5月13日(水)に人文学部の教授会があったが、そこで驚愕すべき報告がいくつもなされた。

 まず、大学から人文学部に降りてくる今年度の予算だが、例年より40%の減。つまり例年の半分強のお金しか来ないということだ。そのせいで、教員1人当たりの配分は、例年の半分の10万円となった。この10万円には、教育や研究に使うコピー代、教材などを研究室のパソコンで作成してプリントアウトするのに必要なインク代(これだけで年に1万円以上かかるんだけどね)、東京などで開催される学会に出かけるための出張費など、研究と教育に必要な経費すべてが含まれている。

 独法化以前はどうだったかというと、研究費は一人当たり40万円ほどあり、これ以外に出張費が6万円ついていた。それが独法化によって教育・研究・出張全部を合わせて20万円となった。そして今年度は10万円である。独法化以前と比べると4分の1以下に減っているわけだ。2004年に国立大が独法化されてから11年でここまで大学の貧困化は進んだということになる。

 この先、各学部からの要求(書類を出さなくてはならない)で学長からお金が下りてくる可能性もあるということだが、はたしてどの程度になるのかまったく分からない。

 さらに、以上のような状況を無論各学部は黙って容認するつもりはなく、各学部長が集まる会議で色々と疑問を提示するつもりでいたわけだが、ところがその会議では意見を述べる時間がもうけられず、何かあったら事務に伝えておくようにとだけ述べられて会議はあっさり打ち切りになったという。日ごろ民主主義がどうだとか偉そうなことを言っている大学人が、この有様なのだ。

 また、公開講座委員会では、担当の理事が公開講座の費用は各学部が出すべきだと述べて総スカンを食ったらしい。上記のように学部予算が40%も減っているのに、従来は本部が出していたお金を学部に負担させようというのだ。理事や本部は自分の責任のがれに終始していると言うしかないし、理事の頭はそもそもまともではない。

 あと、本当かどうかは分からないが、学長が先日人文学部教員向けの集会で読み上げた将来構想案は、本部の課長が全部を作文した、という話も出た。ありそうなことではある。国立大なんて言っても文科省の奴隷だからね。それでも独法化以前は奴隷ではあっても必要最低限のお金は確保されていた。独法化されて、相変わらず文科省の奴隷なのに、必要最低限のお金も来なくなっている。きわめて理不尽な話である。

 私が連想したのは、ヴァイマル共和国時代のドイツで全権委任法が成立してヒトラー政権の独裁が始まったという有名な歴史的事実である。むろん、日本の独法化された国立大の場合、ヒトラーは学長というよりは文科省の役人であろう。

               

 いかに国立大が文科省の奴隷か、一つ例を挙げよう。数年前の話である。

 新潟大学人文学部には3年次編入学という制度がある。他の短大などで2年間高等教育を受けた学生を3年次に編入学させ、原則2年間で卒業させる制度だ。以前はこの定員が20名であった。新潟大学人文学部のふつうの入学定員は1学年200名強であるから、少ない数ではない。

 なぜ3年次編入学の定員が20名もあったかというと、同じ新潟市内に新潟県立女子短期大学があり、そこを卒業して新潟大学人文学部3年に編入してくる学生が多かったからである。新潟県立女子短大には、県内の高校を出たが新潟大に入るにはわずかに足りないという女子学生が多く、その中の優秀な人材が新潟大の人文学部3年次に編入学するというのは、一種のリターンマッチとしての機能を果たしており、或る意味安定したルートともなっていた。

 ところが、数年前に新潟県立女子短大は4年制で男女共学の新潟県立大学に生まれかわった。そうなると、従来とは違って新潟大学人文学部3年次に編入学してくる学生は大幅に減ることが予想される。新潟県立女子短大が4年制大学になることは以前から分かっていたので、新潟大学人文学部としてはそれに合わせて3年次編入学の定員を減らそうとした。

 しかし、大学の学生定員の増減には文科省の許可が必要である。だから人文学部の学部長をはじめとする幹部は県立女子短大が4年制化する以前から文科省に申請して、4年制県立大の誕生に合わせて3年次編入学定員の大幅削減を実現しようとした。

 ところが、である。文科省の役人がこれに応じないのである。私はこのころ人文学部の入試制度の委員をしていたのでこの件についてはよく知っているが、たまたま文科省の担当役人が私と同じく三浦という姓の課長補佐だか係長だかであった(私とは何の血縁関係もありません、念のため)。

 それまで3年次編入学受験生の大きな供給源であった県立女子短大が4年制大学に生まれかわる、だから3年次編入受験生は激減するだろう、だから定員を減らす・・・という、バカでも分かる理屈が、文科省の三浦課長補佐だか係長には分からなかった。そのせいで定員削減は県立女子短大の4年制大学化に数年遅れることとなった。文科省と国立大の関係とは、こうしたものである。

 遅れたって別にいいじゃないか、20名の定員より少ない合格者で済ませれば、とシロウトは思うかも知れないが、そうはいかない。定員に満たない合格者しかいない場合は、再募集をしなければならないのである。そのための、例えば募集要項の作成・発送だとか入試の問題作成だとかは相当な手間となる。ボンクラな文科省役人のために、新潟大学人文学部は余計な負担を追わされたのであった。

 また、この過程で入試に関する理不尽な規定を私は知った。上記のように私はこのとき入試関係の委員をしていた。だから、人文学部の3年次編入の定員減については、定員を定めず「若干名」としたらどうか、と提案したのである。こうすれば、仮に合格者が1人だろうが10人だろうが、柔軟に対応できるからだ。ところがそれではダメと言われた。なぜかというと、入試の定員ははっきりした数字で示しておかなければならないからだそうである。確かに、高校卒業者を対象とした通常の入試なら定員が曖昧では困るだろうが、3年次編入学というのは普通の入試とは異なるルートである。数から言っても大したことはない。そもそも、社会人入試(というのもある)の場合は、明確な定員は決められていない。社会人入試で合格者が数名いようが一人もいなかろうが、それで問題になることはない。だから3年次編入学も同じでいいだろうと私は思うのだが、これに限っては「若干名」はいかん、というのである。わけが分からない。

 その後、3年次編入学の定員は6名と決まった。それでも定員割れすることがある。その場合は再募集しなければならない。若干名がダメというのは実におかしな決まりだと私は思う。しかも「独立」行政法人である大学でそうなのである。隷属行政法人と私が呼びたくなる理由も、これでお分かりいだたけるだろう。