隗より始めよ・三浦淳のブログ

15年近く続けてきたサイト「新潟大学・三浦淳研究室」が、WindowsXPへのサポート中止により終了となったため、その後続ブログとして立ち上げたのが、この「隗より始めよ・三浦淳のブログ」です。 旧「新潟大学・三浦淳研究室」は以下のURLからごらんいただけます。 http://miura.k-server.org/Default.htm 本職はドイツ文学者。ドイツ文学内に登場する女性像について一般人向けに分かりやすく書いた『夢のようにはかない女の肖像 ――ドイツ文学の中の女たち――』(同学社、1500円+税)、そしてナチ時代における著名指揮者とノーベル賞作家の対立を論じた訳書『フルトヴェングラーとトーマス・マン ナチズムと芸術家』(アルテスパブリッシング、2500円+税)が発売中です。 なお、当ブログへのご意見・ご感想は、メールで以下のアドレスにお願いいたします。 miura@human.niigata-u.ac.jp

読書と映画については★で評価をしています。☆は★の半分。
★★★★★=最高、★★★★=かなり良質、★★★=一読・一見の価値あり、★★=芳しからず、★=駄本・駄作

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評価 ★★★★

 著者は1931年生まれ、慶大文卒、同修士課程修了、フランス文学専攻、獨協大助教授、大阪市大教授などを歴任。
 本書は数年前に購入して三分の二ほど読んでいたのだが、その後色々あって放置していて、最近再度通読してみたもの。

 フランスを中心としてヨーロッパ植民地主義の歴史やその様々な側面を明らかにしようとした書物である。
 第Ⅰ部は「世界を分割するヨーロッパ植民地主義」。
 その第1章ではヨーロッパ植民地主義のおおよその流れとその中でのフランスの位置が概観されているが、同時にカトリックが植民地主義と手を組んでいた事実も指摘されている。
 日本に来て布教したので有名なザビエルについても、彼がまずインドに渡航してそこのヨーロッパ人の堕落に嫌気がさしたこと、ザビエルは1546年にインドでヨーロッパ式の宗教裁判を開くように求めていることが指摘されている。実際にヒンドゥー教徒が何人も火刑に処されているのである。そもそもザビエルの生きた時代は異端審問の時代だった。キリスト教を通じて、ヨーロッパの価値観で他地域を裁くことができるという例が作られていったわけだ。(29-30ページ)
 と同時に、モンテーニュ(エセー)のように、ヨーロッパ至上主義に囚われずに、ヨーロッパ人と新大陸の先住民のどちらが野蛮なのかと冷静に考察する思想家の例も挙げられている。(27ページ)

 第3章では18世紀フランスの植民地認識が俎上に載せられる。19世紀になるが、文豪ヴィクトル・ユゴー-が奴隷制度廃止の祝宴でアフリカを植民地化することを肯定した講演も引かれている。
 アメリカ大陸が「発見」されたあと、北米大陸にフランスはそれなりに進出しているのであるが、その際に先住民との戦争で多数を殺したり、奴隷化したりしている。
 スペインのラテン・アメリカでの残虐行為に抗議したラス・カサスや、植民地主義を批判したヴィットリアの名も挙げられている。

 第Ⅱ部は「黒人奴隷制が支えた富と「進歩」の思想」。
 ここではフランスにおける黒人奴隷貿易の歴史がたどられるとともに、『法の精神』で有名なモンテスキューも黒人を人間とは見ておらず、また実際に奴隷貿易で利益を上げていたことが指摘されている。
 他方でディドロやヴォルテールは植民地主義をはっきりと批判していた。
 また、人道的と言うより、経済的な視点から植民地主義を批判したミラボー侯爵なども紹介されている。
 1763年のパリ条約により、フランスが植民地の大半をいったん失ったことも植民地批判の傾向を後押ししたということのようだ。
 この時期に、「善良な野蛮人」の概念が流通する。この場合の「野蛮」はsauvageであり、これはもともとラテン語の「森」から来ていることからも分かるように、自然の中にあって人工の手を加えられていない、という含意がある。これにたいしてギリシア語から来たbarbarは外にあるものという含意で「人間的文明的な野蛮さ」という意味合いがある。
 ただし18世紀啓蒙主義期の黒人像がいつも「善良な野蛮人」だったわけではなく、「人間に劣った猿、動物」的な見方もあったという。
 フランス革命のすぐ後に起こったハイチでの黒人反乱についても紹介されている。

 第Ⅲ部は「ヨーロッパ優位の感覚が形成される」。
 いったん植民地を大量に失ったフランスだったが、しかし1830年にアルジェリアを植民地化してからは再度植民地主義を肯定的に見るようになっていく。
 この時期、文学者や宣教師が「文明化」という表現をよく使うようになっていくことが指摘されている。つまりヨーロッパによる非ヨーロッパの征服は「文明化」のためなのだ、という論法が浸透していくのである。
 今では悪名高いゴビノーの人種主義の紹介があると同時に、中国におけるキリスト教布教の問題も取り上げられている。日本は豊臣秀吉から徳川時代にかけてキリスト教の布教を禁止したが、中国でも同様の例が見られた。キリスト教の布教は単なる宗教問題ではなく、社会構造や政治的権力者の権威を揺るがすことにつながりかねないと見られたからだ。
 また、フランスでは中国文化への尊敬が支配的だったが、アヘン戦争や日清戦争の頃からは逆転して、中国が侮蔑的に見られるようになったという指摘もある。

 第Ⅳ部は「ヨーロッパ的なものが普遍的となる」。
 日本ではナショナリズムは右翼のものと見られやすいが、フランスのナショナリズムはむしろ左翼の愛好するところだったという指摘がまずある。なぜならフランス革命時に貴族は外国の貴族たちと結んだが、革命側は愛国主義に訴えて外国勢力の排除を主張したからだ。
 そして第三共和制の時代(1870年以降)に、ボーリュー『現代人の植民地論』という本によって、植民地主義を推進する論理が広まっていく。そこにあるのは、文明の進んだヨーロッパが、後進地域に介入して後見人となるのは当然だとする思想である。
 19世紀後半はまた、進化論やモーガンやマルクスの発展段階説によって、文明は単線的に進化発展すると考えられるようになった時代であり、これも植民地主義肯定に一定の役割を果たした。そこにはすでに、「高貴な野蛮人」というポジティブなイメージが入り込む余地はなく、「野蛮人」はヨーロッパ人により教化されるだけの遅れた(場合によっては本質的に知能が低いから教化も難しい)存在でしかなくなっていた。 

 フランスの植民地主義と日本のそれとの思想上の違いに言及している箇所も貴重。
 1880年代にフランス首相として民主主義的な政策を推進したジュール・フェリーが対外的には植民地拡大主義者だったこと、カトリックの司教が植民地への軍事介入を求めた例があることにも言及されている。
  キリスト教の中国での布教問題は上でも触れたがここでも改めて論じられており、朝鮮半島でも同様の問題があったことも指摘されている。この時期に敢行されたバジェス『日本キリシタン宗門史』(邦訳あり)はキリスト教徒迫害史に終始しているが、日本人の残酷さを訴えている点で 一種の黄禍論だという指摘が面白い。

 第Ⅴ部は「西欧と非西欧の抗争そして受容」。
 黄禍論についての説明がなされている。森鴎外が黄禍論を批判したという指摘がなされている。
 またフランス人の日本観が歴史的にたどられている。 
 アナトール・フランスが植民地主義に批判的だったこと、ヴァレリー、アラン、シーグフリード(文明史家)がヨーロッパ優位を疑わなかったこと、同時にヴァレリーやアランのこうした態度に日本人が無関心で来たことが指摘されている。
 社会主義者ジャン・ジョレスは、支配されている民族に同情的ではあるが、ヨーロッパ中心主義を真っ向から批判できない限界があるとされている。しかし同じ社会主義者でもポール・ルイは、「中国は地中海を目指していない、〔フランスに武力で支配された〕マダガスカルはフランスを侵略していない」と述べて、今からすればきわめて公正な立場からヨーロッパを批判している。
 だがフランスの社会党は全体として見れば植民地主義に同調していた。共産党は批判的だったが、ソ連の動向により態度を変えることが多かったという。
 20世紀に入って、カトリック聖職者には相変わらず植民地主義に肯定的な者もいたが、批判的な聖職者もいたという。 
 また、ヴェトナムにおけるキリスト教布教に伴う問題にも触れられている。日本、中国、朝鮮と類似の問題がヴェトナムにもあったと分かる。

 第Ⅵ部は「世界再認識をせまられるヨーロッパ」。
 第一次世界大戦以降、ヨーロッパ植民地主義は大きく揺らぎ始める。
 まず、第一次大戦中のフランスでは、植民地在住のヨーロッパ人が多数兵士として動員された。その数は65万人にも及ぶという。フランスは大戦中、植民地での現地人反乱を恐れていたが、実際にはそうした例はごくわずかだった。しかし大戦後、20年代にはモロッコで反乱があったし、30年代前半には北アフリカやインドシナでフランスは苛酷な弾圧を行った。また非西欧地域の文化への関心が高まっていく。こうした中でヨーロッパ中心主義が揺らいでいくのである。
 1923年から39年にかけて、フランスの左翼知識人の雑誌『ヨーロッパ』が発行されていた。しかしタイトルにもかかわらず、この雑誌に載った論文・記事の三分の二は東方地域に関するものだった。また執筆者としてアジア人やアフリカ人も登場する。
 ここで、政治家アルベール・サローの思想の変化が面白い。彼は1923年に出した書物では植民地に対する良心的な政策を訴えていた。ところが31年に出した書物では、植民地維持を絶対の使命として主張している。そして、植民地での教育が、反フランス・独立志向の現地人(ホー・チ・ミンもその一人だろうと著者は書いている)を生み出したことを無念としている。
 1946年、つまり戦後すぐに出たピエール・ナヴァルの書物も植民地の維持を訴えている。
 1951年、アンドレ・シーグフリードの書物においては、一方でヨーロッパ人の優秀さを主張しながらも、ヨーロッパ中心主義が危うくなっている現実にも目を向けている。
 1952年頃にはすでにフランスでも「脱植民地化」という単語が使われているという。

 1930年代半ばに成立した人民戦線内閣は、植民地に関しては保守的だった。そして大戦後すぐに政権を担った社会党のレオン・ブルムは、人民戦線内閣時代の首班でもあったわけだが、大戦後のヴェトナムの独立運動には苛酷な弾圧をもって臨んだ。
 マダガスカルの独立に至るまでの悲惨な歩みについても言及されている。現地人の犠牲者数については、一万人程度から十万人説まで、かなり学者により差があるようだ。フランス人側の犠牲者数はわずかである。

 ジャック・スーステルは、戦前までは左翼で反ファシズム運動にも身を投じたが、戦後はドゴール派となり、その政権で情報相を務めた。ドゴールは結局アルジェリア独立を認めたが、スーステルは最後まで反対し、1973年に『脱植民地化の犠牲者への公開書簡』なる書物を出し、黒人による人種差別を批判した。彼は1922年生まれで、1931年のパリ植民地博覧会を見て、諸民族融合の夢想を抱いたらしい。

 フランスが今なお植民地として残るムルロア環礁で1995年に核実験を行って国際的に非難を浴びたことは比較的記憶に新しい。フランスはこれを含めて、アルジェリアで17回、南太平洋で188回の核実験を行っているという。いずれも植民地を利用してのことである。

 本書は以上のように、フランスの植民地主義について、様々な観点から光を当てており、教えられるところが多い。記述は体系的と言うより、色々な事件や人物を挙げて植民地主義の諸相を明らかにするという行き方であるが、それはそれで一つの方法であろう。本書を読んで何より印象的なのは、自分の足で立つ著者の姿勢である。竹下節子のように白人に対する劣等感からフランス文化やキリスト教を「普遍的」として必要以上に擁護してしまうような卑屈さは微塵も感じられない。日本人の学者はすべからくこうありたいものである。

 なお、本書には改訂版が2003年に出ているが、私が読んだのは最初の版である。

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11月11日(土)午後6時45分開演
りゅーとぴあ・コンサートホール
1000円(前売り、全席自由)

 この日は標記の演奏会に足を運びました。
 30分前に会場近くまで来たものの、りゅーとぴあ付近の公的駐車場はどこもいっぱい。仕方なく上大川前通の民間駐車場に車を駐めました。

 客の入りはなかなかです。3階と舞台を囲むA・E・Pブロックには客を入れていませんでしたが、1階と2階正面のCブロックは満席に近く、B・Dブロックも2~3割くらいは入っています。私は上記のように駐車場に車を駐めるのに手間取り開演時刻ぎりぎりに着いたこともあり、Bブロック3列目中ほどに席をとりました。

 指揮=本多優之、ヴィオラ=羽柴累

 モーツァルト: 交響曲第29番
 バルトーク: ヴィオラ協奏曲遺作(シェルイ版)
 (休憩)
 レーガー: 弦楽オーケストラのための間奏曲「愛の夢」:叙情的アンダンテ
 ドヴォルザーク: 交響曲第8番

 まずモーツァルト。奇をてらわずに素直に演奏しているという印象でした。曲を楽しめる演奏ですね。

 次にバルトークのヴィオラ協奏曲。緑のドレスの羽柴累さんが登場。すらりとした長身が目立ちます。バルトークって、正直なところ私は好きじゃないんですが、しかし演奏としてはまったく申し分がない、と言うしかありません。ヴィオラの音が、ヴァイオリンに近い高音から、ヴィオラならではの中音域まで、豊かに響き渡っていました。聴衆が大いに湧いたのも当然でしょう。さすが、ケルンテン交響楽団の首席ヴィオラ奏者だけのことはありますね。新潟市出身だし、これからも地元で演奏を聴かせてほしいものです。室内楽なんかも聴いてみたいですね。

 休憩後は、福島の弦楽器奏者が加わって、人数が増えました。ヴァイオリンは第一と第二が各8名ですから、室内合奏団というより普通のオケに近くなっています。指揮者の本多氏が福島で指揮活動をしていた縁から、ということのようです。

 というわけで始まった後半は、まずレーガーの弦楽合奏のための曲。この曲、聴いたのは多分初めてだと思いますけど、聴きやすいし、いい曲ですね。こういうふうに、あまり馴染みのない佳品をやってくれるのは、大変いいことだと思います。

 最後はドヴォルザークの第8交響曲。管も弦も健闘していました。有名な第3楽章では弦の美しさも光っていました。

 盛り沢山のプログラムだったのでアンコールはありませんでしたが、満足度の高い演奏会でした。次回は2月18日(日)に音文で。ブラームスの第4交響曲と、グノーのオペラ『ロミオとジュリエット』の一部が取り上げられるそうです。一部分とはいえ、オペラに挑戦するとは意欲的ですね。しかも今回の演奏会からわずか3ヵ月後。また聴きに行くつもりです。

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今年映画館で見た163本目の映画
鑑賞日 11月10日
シネ・ウインド
評価 ★★★☆

 フランス映画、ジャック・ドゥミ監督作品、1963年、85分、モノクロ。原題は邦題と同じ意味だが、"LA BAIE DES ANGES"。

 地味に暮らしている銀行員の青年ジャン(クロード・マン)は、同僚が賭博で稼いで車を買ったというので驚く。その男に誘われるままに賭博場に足を踏み入れた彼はルーレットで大儲けする。そして大金を持って南仏のニースに旅し、そこの賭博場でジャッキー(ジャンヌ・モロー)という女性と知り合い、ルーレットにのめり込んでいく・・・

 平凡な人生に鬱屈している青年が、賭博狂でもある宿命の女と出会って人生を狂わされていく様子がたくみに描かれている。モローの宿命の女ぶりも見もの。

 新潟市ではジャック・ドゥミとアニエス・ヴァルダの特集の一環としてシネ・ウインドで上映されている。これからの上映は11月19日(日)の夜のみ。

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今年映画館で見た162本目の映画
鑑賞日 11月9日
シネ・ウインド
評価 ★★★

 フランス映画、アニエス・ヴァルダ監督作品、1991年、120分。原題は"JACQUOT DE NANTES"(ナントのジャック)。

 ジャック・ドゥミ(1931-1990)の妻でもあった女性監督アニエス・ヴァルダ(1928-)が、ドゥミがフランス西部の都市ナントに生まれ育ち、しだいに映画に目ざめていく様子を映画にしたもの。あわせて、ドゥミが作った映画作品が引用され、ナントでの少年時代の体験が作品にどのように影響したかも暗示されている。基本的にモノクロだが、ドゥミの作品からの引用は、カラー作品の場合はカラー。

 決して裕福ではない職人の息子として育ったドゥミが、色々と工夫して自分なりの映像作品を作っていく過程が面白い。また彼の少年時代はフランスが第二次世界大戦でドイツに敗れて占領された時期でもあるので、その視点から見ることもできる。

 ドゥミ役は3人の少年/若手俳優が演じているが、最初に出てくる男の子がかわいい。

 新潟市ではジャック・ドゥミとアニエス・ヴァルダの特集の一環としてシネ・ウインドで上映されている。これからの上映は11月20日と23日の2回のみ。

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評価 ★★★

 「少女小説」をテーマとする授業で学生と一緒に読んだ本。原題は"Little Women"。
 日本でも古来あまりに有名な小説で、昭和の時代なら「こんなの、小学生か中学生時代に自分で読んでおくもので、大学の授業で取り上げるとは何事だ!」と叱られるところである。
 しかし時代は変わった。今どきは女子大学生に訊いても、『若草物語』を読んだことのある者なんかひとりもいない。そもそも、ジュヴナイルの古典という概念が今どきの大学生にはなく、小学校から高校まで、読んでくるのはその都度流行っているライトノベルとかマンガだけなのである。やむを得ず、授業で取り上げることにした。
 もっとも私自身、小学校のときに読んだのは多少簡略にした版だったので、今回初めて完訳を読んでみるとそれなりに面白いところもあった。

 例えば、昔私が読んだ版では、アイルランド系の子供たちの出てくる下りは省略されていた。アイルランド系の子供は2箇所で登場する。
 まず、「エイミーの屈辱の谷」の章。エイミーがライムを学校の窓から捨てさせられるシーンで、窓から落ちてくるライムにアイルランド系の子供たちが群がるところ。ここでアイルランド系の子供たちは、「〔学校の女生徒にとっては〕日ごろからの宿敵」と言われている。
 次は、ジョーが小説の原稿を新聞社に持ち込む「秘密」の章。新聞社の入っている建物から出てきたジョーがローリーと偶然会って、やがて原稿の持ち込みを彼に話すと、ローリーが早手回しで「未来の閨秀作家ばんざい」と叫ぶのだが、それを見ていたアイルランド系の子供たちが喝采するというシーン。そこでは「もう郊外に来ていたのです」と書かれている。

 なぜアイルランド系の子供たちは学校の女生徒にとっては宿敵なのか。なぜ彼らは郊外に住んでいるのか。
 アメリカはWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント)が支配する国である。この『若草物語』の舞台は、明記されてはいないがボストンの街らしい。ボストンにおいては、中産階級のWASPの住む区域と、労働者階級であるアイルランド系が住む区域ははっきりと分かれているのだ。また、アイルランド系はカトリックであり、WASPのプロテスタントとは違う。そうした階級的宗教的差異が、WASPの子供とアイルランド系の子供を「宿敵」にするのだろう。『若草物語』の4姉妹は、今は経済的にはあまり恵まれない暮らしをしているとはいえ、立派なWASPなのである。
 さらに、この小説の時代設定は南北戦争の時代である。エイミーが遺言状を書くシーンでは、遺言状に1861年11月という日付を記している。アイルランド系移民の増大は、アイルランドのジャガイモ飢饉が大きな誘因であった。ジャガイモの空前の不作によってアイルランドで多数の餓死者が出たのは、1840年代後半である。つまり、エイミーが遺書を書く十年ちょっと前のことだった。故郷を逃げ出してきたアイルランド人はアメリカに来て日も浅く、移民の国であるアメリカでも最下層と見られていたのではないだろうか。

 ちなみに、この小説の最初のあたりで4姉妹が自分の朝食を貧しい家庭に届けるシーンがあるが、ここで姉妹に助けられる家庭では幼い子供がドイツ語を話しているし、姓がフンメルだから、ドイツ語圏から移ってきたばかりなのだと分かる。

 移民の国アメリカの多層性ということでいえば、フランス人の存在も小さくない。ベスの病気のためにマーチ伯母宅にあずけられたエイミーを慰めてくれたのは、フランス人女中のエスターだった。もともとエステルEstelleという名なのを、英語で言いやすいようにエスターEstherにしろと主人であるマーチ伯母に言われて、「信仰は変えませんが」という条件で応じた女性である。彼女はフランス人だからカトリックであるが、姉たちから離れて孤独感に悩むエイミーにカトリック式の祈祷を教えて心が落ち着くように仕向ける配慮を見せている。
 また、「メグ、虚栄の市へ」の章でメグがモファット家に招待されて、モファット家から贅沢な衣装を借りて着飾るところで、フランス人女中オルタンスHortenseが出てきて、フランス語でメグに話しかけている。このオルタンスというフランスの女性名、私は(同じだという人も多いと思うが)、モーリス・ルブランのルパン・シリーズの一巻である『八点鐘』のヒロインとして覚えているけれど、『若草物語』は1868年の出版であるのに対し『八点鐘』は20世紀の出版だから、オールコットがルパンから影響されたということはあり得ない。しかしフランスの小説を読んでこういう名がフランスにはあると知ったのか、或いは実際に周囲のフランス系のアメリカ人にこういう名の女性がいたのか、どちらかであろう。

 「キャンプ・ローレンス」の章で姉妹はローリーの知人であるイギリス人たちとピクニックに出かけるが、そこでイギリス人女性ケイトとメグの会話が噛み合わない。ケイトは(この時代に外国であるアメリカに旅行に来ているのだから当然だが)中産階級上層の女性であるが、メグに対して絵を習うために家庭教師に頼んで親に言ってもらえ、と言い、家庭教師なんていません(メグ自身が金持ちの家の子供の家庭教師をしているのだ)という答に、「アメリカの方は私立学校に行ってらっしゃるのね」とこれまた無神経なことを言い、どの学校にも行っていないとメグが答えると驚愕し、ローリーの家庭教師であるブルック先生が助け船を出して「アメリカのご婦人は自分で働くのをよしとするのです」と言ってくれると、「そう、イギリスでも育ちが良くて教養もある女性が貴族に家庭教師として雇われています」と、どこか見下したような調子で言う。結局ケイトという女性は自分と同じ階級の人間がピクニックに来ているとしか想定できないわけで、イギリス人をこういうふうに描くあたりに、作者オールコットの旧宗主国イギリスへの意識を見て取ることができるかも知れない。なお、イギリスの女性家庭教師については日本でも英文学研究者が本を出している(中公新書『ガヴァネス』など)。

 もっとも、ローリーは、今は家庭教師のブルック先生に教わっているが、それ以前はスイスのフランス語圏の寄宿舎に入れられていたこともあるという設定。この時代のアメリカからすると、まだまだヨーロッパは先進地域だったのだと思う。

 この小説には色々な文学作品が登場する。『天路歴程』は何度も出てくるけれど、それ以外の作品もジョーの読む作品などとしていくつも名が挙げられている。作品名ではなく登場人物だけ引用される場合もある。ウォルター・スコットやディケンズのように今日に残る作家も入ってはいるが、総じて今の日本では知られていない作家や作品が多い。しかしそれらは恐らくオールコットが実際に読んだ小説で、それらを知ることで『若草物語』の内容への影響を計ることもできるだろう。(アメリカの研究者はとっくにやっているかも知れないが。)日本でも川端有子『少女小説から世界が見える』なんて本が出ているけれど、その辺にあまり言及していないのは残念だ。

 南北戦争時代の物語だが、作中に戦争を直接的にうかがわせる場面はほとんどない。しかしブルック先生は(上で引いたイギリス人とのピクニックの章で)、今は家庭教師としてローリーを教えているが、ローリーが大学に進学したら兵役につく、とメグに言っている。メグは、若い方はみな兵役につきたがっているけど、残された家族は悲しむでしょう、と答えるのだが、ブルック先生は自分には家族がないからと説明する。当時の世相がうかがえるシーンだ。

 ローリーは裕福な祖父と一緒に暮らしているわけだが、その祖父の職業は、後半に来てようやくインド貿易と判明する。直接船に乗り込むわけではなさそうなので、恐らく船主の一人なのであろう。この時代、ローリーの祖父の船はどういう経路をたどってインドまで行っていたか、と学生に訊いたけど、芳しい答が返ってこなかった。この時代、つまり1860年ころ、アメリカの東海岸を出た貿易船は、恐らくはヨーロッパのどこかに寄港したあと、アフリカの西海岸に沿って南下し、喜望峰を回ってインド洋に出ていたはずである。スエズ運河の開通は1869年だから、『若草物語』の時点ではまだ利用できなかった。ちなみにパナマ運河ができるのは20世紀になってから。なお、幕末の日本に開国を迫ったペリーも同じルートをたどって日本に来たのである。

 訳は悪くないが(私がジュンク堂でいくつかの訳本を読み比べてこれを選んだのである)、母が娘に話しかけるところで「ジョー」と「ジョーさん」が混在しているのが気になった。言うまでもなく原文では敬称はない。昔読んだ訳本では「ジョー」で一貫していたと思うのだが、どうして「さん」を付けなければならないのか。また、原文では名で呼びかけるだけでなく、my dearだとか別の言い方をしている箇所も少なくない。しかしこれはそのまま日本語にはならないので、「あなたね」など、他の言い方で代用するしかあるまい。

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今年映画館で見た161本目の映画
鑑賞日 11月7日
シネ・ウインド
評価 ★★★
 
 ヴェトナム映画、ヴィクター・ヴー監督作品、103分。原題は"TOI THAY HOA VANG TREN CO XANH"(草原の黄色い花)。

 1980年代後半のヴェトナムの貧しい農村が舞台。
 両親と暮らす兄弟ふたり(兄は12歳、弟は数歳下)が、近所の少女に想いを寄せたり、民話が現実に影響していると感じたりしながら過ごしていく様子を描いている。

 兄はどことなく頼りないのに対して、弟はしっかり者。しかしそこから兄は弟に嫉妬して・・・

 現実と民話の交錯がそれなりに面白い。子供の話が好きな人にはいい映画かも。ヴェトナムでは大ヒットしたそうである。

 東京では8月19日の封切だったが、新潟市では2ヵ月半の遅れでシネ・ウインドにて1週間限定上映された。

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今年映画館で見た160本目の映画
鑑賞日 11月7日
シネ・ウインド
評価 ★★☆

 フランス映画、ジャック・ドゥミ監督作品、1961年、モノクロ、88分。

 ジャック・ドゥミが半世紀以上前に撮った映画のデジタル・リマスター版だというので映画館に足を運んだ。

 時代設定は第二次世界大戦後まもない頃、舞台はドゥミの故郷でもあるナント市。
 ローラはヒロイン(アヌーク・エーメ)がキャバレーで名のっている源氏名。彼女は幼い息子をひとりで育てているが、息子の父親がいつか戻ってくると信じている。

 この作品は、彼女と昔から知り合いで、偶然の再会を機に彼女に恋する独身青年と、休暇をもらってこの町でローラと出会い彼女に入れあげているアメリカ人水兵の3人が主要な登場人物である。水兵はしかし、アメリカに帰れば父の仕事を継ぎ、そこで相応の女性と結婚することになると分かっており、ローラへの恋心はあくまでその辺を割り切ってのものに過ぎない。

 これ以外に、ローラの息子の父親も登場するが、最初はそれと分からないようになっている。また、思春期にさしかかった娘をひとりで育てている中年女性も登場する。

 本作はこのように何人もの人生が交錯する中で展開する。ただ、まとまった感興が残るかというと、どうもそうではない。世評ではこの映画は息子の父親を待つ女を演じるアヌーク・エーメがいいということになっているようだけど、彼女が特段美しく撮れているとも思えないし、「待つ女」の描写も十分なされているとは感じられなかった。

 新潟市ではジャック・ドゥミとアニエス・ヴァルダの特集の一環としてシネ・ウインドにて上映されている。この作品の今後の上映は、11月12日(日)、17日(金)、24日(金)の3回限り。

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11月4日(土)午後6時30分開演
新潟市音楽文化会館ホール
前売り 2000円(全席自由)

 この日は夕刻から標記の演奏会に足を運んだ。
 新潟県民の手でバッハの主要作品を全部演奏しようというプロジェクトにしたがって結成された団体による演奏会である。旗揚げ公演から始まって、私が聴くのはこれで3回目になる。
 客の入りは半分強くらいか。

 指揮=八百板正己

 ・クリスマス・オラトリオBWV248より 合唱「歓声を上げ、喜び歌え! さあ、この日々を称えよ」
 ・カンタータ第38番BWV38「深き苦しみの淵より」
 ・シュメッリ歌曲集より
  第12番「元気を出しなさい、私の弱き霊よ」BWV454
  第30番「神よ、あなたの慈しみはなんと大きいのでしょう!」BWV462
 ・カンタータ第214番BWV214「鳴れ、太鼓よ! 響け、トランペットよ!」より アリア「しっかりとつかんだフルートを吹きなさい」
 (休憩)
 ヨハネ受難曲BWV245より 第一部
 (アンコール)
 ミサ曲ロ短調よりBWV232より 合唱「私たちに平和を与えて下さい」

 約1年前の新潟公演でも思ったことだが、演奏のレベルが、一部の演奏家を除いてはあまり高くない。
 いいと思ったのは声楽の独唱者で、日ごろから新潟でソプラノとして活躍している風間佐智さんがBWV38とBWV454で美声を聴かせてくれたこと、またヨハネ受難曲では前回のこの団体の新潟公演でも好演したテノールの江端員好氏(福音史家)が見事で、バスの渡辺従道氏(イエス)もなかなかだった。この二人で何とかレベルを保ったといったところだろうか。

 しかし弦楽器奏者の数と質は何とかしないといけないのではないか。
 私は新潟県内の演奏家事情をよく知らないけれど、そもそも地方では弦楽器奏者は数が多くないのに対して、最近の新潟県内では新潟市や長岡市以外でもアマチュアの管弦楽団結成が複数なされており、なおさら足りなくなっているのかも知れない。もっとも、一人の人が複数の団体を掛け持ちすればいいわけだけれど(新潟市内のアマチュア楽団ではそういう例は珍しくない)、その辺は人脈の関係か、或いは何らかの派閥があるのか、或いは忙しくて無理ということなのか、理由はどうあれ、実際の公演を見ればとにかくうまくいっていないと言うしかない。

 新潟県の人間だけでバッハの主要な曲をやろうというのは立派な企画だし、また今の県内演奏家の実力なら十分可能だと思うけれど、県内の人材を結集すること自体ができていないという実情がある限り、今後の見通しは明るくないという気がする。この辺は県内の演奏家の方々にも考えていただき、協力体制を築いていくことが望まれる。
 
 それと、パンフには歌詞のドイツ語原文と日本語対訳以外に、ドイツ語の各単語に日本語の意味が記されているのは、歌詞を十全に理解して聴くという意味で良い試みだと思うけれど、いかんせん、誤りが散見されるのは残念なことである(現在完了と過去完了の区別がつかない、関係代名詞と指示代名詞・疑問詞の区別がつかない、など)。この点については前回の新潟公演でも同じで、私はそのとき八百板氏にメールを出して、こういう仕事はドイツ語の専門家に依頼したほうがいいのではないかと忠告し、八百板氏からもそのようにしたいと返事が来たと記憶するが、相変わらずシロウト仕事で済ませているのでは、運営側の誠意が疑われても仕方があるまい。

 運営側の様々な苦労は相当なものだろうとは拝察するけれど、今の新潟では、東京交響楽団新潟定期演奏会が100回を超えたのを始め、内外のすぐれたプロ演奏家のクラシック演奏会を聴く機会が多くなっている。プロと名のらずとも、芸大や音大を出て地元に帰り、ハイレベルな演奏を聴かせてくれる音楽家も増えている。そうした中で、チケット代金として2000円(前売り価格、当日なら2500円)をとっている以上、それにふさわしいレベルの演奏ができているかを自省する姿勢も必要ではないかと考える。

 やや厳しい感想になったけれど、客の集まりも、会場が定員500人強の音楽文化会館であったことを考えれば、良好とは言えない。それが、現在のこの団体に対する新潟市のクラシック愛好家の評価なのではないか。その点をよく考えて欲しい。

 なお最後になるが、演奏に使ったポジティブ・オルガンは長岡市の所有するものを借りて新潟市まで運んできたそうである。同じ楽器が新潟市のりゅーとぴあにもあるのだが、りゅーとぴあの楽器はりゅーとぴあから出してはならないという規則があって借りられなかったのだとか。うーん・・・。音楽文化会館はりゅーとぴあのすぐ隣りなんですぜ。それに音楽文化会館も音楽専用の施設だし、どちらも新潟市の運営だし。この辺、新潟市にも少し柔軟な姿勢が望まれる。

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今年映画館で見た159本目の映画
鑑賞日 11月4日
ユナイテッドシネマ新潟
評価 ★★★★

 滝田洋二郎監督作品、126分。原作は田中経一の小説だそうだが、私は未読。

 一度口にした食物の味は絶対に忘れないという天才肌の料理人・佐々木(二宮和也)。しかし味に厳しすぎて店がうまくいかず、借金をかかえて四苦八苦していた。
 そこに或る中国人から依頼が舞い込む。かつての満州国で、満漢全席をしのぐ豪華メニューのレシピが作られたが、そのレシピを探して欲しいというのだ。そのレシピは当時、天才的な料理人である山形直太朗(西島秀俊)が、関東軍の依頼を受けて考案したものであった。
 提示された金額の大きさに釣られて依頼を引き受けた佐々木だったが、やがて意外な事実にぶつかり・・・

 現在の日本と、1930年代の満州国の双方でストーリーが展開する。
 構成は緻密で、瑕瑾もないではないが、全体としての完成度は高い。
 キャストも悪くない。もっとも私は西島秀俊って演技力がないなと日ごろから思っているのだが、今回はまあ合格点。

 新潟市では全国と同じく11月3日の封切で、市内のシネコン4館すべてで上映中。県内他地域のシネコン3館でも上映している。

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評価 ★☆

 出たばかりの新書。著者は1951年生まれ、東大教養卒、同大学院修士課程修了、同大学院博士課程およびパリ大学博士課程に学び、現在は(この本の標記では)文化史家・評論家、フランス在住。

 本書は一言でいうと、キリスト教の護教論である。要するにキリスト教があったからこそ、「人類の普遍的な価値である」自由・平等・博愛が生まれたのだし、民主主義という政体も成立したのだし、様々な近代的な学問も生まれたのだし、すばらしい美術や音楽も作られたのだ、と主張している。

 著者はカトリック信者だからキリスト教を擁護するのはまあ当たり前なのであるが、それにしても、という本になっている。この人は数年前、『キリスト教の真実』(ちくま新書)を書いて類似したことをやっていたけれど(私の書評が旧サイトのこちらの「4月」に掲載されている)、今回はさらに臆面もなくやっているという印象で、率直に言ってちょっとあきれ果ててしまった。失礼ながら、逝ってしまう寸前なんじゃないでしょうか(笑)。

 もっとも、著者はインテリだから、キリスト教は一から十まで完全無欠で無謬、なんて書き方はしていない。悪い部分や時代もあったということは認めている。だけど、最終的にはキリスト教なかりせば近代社会はできなかったと主張しているのだし、物事をよく知っている人間が読むと、陰の部分の記述は少なめで、プラスの部分はかなり大々的に書いていることはすぐに分かってしまう。でも物事を知らない人が読むと、ただちに入信したくなるかも(笑)。

 具体的におかしなところをいくつか挙げておこう。
 何しろキリスト教やヨーロッパのやったことは、悪事もありはしたが最終的にはよいことだったのだと主張しているので、ヨーロッパの植民地主義は「欧米の帝国主義的な進出」と書かれ(74ページ)、日本のそれは「侵略」と書かれている(158ページ)。

 キリスト教の布教は平和裡になされたわけではなく、アルビジョワ十字軍などのように軍事的な強制も含まれていたことは今どき大抵の人が知っているし、また北ヨーロッパへの布教も軍事的な色合いが濃かったので「北の十字軍」と呼ばれているのだが、著者の書き方だと「ドイツ騎士団が北欧を宣教し」となる(100ページ)。軍事力を伴っていたことには触れていない。

 17世紀半ば頃には、カトリックは「人類はすべて兄弟」をめざしていたから、初期の頃にインディアンには魂がないと見なして虐殺を繰り返していた頃とは雲泥の差がある、なんて書いているのだけれど(117ページ)、北米大陸では19世紀になっても白人とインディアンとの抗争は続いていて、19世紀後半だけで少なくとも数万人(数十万人という説もある)のインディアンが殺されていることを著者は知らないのだろうか。それとも北米はプロテススタントだから関係ないと思っているのだろうか。著者自身はカトリックだけど、この本の中ではプロテスタントもキリスト教の自己革新能力として評価しているのだが。

 先進国の国際会議に出席する男性がみな英国風に背広を着てネクタイを締めていることを、著者はキリスト教の普遍主義の合意事項、と書いている(206ページ)。これなんか、やはりこの人は逝っちゃってるなと感じる箇所だ。私に言わせればネクタイは日本の気候に合わない。特に蒸し暑い夏にネクタイを締めるのはバカげている。私はもともと首を絞めるのが嫌いなので、ふだんでも冠婚葬祭でどうしてもという場合を除いてはネクタイをしないことにしているが、暑い時期にはゆかたを着て仕事をするのが日本では合理的ではないですかね? 

 ああ、それから、極めつきの噴飯物の箇所を挙げておこう。
 15世紀末にアメリカ大陸が「発見」されて、そこにインディアンが住んでいることが判明したとき、聖書に書かれた人類創造事情と合致しない(だから初期にはインディアンは人間ではないと見なされた、と著者は述べる)ことが問題となりヨーロッパでは真剣に議論された。そのことを記した後で、著者は次のように書いている。

 「現代なら逆に、すべての人類の先祖はアフリカ大陸に生まれた後で全世界に広がっていき、大陸が切り離されたのはその後のことだったということになっているから、人類のルーツが同じだということは矛盾にならない。」(112ページ)

 えーっとですね、現人類の祖先がアフリカに誕生したのはせいぜい数十万年前なのですが(アフリカを出たのは数万年前)、古代の超大陸が分かれて別々の大陸になったのは控え目に言っても数千万年前なんです。つまり、アフリカ大陸が他の大陸と分かれてから現行人類は生まれたのですよ。アメリカ大陸に住むインディアンの大多数は、現在のベーリング海峡が陸地だった時代(約2万年前)にユーラシア大陸からアメリカ大陸に移住したと考えられています。キリスト教が近代的な学問を生んだと主張なさっているのに、キリスト者がその学問に弱くては、説得力がないじゃないですか(笑)。

 率直に言うと、この本がもしフランス語や英語に訳されてあちらのインテリに読まれたら、相当叩かれるんじゃないかな。日本なら大丈夫、と著者は思っているのかも知れないが。まあ、著者の世代(1951年生まれだから私より一歳だけ年長。つまり私の世代でもある)にはまだ名誉白人と呼ばれてうれしがる風潮から抜け出せなかった日本人インテリも結構いるからなあ。

 私の見解だが、キリスト教の最大の欠点はその福音主義である。つまり「オレの信仰(思想)は優れているから他者に伝えなければならない」とする考え方で、これが帝国主義とソリが合うが故に、或いは大昔のヨーロッパで言えば武力を用いた拡大主義とソリが合うためにキリスト教は世界中に広まり、合わせて多数の犠牲者を出したのだ。福音主義はイエスに由来する。したがってイエスの思想の根源を疑うことなくしてはキリスト教の本質は分からない。もっとも著者は、現在のローマ法王が無理な宣教に疑問を呈していることをも紹介しているけれど(174ページ)、仮にキリスト教が今後はそのような方針に転換したとしても、ヨーロッパ帝国主義により殺された1億人にも及ぶと推測されるアメリカ先住民や、同じく欧米以外の同数の犠牲者(以上の数値は、グレゴリー・クレイズ『ユートピアの歴史』による)が生き返るわけではない。著者は自省が足りない、と私は思う。

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今年映画館で見た158本目の映画
鑑賞日 11月3日
ユナイテッドシネマ新潟
評価 ★★☆

 安里麻里監督作品、114分。原作は米澤穂信の小説だそうだが、私は未読。

 高校に入学して、姉の命令で古典部に入った男子生徒・折木奉太郎(山崎賢人)が、豪農のお嬢様である同級生の女の子・千反田える(広瀬アリス)などと一緒にさまざまな謎を解いていく、というストーリー。

 メインになる謎は、かつて同じ高校の生徒だった千反田えるの叔父が33年前にどういう事情で退学処分を受けたのか、当時何が起こったのか、である。(この映画の時代設定は西暦2000年なので、33年前は1967年。)ちなみに「氷菓」は古典部が出している雑誌の名で、謎解きにも絡んでくる。

 途中までは結構面白いのだが、謎解きの肝心の部分がナッテナイ。肝心の部分がダメなミステリーは、全体がダメになっちゃうんですよね。

 新潟市では全国と同じく11月3日の封切で、ユナイテッドおよびイオン西と南の3館で上映中。県内他地域ではTジョイ長岡とJ-MAX上越でも上映している。

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10月29日(日)午後5時開演
りゅーとぴあ・コンサートホール
3階Gブロック (定期会員Bランク席)

 県民会館で「こうもり」を鑑賞してから、女房は先に帰してひとりで東京交響楽団定期演奏会に臨んだ。
 客の入りはまあ普通。ここのところ、3階のFブロックとLブロックは若い人でいっぱいになっているが、多分りゅーとぴあ側でそういう企画を立てているのだろう。しかし同じ3階脇席でもHブロックやJブロックはがらがらなのが淋しい。

 指揮=ダニエル・ビャルナソン、ヴァイオリン=神尾真由子、コンマス=グレブ・ニキティン

 ビャルナソン: ブロウ・ブライト(日本初演)
 ショスタコーヴィチ: ヴァイオリン協奏曲第1番
 (アンコール)
 パガニーニ: 24の奇想曲から第24番(ヴァイオリン独奏)
 (休憩)
 リムスキー=コルサコフ: 交響組曲「シェエラザード」

 本日の指揮者のビャルナソンはアイスランドの指揮者兼作曲家。指揮者としては今回が日本デビューだそうである。

 そのビャルナソン自身の曲が最初に演奏された。日本初演だとか。
 弦楽器配置は左から第一ヴァイオリン14、チェロ8、チェロの後ろにコントラバス7、ヴィオラ10、第二ヴァイオリン12。
 現代音楽ではあるが、わけの分からない難解な音楽だとか、聴くのが嫌になるような無秩序な音の羅列ではなく、それなりにまとまりのある、聴き応えのある曲だった。現代音楽らしく打楽器を多用しているけれど、同時に響きをも重視しており、なかなかいい曲じゃないかというのが私の感想である。

 次に神尾真由子さんをソリストに迎えてのショスタコーヴィチの協奏曲。弦楽器はそれぞれ2つずつ減った。神尾さんは赤い(ちょっと紅色っぽい)ドレスで登場。
 神尾さんの演奏はテクニック的にも解釈的にもまったく間然するところのないもので、会場からはブラヴォーの声とともに大きな拍手が送られた。あえて注文をつけるなら、もう少し音量があれば完璧だったと思う。文字どおりの独奏のときはいいのだが、バックと一緒に演奏しているとやや埋もれがちになる場面もあったので。
 アンコールにパガニーニの独奏曲が演奏された。これまた間然するところのない演奏で、聴衆は大喜び。さすが、ですね。

 後半の「シェエラザード」。弦楽器は最初の編成に戻る。最初のあたりでホルンがちょっと音をはずすところもあったけど、全体として見るとなかなかの演奏だったのではないだろうか。色々な楽器の活躍を実際に目で見つつ楽しめるのはいいものである。コンマスのニキティンさんの独奏もしっかりとしていた。

 というわけで、この日の午後はオペラとの連チャンだったけれど、そしてあいにくの雨ではあったけれど、満足して帰途に就きました。

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10月29日(日) 午後1時開演
新潟県民会館
1階19列12番 Sランク 11700円(Nパックメイト価格:最高ランクはSS)
パンフレット 1500円

 アイゼンシュタイン=ティボル・サッパノシュ
 ロザリンデ=アドリエン・ミクシュ
 フランク=アンタル・バコー
 オルロフスキー=アンドレア・メラート
 アルフレート=イシュトヴァーン・ホルヴァート
 ファルケ=ソルターン・ケレメン
 ブリント=ゾルターン・メシェシ
 アデーレ=イルディコー・サカーチ

 演出=ミクローシュ・シネタール
 指揮=バラージュ・コタール

 ヨハン・シュトラウスの「こうもり」を聴きに行く。女房同伴。
 この歌劇(正確に言うとオペレッタとなるらしい)は20年くらい前だったかにやはり新潟で実演に接する機会があったが、それ以来である。
 前回もそうだったけど、今回も楽しく鑑賞することができた。喜劇としてよくできているし、音楽も親しみやすい。第3幕の最後ではラストの歌を繰り返して盛り上げるなど、客へのサービスも満点である。
 演出もオーソドックスで、第1幕のアイゼンシュタイン家の内部はブルジョワの邸宅らしくできているし、第2幕のオルロフスキー公爵邸には貴族の豪勢な宮殿の雰囲気がある。

 歌手は、メインの役どころは一定以上のレベルだったけど、特にオルロフスキー公爵役のアンドレア・メラート(女性歌手)が小柄ながら美声を惜しみなく聴かせてくれた。
 歌唱はドイツ語だったが、歌ではないせりふ部分はハンガリー語でやっていたようである。せりふには時として日本語が使われるサービスがあり、特に第3幕の刑務所のシーンでそれが目立った。
 とにもかくにも大満足の公演であった。ただし日本語字幕に誤植(公爵を侯爵とするなど)が若干あった。

 隣席の老婦人から休憩時に話しかけられた。大正13年のお生まれで93歳とのことで、私の父(故人)と同年齢。ご主人も95歳で存命中だが入院されているという。しかしひとりでこうしてオペラ鑑賞に来られるのだから、ずいぶんとお元気である。日本はやはり高齢化社会になっているのかな、と思ったことであった。

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評価 ★★

 出たばかりの新書。著者は1941年生まれ、東教大文卒、長らく埼玉県の高校英語教諭を務め、その後は大学の客員教授ともなり、そのかたわら「プロ教師の会」の論客として多数の本を執筆してきた。

 私は「プロ教師の会」が宝島社の手によって世に出て以来、諏訪氏の本を読んできた。現場の教師の立場から、1980年頃から顕著になった子供の質の変化(消費社会の出現による「自分」を中心に考える世代の台頭)を見すえる言論人として、氏の書物を愛読してきた。

 しかし、今度の本はどうも中身が薄い。諏訪氏もすでに七十代半ばである。引退の時期が来ているのかも知れない。

 そもそもタイトルが羊頭狗肉である。第一章では最近流行のアクティブラーニングを検討しているのだが、すでに教育の現場に立っていない氏の論考は説得性が高いとは言えない。いや、現場にいなくても過去の体験から論じてもいいのであるが、その際に氏が、最近の日本の大学がいわゆるAO入試を重視していることを肯定的に捉えているのが、そもそも問題なのである。

 一発勝負のペーパーテスト以外の、面接だとか、高校時代の部活だとかを重視する入試は、米国や英国での例からすでに明らかなように、家が裕福な受験生に有利に働く。

 また、そもそも時間的に短い面接で受験生の人となりや知的能力が本当に分かるものかと、少し考えてみて欲しい。すでに推薦入試を取り入れている大学は数多いが、それこそ大学の現場にいる人間からすれば、15分かそこらの面接で受験生の能力を知ることはきわめて困難なのであって、合格させてから「しまった」と思うケースも少なくない。無論、ペーパーテストだけで決めても入学後の学生の能力は多様ではあるけれど、控え目に言っても、AO入試がペーパーテストだけの入試より優れているとはとても思われないのである。

 諏訪氏はこの点について、東大の前総長の発言(AO入試に肯定的な)をそのまま受け入れているが(27-28ページ)、現実の東大が推薦入試にあたって受験生の高校時代の成績について相当ハイレベルな基準を設けていることは周知のとおりなのである。

 もっとも、諏訪氏はアクティブラーニングを脳天気に褒めているわけではない。自分の教師としての体験から批判的に吟味しており、そういう箇所は読む価値はあろうとは思うが、むしろ文科省がこのような新機軸にすぐ飛びつくあたりの思考回路を(ゆとり教育についても同じだったのだから)少し考えてみた方がいいのではないか。諏訪氏はゆとり教育を推進した寺脇研の「教師が変わらないからゆとり教育は失敗した」という言い訳には批判的なのだから(この点については諏訪氏の批判が正しいと思う)。

 しかし、第一章はそれでもマシなほうだ。
 その後は、過去の氏の著書に書いてあったことの繰り返しや焼き直しが多いし、また戦後の教師の左翼的な態度に疑問を投げかけているのはいいけれど、「国〔日本〕が無条件降伏したわけだから」(145ページ)などと書いているのは勉強不足。日本はポツダム宣言を受け入れて降伏したのであって、無条件降伏はしていない。ポツダム宣言に書かれた条件として、「日本軍〔日本ではない〕は無条件降伏する」が含まれているに過ぎない。

 諏訪氏は、最後のあたりでカリスマ教師・堀裕嗣の言っていることを賛否両面から俎上に載せている。結局、カリスマ教師というのは資質(才能)の問題であって、他の教師が方法だけを真似ても同じ効果は出ないというのは、まったくそのとおりだと思う。(諏訪氏は他の、かつて自分自身が接したカリスマ教師についても同様に語っている。)

 ただ、その箇所で、堀氏が教師になって担任を務めた最初のクラスに、教師としての愛情以上のものを覚えたと言っているところを捉えて、よく分からないと諏訪氏が書いているのは、資質の違いからだろうか。
 私は大学教師として長年務めて、まあ自分は教師には向いていないと思っているけれど、そして学生に教師としての立場以上の何かをもって接したことは一度もないけれど、それでも担当クラスやゼミに関しては、年によって「うまくいった」「軌道に乗らないまま終わった」という違いがあるにとどまらず、単なる教師と学生という関係を超える何かを感じることは、稀ではあるがあった。無論だからといって教師の立場を超えて踏み込んだ人間関係を作ることは私は決してやらなかったけれど、それでもそういうクラスやゼミは記憶に残るものである。

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今年映画館で見た157本目の映画
鑑賞日 10月27日
シネ・ウインド
評価 ★★

 アメリカ映画、ジム・ジャームッシュ監督作品、118分。

 アメリカのニュージャージー州にある町パターソン。そこでバス運転手として働きながら詩を書いている、町と同じパターソンという名の青年、およびその愛妻と愛犬を中心に、町で暮らす人々の様子を描いた映画。最後に永瀬正敏が日本の詩人として登場している。

 はっきりした筋書きがあるわけではなく、町で暮らす人間の日常を淡々として追ってゆく作品。そういう映画が好きな人もいるのは分かるけど、私にはやや退屈で、昼食をとった直後だったこともあり、よく眠れました(笑)。

 最後に出てくる永瀬正敏も、一時代前のダサいメガネをかけていて、いかがなものかと。

 ・・・というところで感想を終わらせるのが筋なのだが、一昨日アメリカのNYで事件があった。ウズベキスタン出身の29歳の青年が小型トラックで8人の人間の命を奪うという事件である。
 この青年がパターソンの住人だという。以下毎日新聞の記事によるが、青年はウズベキスタンのタシケント市の生まれ、裕福で穏健なイスラム教徒の家庭に育ち、2010年にアメリカに移住。過激な思想を抱くようになったのはアメリカに来てかららしいという。パターソンはイスラム教徒が集中的に住んでいる都市(人口は15万人弱)で、スカーフ姿の女性も目立つという。

 ・・・パターソンについてこういう記事を読むと、ジャームッシュの映画ってパターソンのごく一部だけを捉えたものに過ぎなかったんじゃないの、と言いたくなってしまうのです。

 東京では8月26日の封切だったが、新潟市では8週間の遅れでシネ・ウインドにて公開中、本日(11/3)限り。

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今年映画館で見た156本目の映画
鑑賞日 10月26日
イオンシネマ新潟南
評価 ★★★★

 石原立也・小川太一監督作品、105分、アニメ。

 学校の吹奏楽部に所属してユーフォニアムを吹いている高1の女の子を主人公にした劇場版アニメの第2作である。第1作がなかなか良かったので、また映画館に足を運んだ。

 今回は前作とはちょっと趣きを異にし、吹奏楽部の活動そのものよりは、家族関係から来るごたごたを中心にした物語になっている。

 家族物語もふたつ用意されていて、ヒロインの家族物語と、ヒロインの先輩である3年生女子の家族物語である。どちらかというと後者に重きがおかれている。

 前作とは違った意味で良くできていると思う。先輩の魅力もしっかりと描かれている。

 東京では9月30日の封切だったが、新潟市では若干の遅れでイオンシネマ新潟南にて単独上映中。県内でも上映はここだけである。

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10月21日(土) 午後2時開演
青陵大学青陵ホール

 朗読・歌:吉田(阿吽)旅人、ピアノ:栄長敬子

 この日は午後から標記の演奏会に出かけました。招待していただいたので。

 会場の青陵ホールは初めてでしたが、青陵大学の新しくできた建物の中にあり、天井が高く、席数は百をちょっと越えるくらいの、歌曲の夕べや室内楽に合いそうなホールです。客の入りは三分の二くらいか。

 配布されたパンフにはミュラーの詩の原文と日本語対訳が載っているほか、19世紀にウィーンでこの歌曲集の演奏会が開かれた際のポスターや、歌手吉田(阿吽)氏のコラムなども掲載されています。

 最初に日本語で訳詩を朗読してから、言語で歌うというやり方で、途中休憩を挟んで全局が演奏されました。歌詞の意味が分かりやすいような工夫が凝らされているのは親切だと思います。

 最後にアンコールとして栄長さんがドビュッシーの月の光を弾きました。なかなかの名演だったと思います。

 なお、パンフの訳文についてちょっとだけ注文をつけておくと、主役の若者であるMüllerを中盤以降は「粉挽き職人」と訳しているのに、最初のあたりでは「水車職人」と訳しているのはいかがなものかと。言うまでもなく「粉挽き職人」が誤解の余地のない訳語で、「水車職人」では水車を作る職人かと思われかねません。ついでに、吉田(阿吽)氏のコラムにも同様の誤解を招きかねないところがありました。

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評価 ★★★★

 18年前に出た本だが、思うところあって新潟大学の図書館から借りて読んでみた。ここ数年ブラック化が目立つ新潟大ではあるが、1999年というと独法化の5年前だから、まだこういう本も入れる余裕があったのだろう。
 原題は"False Dawm: The Delusion of Global Capitalism"で、訳者によるとFalse Dawnは「まがいものの夜明け」、つまり期待を抱かせるが結局裏切られるもの、というような意味。副題の「グローバル資本主義の幻想」が直接的に内容を示している。
 要するに、アメリカ発の新自由主義を批判・否定する書物である。

 著者のジョン・グレイは英国の政治思想史学者で、18世紀フランス啓蒙主義の批判的研究で知られているという。政治思想史学者がなぜ新自由主義やグローバル資本主義を批判する書物を書くのかと言えば、グレイは新自由主義のようなグローバル化思想を啓蒙主義の一種と見なしているからだ。

 第1章でグレイは、19世紀のイングランドですでに自由市場を旨とする社会改革が行われたことを指摘している。19世紀の英国は現在の米国がそうであるように世界を主導する国家であった。しかしこの社会改革は結局19世紀末には終わっている。もっともイデオロギーとしての自由貿易主義、レッセフェールはその後も生き延び、最終的には1930年代の大恐慌で完全に息の根をとめられたかと思われたが、しかし恐慌が起こっても歳出削減という、今からすれば完全に的外れの政策にその残滓を見ることができる。
 
 グレイは、19世紀英国の自由貿易政策が、実際は強い国家により作り出されるものであり、市場や社会を放置すれば、安全性やリスク回避のための様々な法律や政策が自然に生み出されていくものだと喝破する。

 第2章では、サッチャー首相を典型とする新自由主義路線が社会を崩壊させていると主張している。この時代に英国の家族崩壊が鮮明化し、離婚率が急上昇してEUトップとなり米国の離婚率と並んだ。生活保護世帯を除いても5世帯に1世帯が働いておらず、皮肉にも社会福祉費用が増大した。英国ではこのほか、刑務所収容率や警察・法執行のための費用も急増した。「小さな国家」はこうして国家が支払う経費を増大させる。著者はネオリベがイデオロギーとしては国民国家、つまり自国の利益を言うくせに、国内市場を開放して国内労働者を寄る辺なき民に零落させるのは矛盾だとも述べている。

 NZも同じである。もともと社会民主主義的な平等国家だったNZは、新自由主義路線に転じてから、それまで存在しなかった下層階級の誕生を見た。
 ネオリベはしばしば社会福祉が労働意欲を削ぐから下層階級が生まれると強弁するが、事実は逆なのであって、社会福祉政策が充実した国には下層階級はおらず、むしろ新自由主義的政策こそが多数の下層階級を生み出すのである。
 NZの「改革」で最も致命的だったのは、国内の公共政策への拒否権を国際資本に与えたことだ、と著者は述べる。

 この後メキシコについても新自由主義政策の悲惨な結果が報告される。つまり、米国へのヒスパニック系不法移民の増大はその結果なのであり、米国が隣国に強いた政策こそが米国自身に不法移民増大という負の形で跳ね返ってきたのである。

 第3章では大前研一などのグローバル化=企業ユートピア論が批判される。新自由主義的政策の結果、各国の文化的・伝統的な様々な相違は消えていき、市場が国民国家を無意味なものにしてしまうだろうという予想は誤りだとする。実際には海外に過半数の生産拠点を置くような大企業は少数であり、まして研究開発のような大事な部門は自国内にとどめる企業が圧倒的多数なのである。
 また、グローバル化推進論者は国民国家の意義を二義的なものとするが、それも誤りだという。国家が脆弱なら政治的なリスクが増大する。企業は実際には外国に進出する場合、その地の政府の力に多くを依存しているのである。

 第4章では悪貨は良貨を駆逐するという法則はその通りで、悪い資本主義は良い資本主義を駆逐する、と著者は主張する。つまり、アメリカ型の、社会的責任を企業が負わない資本主義が、社会的責任を企業がそれなりに負うアジア・ヨーロッパ型の資本主義を駆逐するのである。

 自由市場が経済的に最も効率のいい資本主義であることは確かだ、と著者は認める。問題はその先である。多くの経済学者は、効率のいい資本主義だからそれでいいを結論として終わってしまう。社会は経済に仕えるべきだ、と彼らは考えるからだ。しかし実際はその逆であるはずなのである。経済が社会の要求に仕えるべきなのだ。社会の要求とはつまり、無職の人間をなくし、誰でも最低限の生活を営めるようにするということである。ここで著者は痛烈な言葉を記している。「社会的コストの無視は経済学者の職業的ゆがみであるが、それは〔新自由主義路線の〕体制全体が要求することなのだ。」(117ページ)

 グローバル貿易主義の結果、スウェーデンのような社会民主主義の国家もその福祉維持が困難になっている。グローバル債券市場が、スウェーデンの国債に拒絶反応を示すことで、公共材を調達するための資金繰りを不可能にしたからだ。結局スウェーデン政府は歳出削減路線を選ばざるを得なかった。結果、国内の失業率が増大したのである。社会民主主義政策は自国内の閉じた経済を前提としているが、それが不可能になってきている。

 第5章では、グローバル自由市場は啓蒙思想運動の企てであり、それを推進しようとしている米国は啓蒙思想を実現しようとする最後の国家であるという著者の持論が展開される。
 第二次大戦以降、二つの啓蒙イデオロギーが抗争を続けた。つまり、リベラリズムとマルクス主義である。この二つはともに西欧啓蒙主義の流れから生まれてきたものであり、東西対立は言わば身内の喧嘩だった。ソ連の崩壊は「西側の勝利」なのではない。ロシアの西欧化の試みが挫折したことを意味するのであり、ロシアがかつてそうだったようにヨーロッパと曖昧な関係を持つ体制に復帰したということなのである。
 人種・宗教・領土という価値の再出現は、ホモ・エコノミクスと普遍的文明という啓蒙主義的理想をあざ笑っている。近代化が進めばこうした古い偏見は消滅すると思っている人間は、なぜ経済自由化と宗教原理主義がしばしば手を携えているか自問したことがないのだろう、と。

 今ネオリベ路線を主導している米国も、過去の経済を見れば、決して自由経済でやってきたわけではない。米国繁栄の基礎は高い関税率だったし、鉄道やハイウェイなどのインフラ整備も連邦国家や州政府の公共政策として行われたのだった。

 米国の社会は二十世紀末になって不安定になっている。離婚率も高い。米国の家族がなぜ脆弱かと言えば、労働者に高い移動性が要求されるからだ。つまり規制のない労働市場は労働者に多くを要求し、その結果、家族や地域社会に心理的・社会的コストを強いるのである。そして米国では刑務所に入っている人間の数が桁違いに多い。これは犯罪率の高さとパラレルな現象である。

 ここで著者はまたグローバル化と啓蒙思想の関係に言及する。
 「文明」という概念は、すべての「文明化された」社会は同一であるという前提に立っている。そして文明は野蛮の対立概念としてある。啓蒙思想家(コンドルセ、ヴォルテール、ディドロ、カント、マルクス、ヒューム、スミス、ベンサム、J・S・ミル、ジェファーソン、B・フランクリン)は基本的にこのように考える。
 これに対してドイツのヘルダーのような反啓蒙主義思想家は、当時普遍的文明という概念を広めていた手段、つまりフランスの文化帝国主義を攻撃するために、文化の根本的多様性という見方をとった。当時はフランスと英国が普遍主義の尖兵だった。今は米国がその役割を引き継いでいる。(172-173ページ)

 そもそも、米国社会自体がヨーロッパが想定した近代化のモデルとは一致しない。米国は宗教性が高いからだ。ところがヨーロッパ人の理解では、近代化は世俗化(脱宗教化)と手を携えて進行するはず、なのである。
 歴史を振り返れば、過去において多文化を内包して長期間存続した帝国は多数存在した。ローマ、中国、オスマントルコ、ロマノフ王朝、大英帝国、ハプスブルク帝国など。こうした帝国では、普遍主義的な理念を掲げることはあっても、唯一の生活様式や信条に民を染め上げようとは考えていなかった。普遍主義は帝国主義につながるというハンチントンの主張はいかにも米国的だ。実際には過去の帝国は多文化だったのであり、現在の米国のほうがはるかに普遍主義的なのでである。(176-178ページ)

 第6章ではロシアの経済が分析されている。ソ連時代から闇経済が大きな部分を占めていたが、闇経済は政府の公式的な経済と別のものではなく、むしろ官僚こそがそこから大きな利益を得ていたし、それどころか公式的な経済すら官僚の利益のために営まれていたという。ソ連解体直後、米国の経済学者は新自由主義的政策を提言して、一時期それが採用されたが、結果は壊滅的だった。米国の経済学者はロシアの社会を理解していない。社会のあり方は国や地域ごとに違うこと、社会のあり方が異なれば他国でうまくいった経済理論を適用しても成功するとは限らないこと、その程度のことすら経済学者は分かっていないと著者は述べる。

 第7章ではアジア型資本主義の諸相が述べられている。日本も取り上げられているが、なにぶん18年前の本なのでやや古くなっていることは否めない。しかし、著者の予言が的中して日本経済はダメになったのだ(非正規雇用の拡大など)と見ることもできるだろう。
 要は、資本主義といっても様々であり、米国型の資本主義が唯一正解という考え方はできないとしているのだ。

 第8章では、改めてレッセフェール政策は啓蒙思想の生み出したもので、誤りだと主張している。
 世界銀行は小さな政府論が誤りだと認めるようになった。しっかりした近代国家がないところに持続可能な経済発展はない、と1997年の報告書で述べたのである。しかし著者によれば世銀はいまだに国家の役割を十分に認識していない。

 本書は言うならば社会政治思想家が、ネオリベ経済学者・政策を断罪した書物である。
 18年前の書物なので中国経済の分析などはやや古くなっている気もするが、リーマン・ショックの10年前に書かれていながら新自由主義のダメなところを明快に指摘し、国家の役割の重要性を訴えているところは先見の明と言うべきであろう。
 また啓蒙主義と経済思想の結びつきを指摘した箇所には新鮮な印象を覚えた。 

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今年映画館で見た155本目の映画
鑑賞日 10月21日
イオンシネマ新潟西
評価 ★★★★

 アメリカ映画、デヴィッド・リーチ監督作品、107分。原題は邦題に同じ。

 1989年、ベルリンの壁が崩壊し、やがてソ連の解体が始まる直前の時代。そのベルリンを舞台に、英国の秘密諜報機関から派遣された金髪の美しい女スパイ(シャーリーズ・セロン)が、東側のスパイや二重スパイが跋扈する地で指令にしたがって重要書類を確保しようとする様子を描いている。

 売りの一つはアクション・シーンで、ヒロインが大の男を叩きのめしたり、場合によっては危険な状況に陥るところがなかなかスリリング。セロンもクールに熱演している。

 ただし筋書きは少し複雑なので、しっかり見ていないと途中で分からなくなるかも。ラストに至ると、やはりアメリカ映画だなと痛感するのだが。

 新潟市では全国と同じく10月20日(金)の封切で、イオンシネマ新潟西にて単独上映中。県内では他にTジョイ長岡でのみ上映。

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今年映画館で見た154本目の映画
鑑賞日 10月20日
イオンシネマ新潟西
評価 ★★

 フランス映画、マレーネ・イヨネスコ監督作品、86分。

 パリ・オペラ座のバレエの練習風景や公演の模様、さらにはロシアのサンクトペテルブルクのマリインスキー歌劇場のバレエ公演の模様も収録されている。

 私はバレエに趣味はないけれど、時々このようなバレエ映画が上映されると、バレエの魅力を知るために見に行くことが多い。今回も、以前『ロパートキナ 孤高の白鳥』という、ロシアの著名バレリーナを追った悪くないドキュメンタリー映画を作った監督の作品だというので劇場に足を運んだ。

 しかし、今作はどうも出来がイマイチである。
 作品の焦点がはっきりしないのである。
 複数のバレエ・ダンサーや作品、或いは振付師が紹介されているが、総花的で、全体としてまとまった感興を残さない。

 「パリ・オペラ座」というタイトルであるからには、オペラ座の歴史を詳細にたどり、過去の著名ダンサーを紹介するとか、一つの作品の振付の歴史を追うなどの工夫が欲しいところだが、何となく色々なダンサーや作品を断片的に紹介しておしまいになっている。

 バレエを扱った映画としては出来が悪いと言わざるを得ない。

 東京では7月22日の封切だったが、新潟市では2ヵ月半の遅れでイオン西にて2週間上映された。

 下記のように、日本独文学会北陸支部の2017年度研究発表会が行われます。
 当ブログ制作者の発表もあります。
 興味がおありの方は、非会員でも遠慮なく発表会にお越し下さい。

 2017年11月18日(土) 午後1時30分~午後5時20分
 福井県教育センター(福井県教職員組合)4階会議室404
 (〒910-0005 福井市大手2-22-28 TEL:0776-23-1887 JR福井駅西口より徒歩8分)

 1. 早川文人: 戦間期ウィーンにおけるラジオ文化の発展とその背景
 2.Henning Maurer: Menschenrechte und Übersetzung
 3.三浦 淳: ハインリヒ・マンとヨーロッパ植民地主義
 4.佐藤文彦: 両大戦間ベルリンの移動する子どもたち
 (休憩15分)
 5.宮内伸子: 開高健の『夏の闇』のドイツ語訳について
 6.Sabine Randhage: Aus Fehlern lernen: Ein Einblick in die Chancen und Möglichkeiten der muttersprachigen Fehlerlinguistik
 7.竹内義晴: 意識が無意識の脳活動についての後づけの説明だとしたら・・・
        ~近年の認知科学の進化をふまえて言語研究を問いなおす~

 先日、ぶりちょふさんが自作のCD-R4枚を送って下さった。音源は必ずしも新しくない既発のディスクだが、録音機材の調整でかなりクリアな音になっている。

 ぶりちょふさんは大手保険会社勤務で、日本全国の支店を数年おきに転勤するという生活を送っておられる。たまたま以前、新潟県内の支店にお勤めの際に知り合う機会があったのであるが、クラシック音楽にはたいへんお詳しいし、ご自分でもホルンを演奏されるので、演奏会評も楽器を知っている人ならではの深い洞察に満ちたものとなっている。

 現在は青森県の八戸で勤務されているが、あまりクラシック・コンサートの多くない土地柄なので、ディスクの良質な再現に時間を使っておられ、いわばその余滴を私に送って下さったものである。

 ともあれ、クラシック音楽を通じて知り合った方がこのような親切心を示して下さるのはうれしいことだ。

 クラシック音楽の愛好仲間と言えば、先日、シネ・ウインドに映画を見に行ったら、Tomoさんと久しぶりにお会いした。

 Tomoさんは新潟市在住のクラシック音楽ファンで、以前はクラシック音楽ファンが集まるネット上の掲示板を主宰されていた。その後、事情があって掲示板は閉鎖となったが、市内のコンサートで時々顔を合わせていた。

 ところが、勤務先の新潟市内の証券会社が、リーマン・ショック以来の証券不況で倒産してしまい、Tomoさんも失業者となり、ここ何年かコンサート会場でお見かけする機会もなくなっていた。

 シネ・ウインドで久しぶりに会って消息を聞いてみたところ、現在はタクシーの運転手をされているとのこと。勤務は1日おきなので、こうして映画を見にくる時間もあるそうだ。Tomoさんは映画ファンでもあるのである。

 いずれにせよ、再就職できて元気にしておられるようなので安心した。

 もっとも、消息不明の方もおられる。りゅーとさんである。

 りゅーとさんは新潟市在住の公務員でやはりクラシック音楽ファン。「りゅーとライフ」というブログをやっておられた。持ち前の多趣味を活かしたブログだったのだが、不運にして交通事故に遭われ、その後一時期、ブログの更新はないもののブログの常連が心配して書き込みをするのには答えておられたのであるが、やがてその返答も載らなくなった。

 現在どうしておられるか、案じられるところである。

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今年映画館で見た153本目の映画
鑑賞日 10月20日
シネ・ウインド
評価 ★★★☆

 ポーランド映画、アンジェイ・ワイダ監督作品、99分。ワイダ監督(1926-2016)の遺作。

 第二次世界大戦後のポーランドを舞台に、抽象画家で芸術大学の教授でもあったヴワディスワフ・ストゥシェミンスキの後半生を取り上げている。

 当時のポーランドはソ連の締め付けで、芸術に関しては社会主義リアリズムに則った作品のみが公的に認められるようになっていた。

 そういう中で、ストゥシェミンスキが独特の芸術理論で画学生たちから慕われながら、当局の圧力で作品の公表ができなくなり、大学から追われ、美術から離れた仕事すら禁じられるようになっていく様子が克明に描かれている。

 無用な枝葉は切り取った映画なので、やや単調な感じもないではないが、それだけに困難な時代に生きた芸術家の姿がくっきりと浮かび上がってくる。

 なお、パンフレットにはこのストゥシェミンスキについて解説した加須屋明子(京都市芸大教授)、久山宏一(東京外大非常勤講師)、そして岡崎乾二郎(造型作家)の文章が載っていて教えられるところが多いが、綿井健陽(ジャーナリスト・映画監督)が日本の政治状況とこの映画を安易にリンクさせた駄文を載せているのが玉に瑕。映画関係者ってどうしてこうも知性に欠けているのだろうか。

 東京では6月10日の封切だったが、新潟市では4ヵ月あまりの遅れでシネ・ウインドにて2週間上映された。

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評価 ★★★

 出たばかりの新書。著者は1965年生まれ、96年から英国ブライトン在住、保育士をしながらライターとしても活動している日本女性。

 本書は、白人労働者階級の英国人と結婚して英国の地方都市で暮らす著者が、英国のEU離脱を決定づけた国民投票の結果を、現在白人労働者階級のおかれている立場をもとに考察したものである。

 著者は日ごろ、夫と同じような白人労働者階級の人々と付き合いながら暮らしている。彼らの大多数は著者のような異民族にも優しく、色々と助けてくれる。差別的な人もいないわけではないが、そういう人とは付き合わないので、自然と周囲は移民や異民族にも寛容な人ばかり、というふうになる。ところが今回の投票では、著者の夫も周囲の労働者たちも、ほとんどが「離脱」に票を投じたという。

 こういう状況を外国のマスコミは、「移民排除、人種差別、右翼」という言葉で評価してしまうのだが、はたしてそうなのかと著者は疑問を投げかける。

 著者の主張によると、英国の「EU離脱」と米国でトランプが大統領に当選したことがしばしば同じ現象としてくくられるのだが、間違いではないかという。
 まず、英国の労働者階級にはトランプは人気がないこと。またトランプを支持したのはワーキングプアの白人だと言われるが、統計によると実際は富裕層のほうにトランプ支持者が多く、所得の少ない層はクリントン支持が多かった。これにに対して「離脱」では明確に富裕層が反対、貧しい層が賛成と分かれているからだ、という。

 この点について私の意見を述べると、たしかに英国の「離脱」については著者の言うとおりだが、米国大統領選では中間層や富裕層のトランプ支持・クリントン支持は数が拮抗しており、一概に富裕層だからトランプ支持とは言えないのではないか。また、よく言われるようにトランプ支持はかつては第二次産業で栄えながらその後(工場の海外移転により)財政的に苦しくなった地帯の白人労働者に目立つという指摘もあるわけで、トランプ支持者がどういう人たちなのかの分析はもう少し細かく見て行かないといけないだろう。

 それから著者は、英国の労働者階級とはどういう人たちなのかを改めて検討する。社会学者ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』は1977年に出て、英国労働者階級の少年たちの生態を学問的に分析したものとして有名になったが、著者の夫は1956年生まれで、ウィリスが分析した少年たちと同じ世代である。著者は夫と同じ世代の労働者階級の人たちにインタビューをして、「離脱」について、或いは現在の英国の状況についてどう考えているかを聞きだしている。つまり、「40年後のハマータウンの野郎ども」というわけだ。
 彼らの答は様々ではあるが、移民と言っても以前にやってきて英国に骨を埋めるつもりで働いていた人たちは認めるが、最近の、一時的に滞在してカネだけ稼ぐ連中はダメだとか、EUが英国の色々なことを決めているのが気に入らない(英国のことは英国で決めたい)とか、EUは結局ドイツだけが得をする仕組みであるといった見解が目につく。移民制限はレイシズムと言われるがそれはおかしいという意見、右翼とされるUKIP(英国独立党)も要するに移民管理を強化しろと主張しているので、それを右翼呼ばわりするのは変だという声もある。

 著者はそれから、学者の見解(ジャスティン・ジェストの未邦訳の本、およびオーウェン・ジョーンズの『チャヴ 弱者を敵視する社会』〔左のタイトルは邦題。つまり邦訳あり〕)に依拠しつつ、英国の労働者が置かれている状況を分析する。
 それによると、まず英国と米国はOECDの中でも最も社会的流動性の低い国である。つまり下層に生まれたら下層のままであるケースが多い。そしてそういう社会の中で白人男性労働者階級は現在ひどい疎外感に囚われやすくなっている。なぜかというと、異民族ならレイシズムという言葉によって(言説論の中では)守られ、女性なら女性差別という言葉によって守られているが、つまりマイノリティと見なされれば一応言説的には擁護されるが、白人男性にはそういう用語、つまり自分の存在を守ってくれる用語がない。なので、自分たちは逆差別を受けているという疎外感が生まれるのだという。英国でも米国でも白人労働者階級(米国では白人のワーキングプア)は社会の最下層に自分たちがいる(移民や生活保護受給者より下)と位置づけてしまう、という。

 著者は最後に、歴史学者セリーナ・トッドの『ザ・ピープル イギリス労働者階級の盛衰』(みすず書房)を要約しつつ、英国労働者階級が20世紀初頭以降どのような変遷をたどってきたのかを提示している。・・・率直に言って、こういうやり方ってちょっと安易な気がするんだけどね。しかも全280ページの新書本の中でこの部分だけで110ページを占めているんだし。印税の一部はトッドに回さないといけないんじゃないかな(笑)。

 それはともかく、この部分で面白いのは、ドイツやイタリアでファシズムが浸透していた時期、なぜ英国ではファシズムの政党(英国ファシスト党、というのがあった)が伸張できなかったのかを説明した部分だろう。ドイツやイタリアと異なり、英国では失業率が比較的低かったこと、また労働組合という組織に属している労働者が多数だったので、ファシスト党に流れることがなかったからだという。英国でファシスト党を支持したのはむしろ裕福な階級だった。

 20世紀初頭から現在にいたる約100年は、大ざっぱに言ってしまえば労働者の権利拡大(選挙権獲得)と福祉の整備が進んだ時代だったとは言える。ただし100年の間には進んだり退いたりがそれなりにあるわけで、1980年代から始まったサッチャー政権の時代は後退の時期にあたる。
 その辺の分析が、他人の著書の要約で済ませているせいで、物足りないのが残念。新自由主義により失業者が増大し下層階級の労働条件が悪くなったことは分かるが、富裕層の優遇や弱者へツケを回す政策を、もう少し具体的な数字を挙げて説明してくれないと説得力が出ない。また、久しぶりに労働党政権となったブレアの時代も新自由主義自体は維持されており、新自由主義と福祉社会の関係についてももう少し突っ込んだ洞察が欲しい。

 基本的に、著者および労働者たち、そして左派の学者は、緊縮財政は下層の人間にだけツケが回る方策で、富裕層はダメージを受けないので、好ましくないと見ている。かつてIMFの提示した財政緊縮政策を英国が受け入れたとき、政権担当は労働党だった。つまり労働党が労働者階級にとって不利になる提言を容認したということである。歴代政権は、保守党も労働党も、そのツケを最も多く回されている白人労働者階級の実態から目をそらすために、レイシズムや女性差別に多く言及し、真に困っている人々をスケープゴートにしてきたのだ、と著者は(先に言及した学者の説を引きつつ)述べる。

 そして、その結果こそが「離脱」だったという。

 著者の主張が全面的に正しいかどうかは私にも分からないが、一読の価値はある本だと思う。

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今年映画館で見た152本目の映画
鑑賞日 10月18日
シネ・ウインド
評価 ★☆

 韓国映画、ホ・ジノ監督作品、127分。

 この映画は最初にテロップが出て、「史実と異なる部分があります」と断っている。しかし、断るなら「異なる部分がある」ではなく、「一部史実もあるが大部分はフィクションです」とするべきだった。

 結論から言うと、これは反日映画である。それも事実に基づく内容ならいざ知らず、デタラメが多い。

 ヒロインは、大韓帝国の皇帝・高宗(日韓併合後は徳寿宮李太王)が、日韓併合後に側室との間に作った娘・徳恵(トッキェ:演じているのはイェ・ソンジン)。
 彼女が併合後の朝鮮で幼少期を過ごし、その後心ならずも日本で学ぶことになり、日本できつい労働に従事している朝鮮人の精神的支柱となり、また日本にいる独立派の朝鮮人と気脈を通じて、上海に逃亡してそこに亡命している朝鮮人と合流しようとするが、阻まれて、やがて日本の華族と意に染まぬ結婚をし、精神を病んでいく、という筋書きである。
 要するに日本や親日派朝鮮人は悪、ヒロインはそうした悪に微力ながらも逆らい朝鮮人のプライドを貫いた存在、として描かれている。

 しかし作中の出来事には史実ならざる部分が目立つ。

 例えば、ヒロインの父・高宗は日本人もしくは親日派朝鮮人に毒殺された、ということになっている。高宗が死んだ時にそういう風評が立ったという事実はあるが、毒殺自体は事実としては認められていない。この映画は風評を事実に変えてしまう。

 またヒロインは心ならずも日本で学ぶことになり、そうなると日本側の思惑で帰国を許されないという筋書きになっているのだが、実際には何度か里帰りしている。
 また、朝鮮に住む実母が危篤になったときも日本側の策謀で帰国を許されず、そのために精神を病み、という展開になるのだが、実際には実母が亡くなった時も徳恵は里帰りしている。彼女の精神疾患(彼女が精神を病んでいたこと自体は史実)は実際には体質的なものだった可能性が高い。
 独立派の朝鮮人の計画にヒロインが絡む、なんてのもフィクションである。

 もっとも、フィクションではあっても要するに映画作品としてきちんと作られていればいい、という考え方もあるだろう。
 だが、その点から見ても本作品はお粗末なのである。

 例えばヒロインが独立派の朝鮮人の計画に関与して、上海への逃亡をはかり自動車で逃げ出す、というシーンがある。ここで、日本の兵隊が車の後ろから発砲しているのにびっくり。日本兵の発砲シーンはその直後、ヒロインとそれを助ける朝鮮出身の若手将校が海辺の小屋に逃げ込む場面にも出てくる。
 日本側からしても彼女は朝鮮王家の血を引く女性であり、日本人華族の男性と結婚させようとしているのだから(この点は事実)、下手をするとヒロインが死んでしまいかねない対応をするはずがない。こういう場合は生け捕りにするはずだ、ということはそれまでの映画の展開を見れば誰でも分かることなのに、効果だけを狙ってあり得ないシーンを入れてしまうのは、監督が無能な証拠だと言わねばならない。

 同様のシーンは他にもある。ヒロインの侍女で幼い時から面倒を見ている朝鮮人中年女性が日本の兵隊に連れ去られる場面である。ここで中年女性は反抗して柱にしがみつくのだが、どういうわけか兵隊二人がかりなのに彼女を柱から引き離すことができない。ごく普通の体格の女性を大の男二人が連行できないのは、その直後、ヒロインが心ならずも「今は逆らわないで」と侍女に命じるシーンがあり、それを効果的に見せたいからだ。ここも、場面を効果的にしようとしてかえってリアリティを欠いているという点で上で挙げた例と共通している。

 この作品のメインの悪役は親日派の朝鮮人男性(ユン・ジェムン)であるが、この人物、神出鬼没で至るところに表れてヒロインの邪魔をしたり反日派朝鮮人を弾圧したりするのである。いったいどういう地位にありどういう仕事をしているのか。まるで悪魔のごとく、超人的に悪役を演じ続けている。とても人間業とは思えない。これまた安易。

 この映画、韓国では結構ヒットして観客動員数もそれなりだし、国内の映画賞もとっているらしい。

 ホ・ジノ監督には『八月のクリスマス』といった佳作もある。その監督が、こうした底の浅い傾向映画を作るのははなはだ残念である。監督の経歴に大きな汚点を残す作品と言えるだろう。或いは、現在の韓国の精神的雰囲気(の少なくとも一部分)がうかがえる映画、と言うべきだろうか。

 欧米人は日本や朝鮮の歴史などろくに知らないから、こういう映画を見ても「一部フィクションといっても3分の2くらいは真実なのでは」と思っちゃうんだろうな。困ります。

 東京では6月24日の封切だったが、新潟市では3ヵ月半ほどの遅れでシネ・ウインドにて1週間限定公開された。

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今年映画館で見た151本目の映画
鑑賞日 10月18日
シネ・ウインド
評価 ★★★

 小林啓一監督作品、66分。原作はマンガだそうだが、私は未読。

 現代の京都を舞台に、男子高校生(高杉真宙)の日常を、ガールフレンド(葵わかな)や同級生や父などとの関係を交えながら描いている。

 筋書きよりは、映像のイメージを重視しており、映像詩とでも呼びたくなるような作品になっている。全体の展開は、喧嘩シーンも含めて淡々としている。主人公の父が従事する伝統工芸の仕事も興味深い。

 東京では7月8日の封切だったが、新潟市では3ヵ月少々の遅れでシネ・ウインドにて1週間限定公開された。

・7月8日(土)  産経新聞インターネットニュースより。

 http://www.sankei.com/world/news/170708/wor1707080062-n1.html
 2017.7.8 22:57
 【G20】日ノルウェー首脳、中国進出強化の東・南シナ海情勢で連携確認 北圧力強化でも一致

 安倍晋三首相は8日午後(日本時間同日夜)、北欧ノルウェーのソルベルグ首相とドイツ・ハンブルクで会談し、北極圏の開発や、中国が進出を強める東・南シナ海情勢をめぐり連携を強化する方針を確認した。大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を踏まえた北朝鮮への圧力強化が必要との認識でも一致した。

 安倍首相は、捕鯨分野での良好な協力関係の維持を訴えた。ノルウェーは日本と同様、捕鯨を支持する立場。
(以下、略)


・7月10日(月)  産経新聞インターネットニュースより。

 http://www.sankei.com/economy/news/170710/ecn1707100035-n1.html
 2017.7.10 22:39
 調査捕鯨終了 ミンククジラ47頭を捕獲 網走沖

 水産庁は10日、6月から実施していた北海道網走沖での調査捕鯨を6日に終えたと発表した。捕獲数が目標の47頭に達したため。水産庁は年齢や胃の内容物などのデータを分析し、国際捕鯨委員会(IWC)に報告する。

 調査ではミンククジラ132頭を発見し、雄9頭、雌38頭を捕獲した。調査期間は6月11日からの26日間だが、悪天候のため、実際の出港スタートは同13日となった。

 今回の捕鯨は平成29年度に北西太平洋沿岸海域で計画した調査の一環。これとは別に、北西太平洋沖合での調査捕鯨が続いている。


・7月16日(日)  読売新聞インターネットニュースより。

 http://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000305/20170715-OYT1T50116.html
 被災のマッコウクジラ標本、6年4か月ぶり公開
 2017年07月16日

   東日本大震災で被災し、休館していた岩手県山田町船越の町立「鯨と海の科学館」が15日、6年4か月ぶりに一般公開を再開した。

 世界最大級とされ、震災の津波で泥まみれになった体長17・6メートルのマッコウクジラの骨格標本もお披露目され、約800人が来館した。

 再開にあたり、同館が工夫したのは展示方法だ。震災後に館長に就任した湊敏さん(67)が木材、針金、紙粘土などで人形を手作りし、それぞれアワビ漁の道具や、鯨にもりを打ち込む「捕鯨砲」、六分儀などを持たせて使い方を説明している。イカやタコの模型も作り、漁の際に針へどのようにかかり、引き上げられるかも示した。

 15日は資料の修復に携わった関係者も招待された。

 東京海洋大の加藤秀弘教授(65)は鯨の専門家で、1992年の開館前から関わり、震災後も骨格標本の復活に向け指導した。加藤教授は「カビが発生しないための温度管理が大変だった」と振り返り、「(この大きさの骨格標本は)二度と手に入らないと思う」と価値を強調した。

 町立山田北小6年の児童(11)は「鯨の標本が想像以上に大きかった」と驚いていた。湊館長は「言葉で表せないうれしさを感じている。震災を生き抜いたマッコウクジラの骨格標本を山田のシンボルとしていきたい」と意気込む。


・7月17日(月)  読売新聞インターネットニュースより。

 http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/culture/tradition/20170718-OYS1T50035.html
 迫力の古式捕鯨、長門で「通くじら祭り」
 2017年07月17日

 江戸時代から明治時代にかけて捕鯨基地として栄えた長門市通地区で16日、「通くじら祭り」が開かれ、古式捕鯨を再現した催しが行われた。

 古式捕鯨では、小舟でクジラを取り囲み、銛もりで刺すなどして捕獲する。

 この日は、漁港の沖合に、船を改造したナガスクジラの模型(全長13・5メートル)が登場。のろしが上げられ、子供たちが「クジラが来たぞー」「でっかいぞー」と叫ぶと、地元の漁師らは小舟4隻をこいで近づき、クジラを囲んで銛を打ち込み、網をかけた。クジラを浜に引き揚げると、鯨唄を歌った。

 港では、多くの観光客が見学し、写真を撮影していた。


・7月19日(水)  毎日新聞インターネットニュースより。

 https://mainichi.jp/articles/20170719/ddl/k02/020/038000c
 調査捕鯨 始まる 八戸港が初の拠点 関係者ら出席し出港式 /青森
 毎日新聞2017年7月19日 地方版

  北西太平洋のミンククジラの生態系などを調べる調査捕鯨が18日、八戸港(八戸市)を初の拠点として始まった。同港岸壁で関係者が出席して出港式が行われ、小型捕鯨船2隻と探索支援船6隻が出港した。約90キロ沖合までの三陸沿岸で、ミンククジラ約30頭を捕獲目標に8月中旬まで実施される予定。

 出港式で、調査実施主体である地域捕鯨推進協会(福岡市)の貝良文代表理事は「将来の商業捕鯨再開に必要な科学的情報を集めることが一番の目的」と述べた。大平透副市長は「(これからも)拠点の一つとして八戸港を使ってほしい」と話した。

 今回の調査は、水産庁が6月に国際捕鯨委委員会(IWC)に提出した「新北西太平洋鯨類科学調査計画」(2017年度~28年度)に基づく。三陸沖を含む太平洋沿岸域でのミンククジラの年間上限頭数は80頭。これまでの拠点港は鮎川港(宮城県石巻市)と釧路港(北海道)だったが八戸港も加わった。八戸港が選ばれた理由について、水産庁などは「調査海域を広げる必要があった。捕鯨文化が残っており、インフラも整備されている」としている。

 八戸港近くにはクジラを解体して調査する「鯨体調査所」が整備されており、捕獲したクジラは同港で水揚げされる。

 日本は1988年に商業捕鯨から撤退したが、87年から南極海などで調査捕鯨を実施している。【塚本弘毅】


・7月20日(木)  産経新聞インターネットニュースより2件。

 http://www.sankei.com/west/news/170720/wst1707200003-n1.html
 2017.7.20 11:00
 【関西の議論】「なぜクジラだけが特別なのか」捕鯨是非 ガチンコ論争で露呈した反対派の〝論点ずれまくり〟 〔一部省略しています。全文は上記のURLからお読み下さい。〕

 日本伝統の捕鯨文化は是か、それとも非か。京都大のキャンパスで6月3日に開かれた討論イベントで、捕鯨の容認派と反対派が同じテーブルに着いた。双方が対峙(たいじ)するのは異例だという。
 〔中略〕
(小泉一敏)

■クジラだけが捕獲制限

 討論イベントの会場となった京大には約90人が集まった。捕鯨に関心のある学生や留学生のほか、反捕鯨に異を唱える映画「ビハインド・ザ・コーヴ」を手がけた八木景子監督が参加。インターネットを通じ、米国の反捕鯨活動家も討論に加わった。

 「なぜクジラだけが特別なのか」。討論は、八木監督の疑問から始まった。

 世界中を見れば、ウシやブタといった動物が食べられており、当然、魚も捕獲されている。イヌを食べる習慣のある国もある。反捕鯨団体はクジラだけではなく、ウシなども食べない「ベジタリアン(菜食主義者)になるべきだ」と訴えている。

 だが、絶滅危惧種ではない種もあるにもかかわらず、クジラだけが全体に網をかけられて捕獲が制限されているのが実情だ。ウシは食べることに制限は一切加えられていないのだ。

 八木監督は「クジラだけが制限されているのは大きな差で疑問だった。このことを関係者に取材を進める中で、矛盾だらけと分かり、その憤りがこの映画になった」と切り出した。

   だが、八木監督の素朴な疑問に対する反対派の意見は分かりにくい。「ウシやブタなどすべての生き物を殺すのはよくない」。反捕鯨活動家はこう訴えたが、なぜクジラだけを標的としているのかという言及はなかった。

■ザ・コーヴが反捕鯨の流れに拍車

 反捕鯨の流れに拍車をかけたのが、2009年公開の米国のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」(ルイ・シホヨス監督)とされている。

 ザ・コーヴは、和歌山県太地町のイルカ追い込み漁、殺処分を隠し撮りするなどして批判的に描いた。映画はアカデミー賞を獲得し、国際世論の反捕鯨が加速した。

 一昨年に問題となった世界動物園水族館協会(WAZA)による日本動物園水族館協会(JAZA)に対する加盟施設の追い込み漁からのイルカ入手禁止を求める通告も、こうした延長線上にあるとされる。

 日本政府やJAZAなどは繰り返し、漁の正当性を主張。イルカに負担がかからないように漁の方法を変更するなど譲歩も重ねてきた。だが、ザ・コーヴに端を発した国際的な“外圧”に対し、日本は防戦一方の状態が続いている。

 ビハインド・ザ・コーヴは、こうした流れに、冷静な疑問の目を向けるべきだとして作られ、今回の討論会場では、まず予備知識として2作品が上映された。

■表面事象だけをとらえて「悪」と批判?

 討論は映画の本質にも及んだ。

 八木監督は、イルカなど鯨類の殺処分だけをことさらに強調するザ・コーヴの偏向性を指摘。「ドキュメンタリーとするならば、最初から先入観を持たせるようにすべきではない」と訴えた。

 これに対し、反捕鯨活動家はビハインド・ザ・コーヴを見ていないと主張。太地町で鯨類の殺処分が公開されず、閉鎖的に行われていることに疑問を呈し、「やましい部分があるからではないのか」と反論した。

 ただ、太地町では反捕鯨団体の動きが活発化している。さらには国際的批判を意識し、ザ・コーヴ以前は何ら隠すことのなかった解体を、人目に触れないように配慮するなどした経緯がある。反捕鯨活動家がこうした変遷に触れず、隠しているとする現在の表面的な事象だけをとらえ、「悪」だと批判の矛先を向けたことに、八木監督はさらに応戦した。

 「どのような動物であれ、殺処分の場面を見て平気な人はいない。ザ・コーヴのシーンは人の感情をあおっていて卑怯(ひきょう)だ。隠すことを批判するのであれば、他の動物の殺処分シーンも同様に見せるべきだ」と主張したが、活動家の見解とは平行線をたどった。

 ■アラスカの捕鯨は認める矛盾

 伝統文化のとらえ方をめぐっても双方の主張は決して交わらなかった。

 反捕鯨活動家は「近代的な船などを使って行われているもので伝統的な漁という区分には入らない。利益のために行われているのに、太地(のイルカ漁)だけがなぜ伝統になるのか」と語気を強めた。

 日本の捕鯨を非難する米国のアラスカでは、先住民の捕鯨が認められている。この捕獲対象は、反捕鯨団体が保護を強く主張する絶滅危惧種のホッキョククジラ。一方、日本の調査捕鯨の対象は頭数が増えているとされているミンククジラだ。

 八木監督は「捕鯨が悪だとするのに(アラスカは伝統継承であるとして)認めている。矛盾している」とする。

■漁放棄は「押しつけがましい」

 進まぬ議論に留学生らからは提案も出された。

 外国人男性は、太地の漁師が捕鯨を奪われると職を失うというのであれば、「ホエールウオッチングなどに転換してはどうか」と投げかけた。

 この主張は、反捕鯨団体もかねてから訴えている。ただ、イルカは泳ぎが早くウオッチングに適さないなど、種類によって向き不向きがある。太地町は都市部からも遠く、地理的に観光に適しているかといった問題もある。

 その上、八木監督は「他の国が行っているからといって、日本も『見る産業』にすべきだとは、押しつけがましいのではないか」と疑問を呈した。

 一方、別の外国人男性は「(太地町の)捕鯨の方法が変われば協力することができるか」と反捕鯨活動家に尋ねた。活動家は「できない」と突っぱね、「いくら方法が変わっても漁には協力しない」とする姿勢を崩さなかった。

■「日本人の立場発言し続けるべきだ」

 双方の姿勢の違いが鮮明となった討論は2時間に及び、最後に会場に集まった留学生らに捕鯨の是非の採決が取られた。結果は賛成、反対ともに約4割で差がつかず、残りは「まだ決められない」とした。

 〔以下、略〕


 http://www.sankei.com/world/news/170720/wor1707200031-n1.html
 2017.7.20 18:52
 NZ、豪が調査捕鯨反対

 北西太平洋のミンククジラの生息状況を調査する捕鯨船が18日に青森県八戸市の八戸港を出港したことを受け、反捕鯨国のニュージーランドとオーストラリアは20日、それぞれ反対声明を発表した。

 ニュージーランドのブラウンリー外相は懸念を表明。オーストラリアのフライデンバーグ環境・エネルギー相も「強く反対する」とした。

 これに対しオーストラリアを訪問中の河井克行首相補佐官は20日、反対声明は「大変残念だ」とオーストラリア側に伝えたことを明らかにした。(共同)

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10月15日(日) 午後2時開演
りゅーとぴあコンサートホール
3階Jブロック 1列12番 Aランク席 7200円(Nパックメイト価格)

 この日はオペラ『トスカ』を聴きに出かけました。
 オペラは、新潟市では県民会館でやる場合が多いのですが、今回はアリーナ型ホールのりゅーとぴあ・コンサートホール。
 1階は前の3分の1くらいが座席をはずしてオケ用に使われています。舞台背後のP席が使われないのはもちろん、脇席もA・E・F・Lブロックは使われず、B・D・G・Kブロックも舞台に近い部分は使われていません。

 このオペラ公演は、新潟を初め、東京、富山、石川、沖縄の各文化財団などの共同制作で、公演も制作県でそれぞれ行われます。その第一弾が新潟公演。
 客の入りは良かった。満席に近い入りです。

 トスカ(トス香):ルイザ・アルブレヒトヴァ
 カヴァラドッシ(カバラ導師・万里生):アレクサンドル・バディア
 スカルピア(須賀ルピオ):三戸大久
 アンジェロッティ(アンジェロッ太):森雅史
 堂守(堂森):三浦克次
 スポレッタ(スポレッ太):与儀巧
 シャルローネ(シャル郎):高橋洋介
 看取:原田勇雅
 牧童:水沢的和
 
 合唱:新潟トスカ・クワイヤー、新潟市ジュニア合唱団
 オーケストラ・アンサンブル金沢
 
  演出:河瀬直美
 指揮:大勝秀也

 映画監督として有名な河瀬直美が演出を担当しているのがこの『トスカ』の特色。登場人物も日本風に言い換えられています。ただしイタリア語の歌詞はそのまま。日本語字幕では日本風に変えられています。
 日本の神社を思わせる大きな木の枠組の下でオペラが進行します。

 主要な三役はまあ悪くはありませんでした。
 ただ、りゅーとぴあの音響はどうもオペラ(歌唱)向きとは言えません。少なくとも私のすわったJブロックからは、響きがありすぎて、歌手の真価があまり発揮できていないような気がしました。

 演出もどうでしょうか。日本風のような、イタリア風のような、中途半端な感じです。
 背景の映像幕でいろいろやってはいるけれど、オペラの演出は映像を使うだけでなく、舞台装置とか、小道具とか、様々なモノを駆使して展開されるのがふつう。映画監督にオペラ演出をやらせるという発想がどこから来たのか知りませんが、それほど印象深い演出とは言えなかったと思います。

 というわけで、オペラ公演としてはあまり強い感銘や印象を受けずに帰途に就きました。

 ついでに、パンフレット(無料配布)には出演者や団体、関係者の紹介はありますが、肝心の『トスカ』については、オペラ評論家・寺倉正太郎氏の『トスカ』の日本受容(翻案)史があるだけ(ただしこの文章は勉強になる)。ふつう、粗筋の紹介くらいは載せておくべきところだと思いますが、この辺もどうかと感じたところです。

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評価 ★★★

 出たばかりの新書。著者は1969年生まれ、東大法卒、同大学院博士後期課程中退。社会活動家、法政大教授。

 かねてから子供の貧困問題に取り組んできた著者が、「これで一気に解決」という理想論を述べるのではなく、「こうすればわずかであっても子供の貧困が減らせる」という現実的な対策を、様々な人々の例を挙げることで提示した本である。2012年からの3年間で日本における子供の貧困率は2.4ポイント減少した。つまり47~48万人の子供が貧困から脱したのだ。著者はまえがきでそのことを指摘して、一つだけある「正解」を求めるのではなく、とにかく色々やってみることだと述べている。本書の精神を的確に要約した言葉といえるだろう。

 第一章で著者は、特に高年齢男性に多い反応、つまり「相対的貧困などと言うが、貧困は昔のほうがひどかった、俺は貧しい中で努力して現在の地位を獲得したのだ」という反応を無下に否定すべきではない、と述べている。否定してしまうと話がその先に進まなくなる。年寄りの過去の体験はそれとして肯定して、その上でしかし現実の相対的貧困を減らすような方向に話をもっていくべきだと述べている。
 多分、著者自身の体験が根底にあるのだろうし、それも分かるが、「金持ちは一部だけで、大多数の人は貧しい」社会における貧困と、「多くの人は中流か金持ちで、貧困は少数派」という社会の貧困とでは、貧しい人が受ける心理的なダメージが異なるという、社会学的な知見をもっと広めるようにすべきではないだろうか。周りの多数の人間も貧しいとき、貧困はあまり苦にならない。「みんなと同じ」だからだ。しかし貧困者が少数派だと、「多数と同じにできない」ことは苦痛になる。このような認識が常識として共有される社会であってほしいものだ。

 第二章以降では、子供の貧困と取り組む様々な人たちの実例を紹介している。
 例えば「こども食堂」。一般には貧しい子供に食事を提供する場所と思われがちだが、必ずしもそうではなく、地域の子供たちが貧富に関係なく来ることができ、大人でも参加できるタイプもあるという。それによって地域に生きる人間同士のコミュニケーションが成立するのだと。
 その一例として東京都港区の場合が挙げられている。港区と言えば高級イメージが強く、お金持ちばかりが住んでいるのかと思われがちだが、実際には低所得の公立小中学生に支給される就学援助の港区における受給率は、小学生約16%、中学生では約30%にも及んでいるのである。イメージと実際との差が大きいということであろう。
 そしてこの港区にある「こども食堂」には様々な人々が集まるという。貧困家庭だけでなく、それなりに裕福な家庭の母子も来る。というのは、裕福な家庭では子供を私立の学校にやるケースが多いが、そうなると家庭は地域とのコミュニケーションがとれなくなる。子供は近所に友達がいないし、母親もママ友がいなくて孤立してしまう。そのような家庭の母子もやってくるのだという。そしてそういうコミュニケーションの手段としての「こども食堂」を、運営者や著者はそれとして肯定している。港区だけあってタクシーで食べに来る人(!)もいるそうだが、決して排除はしない。

 むろん、「こども食堂」には主として貧困家庭の子供を対象とし、また食事を与えるだけでなく、貧困故の様々な問題にどう対応するのか相談に乗るようなタイプもある。

 以下、個人やNPO、地方公共団体のいろいろな試みが紹介されている。
 私の印象では、この部分には強く共感できるものと、そうでないものとがあった。
 共感できるものとは、話が具体的で、特に財源に関してはっきりと述べており、またそれでどのような効果が上がったのかも明示している例である。
 その反対に、理念だけが延々と述べられて、財源の話や具体例にあまり触れていないものは、読んでいてもうなずけなかった。

 最後に著者が言及している例が特に示唆的なので、紹介しておきたい。

 まずしい家に育った少女がいた。高校にも行けないかと思われたが、周囲の支援でなんとか進学できた。彼女は保育士になりたかった。だがそれには高卒後2年間専門学校に通う必要がある。そんなお金はない。ところがこの話が新聞に載ると、或る女性が支援を申し出た。別に資産家でも何でもない普通の初老の婦人が、2年間で合計244万円を少女のために出してくれたのである。
 これとは別に、やはり貧しい家に育った少女が、子供のない伯母夫婦がお金を出してくれて、合格した有名私大の初年度納入金と学生用マンション入居費用合計200万円を払うことができたという話も挙げられている。
 いずれも美談なのだが、問題はそのあとである。
 ここで赤の他人である婦人や伯母夫婦が出してくれたお金には、いずれも税金がかかる、という事実である。

 日本には、祖父母が孫のために教育資金を提供すると、1500万円までは税金がかからない、という制度がある。しかし、それはあくまで祖父母が直系の孫の教育のためにお金を出した場合に限られる。
 上記の例のように、伯母が姪のために、或いは赤の他人が貧しい家の子供のために出すと、1年に110万円以上だと贈与税がかかってしまうのである。
 これはどう考えてもおかしい。
 政治家にもこの矛盾には気づいている人がいると著者は述べているが、今現在、この矛盾は解決していない。
 政治家は早急にこのような矛盾をなくすよう努力してもらいたいと思う。

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今年映画館で見た150本目の映画
鑑賞日 10月14日
ユナイテッドシネマ新潟
評価 ★★★☆

 古澤健監督作品、106分。原作はコミックだそうだが、私は未読。

 少子化が進んだ日本は、人口増をはかろうと、16歳になった国民に政府が適切な結婚相手を通知するという制度を導入した。その相手との結婚は強制ではないが、結婚すると様々な面で優遇される。そのせいもあり、日本では政府が通知してきた相手と結婚する人間が増えていた・・・・

 というSF的な設定をもとにして、16歳になる女子高生(森川葵)が、幼なじみで彼女のことをよく知っている同級生男子(北村匠海)と、政府が通知してきた青年(佐藤寛太)の間で・・・という三角関係を描いている。

 政府通知の青年は、大きな病院を経営する医師の息子で裕福、将来はその病院を継ぐものと目されている。なので、ヒロインは玉の輿に乗ったと周囲から羨ましがられる・・・というマンガチックな設定がそれなりに効いている。また、単なる三角関係の物語で終わるのではなく、途中で意外な展開がある。

 ごく平凡な女子高生が、イケメンの男性二人に挟まれるというストーリーが楽しめる一品。

 新潟市では全国と同じく10月14日の封切りで、ユナイテッドとイオン南の2館で上映中。県内他地域では、Tジョイ長岡とJ-MAX上越でも上映している。

 かねてから思っていることだけど、年金制度はきわめて分かりにくい。自分が何年何月からいくらもらえるのか、あらかじめ知ることが困難である。

 いちど国家公務員共済組合連合会(国立大学は独法化されているが、職員は国家公務員共済組合員のまま)に問い合わせたけど、その回答書類を読んでも分からなかった。
 昨年11月に定年退職予定者用の説明会があり、そこに出席して、ようやく回答書類の読み方が分かり、自分がいくらもらえるのかもおおよそ見当がつくようになった。そのことは以前、このブログで報告している。

 しかし、相変わらず年金については分からないことが多い。
 先日、日本年金機構なるところから書類が送られてきた。「国民年金・厚生年金保険年金証書」と題されており、「受給権取得が平成29年9月」と記されていて(私は昭和27年9月の生まれだから、満65歳を迎えた月だ)、保険給付を行うことを決定した、と厚生労働大臣の名義で通告してきている。

 そしてその下にいくつかの欄があるのだが、空欄になっているところを飛ばして、記載があるところだけを再現するなら、「国民年金 年金決定通知書」とあり、「年金額の内訳」として「支払開始年月」が「平成29年10月」とあり、「基本となる年金額」として66万ウン千円という金額が書かれている。・・・・(ここを(1)とする。)

 また、その下の欄に、「年金の計算の基礎となった保険料納付済期間等の内訳」として、「第2号期間(厚生年金・共済年金加入期間)が「共済組合 411月」とされている。・・・(ここを(2)とする。)

(1)
 別添えの説明書を読むと、年金の支払いは15日となっている。
 しかし、15日になっても私の預金通帳に年金が支払われた形跡はない。
 もっとも、説明書では支払いは偶数月のみで、その前の2ヵ月分を支払うとはされている。(あと、年金額の66万ウン千円は文字どおりの年額で、偶数月に支払われるのはその6分の1の額である。)

 だけど、最初の書類では、「支払開始年月」が「平成29年10月」となっているのである。「支払」と言ったら、要するに平たく言えば金をくれるという意味である、というか、そういう意味にしかならない。

 年金の受給権はできたが、支払いは2ヵ月後になるというなら、そういうふうに記すべきだろう。

 だから、私は説明書に書いてあった電話番号に電話してその点を確認したのだが、やはり10月と11月分が12月に支払われるのだそうである。だが、繰り返すが、最初の書類には「支払開始は10月」と書いてあるのだ。だから私は文句を言っておいた。

 「書類の日本語が不正確ではないか。支払いと言ったら要するにカネを払う意味であり、10月に支払いがなされないなら、受給権成立月とか何とか書いておくべきだ 」と。

 それに、電話で問い合わせないと正確なことが分からない書き方をしていると、電話で受け答えをする職員を余計に雇っておかねばならず(私の今回の電話もつながるまでに時間がかかった。つまり問い合わせが多いということだろう)、不経済である。日本年金機構は猛省すべきだろう。 

(2)
 共済組合の加入期間が411月と記されているが、私が公務員の身分になったのは、1978年6月16日付けで東北大の助手になったときだから、つまり39年あまり前のことであり、411ヵ月であるはずがない。
 この点について電話で訊いたら、満60歳まででの計算で、つまり日本年金機構の担当はそこまでだから、なのだそうである。(しかし、書類にはそういう説明がいっさいない。役人だけ分かっていればよく、年金受給者に分からせようという姿勢が皆無。)

            *

 とにかく、年金については分からないことだらけである。
 そもそも、私は年金は定年退職後に(つまり来年4月から)もらえるものだと思っていたので、在職中でも満65歳の誕生月の翌月から(一部を)もらう権利が生じるとは知らなかった。

 予定外の収入があっていいじゃん、と思うかも知れないが、世の中、そう甘くない。

 というのは、上記書類とほぼ時を同じくして、新潟市役所から「介護保険料通知書」なるものが送られてきたからである。
 
 これは日本年金機構の書類と違い、きわめて分かりやすい。介護保険料として、この10月から毎月1万5千円あまりを徴収する、という内容である。

 いくら徴収するかを月ごとに明示していること、その計算の根拠も書類の裏に記されていることで、誤解の余地がない通告になっている。

 日本年金機構もこういうふうに書類を作って欲しいものである。多分、日本年金機構に勤務している人間は、新潟市役所勤務の人間より頭が悪いのであろう。

 それはともかく、介護保険料はこれまでは給料から天引きされていたのだが、これからは市役所が私の銀行口座から引き落とすことになる。そのことはあらかじめ通知を受けていたのでいいのだが、問題は金額である。従来は毎月3千円前後で、ボーナスからも引かれていたが、これも7千円程度だった。それが一気に月1万5千円ほどに跳ね上がるのである。

 これから年金生活に入る(つまり給与収入がなくなる)人間から、今までよりはるかに高い介護保険料をとる・・・ずいぶん酷薄な制度だな、と思った。

 もっとも、介護保険料は前年の収入をもとに算出するらしく、今の私はちゃんとした給与をもらっているからで、実際に年金生活に入ると多少減額されるようではあるけれど。でも、計算の説明を読むと、生活保護受給者からすら徴収するようになっているのだ。やはり酷薄な制度だと言うしかない。

 ・・・まあ、何にしても、年金制度は分かりにくく、介護保険料のように退職後もとられるお金が結構あるようなので、今後このブログで随時報告して、私より少し年少の方々の参考になるようにしたい。だからタイトルは「その1」としたわけである。

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今年映画館で見た149本目の映画
鑑賞日 10月13日
イオンシネマ新潟西
評価 ★★★

 英国映画、ロジャー・スポティスウッド監督作品、103分。原題は"A STREET CAT NAMED BOB"。

 実話をもとにした映画だそうである。
 主人公の青年は売れないストリート歌手。麻薬中毒の治療も受けている最中。
 そんな彼が、たまたま自室に入ってきた猫を連れて街角で歌ったところ、猫が可愛いこともあって受け、それから人生も上向きに・・・

 映画内の青年を演じているのは俳優だが、実際にストリート歌手のもとにやってきた猫が猫役(?)を演じているとか。

 実話としては面白いのかも知れないが(実際にニュースだねとして人気があったらしい)、映画作品として見るとまあ普通かと。ただし、猫好きの人には魅力的な作品かも知れない。私は別に猫好きではないので。

 東京では8月下旬の封切だったが、新潟市では5週間の遅れでイオンシネマ新潟西にて上映中、10月26日(木)限り。県内では他に十日町パラダイスでの上映が予定されている。

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