだ。著者曰く、人間は競争によって(のみ)生きているのではない、協働によっても生きているのだと。

 そういう意味で、本書は一読に値する書物と言えるのである。

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今年映画館で見た32本目の映画
鑑賞日 3月13日
アップリンク・ファクトリー (渋谷)
評価 ★★★☆

 ドイツ映画、ラース・クラウメ監督作品、105分。原題は"DER STAAT GEGEN FRITZ BAUER"(国家対フリッツ・バウアー)。

 ナチ時代に多数のユダヤ人を絶滅収容所送りにしたナチ親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンが、戦後は南米のアルゼンチンに逃亡して偽名で生活していたところを、イスラエルの諜報部に拉致されてイスラエルで裁判を受け死刑となった事実はわりに有名で、その裁判の模様を克明に綴ったハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン』が数年前に映画化されたこともあり、一般にも広く知られるようになった。

 アイヒマン自身は、中佐という階級からも分かるように決して高級軍人ではなく中間管理職であり、ヒトラーやゲッベルス、ヒムラーやゲーリングのような大物ではない。ただ、大物はゲーリング以外は自殺するなどして裁判を免れたのに対し、アイヒマンは南米に逃亡中のところを捕まって裁判にかけられるという劇的な過程をへたため、現在は実際の職分以上に大物イメージで捉えられがちである。邦題の副題も、そういう過大なイメージにおもねって付けられたのではないかと推測される。

 それはさておき、そのアイヒマンがイスラエルの諜報機関に捕まったのは、実はドイツ側からの情報提供があったからだったということが近年になって明らかになってきている。ただし、当時のアデナウアー保守政権による情報提供ではなく、ヘッセン州の検事長だったフリッツ・バウアーによるものだった。

 フリッツ・バウアーは日本では知名度が高くないが、ユダヤ人でナチ政権成立以前は社民党を支持する判事であり、ナチ政権時代は外国(最初はデンマーク、デンマークが第二次大戦でナチ・ドイツに占領されたあとはスウェーデン)に亡命して反ナチ活動に従事した。大戦後は上述のようにヘッセン州の検事長という職務に就いたが、戦後のアデナウアー政権がナチの犯罪追及に不熱心なことに疑問を感じており、ひそかにナチ犯罪者の情報を集めていた。

 彼の姿は、一昨年の秋に日本でも公開された映画『顔のないヒトラーたち』にも登場する。あの映画では古株の検事がナチ追及に不熱心なのに立腹してみずから追及に乗り出す青年検事が主役だったが、その青年検事を支えていたのが検事長のフリッツ・バウアーだった。

 しかし『顔のないヒトラーたち』ではバウアーはあくまで脇役に過ぎなかった。本作品ではバウアーが主役であり、ユダヤ人という出自を揶揄する人間が検察内部にすら少なくなかった1950年代の西ドイツで、周囲の無理解や妨害にもめげずにアイヒマンの居所を突き止めようとする様子が克明に描かれている。

 また、バウアーは実は同性愛者でもあった。現在なら同性愛者であっても先進国ならそれを理由に公的な批判を受けることはあり得ないが、1950年代の西ドイツにあっては同性愛行為は犯罪であり、刑事罰の対象だったのである。ちなみに同性愛を処罰する法律が廃止されたのは、何とドイツ統一後の1994年のことだったという。

 話を戻すと、バウアーがイスラエルの諜報機関に情報を提供してアイヒマンを捕縛させたのは、あくまでドイツに移送してドイツで裁判を受けさせたかったからだった。ドイツの諜報機関がそうした動きに出ることはまず考えられなかったのであり、下手をするとそういう行為自体が国家反逆罪に問われかねなかったのである。念のため繰り返すが、捕縛された元ナチのアイヒマンがドイツから国家反逆罪に問われるのではなく、捕縛させた検事長バウアーがドイツから国家反逆罪に問われかねなかった、のだった。(原題はその辺の事情を暗示している。)

 結局、アイヒマンの裁判はドイツでというバウアーの意向は通らなかった。アデナウアー政権は、ドイツの武器をイスラエルが輸入する代わりにアイヒマン裁判はイスラエルで行うという取引でこの一件を終わらせた。1950年代から60年代初頭の西ドイツは「過去を反省」するどころではなかった事実がここから分かる。

 東京では1月上旬の封切で、今回私は封切館とは別の映画館で見ることができた。新潟市にはまだ来ていない。心ある劇場での上映を希望する。秋田を除く東北5県、栃木、群馬、長野、富山、石川、福井などの近隣県ではすべて上映済みもしくは今後上映される。

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今年映画館で見た31本目の映画
鑑賞日 3月11日
イオンシネマ新潟南
評価 ★★★

 市井昌秀監督作品、118分。原作はヤングアダルト向け小説らしいが、私は未読。

 ヒロインのチカ(橋本環奈)は高校に入ったばかりの女の子。高校に入ったら吹奏楽部でフルートをやると決めていた。ところが入学して分かったことだが、この高校の吹奏楽部はわけあって解散したばかりだったのだ。何とか吹奏楽部の再興をと考えた彼女は、たまたま幼なじみの男の子ハルタ(佐藤勝利)が同じ学校に入学し、しかもホルンが吹けるというので、強引に彼を巻き込んで吹奏楽部のメンバーを集めようと・・・

 前半は吹奏楽部を再興する話で、後半はその吹奏楽部が大会を目指して練習に励むことになる。
 青春映画としてほどほどの出来かなとは思うけど、ヒロインの設定(楽器との関係)にやや不自然さが感じられ、それが筋書きにも響いてくるところをどう評価するかが難しい。私には、そこがひっかかって「難あり」かなと思えたのだが。

 ヒロインの橋本環奈は可愛いけど、大人になる途上にある女の子の持つ(べき)色気が全然なくて、私的には「うーん」でした。

 新潟市では全国と同じく3月4日の封切で、イオン南にて単独上映中。県内では他にTジョイ長岡でも上映している。

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評価 ★★★

 20年前に出た新書。出た当時すぐ購入して読んでいたのだが、前回ここで紹介したシャルルの『「知識人」の誕生』を読んでいて、ドレフュス事件に関する基本的な事実が(読者には分かっているという前提の本なので)書かれていなかったこともあり、書棚から取りだして並行して再読してみた。著者は1939年生まれ、一橋大博士課程修了、政治学・社会学専攻、執筆当時は八千代国際大教授。

 本書はタイトルからも分かるように、ドレフュス事件の基本的な知識を与えてはくれるが、そのこと自体を目的とした本ではなく、フランスの思想家ジョルジュ・ソレルがドレフュス事件をどう見ていたかを発端にして、大衆民主主義のはらむ問題や、ソレルという思想家の思想遍歴を追った本である。

 ドレフュスは確かに潔白だったし、彼を罪に陥れようとした輩は醜悪だった。しかし、ではドレフュスを支持した人たちは100%正しかったのか。ドレフュスが有罪を宣告されて刑務所にぶちこまれ、マスコミも大半は有罪を信じていた当初に、彼の無罪を信じて活動していた人たちは立派だった。けれども、作家ゾラが『私は弾劾する』をひっさげてこの事件に介入し、いわゆる「知識人」が事件それ自体というよりは、自分の奉じる主義主張の宣伝媒体としてこの問題に肩入れし始めたときから、この事件は変質してしまう。ソレルも当初はドレフュス支持派だったが、途中からドレフュス派知識人への懐疑心を強くしていく。

 ソレルは一般には『暴力論』の著者として知られている。しかし本書の著者によれば、この訳は誤解を招きやすいし、いわゆる暴力を論じた本ではないという(私は読んでいないので判断は留保する)。そしてソレルの思想を紹介しているのだが、もともとソレルの思想は分かりにくく、しかもくるくると主義主張を変えた人なので、なおさら分かりにくくなっている。

 私の理解したところでは、ソレルは知識人や民主主義への不信感を終生持ち続けた人のようだ。彼は社会主義を支持していたが、それは労働者階級の労働・労働に対するモラルのあり方を中心に据えた支持であった。これに対して民主主義とはブルジョワの思想であり、そこには労働者階級の持つモラルがなく、単なる消費主義や損得の計算だけで問題が処理されてしまう。ソレルはカトリックを支持していたが、それは人間の持つモラルの中心には宗教心があるはずだと信じていたからだ。おそらく、労働者の労働に対するモラルと、カトリックの宗教心はソレルにとっては同じものだったのだろう。

 分かりやすくない本ではあるが、ソレルの思想遍歴を紹介した第5章は比較的整理されていて理解が容易。ドレフュス事件で知識人が勝利して知識人の時代が来たというような単純な受け取り方(ハインリヒ・マンなんかはそういう見方だけれど――ただし本書にはハインリヒ・マンは出てこない。トーマス・マンは冒頭近くで引用されている)では物足りない人は一読しておいていいだろう。

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今年映画館で見た30本目の映画
鑑賞日 3月11日
シネ・ウインド
評価 ★★★

 台湾映画、ホァン・ミンチェン監督作品、111分。

 かつて半世紀にわたって日本の領土だった台湾。その台湾に生まれた日本人は敗戦によって日本に引き揚げたが、自分の故郷はあくまで台湾だという意識を持ち、しばしば台湾を訪れている。本作品のタイトルはそのような意味であり、そうした日本人(一部、台湾人と結婚して当地に残った日本人女性も含む)を取り上げてその経歴や台湾への思いを綴ったドキュメンタリーが本作である(一部アニメによる説明も含む)。

 「植民地」という表現を台湾に使ったことはない、「ここは日本だ」と言っていた、という台湾出身者の言葉が印象的だった。しかしその言葉に背いてあえて言うなら、本作品は(ヨーロッパ諸国のアフリカ・アジア支配に比べれば短期間だった)日本人の植民地体験を語った映画だと言える。

 九州よりはるか南にあるが故の亜熱帯・熱帯の気候。入植した日本人たちは荒地を開墾し、また鉄道などを建設して台湾の近代化に貢献した。他方で、常時実を付けている野生の果物などを好きなだけ食べるというような一種のユートピア的な暮らしぶりも紹介されている。

 色々と「なるほど」と思える部分がある。例えば、かつて台北第一高等女学校(戦前の日本の教育システムでは小学校6年間だけが義務教育で、或る程度恵まれた家庭の女子はそのあと高等女学校〔5年制が多い〕に進んだ)に通った老婦人が述懐するところでは、生徒の大半は日本人だったが、少数ながら現地人の女子もおり、彼女たちは成績が抜群に良かったのだそうだ。後で聞いたところでは、日本人に負けないようにと必死で勉強していたのだという。

 また本作品には、日本人でありながら幼くして台湾の現地人家庭に養子に出された女性の話も出てくる。もともと母子家庭で(母子家庭だったから日本に居づらくなって台湾に渡ったのだと想像される)、女手一つでは育てられないということで養子に出されたらしい。養子にとった現地人家庭には自家の息子の嫁にという意図があり、実際にその女性はやがてその家の息子と結婚した。自分が実は日本人の子だと知ったのは結婚後のことだったという。その女性の戸籍を調べて、戦後日本に帰った実母の追跡調査を行う過程が、この映画の少なからぬ部分を占めている。

 何にしても、歴史の一コマを、そしてそういう時期に生きた日本人や、日本人と関わりを持った台湾人の記録として、一見に値する映画だと思う。

 東京では昨年11月中旬の封切だったが、新潟市では4ヵ月の遅れでシネ・ウインドにて1週間限定公開中、3月17日(金)限り。

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3月4日(土)午後2時開演
りゅーとぴあ・コンサートホール
無料

 例年開催されている無料の演奏会。

 長谷部幸子(基礎コース)
  バッハ: 8つの小前奏曲とフーガより 第3番ホ短調 BWV555
  L.-N.クレランボー: 第2旋法による組曲より プラン・ジュ
                        グラン・ジュによるカプリス

 斉藤綾香(基礎コース)
  バッハ: 前奏曲とフーガ ハ短調 BWV546

 村上恵美(基礎コース)
  バッハ: 小フーガト短調 BWV578
  ブクステフーデ: 我らが神は堅き砦 BuxWV184
           前奏曲、フーガとシャコンヌ ハ長調 BuxWV137

 高橋優香(応用コース)
  バッハ: 前奏曲とフーガ イ短調 BWV543

 加藤由香(賛助出演)
  デュリュフレ: アランの名による前奏曲とフーガ op.7

 毎回感じることだけど、ピアノ教室の発表会と異なり、演奏水準が一定以上なので、演奏会として純粋に楽しめるようになっている。
 いずれも優れた演奏だったが、やはり貫禄というべきか、最後のお二人は、曲の選択も含めて充実度が一段上の印象があった。

 いつも思うのだが、もっと沢山の方が聴きにきてくれればいいのに。いい演奏が無料で聴けるのに、勿体ない。
 それに、この りゅーとぴあオルガン講座の修了生からは、すでに国際的なコンクールで栄冠を勝ち取った人材も生まれている。それが、一部の人間の興味や夢からではなく、オルガン音楽に対する新潟市民の広範な関心から生まれてくるのであれば、とても素晴らしいことだと思うのだが。

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今年映画館で見た29本目の映画
鑑賞日 3月4日
ユナイテッドシネマ新潟
評価 ★★★☆

 英国映画、サラ・ガヴロン監督作品、106分、原題は"SUFFRAGETTE"(女性参政権運動家)。

 原題どおり、20世紀初頭の英国における女性参政権運動、そして下層階級女性の労働を描いた映画である。

 1912年のロンドン。ヒロインのモード・ワッツ(キャリー・マリガン)は洗濯工場に勤務する女性で、同じ工場勤務の夫との間に幼い息子があった。当時、女性参政権運動は半世紀におよぶ運動でも成果が得られなかったこともあって過激化しており、ヒロインもそうした運動を街角で見かけることがあったが、関心は薄かった。しかし、たまたま同じ工場に勤める女性の代理で公聴会で仕事の低賃金・重労働を証言したことから、運動家たちに近づいていき・・・

 上述のように、この映画は過激化した女性参政権運動を描いている。この運動を主導した実在の人物エメリン・パンクハーストをメリル・ストリープが演じている。穏健な運動家からは批判もあったようだが、本作品ではそのあたりにはあまり触れていない。

 見るべきは過激な運動、ヒロインの工場での仕事(重労働、上役男性からの嫌がらせ)、下層階級夫婦の暮らしぶり、妻が運動に身を投じてから一家が受ける冷たい視線・・・などである。

 英国での女性参政権は、結局1918年、つまり第一次世界大戦が終わる年にようやく限定的に認められた。大戦で男性が兵役に多く取られたため、女性が仕事に就き、男性に劣らない能力が評価されたことが大きかったらしい。すなわち、この映画で描かれた過激な運動が成果を挙げたと言えるかどうかは微妙なのだ。しかし、歴史の一面を知るという意味では一見に値する映画であろう。

 東京では1月27日の封切りだったが、新潟市では5週間の遅れでユナイテッドにて上映中。県内でも上映はここだけ。

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評価 ★★★

 十年あまり前に出た本。出た当時すぐ研究費で買っておいたのだが、ずっとツンドクになっていた。今回、必要があって読んでみた。著者は1951年生まれ、パリ第一大学教授、専門は近現代における知識人および文化制度の歴史。

 タイトルから何となく予想されるのとは、やや内容が違っていた。一般に、「知識人」という言い方はフランスの19世紀末から20世紀初頭にかけて起こったドレフュス事件を機として生まれたということは、或る程度ヨーロッパの歴史や文化を勉強した人間には広く知られているが、この本はそのあたりの事情を詳しく述べているというよりは、ドレフュス事件やその当時のフランス文化・社会について或る程度の予備知識を読者が持っていることを前提として、社会学的な細かい分析を行っているところに特色がある。分析対象はあくまでフランス(知識人・社会)であり、知識人一般ではない。

 第1章では知識人の先祖について述べられている。文人、芸術家、および科学者がそれにあたるようだ。文人は古い概念で、作家や詩人だけでなく哲学者や科学者も含んでいたが、近代ではあまり使われなくなった。また、昔は芸術家崇拝がよく見られたが、近代が進むにつれてそれが科学者崇拝に変わっていくということである。「知識人」という言い方は、1890年代に文芸雑誌で政治にケチをつける若い人間が他への優越性を示すために使った、というのが始まりらしい(58-59ページ)。

 第2章では、19世紀も後半になると、それ以前の名望家支配が低下し、教育の浸透により能力主義が前面に出てくるという背景が指摘されている。つまり、かつては貴族などの富や名声を持つ者でなければちゃんとした教育も受けられず、したがって支配層に入ることはできなかったものが、富と知との関連が薄くなり、純粋に知を根拠として指導者層に達する人間が増えてきたわけだ。ただし金融財閥を牛耳っているユダヤ人への反感も強くあり、また細かい論点をめぐる諸派の対立も多いので、大筋はそうでも、具体的な政治的過程がすっきりとこれで説明できるわけではない。著者の記述はかなり細かく、屈折しており、非フランス人からするともう少し整理して書いて欲しいという気がする。

 ただ、グランド・ゼコールの学生(卒業生)やいわゆるノルマリアン(高等師範学校生・卒業生)のエリート意識を含む政治性が増大していった点は重要。

 第3章では、それ以前の「芸術のための芸術」論が衰退し、芸術家にあっても政治性が強まっていった時代背景が論じられている。また、検閲制度があった当時、検閲による表現の自由への規制に対して抗議するという形での政治性も生まれやすかった。

 第4章では、ドレフュス派・反ドレフュス派とも署名集めをしたわけだが、その内容や、どのような立場の人がどちらに加担したか、知名度や地位ではどうか、などかなり細かい分析がなされている。

 第5章では左派知識人と右派知識人の分析である。ドレフュス派が左派で、ノルマリアンや高等研究院、古文書学校などの所属者が多く、右派=反ドレフュス派は法科(法律を学ぶ者は既存の権力に近かった)である。年長の正教授は反ドレフュス派に多く、若手はドレフュス派が多い。むろん、統計的に見てそういう傾向があるということで、こちらなら絶対(反)ドレフュスと決まっているわけではない。また、パリはドレフュス派が多く、地方は、場所にもよるが、反ドレフュス派が多い。宗教では、カトリックは反ドレフュス派、ユダヤ人やプロテスタントはドレフュス派。さらに、作家で名のある人は反ドレフュス派が多かった。ゾラはどちらかというと例外的存在だったわけだ。

 最後近くで著者は興味深い具体例をふたり挙げている。靴職人の息子として生まれ、努力によって大学の正教授となった人物は、反ドレフュス派だった。つまり下層階級の生まれである彼は、既存のエスタブリッシュメントに肩入れすることで自分の地位を確認する必要があったのだ。これに対して、裕福な家庭に生まれいわゆる文化資本に恵まれた育ち方をし、高等研究院の教授をしていた人物は自由主義者で、ドレフュス派であった。(254ページ)

 知識人、という言い方はフランスではポジティブな意味だが、ドイツやアングロ=サクソン諸国では軽蔑のニュアンスを帯びる、と著者は言う(261ページ)。ロシアではまた別の事情があるとも。日本ではどうだろうか。 

 また、19世紀後半、ドイツの大学教授は親が大学人や知的職業(医者・文人・聖職者)である比率がフランスより高い、という指摘もある(264-265ページ)。ただし、これはフランスの特質を強調するための指摘で、ドイツ知識人について分析をしているわけではない。

 巻末付録には各種データの数値や、ブルデュー式の、ドレフュス派と反ドレフュス派の4象限の図も載っている。

 以上、本書は内容がかなり細かく、また知識人といってもドレフュス事件当時のフランスのことに限定して論述しており、ドレフュス事件を或る程度知っていることを前提にして記述が進むので、そういう前提を承知で読むなら或る程度の知識は得られる本である。

 訳は、もう少し分かりやすくできないかな、という気がした。

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今年映画館で見た28本目の映画
鑑賞日 3月2日
シネ・ウインド
評価 ★★★

 パレスチナ映画、ハニ・アブ・アサド監督作品、98分、原題は"THE IDOL"。

 珍しいパレスチナ映画。実話をもとにしているとか。

 パレスチナに住む少年ムハンマド・アッサーフは歌が好きだった。姉や仲間たちと一緒に歌ってカネ稼ぎをする。しかし姉は若くして病を得て逝ってしまう。全イスラム圏の人間を対象とする新人歌手コンテストがエジプトで開催されると知ったムハンマドは、パレスチナを脱出してエジプトに向かい・・・

 色々と見るべきところがある映画。まず、パレスチナでの暮らしぶり。楽器を安く手に入れようとして業者に騙されてカネだけ取られるエピソードもある。またイスラム原理主義的な人間もいて、歌うのは教えに反すると主張したりする。次に、パレスチナから脱出することの困難さ。そして何とかエジプトに着いてコンテストに出ようとすると、予期せぬ問題が・・・・

  ともあれ、そういう困難を克服していく主人公の姿には一見の価値があろう。ただ、主役の青年時代を演じる俳優は線が細くて、今ひとつ魅力がないような。

 東京では昨年9月下旬の封切だったが、新潟市では5ヵ月の遅れでシネ・ウインドにて一週間限定上映された。

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今年映画館で見た27本目の映画
鑑賞日 3月1日
ユナイテッドシネマ新潟
評価 ★★★☆

 アメリカ映画、デイミアン・チャゼル監督作品、128分。

 話題のミュージカル映画。アカデミー賞の作品賞は逃したものの、主演女優賞などを受賞。そのほか、ゴールデンブローブ賞など受賞多数。

 映画女優をめざす若い女性ミア(エマ・ストーン)と伝統的なジャズの生演奏が聴ける飲食店を開くことが夢である青年セブ(ライアン・ゴズリング)を主人公にした、恋と夢の実現を描く映画。

 アメリカでは人気が高く、日本でもそれなりに客が入っているようだけど、どうだろうか。たしかにそれ相応に楽しめる作品ではあるけれど、多数の賞をとるくらいのものすごいミュージカルのようには思えない。

 青年の夢が昔のジャズを聴ける店、というところからも分かるように、二人の夢は現代の新しい文化に向かっているのではなく、昔風であり、作品の雰囲気も、時代設定は現代なのに、たぶん意図的に懐古的なのである。こういうのを評価するべきなのかどうか、微妙なところだろう。

 新潟市では全国と同じく2月24日の封切で、ユナイテッドとイオン南の2館で上映中。県内他地域ではTジョイ長岡でも上映している。

 先月の毎日新聞の記事から注目すべき記事を2件紹介したい。

 2月16日付けの「坂村健の目」は、少し前にインド発のニュースとして話題になった高額紙幣の廃止を枕にした坂村健・東大教授の未来予測である。

 そもそもインドでなぜ高額紙幣が廃止されたのかと言えば、将来のキャッシュレス化を目指してのことなのだという。なぜキャッシュレス化を目指すのか。コストの削減と収入の完全捕捉が目的だという。

 いずれも北欧に前例があると坂村氏は指摘する。坂村氏は次のように述べている。

  【北欧でもキャッシュレス化が進んでいる。例えば、タクシーで現金を出すと拒否されることもある。日本では個人タクシーでクレジット手数料に愚痴をこぼされることもあるが、強盗のリスクも、釣り銭用意や現金計算、夜間金庫に帳簿付けといった事務処理コストも現金のせい。昔から負担しているので「当然」と思い込んでいるだけで、今や電子化で削減可能なのだ。】

 次に収入捕捉だが、要するに金持ちの所得隠しによる税金逃れを防いで、公正な社会を実現しようということである。そのためにもキャッシュレス化が望ましいということだ。

 日本でもマイナンバー制度が導入されたが、北欧ではとっくに同様のシステムで所得隠しを防ぐようになっており、インドもそれに倣っているのだという。坂村氏は次のように締めくくっている。

 【人工知能の進歩により人間の職がなくなる時代、緻密な「富の再配分」ができるかは社会の根幹を揺るがしかねない課題。経済の透明性と金銭処理の自動化による低コスト化がなければ、それは不可能。インドの挑戦に我々が学ばなければいけない時代はすぐそこに迫っている。】

 私も顧みるに、最近は買物をするとき(晩酌のための酒類がほとんどですけど)クレジットカードを使うことが多くなっている。スーパーのレジで支払いをカードで済ませれば、現金の出し入れ受け渡しの手間が省けるから短時間で済む上に私もレジ係も楽であり、ついでにカードにポイントが貯まるのであとで商品券に交換すれば、今どきの超低金利の預金よりずっと得になる。 でも、スーパーのレジで私の前後に並んでいるおばさんたちは、今でもほとんどがキャッシュでの支払いなのだ。うーん・・・。

 なお、坂村健氏のこの論考は以下のURLから全文を読むことができます。


                        

 もう一件は2月6日付け、山田孝男記者によるコラム「風知草」で、タイトルは「朴裕河は訴える」。タイトルからも分かるように、いわゆる従軍慰安婦問題を扱っている。

 冒頭、山田孝男記者は以下のように書く。

  【韓国の日本大使館、総領事館前に「慰安婦」像があるとなぜ悪いか。
 最も本質的な理由は名誉毀損(きそん)罪で起訴され、先月25日、無罪になった朴裕河(パクユハ)・世宗(セジョン)大学校教授(59)の意見陳述の中にある。
                           ◇
 朴教授は労著「帝国の慰安婦」を出版したかどで刑事訴追され、懲役3年を求刑された。日本はもとより成熟国家では考えられない言論弾圧である。
 朴裕河は訴える。
 「私が絶望するのは、求刑そのものではない。私が提出し、説明したすべての反論資料を見ておきながら見ていないかのように『厳罰に処してほしい』と言ってしまえる検事の良心の欠如、あるいは硬直に対してである。その背後にあるものは元慰安婦の方々ではなく、周辺の人々である。この求刑は、歪曲(わいきょく)と無知の所産である論理を検事に提供して、おうむのように代弁させた一部“知識人”たちが作ったものである」(編集者訳を朴教授が修正した最終陳述の添え書きの一節)】

 いわゆる従軍慰安婦問題は、元慰安婦が作ったと言うより、周辺にいる「知識人」が作ったものだ、という重要な指摘である。

  山田記者はこのあと、韓国の主張している従軍慰安婦の被害が事実に基づいていないことを説明した上で、次のように述べている。
 
  【この間、曲解に基づくあらゆる非難に耐え、孤軍奮闘、強いられた訴訟に向き合った。その著者が、達意の日本語で、日本国内にもいる元慰安婦の「周辺の知識人」へ届くよう、積年の怒りを吐き出したのが冒頭の一節だろう。】

 つまり、問題は韓国の「知識人」だけでなく、日本の「知識人」にもあると山田記者は指摘しているのだ。

 毎日新聞は、中国に関しては批判的な記事もそれなりに載せるが、韓国に関しては概して甘い傾向がある。そういう中にあって、山田記者のこのコラムは良心的なものと言えるだろう。

 なお山田記者のコラム全文は以下のURLから読むことができます。

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